「面白くない」と噂のゲド戦記を、遅ればせながら見てきた。
感想としては、思ったほど悪くはなかった。
魔法使いにまじないをかけられてしまった主人公のアレンの心を、少女テルーが覚まさせるところなんかはちょっと感動的だった。でも、印象的だったシーンはそこぐらいかな。あ、テルーの唄も良かったか。ただ、ストーリーが安易に片付けられてしまっているのがちょっと残念。キャラクターの行動の背景もいまいちわからない部分があったし。
私はアニメーションに関してはまったくの素人だけど、宮崎駿作品が好きで何度も見ているせいか、どうしても比べると見劣りがしてしまう。竜の姿かたちとか、人や動物の動きや表情、色の細かさ、音楽の使い方。そういうちょっとした細かいところがいちいち「あれっ、なんか違う」という違和感をもたらして、いまいち集中できなかった。以前働いていた会社の同僚がよく言っていた、「神は細部に宿る」ということばを思い出した。
ちなみに、この映画について、原作者のル・グウィンさんが公式コメントを出していた。
http://www.ursulakleguin.com/GedoSenkiResponse.html
わかった気になってかいつまんでみると、
・美しい映画だが、彼女(作者)が「トトロ」や「千と千尋の神隠し」を見て感じた繊細さや、力強いディテール表現がこの映画にはなくてがっかりしたこと
・興奮する映画だが、それは主に自分が全く意図しない暴力によってもたらされた興奮であること
・話のつじつまが合わないこと。自分の描いたストーリーを思い出しながら追ってみても、同じ名前の登場人物なのに、キャラクター設定も運命も生い立ちも違って混乱するし、映画のメッセージも強引であること
・映画の中では倫理観が混乱しているし、結末についても作者が描いたようなものではなく単純化されてしまっていること。
・ゲド戦記のキャラクターは有色人種なのに、映画では白色人種にされてしまっているのが心外であること。
などを述べた上で、いくつか良いところも述べ、最終的にはそこに自分の「ゲド戦記」があるのを認めた、と書いている(みたい)。
この映画の完成試写で、彼女は吾郎監督に対して、“It is not my book. It is your film. It is a good film.”と言ったようだが、彼女のコメントでこれを読むと「もはやこれは私の本じゃなくて、(改竄されまくってすでに)あなたのオリジナルみたいなものですから。そういう風に見ればいい作品だと思いますよ(やや嫌味)」というようなニュアンスに感じられるのに対して、吾郎監督の制作日誌でこのコメントを引用してある部分を読むと、「この映画は私の手を離れ、あなたの手によって良い映画になりました(やや賞賛風)」というようにとれるからふしぎ。ことばって難しい。
宮崎駿監督はもう新作を撮らないのかしら。もう一度宮崎パパの作品が見たいな。
BGM:テルーの唄
