2026年2025年2024年

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2026/1/5
伊賀 丸山城 その1を公開しました。
伊賀 丸山城 その2を公開しました。
記事にした城が800城になりました。
2026/1/6
伊賀 丸山城 終章を公開しました。
伊賀 嵯峨尾主馬城を公開しました。
2026/1/7
伊賀 阿保 福森氏城を公開しました。
伊賀 阿保 桐ヶ谷城を公開しました。
2026/1/8

2026年2025年2024年


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岸田氏城はまたの名を阿保城と呼ぶようで、宿場町のすぐ南の丘先端にある。

ここには聖武天皇が天平十二年(740年)に一夜を過ごされたという阿保頓宮(あおのかりみや)があったとの事。ずっと後の戦国時代になって、筒井氏麾下の岸田氏が頓宮の遺構を利用して城を築いたのだとか。

いまでは比高20メートルばかりの広い高台の中に伊賀の城チックな土塁に囲まれた方形単郭の遺構があり、その真ん中に阿保頓宮址の石碑が立っている。


近鉄線青山町駅チカに車を置いての徒歩行軍、福森氏城桐ヶ谷城ときてラストがここだった。

たくさんの城がかたまってる伊賀の地は訪問数稼げていいワイ😅


現在位置(Googleマップで)

登り口は複数あるようだが、オーソドックスに阿保頓宮の看板が立っているところから登った。

阿保頓宮址の看板と石段


階段を登って、平坦なところに出る。

正面右手のコレ、もう城塁かえ?😮

岸田氏城の土塁と落葉の山道


周囲を帯曲輪状が取り巻いているようなので、まずは右へ進んでみた。

が、まもなくバッサリと切られて無くなってしまった💦

岸田氏城跡の土塁と枯葉の斜面


それにしても城塁スゴい😮

岸田氏城の遺構、土塁と樹木


虎口は北の方にあるらしい。

登ってきた階段から直進方向になる。

少し進んで右手を見ると、土塁をザックリえぐり取られた虎口が開口していた。

岸田氏城の空堀風遺構


この虎口の前は、かなり広い平坦地になっていた。

伊賀の城ではあまり見ないような感じで、これは阿保頓宮時代の遺構だろうか…?🤔

岸田氏城跡の土塁と広がる大地


さて、虎口から郭内へ入ってみる。

左側の土塁には、石積が嵌め込まれていたか?

岸田氏城(阿保城)の石垣と土塁


右側には、天端に登る階段が…

岸田氏城(阿保城)への石段と落ち葉


登ってゆくと、真新しい祠が立っていた。

垂仁天皇の皇子、息速別命(いこはやわけのみこと)を祀った祠とのことで、いまもちゃんと祀られている✨

城と通りを挟んで反対側に皇子の墓という西法花寺古墳があるが、華麗にスルーしてた😅

阿保頓宮址の石碑と祠


虎口を入ると、高い土塁に囲まれた主郭。

伊賀の城の雰囲気いっぱいだが、向こう側にも虎口らしい土塁の切れ目があるのは、他では見なかったな…

岸田氏城 阿保頓宮址 石碑と土塁


中央の城址碑…ではなく頓宮の石碑。

城跡としてより頓宮跡としての方を売り出したいようだ…

阿保頓宮跡の石碑と土塁


そして、奥に見える虎口みたいなところの目の前へ。

なんか登らせる道みたいなのがあって、後補っぽい感じ…

岸田氏城の土塁と落ち葉


ここから外を見てみると、郭内と同じくらいの高台が左右にも奥にもかなり先まで続いているようだった。

そして、真ん中を道が一直線に伸びていた。

阿保城跡の森、枯葉と石碑


この道は、奥の竹ヤブに入ったところで消えていて、どこにも繋がっていなかった。


土塁の外側に空堀のようなものはなく、平坦な上に土塁だけを盛ったような感じ。

岸田氏城跡の落葉した山道


どうやら阿保頓宮は土塁で囲まれた城館よりかなり広くて、その中に方形に土塁をめぐらして城に仕立てたのがこの城、という感じ。


さて、つづいて東側を守る土塁上に行ってみる。

土塁の天端は平坦なようだ。

岸田氏城跡の土塁と祠


南東の隅にも祠。

虎口脇のと同じく息速別命を祀ったもので、やはり新しい✨️

阿保城の社と石灯籠


ここから見下ろす主郭。

高い土塁に囲まれて、箱庭のような雰囲気😮

岸田氏城(阿保城)の阿保頓宮址石碑


土塁の外を見下ろすと、東側にもかなり広い空間があるようだった。

岸田氏城跡の土塁と落ち葉の地面


最後は、この東側の空間を見てゆくことにした。

回り込んでみると、土塁の裾に引っかきキズみたいな堀があった😮

岸田氏城の土塁と落ち葉に覆われた地形


空堀というより、古墳の周濠みたいに見える…🤔

反対側には、土塁と並走するように道みたいなやつ…

岸田氏城跡の土塁と竹林


縁に石垣…?
岸田氏城跡の石垣と落ち葉

この道は、北側で虎口状になって麓に降りていた。

ここの石垣は、半分ぐらいがモルタルでガッチリ固められていた…

岸田氏城跡の石垣と落ち葉の道


このへんは、城よりは頓宮の遺構かな…?


見たところ土台になっている広い高台が阿保頓宮で、その中に岸田氏が伊賀の城チックな方形単郭の城をデンと置いたように見えた。

しかし、もともと方形単郭の位置に何かの遺構があって、岸田氏はそれに手を加えただけのようにも…


けっきょく、見ただけで成り立ちは分からんかった…


★岸田氏城(阿保城、阿保頓宮)

三重県伊賀市阿保

車を停める場所は周囲に無いので近鉄青山町駅周辺コインパーキング等に停めて徒歩で訪問するのが良い。

平山城

 

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(2026年1月8日 記)

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桐ヶ谷城は伊賀市の南のほうの阿保宿ちかく、近鉄青山町駅から南に1km足らずの丘のなかにある。方形単郭の周囲を土塁空堀コンボで囲んだようすが山中にしっかり残っている。

歴史などはよく分かっていないようす。


冬休み遠征でこの地にやってきて、すぐ東隣の福森氏城につづく2城めだった。


現在位置(Googleマップで)

登り口は、このあたりから南側の山の中へ入ってゆく道へ行く。


登ってゆくと植林地のトラバースになるので、適当なところから斜面を直登してゆく💦


よく探せば、踏跡らしいものが見えたりして…😮

しかし、下山時にもっとラクに登降できるルートが見つかって、驚かされるのだった😂


登るルートにもよるが、30メートルも登れば上端が見えてくる。

今回は城の南寄りに登っていったようで、南辺の空堀と思われる凹がほぼ正面に現れた🙌


そして、少し進むと堀が塞がって…


もう虎口かいっ‼️🤯


堀をふさいでいたのは土橋だろうが、もうよく分からなくなっている…

しかし、西に向かって開口している虎口は立派✨


その先の堀は…

外側の土塁が消えたのか、帯曲輪のようになってる…


今回は先に郭内に入って、それから外周をぐるっと回ってみるか。

やっぱり典型的な伊賀の城のようで、一辺20〜30メートルぐらいの方形、周囲を土塁に囲まれている。

そして、地形なりに東の方が高くなっているようす。


先ほど入ってきた虎口。

幅広で、深く掘り込まれている😮


周囲を囲む土塁は、これも地形なりのようで東へゆくほど高くなっている。


では主郭を出て、外周を回ってみるか。


虎口を出て南に進むと、すぐに右手から数十メートル下る広い竪堀状が現れる。

主郭虎口から10メートルばかりのクランクで繋がりそうなところを見ると、往時の登城道か?


退城時にここから降りて思いがけないものを目にしたんだけど、それはラストにて…🤫

主郭を囲む堀跡だか帯曲輪だかを南端へ下って左に折れると、空堀が復活する。

地形なりに、かなり急な角度で登っている。

伸びやかで美しいな✨


外側の縁に石列みたいなのが見えるが、よく見ると下にも?

もしかして石垣が埋もれてる?😮


この空堀のだいぶ登ったところから城外方向に積まれた石垣があるが、これはさすがに城との関連が見えない…

後世、治山のときに土留めとして積まれたか?


東まで行ったところの隅は、崩れたり埋まったりしたのか大分わかりにくくなっているが、写真左方向に折れて、ちゃんと主郭の東辺に続いている。


折れの先へ回り込むと、倒木がだいぶ凄いことになっている💦


ここは通過するのに骨が折れそうなので、土塁に登った。

ここでも高さは3メートルぐらいで、主郭の中から想像するほど高くない。

やはり堀と土塁は地形なりに廻らし、内側の主郭を平坦につくった城のようだ。


登ったところは南東の隅だったが、ちょっとした櫓が立ちそうなほど広い😮


南辺を登ってきた土塁。


さて、ここから北に向かって進む。

進むにつれて天端は下がり、幅も狭くなってゆくようだ。


外側には、しっかりと空堀が並走している。

ヤブや倒木もなく、キレイなようだ。

荒れてたのはトバ口だけだったか…😮


北東隅には櫓台のようなものはなく、そのまま左に折れて下がってゆく。


ここから先の土塁上は灌木が多くなっているようなので、ふたたび堀底へ。

空堀の折れてるところ。

目の前に立つとじつにカッコイイんだけど、写真だとどうも見栄えがせん…💦


ここの空堀は、キレイに直線状✨


北側に回り込んでも、やっぱり✨

典型的な方形館の空堀なんだろう。


西側まで行くと、大きく崩れたのか空堀は無くなっていた。

少し下に回って、帯曲輪状で西へ回り込んでいるようだ。


ここまで来れば、最初に登ってきた場所に戻ることが出来る。


ここから退城するのだが、せっかくなので虎口下から降りていた竪堀状から降りてみる。

竪堀の長さは20メートルもなく、すぐに北に折れる帯曲輪状になる。

そのあたりから振り返ったところ。


が、その南側の土塁…


コイツ、石垣を嵌め込まれてるか??🤯



この竪堀状から北に折れた帯曲輪状も、外側をちゃんと切岸加工して、曲輪に仕立てているように見える😮


さらには、ここから杉の葉の積もる斜面の下をウネウネと降りてゆく道のようなものも見えた。

それが、最初に城に登るときに入ってきた道のかなり奥の方に降りていた(このあたり→Googleマップで表示)。


これ、ひょっとして往時からの登城道か?

だとしても、ワタシには確かめるすべナシ😅

方形単郭の典型的な伊賀の城というだけでなく、面白いものが遺ってる(多分…)ものだ✨


こんな城が詳細不明というのは、まぁ仕方ないんだろう…


★桐ヶ谷城

三重県伊賀市阿保

車を停める場所は周囲に無いので近鉄青山町駅周辺コインパーキング等に停めて徒歩で訪問するのが良い。

山城

 

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(2026年1月7日 記)

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福森氏城は伊賀市の南のほうの阿保宿ちかく、近鉄青山町駅から南東に1km足らずの丘の中にある。伊賀の城らしい土塁空堀コンボに囲まれた方形をしているが、後世の開墾で土塁の一部が崩されたという。

天正伊賀の乱のときに織田信雄勢に抗った伊賀の国衆の城館と伝わるが、詳しく調べられてはいないようす。


冬休み遠征で伊賀に入って丸山城を訪問した後、さらに南下してここに登ったが、イマイチな体調と駐車場難でモタモタした…


現在位置(Googleマップで)

城への入口は、道路を南側へ回ったこのあたりになる。

しかし、城に向かって登ってゆくような道らしいものは、全く見えない…💦

福森氏城への道、カーブミラーあり


道は全く無いが、ササヤブは入口付近にしかなく、林内に入ればほぼ下草無しで楽に進める。

どこを進んでも良いが、なだらかな尾根が西に向かって少しずつ下っているので、これに沿うように進むのがルートファインディングとか考える必要がなく、ラク😅

竹林の山城跡、福森氏城


進むこと数分で、早くも見えてくる堀と土塁🙌

入口探しに苦労するわりには、入れてしまえば簡単に到達できる城。

直線的な城塁は、やっぱり伊賀の城だな🤔

福森氏城の竹林と土塁


この堀は城の東側にあたり、ほぼ南北方向に横たわっている。

せっかくなので方形の城をぐるりと回ろうと先ずは東へ進んだが、こっち側は倒竹がすさまじくて進むに進めない💦

わりと近くが住宅地なので、あまり竹を踏み割ってバキバキ音を立てたくもない…

それでも、折れが入ったらしいようすが見える。

伊賀の竹林と倒木、城跡の土塁


ここからは、城塁の天端に登って進むことにした。

外の堀も見ながら、同時に内部も覗ける特等席なのだが、土塁を崩さないよう慎重に登った。


まずは最初に見えた城の東辺の土塁。

天端がやたらと広く、多聞櫓でも建てるのかというところ😮

そしてここが城内最高所。

竹林の堀と土塁


北のほうは、地形に沿って下っている。

高さも少しずつ低くなっているか…

竹林と倒れた竹、伊賀の城址


郭内はと見ると、こちらの土塁沿いが一段高くなっているようだ。

竹林の倒木と土塁


主郭全体はこんな感じ。

竹が槍衾のようなありさまだが、方形なことは見て取れる。

竹林に倒れた竹が散乱する風景


城の北側。

こっち側には土塁がほとんど見えない…

外側は深い谷で、切岸もそれなりにキツくなっている。

竹林と倒木のある山道


真ん中あたりは、土塁が二重になっているか?

後から弄られたような感じもする…けど…?
福森氏城の竹林と土塁

このまま西へ進んだ先の城内北西隅あたりは、一段高い台地のようになっていた。

伊賀の城では外周の土塁のどこか一方を高く盛ったり平坦地を広く取ったりして櫓台にしているところが多いみたいだけど、ここはソレか?

ここも倒竹がすさまじくて、中に入れないほど…😮

福森氏城の竹林と倒木


郭内に降りてみる。

東側が一段高いだけでなく、全体が東に向かって高くなっているような感じ。

福森氏城の竹林と土塁


虎口は、いちばん低い西側に開けられていた。

福森氏城の竹林と土塁


近づいてみる。
薬研堀みたいな鋭い断面😮
福森氏城の竹林と倒木

虎口まわりの土塁は高さが3〜4メートルあるので、虎口も深い😮

外へ出て振り返ったところ。

福森氏城の竹林と土塁

ここから南に向かっては、土塁の裾に引っかきキズのような空堀が這っている。

竹林と落ち葉のある山道


南へ回ってみると、土塁の外に大きな平場が広がっていて、石垣で土留めされている。

これは後世に畑を拓いたときのものだとか。

竹林に覆われた福森氏城の堀と土塁


これで退散💨


畑にするために一部が崩されたり盛られたりしたとはいえ、立派な土塁空堀コンボを遺す伊賀らしい城だった。

いまは竹ヤブに覆われるままの放置状態のように見えたが、地元からは忘れられた存在では無さそうで、今後日の目を見るかも…?


★福森氏城

三重県伊賀市阿保

車を停める場所は周囲に無いので近鉄青山町駅周辺コインパーキング等に停めて徒歩で訪問するのが良い。

山城

 

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(2026年1月7日 記)

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嵯峨尾主馬城は伊賀の南のほう、丸山城から比自岐川を挟んだ対岸にある。現地に道や案内などは全くない。

名前にある嵯峨尾氏の居城だったらしいが、同氏の動向があまり見えないようで、城についても詳しいことは分かっていないようす。


朝早めから丸山城に登った後、歩いて訪問した。

城は丸山城の川向うに構えているが、南の麓には民家が並んで取り付く島がないようすなので、北側へ回ってみる。

じっさいには丸山城から北に降りてそのまま東に入っていったのだが、反対の東から眺める城山が印象的な姿だった✨

嵯峨尾主馬城の山城遺構


城へ登る道はないが、北を通る道から脇の斜面を直登すれば到達できる。

ただ、ほとんどがコンクリブロックの法面で登れず、しかも道の反対側には民家が並んでいて、目線が気になる…

それでも、登れそうなところから強引に凸入し、立木などに掴まりながら登ってゆくと、城塁らしいものが見えてきた🙌

嵯峨尾主馬城の山林、落ち葉と木々


上の方だけ斜面の角度がキツくなって、その上が平坦っぽいだけで最近ビビッ⚡️と来てしまう…😂


もともと急峻な尾根上だが、切岸加工もしっかりしていたようす✨

嵯峨尾主馬城の土塁と遺構


で、曲輪上がこれかよ〜😂

削平も甘いようだ。

嵯峨尾主馬城の林道と竹林


しばらくササヤブの中を進むと、中央にある土塁らしい斜面に出た。

傾斜はだいぶ緩くなっているか…

嵯峨尾主馬城 藪の中の様子


土塁の上はヤブが一層濃いぃくなっているので、東から回り込んでみる。

奥行きは分からないが、土塁か塚のような盛り上がりはちゃんと見える✨

嵯峨尾主馬城跡の森と土塁


南側はストンと落ちているようだ。

向こう側の🌿🌿が濃いぃ過ぎて虎口のように見える…😂

嵯峨尾主馬城の堀切、竹藪の風景


この土塁の南に広がる曲輪、ササヤブがめちゃくちゃ濃いぃくて内部の様子がうかがえないが、東縁側は比較的ヤブが少ない。それでもこんなん😂

ここは土塁のようだ。

嵯峨尾主馬城跡の竹林と遺構


ムリヤリ曲輪の内部に潜り込んでみる💦

中央は比較的日差しが入るが、その周辺のヤブが特に酷いようだ。

嵯峨尾主馬城の山林と遺構


この南は植林地に変わり、また段。

こんどは一転して下草がほとんど無くなり、よく見える。

嵯峨尾主馬城の遺構 三重県伊賀市


裾にはステップみたいな小段。

嵯峨尾主馬城跡の山林に落ち葉が積もる


登ってみると、そこは結構な高さの土塁に南と西を守られた、一辺10メートルぐらいの曲輪だった。

城内最高所でもあり、ここが主郭で間違いないだろう。

嵯峨尾主馬城跡の山林風景


周りの土塁は、人の背丈より若干低いぐらい。

嵯峨尾主馬城の山林と遺構


土塁を崩さないよう、低いところからそおっと登る。

ちゃんと土塁している✨

嵯峨尾主馬城の土塁と枯葉


そして、その下には堀切が見える。

これも、ちゃんと土木工事してるな😮

嵯峨尾主馬城の土塁と曲輪


堀底に降りてみる。

さほど広くはないが、キッチリ薬研に掘っている✨

嵯峨尾主馬城 山林の自然な風景


堀切の外は、尾根がなだらかに下っているだけだった。

城はここまでだろう。主郭が南端にある城か。

嵯峨尾主馬城の森、遺構が残る山城


堀切の外から見上げる主郭の土塁。

威圧感はあるが、高さはさほどでも…

嵯峨尾主馬城の土塁と堀切


正直ヤブがひどいことは下調べで分かっていて期待していなかったけど、ちゃんとシッカリ伊賀の城してるじゃんか✨

立派な遺構を持ちながら放置された気配を感じるところの多い、伊賀の城あるある…か?


★嵯峨尾主馬城

三重県伊賀市枅川

周囲に車を停める場所なく登り口も道もない。南側は民家が並ぶので北側から入る。

山城

 

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(2026年1月6日 記)