答えは自分の中にある!自分を学びさあはじめよう!!
夢無き男シリーズをリリースしてからというもの、反響を多く頂いております。共感を持って下さった方、私も何かやってみたい!と新しく行動を起こされた方、自分の思いを聞いて欲しいという方など、さまざまなメッセージを頂いています。またすでに私の提唱するメソッド「自分学」に関して興味を持って下さってる方もおり、とてもうれしく思っています。そこで来る10/8(土)の22時より、無料のウエブセミナーを開催したいと思っています。また改めて告知しますが、まずは取り急ぎご連絡まで!!
現在の自己啓発に関し、私は大きな問題点があると感じています。1つめは自分を取り戻す前に夢を探したところで、もし夢が出て来たとしてもその夢に実感を持てず、いつまでも探し続けてしまうことでした。自分の夢150個出してみたけど…本当にこれがやりたい事なのかな…。コーチングを受けて夢は出て来たけど…それですっきりしちゃって後が続かない…。マインドマップで夢を描いてみたけれど…どうも心が満たされない…。みたいな感じですね。そして自分を取り戻すという事はつまり、健全な自己愛、健全な自己信頼感、健全な自己重要感を持つ事。健全であるというのは、多かったり少なかったりせず、人に頼る事もないフラットな状態であるという事。そしてそれらを取り戻す事の意義は「心の自立」でした。要は心の自立が無ければ、せっかく見つけた夢に対して実感も、自信も、価値も見いだせず、それ故いつまでたってもその願望が夢へと昇華しないのでした。(それぞれを取り戻す方法に関しては、また後日記事にします。書きたい事が多すぎて追いつかない…)そして今日は2つ目の問題です。私はクリス岡崎氏の元でアンソニーロビンズ氏のメソッドを学ぶ中、さまざまな体験をしました。その中の一つが心のブレーキです。我々人間は知らないうちに、過去の体験を元にさまざまな心のブレーキをかけて生きている事を学びました。例えば日曜の夜。明日会社(学校)に行くのが嫌だな~という感情が沸いてきたとしましょう。でもよくよく状況を考えてみると、仕事は順調だし、特に嫌な会議があるわけでもない。なのに日曜の夜、明日の事を考えると何だか嫌な気分になってしまうんです。それっていったい何故なのでしょうか?それは原因の一つに、もしかすると過去に月曜日に学校で嫌な体験があったからかもしれません。宿題を忘れ先生に指摘されて恥をかいたとか、月曜はいつもテストがあったとか。そういう過去の出来事って通常は心の成長とともに消化されていくものですが、中にはいつまでも消えない体験も残ります。今はもう社会人だし、仕事も順調なのにも関わらず日曜の夜は何だか憂鬱になる。私の妻はサザ○さんの音楽がスイッチになっているようで、一切見ようとしません(笑)そうした過去の体験は、今の私たちが感じる「何か嫌だな」という心のブレーキとなって根深く残っているのです。この国民的人気者が今も妻を苦しめる…さて、ここで自己啓発の2つ目の問題点。自己啓発って言わばアクセルを踏んでいるようなもので、どんどんどんどん前に進みたくなっちゃうんですよね。名言集を読んでみたり、夢を描き出してみたり。程度問題なので、ある程度やる分にはいいんです。しかし、やり過ぎると問題が起きて来るんです。我々は自分の知らぬ間に、心に様々なブレーキをかけている。しかしそれに気付かず、自己啓発によりアクセルを踏んでしまっている。するとどうなると思います?心がきしみ、痛み出します。それが自己啓発の罠その2です。心のブレーキを外さずに、アクセルを踏み込む。自己啓発でつらくなっちゃう人が出てくる原因の一つがここにあるんです。アクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなもの。そりゃつらくなるよ。私はね、自己啓発とセラピーって分けるべきじゃないと思うんですよね。ブレーキを外しながら前に進む。丁寧に丁寧に。そうじゃないと本当に心が痛みますので。。自分学では私自身が体験を元に構築してあります。何が自分のブレーキなのか。そして何が自分のアクセルになるものなのか。丁寧に丁寧に進んでゆきます。心が痛まぬように。黒瀧@自分学ファシリテーター
夢を持つ。目標を持つ。その事の難しさって、実はすごく根深いところに問題があります。私はずーっと「夢を持つ」という事が夢でしたので、そりゃ色々な本を読み試してみましたよ。マインドマップのセミナーを受け、マインドマップを描いてみたり。フォーカルポイントを読み、自分のやりたい事を150個書いてみたり。コーチングを受け、自分の願望をイメージ化してみたり。「夢を持つ」という夢をみる それらの方法は確かに効果的だと思うんです。今思うと、それらで出て来た事は本当にやりたい事だと思えるし、今私がやりたい!と思っている事もその中に含まれていました。私は今「自分学」を世に広めたいと思い行動をしていますが、そうした夢を発掘する系のノウハウでちゃんと出て来てるんですよね。だからね、私はまず第一にこう言いたい。みんな「夢の種」はすでに持っていると。そう、発芽するまえの種はみんなみんなみんな必ず持っていると思います。だって「こうしたい!」という願望がない人間なんていないもの。みんな必ず、今か今かと発芽を待つ夢の種を持っているんです。と、ここまではよくビジネス書とか自己啓発書に書かれている事ですよね。どこかで聞いた事があるって感じでしょう。でもここからが私が体験を通して得た真骨頂なんです。みんな夢の種を持っているのは分かった。ではなぜそれを持っていながら、夢が無いと思ってしまっているのか。マインドマップにもそれはあった。願望を書き出したリストにもそれはあった。コーチングのセッションでも出て来た。なのにどうしてまだ夢が無いと思ってしまうのか。それは…自分で自分の事を愛していないから自分で自分の価値を認めていないから自分で自分の能力を信じていないからに他なりません。私はね、ようやく分かりましたよ。よく言うじゃないですか、「自分を愛さなければ人を愛する事はできない」的なことを。その意味がようやく分かるのと同時に、それは自分の夢に対しても当てはまる事だと分かったんです。自分を愛さなければ人を愛する事ができない理由。それは、「その人が好きだ」という自分の感覚を信じる事が出来ないからです。自分を愛していないと、「この人好きかも。この人好きだな」という、自分の感覚そのものに自信が持てないんですよね。同様に自分の夢もそう。本当は夢がある。本当は発芽前の大切な大切な夢の種を持っている。しかし、自分を愛していないと、自分の夢をも疑ってしまうのです。自分の価値を認めていないと、その夢の価値にも疑問が沸いてしまうのです。自分の能力を信じていないと、「できる!」という実感が薄く、せっかくの願望が夢へと昇華できなくなってしまうのです。自己愛が低いと自分の願望をも愛せない。愛せない願望は夢へとなり得ない。自己重要感が低いと自分の願望にも価値を見いだせない。価値を見いだせない願望は夢へとなり得ない。自己信頼感が低いと自分の願望にリアリティを感じられない。リアリティを見いだせない願望は夢へとなり得ない。自己愛や自己重要感、自己信頼感が足りなければ、せっかく持っている願望に自信が持てないのです。私が33年間夢を持てなかった、正確に言うならば気付けなかった原因はここにあります。私はとかく、自信の無い男でした。だから、せっかく沸いて出て来た願望をも信頼する事が出来なかったんですよね。人に価値があると言われなければ、価値があると思えなかった。人に認められなければ自分で自分を認める事が出来なかったんです。大事な事は自分の感覚に自信を持つこと。持って良いんだと自分に許可を出すこと。こうなりたい、こういうのがいいな。そしてその願望は愛すべきものだし、価値がある。そして自分にはそれを叶える能力がある。そういう感覚を取り戻す事が肝心です。そうじゃなければ自分の願望はいつまでたっても夢へと昇華されません。ではどうしたら自分を愛することができるのか。自分の価値を認める事ができるのか。自分の能力を信じる事ができるのか。自分学のメソッドではそれらを丁寧に丁寧に取り戻して行きます。黒瀧@自分学ファシリテーター
キッズランドに来ているんですが、いやーすごいですね。そっち行っちゃダメ!そこ登っちゃダメ!そこ触っちゃダメ!あれをするなこれをするなと、ダメ!ダメ!ダメ!の嵐です。おおこわ。でも思うんですけど、それって本当に子供のために言ってるのかな。どう思います?黒瀧
自分だけの夢や目標を持つ事。その本当の意義とは、尽きぬ事なき心のエネルギーを手に入れる事だと思います。それはやる気だとか、モチベーションだとか、使命感だとか、そういう類のエネルギーです。大多数の人間はそのエネルギーをよそから充填しています。本を読んだり、テレビを見たり、人に会ったり、セミナーに参加したり。しかし、自分が本当に納得した「これだ!」という夢や目標は、自然に自分の行動を駆り立てるエネルギー源となります。自分を車に例えるならば、よそから買ってきたガソリンを入れて走るのではなく、自己発電したエネルギーで走れるようになる。それこそが「心のダイナモ(発電機)」です。そして心のダイナモを手に入れるという事は、同時に依存からの脱却や心の自立を意味します。自分で自分のハートが乗る夢を設定し、エネルギーを沸き起こし、行動できる人間は本当に輝いている!自分学ではそうした「心のダイナモ」を手に入れるための学問でもあります。しかし、ここで気をつけなければなりません。私自身、数百万円を自己投資をし、得た知識を実践してきたからこそ分かる「夢を手に入れる事の罠」が3つあるのです。これを知らないばかりに自己啓発にはまり、出口を見つけられずさまよい続ける人(自己啓発難民)が現れたり、現実世界とのギャップに苦しむ人が後を絶たないのです。私自身、そんな人を多く見てきましたし、そしてもちろん私自身も体験してきたからこそよく分かります。ですので自分学では「夢を手に入れる事の罠」をあらかじめ公開し、その対処法を施しながら自分の夢や自分らしさを発掘して行こうと思います。自己啓発の前にやるべき事がある。次回より「夢を手に入れる事の罠」と、その対処法をご紹介していきます。黒瀧@自分学ナビゲーター
自分学。自分の夢とは何だろう。自分の本当にやりたい事は何だろう。自分が人生を通して叶えたい事はなんだろう。自分らしさって何だろう。自分をもっと好きになりたい。自分にもっと自信を持ちたい。自分の価値をもっと信じたい。人生をもっともっとワクワク楽しみたい!!!自分を見つめ、真剣に考える人は人生に対しても真剣だと思います。なぜなら、それは自分の人生に自分で責任を持とうとする行為だから。しかし、それではあまりにも目標が漠然としすぎていると思います。自分を好きになって人生を楽しむ!夢をもって人生を楽しむ!自分らしさを取り戻して人生を楽しむ!自己啓発にはまり、そこから抜け出せない人(=過去の私)は、その目的の抽象度があまりにも高すぎ、実際の生活に生かし切れなくなってしまう。だって目的が「人生」だもの。「自分らしく人生を楽しむ」ったって、具体的にどうすりゃいいの?どうなれば自分らしく人生を楽しめばいいの?「自己啓発の発露」が曖昧なのがこれまでの自己啓発の問題の一つでした。だから、自分学はいつもこれを意識して頂きたい。自分学とは実学であるという事です。大辞泉より抜粋----------------------------.じつ‐がく【実学】社会生活に実際に役立つ学問。医学・法律学・経済学・工学など。江戸時代の蘭学、明治時代の職業教育などもさす。------------------------------------------自分学とは実学である。つまり社会生活に実際に役立てるための学問なんです。では社会生活って具体的に何でしょう?自分学ではこれは「自分の仕事」と定めます。全ては自分の仕事(志事)、自分のビジネスに役立てるための学問であるという事を念頭に置いて頂きたいのです。夢を見つければ仕事は志事に変わるでしょう。自分らしさを見つければ働くことが楽しくなるでしょう。自分の事を好きになる事で仕事仲間の事も好きになるかもしれません。私の夢は仕事が楽しい!!という大人をたくさん増やす事。そのために必要な事を体系化し、リリースしたものが自分学なのです。これからたくさんのワークが出て来ますが、ぜひその目的を「仕事(志事)のため」と意識して下さい。共に良識ある大人です。そして共に有限の時を生きる人間です。ぜひ実益の伴う学びをしていきましょう!黒瀧@自分学ナビゲーター
今日の朝方、二人目の子供が産れました!!(^O^)/やったぜ~!!
父の辛そうな顔を見るのが人生で一番辛い事だった。これを軸に私は自分のビジネスのビジョンを広げ、深め、豊かにしていきました。私はね、こう思うんです。やっぱり大人は輝いていなければならない。大人は楽しそうじゃなければならない。大人は何かに夢中になっていなければならない。大人は笑顔でなくてはならない。大人は自分の人生に責任を持たなくてはならない。私の父がそうじゃなかったからそう思う…というのではありません。父は成功し、立派に自己実現し、今ではとても明るく仕事をしています。でももしその当時に、父が掲げた目標を達成するまでのプロセスをもう少し明るく、楽しくできるようサポートするサービスがあったらよかったのでは無いかと思うんです。確かに仕事は辛い時もあります。だけれども、それをカバーするテクニックはいくらでもあるんです。例えば感情のメカニズムを理解し、実践する事。自分らしさを発掘し、自分らしく働くこと。自分の仕事の重み付けを自分でする事。などなど、私は世界No1コーチであるアンソニーロビンズ氏のメソッドを学び、実践してきたからこそその効果を実感できるのです。また、実際にプロのコーチとしてクライアントの悩みを解決してきたこと、日本の各地で講師として活動してきたからこそその必要性も感じております。そして現代人だからこその大きな問題。それは自分だけの夢や目標、志を持つこと。物に溢れ、便利なサービスが氾濫し、何不自由なく暮らせる現代。それゆえ私たちは自分だけの夢や目標を持つことが難しくなってしまいました。なぜなら、昔であれば夢であった事が、今では叶えようと思えば叶えられる「現実的な目標」になってしまったからです。ただね、こういう疑問ももちろんあると思うんです。「果たして、そこまでして夢は必要なのだろうか?」夢なんてなくても生きていける。夢なんてなくても生活していける。ええ、私もそう思います。でもね、それでも私は夢は必要だと思うんです。なぜって?夢がなければエネルギーが沸いてこないからですそのエネルギーとは「やる気」とか「テンション」とか「活力」とか呼ばれる、心のエネルギーです。もしそれが無いとどうなるのか?そのエネルギーは生きる上で必要不可欠な物です。ですので、足りなければどこかからか調達し、補充しなければなりません。それは人からだったり、本だったり、バラエティー番組だったりするかもしれません。人によっては自己啓発セミナーに頼り、エネルギーをもらう事もあるでしょう。しかし自分で自分のエネルギー源、「心のダイナモ」たる「夢」を持っていなければ、いつまでたっても他を頼らなければ補充できないのです。人にエネルギーの補充を頼らなければならない-。そしてそれこそが、私を苦しめ続けた「あの心」そのものだと思うのです。そう、それは「依存」です。自分で自分の夢や目標を持つこと。それは尽きることなくエネルギーを生む「心のダイナモ」になります。いつまでもエネルギーを人や物にチャージしてもらうのか。それとも自分のダイナモを持ち、自己発電するのか。私はフォトリーディングを受講して以降、300冊以上の本を読んできました。Youtubeの私のフォトリーディング動画は、総再生回数10万回を越えます。また、私はクリス岡崎氏のもとでアンソニーロビンズ氏のメソッドを学び、実践し、またそれを自分のビジネスとして提供してきた経験があります。日本各地で講師を務めた経験もあります。また、私は一人の研究者、エンジニアでもあります。学会で8000人の中の50人にしか与えられない賞を受賞したこともあります。会社でも11期連続でボーナスの査定が標準の2段階上を記録しました。そんな私が自分の夢と志を乗せ、一つのメソッドを構築しました。それが「自分学」です。自分だけの夢や志を短期間で効果的に引き出す方法、自分らしさを引き出す方法、自分の過去の体験を克服する方法などを体系的にまとめたものです。能力はある。だけれども夢は無い。そんな私だからこそ組み上げられたものだと自負しています。大人が自分だけの夢や目標を持ち、その過程を楽しんでいる社会を創る。そのために自分学を広める。そして利益を社会に還元する。それが今の私の夢です。だって、子供は大人が思っている以上に大人を見ているものだから。。私には一つのヴィジョンがあります。人生で一番辛かった事を思い出した時、もう一つ思い出した光景があるんです。それは人生で一番かっこよかった光景です。そしてそれは、やはり父の姿でした。私の父は確かにつらい顔をする事がありました。しかし、朝には必ずかっこいい顔をしており、「行ってきます」と言って颯爽と家を出て行きました。月曜日が憂鬱だという人も多い中、父は全然違った。家を出て行く時、決してふり返らないその後ろ姿は最高にかっこ良かった。そしてその姿を玄関で見送る私たち家族がありました。何が父のエネルギー源になっていたかは分からない。それは家族だったかもしれないし、私の知らぬ父の夢があったのかもしれない。だけれども、大事な事は、その後ろ姿がかっこ良かったという事。私は朝、まるで遠足に行くかのように仕事に出かける大人を増やしたいと思っています。そしてそれを見送る家族がいる。そしてその後ろ姿を見て未来に希望を持つ子供がいる。そういう朝の風景をたくさん広める事。それが私が見ているヴィジョンです。これにて「夢無き男」は終了です。夢は必ず持てます。私は夢無き歴33年でしたが、持てましたから。私の直近の夢は「自分学」を広める事。私は「自分学」は心から必要だと思っています。人はなぜ、一番大切な自分について学ばないのか。そして自分について学ぶ究極は、自分から解放される事です。健全に愛せば健全に離れていく。私の大好きな言葉です。そしてそれは「自分自身」にも当てはまると思うんですよね。健全に自分を愛し、健全に自分から解放される。そうしなければ純粋に人の事なんて考える事はできないと思うんです。もっと認められたい…!もっと褒めてもらいたい…!我欲が混じりながらのビジネスなんて、相手にとっては不快なだけだと思うからです。このブログ、そしてFacebookでも自分学の内容を公開して行こうと思います。健全に自分を愛し、健全に自分の価値を認め、健全に自分の能力を信じる。そうして依存を断ち切った時に見える自分の本当の夢。夢はエネルギーを生み、行動を促します。そうした姿は誰が見ても輝いている!!大人の輝きは子供にも必ず伝わります。そしてそれを象徴する光景が、朝の「行ってきます」の光景です。まるで遠足に出かけるかのように家を出る。理想論かもしれない。でも、それに近付く事は必ずできます。私のメソッドならば、それをサポートする事が出来ると信じています。間もなく「自分学」を公開して行きます。黒瀧
自分の人生で一番辛かった事。それを解決できるような仕事を「自分のビジネス」にしてみてはどうだろうか。自分自身が体験した事だからこそ、その事に対する重要性も体で理解できる。そしてそれを解決できるプロになり、人の助けになれるのであれば、それは自分の誇りになるだろう。そしてそれは人に与えられた夢でも志でもない。自分の体験を通して培った自分だけのオリジナルである。新幹線の中、私は静かに目を閉じました。そして自然と考えるのを止めたんです。頭で考えたって出てこない。じっと頭にイメージが浮かぶのを待ちました。すると、答えはすぐに出て来たんです。自分の人生で一番辛かった事。それは父が仕事で辛そうな顔をしている事でした。これまでの人生、私だって色々な経験をして来たし、辛い思いをした事もあります。でもね、私にとって一番辛かった事は、やはり父のその顔を見る事だったのです。父は成功したビジネスマンでした。努力家だったしハングリー精神があった。たった10年間で7階級も昇進した記録は異例中の異例だそうで、父の血のにじむような努力がうかがい知れます。60歳を越え、体調を崩しながらもいまだに活躍し続ける現役の強者です。でもね、父の若い頃は本当に辛そうだった。本当に辛かったかどうかなんて本人にしか分からないけれど、少なくとも私にはそう見えた。事実、写真が全てを物語っています。ある時を境にパタリと父の笑顔の写真が無い。私の記憶でも父の笑顔が思い出せるシーンがほとんど無いのです。私は自分の人生で、父の辛い顔を見るのが一番辛い事でした。別に感傷に浸るわけでは無いし、自分を哀れむわけでもありません。だけれども、とめどもなく涙が溢れてくる。「自分の人生で一番辛かった事」という問いに対し、私の体がこんなにも反応している。これを信じずに他に何を信じるというのか。私はこの時の体験を軸にしながら、自分のビジネスの構想を広げていく事に決めたのです。夢無き男 その18へ
2010年10月。私は二つの大きな変化の波に飲み込まれていましいた。一つは環境の変化。以前の記事 で「部隊の再編成が起きるかもしれない」と予想していた事を書きましたが、実はそれはすでに現実のものとなっていたのです。2009年11月から2010年10月までの一年足らずで異動が3回も起きました。1回目の異動の時はそれに備えて色々と準備をしていたせいか、思いもかけぬオファーを受け、私は自分が希望していた以上の部署に異動する事が出来たのです。しかし今は時代の転換期です。その部署にいた期間は短く、その後2回の異動を繰り返しました。その都度、私は新しい仕事を覚える必要があったし、また人間関係も構築していかなくてはならなかった。そして最後に異動した職場では仕事の都合上、約半年もの間出張に出る必要がありました。大好きな家族と離ればなれになる。仕事自体はいつだってやりがいがあってよかったのですが、ただ半年も出張に出るのはこたえました。そしてもう一つが心境の変化。「自分の生業を起こす」という行為を通し、浮き彫りになった私の「依存心」。自分の心に根深く残る依存の心に気付き、必死に自分と向き合いました。「自分の依存の心に目を向ける」という行為は私を苦しめました。なぜなら、自分の依存心に意識を向けると、日常生活の様々な場面で人に依存している自分に気付くようになったからです。私の自信は大きくぐらつきました。私の自尊心も大きくぐらつきました。私の自己愛も大きくぐらつきました。いや、もともとそんなものなかったのかもしれません。私は大きな環境の変化と大きな心境の変化が重なり、自分で自分を追い込んでいってしまったのです。私は自分の生業を起こすために通う事にしたKCA(Knowledge Creations Academy)を休会し、日本中を飛び回るように出張しました。新潟、茨城、神奈川、大阪。そして最近では台湾など、現在に至るまで目まぐるしく動き回っています。大きな環境の変化、そして大きな心境の変化。仕事は多忙。家族にも会えない。ホテルに帰ってもただの一人だけ。苦しい期間は続きましたが、ある時こう思うことにしたのです。人がいては依存の心が働いてしまう。今は自分自身と徹底的に向き合う機会をもらえたのだ。と。新幹線や飛行機の移動中や帰宅後のホテル、週末など、「静かに自分と向き合う時間」ととらえるならばそれはたくさんある事に気がつきました。そしてゆっくりと、冷静に、あわてず、取り乱さず、自分と対話する事にしたのです。自分の夢とは何か。自分のやりたい事は何か。自分はどんな世の中だと良いなと思うのか。しかしそんな簡単に夢が見つかったのなら苦労はしません。私は自らに問いかけ続けました。そしてそんなある週末の日。その日は久しぶりに家に帰れそうで、私は上越新幹線の最終で東京に向かうことにしました。クタクタに疲れていたので、グリーン車で帰る事にした私。上越新幹線最終のグリーン車はガラガラで、その車両には私一人しかいません。私は読みかけの「一生折れない自信のつくり方」という本を読んでいました。その本の著者は私と同じ函館市出身。全てが彼の体験談をもとにして書かれており、短文でシンプルだからこそ胸に響く文章で書かれていました。その本を読んだ影響かどうか分かりませんが、私はふとこう思ったのです。「そうだ、自分の人生で一番辛かった事を自分の『志』にしてみてはどうだろうか。それこそ自分が心から世に必要な事だと思うし、それを解決するための生業を起こす事は、きっと自分の誇りにつながるのではないだろうか。」そして私は目を閉じました。自分の人生で一番辛かった事。その答えはすぐに見つかりました。上越新幹線最終、東京行きのグリーン車。車両にはただ一人、私だけ。頭に思い浮かんだのは父の顔でした。私は涙が止まりませんでした。夢無き男 その17へ
娘がとなりのトトロに超夢中!台詞めっちゃ覚えて、一日中「一人となりのトトロ劇場」になってます。やっぱり大好きな事って人間の能力を引き出すんだな~!!ねこバスュ~って言ってる。超かわいい。 くろたき
依存。これが私の人間的欠陥の最たるものでした。心の深い深い、根っこの部分では「誰かが何とかしてくれる」と思っている。「お金を支払っているんだから、きっと私を成功させてくれるだろう」「このサービスを受ければ、きっと成功できる」「待っていればアイディアを提供してくれるのではないだろうか」認めたくない。本当に認めたくない事実。だけれども確かに私の心にある依存の心。会社とは違う、「自分で自分のビジネスを起こそうとする行為」が、普段は見えにくくなっている私の根深き問題を浮き彫りにしました。例えばサービスって「受ける」ものなのでしょうか。サービスといえばホテルとか、レストランとか、そういう接客業を思い出します。病院なんかも医療というサービスを提供していると言えると思います。そういうサービスって、お金を払っているという理由で一方的に享受されるものと考えるべきなのでしょうか。病気とはお金を払い、医者というプロフェッショナルに医療というサービスを提供してもらい、治してもらうもの?それとも医者というプロフェッショナルによる医療というサービスを活用し、自分で治すものでしょうか。あと、おかしな例えになるかもしれませんが例えばキャバクラ。お金を払ってお姉さん達と酒を飲みながら会話を楽しむ大人の社交場ですね(私はあまりいかないけれど)。お姉さんたちに話しかけてもらい、楽しくさせてもらうか。自ら話しかけ、お姉さんを楽しませ、自分も楽しむか。お金を払ってるんだからその分楽しませてもらわないと!という考えもあるでしょうが、結局は受け身なんです。結局、自分で楽しもうとしなければ楽しめないんです。例えばお金って「取られる」ものでしょうか。よく耳にしませんか?お金を「取られる」という言葉。水道料金を取られる。サービス料を取られる。住民税を取られる。などなど。自分でも気付かぬうちに使っていたかもしれません。例えば連絡って「来る」ものでしょうか。大事なことは誰かが自分に連絡してくれる?連絡が来なければ大事が無いということで安心なのでしょうか。もしくは心が疎遠になっているのは相手のせい?人の心を勝手に察知して連絡しないで待っている?私は体験を通して学びました。サービスは「受けるもの」ではなく「活用」するものである。お金は「取られる」ものではなく「支払う」ものである。連絡は「来る」ものではなく「する」ものである。何を当たり前なと思われるかもしれません。でもね、サービスを「受ける」という受動的解釈のままでいるのと、「活用する」という能動的解釈でいるのとでは大きな大きな違いが出るんです。お金を払うという行為は、受動的になってもいいという免罪符ではないのです。お金を払うと相手がどうにかしてくれる訳ではありません。楽しむのも、リラックスするのも、学ぶのも、活かすのも、全部自分なんです。相手のサービスを「受ける」のではなく「活用」するんです。お金に対する意識もそう。お金を「取られる」という、相手の意思が主体となった受動的解釈でいるのと、自らの意思を働かせた「支払う」という解釈では、その対価の扱い方に大きな差が出てくる。心のどこかで「人が何とかしてくれるんじゃないか」という思いが私が自分でビジネスを起こす際の大きな障壁となったのです。会社で仕事をしているとね、それが見えにくいんです。すでに仲間がいるし、仕事も分業されているし。それはそれで効率的でいいんですが、反面失っていくものもあります。それは「当事者意識」です。自分の仕事はこれだからと、自分の仕事だけにどうしてもフォーカスしてしまう。そうすると大きな視点で見ることができなくなり、当事者意識が希薄となってしまいます。そして当事者意識が希薄になれば、それが依存の心につながっていくのです。でもね、少なくとも私に関しては違うと思ってた。高い当事者意識を持ち、自発的かつ自主的に動ける人間だと思ってた。でも会社から離れ、自分で生業を起こそうとする行為が私の依存心を浮き彫りにしました。私は依存心が強い、甘ったれた大人だったのです。こんな話があります。とある経営者の話です。その経営者は自分の会社の不振を持ち直そうと、経営コンサルタントと契約したそうなんです。しかしその経営者は「忙しそうだから…」と遠慮してしまい、コンサルタントの方に定期的に連絡をする事ができず、結局会社を潰してしまったという話です。あなたなら何を感じますか?連絡は「来る」ものでしょうか。「する」ものでしょうか。自己啓発依存症の人はこんな風に思っているのではないでしょうか。成功者と出会えばいつか成功できるんじゃないだろうか。このセミナーに参加したらもっと自分を変えられるんじゃないだろうか。この本を読めばもっと仕事がうまくいくんじゃないだろうか。でもね、それは違うんです。成功者は自分を成功させてくれません。セミナーは自分を変えてくれません。その本は自分の仕事の能率を上げてくれません。なぜ分かる?自分がそうだったからです。それらを「活用」し、全部自分で「やる」んです。対象者、対象物に敬意を払い、自分で自分の目標に必要なヒントを見いだし、そして自ら動く。私はこの根本的なところが間違っていた。できていなかった。ただ、自己弁護をするわけじゃないですが、この問題って実は根深い問題なんです。根深い根深い、心の中の本当に根深い問題。私は自分の中のこの問題に気付き、どうにかしたいと本当にもがきました。そしてそれが、私が後に「自分学」を立ち上げるきっかけともなったのです。依存心。だって考えてもみて下さい。世に新しい生業(なりわい)を起こそうというのに、人任せにする心があったのでは出来るわけがありません。だって世の何かの問題を解決するために起業するんでしょ?問題を人任せにする依存の心があったのでは、問題が見えてくるはずがないじゃないですか。だって人が何とかしてくれると思ってるんだもの。世の中が悪いのは政治が何とかしてくれる?会社の業績が悪いのはトップのせい?依存とは対照的な自発的で主体的な心。そして猛烈な当事者意識。こうした心を持たないと問題なんて見えてこない。そしてこうした自発的な心を持たないと夢も持てないと思うんです。だって夢は「与えられるもの」ではなく、自ら見つけ、自ら育むものでしょう。夢を持っている人の側にいたって「これがあなたの夢ですよ」なんて与えてくれないんです。でもあわよくば、自分の夢を持つことさえ人に依存してしまう情けなさ。今まで気付かなかった依存心に気付き、直面し、私は苦悩しました。「夢」を持ちたい。世に何かを問う「志」を持ちたい。2010年10月。本当の意味で、私はようやく「自分で」考えるようになっていきました。夢無き男 その16へ
私はもう一度自分のビジネスを見つめ直すため、野本愛貴氏が主催するKnowledge Creations Academy(ナレッジ クリエイションズ アカデミー) の門を叩きました。そこには今を時めく人脈コネクター氏 やサプライズプランナー氏 などの姿もあり、とても活気があるものでした。人脈コネクター氏 と私 Knowledge Creations Academy(通称KCA)では、非常に魅力的なビジネスアイディア、ビジネスモデルにあふれ、またそれを叶えようとする熱意ある人間で溢れていました。しかし私が考えるKCAの特徴の最たるものは、アイディアやモデルではありません。それを象徴する言葉。それが何をやるか ではなく なぜやるかです。どんなビジネスをするのかではなく、なぜそのビジネスをするのか。自分が世に対して気にくわないことは何なのか。自分で生業を起こしてまで解決したいと思う社会の問題は何なのか。その活動を通して何を手に入れ、どんな自分になりたいのか。ビジネスも自分の夢や志を叶えるための一つの手段である。何を叶えたいのか。ビジネスを始める前に、徹底的に考えました。そう、ビジネスをするのが目的ではないのです。それを通してどうなりたいのか、何を叶えたいのか。まずは明確なゴールをセットしてから始め、そしてそれを叶えるためのビジネスモデルを一緒に考えてゆくのが特徴なんです。そしてその自分の夢や志、思いを明確にするプロセスもとても独特のものでした。今まで考えた事も無いような問いについて考える事。(例えば上述した「自分で生業を起こしてまで解決したい社会の問題」など)今までの自分では知り得ないような本物の社会貢献の話に出会う事。自分が今までつらくて目を背けてきた社会の問題について目を向ける事。そういった活動を通して叶えたい自分の夢、ライフスタイルをリアルに想像する事。などなど、こうして自分自身で生業を起こす = 起業する理由をあぶり出していったのです。ただし、KCAではこうも教えられました。夢とは育むものであり、今決めた夢とは形が変わっていいものだと。この言葉を受け、私はこう解釈しました。夢を設定する時間を区切り、その時間で決めた夢を叶えるためにまずは行動を起こす。本当の夢~と、いつまでも思いを馳せたままではいつまでたっても行動できない。夢とは形が変わるものなのだから、まずは今設定した「夢を考える時間」の中で得た夢を叶えるために実行するのだと。私はまずは当面の目標を決め、そして新しいビジネスアイディアの提案を頂き、チャレンジする事にしたのです。しかしやればやるほど、私の人間的「欠陥」が浮き彫りとなっていく結果となったんです。それは起業をする上でも、会社で仕事をする上でも、ひいてはより良い日常生活を送る上でも、とても致命的な欠陥です。夢も、志も、今まで持てなかったのはこのせいかもしれません。それほどまでに本質的かつ根源的な欠陥が浮き彫りとなったのです。その欠陥とは・・・・・・夢や志を持つこと。本当の自分を知る事。自分らしさを見つける事。いよいよ佳境です。夢無き男 その15へ
2010年2月、人生初のクライアントとのセッションを終えた後も私は精力的に活動を続けました。名古屋や銀座では講師としてスピーチをしたり、神奈川、宮城、新宿でワークショップを開催したり。とても精力的に活動を続け、忙しい毎日ではありましたがとても充実していました。名古屋での講演風景 銀座ではセミナー講師として 面白い。確かに面白い。そして喜んでもらえてとてもうれしい。活動自体にはとても意義を感じていたし、やりがいも感じる。しかし、ただ一つ。お金に対する実感だけが沸かない…。なぜだと思いますか?私も今だからこそ言えるのですが、つまりこういう事なんです。とどのつまりなぜそれをするのかの答えが全くないままだったんですよね。なぜ、そのビジネスをするのか。何のため?お金?お金だったら会社の給料で生活できている。何のため?やりがいのため?やりがいは感じられる。しかしお金に対する実感にとても困惑している。困惑するという事は、やはりやりがいだけを求めているわけではなさそうだ…。なぜ、ビジネスをするのか。結局、私は夢無き男のままビジネスを始め、そしてまた夢無きがゆえにつまづいてしまったのです。そして気付けば、これって以前のあの状態にそっくりでした。アフィリエイトで稼げるようになり、そして稼げるようになってモチベーションを失ってしまったあの頃に。結局、私は何も変わっていなかったのです。なぜビジネスをするのか。なぜ新しい生業(なりわい)を起こす = 起業 するのか。その答えがないまま会社以外のビジネスを始める。そしてモチベーションにつまづく。また繰り返してしまった。そうなんです。夢が無ければ続かないんです。わかっていたはずなのに…。少し悪い表現をするならば、「なぜやるか」の答えがなければ、単に「新しい物好き」の状態から抜け出せないんですよね。なぜそのビジネスをするの?その稼いだお金で何をするの?生活費だったら足りてるよ。何に使うの?わからない。わからない…。でもなぜか辞めようと思えないんです。何を?自分で生業を起こすということを。「自分のビジネス」を持ちたいという気持ちだけは色あせないままでした。そんな事を感じていたころ、私は一つの情報と出会います。Knowledge Creations Academy(ナレッジ クリエイションズ アカデミー) 私のネットビジネスの師匠、野本愛貴氏が立ち上げたネットとリアルを融合させたビジネスアカデミーです。氏はビジネスコンサルティングの腕も一流であり、かつ何より夢を持っている。自分の理想を持っています。夢無き男はコーチングというビジネスを始める事で、やはり夢が無いままである事に気付きました。夢無き男はコーチングというビジネスを自分で始めてみる事で、ビジネスには仕組みが必要だと体験を通して学びました。夢無き男はコーチングというビジネスにつまづき、それでも自分でビジネスしてみたいという気持ちが残り続ける事に気付きました。私は今一度師匠の門を叩く事を決めました。2010年4月、私はKnowledge Creations Academy(ナレッジ クリエイションズ アカデミー) に通う事にしたのです。夢無き男 その14へ
無料コーチングとは言え、人生初のクライアント。自ら行動を起こし、一から始め、その人と出会いました。2011年2月の事です。私は今まで学んだこと、練習したことを、心を込めながら出し切りました。するとですね、セッションが終わった後、その方はこう仰ったのです。「いや…これはちょっと…。無料というわけには…。少ないですけどお支払いします。」私は驚きました。お試しという事で無料で行ったコーチングでしたが、その方は財布を取り出し、「気持ちですので」と料金を支払って下さったのです。その手渡しで受け取ったお金を見て、私のお金に対する価値観はがらりと変わりました。日本人って、お金に対して少なからずネガティブなイメージを持っていると思います。私ももちろんそうでした。でも、例えば外に食事に行き、素晴らしい料理とサービスを堪能できたら、感謝しながらお金を支払うじゃないですか。その時頂いたお金って、その方の本心は分からないけれど、でもきっとそういうお金なのかなと思うんです。会社で働きながら得るお金もいい。だけれども、こうして人からの感謝を感じながら得られたお金は、私にとってのお金に対するイメージをがらりと変える物だったのです。と、ここで終われば一見良い話のように見えるのですが、事はそう単純ではありませんでした。確かにお金に対する価値観は変わりました。人は感謝を感じると、そのサービスに対してお金を支払いたくなるのだと、自身の体験を通して学びました。でもね、何故か沸かないのです。何が?感情が。自身のコーチングスキルを元にビジネスをしてみようと思いたった私。一から行動を起こし、クライアントと出会い、しかも思いもかけない心のこもった収入を得たのです。うれしさ、喜び、感動、達成感、誇りなど、感情が沸かないのです。あれ?なんで?どうして?うれしい、たしかにうれしい…ような気がする…。だけれども…。私はまた悩み始めました。この答えに気付くのはその10ヶ月後だったのです。そしてその答えこそ私の「夢」につながる大きなきっかけになったのです。私はこの後も、お金に対する大きな「学び」は得られましたが、受け取る「実感」を感じる事が出来ないまま、ビジネスを続けていきました。夢無き男 その13へ
2009年11月、私はコーチングという技術を自分のビジネスにしてみたいと考えました。でもね、ちょっとイメージしてみて下さい。もし一からビジネスを立ち上げるとして、あなただったら一体何から始めますか?私はとても悩みました。そしてあれこれ考えた末、私はもっと人と出会う機会を増やすべきだと思い、当時にわかにブームになっていた社会人の勉強会を開く事にしたんです。幸いにして一緒にやってくれるパートナー にも恵まれました。企画はどんどん進み、来年(2010年)の一月からさっそくやってみようという事にしたのです。さて、企画したのはいいものの、実際にやろうとしてみて分かった事はたくさんありました。一つ目は勇気。告知はmixiの地元トピに書き込みしようと思ったのですが、いざ書こうとするとなかなか勇気が出ない。誰も来なかったらどうしよう?自分に本当に出来るのだろうか。いったいどんな勉強会にしたらいいのか。情けない話、自分はこんなに勇気が無いのかと呆然としました。ただ、幸いにして一緒にやってくれる心強い協力者がおりましたから、最後には勇気を振り絞る事ができました。一人では出来ない事、困難なこと、勇気が出ないこと、たくさんあると思います。私はたった数行、mixiに勉強会の告知をするという事すら勇気をふり絞らなければできなかった。会社で仕事をする場合、そこにはすでに仲間は用意されています。しかし会社から離れ、一個人で仕事をするとなると話は別です。仲間がいる、協力者がいるという状態は実は本当にありがたい事なのだと、身に染みて分かりました。だってホント、mixiにほんの数行書くだけでも怖かったから…。そして去年の1月、2010年の1月27日に一回目の厚木勉強会を開催する事が出来ました。7人もの人に集まって頂き、ビジネス書の内容のシェアを行ったりフォトリーディングやマインドマップについて話をしたりと、とても内容の濃い勉強会が出来たと思います。この会は後に「厚木モーニング勉強会」と名前を変え、このあと15回も続ける事が出来ました。去年の10月から私は新潟に長期出張に行く事になったため継続させる事は出来ませんでしたが、熱心に参加し続けて下さった方々には本当に感謝しています。本当に多くの事を学ばせて頂きました。またその活動を通し、私はコーチングに興味を持つ人と出会う事が出来たんです。人生初のクライアントです。最初はお試しとして無料でコーチングをさせて頂くという約束をし、待ち合わせ場所を決めました。そしていよいよセッション当日。不安と緊張は感じておりましたが、そんなものクライアントの前で出す事なんて出来ません。私はクライアントのために尽くすと心に決め、その方に会いました。最初にコーチングのゴールを決め、丁寧に、心を込めてコーチングをさせて頂きました。私のコーチングの特徴は、目の前でマインドマップを描きながらセッションを行うことです。セッションが終わっても、その時の思考の流れや心の状態を再現できるようにしてもらいたいためです。丁寧に丁寧に。心を込めて。そしてセッションは無事終了。私はこの後、生涯忘れる事の無い大切な経験をする事となったのです。夢無き男 その12へ
何気なく買いましたが、非常によい本だったのでちょっと紹介。大人になって忘れてしまっている大切なこと/中山 和義¥1,260Amazon.co.jpやっぱり子供にとって、親や大人ってホントにホントに大きな存在。そして気付けば自分も、かつて感じたその大きな存在になっている。その事をしっかり自覚して子供と接しなければと改めて思わせる本でした。心の栄養にもなるとても素敵な本です(^^)良書!!!黒瀧@自分学のすすめ
強烈。異空間。そして本質。私は自分の夢探すため、自分のやりたい事を叶えるため、私はある人物に会いに行くことにしました。それがクリス岡崎氏です。私は最初MOVEコーチングという彼の初級にあたるセミナーを受け、瞬く間にその理論の釘付けとなりました。そこにはアメリカの超有名人、アンソニー・ロビンズの理論をおもしろおかしく伝える氏の姿があり、大笑いしながらも人間の本質の部分が学べたのです。その本質とは感情。人間の持つ感情の原理についてです。またコーチングという技術を用い、相手の求める「答え」を引き出す技術にも魅了されました。私は自分の求める答えを引き出すため、そして自分と同じく自分を探し続けている人のため、正式にコーチの認定資格を取る事を決意。初級講座から本講座へと移り、コーチングについて本格的に学ぶ事としたのです。本講座ではさらに人間の感情のメカニズムに関し深く学び、またコーチングにおいて本質ともなる重要な事を学びました。相手の望む答えを引き出し、クライアントの目標達成のサポートをする「コーチ」という仕事。コーチは「質問」の技術を駆使し、答えを引き出します。でもね、本当に優れたコーチほど喋らない、質問しないんです。この崇高なる矛盾に感銘を受けた私は、いつしか自分もコーチングという技術を売りにビジネスをしてみたいと思ったのでした。そして思うだけではなく実践するのが氏を通したアンソニーロビンズの教え。私は実際に自分でコーチとしてビジネスをしてみる事にしたのです。クリス岡崎氏と。スピードコーチング社認定コーチに。 しかし私は、この時はまだ自分の抱える大きな「欠陥」に気付いていませんでした。夢無き男 その11へ
その人との出会いは、ある一冊の本が始まりでした。その本とは「億万長者専門学校」。著者はクリス岡崎氏です。億万長者専門学校 私はね、本屋で最初この本を見かけたとき、衝撃を受けました。だって本をパラパラとめくるとこれですから…。怖いことは~?やってみる! な、なななな…!なんなんだこのビジネス書は!その場でしばらく読み込みましたが、あまりにも怪しいため購入せず、棚に戻したんです。しかし本屋通いが習慣の私はどうしてもその本が気になってしまい、本屋に行くたびに手にとってしまうのでした。だってこれだもの…。アウトスタンディング! そして取っては戻し、取っては戻しを4回くらい繰り返したころでしょうか。もう分かったよ!!!と、その笑顔のテンガロンハットのキャラクターにつぶやき本を購入。家に帰って熟読したのでした。そして私は読後にこう思ったのです。この本はすごい本だ。自分の探していたもののヒントがここにあったように思う。いったい著者のクリス岡崎というのはどんな人なんだ。やっぱりこのキャラクターに似てるんだろうか…。私はすぐネットでクリス岡崎氏を検索しました。そして出てきた画像がこれ。クリス岡崎氏 怪しさMAX!!!!私はこの写真見て決めました。彼に会いに行ってみようと。夢無き男 その10へ
どうもこんばんは!黒瀧です(^^)現在、「夢無き男」というタイトルで私がどんな夢を持つようになったか、どういう風にやりたい事を発見したのか実話を元にノーフィクションで連載しています。とても好評でアクセスも上がってきており、やはり夢や目標を持ちたい方、もしくは自分という人間をもっと深く知りたいという方は多いのかなと感じますね。私は「自分学」という、自分自身についてより深く学ぶ事で自分の本当にやりたい事やオリジナルな夢を発掘するコンテンツを提供しています。「夢無き男」の記事は、もちろん「自分学」により私自身を掘り起こした実話のストーリー。まだもう少し続きますので、お楽しみ頂けましたら幸いです(*^^)vさて、「夢無き男」の連載の途中ですが、休憩がてらこんな話はいかがでしょう。自分学は3STEPからなる学問です。それは「自己分析」、「自己認識」、「自己啓発」です。自己分析により徹底的に自分を洗い出し、それらを統合する事により徹底的に自己認識を行う。そして方向性が見えてきたところで、実際に行動に起こす自己啓発へと続きます。さてその中の最初のステップである自己分析。例えば、こんな事を考えてみると面白い発見があるかもしれません。それは、「自分の生まれ故郷についてどう思っているか」。みなさんはどこで生まれましたか?そしてそれはどんなところでしたか?1分だけ、ほんの1分だけ考えて見て下さい。ぽんぽんと浮かぶ言葉で結構です。自分の生まれたはどこ?そしてどんなところでしたか?私は北海道の函館市で生まれました。昔は函館訛りが嫌だったし、地方の田舎町だと思っていたんです。しかし今では、函館で生まれ育った事がとてもうれしいです。港町で雰囲気があるし、田舎は田舎だけど、ちょっと他とは違う否かな感じがします。あと、何かこう、函館って特別な感じがする音の響きがしますね。そう、他の街とはちょっと違う「特別感」がある街だと、私は自分の生まれ故郷についてそう思っています。みなさんは自分の生まれ故郷についてどんな印象を持っていますか?さて、なぜこんな事を聞くのかと言いますと、この質問って実はけっこう根深い問題をはらんでいるからです。自分の生まれ故郷に関する思いは、それはそのまま自分のルーツに対する評価でもあります。つまり、深いところで地元への評価って、自分への自己評価へとつながっているという事です。いやーこれって実はけっこう怖い事ですよ。自分のルーツへの思いは、現在の自分への評価につながってる事ってけっこうあります。どうか自分の生まれ故郷に関し、良いところをたくさん発見してあげて下さい。それは健全な自己評価へと確実につながっていますから!(^▽^)私も最初は函館に関していいイメージもってませんでした。北海道の一地方都市くらいにしか思ってなかったし、訛りもひどかったので。。。でも生まれた場所を健全に愛する事は、健全な自己愛につながりますので、どうか今一度分析し、新しい認識を持って下さいね♪黒瀧@自分学のすすめ