西川美和監督、役所広司、仲野太賀、六角精児、北村有起哉、長澤まさみ、桜木梨奈、山口航太、山田真歩、まりゑ、白鳥玉季、白竜、キムラ緑子、安田成美、梶芽衣子、橋爪功ほか出演の『すばらしき世界』。

 

原案は佐木隆三の小説「身分帳」。

 

殺人罪で13年間服役して出所した三上正夫は、弁護士に身元引受人になってもらい、生活保護を受けながら社会復帰を目指すが、彼は生き別れた母親を捜すために自分の生い立ちなどが詳しく記された「身分帳」の写しをテレビ局に送っていた。プロデューサーの吉澤から三上の取材を持ちかけられた元テレビマンで作家志望の津乃田は、気乗りしないながらも執筆活動の肥やしになればという気持ちから三上に接触する。

 

2016年の『永い言い訳』から5年ぶりの西川美和監督の最新作。

 

 

2月に鑑賞。

 

去年、映画館で予告篇を観て、待ちわびてた新作に「きた~(^o^)」となりました。

 

僕にとっては、是枝裕和監督のように、その名前で観にいこうと思える数少ない監督。

 

もっとも、観終わって「あ~、面白かった!」と笑顔で劇場をあとにするようなタイプの映画を撮る監督さんじゃなくて、いつもなんとなくモヤァっとしたものを抱えながら帰ることになるんで、どなたにでもお薦め、という感じではないんですが。

 

ここのところは1~2年おきに映画を撮られている是枝監督に比べると、西川監督の場合は特に最近は新作の公開に比較的間隔があって、個人的にはもう少しペースを上げていただけるとありがたいんですが^_^;(前作では幼稚園児だった子役の白鳥玉季ちゃんがもうあんなに大きくなってるし。今回は安田成美さんの娘役でわずか1シーンのみの出演)、こればっかりはいろいろ事情があるでしょうしゼロから作品を立ち上げていくのは本当に大変だろうから、その1本1本をじっくりと味わいたい。

 

これから映画についてゴチャゴチャ書きますが、作品から感じたこと、考えたことなどをあれこれと語ることで映画を楽しんでいますので、以降の感想の内容に納得いかないかたもいらっしゃるでしょうが、一観客の意見としてさらっと流していただければ。

 

物語の展開やラストについても触れますので、これからご覧になる人はぜひ鑑賞後にお読みください。

 

 

予告篇をちょっと観た時点では元受刑者という役柄や演じているのが役所広司さんということもあって、先ほどの是枝監督の『三度目の殺人』を連想したし、『永い言い訳』の感想でも述べたけど、以前から僕は西川監督は是枝監督の作品を意識してるようなところがある気がしていたので、そういう部分でも興味をそそられました。

 

 

 

 

実際、『三度目の殺人』とこの『すばらしき世界』を観比べてみると両者は内容も映画のトーンも異なるんですが、役所さんが演じている人物がどこか掴みどころがないのが似ているし(同じ俳優さんが演じてるんだから似てても不思議じゃないですが)、単純に泣けるとか感動するとかいったことではない、どこか「寓意」をはらんだ物語であるという共通点があるんじゃないか、と。

 

『すばらしき世界』の方は実在の人物をもとにした小説を原案にしていて、僕はその小説「身分帳」は読んでないので、映画でその小説のどの部分を変えてあるのか、といったことはわからないんですが、主人公や主要登場人物の名前をあえて変えてあることからも、だいぶ手を入れてるんでしょうね。

 

だから、「実録モノ」といった感じじゃなくて、あくまでもフィクションとして描かれている。

 

長澤まさみ演じるテレビのプロデューサーがいみじくも語る、「社会のレールから外れた人が今ほど生きづらい世の中ってない」「一度間違ったら死ねと言わんばかりの不寛容がはびこって」「レールの上を歩いてる私たちも、ちっとも幸福なんて感じてないから、はみ出た人を許せない」という言葉。

 

 

 

それは三上をテレビ番組に協力させるための誘い文句だったが、でもこの映画自体がある元暴力団関係者の目から見た“普通”の世界を描いたもので、だから僕はこの映画を特殊な環境で生きてきた人の大変さを描いた話じゃなくて、むしろ“普通”と呼ばれる世の中の人々を見つめたものとして観ました。「生きづらさ」を感じているのは元ヤクザや受刑者だけではない。

 

僕はこれがどういう内容の映画なのかは知らずに観たので、最初は主人公・三上の人物像がなかなか掴めなくて、部屋を几帳面に片づけたり事務的な作業を淡々とこなして真面目に社会復帰を目指しているかと思えば、急にキレて人を恫喝するような口調で食ってかかったり、ヤクザだった過去を反省することもなく時には自慢げに武勇伝を語ったり、あわよくばまた極道に返り咲くことを望むようなことを口走る彼の様子を見てるうちに、なんでこんな愚かなおっさんの話に付き合わなければならないんだろう、とだんだんイライラしてきた。

 

役所広司が演じているからまだ観ていられるけど、これがもしもほんとにその筋の人みたいな顔つきや外見の人物をドキュメンタリーのように撮ったものだったら、しんどかったかもしれない。

 

たまに深夜とかにテレビでやってるドキュメント番組、それこそ劇中で吉澤Pが作ろうとしてたような番組なんかを観ることがあるけれど、なんとなく見入ってしまうもののやっぱり疲れるもんね。

 

この『すばらしき世界』では三上がチンピラ2人を叩きのめす場面はあっても暴力団がらみの凄惨な描写というのはないし、ところどころユーモラスな場面すらあるので、観ていて気が滅入らずに済む一方で、「反社会的勢力」の本当の恐ろしさはそんなに感じられなくて、なんなら「いいところもある人たち」ぐらいに捉えられかねないような描かれ方なんですよね。

 

だから主人公は元ヤクザの受刑者であっても、映画ではリアルなヤクザの生態を描こうとはしていない。

 

今では組長になっている兄弟分(白竜)の妻(キムラ緑子)が「元気の出るクスリを入れますか?」と耳打ちするのが「怖ぇな」と思うぐらい。

 

劇中では、身元引受人になってくれた弁護士(橋爪功)の妻(梶芽衣子)が三上のことを「人間がまっすぐ過ぎるのよ」と褒めるんだけど、彼のどこが「まっすぐ」なんだろうか。

 

まぁ、「まっすぐ」という表現は「向こう見ず」とか「浅はか」という意味にも取れるから、これが褒め言葉なのかどうかも受け手の解釈によりますが。

 

梶芽衣子さんは昨年公開の『罪の声』では、今回の役柄とは正反対に長年積もった怒りを犯罪に加担することで晴らそうとするような女性を演じていましたが、奇しくも『罪の声』もまた苛酷な境遇で生きていかざるを得ない子どもたちを描いていました。

 

 

 

僕はあの映画を酷評して自分の年間ランキングで最下位にしてしまったんですが、あの映画に心を動かされたというかたがたが大勢いらっしゃるのも、それほど今貧困や荒廃した家庭環境というものがリアリティをもって受け取られているからなのでしょう。

 

話を『すばらしき世界』に戻すと、三上がチンピラにからまれてるおじさんを助けたことは純粋に正義感に駆られてなんだろうけど、刑務所の中で親分衆と親しくなったとか背後に自分を守ってくれる人間や組織の存在をチラつかせながら“ゴリライモ”(山口航太)にクンロク入れたり、扇風機の前で凄んで悦に入ったり、自称「一匹狼」が聞いて呆れるではないか。還暦を過ぎたおっさん(三上は昭和35年生まれという設定だから、演じている役所さんとほぼ同世代)が一体何をやってるんだ。13年間のムショ暮らしで彼は人間としての成長が止まっていたのだろうか。

 

 

 

デンゼル・ワシントン主演の『イコライザー2』の感想にも書いたけど、現実の世の中では暴力で悪を挫く“正義の味方”などというものは存在し得なくて、なぜなら暴力を振るう者は歯止めが効かなくなるから。いずれはその暴力を罪のない無関係な人々にも向けるようになる。

 

突発的に暴力を振るう者は「気まぐれ」。計画的に暴力を振るう者はもっとあくどい。いずれにしてもろくな奴らではない。

 

六角精児演じるスーパーの店長が「僕も昔は中途半端にグレてて」みたいなこと言う場面では、昔観た『竜二』(1983)で金子正次演じる主人公の元ヤクザが、笹野高史演じる酒屋に「昔、俺もワルで」と言われてムカついて煙草を押しつける場面があったことを思い出した。

 

 

 

『竜二』も好きだという人がたまにいるけど、僕はあの映画の世間に居場所のないヤクザな自分に酔ってるような主人公が好きになれなかった。でもヤクザってああいう種類の人間だよな。

 

『すばらしき世界』ではスーパーの店長は三上に終始おせっかいなほど親身になって、時に暴力の誘惑に負けそうになる三上をたしなめ、彼から暴言を吐かれても「今日は機嫌が悪いんだな」とやり過ごしてけっして見捨てようとしない。

 

正直なところ、赤の他人である店長があそこまで三上に肩入れする理由がよくわからないし(父親が三上とたまたま同郷だった、というだけであっという間に打ち解ける)、ディレクターの津乃田にしても、北村有起哉演じるケースワーカーにしても、この映画の中で三上に親切にしてくれる人々には僕はどこか無理を感じてしまったんですが(同様に先ほどのチンピラたちや終盤での介護士の障碍者へのあからさまなイジメと差別の描写などはあざとさを感じた)、この映画では三上に彼らのような“普通の人々”を「偽善者」呼ばわりさせておいて、でもそんな人々に彼が救われる様子を描いている。

 

人々にはさまざまな一面があって、時に残酷だったりたまに親切だったり、テキトーなところや細かくこだわる部分など、一人の人間の中に相反するような性質や言動が見え隠れする。

 

三上も含めてそういう「人間」をわかりやすく腑分けしているのだと思えば、なるほどな、と思えなくはない。

 

ただ、時折三上が持病に苦しむ姿を見せているのでラストがなんとなく予想できてしまうところがあって、だからこそ映画を観ながら「予想通りの終わり方にはしないでほしいなぁ」と思っていたんだけど、やはり最後に三上は病いで倒れて亡くなってしまう。

 

偉そうなことを言いながら、いざとなると痛めつけられている者を見殺しにして逃げるような「偽善者」だと心の中で見下して罵倒してきた“普通の人々”の真の強さや忍耐力、温かさを知って自分もその“普通の人々”の一員になるのだ、と決意する、そしてそれは障碍者を笑うような行為に自分も加担することでもあるのだ、と思い知った直後に死んでいく…というのは物語としてはうまくまとまっているのかもしれないし、フィクションとしては美しくもあるのだけれども、結局のところ主人公はこの苛酷な「普通の世界」で生き続けることなくこの世を去ってしまうわけで、それはヤクザ映画でヤクザの哀しく短く美しき生き様に酔うことと同じなのではないか。あっけなく、儚く死んでいくよりも、ぶざまに生き続けていく方がよっぽどしんどいはずだ。

 

三上は津乃田に「ヤクザ映画の観過ぎ」と言うけど、ヤクザ映画を観過ぎなのは三上の方ではないのか。この映画自体が、どこかにまだ「ヤクザ映画」のニオイを残している。

 

だったらむしろ、変に実話の映画化みたいなんじゃなくて、もっともっと思いっきりフィクションの方に寄せた、役所広司版『アジョシ』とか『イコライザー』みたいなヴァイオレンス・アクション映画を観たい。役所さん、やってくれませんかねぇ。

 

僕がこの映画を観ていてすごく疑問に感じたのは、この世にはチンピラにからまれているおじさんを見て見ぬフリをしてやり過ごす人間と、三上のようにいきなり割って入って相手をぶん殴る人間との2種類しかいないような描き方をしてるところ。

 

しかも、三上のような行動ができない者は、みんな「卑怯者」みたいに見做している。

 

だけど、たとえば警察に通報したり、スマホで撮影しておいてあとで証拠として提出するとか他にも方法はあるわけだし、あるいは、本当に「トラブル処理」が得意な人間は、いかに暴力を使わずにチンピラと話をつけるか、そのことに腐心するはずでしょ。

 

プロレスラーの長与千種さんが男が女性に暴力を振るっている現場に遭遇して、自分からは一切暴力は振るわず、後輩たちにも絶対に手を出さないように言い含めて男を説得しようとして負傷させられながらトラブルを解決した件を思い出しますが、長与さんのような経験とスキルを持っている人はごく一部であって、普通は暴力を振るってくる相手に直接対峙することなんてできない。

 

介護士の障碍者への暴力や差別的な行為への対処だって同じこと。

 

あとで上の立場の者に報告して相応の処分を求めたり、暴力以外の方法で暴力を封じることはできる。それこそが“普通の人々”の知恵でしょう。“普通の人々”はただの軟弱者の集団ではない…と信じたい。

 

私事ですが、中学生の頃、課外クラブ活動中に1人のヤンキーに並ばされて延々と因縁つけられているバスケ部の部員たちがいて、見かねて止めに入ったところ(まぁ、予想できることですが)胸ぐら掴まれて「タイマン張ろうぜ」と凄まれてビビってしまって固まったまま頭突き食らって目の上に青タン作ってスゴスゴと帰宅したところ、母親に「どこかにぶつけたの?」と笑いながら尋ねられて情けなくて泣いたことを覚えています。

 

その後、卒業するまでそのヤンキーから嫌がらせを受け続けたのでした。

 

バスケ部の奴らは僕に礼を述べるどころか「余計なことしやがって」みたいな態度でシカトしてやがりました。報われない人生。

 

なんでたった一人のヤンキーに何人もの運動部の連中がおとなしくやりたい放題されてたのかというと、そいつの父親がヤクザだったからなのと、そいつに何かあったら仲間のヤンキーが黙っていないことがわかっているから。ヤクザと同じでヤンキーもつるんで悪さをする。

 

あのヤンキーはいまだに心の中の「殺したいリスト」の筆頭に上がっている。13年どころか、僕は中学生の頃からまったく成長していない。

 

ここでの教訓は何かと言うと、相手が話の通じるような相手じゃないのにいきなり正面からぶつかったって痛い目に遭わされるのはわかりきっているということ。バスケ部の奴らの代わりに殴られたところで誰にも感謝されない。

 

黙って先生に知らせにいけばよかったんだよね。

 

僕の短絡的な行動は“正義感”などからきたものではなくて、ただ偉そうに威張ってるヤンキーにムカついたからだった。イキって「やめろ」と割って入ったら凄まれてビビっちゃった。暴力に怯んで怖気づくんだったら最初から飛び出すな、ってこと。

 

ヤンキーどころか三上のように人まで殺してきたような暴力装置みたいな人物が“普通の人”になるのは並大抵のことではないだろうけれど、社会的にも、それから健康面でもハンデを負っている三上は“弱者”であり、それは彼のような元ヤクザとか前科者に限らず現在多くの人々が属する境遇でもある。

 

三上は最初、持病のためにすぐに就職できるアテもないにもかかわらず生活保護を受けることに強い抵抗を覚えていたけど、それはやはりこの国で多くの人が躊躇していることでもあって、以前、北野武さんがTVで「昔はどんなに貧乏でもみんな生活保護なんか受けなかった」と言ってたのは、つまり、生活保護=施しを受けるようなものとして捉えられていたんでしょう。「乞食」と一緒なのだ、と。

 

三上もまた、そういう世間の価値観の中にいたということ。

 

そうやってぎりぎりの生活をしていながらも、命を存えるためのセーフティネットを活用することができずにいる人々が大勢いる。

 

だけど、本当に切羽詰ってる状態の時にそんなこと言ってられないわけで、プライドもへったくれもない。生きていればこそ。逃げてこそ、ということもある。

 

そして、差し伸べられる手に感謝する気持ちを持てるなら、再起できる可能性はまだある。

 

三上の母親捜しを手伝い、次第に彼を父親のように感じ始める津乃田役の仲野太賀さんは北野武監督の『アウトレイジ』にも出演しているコワモテ俳優の中野英雄さんの息子さんだけど、父親と同じ俳優業を続け、その影響も受けていろんな思いがあるだろう彼がこの映画で、ある元ヤクザの男に思い入れを込めていく、というのがちょっと面白かったですね。

 

 

 

仲野太賀さんって、お父さんとは全然タイプの違う(顔も似てないし)役者さんなので、ちょっとブレンダン・グリーソンとドーナル・グリーソンの俳優親子(この二人もとても親子とは思えないほど見た目も演じるキャラも違う)を思わせたりして、ご本人は父親のことをどう考えてるんだろう、と気になります(^o^)

 

なんでもかんでもコロナ禍と絡めるのは強引と思われるかもしれないし、是枝監督の『万引き家族』がそうだったように、遅かれ早かれ、いずれ僕たちは「家族」や「親子」というものと真剣に向き合わなければならなかったのでしょうが、それでもこの苦難の中で生きづらさを感じている人々(僕もそうです)にとって今は本当に「人と人との結びつき」だとか「相互扶助」が切実なものとして感じられているのでしょう。

 

血を分けた親兄弟であっても愛し合いいたわり合うことが叶わず憎しみ合い殺し合うような関係だったり、反対に血の繋がらない赤の他人同士が家族や親族以上に深い絆を結び合ったり。

 

ヤクザの兄弟分という関係だって、一種の疑似家族の形でもある。

 

ほんのわずかな繋がりであっても、会ったばかりの人であろうとも、インターネット上で知り合った顔も知らない相手であっても、人は人と繋がりたいのだ。思い入れを込めて打ち解けて、いっときでもその人のことを想いたいのだ。

 

ソープランドで三上が身体を重ねる女性・リリー(桜木梨奈)は、会ったばかりの三上に優しさを見出す。彼女の存在は三上に安らぎを与えただろう。リリーさんは彼を“看護”してくれたのだ。

 

2011年に宮城で震災に遭った彼女は、今では幼い息子と一緒に暮らすために働いている。痛みと苦しみの中にあっても懸命に生きている人がいる。

 

彼女の境遇を知ると、某お笑い芸人が何気なく口走った風俗業に従事する女性に対するある発言が、いかに人の尊厳を踏みにじるものだったかを実感する。

 

津乃田やスーパーの店長たちと同様に、彼女のこれまでの生い立ちが詳しく語られることはないが、彼らの言葉の端々から、彼らが三上に優しくせずにはいられなかったその境遇が想像させられる。“普通の人々”こそが、実は一番傷つき助けを求めてもいる。

 

痛みを知っているからこそ、彼らは「外れてしまった」存在である三上に手を差し伸べるのだ。

 

 

「すばらしき世界」というタイトルには、人間讃歌と皮肉の両方が込められている気がする。

 

西川美和監督の映画の中には、人間に対する絶望とか諦めのようなものと、愚かさや醜さも併せ持った人間への愛おしさが混在する、すなわち私たちが生きるこの世界を丸ごと肯定するような大らかさも感じさせる、不思議な魅力があるんですよね。

 

なんだか貶してるんだか褒めてるんだかよくわからない感想になってしまいましたが、そのどちらでもあるということです。

 

次は何年後になるのかわかりませんが、西川監督のさらなる新作を今から楽しみにしています♪

 

 

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