戦争を繰り返さないために
1、知覧特攻平和会館と特攻隊員の遺品
5月26日27日、鹿児島市で全国教誨師大会が開催され、参加してきました。大会終了後、少し足を延ばして南九州市知覧町に向かいました。目的地は「知覧特攻平和会館」です。
太平洋戦争当時、多くの特攻隊員が飛び立った航空基地があった場所です。会館に行く途中、会館の周辺に石灯籠がたくさん並んでました。特攻作戦で亡くなられた方々の慰霊のための灯籠のようです。

知覧特攻平和会館は、特攻隊員の遺品や記録を後世に伝え、二度と特攻作戦や戦争の悲劇を繰り返さないことを願って建設された施設です。展示で最初に目を引いたのは、特攻に使用された戦闘機でした。

一番スペースを割いていたのが、特攻隊員の部隊ごとの写真展示と特攻隊員の遺品の展示でした。特攻で亡くなられた方々の年齢は十九歳から二十三歳位の方が多いようでした。志願された方もいたでしょうが、志願させられた方も居たようです。「御国を守る。故郷を守り家族を守る。」そういう気持ちで出撃されたのでしょうが、戦争の作戦としてはどこまで有効であったのでしょう。特攻は「国を守る」という思いで行われました。しかし、戦局を大きく変えることはできず、多くの若者が命を失いました。今の時代の我々の立場からは「もっと早く終戦交渉を進めろよ。」と言いたくなります。その当時、こんなことを言えば「非国民!」と罵られ、憲兵に逮捕されたことでしょう。
隊員の日記、手紙、愛読書、軍服、軍刀等が特攻隊員の遺品として展示されていました。或る隊員の遺品の中に『戦陣訓』という冊子がありました。「ああ、これか。」と思いました。『戦陣訓』は1941年に当時の陸軍大臣・東条英機の名で全陸軍に示した軍人の行動規範です。『戦陣訓』には「生きて虜囚の辱めを受けず」という一節があります。この思想は、生還することさえ許されない空気を生み、多くの悲劇につながったと言われています。実際に「天皇陛下に身を捧げる」「国土の礎となる」という美名のもと、部隊全員の玉砕や民間人の集団自決という事態が引き起こされています。

特攻作戦は生きて帰還することを否定する作戦であり、死ぬことを前提とした作戦でした。しかし、戦闘機のエンジントラブル天候不良のため不時着したり特攻基地に帰還したりするケースはありました。そういう「不本意ながら帰還した兵士」は居心地悪かったでしょうし、辛かったでしょう。実際のところ、どうだったのだろうか、疑問が湧
きました。平和会館の売店で買い求めたドキュメンタリー小説『月光の夏』(毛利恒之著)が私の疑問に答えてくれました。

2、グランドピアノが伝える特攻の実相
佐賀県鳥栖市営のホール「サンメッセ鳥栖」の一階に一台のグランドピアノが展示されています。このグランドピアノが或る特攻隊員の歴史の証人だったのです。

鳥栖市サンメッセに展示されているグランドピアノ
1945年5月末、鳥栖国民学校に突然二人の特攻隊員が来訪しました。
「私たちは、明日出撃します。死ぬ前に、もう一度思い切りピアノを弾きたいのです。ここにはグランドピアノがあると聞いて、やってきました。」
彼らは音楽を専攻する学生だったのですが、学業を断念し、爆弾を抱いて敵艦に突っ込むための訓練をしていたのです。音楽室に案内された隊員は、ピアノに向かい椅子に座りました。隊員が「何か楽譜はありますか?」と聞くと、音楽教諭の上野歌子さんは音楽室に有った楽譜を渡しました。楽譜を開きベートーベンの「月光」を静かに弾き始めました。立会った上野さんは、素晴らしい演奏に感動しながらも、音楽への志を捨てて国のために死地へ赴く青年の胸中を考えると、悲痛な思いに胸をしめつけられるのでした。
戦争から四十年が経ち、ピアノが廃棄されることを聞いた上野さんは、各地で講演を開き当時の思い出を語り、子供たちへ戦争のことを伝え継ぐためにも、ピアノの保存を訴えました。ピアノは保存されることになり、このエピソードを基にドキュメンタリー小説『月光の夏』が書かれ、更に映画『月光の夏』が制作上映されました。
尚、小説『月光の夏』、映画『月光の夏』では、鳥栖国民学校の音楽教諭の名前は実在の上野歌子さんではなく、「吉岡公子」という名前になっています。

特攻帰還兵を収容し再教育した振武寮
の存在が『月光の夏』で描かれ、後にNHKスペシャルでも検証報道されました。振武寮は陸軍の第六航空軍が福岡市内に設置した施設でした。実態は、帰還した特攻隊員を隔離し監禁する施設でした。参謀将校が「貴様は命が惜しいのか!死ぬのが怖いのか!卑怯者!臆病者!」と叱責し暴力行為に及ぶこともあったそうです。
現代の私たちから見れば、この参謀将校は狂っていると思います。でも当人は職務に忠実だったと思っているかもしれません。一方で、収容された帰還兵からは「あそこは地獄だった。」という述懐が残されています。戦争だったから仕方がないでは済まされないことです。戦争と言うものが如何に人を狂わせ人の生命と心を蹂躙するものであるか、学ばなければならないなと思いました。
知覧特攻平和会館を訪れ、『月光の夏』を読み終えた今、いろいろ考えさせられました。「特攻作戦」に限らず、戦争は人間を手駒のごとく扱い、敵国側兵士や民間人はもとより自国兵士や民間人の生命も人格も軽視するものなんだなあということを痛感しました。それに加えて、若者たちが自由に生きる道を失い、「死ぬことこそ名誉」であると信じ込まざるを得なかった時代の恐ろしさというものを感じました。
戦争は、人の命を奪うだけではありません。人の心を支配し、人の心を狂わせ、自由な判断を奪い、「生きたい」という最も自然な願いさえ口にできない社会をつくり出します。昨日まで音楽家を目指していた青年が、翌日には爆弾を抱えて飛び立たなければならない。その悲劇は、決して一人ひとりの隊員だけの問題ではなく、社会全体が戦争という大きな流れに飲み込まれた結果だったのでしょう。
仏教では、「一切衆生
悉有
仏性
」と説きます。すべての人はかけがえのない命を持ち、誰もが仏となる尊い可能性を備えています。「お国のため」という大義名分があったとしても、戦争を正当化してはならない。そして、尊い命を戦争のために使い捨てるようなことは本来あってはならないことです。
今年も終戦の日を迎えます。若い命を散らしてしまった特攻隊員たちのためにも、愚かな戦争の歴史を風化させることなく、平和の世界を願い目指していきましょう。
2026年6月20日にアップロードした記事「知覧特攻平和会館に行って思ったこと」を洞林寺護持会会報・令和8年お盆号のために改訂しました。本ブログはその会報用原稿に更に加筆したものです。
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