是枝裕和監督、ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、イ・ジウン、ペ・ドゥナ、イ・ジュヨン、イム・スンスほか出演の『ベイビー・ブローカー』。

 

第75回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞(ソン・ガンホ)、エキュメニカル審査員賞受賞。

 

釜山家族教会に設置された「ベイビー・ボックス(赤ちゃんポスト)」には、何らかの事情で赤ん坊を育てられない親が密かに我が子を託していく。クリーニング店を営むサンヒョン(ソン・ガンホ)と教会で子どもたちの世話をしているドンス(カン・ドンウォン)は、子どもを求める夫婦に赤ん坊を売り渡していた。ある雨の夜、若い女性(イ・ジウン)がベイビー・ボックスの前に赤ん坊を置いていく。刑事のアン・スジン(ペ・ドゥナ)とイ(イ・ジュヨン)は、人身売買の現場を押さえるために母親とサンヒョンらのあとを追う。

 

ネタバレがありますので、これからご覧になるかたは鑑賞後にお読みください。

 

真実』から3年ぶりの是枝裕和監督の最新作。

 

 

前作から3年ぶりって普通に思えますが、是枝監督はひと頃1年に1本のペースで撮ってたから、3年というのはずいぶんと間が空いたように感じられる。

 

新作の公開が長引いたのはコロナ禍のせいもあったのでしょうが、前作がフランスで現地のスタッフやキャストと一緒に撮ったのに続いて今度は韓国で、というのが、何かそれだけで大きなメッセージのように思えます。今後も日本でも撮るつもりはあるようなことを仰ってるから、限りなく広いフィールドで活動されているのだなぁ、と。ほんとにフットワークが軽い。

 

そして、前作『真実』がフランス人の監督が撮ったフランス映画、と言われても信じてしまいそうだったように、今回の『ベイビー・ブローカー』も何も知らずに観たら韓国映画だと思ったでしょう。それぐらい不自然さがなかった。

 

もちろん、フランスの観客が『真実』を、また韓国のお客さんたちが『ベイビー~』を観たらどう感じるのかはわかりませんが。

 

タクシー運転手』や『パラサイト』のソン・ガンホに『義兄弟』や『1987』のカン・ドンウォン、そして是枝監督とは以前『空気人形』で組んでいるペ・ドゥナと『野球少女』のイ・ジュヨン(歌手でもあるというイ・ジウンさんのことはあいにく知りませんでした)と、この出演者の豪華さにも惹かれました。

 

ソン・ガンホとペ・ドゥナが共演していた『グエムル』も映画館で観たなぁ。韓国映画的な家族モノと怪獣映画、というよりもモンスター・パニック・ムーヴィーが合体したなかなかユニークで面白い作品でした。

 

人身売買、というと今年の初めに観た韓国映画『ただ悪より救いたまえ』をちょっと思い出したりもしますが、『ベイビー~』はあの映画のようなアクション物ではないし、それこそソン・ガンホも出てた韓国映画といえば!なグロやヴァイオレンスの要素もなくて、劇中で殺人は一件だけあるけれど、陰惨なお話にはならない。

 

赤ちゃんの売買のブローカー2人になぜか同行することになった赤ちゃんの母親、それから児童養護施設の少年ヘジンも加わって彼らが疑似家族を形作り、男の赤ちゃん“ウソン”の親になる人を探して車で旅するロードムーヴィー。女性の刑事2人もそれを追う。

 

旅の途中で彼らのそれぞれの境遇が語られたり、なんとなくこれまでの人生をうかがわせたりする。

 

どうも、人身売買のブローカーを続けてきたにしてはソン・ガンホ演じるサンヒョンやカン・ドンウォン演じるドンスがナイーヴ過ぎるんじゃないかとか、教会で当直の時にしょっちゅう赤ちゃんが消えてたらすぐにバレるだろ、などと設定やストーリー展開にツッコミも入っているようだし、僕も実際に人身売買というものがどのようなふうに行なわれているのか知らないから(確かに『ただ悪より~』のブローカーたちはもっと壊れた感じだったし)ここで描かれているのがどれほど現実に即したものなのかはわからないですが、僕はこれはある種の「寓話」──是枝作品ではよく使う表現ですが──として観ました。

 

この世界に生まれてきたことや、今生きていることにどこかで負い目を感じている者たちに向かって、この映画は「生まれてきてくれて、ありがとう」と伝える。

 

それは、この映画を観ている僕たち観客や世界中の人々に向けて発せられた言葉でもあるのだろう。

 

寓話ではあるけれど、日本でもつい先日も祖母が2歳の孫娘を部屋に閉じ込めたままUSJに遊びにいってて死なせてしまった事件が報道されていたし、もうちょっと前には駐車場に赤ん坊の遺体が捨てられたりもしていた。絵空事どころか、特にシングルマザーと子どもの問題は物凄く身近なものになっている。育児放棄や子どもの虐待死、赤ちゃんの産み捨て。『万引き家族』でも描かれていたことは、この国でまだ続いている。

 

映画の中で、なぜ母親だけが責められるのか、という問いもされている。赤ちゃんの父親は?どうしてそちらの方は追及されずに、いつも追い詰められた母親だけが罰せられるのか。

 

行政やまわりの人々が手を差し伸べないのはどうしてなのか。あるいは、彼女=母親たちに助けを求めるのをためらわせる原因はなんなのか。

 

そういえば、去年観た西川美和監督の『すばらしき世界』で役所広司演じる主人公も母親から「捨てられて」施設で育った人だった。

 

西川監督と是枝監督は同じ制作者集団「分福」に所属しているけれど、『すばらしき世界』と『ベイビー・ブローカー』はまったく別の企画だから、それぞれの作品で親と一緒に暮らせない境遇の人を取り上げたのはたまたまなんでしょうかね。

 

そして父になる』や『万引き家族』で描かれたこともそうだったように、血の繋がった親と一緒に生活することは、もはや「当たり前のこと」ではない。

 

「正しい」かそうでないか、ということではなくて、いろんな生き方があるということ。それを肯定していかなければ。

 

なぜ日本の少子化が止まらないのかといえば、それは「女性はもっと男性に寛大に」などと寝言を言っているような人間が政治家をやっているからだ(日本の女性は充分過ぎるほど寛大なのではなかろうか)。韓国でも少子化は日本以上だというし。

 

限られた収入の中で(もしくは無収入の状態で)母親はワンオペ育児を強制的に担わされてサポートもろくにされず、助けも呼べない。そんな国でやすやすと子どもが産めるはずがない。

 

おそらく、是枝監督の作品を執拗に嫌う手合いというのは、きっとそこに登場する「多様な家族の形」が受け入れられないのだろう。だけど、あなたが許そうと許すまいと現に僕たちが住むこの国にはさまざまな形の家族がいる。

 

NHKや民放で深夜に放送されているドキュメント番組の中にも、しばしば新しい家族の形を模索する人々の姿が映し出されている。

 

社会全体が「家族」を、「親子」をみんなで支えるような仕組みを作らなければ、本人たちの努力だとか心構えなどだけでどうにかなるものではない。

 

この映画に物足りなさを感じて、もっとエグい裏社会の怖さを描いてほしかった、というようなことを述べている感想を読んだけど(※アメブロではありません)、何か大きな勘違いをしているんじゃないだろうか。何を「娯楽」として楽しもうとしてんの?他人事か?

 

僕は、描き方はまろやかで優しげだけど、この映画は結構強いメッセージを発してると思いましたけどね。それは『万引き家族』だってそうでしたが。

 

『空気人形』ではラブドール役だったのがようやく人間の役ができたペ・ドゥナ(ずっと是枝監督と約束をしていたそうだが(^o^))は『私の少女』でも警察官を演じていて、傷ついた少女(演じていたのは『アジョシ』のキム・セロン)を引き取る役だった。あの映画で少女の父親を演じていたソン・セビョクが『ベイビー~』では児童養護施設の園長を演じてます。

 

ペ・ドゥナ演じるアン・スジン刑事は、劇中で多くは語られないが結婚していて子どもがいない。

 

 

 

 

彼女は赤ちゃんを捨てた母親のソヨンに車の中で「捨てるなら産むなよ」と呟く。「子どもを捨てる母親の気持ちがわからない」とも。

 

もしかしたら、彼女は囮で赤ん坊を引き取る両親を演じた男女が芝居で言っていたように、不妊治療を続けているが子どもが生まれず苦しんでいるのかもしれない。

 

だからこそ、実の子を捨てたソヨンが許せないんでしょう。

 

 

 

スジンもまた、どこか自分に無力感を抱えていて、それが赤ちゃんを一時的に引き取る、というラストで救いに繋がっていく。

 

実の母ソヨンと、それからウソンを引き取ることを希望していた夫婦、そしてスジンの三者でウソンの今後について話し合おう、と彼女は提案する。

 

「正解」は提示されないけれど、なんとかみんなで協力し合って命を救うために一番良い方法を選びたい、という想い。

 

「一人でなんでもしなくてもいいんだ」というサンヒョンのソヨンへの言葉は、世の中の母親たち、それから社会全体に向けての是枝監督自身の強い願いと要望なんじゃないか。

 

親にならない、という選択肢もある。誰もが必ず親になるわけではないし、親になることで救われるわけでもない。

 

それでも、この映画からは、生まれてきた命をみんなで祝福して迎えたい、そしてその成長を温かく見守りたい、そういう社会であってほしい、という切なる願いを感じました。

 

僕たちには、もっと受け取る、そして与える“愛情”が必要なんだと思う。

 

 

 

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