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ほんのにちようび

心に残った本のあらすじと感想をつづります。

(時に映画、マンガ、音楽などについても)

hana


また観てしまった、「花とアリス」。


ずっと前にルームメイトがDVDを買ったときに、一度観ていた。


花とアリスは親友どうし。憧れの先輩が頭を打って意識を失ったのをいいことに、花は「私、先輩の彼女だったのに、忘れたんですか? 記憶喪失になっちゃったんですね」と先輩をだましてしまう。この少女マンガみたいな設定が秀逸。

ものすごい起伏がある話でもなく、感動で涙するわけでもないけれど、中高生のころの気持ちに帰ってしまう作品。思い込みが激しくて、ささいなことに傷ついて、自分のまだ見ぬ能力をあると信じていながら、現実には何もできない自分に苛立ってばかりの、そんな時代。肥大した自意識に振り回され、夢と妄想で膨らんでいた時代。


あのころは、なんだかすごくたくさん時間があったんだよなあ。花もアリスも映画のなかで、どうってことのない時間ばかりを過ごしている。でもそれがひどく懐かしい。中身のない話をしながらの下校とか、憧れの先輩の後をつけてみたりとか。


あらゆるところがいびつだったのに、思い返すととてつもなく美しい何かが混じっていた気がする。不安定なものしかもてない美しさがあった気がする。



このDVDを貸してくれたルームメイトとも、そろそろお別れ。大家さんが帰ってくるので、3年にわたる気ままな同居生活も終えなくてはならない。私たちは別に結束が固かったわけではないけれど居心地よかったし、ここから巣立っていくのはなんだか青春との決別であるような気がして仕方がない。もういいかげん、大人にならなくちゃいけないのかな。

見城 徹
編集者という病い
大田出版 ★★★

「編集」という仕事にとりつかれたものにとって、それは確かにある種の病のようなものかもしれない。


この本は、その内容の多くが雑誌の掲載原稿の寄せ集めであり、内容も時系列でないうえに重複も多く、じっくり練って作られたとは思えない出来だ。しかし、それでも見城さんの生き様は読んだ者の胸をつかんで強く揺り動かす。彼と作家との間には、仕事相手という枠を超えた魂と魂のぶつかり合いと融合がある。血の出るような付き合いを経て、常人同士では行くことのできない深みまで降りていっている。編集という病にとりつかれたものにとって、彼のように生涯編集者であることを全うし、かつあれだけの実績を残すことはひとつの理想形だろう。


この国で「編集」関連の職業に着いているものは何千人、あるいはひょっとすると何万人といるだろう。そして、そのなかで、「編集」という病にとりつかれながらも、見城さんのような深いところで本作りができずに中途半端なところでもがいているのは、きっと私だけではないだろう。いや、それは別に編集者に限ったことではなく、どの業界においても言えることだ。


仕事していても圧倒的にうまく行かないことの方が多かったし、何度も編集から足を洗おうとしたし、また戻ってきてしまった今でも自分がこの先どこへ辿り着くのか見えないままだけれど、それでもこの職業は素晴らしいと思う気持ちだけは変わらない。自分の能力に限界を感じ、もはや仕事に全精力をつぎ込めなくなった自分が若さを失ったことに愕然とするけれど、それでももはやこの病に引きずられるがまま、行き着くところまで行くしかないような気がしている。


そんな思いで本書を読み終えると、奇しくも前の会社の同僚から一冊の本が送られてきていた。その本はその同僚が編集した本だったのだが、私は彼がその本を編集する過程でずいぶん苦労して病んでしまったことを隣りで見ていたし、また私自身がその後彼と同様の泥沼に陥って会社を辞めてしまっていた。なのでそれはとても思い出深い本であり、その本がついに日の目をみたことに感慨深い気持ちでいっぱいになった。私も、ひょっとしたら彼も、見城さんのような深みまではいけない編集者なのだろうが、仕事を通して遥か遠くに目指していたものはきっと一緒だったのではないかと思う。


Miradouro De Santa Catarina/Madredeus


追伸:長きおやすみからそろそろ復活します。身辺にも色々変化があったことだし、心機一転。

10冊にしようと思ったけど、あとの3冊が思いつきませんでしたのでひとまず。
小田 実
何でも見てやろう

旅ものエッセイのパイオニア?(小説家は除く)

旅人のバイブル「深夜特急」よりもさらに前の世代が読んだと思われる。私は「深夜特急」よりこっちの方が好き。

野田 知佑
カヌー犬・ガク

前に書いた感想↓

http://ameblo.jp/dimanche/entry-10005204519.html

WORLD JOURNEY
高橋 歩

去年末にこれ読んでから、無性に旅がしたくなった。

今夏の個人的旅行ブームはこの本がきっかけだな、きっと。


小林 紀晴
ASIAN JAPANESE―アジアン・ジャパニーズ〈1〉

会社を3年半勤めた後アジア放浪をした著者が、同じく放浪している人たちを撮影&インタビューした記録。インタビューされた人が日本に帰ってからを追跡取材しているので、祭りのあとならぬ「旅のあと」がうかがえる。ディープなアジアに行きたくなる。

金子 光晴
どくろ杯

旅に出ざるを得ない「業」を背負った詩人の記録。子どもを置いて妻と海外放浪(放浪に入るまでの方が私は面白かったけど)。続編が「ねむれ巴里」「西ひがし」。


mono

辺見 庸
もの食う人びと


世界中でいろんなものを食べる! ジュゴンの肉、人の残飯、猫用缶詰、ドイツの囚人食、放射能まみれのキノコなどなど。食べ物の匂いの隙間から旅の生々しさがうかがえる。


猿岩石

猿岩石日記〈Part1〉極限のアジア編―ユーラシア大陸横断ヒッチハイク


私にとっての「深夜特急」的バイブル。別に読み返したりするわけじゃないけど。ふつうの人がつづる日記ならではのリアルさがある。

ゲド


「面白くない」と噂のゲド戦記を、遅ればせながら見てきた。


感想としては、思ったほど悪くはなかった。

魔法使いにまじないをかけられてしまった主人公のアレンの心を、少女テルーが覚まさせるところなんかはちょっと感動的だった。でも、印象的だったシーンはそこぐらいかな。あ、テルーの唄も良かったか。ただ、ストーリーが安易に片付けられてしまっているのがちょっと残念。キャラクターの行動の背景もいまいちわからない部分があったし。


私はアニメーションに関してはまったくの素人だけど、宮崎駿作品が好きで何度も見ているせいか、どうしても比べると見劣りがしてしまう。竜の姿かたちとか、人や動物の動きや表情、色の細かさ、音楽の使い方。そういうちょっとした細かいところがいちいち「あれっ、なんか違う」という違和感をもたらして、いまいち集中できなかった。以前働いていた会社の同僚がよく言っていた、「神は細部に宿る」ということばを思い出した。


ちなみに、この映画について、原作者のル・グウィンさんが公式コメントを出していた。

http://www.ursulakleguin.com/GedoSenkiResponse.html


わかった気になってかいつまんでみると、


・美しい映画だが、彼女(作者)が「トトロ」や「千と千尋の神隠し」を見て感じた繊細さや、力強いディテール表現がこの映画にはなくてがっかりしたこと


・興奮する映画だが、それは主に自分が全く意図しない暴力によってもたらされた興奮であること


・話のつじつまが合わないこと。自分の描いたストーリーを思い出しながら追ってみても、同じ名前の登場人物なのに、キャラクター設定も運命も生い立ちも違って混乱するし、映画のメッセージも強引であること


・映画の中では倫理観が混乱しているし、結末についても作者が描いたようなものではなく単純化されてしまっていること。


・ゲド戦記のキャラクターは有色人種なのに、映画では白色人種にされてしまっているのが心外であること。


などを述べた上で、いくつか良いところも述べ、最終的にはそこに自分の「ゲド戦記」があるのを認めた、と書いている(みたい)。


この映画の完成試写で、彼女は吾郎監督に対して、“It is not my book. It is your film. It is a good film.”と言ったようだが、彼女のコメントでこれを読むと「もはやこれは私の本じゃなくて、(改竄されまくってすでに)あなたのオリジナルみたいなものですから。そういう風に見ればいい作品だと思いますよ(やや嫌味)」というようなニュアンスに感じられるのに対して、吾郎監督の制作日誌でこのコメントを引用してある部分を読むと、「この映画は私の手を離れ、あなたの手によって良い映画になりました(やや賞賛風)」というようにとれるからふしぎ。ことばって難しい。


宮崎駿監督はもう新作を撮らないのかしら。もう一度宮崎パパの作品が見たいな。



BGM:テルーの唄

町田 康
東京飄然
中央公論新社 ★★☆

いまや何を書いても売れちゃう町田康が、東京近郊をふらふら歩いて、つらつら書きつづったエッセイがこれ。


「旅に出たくなった。なぜか。理由などない。風に誘われ花に誘われ、一壺を携えて飄然と歩いてみたくなったのだ」とはじまるこのエッセイ。とはいいつつも、売れっ子作家で遠出ができない町田康は、東京近郊に日帰り旅をして旅行欲を満たそうとする。


先日、平日に会社を休んで友人と鎌倉へ行ってきた。事前に行き先はまったく決めず、とりあえずうちにあったガイドブックをひっつかんで出発。品川で友人と合流して電車に乗ったところで、友人が鞄から取り出したのがこの本。何で今日これを?と思いながら前に読んだときの記憶をたどってみると、そういえば町田康も鎌倉&江ノ島に行っていたのだった。


どうせなら、ということで、町田康が行ったところを後追いすることに。初めての江ノ島はジリジリする暑さでへばりそうになったが、エスカー(モノレールみたいな乗り物)を使わず、島の端っこの方まで歩ききる。おっさんの町田康たちもエスカーを使わずに徒歩で行っていたのだ。神社を抜けて高台になったところまでたどりつくと、転げ込むように食堂へ入ってしらす丼とさざえの壷焼きをオーダー。これが絶品。


満腹になったあとはいい気分で帰る、かと思いきや、本を見てみると、町田康たちはさらに海岸沿いの洞窟「岩屋」へ行っているではないか。そこで負けじと岩屋へ。途中で海難救助隊みたいな人たちが海を眺めているのに出会う。私たちが軽い気持ちで「なんかあったんですか」と聞くと、「ええ、昨晩から一人行方不明者がいて」と言われる。聞くんじゃなかった。ぞくぞくしながら岩屋へ。中は寒くていっそうぞくぞくする。自然と早足に。途中、暗闇に光るものがあり、腰を抜かしそうになった。ちゃちな竜神が光っていた。友人の本だというのに、私は「東京飄然」の岩屋のページに岩屋のスタンプをしっかり押した。


岩屋を出てからの帰り道は登りだらけでつらい。つい、途中で休憩用に豆腐プリンを購入。すると、その店のおばちゃんが近道を教えてくれる。これがまたものすごく近道で、あっという間に島の入り口へ。あの豆腐プリンは、RPGでよくある、手に入れないと次に進めないアイテムみたいなものだったのだ、きっと。


そうこうして江ノ電乗り場まで戻り、町田康たちが目前まで行きながらあえて立ち寄らなかった鶴岡八幡宮へと向かった(江ノ電乗り場ではもちろん江ノ電スタンプを押した)。おみくじを引いてみると、「情欲を捨てよ。欲心の一部を捨てれば願い事は叶う」とある。情欲って・・・。慌てて参拝しようとしたら、拝み方を間違えた。


若宮大路で帰りのおやつに金平糖を買い、夕食を済ませたあと帰途へ。スタンプだらけになった本(しかも著者のサイン本)と鎌倉飄然の旅に私はいたく満足だったが、同行者はさていかに。



BGM:Magic Music/木村カエラ

アーシュラ・K. ル・グウィン, 清水 真砂子, Ursula K. Le Guin
影との戦い―ゲド戦記 1
岩波書店 ★★★

[あらすじ]

アースシーの大賢人ハイタカことゲドの少年時代を描いた話。少年の頃から魔法をあやつり、一度はその力で村を助けたこともあるハイタカは、偉大なる魔法使いオジオンに見出されて魔法使いを養成するローク島へと送られる(この辺、ハリー・ポッターに似てる)。ローク島での修行中、級友に腕比べを挑まれたゲドは、禁じられた魔法を使ってしまい影を呼び出してしまう・・・。


ジブリが映画化するということで、その前に再読してみた。前に読んだのは5年ほど前。その頃少し親しくしていた人に薦められたのだけど、そのときの私の感想は「ドラゴンクエストっぽい話だね」で、薦めてくれた人が苦笑していた記憶が・・・。


映画化に際してのインタビューを読んで、宮崎駿がいかにこの本の映画化を熱望していたか、彼の作品がどれほどゲド戦記に影響を受けたか、というのがすごく伝わってきたのが再読のきっかけ。インタビューによると、この作品の(発表当時の)一番の衝撃は、主人公が戦う相手が「自分の影」であることだったという。なるほどなあと思った。


ここでちょっとゲドとハリー・ポッターの違いを考えてみると、まずゲドの方がはるかに精神的に大人だ。彼の行動は常に自発的で、目的は常に外に向けられている。一方のハリー・ポッターの精神性はのび太とあんまり変わらない。基本的に嫌なことから逃げるために行動がはじまり、自分を追ってくる敵を倒すことに終始している(って、3巻までしか読んでないから、それ以降で急激に成長してるのかもしれないけど)。


また、ハリー・ポッターの世界が、おもちゃ箱をひっくり返したように不思議なもの、面白いものであふれているのに対して、ゲドのすむ世界は基本的には中世(もっと古いかも?)ヨーロッパがベースになっているふつうの世の中である。竜が住み、魔法が使えるものが存在するという以外になんら不思議はない。


今の時代に受け入れられるのは、たぶんハリー・ポッターなんだろうなあ。ハリー・ポッターって、面白いけどあんまり教訓がないから、単純に楽しめる。でも、そんなハリー・ポッターが良き入り口になって、「指輪物語」「ナルニア国物語」「ゲド戦記」なんかの3大ファンタジーをはじめとする各種ファンタジーの読者が増えるといいなあ。


などと、「指輪」も「ナルニア」も読んだことのない私が言ってみたりして。


 

BGM:Slow/ANA ←最近のイチオシ。

da vinci


見てきました、「ダ・ヴィンチ・コード」。賛否両論(身近では「否」が多め)で、興味があったところに、「タダ券もらったから行かない?」との誘いを受けてほくほく。


結果から言うと、意外と悪くありませんでした。原作の一番の面白みであるうんちく部分をそぎ落として、主人公ふたりが巻き込まれる事件の行方にテーマを絞っているので、まあ浅いと言えば浅い。でも、原作を忘れかけた人がおさらいとして見るには悪くないです。自分が原作では読み取れていなくて、映画を見て「ああ、あれってそういう意味だったのか」とかわかる部分もあるし。


でも、原作を読んでいない人にとっては、やたらとストーリー展開速いし、楽しいうんちく部分も少なくて物足りなさが残るかも。


特にお勧めはしないけど、仮に見に行ったとしてもとりあえず眠くなることはないんじゃないかしら。


ああ、それにしても「バベル」の公開が待ち遠しい。ガエル・ガルシアと役所広司(とブラピ)の夢の共演。カンヌではもう披露されたというのに、公開が1年後なんて・・・。とりあえず、この夏は「ゲド戦記」で癒されておこうかな。癒されるのかな?



BGM:Sherbet Snow and the Airplane/Suemitsu & THE Suemith

住井 すゑ, 永 六輔
人間宣言―死があればこそ生が輝く
光文社 ★★★★

同和問題に、なぜだか昔からとても興味があった。島崎藤村の「破戒」や、住井すゑの「橋のない川」、森達也の「放送禁止歌」、「いのちの食べかた 」、そして「竹田の子守唄」なんかを読んだのも、もっと当時の実情を知りたいと思ったからだし、実際に昔被差別部落だった地区に行ってみたこともある。そこは今では団地になっていて、当時の様子は見る影もなかった。


同和問題を描いた作品のなかでも、特に住井すゑの「橋のない川」は傑作だと思っているのだけど、この「人間宣言」を読んで、作品だけではなく、作者本人も魅力的な人なんだなあと改めて実感した。彼女は裕福な家に生まれ(ちなみに彼女自身は被差別部落の出身ではない)、成績優秀で講談社に入社したものの、「男は月給だが、生理があって休む女は日給だ」と言われたことに憤慨し、退社して作家に転身する。曲がったことがきらいな彼女の発言は強い信念で貫かれていて、読んでいて気持ちがいい。


この「人間宣言」では、彼女らは自分たちの思い出、交友関係などを通して人生を語っている。豊富な人生経験をもった人の雑談がもうそれだけで面白いように、彼女たちの対談もくだらないこと、個人的なことを交えながら生きるということを深く感じさせる内容になっている。もし、住井すゑが生きていたら、いつか一緒に仕事をしてみたかったなあ。


私はもともと頭もよくないし、知的に見せるために知識を蓄えようという野心(笑)はほとんどないが、まわりの大切な人が困っていたり、落ち込んでいたりするときに、少しでも心が軽くなるようなことが言える人間になりたいと思う。私自身の体験からはたいしたことも言えないので、それはたとえば何かからの引用だったりしてもいい。そのために本を読んでいる、っていう部分が確実にある。


余談だけど、ずっと一緒に過ごしてきた飼い猫が4月に死んだ。覚悟はしていたので、思ったほどのショックはなかった。ただ、寝るときには必ず私の隣で一緒に寝ていたので、夜ベッドに入るたびに、そのぽっかりとした隙間ができることにどうしてもなじめず、眠れなくなった。そんなとき、私は猫の骨壷を抱いて眠りについた。


やがてGWに入り、実家に帰省したとき、父親に「あれ、骨壷なんで持ってこなかったの?」といわれたが、まさか「いや~、眠れないとき骨壷抱いて寝てるもんで(笑)」とは言えず、笑ってごまかした。ただ、母には正直にそう打ち明けると、


「昔、沢村貞子っていう大女優がいたの知ってる? 彼女は早くに旦那さんをなくしちゃったんだけど、その骨をお墓にいれずに骨壷に入れたまま持っていて、出かけるときにぱかっと開けて「行ってきます」、ご飯食べる前にまたぱかっと開けて「ご飯だよ」とか話しかけていたらしいよ」


という話をしてくれて、それでとても救われた気持ちになった。


今は亡き我が老猫よ。夏に帰省するときには、土に還してあげるね。向こうで住井すゑさんにかわいがってもらいなさい。



BGM:You're Beautiful/James Blunt



伊坂 幸太郎
砂漠
実業之日本社 ★★☆
サン=テグジュペリ, 堀口 大学
人間の土地
評価不能

すでに人気作家としての位置を確立した感のある伊坂幸太郎。その彼が青春群像ものを書いたというので、読んでみた。


彼の出身である東北大学をモデルにしたであろう、5人(男3人、女2人)の大学生活。そのなかの西嶋という人物はサン=テグジュペリに強い影響を受けているらしく、「人間であることということは、自分には関係がないと思われるような不幸な出来事に忸怩たることだ」というようなことを、新歓コンパで生真面目な顔をして言い出す。


主人公は物事に必要以上深く介入せず、自分の周りを俯瞰してみている(気になっている)、現代っ子っぽいさめた人物。それに、前述した西嶋という学生運動でも起こしそうな熱血漢と、鳥井という絵に描いたような軽薄男&金持ちのボンボンとがつるんでいる。


あとはご想像通り、恋愛話があったり、ちょっとした冒険とそれによって失うものがあったりするのだが、最後に4人は卒業式を迎え、校長先生の「人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢である」というサン=デグジュペリの引用による送辞によって幕を閉じる。


読みやすいし、悪くはないけど、(おそらく作者自身も影響を受けたのであろう)サン=テグジュペリの思想が、未消化のまま単純に提示されているだけな気がして、もう少しアレンジ加えてほしいなと思ったのも事実。


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上の校長先生の送辞の引用元である「人間の土地」は知人に薦められて、1年ほど前に読んだことがある。


まだ飛行機が安全だった時代、郵便物を届けるために長距離飛行をしたサン=デグジュペリの実話にもとづく、物語のような、随筆のような、はたまた長い長い詩のような本だ。かの宮崎駿も感銘を受けた本らしく、

カバーのイラストとあとがきを書いている。


この本を読んだとき、私はここに感想を書こうと思ったが、どうしても書けなかった。

当時の私では、内容の深さが理解しきれていないと思ったからだ。よく、昔読んだ本を再読したときに、「この本はこんなことを描いていたのか」と新しい発見に目からウロコが落ちることがあるように、私がもう少し精神的に成熟してから読んだら、きっとこの本のもう少し深いところまで到達できる(逆に言うと今の私では到達できない)のではないかと感じた。そして今もまだ到達できていない。


(たぶん映画もそうだけど)、本って、読んだときの感情や、精神的成熟度や、読書量によって、読み込める深さが違う。それが面白い本の面白いところだし、名著といわれる本ほど、読むたびに違う表情を見せる。


この「人間の土地」で、特に私の心に残ったのは、この1文。


たとえ、どんなにそれが小さかろうと、ぼくらが、自分の役割を認識したとき、はじめてぼくらは、幸福になりうる、そのときはじめて、ぼくらは平和に生き、平和に死ぬことができる、なぜかというに、生命に意味を与えるものは、また死にも意味を与えるはずだから。



BGM:1000のバイオリン/THE BLUE HEARTS

瀬尾 まいこ
強運の持ち主
文藝春秋 ★★☆

[あらすじ]

OLを辞め、アルバイト情報誌で占い師募集の記事を見つけた吉田幸子は、占い師・ルイーズ吉田としてデビューする。いいかげんな占いの割にそこそこ調子よく客もついていたのだが、ある日男の子がやってきて、不思議な内容の占いを投げかける・・・。


瀬尾まいこは、小説界におけるスピッツ(ミュージシャン。犬ではなく)だ。毎回冒険をして作風を変えるわけでもないし、耳にしたようなフレーズも紛れ込んでいる。だけど、聞くたびにいいなあと思わされてしまう。

前の「優しい音楽」を読んだときは、そろそろ違うジャンルにチャレンジしてほしいなあと思ったが、スピッツみたいに少しずつ彩りを添えながら自分の道を突き進んでいくのもアリなのかもしれない。今回の作品も、最初の数作と比べるとややトーンダウンしているけれど、彼女らしい佳作ではある。


特に、最初の作品に出てくる、占いをしてもらいにやってくる男の子や、ルイーズの見習いについた関西弁の青年なんかは、彼女の持ち味が存分に出たキャラクターだ。吉本ばななの作品の男の子はみんなどこか品がいいように、瀬尾まいこの作品に出てくる男の子はどこか飄然としている。


ただ、連作短編だったので、ちょっぴり消化不良感が残った。この人は短編ではなくて長編を書ききった方が面白くなりそう。ルイーズ吉田と彼氏、見習いの男の子と、占いの師匠ぐらいに登場人物を絞って、もう少し丁寧に書ききってほしかったな。


次回作に期待。次回作がいまいちだったら、必読作家からはずしちゃうかも。



BGM:夢じゃない/スピッツ