40代になったら、フツウでいることをやめてみる
40歳を迎えたとき、40って不惑の年なんだよねえ、色んなことに迷わずにいられるってことなのかな、そりゃあ、無理だなあ。レストランで食事する時だって、メニューで迷うし、嫌なことがあると、気持ちが揺らぐことだって、セラピストとして修行をしてるけど、なくなったわけじゃないし、私はまだまだだなあ、、、と思ったことがある。でも、「不惑」って本当はどういうことなんだろうと調べてみたら「狭い枠にとらわれずに自由に生きること」という意味だと知った。てことは、40歳過ぎたらもっともっと、自由に生きようよってこと?なんて素敵なことなんでしょう!!!!仕事でよく言われることだけれど、基礎をしっかり学び、それを十分に実践し、応用できるようになると、自分のものとすることができる。世阿弥の教えの、「守・破・離」。私も、そうやって、自分らしいドラマセラピーというものができるようになったと思う。同じように、人生もある程度の学びを終えたら、自分らしく生きよう!ということなんだと思う。その学びが終るのが30代なんだね〜。だとしたら、30代後半からは、自分らしく生きることに意識をシフトさせた方が絶対いい。クライエントさんや生徒さんたちには、「普通はこうあるべき」という考えにとらわれがちな方がたくさんいる。特に、35歳を過ぎて独身だったら、「絶対に変な人、問題がある人」と思われているんじゃないかと気にしてしまい、「フツウじゃない」自分を嘆いてしまう。実は私もそのひとりだった。私は、35歳のときに、ポーランドに行ったわけなんだけれど、明らかに色んな人が不思議そうな目で私を見ているのが分かった。友達からは「なんか、あまりにも違いすぎて、好きなことができてて羨ましいとさえ思えない」なーんて言われてしまったし。そんな風に、結局好きなことをしていても、好き勝手生きている自分のことを心のどこかで恥じていたし、いい年して、社会人としても情けないなあ、と思ったりしていた。それはいつだって「常識」という枠の中に私もいたから。周りからは「結婚できなくてかわいそうって思われてるんだろうな」と常に思っていたから、年齢を言うのも嫌だった。でも、あるきっかけでよし、もう私らしく生きるぞ!常識とか気にするのをやめよう!!と思えるようになったら、平日に仕事もしないで昼間の太陽を浴びながらビールを飲んでいる自分も私にとって「フツウのこと」として楽しめるようになってしまった。私は変だ、と嘆いてしまう人は、だからもっとフツウにならなくちゃって思っているようなんだけど、じゃあ、「あなたって、普通の人ですね」って言われたら、それを褒め言葉として受け取れるんだろうか?そんなこと言われたら、それはそれで、なんだか失礼なことを言われたって感じないかなあ?日本人は「みんなと一緒」が好きなんだと、よく皮肉なジョークとして言われたりするけれど、それならこれはどうでしょう?「フツウは、40代になったら枠にとらわれずに自由に生きることができるようになるものです」自分らしく、自分を楽しませて生きることができる大人が増えたら、子どもたちも、未来をもっと楽しく思い描き、夢いっぱいもって生きることができるようになると思うんだけどな。今日もお読みくださり、ありがとうございました。あなたのドラマがもっともっと素敵に輝きますように。私の本が発売中です! ドラマセラピーで40代から人生のヒロインになる-あなたの中の美人が目覚める- 1,404円 Amazon 運命の人はいくつになっても現れるー恋愛ドラマセラピーで35歳からの理想の結婚を手に入れるー 1,404円 Amazon