松本の町から西のほう、梓川が山間から出てくるあたりの右岸側の山中に若澤寺(にゃくたくじ)なる寺院の遺構がある。
いまは🌿🌿にまみれた石垣や土の階段状に礎石などが残っているだけだが、江戸時代には隆盛をきわめた寺院で多くの伽藍が立ち並んでいたという。開創は奈良時代にまで遡るが当初はもっと山の上の方にあり、戦国時代に武田勝頼の保護・寄進を受けたあたりに現在地へ移ってきたのだとか。
明治維新の際の廃仏毀釈の流れのなかで1875年に廃された。いまは松本市の特別史跡。
近くに波田山城もあって歴史上では関係がありそうだが、ワタシが調べた限りでは分からなかった。
台風から逃れるためのシルバーウィーク遠征の道草で波田山城に登り、その足で続けて入った。
日も傾き始めて、夕暮れまでに麓に戻れるか…?💦
若澤寺への入口は、波田山城と同じ林道を車両通行禁止ゲートまで行ったところにある。
道標が立ち、すぐ上の右側に説明板などが見える。
すぐに右側から登ってゆく階段道に入り、説明板が立つ。
登り始めの道は、絵図に描かれたようすが信じられないような、自然のなかの緑豊かな道だった😮
そんな中を1〜2分ほどで、さっそく正面に現れた平場😮
すぐ左手が二段目、道はその斜面を斜めに登っている。
外側の沢に面した斜面はヤブの中でよく見えないが、城のようにガッツリ守っているのとは少し雰囲気が違って、やっぱり大きな伽藍とかが見えているようすが似合うか😊
最初の平場を、登ってゆく道から見下ろしたようす。
上の段へ登ってゆくところは、坂虎口に見えなくもないが、幅が広くて登りやすいし、やっぱり雰囲気が違っているような…
そして、二段目。
ここには護摩堂や方丈(僧侶たちの居間)が立ち並んでいたとのことで、礎石とか石列とかがあちこちに見える。
まだ廃の雰囲気が残っている場所だな…😮
方丈跡という説明板の脇に、円形の石列。
護摩堂の玄関があったというところの石列。
これが生々しい感じ😮
南側に護摩堂があったらしく、たくさんの礎石が並んでいる。
説明板も立っている。
手前側に並んでいる礎石の一つ。
こんなのが、公園チックながら草刈りだけされたような広場に並んでいる…
必ずしも真っ平らじゃないのね…😮
傍らには、井戸らしい穴が開いていた。
ちゃんと石積みで固められていたようだが、少し崩れているな…
さて、この上にもまだ空間が階段状に並んでいるようで、けっこう厳つい段が見えている。
わりと🌿🌿な風景になってくる…
上に登るところは、山城の虎口みたく急坂で少し掘られたように見える。
通路だけ草刈りされているからか?😅
そして、上の空間は先ほどよりかなり狭く、細長い平坦地になっていた。
ここには元々何も建っておらず、上の段へと登ってゆく坂道が出ていたようで、それらしいものが🌿🌿の中に埋もれているようすが見える。
さっきの護摩堂のある平場を、このあたりから俯瞰できる。
箱庭みたいだなぁ😮
さらに上の段は、🌿🌿に覆われているが壁のように鋭い。
立入禁止になっているから何かと思ったら、
石垣で固められてたか‼️🤯
まぁ江戸時代に繁栄した寺院なら、石垣ぐらいは設えられたか。
これから整備されるのかな…?
さて、この上にはどんな世界が広がってるんだ…
(松本 若澤寺の遺構 その2に続く)
(2026年9月24日 記)









































































































