藤井道人監督、シム・ウンギョン、松坂桃李、田中哲司、本田翼、高橋和也、北村有起哉、西田尚美、岡山天音、郭智博、宮野陽名ほか出演の『新聞記者』。

 

原案は望月衣塑子の同名ノンフィクション。

 

東都新聞社会部の記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)のもとへ「医療系大学の新設」に関する極秘文書がファックスで届く。取材を進めるうちに、やがて一人の人物の名前が浮上する。内閣情報調査室(内調)の杉原拓海(松坂桃李)は、告発者の信用を貶め官邸に不都合な事実を揉み消すためならば捏造や民間人の犠牲も厭わない上司のやり方や組織のあり方に疑問を感じていた。そんな吉岡と杉原がある事件をきっかけに出会うことになる。

 

ネタバレしております。

 

 

先月末に公開されて、ちょっと前までTwitterなどSNSで作品を熱心に薦めるアカウントも多くて盛り上がりを見せていました。公開開始からそんなに経っていない頃に上映館に行ったところ、午前中の時点ですでにチケットが完売で観られず、後日あらためて鑑賞。

 

ひと月経ってすでに一日の上映回数は減りながらも多くの映画館で続映が決まっている一方で、内容について冷めた評価や辛辣な感想も目にします。

 

賛否両論の映画「新聞記者」が悪い意味で虚実ないまぜだった件

 

 

登場人物も物語も架空のものだが、その中に実際の事件の話が出てきたり実在の人物が出演したり、台詞の中で実在の新聞社の名前が挙がったりというフィクションと現実のちゃんぽん具合に違和感を持ったり、それゆえの説得力のなさや現実への影響力のなさを指摘する意見も。

 

望月衣塑子、前川喜平、マーティン・ファクラーなど実在の人物が本人役で出演。TVに映し出される対談番組は、映画のためにセッティングして収録したもの

 

史実を基にした韓国映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』や『1987、ある闘いの真実』、またスピルバーグの『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』などと比較して、映画としての完成度を疑問視する声もある。

 

「話題になっている」ということだけでもまずは意味があるのではないか、とも思うんですが、評価の高い『タクシー運転手』に僕自身あれこれと結構ケチをつけたように、その映画を作ることの意義と、映画の出来栄えがどうなのか、ということはまた別問題だったりもするからなかなか厄介ではある。

 

正直なところ、観終わって戦慄を覚えたり感動に震えるようなことはなくて、なるほど、確かに不満を感じた人たちがいることも理解できた。いろいろ腑に落ちないところもあったし、終盤の展開には映画から急速にリアリティが失われていった感覚があった。

 

だから、1本の劇映画としては個人的には絶賛することはできない。

 

批判的な意見の中で「ニュースなどですでに知っていることをフィクションの中で見せられるだけ」というものがあって、事実、僕が観た映画館ではお客さんはほとんどが年配のかたたちで、そういう人たちは普段から新聞を読んだりTVでニュースを観たりしてるだろうし、この映画から何か新しく発見したりすることが果たしてあったんだろうか、という疑問は残った(いや、まぁ…お年寄りはもともと情報が偏ってる場合も多いが)。

 

本当に観るべき人たちに作品は届いているのだろうか、と。

 

先日、参議院選挙がありましたが、この映画はその投票結果に少しでも影響を与えられただろうか。投票率の低さは酷かったようですが。

 

ただ、そうは言っても、僕はこの映画が作られたこともそれが話題になって大勢が映画館に詰めかけたことも、無駄だったり無意味なことだとは思わないんですよね。

 

映画を観て盛り上がっただけで満足していては困るけど、今この国が置かれている状況を再確認して、あらためて課題を見つめることは、僕は必要なことだと思うんで。

 

 

 

 

ところで、鑑賞前にこんな記事↓を目にしたんだけど、「日本の女優にオファーしたが断わられたので韓国の女優に出演してもらった」というようなことが書いてあった。

 

松坂桃李主演映画「新聞記者」の女性記者役決定が超難航した“理由”注:デマです

 

わざわざ女優の実名を挙げてもっともらしいこと書いてあるけど、この“情報”は上記の“アサ芸プラス”以外ではまったく扱われていないし、何よりも満島ひかりさんは現在フリーランスでどこの芸能事務所にも所属していないそうなので事務所が断わることはありえなくて、その時点で大いに眉唾の記事。この“情報”をもたらした「映画ライター」というのは一体誰なのかも不明。怪し過ぎる。

 

無論、主演女優のキャスティングを巡るこんな「裏事情」など、劇場パンフレットにはまったく書かれていない。

 

どうやらこれは真っ赤なガセだったようで、↓公開直前の東京新聞の記事で

 

東京新聞:メディア×権力 深い闇に迫る2人 2019年6月27日 朝刊

 

「日本人女優では拓海との恋愛を観客が期待してしまうと思い、元々(起用を)考えなかった。」と監督ご本人が語っています。

 

裏が取れないネタを簡単に信じるべきではない、ということですな。

 

どうやら製作会社2社が依頼を断わった、というのが真相のようです。

 

だいたい、日本の女優が出演NGだったから代わりに韓国の女優を、って…それは実際に出演したシム・ウンギョンさんに対して物凄く失礼だろう。監督は最初から彼女にオファーしていたのに。

 

 

 

 

 

ハリウッドでもどこでも、第1候補だった俳優がなにがしかの理由で出演できなくなって他の人が起用されることは当然ある。

 

でも、所属する大手事務所が「反政府のイメージがつくのを怖れて」出演を断わった、などという聞き捨てならない話がもしも事実だとしたら大問題だし(これが問題だと感じない人がいたら、大事なものを見失ってますよ)、不名誉なデマで勝手に名前を出された宮崎あおいさんと満島ひかりさんにとっては迷惑この上ない話だ。明らかに彼女たちを貶めているのだから。

 

リンクを張ったデマをもとにした記事は現在も削除されずに野放しのままネットに上がってるわけで、少なくない人たちがこれを事実だと勘違いしている。シム・ウンギョンさん、宮崎あおいさん、満島ひかりさんの名誉のためにもデマを拡散しないようにしましょう。

 

まさしく「誰よりも自分を信じろ!そして、誰よりも自分を疑え!」という劇中の言葉そのままですよね。

 

シム・ウンギョンは、僕は彼女が主人公の高校生時代を演じた『サニー 永遠の仲間たち』(日本公開2012年)を観ていますが、『新聞記者』ではシリアスな役柄でずっと深刻な表情を見せているけれど、『サニー』での彼女はラヴコメみたいなノリでコメディエンヌぶりを発揮していてとてもキュートでした。

 

そんなシム・ウンギョンを招いて撮った『新聞記者』は、彼女の時々揺れながらもこの映画のために憶えたにしては流暢な日本語には役柄と重なる切実さがこもっていたし、彼女のおかげで吉岡エリカという女性新聞記者に不思議なリアリティをまとわせることに成功していたと思う。

 

先ほど述べたように「日本の女優が出演依頼を蹴った」ということ自体がそもそもデマだったんだけど、TVなどでよく顔の知られた女優ではなくて「アメリカ育ちの韓日ハーフ」という設定のシム・ウンギョンの起用はこの国に蔓延する「嫌韓」への批判とも受け取れるし、松坂桃李演じる杉原とシム演じる吉岡が協力しあう姿には両国の将来への希望も託されているように感じます。

 

当然ながら、吉岡エリカというキャラクターにはこの映画が原案としたノンフィクションの著者である望月衣塑子さんの経験も反映されているだろうし、劇中でTVに映し出される望月さんが自身も被害者の取材でかかわった現実のレイプ事件を彷彿とさせる事件について語ったりもする。

 

「(『ペンタゴン・ペーパーズ』などのように)実名で描かなければ、なんの効果もない」と斬って捨てている感想もあったけれど、それが理想とはいえ、でもフィクションの中でどっからどう見ても現実の事件を基にしているとわかることを描く、というのも、それはそれで観客に思考を促すことになるんじゃないだろうか。こんなことが許されてはいけないのではないか、という疑問を持たせることができれば、まずはそこが出発点となる。

 

もっともっと深く切り込んでもらいたかった、というのはある。まだまだ表層を撫でただけではないのかと。

 

だけど、たとえば杉原がいる“内調”の様子。田中哲司演じる参事官の「この国の民主主義は形だけでいいんだ」「政権の安定こそが、国家の安定だ」という言葉は、似たようなこと言ってる人たちいますよ。やたらと「安定」とか「秩序」「協調性」だの「ルール」などを強調する奴らも。彼らはそれが正しいと思っている。政府のお偉方がルールを守ってないことは平気でスルーするくせに、おかしな話だ。

 

それまで隣の席で談笑していた同僚が、命じられるままに死んだ魚のような目でPCでやらせのヘイトツイートを連投しだしたり、それまでの和やかな態度を急変させて杉原のことを監視しだしたりする恐怖。

 

“内調”のあのやたらと薄暗い室内や職員同士のやりとりなどの描写は映画の作り手の想像によるものだが、「自分の頭でものを考えて判断すること」をやめた者たちの操り人形めいた姿には妙な説得力があった。

 

自分が多数派にいることが「正しい」ことなんだと本気で思ってる奴らはいる。「政権」が正しかろうが間違っていようがそんなことはどうでもよくて(そもそも正しいかどうかの判断を端から放棄している)、それが「安定」していればよい。“中身”は関係ない。自分さえ多数派にいれば、攻撃されずに済むから。奴らにとっては、わざわざ少数派を選ぶ者の気が知れないのだ。

 

 

 

誇張して描かれているように見えますが、あれって学校とか職場で「普通に」ある光景ですから。

 

同調圧力と相互監視。忖度やトカゲの尻尾切り。下の立場になればなるほど押しつけられる非効率かつ非科学的な精神主義。

 

一番の問題は、本当に責任を負うべき立場の人間が誰一人として責任を負っていないことだ。異常ともいえる状態。上の者の不始末を弱い者たちが常に尻拭いさせられる。責任者はけっして処罰されない。マズいと思ったらしばらく雲隠れしていれば、やがて国民は忘れてくれる。

 

 

 

スポーツ界や芸能ニュースなどを眺めていてもわかるように、所属していた組織を「裏切った」と見做されると、その個人を徹底的に潰そうとするこの国の体質をあらためて意識させられる。身内も被害を被るため、真実に口をつぐんで同調するか家族を守るために自らの命を差し出す、まるで戦国時代の武将や『ゴッドファーザー』のマフィアの世界の掟めいたことが今もなお罷り通っている。自己主張も政府への批判さえ許されない戦時中のような息苦しさ。一体今はいつの時代なのか。

 

この問題は日本中のあらゆる組織や集団に通じる。そんな世間の空気にすら慣れて「変化」を拒む中年や若者たち。現政権への無抵抗な服従と先の選挙での投票率の異常な低さがそれを物語っている。「奴隷」になり下がっている。そして「自由」を求める者の足を引っ張るのだ、まるでゾンビのように。

 

僕はこの映画を観ながらいろんなことが頭を駆け巡りましたけどね。それだけでも観る意味は充分感じましたが。無力な映画だとはまったく思わないけどな。

 

いろいろ至らないところはあるでしょう。政府による強引な大学の新設の目的が生物兵器、などと言われても、いや、さすがにそれはねぇだろ、と思う。国民から巻き上げた税金でアメリカから戦闘機を爆買いしたり近隣諸国からの脅威を煽って核武装の必要性を訴えるような連中がいたり、もっと現実味のある話があるんだからそれらと絡めればよかったのに、という不満はある。

 

「何かあった時には(新聞に自分の)実名を出してください」と言った時点で杉原は腹を括ったはずなのに、そのあとで参事官に「(内部リークしたのは)…お前じゃないよな?」と問われて青ざめて自殺しそうな顔してるのもおかしくないか?と。

 

どうせフィクションなら、あそこでもっと杉原に堂々と悪しき日本的組織と対峙してほしかった気もする。

 

ただ、一足飛びにいきなり凄い出来の映画は難しいでしょう。この国では、もはやエンタメ作品で現実の問題を鋭く突くノウハウもそういう作品を観る習慣も途切れてしまっているのだから。この映画はそれを復活させようと奮闘してるじゃないか。

 

昔の日本映画を引き合いに出して「この程度の映画で大騒ぎするなんて┐(´∀`)┌ヤレヤレ」と揶揄する映画通のかたもいらっしゃるようだけど、では、ぜひその優れたかつての日本の映画と比較して今後の課題としてアドヴァイスいただけないだろうか。その“知”が積もり積もって次の作品に繋がっていければよいのですから。

 

松坂桃李が演じる杉原がスクリーンのこちらを向いて見せたあの切羽詰った表情は、劇中に登場したいくつもの事件はまさに今現在この国の僕たちのまわりで起こっていることなんだ、と訴えかけているようだ。杉原を変にヒーローっぽく描かなかったのは、作り手のせめてもの良心だったのかもしれない。

 

そういう意味では、アニメヲタク的な空疎な発想で架空の勇ましいニッポンを描いて多くの日本の観客を気持ちよくさせた『シン・ゴジラ』などよりも個人的にはよほど好感が持てる。

 

あの黒く塗り潰された「羊の目」は、僕たち国民の目から覆い隠されたいくつもの真実を意味しているんだろう。それらは必ず暴き出されなければならない。放置しておけば、いずれはあの「羊たち」のような無残な運命が待っている。

 

作品としての評価とはちょっと別に、僕はこの映画を支持しますよ。こういう映画はもっとあっていい。映画の出来栄えや面白さについて云々するのはそのあとでも遅くはない。

 

 

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