自分らしく生きたいと願うとき、

自分が叶えたいもの考えたとき。

 

 

以前私は

その自分のたくさんの欲を前にして、

そしてそれを叶える可能性がある世界に住めていることについて、

とても申し訳ない気持ちがしていた。

 

 

例えば

私が

庭がついた大きな家を、

自然の中に建てて暮らしたいと

願うこと。

 

 

 

可能なことかもしれない。

 

 

でも、その裏で

貧しさの中で

その日の夕食さえない子どもがいる。

 

 

その事実が

私をとっても苦しくさせた。

 

 

私は本当に

快適な場所が好きだし、

綺麗な場所が好きだし、

美味しいものが好きだ。

 

 

 

 

そんな贅沢を言っていることって

相当悪いことのような気がしていた。

 

 

 

そして

買いたいなと思っていたものを我慢してみたり、

贅沢だなと思うものを買うのをやめたほうがいいのかなと

考えたりしていた。

 

 

でも、

私が何かを我慢することでは、

世界は救われていない気がする。

 

 

 

世の中にある色々な問題は

どうやったら解決するんだろう?

 

 

政治とか社会のあり方に対して、

私は自分の考えをたくさん持っている。

 

 

私と違う考えを持つ人もたくさんいる。

 

 

そうすると私たちは対立してしまい、

結局

自分が正しいと言い合うことになり、

相手を

自分と同じ考えにしようと

コントロールしようとすることになる。

 

つまり

いろんな問題の解決のために、

私たちは

やっぱりコントロールしようとしあっている。

 

 

コントロールすることは

信頼のなさと心配からだと書いたけれど、

それは相手の何かを変えることで

解決できるものではない。

だから

結局できることは
自分の中にある問題を解決することしかないのだと思う。


そして、
自分のそばにいる人に
コントロールではなく
愛を持って接する練習をしなくてはいけない。

それは、
相手をわかろうとする、ということ。



これが私たちが頑張るべきこと。



私たちが愛を持ってこの瞬間生きることができるようになることが、
世界のいろんな問題を癒す
一番いい方法。



これしかないんだと思う。


私が愛のエネルギーを

すぐ隣の人に

送ることができたら、

私の小さな世界を変えることができる。

 

 

私の世界を愛と豊かさで

溢れさせることが、

きっと世界を欠乏という思考から

救うことにもなるんだと思う。

 

 

 

そしてそれが世界を変える

唯一の方法。

 

 

マザーテレサの元に

ボランティアがしたいと訪ねて行った

日本人の女の子たちに

マザーは

「帰りなさい。帰って家族を、周りの人を愛しなさい」

というようなことを

言ったというエピソードを聞いたことがあるけれど、

マザーが言ってたのは、結局このことなのよね。

 

 

 


だから
やっぱり
心の筋トレ、しなくちゃね。

今日も。明日も。ずっと。



今日もお読みくださりありがとうございました!