東海林 順の一人旅 -3ページ目

父が脳梗塞で入院しました⑥

さて、手術から約一か月が経過しようとしています。

状況としては、最悪の事態は免れたものの、望んでいたよりは回復せず、

といったところでしょうか。

現時点での状況では、右半身まひ。

左も長引く入院生活で四肢の筋力は萎え切っています。

今のところ一番影響が出ているのが、自力で食べられないところ。

鼻から流動食を流し込んでいる状態です。

リハビリも、ベッド上でできるものに限られ、言葉による意思疎通はできない状態。

調子がいいときは目が覚めているようですが、一日ほぼ寝ている状態・・・

寝ているというよりは、脳梗塞の影響で覚醒状態を保っていられないようです。

たまたま調子のいいときに出くわせれば、眼鏡をかけさせてやるとはっきり見えるようで

反応がよくなることもありましたが、

先日主治医と面談してきたところ、これ以上の回復の見込みは厳しいとのこと。

もし仮にこのまま症状固定となった場合、自宅での受け入れはかなり難しい。

ほぼ不可能と言っていいでしょう。

となると、このまま病院から出ることなく・・・

まぁ、まだ結論は早いと思いますが、最悪の状況を想定する必要性はありそうです。

母の方も双極性障害2型という診断がついている状態ですが、

こちらはまだつきっきりにならなくても自力で食事やトイレはできているので助かっている感じ。

軽躁状態の時期がくると家に帰ってこなくなるくらい活動的になりますが、

うつの時期は一日中ソファに寝てテレビを眺めている状態。

食事も用意してやらないと自分では何もしません・・・

最近はお茶くらいは自分でいれられるようになってきたか?

自分もいつまでもつきっきりでいるわけにもいかず、今後をどうするかと・・・

まぁ、今まで油断していましたが、高齢の両親に病気とか来ると、

一気に家庭が崩れてのしかかってくる感じになります。

とにかく今はいつの間にやらごみ屋敷と化してしまった実家の片づけに追われている感じです。

万が一自宅で父の受け入れをせざるを得ない状態になった場合、

場所がなくてはどうにもなりません。

介護ベッドや簡易トイレを借りるにしても。

とにかく床を埋め尽くしている雑多なモノを消し去らなければ・・・








そして片付けとか始めるとイライラしてくるんですね・・・

時間と場所を区切ってやらないと気がおかしくなりそうです。

決して一気に片付けようと思わないこと。

むしろもう 今週はここまで 位に割り切ってやらないと、精神衛生上もよくないです。

そしてさっそく週明けに出張が入っています。

再来週も一日出張が二日間入っています。

今のところ、昼休みは毎日実家に帰ってきてお昼を母と一緒にとっていますが、

そろそろ一人の生活に慣れてもらわないと。

こちらの身ももちません・・・

まぁ、うつ期の母には厳しいかもしれませんが、

お弁当なりなんらかの食事を用意しておけば何とかなるんじゃないかなと思っていますが、

果たしてどうなることやら?

また、6月末には泊りがけの外出もあるからなおさら。








ということで、今週末は脱衣所の雑多なモノを捨てまくって、

伸び放題になっていた庭の草木を選定というか刈り込みました。

多少はマシになったかなと思ったのですが、

かなりの量のごみが出ることになりました。

まだまだ片付けも氷山の一角ですが、

完了するころにはどんなことになっているのやら?

一刻も早く片づけたい気持ちは焦るのですが、

ここで全員共倒れになるわけにはいかないので、

気晴らしもつつ、できる範囲で確実にやっていこうと思います。

まずは搬出経路の確保ということもあり、玄関を片付けたいのですが、

ここがなかなか難しいんですね・・・

今日も早朝に作業をしていたのですが、日が昇ってからはもう蒸し暑くて

やってられませんでした。

これを毎週やってたらくたばるわ。

ということで、焦らずのんびりやっていこうと思います。



























父が脳梗塞で入院しました⑤

さて、おかげさまで父の手術は無事終わりました。

手術後に面会に向かったのですが、呼ばれて行った時間からさらに一時間ちょい待って

集中治療室で面会となりました。

しかし術後の麻酔が効いている状態だったため、いびきかいて寝ている・・・

顔だけならただ寝ているだけのようですが・・・

ということで、手術当日は面会できたものの、父はまだ意識のない状態でした。







で、月が替わって5月2日は普通にお仕事に。

いつも通りに洗濯物等の受け渡しに行ったのですが、

医者のスケジュールがちょうどよかったということで、医師の説明を聞いていくことに。

昨日と同じ集中治療室に入ります。

・・・と、ここでなにやら父が動いている。

近くに行ってみると、何やら一生懸命左半身、

左足と左腕、そして首を振っている・・・?

何となく様子をみて声をかけてみると目を開けてなんとなく私を見てわかったような感じ・・・

一生懸命体を動かそうとしているのかな?

落ち着け、と話しかけてみるといったんは静かになるものの、

しばらくするとまた体を動かし始めるという・・・

医師が来て状況を見て、「本人が病状把握ができていない状態かも」とのこと。

もしかしたらいつも通りに目が覚めてみたらなんか身体が固定されていて

一生懸命動こうとしていたのかもしれない・・・

真相は分かりませんでしたが、

なんとなく動こうとしている父の意思を感じることができた気がして

ちょっとホッとしている自分がいました。









で、父の様子が落ち着いてきたころを見はからって医師のいるブースへ。

手術の経過と状況の説明を聞いてきました。

ひとまず手術の効果は出たようで、

脳の左右で血流の差があまりない状態になっていました。

ただ、血流が通常とは異なっているので、

脳の状況が落ち着くまでに1~2週間かかるらしいです。

その間リハビリなども治療と同時に取り掛かっていって、

今後のリハビリ転院も検討していくということですが、

現時点ではまだ何とも言えないとのことで。

入院もかなりの長期になりそうです。

あとはもう、本人の回復力と運に任せるほかありません。








医師の説明を聞いたあと、もう一度父の様子を見てきたんですが、

相変わらず体を動かそうとしている。

そして時々頭を起こすんですね・・・

ここまで自力で動いているというのは、

手術前のつねっても反応しに状態から比べると格段に改善したように思えますが・・・

やはり何も言葉にはならないようで。

なんとなく自分を見て何か言いたそうな感じではあるんですが、

こちらからはみんな待ってるよ、とか頑張れ、くらいしか言えず。







そうこうしているうちに父も疲れたのか、だんだん眠そうな感じに。

とりま、また来るからな!と声をかけて集中治療室を後にしました。

何とか快方に向かってくれることを祈るしかできません。





















父が脳梗塞で入院しました④

いつもと様子の違った父が救急搬送されてしまいました。

検査の結果、脳梗塞が発見され、緊急入院となっていましたが

ここまでの投薬治療では抜本的解決とはならず、

急遽ですが手術することになりました。

医師の話では日本ではかなり古くからおこなわれていた術式で、

手術自体のリスクは低いらしいのですが、

繊細な手術になるので、とにかく時間がかかるとのこと。

幸い父の体力的には問題ないだろうということと、

このまま投薬だけ続けていては悪化のリスクが高いことなど

家族でもいろいろ考えた結果、手術を受けることになりました。

GWということもあり、手術するならこの日しかない、ということで

本日、5月1日、手術室まで付き添いで行ってきました。

急遽アメリカから帰国した弟もつれていきました。

病室から手術室に行くまで付き添いで一緒にいってたのですが、

父は終始寝っぱなし・・・

これまでの経過からして脳梗塞の影響なのか、時折意識がぼーっとして

すぐ寝てしまうことがあると聞いていたので、そういうことなのか・・・?

とりま、手術室まで行ってきました。

脳外科の大規模な手術室というのは初めてみましたが、ほんとにでかい・・・

まるでアリーナの入り口のような・・・

私も小さな頭の手術をしたことがありますが、

頭皮にできたできものを切除するだけだったので局所麻酔でしたし、

脳外科ではなくて整形外科だったんだっけか・・・?

なんだか朝から病院の施設に圧倒されっぱなしでしたが、

無事、付き添いの任務は完了してきました。








医師から手術の目安として5~7時間かかると聞いているので、

これを書いている今からでもかなりの時間がかかることになります。

医師の体力、集中力はほんとに凄いな・・・

家族には無事を祈ることしかできませんが、

なんとか術後の経過もうまく流れていってほしいところです。









とりまこの後、病院から手術の終わりに連絡が来ることになっているので

それまでは何となく落ち着かない時間を過ごすことになります。

とにかく無事の手術完了を願って!





















父が脳梗塞で入院しました③

ということで、父が脳梗塞で入院して三日目です。

一説には魔の三日間というらしいですね・・・

一般的にも発症して三日間は症状が大きく上下するらしいです。









一応この日は朝から普通に出勤していました。

大体の状況と今後の入院の見通しとか当面の勤務形態とか話をさせてもらって、

なるべく給料が減らないように出勤時間をずらすとかの調整をしてもらえることになりました。

と、当面のめどが立って一安心していたところに

今度は病院から連絡が。

なんでも今朝方、手足の動きが悪くなってきているということで

状況の説明を医師からしたいというのです。

で、12時から医師との面談ということで予約をもらって会社にその旨伝えました。









で、11:30で早退させてもらって、いったん家に帰って一路病院へ。

ほぼ時間ぴったりに病院へ到着。

こういう時職場や家から病院が近いということ自体がありがたいですね。

担当の医師に事の経緯と現在の様子を聞きました。

かいつまんで言うと、脳梗塞の範囲が少し広がって、結果半身まひの状態が出たとのこと。

その後、回復してきて今は動かせる状態になっているが、この週末にかけては

容態が大きく変化するかもしれないとのこと。

病院側の考えでは、長年の糖尿病による動脈硬化で血管が全体的にダメージを

受けていることもあって、外科的手術は推奨できないとのこと。

投与できる最大限の薬を入れていて、それでも容態が変化することがあるとのこと。

仮に今後リハビリをして退院できたとしても次の脳卒中のリスクが付きまとうこと。

こんな感じの説明がありました。

医師からも「厳しいことばかり言って申し訳ないけれども」とまで言われてしまいました。

かなり高い確率で半身不随もしくは重度の障害が残ることを覚悟してくれと。









父の年齢とこれまでの働き方とか食生活を考えると、

ある程度の納得はできるものの・・・

これまでずっと 疲れた疲れた 言いながら70歳まで働いてきた父への報いがこれかと

こちらもやるせない気分にはなりましたが、

入院するとき、最後まで入院を渋っていた父の方がよっぽど無念だったろうなとも思うのです。

普通ならもう仕事も引退して、趣味の絵でも描きながら年金もらってゆっくり生活していただろうに

なんて思うと、ほんとにやるせない気持ちになってきます。

話を聞いて帰った後、庭のバイクのところで今回初めて泣きました。










人間というものは感情を開放すると多少落ち着くようで、

その後は比較的落ち着いて家事なんかしていたような気がします。









で、医師の説明を聞いた後、看護師さんが父の病室へ連れて行ってくれました。

何かの配慮だったのかもしれません・・・

と、ある程度の覚悟をしていったのですが、

父は何やら右手を挙げて体操のようなことをしているではありませんか・・・

とりあえずベッドのそばまで行ってみると、私のことが分かったのか表情が緩みました。

しかし発する言葉が日本語になっていない・・・意味の分からない音を発している。

私が話しかけることは理解できるようでしたが、それに対する返答が支離滅裂というか

言葉になっていない感じです。

父は一生懸命考えて言葉を出そうとしていることはわかるのですが・・・

とまぁ、そんなことを繰り返しているうちにちょっとだけつながってくることがありました。

私の想像も入りますが、

「仕事はもう無理だな」とか「(右手が)動かない」とか「わかりません」とか。

この期に及んで仕事かよ、とも思いましたが、

なんというか、こんな状態になっても父らしいなと。

かれこれ一時間くらい話をさせてもらっていましたが、さすがに疲れてきたようなので

切り上げて帰ることに。

帰り際に「マイホーム」と言っていたので、帰りたいんだろうなと思いました。

みんな待ってるから、帰って来いよ!といってその日は病院をあとにしました。









自宅に帰ってきて一応の報告を母と父の二人の姉に伝えます。

この日は何食べても味がしなかったかな・・・















父が脳梗塞で入院しました②

ということで、その②です。





父が脳梗塞で緊急入院となって、病室から帰ってきて次の日。

なんだかんだで、いつもの時間(5:40)頃起床。

朝ごはんの買い出しにコンビニへ。

適当に食べられそうなものを買ってきて朝ごはんにします。

食べながら今日の段取り。

まずは父の二人の姉に連絡。

続いて父の職場その1へ連絡。

ここで自分の会社の出勤時間が近くなってきたので、事情を話して休みの連絡を入れます。

次に父の職場その2へ連絡を入れ、レッカーの手配の関係で折り返しをもらうことに。

この時点でだいたい9:30くらいだったかな。

で、次に救急搬送された最初の病院へ大体の支払金額を確認。

このときは折り返し連絡ということになっていましたが、その後連絡が来ました。

緊急搬送の際、保険証が確認できなかったので、全額自己負担だと約14万円になるとのこと。

CTとかMRIとかいろいろやりましたからね。

でもま、会計時に窓口で保険証を確認できれば、その保険の負担割合によって

再計算してくれるということで一安心。

で、病院の営業時間を確認して、段取りを決めました。








ということで、いったん自宅アパートに荷物を取りに行っていたのですが、

結局午後からの強行スケジュールっぽくなって、

13:30~14:00 クルマのレッカー立ち合い

14:30~15:00 病院支払い

15:30 入院セット搬入

という大まかな流れになりました。

最初に搬送された病院と入院先が近かったのが僥倖でした。

午前中に実家の車も洗車できましたし。








で、当初の時間通り、父の会社の人とレッカーの人と合流して、

クルマの保管場所へレッカーを伴って向かいます。

自分の予想とちょっと違った場所に車はありました。

一応状況を確認します。

(会社の敷地内だったので公道での事故報告のようなものはなかったみたいです)

結局父が言っていた通り、ガソリンタンクに穴が開いていたようで自走は不可。

それにしても見事に全部ガソリンが漏れてしまっていました・・・

19日は真夏日近い陽気で、万一エキパイとかに漏れたガソリンがかかったりしたら

即、車両火災に発展していたことでしょう・・・

そういう意味では運がよかったとしか言いようがない。

で、会社の人が念のためバッテリーも外しておいてくれたようで。

そのあと会社の人も手伝ってくれてレッカーに車を積み込みました。

そのまま登録してあるディーラーに持って行ってくれて、作業は終了。

入っていた自動車保険でレッカー代はカバーできるようでしたので

そちらも一安心。

あとは修理するとしたらどのくらいの費用になるかというところ。

これまた連絡待ちということになります。









で、思ったより早く作業が終了したので、支払いに行くことに。

窓口で救急搬送の支払いだということを伝え、保険証を提出して・・・

総合病院なので結構待ちました・・・と言っても30分くらいだったか?

とりま、手持ちの現金で十分間に合ったのでよかった。







ということで支払いも終わったのでいったん家に帰って

父の入院グッツにちょっと思い立ったものを追加して持っていきます。

なんだかんだで段取り通りに用事はすべて完了できました。

とここで病棟の看護師さんから提案が。

タオルを多めに持ってきてもらいたいとのこと。

それから紙おむつの支給を契約した方がいい状況だということで、契約してきました。






で、すべての用事が終わったところで自分の会社に状況を報告します。

なかなか自分の中で状況をかみ砕いて理解するのに時間がかかりました。

で、ついでだったので自分の車も洗車してくることに。

まぁこの時期なのですぐに汚れることはわかっているのですが、気分の問題です。







で、帰ってしばらくすると父の姉から状況確認の電話が。

おおよその報告をしたところ、父の姉は自分の父母と義理の父母と看取ってきた

ある意味先輩で、いろいろ今後の経過の予測とか、気を付けることなど

いろいろ教えてくれました。

ありがたいことです。






そんなこんんで、この日はもう19時過ぎたころから疲れというか、眠気が襲ってきて

21時ごろシャワって来たところまでは覚えているのですが、

いつのまに寝てしまったのか覚えていません。