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平塚の町から見ると西の方にこんもり盛り上がっているのが見える、高麗山(こまやま)。

相模丘陵の南東の端にそびえていて西への尾根続きには桜で有名な湘南平(泡垂山)がありテレビ塔が立っている。その昔、朝鮮半島からの渡来人が上陸する時に格好の目印になっていたのだとか。

高麗山城は、この高麗山の山頂一帯に曲輪や堀切などを並べている。永享の乱で上杉持房が陣を敷いた場所だったとか。時代下って永正六年(1509年)には北条早雲こと伊勢宗瑞が、権現山城に蜂起した上田政盛を支援する際に北隣の住吉要害とともに拠点にしたという。ただこの時宗瑞は敗れ、住吉要害を三浦義同に攻め落とされて小田原城までも危険にさらされる事態となった。

麓に高麗神社があり、江戸時代までは高麗寺という寺院で、創建は古代らしいが城のあった中世には何度か戦火に巻き込まれて由来などが分からなくなったとか。また江戸時代には山中に堂塔を複数建てていたようで、いま残る土木の跡は寺院のもので城郭ではないという考えもあるのだとか。


5年ほど前に登ったことがあったが、その時は城のつくりをろくに理解出来なかった😅車を車検に出したこの日、すぐ隣の王城山城に登ったあとに訪問した😅


現在位置(Googleマップで)

登り口は複数あるが、今回は生涯学習学センターから登ることにした。

駐車場に、コンクリ階段で始まる登り口がある。

高麗山城への石段と案内板


登り口からはつづら折れに登って尾根へ。

標高は低いとはいえ斜面はかなり急で、高麗神社から登ってきた道との合流点付近には、ちょっとした岩場歩きもあったりする。

高麗山城 岩場の登山道


途中に、南の方がよく見える見晴台。

麓を走る東海道線を、なんと相模線を走ってるはずのE131系が通りかかった😮

所属が国府津だから、そっからの回送だんべな…

高麗山城から見た平塚の町とE131系


この先は、尾根先端の急斜面を幅いっぱいに使うつづら折れで少しずつ登ってゆく。

急坂は無いが、なかなか高度が上がっていかない😂

高麗山城への森の階段


この道は地形図に描かれている「女坂」とは別の道で、城のある高麗山の東に続く「東天照」なるピークに登ってゆく。

その東側で急坂は終わり、北から入って来た道と合流して西へ向かう。

高麗山城への道、案内板とベンチ


そして、標高135メートルという東天照。

説明板によれば東の展望台の役目を果たしていたとのことで、物見台そのものだったか😮

鎌倉時代には白山社が祀られていたとのことで、アパート一室ぐらいの平場になっていた。

高麗山城への登山道と案内標識


東天照を過ぎると幅広の尾根になり、わずかに下って鞍部。

高麗山城への森の登山道


道は尾根線の若干北を通っているが、尾根に堀切が刻まれている?😮

高麗山城の雑木林と落ち葉の道


そして、その先はやや急な登り。

上に曲輪みたいなのがありそう…

高麗山城への森の道、落ち葉と木漏れ日


登ってゆくと、ちょっとした平場の向こうに土塁の切れ目に開口した虎口っぽいのが見える😮

真ん中に土橋みたいなのが見える…ってことは、両側は堀切か🙌

高麗山城への山道と木々


堀切は、浅くはなっているがシッカリ掘られている。

左側

森の小道、倒木と落ち葉


右側

高麗山城の土塁と堀切


ちゃんと尾根を横断している。

こんな側面まで竪堀を垂らすような堀切は、城や戦う寺院じゃなきゃ必要ないよなぁ…🤔


さて、尾根線上で土橋が渡っている。

この土橋は、郭内側から眺めるとスバラシイ✨

高麗山城跡の山道と木々


で、虎口が通過する土塁はこんなん😂

だいぶ削られちゃってる?

高麗山城跡 土塁と虎口


この虎口を抜ければ、テニスコートぐらい取れそうな曲輪が広がっている。

小ピークを加工した曲輪のようだ。

高麗山城への山道と紅葉した落ち葉


曲輪を通り過ぎると、かなり下って鞍部。

高麗山城への登山道(葉っぱの積もる山道)


この鞍部で北側へ降りてゆく道を分けて、再び登り始める。

主郭のある高麗山への登りにかかるところで高麗神社方面へのトラバース道が左に分かれ、ここから階段道。

高麗山城への木製階段と登山道


登ってゆくと山頂の南側へ回り込んでいき、高麗神社方面から登ってきた石段の真ん中にぶつかる。

ラストはこの階段❗️

高麗山城への石段、緑と枯葉の風景


登りきれば、高麗山頂。城の主郭。

野球の内野ぐらいの広さがある😮

高麗山城跡の広場にある石造物と倉庫


かつては、ここに高麗神社の上宮があったという。

いまは、ちっこい祠。

石段とか石垣とか、上宮時代のものがそのままか😂

高麗山城跡、石段と石碑の風景


この主郭、北のほうにえらく高い土塁のようなものが這っている。ただこれは上宮を建てるときに地山を削った残りで、土塁ではないのだとか。

東の端、土塁チックが始まるところ。

高麗山城の遺構、土塁のある山道


少し入ってゆくと、だんだんと高さが増してくる😮

高麗山城の森、根がむき出しの道


外側の斜面。

これだと、切岸加工されているだろう😨

高麗山城の森、東天照への道


そして、最高所は六畳一間より狭い平場になっていた。

高麗山城の遺構、土塁と堀切


そのすぐ向こう側を通り抜けてゆく道…

少し広さのある曲輪のようにも見える。

高麗山城の土塁と曲輪跡


主郭から西へ出てゆく道は、土塁の西側の端っこからいったん上へ登って↑のところを通り抜ける。

高麗山城への登山道 林道の分岐


その脇の壁…

石積まれてた?😮

高麗山城 堀切と土塁の斜面


主郭からは、西に尾根が一本伸びている。

この尾根上にある遺構のほうが、馴染み深いかも…


(湘南 大磯 高麗山城 その2に続く)

 

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(2026年3月10日 記)

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王城山城は大磯の町の北側に連なる相模丘陵の南端ピーク上にある。高麗山城から南西に降りてきた小尾根の末端で、尾根上まで住宅地が広がってきており、城域にも水道施設があるなど開発で姿を少なからず姿を変えているようす。

歴史は不明なようで、立地や遺構のようす等から後北条氏により高麗山城の支城のような位置づけで築かれたと考えられているぐらいか。


この日は朝イチで車を車検に出したために近場の城に目標を定め、5年ぐらい前に一度行ったきりになっていた高麗山城の補習とあわせ、先立って訪問した。


アプローチは、城域の直前まで住宅のある道。

車道のドン詰まりに車を停めておくことも出来るが、道は狭いしUターンも出来ないので、麓のどこかに停めておくほうが良い。


現在位置(Googleマップで)

住宅地が終わると、舗装もなくなりガタガタの砂利道になる。

王城山城への山道、林道と落ち葉


この左手の上が、すでに城塁らしい😨

王城山城の森、険しい斜面と木々


とはいえ、傾斜のさほどキツくない斜面を道路工事でザクッと削ったような感じ。

それでも下の方へも同じような斜面がずっと落ちていて、標高7〜80メートルの低山…というか丘陵でもけっこう険しい😨

王城山城の斜面と林道


やがて車道は車止めで塞がれ、山上には水道施設が現れる。ここが城の主郭部になる。

王城山城への道 フェンスと雑草


車止めからさらに奥に入っていけば主郭に登れるが、まずは麓の方に数段あるという曲輪から見に行くか…

車止めの前から麓に向かって下ってゆく道へ入って少し下る。

王城山城への登山道 枯葉と木々


すぐに、左側に階段状が見えてきた。

ヤブに覆われているが、けっこう広いようだ😮

王城山城の森、落ち葉と低木


道沿いは工事で削られているかも知れないが、奥に入ってゆくと切岸もあるようだった。

ただ、灌木で何が何だかワカラン…💦

王城山城の険しい斜面、枯葉の積もる森


その下の小さいやつ。

これで終わりかな?

王城山城の森、落ち葉と土の道


その上の斜面に埋め込まれた、神様がコレ…?

ちょっとオカルトっぽいやつ😱

岩に彫られた仏像と木々


さて水道施設のところへ戻って、主郭部へ💨


また舗装された道を進んでゆくと、東へ回り込んで広場に出る。

舗装は終わるが、右のほうが奥まで車が入れる道のようになっていて、往時そのままではないようだ…

王城山城の堀切と曲輪


左側に低い段。

この上が主郭のようだ。

王城山城の堀切と石碑


主郭には明治天皇観漁記念碑なる石碑が立っている。

これが、柵された部分が曲輪の半分近くを占める、かなり広いやつ…

王城山城の明治天皇観漁記念碑


どこまで往時のままかは分からないが、周囲はけっこうシッカリ切岸加工されているようす✨

王城山城の雑木林の斜面


さて石碑の裏側で曲輪は終わっていて、向こう側は灌木のヤブになる。

視界はあるのでそのまま入ってゆくと…


けっこう立派な堀✨

王城山城の林道と森の様子


これは、主郭と西側の曲輪を仕切る堀切、または横堀。

幅7〜8メートルぐらいで戦国時代のレギュラーサイズといったところか。

深さは2メートルばかりで、だいぶ埋まっているか。

水道施設が堀切の南の方を崩したようで、外側の斜面だけが残っているようだ。

王城山城の森、積まれた落葉


で、この堀、北の方へ向かってカーブしながら続き、少し先で斜面に落ちて終わっている。

カッコイイけど、ぱっと見では道にも見えそう…

王城山城の山道と葉っぱの積もる斜面


さて、この堀の向こう側には緩い土塁を挟んで曲輪がある。

削平が甘いのか、凸凹があるようだ。

王城山城の自然豊かな森と落ち葉


北の方、堀沿いに伸びている空間。

こっちの方が削平しっかりしてるようにも😮
王城山城の森、落ち葉と木々

このあたりは主郭の周りほど土木工事はキッチリしていないようで、どこまでが曲輪なのかが分からないような斜面…

王城山城の斜面、森の様子


時間もないので、北の方にもう少し尾根が続いたりしていそうだったが、ここまでで撤収した。

水道施設とそこまでの道路にどう弄られたかかが全く分からないが、低いけど結構険しい山上に大きな堀切などの土木工事をしっかり施した要塞、という雰囲気は感じられた。


★王城山城

神奈川県中郡大磯町大磯

城内へ車道はあるが狭く、車を停める場所もない。車止めの前に置く場合は水道施設での作業等に注意。

山城

 

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(2026年3月9日 記)

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城峰城は茂木の町から東南東に3km弱の県道51号沿いにある。高低差60メートルほどだが道端から急傾斜で立ち上がっていて、登る人も稀な低山。

歴史はまったく不明なようで、南北朝時代の延文元年(1359年)に結城氏と戦って廃城となったという伝承があるぐらいとか。


2月の三連休の遠征のラスト、茂木城に登った後にその足で訪問した。この日はかなり暖かく、日差しを浴びると暑いぐらいだった。


ズルズル登って尾根先っぽへ


現在位置(Googleマップで)

ふもとの県道から見上げる、城のある山。

そんなに高くないが、やべー急斜面が続いている💦

栃木県茂木町 城峰城への急斜面


東の方へ尾根が回り込んできているのでそちらへ行けばラクだったんだが、今回は道から見えるてっぺんから東寄りに見える鞍部に向かって直登でかじりついた😅

ツルツルの山肌は登るのがラクに見えるが、足元が落ち葉でとにかく滑る💦

おまけに掴めそうなホールドがササより頼りない低木みたいなのしかなく、力を込めると引っこ抜けそうで疲れる…


それでも奥相模の伏馬田城の南面よりははるかにラクに、尾根上に詰め上げることができた🙌

そして、ちょうどそこに小堀切が落ちていた😮

城峰城の急斜面と落ち葉


小さいながら、ちゃんと両側に竪堀も落としているし、尾根上に刻まれているようすも見える✨

下からは段のように見えていた。

城峰城の尾根にある落ち葉と竹林


ここからは城のある山と南へ降りてくる尾根が見渡せるんだが、冬季でも樹林が深くて霞んでるような見え方…

城峰城のある山:急斜面と落ち葉


ちなみに、県道から見えた山頂のようなところは、左端の南へ伸びてきた尾根の端っこ。

ここへ登ってゆくのだが、さすがに傾斜があって普段靴では落ち葉でズルズル滑る😅

こんなトコ普段靴で行くかっての…😮‍💨

城峰城への急斜面と落ち葉


上り詰める直下に、幅1メートルばかりの狭い段郭がある。

写真じゃ立体感が無くなってサッパリ分からんな…😅
城峰城の山腹、落ち葉に覆われた急斜面

そして、一段上の尾根上は、


…丸い😮

城峰城の堀切と急斜面


一見、土木工事されたように見えない、ふつうのピークのような感じだった…

しかし、ここを北から眺めてみると南にズリ下がりながらも平場になっていて、南の麓の方に良好な視界が得られそうだった。

いまは樹木が多めで眺望は限定的だけれども…

城峰城の山道、落ち葉と雑木


主郭へ


ここからは主郭のあるピークに向かって、平坦な尾根から奥でグンと登ってゆく。

城峰城の急斜面と落ち葉


そして、登り始めの裾に細っこい堀切が…😮

最初に尾根に登りついたところにあったやつと変わらんぐらい、分かりづらい💦

城峰城:落ち葉積もる山道と土塁


西へは、ちゃんと竪堀を落としてるんだが…

落ち葉に覆われた城跡の斜面


底が見えるように、西側に立ってみる。

段の外側がほんの少しだけ盛られているだけのような見た目だが…

城峰城の急斜面、落ち葉に覆われた山肌


城内側の壁…

まさか石積があった⁉️

ワケないか…

城峰城の急斜面には落ち葉が積もる


そして、ここの堀切は二重になっている😮

すぐ上に、同じようにビミョ~なやつがもう1本…

城峰城の山肌、落ち葉で滑る


よく分からんので、真横から。

手前側に生えている木の根元が持ち上がっているだけなのではなく、ちゃんと数十センチ穿られている😮

城峰城の急斜面、落ち葉で滑る


少し登ったところから振り返る。

ちゃんと二重に見えるかな…?😅

城峰城の山頂付近、落ち葉に覆われた遺構


ちょっと俯瞰ぎみに…
城峰城、落ち葉積もる山道

帯曲輪周回コース💨


さて、この上へと登ると、すぐに帯曲輪が土砂崩れに埋もれたような場所に出る。

それでも、一番上の主郭の切岸は無くなってないみたい…

城峰城への急斜面と落ち葉


左手の方は、すぐに斜面の中に消えているようだ…

城峰城の急斜面と落ち葉


東の方へは細くなりながら続いているようなので、まずはそちらへ入ってみるか。

上の主郭までは3メートルばかりながら、けっこうな急斜面の土手っ腹に通してるな…😮

城峰城の急斜面と落ち葉


東側へ回ると、けっこう下の方に帯曲輪らしいものが見える。

ずいぶんな急斜面の、かなり下…

城峰城の急斜面、落ち葉積もる山道


落ち葉がたっぷり積もっていてズルズルっぽかったので、降りるのは止めた😅


さらに進んで北東の方へ行くと、尾根続きが降りていた。

付け根には堀切らしいものを刻んでいたようだ。

城峰城の急斜面と落ち葉


ここも落ち葉ドッサリだし急傾斜で落ちているので、降りてゆく気になれずスルーした😅

帯曲輪はこの辺りで少しだけ植林地に入る。

城峰城の山道、落ち葉が積もる急斜面


このあたりの下の切岸も、地味にヤバい😨

尾根続きからの侵入に対しては、ちゃんと堡塁として機能するようになっている帯曲輪…

城峰城の急斜面と落ち葉


植林地を抜けると、帯曲輪の幅が広くなる😮

城峰城の山腹、落ち葉と若葉の風景


見れば、下にもけっこう広い三日月形の帯曲輪が…😮

城峰城の山道、落ち葉と低木


せっかくなので降りてみる。

ちゃんと削平された、アパート一室ぐらいはある曲輪だった。

城峰城の山道、落ち葉と低木


ここからは北側の麓に向かって斜面が降りているが、斜度がそれほど無いので帯曲輪を置いて稼いだのか…?

たしかに、この登り降りはさほど怖くなかったわ…😅

城峰城の急斜面と竹林


帯曲輪はここからも続いていたが、派手に崩れた土に埋められたようで、かなり外傾していた。

そこで、このあたりから主郭に登った。

見ての通りのわずかな登りだが、ここもけっこう急傾斜、おまけに掴まる立木が少なくて困った💦

城峰城の尾根斜面と竹林


登ってみると、背の低いクマザサ野原…

北端あたりが一段低くなっているようだ。

城峰城の急斜面と落ち葉の山道


右手の方が、帯曲輪みたいになって南に入り込んでいる。

城峰城の急斜面と落ち葉


すぐに終わっているように見えたが、上から覗き込むと結構しつこく続いているようだった。

そして郭内。

城峰城 茂木町 山城 遺構


見ての通りのササヤブだが、削平はきちんと施されていたようだ。

意外と広さもあり、野球の内野ぐらいありそうな円形。

先ほど歩いてきた東側の帯曲輪も、このとおりクッキリ✨

城峰城の急斜面、落ち葉敷き詰める山道


これで一通り回れた🙌満足して下山💨


ところが、後日調べたら北東の尾根続きから北の方に折れた少し標高の低い小ピークにも、城郭遺構があるのだとか…

城域が離れているらしいので別城でカウントしようかと思うけど、相当ガチな追試ネタができた😂


伝承では南北朝時代の城ということだったが、大きな単郭を帯曲輪が取り巻いているようすは足利の樺崎城に似ているか?

でもあっちは戦国時代の遺構か…


★城峰城(じょうみねじょう)

栃木県芳賀郡茂木町鮎田

麓の県道51号の広い路肩に停めておく。

山城

 

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(2026年3月6日 記)

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怖ろしき大手門跡


本丸から出丸と来て周囲をあらかた見て回ったので、つぎは知基橋の下を通って奥の方に入ってみるか。

ここも横堀状がクランク状に折れていて、地味に寄せ手の突進をを妨げている😨

茂木城の青い橋と土塁


そして、奥へ進むとガッツリ掘られた堀切の中を通り抜ける。

左に千人溜、右には出丸。その両方から必死の矢弾を食らいまくる😨

これは怖い‼️

茂木城の堀切と秋の木々


この堀切を通り抜けると、駐車場、千人溜、そして北東に広がる馬場に囲まれた井戸の底みたいな空間に出る。

ここに大手門があったという。

茂木城の堀切と枯れ木


広さがあって井戸の底という感じがイマイチしないとも思えてしまいそうだが、周囲の壁に少しでも寄ってみると実感できる。

角度を変えて眺めると、周囲の一段高い曲輪に囲まれている様子がクッキリ😨

栃木県茂木城の堀切と曲輪


ここからの登りは、いまはコンクリの坂道。

ここが少し凹んでいるところを見ると、往時もここから登降していたのか…?

茂木城址の堀切と大手門跡


登ってから振り返る。

最初は広いように思えた空間がじつは井戸の底のような感じなことが、見えてくる…😨

茂木城大手門跡の堀切と広場


広い広い千人溜


さて、千人溜。

真ん中には干からびた池があった。

往時は城内の用水を賄っていた池だったろう。

茂木城跡の干上がった池と堀切


千人溜は東西二段構造のようで、池のほとりを段が南北に走っている。

茂木城の堀切と石垣の段


段の上に登る。
こっちは芝生の広大な広場🙌
向こう側には三の丸の段。
茂木城跡の広場と木々

ここから見上げる本丸。

高さ5メートルばかりの切岸が屏風のように立ちはだかって、凄い威圧感じゃ〜😮

茂木城址の空き地と土塁、木々


間には、堀。

茂木城の堀切と土塁


この堀は『鏡が池』というそうだが、渇水中のいまは完全に干上がってる💦


そして、本丸の端には二の丸との間の堀も見えている。

こう見ると、堀底同士がかなり高低差をもって接続してることが見える…

茂木城 堀切と大手門跡


西側に堀を挟んで接していたらしい、二の丸。

堀は一部が埋められ、西の方が鏡が池の一部として残っている。

公園内で人の目もあったので、この切岸を登るのは止めた😅

茂木城の土塁と草地


いっぽう北の方に構える三の丸も、屏風のような切岸を見せている。

本丸に比べると少し低いっぽい。

茂木城址、大手門跡の堀切と出丸


ここへは南西の端から登れるので、登ってみた。

見たところ切岸に沿った帯状の平場だが、どうやら背丈よりも高いササヤブの向こう側にも続いていて、かなり広い空間らしかった。

もちろん、こんな中へは突っ込めない😂

茂木城の堀切と出丸の跡地


この東の端には空堀が南北に走っているとのことで、行ってみたが…

完全にササの海の中に埋没しておった…😂

茂木城の堀切と出丸のある景観


まぁササを刈り払うと遺構は見えるようになるけど、裸地化すると雨水で壊されたりするから、複雑なところ…


そんなわけで一部の曲輪がほとんど見て回れなかったが、町中を向いた側とか出丸や大手門まわりなど、けっこう楽しめた。

これでも後北条勢に攻め込まれて落城を経験したようで、佐竹氏の麾下に入っても城を覆っていた緊張感は変わらなかったようだった…


★茂木城(桔梗城)

栃木県芳賀郡茂木町小井戸

城址公園山頂近くに駐車場とトイレあり。

山城

 

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(2026年3月5日 記)

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茂木城は町の中心地の裏山のような山上にあって、麓の町からもよく見える。

平安時代末、宇都宮宗綱の次男八田知家が源頼朝蜂起に戦功を挙げて治承四年(1180年)にこの地の地頭になり、跡を継いだ三男の茂木知基により建久年間に築かれたとのことだが、異説もあるとか。

建武の新政から南北朝の争乱が始まった頃には足利尊氏についたが、八田知家から続く宗家の小田氏が南朝方につき、一時城を奪われたこともあったとか。その後永享の乱から結城合戦、そして享徳の乱と戦い抜く中で居城であり続けた。

戦国時代には最終的に佐竹氏のもとに入り、小田原合戦後の文禄三年(1594年)に時の城主茂木治良が霞ヶ浦近くの小川城に移り、江戸時代の慶長十五年(1610年)には佐竹氏が秋田に移ったことで廃城となった。

いまは城山公園として整備されていて、本丸横付けの駐車場にトイレもある。


1月の三連休で訪問した時には立ち寄らなかったが、この三連休の最終日、目の前まで来たので朝イチに訪問した。


初っ端から本丸へ


現在位置(Googleマップで)

スタート地点は、トイレより手前の小さな駐車場にした。

ここだと、城塁の真下に停める😮

茂木城の土塁と堀切


分岐していた車道を終点まで登ると、忠魂碑が立つ。ここの右脇から城内へ。

茂木城の忠魂碑と石灯籠


梅の季節か。

蝋梅が咲き誇り、香りも漂わせている。

蝋梅が咲く茂木城跡、梅の季節


登道はコンクリの階段だが、一歩外れようものなら45°を軽く上回る土の急斜面😨

やっぱり土の城❗️

茂木城の土塁と階段


そして、登った上が本丸。

遊具とか並んでいて、こりゃ完全に児童公園😂

茂木城の児童公園のような広場と遊具


それでも、西側を囲う土塁のゴツさは、やっぱり城郭のやつ✨

茂木城の忠魂碑と土塁


この土塁には踏跡だけながら道があって、登ることができる。

登ってみると、ちゃんと歩哨とか歩けるぐらいの幅を取ってる😮

茂木城の公園、土塁と整備された道


そして土塁の向こう側、南の方にはデッカイ堀切、向こう側に曲輪が続いている😮

完全に孤立したように見えるところは、相模国の河村城、小郭に似てるな…

茂木城の土塁と町並み


土塁をぐるりと回ると、北側にも堀が走っている。

向こう側のモジャモジャが二の丸だそうだ。

茂木城の堀切と土塁


そして北東の方には、堀を挟んで恐ろしく広そうな曲輪が見える。

あれは千人溜というそうだ。

茂木城の土塁と木々、公園の景観


千人溜方面へは、本丸の東の方から降りてゆく。

その前に、東側の一段下がりながらまっすぐ伸びてゆく土塁もカッコイイ✨

茂木城の芝生広場に置かれたベンチ


出丸へ


そして、千人溜方面へと降りてゆく階段道。

上から見ると後補感がアリアリ…

茂木城の登り道と駐車場


これが、下から見上げると土橋みたいに登って切岸をくり抜き登ってゆく様子が、バッチリ虎口に見えるところがビックリ😮

茂木城の石段と土塁


さて、この道を降りたところが駐車場。

トイレもある。

この端っこに公園の案内図、そして説明板。

茂木城跡の案内図と花々


千人溜の方へ行く前に、知基橋を渡って東の出丸へ行ってみる。

知基橋は青く塗られた欄干のコンクリ橋。

茂木城の知基橋と梅の花


下を通るのが大手道か?

茂木城の土塁と公園の小道


この道、奥の方では駐車場あたりとの間で立派な堀切になっている😮

茂木城の堀切と土塁、冬の道


最初の本丸切岸といいこの堀切状といい、公園城とバカに出来ないほど土木の跡が楽しい✨


そして、橋を渡った先が出丸。

野球の内野より南北に広いぐらいで、いまは芝生の広場になっている。

茂木城跡の広場に立つ冬木とベンチ


この出丸の向こう側、帯曲輪みたく下がったところに大きな櫓が建てられている。

『姫の望楼』というそうで、立派な展望台になっている。

茂木城の望楼と公園


望楼の立っている帯曲輪状。

これは完全なる公園の風景…
茂木城の公園、休憩所と梅の木

ここから、先ほどの大手道に向かって帯曲輪が続いている。

園路として作り直されてるか?

茂木城への参道、冬の静かな佇まい


何なら、この帯曲輪は知基橋の下を越えて駐車場下まで繋がっている。

茂木城への一本道。枯葉と緑のコントラスト


さらに、知基橋の下あたりの外側には、こんな小さな半月形の空間も…

茂木城の草生した土塁と木々


このあたりから見上げる出丸、城塁っぽくて凛々しい✨

茂木城の土塁と登り道


では、知基橋の下を通って奥の方に入ってみるか。

いよいよ城内最大の曲輪、千人溜への道が…💓


茂木城(桔梗城) その2に続く)

 

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(2026年3月5日 記)