キャリオットはお気に入りのキャラクターの一人です

もとはTRPG用に作ったキャラで、とてもプレイしやすいキャラでした(周りにはずいぶん迷惑をかけましたがw)

この作品はレーベ・デ・ドラゴンというシステムと、キャリオットというキャラクターを混ぜて作ったものです

ムーンやタワーはシステムにしつらえて作った能力、性格ですが、キャリオットはシステムから独立している、というかシステム的には異端児です

もう一つ、カードの設定は別のゲーム用に創ったもののリサイクルです

ぶっちゃけステレオタイプでどこにでもありそうな話、そして今更タロットカードモチーフというのは、ぐるっとまわって新しくなることを期待しています…はい、こういう発想が素人です


実は、FF11を始めるときにChariotという名前をトライしました

既に使われていたので断念し、現在のDdiamondになったのです


Ddiamond、正式にはDairy Diamondはまた別な作品の主人公です

これは曲がりなりにも市販ゲームになったストーリーなので、ググるとちょっとデータが出てきますw


FF11でプレイをしている私は100%地の私ではなく、若干このDDというキャラを意識してプレイしています

赤魔道士やコルセアをやっているのもDDだからに違いありません

キャリオットならまず侍1択ですからw


FF11という世界でたくさんの友人をつくれたのは、このキャラ設定があったからだと思っています

もしChariotでプレイしていたら、きっと今のようなめぐりあわせはなかったと思います

そう思うと縁とは不思議なものです

 明け方近く、空が気持ち白み始めた頃だった。ムーンは夢を見ていた。夢使いも普通に眠るときはある。一般人と同じように夢の世界でくつろぎ、無害な夢の世界に遊ぶ為に。それはごく普通の夢と同じ、大抵は目覚めると忘れてしまう、たあいない幻想の世界である。
 しかし、そのときのムーンの夢は違っていた。夢のエリート、英才教育を受けていたムーンでも始めて体験するものだった。

 彼は霞の中から現れた。一瞬前までどんな夢を見ていたか、ムーンは思い出すことが出来なかった。その夢は妙にはっきりしていた。夢に有りがちな生ぬるい湯につかっているような感覚が一瞬にして振り払われたように思えた。思考回路が起きている時の様に活発に活動している。ここはどこ、何でこんなところにいるの。そして不思議なことに、それらの疑問はすべて解決できた。自分が寝ていて、夢の中にいることがはっきり認識出来たのである。

 これだけ意識がはっきりしているのに、何故か世界は霞がかってぼやけていた。そして現れた彼はもっとはかなく、ぼやけていた。彼がどうやってここまでやってきたのかわからない。這ってきたようにも思えたし、そんなことが出来ないくらい憔悴していたようにも見えた。ただ、彼が異質な存在であることははっきりわかった。自分の存在も、世界を覆い尽くす霞も、自分の夢の産物であるのに、彼だけはなにか違っていた。彼は自分の夢の中で唯一の異分子だ。自分の産物ではない侵入者だということは、訳もなくはっきり感じていた。

「助けてくれ。」

彼はかすれた声で呟いた。
彼の姿は希薄だった。霞よりもっと軽い空気の塊のようで、ムーンが吐息をはきかけるだけで消えてしまいそうな感じがした。ムーンは彼を吹き飛ばしてしまわないように慎重に彼に近寄った。彼は片肘をつき、片手で地面を引っかきながらムーンの方ににじりよっていた。
「私の姿が恐ろしくはありませんか。」彼は顔を上げ、ムーンの目を見上げた。
 彼がそういうまで、ムーンはそれが自分の目の錯覚だと思っていた。見つめるその顔は声から想像した通り知的で端正だった。憔悴してうつろになりかかった瞳は憂いを帯びてよりいっそう妖しい魅力を放っていた。そのセピア色の肌、緑がかったセピア色の瞳、白目であるところは黒、唇は深いセピア、それが現実であるならば、とても奇怪な姿であった。
 しかし、ムーンはその姿を恐ろしいとは思わなかった。ムーンは外見で善悪を決めつけるような無責任なことは出来ない性格だった。なにより、彼の話振りは丁寧で、深みのある声はムーンを安心させる響きがあった。

「おそろしくは、ありません。」
「よかった。貴方を怖がらせてはいないのですね。」彼はほっとため息をついた。
「私は呪いをかけられて、このような姿になってしまった哀れな者です。どうか私のために力をお貸ください。」
 彼はムーンの手を取った。がっちりした男の手のぬくもりがムーンに伝わった。目を閉じてしまえば白い肌と何ら変わらない感触であった。男が握る力は弱々しかった。ムーンが支えてやらなければ崩れてしまう位頼りなく感じられた。
ムーンは、男の目を見つめ、はっきりわかるようにこっくりとうなづいた。




「よくまぁ今まで生き延びてこられたもんだなぁ、この村は。」キャリオットは額の汗を拭った。空気がゆらいで見える熱気。じっとしていても汗ばむかまどの前である。キャリオットは一息つくと、薪割りを再開した。
 言い出したのはキャリオットだった。村に来てから随分たつが俺は湯あみをしていない。今日は朝から風呂に入るぞ。さぁ風呂は何処だ案内しろ、と吠えた。気の早いキャリオットは周りの制止も聞かずその場で腰巻き一丁になり、人質の首根っこを摘まんで風呂へ向かった。
 かまどで湯を湧かすタイプの浴場は村に一つしかない。一度沸かすことになったら水汲みから炊き上げるまでにかなりの労力を要するので、普段は誰も使わず、村人は皆井戸端で水を浴びるだけで済ましてしまう。キャリオットが意気揚々と風呂場に足を踏み入れるとそこは蜘蛛となめくじに占領されたかび臭い別世界であった。慌てて追いかけた村人が、ここは平素使わないので、掃除して水を張ってから湯を沸かすまでたっぷり一日仕事だと諭した。キャリオットは激怒すると思いきや、あまりの惨状に気勢を削がれて毒気が抜けたか、妙に冷静だった。
「じじぃばばぁに任せておいたら日が暮れたって入れそうにないな。俺様が炊いてやるから細々したことを片付けろ。鉈を持ってこい。」キャリオットは腰巻き姿のまま裏手に回った。「おまえらもたまにゃ湯につかりたいだろう。横着していると薄汚い老いぼれになっちまうんだぜ。」
 ほどなく裏手から勢い良く巻きを断つ小気味良い音が聞こえてきた。鉈ひとつ振るうにも上手下手はある。力だけでも、腕だけでも薪は言うことを聞かない。薪のしんをしかるべき力で叩く時、薪は割り手に屈服して見事に割かれる。その点、キャリオットの薪割りは力と技が見事に調和している。村人はその姿をこっそり覗き見したくなった。均整の取れた上半身にうっすらと汗で濡らし、流れるようなリズムで次々に薪を割るキャリオットは芸術的でさえあった。キャリオットが村に現れて以来、彼は村人達の注目の的である。彼の肉体の素晴らしさ、溌剌さだけでなく、その小憎らしい向こうっ気の強さまでが、彼らに若さへの郷愁を喚起させた。
「おいこら、ぼーっと突っ立ってるなら水を汲んでこい。まったく年寄りは要領が悪いったらないぜ。」
 しかし、村人達が手に手に桶を持って水を運び始めると、辛気臭いと割って入り、火を起せと言い付けて、キャリオット自ら樽を抱えて井戸と風呂場を往復した。水を風呂桶一杯に張ると、今度はかまどに取って返した。かまどは既に熱を発してめまいがする程の熱気が充満していた。ちまちま炊くなとありったけの薪を突っ込み、薪がなくなるとその場で薪割りを再開した。キャリオットの仕事振りは豪快かつ性急で、日が天上に掛かる前に風呂から湯煙が立ち始めた。

「湯加減はどうだ。」キャリオットは小さな覗き窓から風呂につかった者に声を掛けた。湯加減を見ると称して何人かはもう湯舟につかっている。
「もう、大分いいと思うがな。」
「俺は熱いのが好きなんだ。おまえらが我慢できなくなるまで炊き上げてやるからな。」
「後はぼちぼちやりますよ。王様も入られたらいかがですか。」かまどに回ってきたのはムーニエ老であった。ムーニエは豚鬼と戦った老人の一人、白髪で小太り、片足を引きずった老人である。豚鬼との戦いでは夢に溺れて不本意な姿を見せたが、夢使いの実力では村で1、2を争う達人である。
「ほっとけ。おもいっきり汗を流した後の風呂は格別いいんだ。」
「だから、わしも少々汗を流させてもらおうかと思ってな。」
ムーニエは笑った。キャリオットが使うより少々小ぶりな鉈を手にしている。丸太の根っこで作った台に薪を乗せ、ためしに一本割って見せる。薪は従順にすとんと二つに割けた。力は比べるべくもないが熟練した手さばきである。キャリオットはふん、と鼻で笑う。
「無理はするなよ。汗まみれの年寄りは汚いからな。」
「ああ、まいったら誰かに替るから、心配はいらん。」
かまどに背を向け、体の汗を掌で切るキャリオットの背中に、ムーニエは更に語り掛けた。
「まだ、礼を言ってなかったな。あの時、ありがとう。」
「あの豚鬼、生意気そうだったから切った。それだけだ。」キャリオットはそう言いながらずんずん歩いて消えてしまったので、最後の方はムーニエには聞こえなかった。

 キャリオットは歩きながら腰巻きをほどき、その場に置き捨てて、前もあらわな姿でふろ場にずかずか入ってきた。ふろ場の先客は指図するでもされるでもなく、譲り合って湯舟の真ん中に席を空けた。キャリオットは当然のようにそこにざぶんとつかった。
「ちっ、まだぬるかったな。」真っ赤な顔をしてうそぶき、ゆっくり肩までつかると、大きくため息をついた。
「気持ちいいな。」キャリオットは大きな声で独り言を言う癖がある。誰に向かって言う訳でもないのだが、無視されると機嫌を損ねる。そんなキャリオットの性質は既に村中の者が知っている。単純明快、隠し事の出来ないタイプ。甲を経て、大抵の事を悟った村の老人達にかかれば、実にかわいい奴である。キャリオットの遠慮しない萎縮しない威勢の良さ、その尊大な態度でさえ、若気の至りと思うと容認できてしまう。
 それにしても鍛えられた見事な筋肉である。湯で桜色に染まってもつやを失わない肌、掌を返しただけでも脈動する力こぶ。
「あんた、ほんとにいい体しとるな。」横にいた老人がほれぼれと眺める。
「ちょっとだけ、触らせてくれんか。」
「おう。」キャリオットは湯から腕を引き上げ、こぶしを握って力こぶを作った。老人は人差し指と親指で摘まんでみる。
「貴様らじゃ、満身の力を込めたって潰せまい。」キャリオットは得意げに笑った。
「それじゃ。」老人は湯舟に半分立ち上がり、両手でぐいと二の腕をねじり上げた。キャリオットの眉間がぴくりと動く。「こらこら、ちっとは遠慮しろ。」キャリオットは冗談めかして腕を引っ込めた。少しは痛かったらしい。湯舟の中の者達はくすくす笑った。キャリオットも今度ばかりは引け目を感じたか、おとなしくすねた。
「いや、それでも立派なもんじゃ。」力こぶを握りつぶしてしまった老人がフォローした。「わしゃ若い頃、都の騎士を見たことがあるが、いやいや負けちゃおらん。」
「負けてないとは何事だ。はばかりながらこの俺様はな、産まれてこのかた負けたことがないんだぜ。」キャリオットは掴み掛かった。「俺様はこの世で一番強いんだ。貴様らごときに資質をうんぬん言われる筋合いはない。」
「だけどあんた。あんたは確かに強いけど、あんたより強い奴だっているだろうよ。」
「この俺様が負けましたと頭を下げて、それでも生き恥さらしてのうのうと生き延びるような卑怯者に見えるか。この俺がこうして生きていることが不敗の何よりの証拠だ。そりゃまぁ確かに引き分けた奴はいるにはいる。しかし、そいつらにだっていつかは勝つ。弱い奴は強い奴に服従する、それがものの筋道ってもんだ。しかし、俺様は誰にも服従する気はない。だから俺は負けない。」
「いや、偉い。立派な心がけだ。」風呂中が湯気に負けない熱気に包まれ、口々に賞賛の言葉が上がり、キャリオットはすっかりペースにはまって調子付いている。
「しかしな兄さん。人の上に立とうってからには力だけじゃだめだよ。」
「力以外に何がある?」
「ほら、例えば金とか、人徳とかな。」
「は!」キャリオットは力強くたたきつけた。「くだらんな。首を取られて金も人徳もあったもんか。徳なんてものは後からくっついてくるもんだ。金にいたっちゃちゃんちゃら可笑しい。右から左に動くだけで肥えたり痩せたりするようなもんを後生大事にしている馬鹿とはつきあいきれねぇ。」キャリオットはしぶきを上げて立ち上がった。
「俺様の財産は腕一本。誰も盗めない誰も替れないこれだけが確かな財産よ。きれいな服も豪華な屋敷もくだらない。百万の長になったところで飯が百万杯喰える訳じゃなし、百人分の風呂桶に入ったって体は一人分だ。うまいものが喰いたきゃ腹を減らすのが一番、着物は動きいいのが一番、金銀財宝を眺めて悦に入るような奴は、頭のねじが一本飛んでるのさ。俺様は本物の支配者だからな、にわか成り金みたいな下らん見栄を張るようなけちな支配者じゃないんだぜ。」
「随分欲のない話じゃな。それでなんで征服王になりたいんじゃな。」
「俺様が強いんだから仕方がない。強い奴が支配しないで弱い奴がどうして生きていけるってんだ。おれが支配者になりたいわけじゃない。俺が強いから支配者なんだぜ。もしも俺より強い奴がいるんなら、そいつが俺の支配者なんだろうぜ。もっとも、俺はそいつがどんなに強くたって戦って勝つぜ。支配される気はないからな。」

「よくはわからんが、要するにあんたがどんなに出世したって、風呂にはいるときゃこうやってみんなで入れるってことだな。」
「当たり前よ。広い風呂に独りで入ったってつまらんだけだろうが。金無垢の風呂より木の風呂の方があったかいんだぜ。使い切れない金抱えてもなんにもならない、それよりみんなでぱぁーっとのんじまったほうがよっぽど楽しいじゃないか。」
「ほんとに、支配者がみんなおまえさんみたいな懐の広いのばっかりなら、しあわせじゃろうな。」一人がしみじみという。
「心配せんでも、すぐに全世界の連中を俺の手下にしてやるさ。」そうして、キャリオットは得意の豪快な笑い声を風呂中に響き渡らせた。

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ここらへんでキャリオットのキャラが毒蝮三太夫になっていることに気が付く、が、軌道修正不可能

 毛虫は不快な存在だ。彼が何ら悪意のない善良な毛虫であっても、なんの他意もない無邪気な散歩であっても、込み上げる嫌悪感を抑えることが出来ない。何故だろう。多分理由はない。不快だから不快なのだろう。みみずもそうだ。蜘蛛だって気持ちが悪い。天上を這っている虫の、非生物的な足の動きをじっと見ていると、まるでそれが自分の肌の上を這いずり回っているように感じてしまう。そして勝手にこそばゆくなり、鳥肌が立つ。哀れな虫は棒切れで小突き回されて潰されてしまう。
 ではそれが巨大な生き物だったらどうなるだろう。まがりなりにも知性を持っていて、言葉を喋るとしたら。それが横柄で、傲慢で、面の皮が厚く、礼儀知らずで野蛮で粗野で無教養であったら。青いクロークを羽織り、細身の剣を腰にして、我が物顔に闊歩していたら。ムーンは村の中を徘徊する不快な生き物に神経をすり減らしていた。

 夢使いの村は狭い。行水が出来る井戸は一つしかないし、用を足す場所も村に数ヶ所しかない。特定の者を避けて暮すことはとても困難なのだ。
「王様、王様よ。」そんな呼び声があちこちから掛けられる。不快な村の寄生虫、キャリオットを呼ぶ村人の声だ。
「おう。」キャリオットは、声が聞こえる限り呼びかけに応じる。機嫌は良くも悪くもない。潜在的に持っている機敏さからすれば気を抜いている程度の動作で現れる。その態度は何処か侮蔑的で薄ら笑いを浮かべていることもある。用事は概ね大体力仕事だったりする。薪割り、水運び、荷役、天上の掃除からどぶさらいまで、キャリオットに振られたクエストは多岐に渡った。以前は村で一番若いムーンが呼びつけられていた仕事、または村人が何人がかりで何日掛けていた仕事を、若さと体力と強引さであっというまに片付けてしまう。

 といっても、キャリオットが好意の慈善家でないのは言うまでもない。キャリオットは仕事をしながらありとあらゆる罵詈雑言を尽くした。老いぼれ、もうろく、能なし、こんなことも出来ないで無駄に歳を喰ったもんだ、情けない、涙が出る、いい加減くたばっちまえ、長生きしたってろくなことはない、ぼけたか、呆けやがって、無能、ごくつぶし、恥知らず等々、これでもかこれでもかと老人達を馬鹿にする。キャリオットは戦士にしてはやや小柄だが、体躯は鋭く鍛えられており、俊敏さ、器用さも目を見張るものがある。どんな仕事をさせたって盛りを過ぎた老人達とは比べるべくもない。彼はそれを知っていてなお老人達を侮蔑する。そういう無神経さはムーンの最も不快な性質だった。

 こんな暴君を相手に、村の老人達もお人好しが過ぎる。無能な貴様らのためにやってやったんだぜと恩着せがましい態度が見え見えのキャリオットに、わざわざ丁寧に礼をして、やれ茶だの菓子だのと世話を焼く。しかも、キャリオットはそういうものを女子供の食い物だと馬鹿にして、にべなく断ってしまう。そのくせ、朝晩に必ず誰かの家を奇襲しては、飼葉桶一杯の雑炊を食らい、一年分の寝酒を飲み干していくのだ。要するに育ちが卑しいのだろう、野蛮で無知な田舎者なのだ。
村人達はとにかくキャリオットに対しては腰が低い。豚鬼を追っ払って貰った恩は確かにあるが、それだって最後の一匹を切り倒しただけで、ほとんどは村人の力で追い返したのだ。それ以前にキャリオットは瀕死の所を助けられた義理がある。あの男はそんなことすっかり忘れてしまったのだろうが。

 相手は夢の力などかけらもないただの戦士だ。ムーニエ老、ユピト老達に限らず村の夢使いなら戦って勝てない相手ではない筈だ。なにもここまでのさばらせなくたって、あの傲慢な鼻っ柱をぴしっと叩いて、分をわきまえさせることくらい出来ない相談ではない筈なのに、誰もそれをしようとはしないのが、ムーンには不思議で、腹立たしかった。

 確かにキャリオットは便利な存在だ。おだてれば薪割だって荷運びだって村人の3倍は楽にこなす。だからといって人を便利に使おうというやり方には賛成できない。キャリオットが居なくたって、今までなんとかやってきたのだ。こんなに屈辱を与えられてまでキャリオットに媚びる必要などないではないか。
 しかし結局、ムーンを苛立たせるのはキャリオットの間抜けさ加減である。王様王様と口先で言われたくらいで汚れ仕事までほいほいやってしまう調子の良さ、自分が便利に使われている事に気がつかないのだろうか。あれで自分が尊敬されていると本気で思っているならば希代の大馬鹿者でるが、どうやら本気で思っているらしい。

 こんな大馬鹿者の看病を必死でやっていたのかと思うと、自己嫌悪に陥ってしまう。しかも、その男に淡い恋心を抱いていたとなると。
 悔しさと情けなさで翌日は布団から起き上がる気力もなかった。毎日休まず続けていた広場の掃除もさぼり、日が昇ってから沈むまでカーテンを締め切った部屋でアットと二人で転がっていた。窓の外から時折聞こえる馬鹿笑い。あれはいも虫のキャリオットだ。あんな下品な笑い声は、以前の村にはなかった。

 ムーンを心配して、村の人が見舞いに来てくれた。ムーンはその度に頭が痛いとかおなかが痛いとかその場を取り繕って言い訳をしなければならなかった。嘘をつくのは苦手なので、見舞いの人とは目を合わせられなかった。いつも布団をかぶり、背中を向けていた。

 見舞いの話題はいつもキャリオットだった。事件の少ない村だから仕方がないのだが、ムーンには辛い試練だった。キャリオットの名前が出るだけで、ムーンは激しい嫌悪感と戦わなければならなかった。だからといって、ムーンは胸の内を吐き出すようなことは出来なかった。なんにせよ、他人をあしざまにけなすのはムーンのキャラクタではない。結局内気な性分なのだ。

「体調が悪いなんてついてないわね。ムーン。」ムーニエ老の奥様は小さな城主の娘だったそうで、気品の感じられる老婦人である。部屋にこもったムーンの為に豆のスープを作ってくれたのだ。彼女は村人が病気になるとスープを作って届けるのを使命だと思っている。
「このスープね、出掛けにキャリオットさんに味見をして頂いたのよ。精がつきそうでいいって、こういうものはあんまり召し上がらない方なのにね、嬉しくなっちゃったわ。」彼女は屈託なくころころと笑う。ムーンの4倍も生きている老婦人が、あどけなく見える。ムーンは彼女のそういうところに都育ちの優雅さ感じて憧れる。
「キャリオットさんがいらしてから、村が明るくなったわ。貴方も早く良くなってちゃんと御挨拶しないとね。」
「でも」ムーンは後ろめたさに苛まれながら、ぼそりと呟く。「あの人、私は、どうも。」言いたいことがうまく言葉にならない。
「そうね、あの人は口が汚いから。ムーンみたいな若い子にはきついのかも知れないわね。でも、いい人よ。」

 ”でも”の中身を、言えるものなら言ってもらいたいものだ。ムーンは心で毒づく。しかし、悲しいことに顔には引きつった笑いが浮かんでいる。我ながら情けない習慣だと思う。
「ムーンが一生懸命看病してくれたことは、村の皆さんがちゃんと言ってますから、貴方はちゃんと体を治すんですよ。顔色が優れないんじゃ美人もかたなしですからね。」
「私のこと、言ってるんですか。」ムーンは慌てた。
「大丈夫、みんな良く言ってますからね。」婦人は時々的外れなことを言う。あの夜以来、ムーンがキャリオットを虫けらと同格で嫌っていることなど誰も知らないのだから仕方がない。

 ここで村人がキャリオットに何を吹き込んでいるのかムーンが知ったら卒倒したかも知れない。曰く、看病の仕方は尋常じゃなかったですよ、真心がこもっていました、運命の糸を感じます、あの子は照れ屋で引っ込み思案だからああいうことになりましたけれども、そりゃ心の中では貴方を慕っているのには相違ありません、いい子ですから幸せにしてやって下さい・・・
 ムーンは自分のことにあんまり触れないで下さいと遠慮がちにお願いしたが、多分後の祭りなのだろう。ムーンはさらに気が重くなった。


 ムーンが部屋にひきこもって丸二日。始めは上機嫌でムーンにすり寄って、ムーンの脇で惰眠をむさぼっていたアットもさすがに飽きてきた。飛び猫というのは何をするにも長続きしないのだ。二日目の夜中、アットは目を覚ました。もみくちゃになったふとんの上で伸びをして、羽根をたたみ直し、肩のあたりをぺろぺろと舐めた。ムーンは眠っている。アットはムーンの鼻面の当りをうろうろした。寝つかれたアットは、今度は遊んで欲しかったのだが、ムーンはぐっすり眠って起きる気配がない。
 アットは諦めて、今度は床に降りてうろうろした。机の下にごはんの入った皿と水の入った皿が並んでいる。ごはんのお皿には魚の頭の食べさしが入っていた。夕方に食べた残りだった。匂いを嗅ぐと、少し酸っぱかったので、前足で砂をかく動作をして、また臭いを嗅いだ。2、3回やっても臭いがちっとも消えないのでアットは飽きてしまった。水は生ぬるかった。アットは汲みたてのきんと冷えたのがお好みだったので、ちょっと寂しかった。

 アットはつまらなくて、みゃうと鳴いた。そのとき、アットは部屋の扉が半開きなのに気がついた。アットは扉にすり寄って匂いを嗅ぎ、鼻先をすき間に押し込んだ。木製の重たい扉は軋みながら僅かに動き、アットの頭が通るくらいまで開いた。アットは柔らかいおなかを変形させてすき間をくぐり、夜空へ飛び出した。

 アットは外が好きだ。家の中に居ると、外に出たくて出たくて、どうしてもうずうずが止められない事がある。ちょっとした隙を見つけては、制止も聞かずに飛び出してしまう。外で何をしているのかというと、別段変わったことをする訳ではない。ぼーっと座って空を眺めたり、ヒゲでそよ風を感じたり、昼寝をしたりしている。ひとしきり遊び疲れると寂しくなる。だけどもアットは家に帰ろうとはしない。なぜ帰らないのかはわからない。たぶん、帰りかたを忘れているのだろう。それとも家そのものを忘れているのかも知れない。アットは切なくてあたり構わず鳴きまくる。
 結局、ムーンが見つけ出すのは路地の隅とか庭先に干してある桶の中とか生け垣の奥とか、狭っ苦しい所と決まっている。寂しさと寒さと空腹に責められてぶるぶる怯えているのである。ムーンが手を差し伸べるとすがりついて胸元に駆け上がり、爪を出してがっしりしがみつく。頬を押し付けてぶるぶると喉を鳴らす。そんなに怖いなら外になんか行かなければいいのにと、ムーンはいつも思っている。だからムーンは普段アットを一人で外に出さないようにしている。

 夜空は涼しくて気持よかった。アットはふんわりふんわりそよ風に乗って滑空した。飛び猫にしては太めにアットが軽やかに宙を滑る姿は不自然な感じがしないこともない。しかし物理法則がどうであれ飛んでいる事実は変えられない。
 アットには行きたい所も、行くべき所もない。ひとしきり空の散歩を楽しんで、民家の軒先に降りた。後ろ足で耳の裏をかっかと引っかくと、住んだ夜空に黒毛が舞う。そよ風に乗った毛は月の光を反射して一瞬つややかに輝き、宵闇に消えていった。

 アットの左右の耳が前方に向く。ぷーんという妖しげな音。月の光にきらきら光る羽根、アットのお気に入りの遊び友達、蚊とんぼである。適度にのろく、適度に素早く、弱っちくて絶対反撃されない。アットは体勢を低く構え、羽根をしずかに上下させて飛び立てるように調整する。尻尾は斜め上方四十五度に緊張してピンと立つ。猫族の習性で、お尻を2、3度振って、目標に向かって飛込んだ。蚊とんぼの方は迷惑極まりない。慌てて向きを代え、アットの単調な攻撃を交わし交わし逃げに転じた。

 蚊とんぼが命からがら逃げ延びた後もエキサイトしたアットは獲物を追っているつもりでやみくもに飛び回った。何処に居るのかわからなくなっているうちに、村の垣根を越えていた。疲労が興奮を打ち負かした。アットは息が上がり、舌を出してふらふらと地面に降りた。

 月明かりを背にした人影が、アットを見ていた。そのシルエットは満月を背にしてなお黒い。彼はゆっくりアットに近づいた。アットは気がつかなかった訳ではない。急に走ってきたり、手を振り上げたり、変な臭いがしたり、その人影には悪い気配を感じなかったので、アットは逃げずにじっと見ていた。
「みゃう。」
 アットは真ん丸な目で、近づいてくる人影に挨拶した。人影がゆっくり掌を差し出した。アットは中指の臭いを嗅ぎ、ぺろりと舐めた。掌は頭にのせられ、アットの頭を優しく撫でた。左手がアットの柔らかなおなかに掛かる。両手を添えて、アットは抱き上げられた。その男、大人の部下、ネガティブの青年、タワーの胸の中で、アットは上機嫌でぶるぶると喉をならした。

 セピア色の髪、セピア色の肌、緑がかったセピア色の瞳。アウトラインはほとんど人間族と同じでありながら、全く別の印象を与える色合い。ネガティブ人間という表現がふさわしいだろうか。しかもタワーは均整の取れた体躯、知的で切れ長な瞳、鼻筋の通った美青年である。その姿が美しければ美しいほど奇怪さを増すと言うことがある。ネガティブはもともと奇怪な外見の人種であるが、月明かりに照らされたその姿はより一層不気味で、それゆえ神秘的であり、荘厳でさえあった。

 タワーは何万を数える軍勢を率いる領主ルイの家臣団でも名実供にナンバー2の要職にある人物だが、常人には理解しかねる突飛な思考と行動の持ち主で、護衛を付けずに出歩くことも珍しくない。彼は、他の家臣のように直属の親衛隊も、参謀も持たない。それでも今の地位を不動のものとしていられるのは、彼が数少ない夢使いの術を心得ているからであった。

 夢使いは摂理に合わぬ不条理な事をいとも簡単に紡ぎ出す事が出来る。その力は利用の仕方次第では何万の兵力を凌ぐ。無論、タワーは夢を最大限に活用する知略にもたけている。故に彼は、謀略の達人と言われ、油断も隙もない領主ルイの元で道具として利用されるに留まらない活躍が出来るのである。
 タワーはアットを驚かさないように注意しながら地面に腰を落とした。心配するまでもなく誰にでも愛想のいいアットは腕から逃げ出そうとはしなかった。むしろ、胸にがっちり掛けられた爪で痛い思いをしたタワーの方が被害者かもしれない。

 そのままタワーは地面に寝転んだ。アットはタワーの脇でくつろいでいる。
「君の村の事について、少し教えてもらうよ。」
タワーは夢の世界へ入っていった。

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さて、やっと話が本筋に入ってきました

ここらへんまでついてきてくれる人がどのくらいいるか

 豚鬼の返り血はいくら洗い流してもちっとも落ちたように思えなかった。事実そのすえた臭いは一度や二度の水洗いで消えるような上品なものではなかったが、それでもムーンは何度も何度も井戸水をかぶり、何度も藁を替えて擦り続けた。
 体よりも記憶にこびりついた臭いは簡単に消えてくれなかった。玉の肌は赤くすり切れて血が滲む。それでも擦る手を休めることが出来なかった。
 必死に体を洗いながら、ムーンは同時にもう一つの血を洗い流していた。目覚めた男、キャリオットにかかった生臭い血の記憶である。

 男はムーンの考えと少し違っていた。本当は大きくかけ離れていたのだが、ムーンはパニック状態の記憶で冷たく薄ら笑う悪魔のような男の形相を何とか自分の容認できる範疇に納め直そうと無茶な再構成を試みていた。ムーンに回り始めてしまった運命の歯車を打ち壊す勇気はなかった。あの男が自分の運命の相手ならば、なんとかして恋心を捏造してしまわなければならない。
 しかし、男の血に飢えた獣のような目は、ムーンの描く安穏とした未来像にぴったりはまるようなものではなかった。命を奪う為だけに振り下ろされた剣の筋、ほとばしる生暖かい豚鬼の鮮血を春の霧雨ほどにも感じず、何のためらいもなく再度剣を振り下ろす姿、既に事切れた者に向かって一かけらの改悛の情も見せずに吐き出した自己礼参の台詞、ムーンの持っている常識にそういう行為を正当化する種は無い。表現するなら悪魔、人でなし、人非人、どうしても運命の男性を形容するにふさわしい言葉が見つからなかった。

 それでも、あの人は私を護ってくれた。だからきっといい人に違いない。ムーンは強く念じた。敵を目前にしたら容赦無く、でも普段は心優しい穏やかな人に違いない。戦っている姿が楽しそうに見えたような気がしたけれど、根っから血なまぐさい行為が好きなように見えたけれどもそれは気のせいに違いない。そんなふうに見えてしまうのはきっと今まで悲劇的な人生を歩んできたからに違いない。戦わなければならない過酷な境遇の中で、あの人も私に巡り合うために必死で生き延びてきたのに違いない。

 ムーンはまだ恋のなんたるかを知らな過ぎた。恋に恋する乙女はそうやって自分を恋しなければならない状況に追い詰めることで恋が出来ると信じていたのである。
 ようやく落ち着きを取り戻したムーンは水浴び場からこそこそと自分の部屋に帰った。誰かに、特にあの男に出会うのではないかと思うと生きた心地がしなかった。今の自分はびしょぬれで、ただでさえ油っけのない髪はぼさぼさ、しかも濡れている髪は茶と黒のまだらが余計に目立ってしまう。着ていた服はごみ捨てに放り込んでしまったから布を一枚無造作に巻き付けているだけだし、こんな姿を見られたら百年の恋だっていっぺんに冷めてしまうに違いない。

 部屋に帰るとムーンはまず香水を全身至るところにに打った。擦りむけた肌に揮発性の液体はやたらとしみたけれども、構っていられなかった。
 それから鏡に向かってあれこれと思案した。友達や村の人達に貰った化粧道具の山をひっかき出して眺めたが、そのほとんどは今だかつて使ったことがないものばかりで、どう扱っていいやらいまさらわからなかった。
 こんなことになるんならあの時やあの時にもっと真剣に話を聞いておけば良かった。今はもうよその村にそれぞれ嫁いで行ってしまった女友達はみんなこれを使って魔法の様にきれいになっていたというのに、馬鹿なムーンは他人事だと思ってなに一つ真剣に見ていなかった。
 化粧品の一つ一つだって、貰ったときにはこれは××を××してつかうのよ、と丁寧な教育を受けたはずなのに、どうせ自分にはそんなに器用に出来っこないとおもって聞き流していたから肝心なところがちっとも思い出せやしない。
 せめて化粧した完成品が思い出せれば参考になるはずなのに、どんなに首をひねってもきれいだったという漠然とした感じしか浮かばず肝心の細部は謎なのである。村の老婆のメークならなんとか思い出せるのだがそんなやり方を若いムーンが真似したらお化けになってしまう。
 自分の器量じゃどんなに飾ったってたかが知れていると思っていた。でも今思えばなんて高飛車な思い様だったんだろうと、ムーンは悔やんだ。器量が知れているから飾るんじゃないの、かざらなきゃならない訳があるから飾るんじゃないの。しかし後悔先に立たず、今となってはただ呆然と美しくなる為の魔法の道具を眺めてほぞを噛むことしか出来ないのだった。

 どうにでもなれ、ムーンの思考は極めてスローだが思い切ると切替えは早い。出来ないことを悔やんでも仕方ない、出来ることだけをやりましょう。ムーンはクロークを開けて服を引きずり出した。組み合わせを悩むほど衣装持ちではない。とにかく一番いい服を着て一番いいネックレスを掛ける。

 そうこうしているうちに腰の柔らかい髪は乾いてさらさらになっていた。ムーンは髪が完全に乾き切る前にブラシをかけて僅かでもボリュームを持たせた。これだけは普段から実行しているのだ。
 良い服が女を美しくするというのは必ずしも真理ではないが、良い服は女に自信を持たせるのは間違いない。ムーンは凛として部屋を出た。しかしムーンは自分が最上級に着飾っているという気合を落とさなくてはならない。男に会うために殊更着飾るというのはムーンの美徳ではない。あくまで自然に、ただ豚鬼に汚された服の代わりがこれしかなかったのよ、という風に見せなくてはいけないのだ。
 ふん、と鼻から息を吹き出して気合を抜く。他人には絶対見せたくないムーン流のスイッチングである。完璧よ。ムーンは自分を励ます。血なまぐさい出会いだったがそれはもう忘れよう。これからが本当に本当の運命の出会いなんだ。
 とは言ったものの、男が何処で何をしているか見当がつかなかった。村中が空っぽで人影が見えなかった。ムーンは少し不安になって小走りに人を探した。

 不安が肥大する間もなくムーンは人の気配を聞き付けた。楽しそうな笑い声。もう何年も聞いたことのない愉快な響きであった。しかし、このときムーンは声の主がキャリオットであるとは露ほども思わなかった。その声は底抜けで豪胆で、それに少々下品な響きがあったからである。眠り続けるキャリオットを眺めて思った優しい柔らかい感じとも、豚鬼と渡り合ったクールな感じとも全く異質な声であったからである。

 乙女の夢想というのは脆いものである。ムーンの心に棲んでいた白馬の王子の像は木っ端みじんに砕け散った。人だかりを遠慮がちにかき分けると、観衆の視線を一身に浴びた位置に憧れのあの人がいた。
 男は明らかに浮かれていた。飼葉桶を小脇に抱え、額に血管を浮き上がらせてワイン樽の上で演説をぶっていた。口もとにはオートミールのかすがこびりついていた。そして訳のわからぬ馬鹿笑いをしていた。その口から矢継ぎ早に繰り出される単語の半分以上は無教養な者達が使う下品なスラングで、ムーンには内容のほとんどが理解不能であった。

 その姿は良く言って酔っぱらい、悪く言うと馬鹿丸出しであった。ムーンは何度も何度も心のなかで復唱していた第一声をそっくり忘れて立ち竦んでしまった。頭の中では絵本で見た大聖堂の鐘ががらんがらんと鳴り響いていた。鐘の音はそんなばかな、そんなばかなと繰り返していた。
 樽の上のキャリオットがムーンを見つけ、その目が陰歪に輝いた。ムーンは蛇に睨まれた蛙の様に動けず、息さえ出来なかった。キャリオットは観衆の頭を抑え、大またでわしわしと近づいた。

「この村は姥捨て村かと思っていたが、なんだ隠していたのか。」
 キャリオットはムーンの前に立った。ムーンの心臓が早鐘のように鳴った。それは想像していたような心地よいものではなかった。キャリオットはいきなりムーンのあごを掴んで引き上げた。ムーンはなんの抵抗も出来なかった。
「ど田舎ならばこんなものか。まあいい、今夜の伽をさせてやろう。」
 酒臭い息が掛かるまで間近に迫ったキャリオットの顔が醜悪に歪んだ。頭で考えるより早く手が動いていた。全体重のかかったムーンの掌がキャリオットの頬にヒットした。

 その音はあまりに大きく、ざわめいていた衆の会話がピタリと止まった。
 例外なくその場の全員が驚いていたが、一番驚いたのはムーンだった。ムーンは人に手を上げたことなど未だかつてない。正直に言えば人の頬がこんなにいい音を出す楽器だったとは思ってもみなかった。ムーンは殴った五本の指が全部硬直して、肩から下に下ろすことが出来なかった。

 対照的に一番動じていなかったのはキャリオットだった。キャリオットの顔は半分が情けなく赤くなっていたが、表情自体にはなんら変化がなかった。

「この無礼は忘れてやろう。」
 キャリオットが静かに言った。優しいのか、器量が大きいのか、いやたぶんこの程度を痛みとして感じるほど神経が繊細でないのだろう。

 硬直していたムーンの思考が急激に活発に動き出した。忘れてやろう?無礼?冗談じゃない無礼はどっちだ、花も恥じらう乙女を捕まえていきなり伽とは何事か。わたしだってその意味くらい知っている、伽と言うのはつまりあれのことでしょう。あんたは私がそんなはしたない女に見えたの、初対面の男とそんなことをするような娘に見えたって言うの。だいたいあんたみたいな下品で愚劣な男に好意をもつような女がこの世の中に一人だっていると思うの?それを事もあろうに無礼だって?無礼って言葉の意味がわかっているの?あんたがあたしに言った言葉以上の無礼がこの世の中に存在するかしら、それがなんで私に向かって無礼ですって、忘れてやるとは何事よ、忘れてやるのは私の方じゃない、あんたに言われる筋合いはないわよ、それじゃまるで私がなにか悪いことをしたみたいじゃない、私が何をしたって言うの、あんたの頬を殴っただけじゃない、女の非力な力で、あんたみたいな鉄面皮にはぜんぜん平気でしょうに、それをどう許すっていうの?あたしは経験なんてないのよ、キスだってしたことがないのよ、それが恥ずかしいなんて思ったことは一度だってないわ、大事にとっておいたんですもの、だれがあんたに、あんたなんかに奪われなきゃならないの、やるもんですか、絶対渡しはしないからね、私が大切にとっておいた操が伽なんていわれて持って行かれたんじゃたまらないわ、冗談じゃないわ、ふざけないでよね。

 ムーンの思考回路は一気に吹き出してくる怒りに耐え切れずにオーバーヒート寸前であった。目の前が真っ赤にフェイドアウトしそうなほど一気に興奮が高まり、体中の血液が顔面に集中し、めまいがした。とにかくなにか一言でも浴びせないと納まりがつかない。このまま顔面が爆発してしまいそうだ。でも興奮しすぎて舌がうまく回りそうにない、声だってうわずってかすれてヒューヒューと情けない音しか出てこない。結局ムーンは耳まで真っ赤になったまま全力で走って逃げ出した。


 どこをどう走ったか定かではない。ムーンは真っ暗な自分の部屋に駆け込み、一張羅のまま寝台に飛込んで泣いた。とっておきの服に皺が付くことも、土まみれの靴でシーツが汚れることも、何もかも構わなかった。
 わんわんと大声を上げて泣き叫べばずっと早く嫌な思いを振り払えるかも知れないが、ムーンはそういう感情の爆発は不得手で、ただ忍び泣いた。涙が止まらなかった。頭が真っ白になって、自分でもなにを泣いているのかわからなくなっても涙だけは後から後から込み上げてとめどなくまくらを濡らし続けた。部屋には飛び猫のアットしかいない。ムーンは誰はばかることなく思う存分醜態をさらすことが出来た。
 くやしい感情が胸の奥から湧き出して喉元まで突き上がっていた。頭の中をキャリオットの台詞がぐるぐる回った。”この事は忘れてやろう”、そう言い捨てた時の奴のポーズ、顔、唇の動きまで精密に思い出せる。思い出す度にまた新たな涙が吹き出した。

 態度がひょう変したからといって彼女を非難するのは筋違いである。乙女とはそういう生物なのである。愚かであると自らの理性で認めながら想い人の一言に一喜一憂してしまう。何故なら乙女とは感情を理性より上位に置く者達の総称だからである。乙女の美しさとは宝石の様に磨かれた感情の美しさだからである。愚かであることを誇る訳ではないが、愚かな選択に価値を見いだせるのである。言葉を記号と解し、突き詰めれば声帯の震動であると言及してしまう理性族にはわかるまい。乙女にとって言葉は魔法なのだ。夢を紡ぐムーン達夢使いの力よりもあるときは強大な、人の心を激震させうる力なのである。

 ムーンは耐えた、鋼の剣を振るうキャリオットに、そして彼女は見事に耐え切った。しかし、言葉の剣には耐えられなかった。それが真意であるとか、裏にどういう意味が隠されているとかいうことは別次元の話題である。それを理解しようと思う以前に言葉は理性の琴線を断ち切ってしまったからである。

 例えば相手が醜いイボガエルだったとしても、二人の間に通うものが一かけらでもあれば、ムーンは運命に殉ずる事が出来ただろう。今となってはキャリオット以外の者ならば誰でも許せるように思う。イボガエルが毒虫でも、ミミズでも、なめくじでも、それが優しい一言をさえ与えてくれるならば、ムーンはその物体に全てを捧げていいと本気で考えられた。

 しかし運命の輪は無情に回っている。ムーンにとって絶対の運命が。ムーンに抗う術はない。ムーンには運命をねじ曲げる大罪を犯す勇気はなかった。だからただ声もなく涙を流すしか出来なかった。
 窓辺で丸まっていたアットがムーンの気配に気がついて目覚めた。愛らしい牙をむき出しに、ピンクの舌を丸めて大あくびをし、その場で爪をとぎつつ背をのばした。

 目覚めの儀式をひとわたり終えてもムーンの優しい呼び声が掛からないのでアットは少し不思議だった。首をかしげてムーンの様子を盗み見た。ムーンは寝台にうつぶせになったままである。
 肩が震えている。鼻をすすり上げる音だけが時々聞こえる。アットは翼を広げてムーンのまくら元まで音もなくすぅっと滑空した。それでもムーンは動かなかった。アットはムーンの臭いをかいだ。しょっぱい臭いがした。アットはムーンの肩に手を掛け、もそもそと体の上に昇った。肩甲骨の辺りで一回転半し、ポジションを決めてうずくまった。アットが再び寝息を立て始めるのに時間はかからなかった。

 当然ムーンは身動きがとれなくなった。毎夜の事とは言え、今日ばかりは情けなかった。飛び猫の小さな小さな脳みそでムーンの気持ちを察せよとは言わないが、こんなときくらい気の利いたことが出来ないものなのだろうか。しかし、ぴすぴすとやや鼻詰まり気味の小さな寝息を聞いていると、ムーンは優しい気持ちに傾いてしまった。
 ふと、自分の悩んでいることがとても馬鹿馬鹿しいことに思えた。そうだ、なにをそんなに思い悩むことがある。

”おまえは今日拾い物をする!拾えばそのうち小さな幸福と、大きな不幸と、縁を手に入れることがあるだろうよ!”

 あれは今のところ拾い物でしかない。あれを縁だと思ったのは早計だったのだ。今考えればあれは大きな不幸に違いない。そう考える方がずっと理に叶っているではないか。あれはきっかけ、いまいましいが縁を運んでくれると思えばそう邪険にするものでもない。
 心が優しい方向に傾くと落ち着くのは早かった。ムーンは性根の優しい娘である。すさんだ状態を続けているのは苦しい。優しくなれるきっかけさえ見つかれば、そちらの方向に転がっていってゆったり安定するほうがずっと心地よかった。やがてムーンも寝息を立てていた。

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はい、ラヴロマンスとかそう簡単には描きませんよっと

暖炉が噛まれました


結果から言うと、暖炉は首回りの毛が一束抜けて、ちょっと血が出た感じ

相手は白い大きな犬、おばあさんを引きずって歩いていて、曲がり角から暖炉めがけて飛びかかってきたそうです

暖炉は口輪付きの散歩紐を使っていたので反撃もできずにどうしていたんでしょう

問題はひめ

いきなり噛まれたということで大パニックを起こし、どうやら「殺される」だの「死ぬ」だの騒ぎまくった模様で、すわ殺人事件かとご近所からすごい数の見物人がでてきたとか

こぞうは何もできずに佇んでいたそうです


やっと最近車の事故を忘れかけてきたというのに、また新たな火種を見つけてひめおおはしゃぎです

絶対全額治療費払わせるといってせっせと病院に通っています

当日獣医に行った後指を噛まれたといってかかりつけの医者に、翌日騒ぎすぎで喉が枯れてしまったといって耳鼻咽喉科、足をひねったといって整形外科

2日後、足が良くならない、骨をやられたとうわごとのようにつぶやいて別の整形外科に

本人は覚えていないらしいのですが、どうやらかぶりついて離れない相手の犬に回し蹴りだかかかと落としだかを見舞った模様、それは自業自得じゃないのかなぁ…


一週間たって、束になった領収書を渡されました

治療費の請求は私の仕事なんです

「あたしがやったらひどいことになるけど、いい?」って言われたら、やるしかないでしょ


ひめが噛んだ、といっていい状況


 下品、横柄、野蛮。キャリオットはそういう男だった。目覚めたキャリオットは全ての点でムーンの好みとかけ離れていた。
 豚鬼を一斬りで葬り去った男の周りに村の衆が賞賛しながら群がった。男は当然のことの如く平然と受け止め、先程来から繰り返しているあの言葉「俺は征服王のキャリオットだ。」と一声吠えた。
「有難く思うがいい。この村は今日から私の統治下に置くことにする。征服王キャリオットの偉大な第一歩がこの地で始まるのだ。」
 村人は、何のことやらわからずにぽかんとした。
「あのぉ。それで、この村で何をしたらいいんじゃろうか。」
 気の利いたものが恐る恐るお伺いをたてた。
「まずは飯だ!最高のものを持ってこい!」
 そういうと、男はずんずんと村の中に入っていった。村人達はざわめきながら男の後に続いた。村人は皆、立て続けに起こる珍事に戸惑っていた。

 ムーンは豚鬼の返り血を全身に浴びて硬直したまま、ユピト老他数名に抱えられて村に帰った。とにかくひどい臭気で吐きそうなのを我慢するのが精一杯だった。ムーンは服を全部着替えて全身を洗い流すことだけを切に願った。
 ムーンはよろめきながら井戸端に転がり込み、破り捨てるような勢いで服を脱ぎ、冷たい水を頭からかぶった。それでもムーンが理性的な思考を取り戻すのにはしばらく時間がかかった。

 その間もキャリオットは平然としていた。血なまぐさい臭いに馴れているのか鈍感なのか、おそらくその両方なのだろう。キャリオットは行き当たりばったりの家の中にづけづけと入り込み、食卓に腰かけた。
「5分待つ。とりあえずなにか口に入るものを持ってこい。」
 その家はムーニエ老と奥方の家であった。ムーニエ老は魔術に失敗して一時失神したが、村のものに支えられて意識を取り戻していた。
「何日も寝ておったから腹が減っとるのも仕方なかろう。かゆでも作ってお上げなさい。」ムーニエ老はおどおどする奥さんに優しく言った。家の周りには人垣が出来ていた。村人は目覚めた男を見てあれやこれやとひそひそ話をしていた。話をまとめたのはムーニエ老であった。
「皆の衆にもいろいろ言いいたいことはあるじゃろうが、ここは一つわしの話を聞いてくれんか。
 あの男が何を考えとるかわしにはわからん。もしかしたら村にとって迷惑なよそものなのかもしれん。じゃが、わしらはあの男に助けられた。恩を仇で返したくない。今日だけはわしに免じて、村の客分扱いしてやってくれんか。」

 ざわめきはあったが、大勢はムーニエ老に賛成であった。村人のほとんどが無防備に昏睡するキャリオットの面倒を見ている。みんなの心にはもう、捨て難い愛着がついていた。
 たった今まで前後不覚に寝入っていた若者が、しかもたった一人で”村を支配する”というのはあまりにも現実味がなさすぎて、大方は腹も立たなかった。口には出さなくても、やんちゃな孫を見るようなほほえましさを感じている者も少なくなかった筈である。その程度の暴言で憤慨するような青臭い者はこの夢使いの村にはいない。ここは老人の村なのである。

 少しづつでも美味しいものがあれば持ち寄るようにとみんなで相談しあって、老人達はそれぞれの家へ散った。元来、老人は人をもてなすのが好きなものである。相手が誰であろうと、もてなすとなったら浮き浮きしてくるのを止められない。歳を取ると何事にも薄れていく感動を、若い者は眩しい位に感じてくれる。自分ではとうに味わえなくなった悦びを若い者に与えることで共有出来るように思えるのであろう。
 男は湯で絞った布を渡され、おざなりに体を拭いた。ズボンも返り血をたっぷり浴びていたが、着替えるより飯が先だと取り合わなかった。押し問答をしているうちにあちこちから食べ物が集まった。なんの打ち合わせも無かったが、御馳走が見つからなかった家からは秘蔵の食器が提出された。質素な生活をしていても、村人全員が持ち寄ると大層な御馳走になるものである。合わせると、ここが地の果ての村とは思えない食卓になった。

 好奇心がまだ旺盛な女達が即席のくじを引き、代表に決まった女3人が鼻高々に盆を持ってキャリオットの前に揃えた。
「なんだ、これは。」
 自信満々の村人にはキャリオットの不機嫌さが理解できなかった。キャリオットは手拭いを絞った手桶をひっくり返して女達に突き出した。
「とりあえず、これ一杯酒を汲んでこい!飯も手を抜くんじゃないぞ!俺は征服王キャリオットだ、ままごとみたいな器でちまちま飯が食えるか!」
 女は慌てて飛んで帰り、まだ血なまぐさい臭いの残る手桶にワインをなみなみついで持ち帰った。
 男は桶を受け取るとそれを一気に飲み干した。普通人なら混倒してしまう程の量を流し込んでもキャリオットは平然としていた。

 村人達は再度額を突き合わせて相談した。この男が果たして何を求めているのか理論的に説明出来るものはいなかったが、素直に現象だけを追うと”質より量”と主張しているようにしか思えなかった。そこまでしたらいくらなんでも礼を失するのではないかと反対する者もいたが、麦がゆは飼葉桶に盛られた。それが村で一番大きい器だったのだ。
 キャリオットはこれまた満足げに飼葉桶に顔を突っ込んで、塩味だけの麦がゆをむさぼるように食った。その食欲たるやまさに馬並みであった。その姿は老人達がとうに忘れた食べることの悦びそのものであった。村人達はその健啖ぶりをほれぼれと眺めた。
「なにをぼーっと見ている。おまえらもやらんのか。」
 キャリオットは口の中に大量の飯を詰め込んだまま、戸口で見守る村人達に声を掛けた。
「飯は大人数で食った方がうまい。ほれ、そこらにうまそうなものがいくらもあるだろう。」
 村人はますますキャリオットの性格がわからなくなった。征服王と大上段に切り出した男がこんなに気さくでいいのだろうか。この男は食卓に誘っておいて無理難題を吹っ掛ける魂胆なのではと勘ぐるのはむしろ当然と言えた。しかし、村人の何人かはキャリオットに触発されて何十年かぶりに蘇った食欲に抗い切れず、食卓についた。
「食え。」キャリオットは手を止めずに素っけなく指示した。目の前に並んでいるのは鮭の卵の塩漬け、砂糖菓子、珍しい果物といった普段は滅多に口に出来ないものばかりである。キャリオットはそういうものにはほとんど手をつけず、もっぱら穀物関係ばかりを食いあさっていた。
「これを、私達が頂いてよろしい訳で?」
「自分達の食い物を遠慮する奴があるか。」男は事もなげに言った。「ちまちました食い物は、食が細った年寄りが食うのが丁度いいんだ。」男は豪快に飼葉桶を抱えて食い続けている。

 それからは水が流れるように事が運んでいった。キャリオットはテーブルに就いた老人達に一人ずつ名前を聞いた。その態度は相変わらずの大上段で横柄な口ぶりであったが、先程来の不機嫌さはなくなっていた。腹の中に納まるものが納まったのですっかり機嫌を良くしたらしい。
 食卓を囲んだ老人達は恐る恐る料理に手をつけた。その様子を見てキャリオットはいらいらし、歳をとっても男は男、覚悟を決めたら堂々としろとどやしつけた。やり玉に上げられた老人は目を白黒させて驚き慌てた。その様子がおかしくてキャリオットは吹き出した。それに釣られて戸口から様子を伺っていた者の何人かが笑い、キャリオットはますます高笑いした。キャリオットは実に気持ちよく高らかに笑う。
 笑いは伝染し、食卓は急に和やかな雰囲気になった。やじ馬からまた何人かが顔を出して、仲間に入ってもいいだろうかとお伺いを立てた。いいもなにも椅子はあまっている、足りなくなったらどこかから持ってこい、テーブルが足りなきゃどこかから持ってこい、それでも足りなきゃ青天上でやればいい、キャリオットは飼葉桶を抱えて立ち上がった。
「今日は祭りだ、征服王キャリオットが御当地にいらっしゃった記念の祭りだ。」
 お調子者がはやしたてると、キャリオットはまたもや腹の底から高笑いした。やじ馬の壁は決壊した。村人はわらわらと部屋に入り、自分の入るスペースを確保しだした。ワインをなみなみとついだ手桶が村人の中を周り、集められた食料が見る間に空っぽになった。

 男の何人かはすっかり出来上がって、女達に酒と料理の追加を命じた。状況に馴れたのは女も同じで、口々に不平をこぼし始めた。今一時で冬の食料を食いつぶしてしまう気か、もってこいと言われたってそんなに沢山重くてはこべやしない、あんた自分の足があるんなら自分で持ってくりゃいいだろうと。
 言い争いを耳にしたキャリオットは話の間に割って入った。
「酒蔵に案内しろ俺が持ってくる」
 女にがたがた言われているのは男が男の仕事をしとらんからだ馬鹿者と吠えて、老婆を引きずって行き、ワインの樽を二つ肩と脇に抱えて帰ってきた。
 キャリオットは戦士にしては小柄な体つきであるが、胸から肩にかけての筋肉は見事であった。こけおどしの贅肉など全く無く、鋼の様に引き締まった実用的な体型を維持していた。一樽抱えるのに二人がかりの重量がある樽を支えた姿は芸術的と評せる程美しかった。
 村人達はキャリオットの雄姿を称えて拍手喝采を送った。キャリオットは目に見えて有頂天になっていった。

「だいたいだな・・・」キャリオットは抱えてきた樽の一つに腰を下ろして演説をぶち始めた。
「男というのは偉いのだ。何故偉いかというと女より優れているからだ。だから男は自分より劣っている女を助ける義務と権利があるのだ、わかるか?男が偉いというのは男が女を護るから偉いのだ、女一人護れない男が偉い訳があるか。かくいう俺は征服王だ。王様だ。偉いのだ。貴様らの誰より偉いのだ。それは貴様らの誰より強いから貴様らの王足り得るのだ。だから俺は日夜修行の旅をしている。俺より強い奴がいるならばそいつの方が俺より偉いからそいつが王様なわけだが、俺は未だかつて俺より強い奴にお目にかかったためしが無い。だから今んところ俺が王様なわけだ、わかるな皆の衆。」
 訳がわかったものはほとんどいなかったが、その口調は歯切れが良くて壮快であり、男達は”男が偉い”という一節が、女には”女を護る”と言う一節がなんとなく心地よかったので、口々に賞賛の声が上がった。

 さらに気分を良くしたキャリオットは、樽に片足を掛けて立ち上がり、腰の剣帯に吊るされた長剣をすらりと抜いて構えた。
「みろ、これが俺の愛刀だ。」その剣はつい今しがた豚鬼を一刀両断に斬って捨てたとは思えぬ輝きを放っていた。
 村で鍛冶屋をやっている老人が人垣の頭を越えて走りより、食いつくような視線で長剣を眺め回した。
「これはなんじゃ」
 老人はため息混じりに呟いた。
「こんな剣、見たことが無いぞ。長剣のような格好はしておるがこりゃ全くの別もんじゃ。」
 キャリオットはにやっと笑う。
「わかるか、老人。」
「ああ、わかるとも」老人は興奮していた。
「材料はただの鉄じゃないな、こんな滑らかな表に仕上げるには相当な打ち出しがいる。しかも歯は別の金属がはまっておる、凝った作りじゃ。こんな作り方をした剣は見たことが無い。何処で手に入れた、作ったのは誰じゃ。」
 キャリオットはちっちと舌を鳴らして食いつきそうに身を乗り出す老人を制した。
「これは俺の親父の形見らしい、親父が何処で手に入れたかわからんが、物心ついた頃には俺のものになっていた。ま、つまり俺は親の顔すら知らんのだな。
 だからこの剣は俺の親父そのものってわけだ。俺も長いこと旅をしているがこれと同じものは見たことが無い。
 こいつをよーく見てみな、そう、この波紋のような紋様を、吸い込まれそうなくらい妖しいだろう。そこらのなまくら剣と一緒にしてもらっちゃ困るぜ。
 俺にいわせりゃそこらの剣は金槌みたいなもんだ。力任せにひっぱたいて切り込むなんざ野蛮人の仕業よ。こいつはな、引いて斬るのさ。おまえさんの首なんか軽く引いただけですっぽり胴体と泣き別れだぜ。」
 キャリオットは軽やかに剣を振り上げた。
「おおいやめてくれ、切れ味は先刻見せてもらったよ。」
 キャリオットはまたもや高笑いを上げた。
「ところでこの剣、こんな見事なものなんだからさぞかし凄い名前があるんだろうね。」 観衆から声が掛かった。
「名前、名前か。そんなもの考えたこともなかったぞ。」
 キャリオットから笑顔が消えた。真剣に考え込んでいる。同時に二つのことが考えられないタイプの男なのだ。考え込むと周りが見えなくなってしまう。しかも、考え事が得意なタイプでも無いらしい。
「コンクリエーター(征服王)。そうだ、それがいい。」
 誰ともなく声が上がった。キャリオットは頭を上げた。
「よし、貰った!コンクリエーター。今日から貴様の名前はコンクリエーターだ!」
 キャリオットは剣を高々と差しあげた。座は最高に盛り上がった。ムーンがこのらんちき騒ぎに現れたのは丁度その頃だった。

 金銀宝石は価値あるものだが、真の宝物というのは値段が付けられないものである。例えば夢の封じられた宝石、名工の鍛えた剣などはいくら領民を絞っても手に入るものではない。
 本来ならば自らの手を煩わせても死地に赴いて手に入れるものであるが、領主と呼ばれる地位の者達にはもっと簡単で効率の良い方法がある。宝物庫を餌に冒険者を誘い込み、上前をはねるという至極簡単な方法である。
 その目的の為に宝物庫は本来の目的を逸脱して侵入者を抹殺するための様々な罠が仕掛けられ、時に公然と、秘密を持ってよしとする宝物庫の宣伝まで行なわれる。難攻不落の宝物庫を所有する事は真に贅沢な支配階級のステータスなのだ。無論、”大人”と呼ばれるルイも例に洩れず、悪意の粋を極めた世にも恐ろしい宝物庫を持っていた。
 冒険者はいつも宝物庫を荒らしたり、未開の地をうろつき回ったりして宝物を集めている。領主が鑑賞用として、或いは単なる所有欲を満たすためのものとして欲する宝物を、冒険者という連中はもったいなくも生活のために持ち歩き、日夜使い減らして傷物にしてしまう。権力者達は皆、哀れな宝物達を野蛮な冒険者の手から取り戻し、安息を与えることを高尚な使命と考えていた。
 権力者達にとって冒険者とは花から花へ花粉を運ぶ蜜蜂に過ぎないのである。ルイもまだ身分が卑しかった頃は自ら剣を持って宝を手に入れていたが、それを元手に成り上がり、一国一城を構える身分となった今では当時の気持ちなどはとうの昔に忘れ去っていた。

 というわけで大抵の場合、宝物庫に忍び込んだ賊は大願を果たす事なく息絶えるのだが、ごく稀に所有者の意に反して冒険者がまんまと宝を手に入れてしまうこともある。
 あの男は何処をどうかわしてか上手い具合に宝物庫の最深部までたどり着いてしまった。それでも金貨を多少くすねられた程度であれば、してやられたと高笑いをして済ませることも出来ただろうが、男はかさばるものには目もくれず、ルイもお気に入りの珍品に手を付けてしまったのである。

 男に奪われたのは一枚のカードであった。銀かプラチナか、とにかく白金色の金属で出来ていた。カードの表面には意味ありげな図案が刻み込まれていた。
 荒涼とした大地、馬にまたがり剣をかざしたナイト。カードは金のケースに納められた。宝石と細工で飾られ、中はビロード張りされ、ケースだけでも充分な価値があった。美術的に優れているわけでもない、なんの役に立つのかもわからない一枚のカードにルイがここまで執心するのには訳があった。

 それは遥か昔のこと、人間達が争うのを見兼ねた神は、正しいことを形にして人間に与える事にした。なにが正しいことなのか判れば人間達も無益な争いなどせずに済むと思ったのだ。
 しかし真理はどうしても一つにまとまらず、真理の数だけカードを作っていったら全部で二十一枚になった。神はカードをそれぞれの真理を代表する人間に与えたが、今度は二十一の真理の代表者が、我こそ真理中の真理であると言い張って争いを始めてしまった。二十一の代表者は全てが真理なのであるから、平和どころか永遠に終わることのない争いになってしまったという話である。
 子供でも知っているポピュラーなおとぎ話である。この世界には相反し混じることのない真理が沢山あって、絶対普遍な真理などあり得ないという教訓を織り込んだ訓話だと、ルイ自身も思っていた。

 しかし、このカードを手に入れてから、ルイはこの伝承を信じるようになった。
 カードはどんな方法を使っても傷一つ付けられなかった。ダイアモンドでひっかいても、鉄を溶かす炉にくべても、あらゆる溶剤に浸しても、カードは変色さえしなかった。しかも、手に持とうとすると不快な脈動を発し、一秒と手中に納めていられなかった。こうも不思議な性質を持ったカードなど伝説のカード以外には考えられないではないか。
 伝承はこう結ばれている。

”二十一枚のカードを全て所持する者は真理の全てを制し、世界を統べるであろう”

 伝説のカードが存在するとわかった以上、この結びの一説にもルイを魅了するのに充分な説得力があった。
 広大な領地を所有するルイにとっても世界という舞台は把握仕切れない程大きい。だからといって、現状を細々と保って一生を終えようと悟るほどルイは無欲ではなかった。権力の階段を駆け上がる者にとって、世界の王として君臨するのは究極の目的である。カードは壮大な野望への進路を保証する切符であり、それゆえルイの最も大切な宝であった。

 カードのケースには仕掛けがしてあり、誰かが手を触れれば何時であってもルイの元に警報が発せられるようになっていた。ルイは愛用の鉾槍を構えて宝物庫へ駆けつけ、宝物庫の入り口でカードを盗んだ不届き者を見つけることが出来た。
 侵入者は不敵な面構えをした若い男であった。男は派手な青いクロークに身を包んだ軽装の戦士であった。
「よくぞ我が宝物庫から生還した。良い腕をしているな。」
 ルイは敵味方に関わらず有能な人間が好きである。憎い盗人に対しても、第一声ではつい相手を賛辞してしまった。無論それは相当の下心があっての事だが。
「いま手に入れたものを置いていくならば、おまえが抱えられるだけの金貨と交換しよう。おまえが手に入れたものは、おまえが持っていても何の役にも立たないものだ。」
 ルイは寛容に語り掛けた。男は一人、ルイは手勢を十人連れていた。問答無用で斬り倒してもなんら不安材料はなかったが、無益な戦闘をしたくはなかった。平和主義なのではない、効率主義なのである。さらにうまく行けば有能な部下を獲得できるかも知れないという下心もあった。
 しかし男はだらしなく笑みを垂れたルイを鼻で笑った。それはルイの練れた余裕とは似て非なるもの、より嘲笑的で侮蔑の意のこもった笑いであった。

「このキャリオット様に命令するのは十年早い。」

 男はさらりと言った。
 ルイは一瞬言葉を失った。この男は馬鹿か。包囲されて孤立無縁のこの男の何処に大見得を切る材料があるというのか。計算が立つルイにとって、この男の無謀な自信は不快だった。しかし、逆上するルイではなかった。石橋を叩いて渡る、ルイはそういう男なのだ。
 万が一、そんなことはまずあり得ないことだが、この男、十人の戦士を相手に渡り合って勝算がある程の手だれなのかもしれない。
 ルイは横に控えているタワーに耳打ちした。
「あの男、腕は立つのか。」
「ルイ様一人でも負ける相手ではありません。」
 タワーは即座に返答した。ネガティブのワターには、百発百中で相手の能力を見破る才能がある。ルイは誰よりもタワーの進言を信用していた。
 全く予想した通りの答えであったが、それだけに余計、この男の大胆不敵さが不気味であった。そこにルイ達の隙があった。男は唐突にきびすを返した。たった一つ残された退路、宝物庫の中へ駆け込んでいったのである。
「追え!逃がすな!」ルイは叫んだ。しかし、部下達は二の足を踏んだ。宝物庫には様々な罠が仕掛けてあり、その仕掛けは誰にも知らされていない。全ての罠を知っているルイでさえ、彼の命令さえ聞かない野獣や妖怪さえ宝物庫の至るところに配置されている洞窟へはうかつに踏み込めない。
「ちっ。」ルイは舌を鳴らして先陣を切った。危険は奴にとっても同じことである。
 どのみち宝物庫の出口はここしかない。この場に陣取れば逃げ道は無いのだが、男には一時でも目を放すと次にどんな手を使ってくるかわからない不安があった。あの男は妙にルイの不安をかき立てる。それは、男の思考回路がなにか常識を逸した所にあるように思えたからだ。
 宝物庫といっても入り口は天然の洞窟をそのまま利用したものである。ルイは部下からランタンを奪い取って真の闇を照らし出した。

 一歩足を踏み入れると、前方のそう遠くない所で轟音が聞こえた。小さな地震のような震動、そして大きな物が水に落ちた音。何をやった、ルイはまた妙な不安に駆り立てられ、歩調を早めた。ルイが知る限り、宝物庫にあれほどの音を出す水溜まりなどない。
 更に奥へ進むと、轟々と水の流れる音が聞こえてきた。百歩も洞窟を進んで、本格的な宝物庫へと変わる手前の辺りでルイ達は立ち止まらざるおえなくなった。一またぎ出来ない程の幅の地下川が行く手を遮っていたのである。

「何だこれは。」ルイは絶句した。ネガティブのタワーはかがみこんで川の渕を観察した。「たった今出来たばかりです。おそらく地盤が弱っていたのでしょう。地下水脈がすぐ下を流れていたと・・・」
「わかっている。」
 ルイは強い口調でタワーの言葉を遮った。こういう時のタワーは無性に勘に触る。タワーは何事もなかったように黙って控えた。タワーは気に触る言葉に全く悪意がないのと同じくらい盟主の叱責に動じていない。
「あの男がやったのか。あの男は何処に行った。」
「万が一夢が使われたとしても、こういう状態にはなりません。これは事故だと思いますが、調べますか。」
「やってくれ。」ルイは呆然と水の流れを眺めた。「それから、男の行方がわかるか。」
「キャリオット、という名前が本名ならば、かなりの精度で追跡出来ます。生きていれば。」
 ルイは無言で頷いた。

我が家では何か欲しいものがあるとき「我慢しなさい」とは基本言いません

「欲しけりゃ稼げ」と言います

ひめの発想は欲望肯定、欲が人間を動かし、社会を動かす、ほしけりゃほしいだけ努力しろというのが彼女の哲学です


きっと正論です

間違っていません

でも、正直ついていけません、疲れました、限界です


サラリーマンぽいことをしているので、月々入ってくるものには限界があります

底上げしようと思ったら会社に陳情するか、バイトするしかありません

とはいえいちいち言われたとおりに給料上げる会社があるわけもなく、もう本当に早朝の新聞配達でもしなけりゃ破たんします


事業を興しでもしないかぎり(そしてそれは成功する前提で)彼女の溜飲は下りないのでしょう

考えないこともありません

ネタはいくつかあるにはあります

あとはやる気次第

そんなことを考えているとふっと別の声が心に響いてきます


「足りるを知れよ」


なんで今の収入で満足できないの?

たかがお金じゃない

欲しいと思わなきゃ使わなくていいんじゃない

なんでお金で解決できちゃうようなつまらないことに欲を向けるの?

立派な人になりたいとか、この技術を極めたいとか、そういう方向に欲が向いていれば着ている服とか住んでいる場所とか関係ないでしょ?

お金ってすごいよ、どんなものの代用品も手に入るから、でも本物が絶対手に入らない、それがお金だとおもうんだよ


ひめと付き合う前、私は十分に満ち足りていました

小さくてボロいとしても、明確な借金もなく一生住み続けていられる家、自尊心を満たせるだけの仕事とその結果三食食って、目の前にある欲しいものを買って足りる収入、かわいい猫


ひめと付き合った後、立派な家と英語を使った外国人との仕事、誇れるこどもと犬を手に入れて、以前の自分がどんなに小さな桶の中で暮らしていたか思い知らされました

私の器をどかんとひろげてくれたのは彼女です、それは間違いありません

でもね、ほんともう限界

今の器で満足させてください

お願いします



 ”大人”の家臣団でも突出しているのが、ネガティブのタワーである。ネガティブという種族がそうであるようにタワーも正体の掴めない、異様な性格の持ち主であった。
 ネガティブ(反転)という名前が示すとおり、彼らは人間にそっくりのアウトラインでありながら裏焼きしたような正反対の色合いをしている。
 肌は鮮やかなセピア色、唇など粘膜部は黒に近い深いセピア、瞳は緑がかったセピアである。色以外の部分ではネガティブは人間と全く同じであり、しかもそのほとんどは絶世のという表現がふさわしい程均整が取れていて美しい。
 タワーは人間でいうなら20前後くらいの外見の男で、ネガティブの通例に洩れない美青年であった。しかし、彼は好青年ではなかった。世の中には美しいことが不気味さに通じる事がある。タワーの妖しさは一級品であった。
 彼は滅多に感情を現わすことが無い。睡眠以外の時間をほとんど大人と共にし、大人の片腕として職務をまっとうしていたが、それが楽しいとか、使命感に燃えているといった風には見えなかった。彼に聞いた者があったとしても、彼はなにも答えないであろう。ネガティブには”楽しい”という感情が存在しないのだ。その代わり彼らは人間や豚鬼やその他の種族が理解不可能な感情を幾つも持っている。ネガティブの精神構造は他のどんな種族とも異質なのだ。
 タワーが怒りや不満や疲労をあらわにしたところを見たものはいない。しかし、近臣の幾人かは彼の笑顔を目撃したことがある。
 ネガティブは声を立てずににんまりと微笑む。それは大抵真面目くさった作戦会議だったり、領民の直訴の立ち会いであったり、何がそんなに可笑しいのか理解できないシーンばかりであった。ネガティブにとって笑顔は悦びの表現ではないのだ。
 色さえ抜かせば実に優美なタワーが微笑むとき、その顔は寒気がする程の妖気に満たされるのである。
 それでもタワーが重用されていたのは、彼が優秀な夢使いだったからである。能力のいかんに関わらず夢使いという輩はとかく反抗的で、やれ摂理がどうの正義がどうのといって大人のような素性の妖しい者に仕えることを嫌がるものだが、その点タワーの従順さは満点であった。タワーは意味不明の言動をして周りのペースを崩すが、反抗することはない。タワーは大人の要請を無下に断ったことは一度もなかった。
 タワーは大人の玉座の前で”遠見の鏡”と言われる儀式をとり行なっていた。
 タワーは玉座の正面にある儀式用の大きな鏡の横に立ち、手をかざしている。色々理屈に合わないことが起こるこの世界でも、一般的な鏡はその前に立った者の姿を映し出すものである。しかし、タワーの魔力で歪められた鏡は、異世界の光景を映し出していた。
 鏡の視点は荒涼とした土地を突き進む。正面に人間の姿が見える。二人の老人と少女である。三人の顔にはそれぞれの恐怖が刻まれている。老人の一人が体の力を抜いて目をつぶった。程なく手に持った銀製の匙に赤黒い輝きが宿る。ワンテンポ遅れて他の二人にも同じことが起こった。
 ルイはほうと息を飲んだ。夢使い、しかも三人も一度に現れるとは極めて稀なことだ。ルイは身を乗り出した。
 少女を突き飛ばして避ける老人、そして視点は少女の方に向き直る。その時何処からともなく風の様に映像に割り込んだ男がいた。男の長剣が鏡を一閃する。鏡に映った光景はぼやけていき、間もなく”大人”の全身を映す通常の鏡に戻った。
「バルダバログは死んだようです。」
 ネガティブのタワーは玉座の前に膝をついた。ネガティブに人を敬うという感情はない。彼の態度はルイの元で学習した作法に過ぎない。心のこもらない丁寧さはいかにも慇懃無礼に見えた。
「そうか、惜しい者を亡くしたな。」
 大人と呼ばれる男、ルイは玉座の手すりにもたれ、掌であごを抱えて気のない返答を返した。心からの追悼でない事は彼の近臣なら誰でも知っている。ルイは心底から冷酷な男なのである。
 ルイは領主である。北の山から見下ろせる一帯の土地は全て彼の領地であった。彼自身の弁を信じるならば、王の中の王、この世界をあまねく統治する大王から拝領した正当な領主だということであったが、こんな片田舎まで支配するような酔狂な王がいるのだろうか。たとえ彼の弁が真実だったとしても王の中の王の事を知っている者など誰もいないのだ。
 ただ、ルイが豚鬼や一角鬼など近在の化け物を手なずけていることや、ルイ自身が知略軍略に優れて腕も達つことは周知の事実だったので、彼に逆らおうとするものはいなかった。
 ルイはいわゆる暴君ではなかったが、慈愛に満ちた指導者でもなかった。年貢を一つとっても彼のやり方は巧妙で、住民に一人の餓死者も出すことなく洗いざらいの作物を徴収する緻密な計算が得意だった。
 それでも毎年巧みに年貢隠しをする狡猾な者が出る。ルイはそういう者を見つけると寛容に許し、進んで自分の家臣団に加えた。しかし、毎年家臣が加わる割には家臣団の数が増えない所を見ると、並大抵の才覚ではルイの家臣は務まらないのである。その中でナンバー2の座を不動にしているタワーは奸物と言えた。
「あの男。」
 ルイが独り言を呟く。ルイはタワーと面と向かって会話をする空しさを知っているのだ。タワーは空気の様に扱われ、タワー自身もそれを望んでいた。
「はい。先日の狼藉者に間違いありません。」
 タワーはかしづいたまま答える。
「バルダバログを一撃でしとめたようだが、あいつはそれ程の腕だったか?」
「まぐれです。あの男にはそれ程の力はありません。」
 タワーは頭をうなだれたままにやりと笑ったのだが、ルカはそれを見ていなかった。
 ネガティブを気味悪がらせている元凶の能力、彼らは人間の持つ潜在的な能力の優劣を寸分の狂い無く言い当てる事が出来るのである。その手法は、ネガティブという種族の潜在能力だとも、ネガティブだけに伝わる秘法だとも言われているが、その真相は知られていない。
 相手の器を見抜く能力は、彼らが額にはめている大粒の宝石を使って行なわれると言われている。タワーの額にも美しくカッティングされたアメジストがはまっているが、これは彼の妖しい美しさを飾る為のものではない。
「しかし、村に夢使いがいたとは計算外だったな。」
 ルイは人差し指で肘掛けを叩いた。
「夢使いが三人もいるとなると、バルダバログでは役不足だったな。」
「精鋭部隊でも同じだったでしょう。」
「たった三人が押さえ切れんというのか。」ルイは言葉尻に剣を残したが、そういう腹芸で前言をひるがえすような男ではなかった。
「三人ではないでしょう。おそらく五倍から十倍。」
「バカな。」
「どこかに夢使いの集落があると聞いた事があります。」
「あの村が、そうだと言うのか。」
「単純な推理です。」
 タワーは忠実な部下だが、時にその口は容赦がない。タワーの躊躇ない口調は”大人”と呼ばれるルイの面目をないがしろにすることもままあった。ルイはそういうことには寛容なタイプの上司であったが、不快感を抑え切れないこともあった。それでも最後の一線を越えないのは、ルイがタワーの能力を高く買っているからに他ならない。
「夢使い三人は多すぎます。偶然とは思えない人数です。」
 タワーの論には説得力があった。夢使いというのはそれほど貴重な人材なのである。ルイは低く唸った。
「あいつだけならともかく、夢使いが味方についたとなると厄介だな。」
「案ずることはないでしょう。自力は我々が遥かに上です。」
「精鋭部隊でも危ないと言ったのは、おまえだぞ。」
「正面から当たれば。」
 タワーは全く動じた様子無く答えた。ルイは鼻で笑った。この男のこういう不敵さはルイの好むところであった。
「奇襲、だな。」
「御意。」
 ルイは幾多の死線を越えた一流の戦士でその剣技、特に鉾槍を扱わせれば右に出るものがいないと言われている。しかし、彼の本領は軍略にこそあった。知謀知略を巡らせる時、彼の瞳は最も輝く。
「おまえがやってみるか。」
「御命令とあれば。」
 タワーは事もなげに返答する。人間ならばこんな時、功を成す絶好の機会に歓喜するか、重責におののくか、目ざといルイは見逃さないのだが、ネガティブの心だけはルイにも計りかねた。

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私の記憶が確かならネガティブという種族はレーベ・デ・ドラゴンのモンスターマニュアル通り、タワーの性格づけや言動は私のオリジナルだったはず

人間離れした存在というのをどうやって描くかえらく苦心した覚えがあります

ただの変な奴で終わらせたくないので、推敲がんばってみます

 豚鬼族の族長バルダバログは夢使いの村とは目と鼻の先の所まで一族を進軍させていた。”大人”の言うとおり、不毛な大地の真ん中には確かに人里があった。近在の村はくまなく荒らし尽くしたと自負していたバルダバログ一党には思わぬ盲点であった。
「ぶずっ。ぶずずっ。」バルダバログは人間に比べて数倍も大きい鼻から鼻水の飛沫を飛ばして一人笑いした。この村にあると言う、あるものさえ大人に渡せば、あとのお宝は残らず戦利品にしても良いという気前のいいおたっしにバルダバロクはすっかり気を良くしていた。

 豚鬼族は人間の次に数が多いと言われている亜人間である。その性は残虐で卑劣、戦闘を好み略奪以外の生活手段を知らない忌まわしい種族である。顔の造作は豚にそっくりであるが皮はもっと厚く、10mさきでもわかるほど強烈な種族特有のわきがを持っている。瞳はほぼ全部が黒目で、白い部分は死んだとき位しか見せない。なにより悲劇的なことに豚鬼は自分自身が醜悪な造作をしていると自認していた。
 バルダバロクは一族の長に納まっているのは人徳ではなく、豚鬼族の中でも飛び抜けて大きく、腕力も右にでるものがいなかったという理由からであった。豚鬼同士は互いに憎しみあっていたが、略奪にはどうしても数を頼らなければならないので仕方なく構成された一族であった。

「どう攻める、バルダバログ。」一族の一人がお伺いをたてる。
「まっすぐ。」
 バルダバロクはきっぱり言い放った。土台豚鬼の知性では奇襲や陽動といった戦術など使いこなせない。いつから始まったか戦いの前の景気付けの会話である。
 豚鬼は人間の言語を使いこなすが、それば独自の文化を開花させられなかったからである。彼らの知性は終生人間の子供程度までしか至らず、性分は獣の方に近い。
 残忍な瞳は目の前の獲物から離れない。手に持った大型の戦斧をぺろりと舐めた舌は紫色で長く先がとがっている。ろくに手入れもされていない戦斧は錆と血糊で鈍く曇っている。豚鬼族はこの粗末な武器を腕力で扱うのである。
 全員がぼろぼろにすり切れて、わきがのたっぷり染み込んだ革鎧をまとっている。これは全て人間かその他の亜人間を襲ったときの戦利品である。豚鬼自身が加工をしたり、整備をしたりすることは滅多にない。それは豚鬼にとっては恥じるべき行為なのである。必要なものは略奪する、それが彼らの正しい作法であり、尊敬できることなのであった。

「いくぜ、野郎共!」
 バルダバログが戦斧を天にかざし、数十人の豚鬼が蓄膿症のような下卑た罵声を上げる。折角の奇襲のチャンスがふいになったことなど誰一人考えも及ばない。豚鬼族の知性は人間と飛び猫の間の、ずっと飛び猫寄りなのである。


 夢使いの村では各人が朝の一仕事を終えて休憩している時刻であった。若い頃冒険に出たことのある者達は野蛮な雄叫びを聞いて豚鬼だと即座に気がついた。外の世界では最もポピュラーで、厄介な輩である。
 村人達はほとんどが慌てふためいて家の中に駆け込んだが、それでも数人が声の方向に飛び出した。村の長老格の一人ユピト、同じく術者としては村一番だろうといわれているムーニエ、そして村の誰より足腰の達者な、若い夢使いのムーンだった。

 豚鬼の一隊は赤い土煙を上げて閑散とした木々の間を突進して来た。
「この歳になってまた戦うとは思わなかったぞ。」ユピトは平静を保っていたが、歳老いて乾いた全身を冷や汗が濡らしていた。ユピトの匙は村で一番夢がすくいやすいと言われているスープスプーンである。
「時間がないぞ、どうするね。」ムーニエは足の調子が良くない。魔法を掛け損なえば血に飢えた豚鬼の第一の犠牲になるのは明白であった。
「そうだな、足止め出来るよう3人で壁を作ろう。すぐに引出せるならなんでもいい。ただし火はまずいな、村に近すぎる。」
「はい。」ムーンは膝が鳴っているのを止めることが出来なかった。勢いで出てきてしまったことを少し後悔した。だが、これから戦士の妻になる覚悟ならば実戦は避けて通れない関門なのだ。
 ムーンは銀の匙を握り締め、目を閉じようとした。飛び出しそうな位高鳴る心臓を抑えつけ、意識を夢の中へ放つのだ。しかし、群れをなして襲ってくる獣を前にして夢に入ることがこんなに難しいとは思わなかった。子供の頃から、ちょっと裏庭を散歩するような気軽さで行き来できていた眠りの世界がとても不自然な別世界に感じられてしまう。もし、目をつぶったほんの一瞬の間に戦斧が飛んできたらどうすることもなく額に受けてしまうだろう。そんな悪い考えばかりがムーンの脳裏を埋め尽くした。
 ユピトはムーンの肩を叩いた。
「豚鬼はあれで気が弱い。なんでもいいが派手なのがいいな。」
「はい。」ムーンは意を決した。ムーンは日頃優柔不断な性格だが開き直ると思い切りはいい。ムーンが夢に入るのを見とどけて、ユピトも目を閉じた。ムーニエは既に眠りに就いている。


 豚鬼の先頭を突っ走るバルダバログの足元がよろめいた。おかしいと思った時には反対の足も空を切っていた。バルダバログはそのまま前方につんのめったが、頭はいつまでも地面に激突しなかった。後ろの豚鬼達もみな空中を泳ぐように不格好な姿でもがいていた。
 その横では別の一隊が悲鳴を上げて逃げていく。その様子はまるで竜にでも出くわしたようであった。また別の一隊は呆然と立ち尽くしている。豚鬼族にあるまじき穏和な表情で。
「夢使いがいるのか!」気がついたのは一族の中で一番経験豊富なバルダバロクだけだった。どんな夢をつかったのか理解こそ出来なかったが、現実にありえないおかしなことが起こっているのは紛れもない事実である。こんな貧相な田舎の村に夢使いがいたとは、豚鬼族一族にとって致命的な誤算だった。

 豚鬼はバイオレンスな生き物であるが故に、力が通用しない相手にはとことん無能な存在である。滅多に出会わないが、夢使いは豚鬼の天敵と言えた。バルダバログの輝かしい戦歴の中でも夢使いを徹底的に叩きのめしたことはない。大概は肩透かしを食って逃げられたり、酷いときには仲間の大半を失って逃げ帰ったりしただけである。”大人”が一言、相手が夢使いだと言ってくれればもっと別の攻め方もあったろうに、今となっては全てが水の泡であった。たとえ”大人”の忠告があったとしても、バルダバログのお粗末な思考回路では同じ状況に至るまで己の失策に気がつかなかっただろうが、それは後の祭りという諺を持たない豚鬼族の悲劇であった。

 バルダバログは焦った。一族の戦士達は異常事態にすっかり我を忘れていた。戦意の喪失は著しく、恐怖心に取り付かれて我先にと敗走を始めていた。落ち着け、引くな、前進しろと叫びたいバルダバロク自身の声さえうわずってまともな言葉にならず、悲痛な金切り声になってた。しかし、バルダバログは引くことは出来なかった。ここで族長のバルダバログが逃げ出せば、一族の中の自分の地位は地に堕ちてしまう。なんといってもバルダバログの存在価値はただ一つ勇猛果敢なことだけなのだ。もし自分に臆病なところがあったら、一族の不細工な豚鬼共と同じになってしまう。族長として美味しいところを常にさらっていたバルダバログは今更一兵卒として泥にまみれ臭い飯を奪い合って食らうことなど考えられなかった。
 それをバルダバログのプライドと考えるのは間違いである。ただ単に発想の切替えが極端にへたなのだ。バルダバログは自由の利かない体を必死によじって重力に異常をきたした空間でもがいた。戦斧はとうに手の中からなくなっている。ヘルメットが斜めになって視界を遮っているのも気に留めていられない。紫色の下を垂らし、よだれと鼻汁の糸を何本も引っ張って必死にもがいた。意味をなさない呪いの言葉を幾十もわめきちらし、鋭い爪のついた手をやみくもに振り回した。

 苔の一念とでも言うより他ない、バルダバログは無重力の空間を突き抜けることに成功した。夢の効果している範囲は意外と狭いのである。四肢に突然引力が戻り、バルダバログは受け身もとれず頭からまともに地面に激突した。それだけでも気絶してしまうほどの不様な転がり方だったが、沸点まで煮えくり返ったバルダバログに痛みを感じる余裕はなかった。逆恨みで燃え狂ったバルダバログは戦斧を拾う手ももどかしく、村の入り口に陣取った夢使いに突進した。


 豚鬼族の一団は3人の夢使いの運んだ夢ににまんまと引っ掛かった。眠りから覚めたムーンは絵に描いたような大成功に躍り上がって喜んだ。
「次が練れるか、ムーン。」ユピト老はまだ緊張を解いていなかった。ムーンははたと我に返る。今は夢に翻弄される豚鬼達、だが立ち直って反撃に転じる可能性はまだある。しかも、次の攻撃は奇襲ではない。ムーンは自分の甘さを呪った。今の魔法に全ての力を込めてしまったムーンには、次の夢を引出す力は残っていなかった。
「わしゃやれるぞ、ユピト。」ムーニエ老は不自由な足をずらして体制を立て直した。
「ムーン。あとは任せて下がりなさい。」ユピトは優しく、しかしきっぱりとムーンに言った。ムーンは下がらなかったが、押し問答をしている暇はなかった。一団の中でひときわ大きな豚鬼が一匹、ムーンの練った無重力の夢を突破してこちらに向かってきたのである。
「あれはでかいな。」
「ああ、あんなのは見たことがない。」
「気合を入れた奴をお見舞いしないと堪えそうにないぞ。」
「わしからいこう。」ムーニエが夢に入った。怒り狂った豚鬼はもう目と鼻の先まで迫っていた。産まれて初めて見る生物、この世の醜いものを集めて作られたような生物、シルエット以外にはなんの接点も見つけられないこの生物から、激しい敵意だけがなぜか鮮明に伝わって来た。ムーンは恐ろし過ぎて視線をそらせることはおろか、まばたきすら出来なかった。
 仕方がないのでムーンは豚鬼を睨みつけた。ユピトさんやムーニエさんに怪我させたらただじゃおかない、そうやって怒りの視線をぶつけ返すとムーンは気丈でいられた。怒りに満たされている感覚は妙に心地良い。もしかしたらムーンは潜在的に戦士の素質を持っているのかも知れない。
「ムーニエ!」気がついたのはユピト老であった。夢に入ったムーニエ老がもどっていい時間をとっくに過ぎても目覚めないのだ。全身が痙攣し、白目を剥いている。半分開き掛けた口からおえつが洩れる。
「離れろ!」ユピト老はムーンをはね飛ばした。一瞬の内に異様な波動がムーニエ老の周りに広がる。虫歯になった歯が鈍痛を伴って浮いたようになる、あの感じだ。滅多にないことだが避けて通れない危険、ムーニエ老は夢に溺れたのである。

 それは水の中で溺れたときと良く似ている。夢の流れを読み損なったり、自分の力の限界を越えた量の夢を掬おうとして足場を滑らせると、夢の中での平行感覚を失ってしまうのだ。確固とした決め事の無い夢の中で平行感覚を失うと熟練した夢使いでも危険な状態になる。術者は現実への帰り道を見失い、そのまま返らぬ人になることもあるのだ。
 夢に溺れた場合、結果は術者に跳ね返ることが多い。おそらくムーニエ老が行なおうとした術は”混乱”だったのだろう。混乱のエリアに侵入した生き物は感覚が麻痺して本来の目的を見失う。しかし、混乱の術が失敗したとき、その反作用は狙った場所ではなく、術者を中心とした場所を、本人を巻き込んで混乱の場にしてしまう。
 結果を焦ったムーニエは夢を掬い過ぎたのだろう。ムーニエ老一生涯の大失敗である。
 並みの豚鬼ならそのまま混乱するムーニエ老に斬りかかって行くところだが、バルダバログは歴戦の強者であった。術者が何を行なったのかはわからないが、そこが特異なゾーンに包まれたことだけは理解出来た。すんでのところで切り返すと地面に倒れたユピトとムーンに矛先を替え、戦斧を振り上げた。
「よくもやってくれたな!」ひどい豚鬼族なまりの言葉はムーンには理解不能なただの怒号であった。バルダバログは体を弓なりにして戦斧を振り上げた。ユピトかムーンか、或いはその両方の命は戦斧の一振りで消えてしまうはずだった。

 ムーンの耳元で金属と金属が激しくぶつかりあう音が響いた。ムーンの目の前で豚鬼の戦斧が停まっていた。未だぎりぎりと軋む音をたてて戦斧を遮っているのは細身の長剣であった。
「俺の目の前で、ずいぶんと勝手なことをしてくれるじゃないか。」
 挑戦的な男の声であった。ムーンはおそるおそる顔を上げた。期待通りそこにはあの男がいた。男は上半身を裸、ズボンは寝巻きのままであった。たった今眠りからさめたばかりなのだろう。
 男は不敵に笑っていた。しかし、それはムーンが期待した優しい微笑みではなく、血に飢えた狼のような獰猛な笑いであった。

「貴様の所業は万死に値する。」男は冷酷にそういうと、豚鬼の戦斧を跳ね上げた。
 豚鬼族に限ったことではなく知恵の欠損を力で補うタイプの者の常で、気持よく振り下ろした攻撃を受け止められたバルダバログは逆上した。相手の言った言葉が全て自分を愚ろうしているように聞こえてしまう状況であるが、この場合はまさにそのとおりなのだから問題はない。しかし、自分の戦斧を受け止めたこと、それをいとも簡単に振り払ったことは、明らかに相手の技量が自分を凌駕しているという事にも気が回らなかったのは致命的であった。バルダバログはもう憤怒の塊であった。一族の面子とか立場とかの衝動でつき動かされていた先刻の方が遥かに理性的な状態だと言えた。目前の自分をむかつかせる存在を葬り去る事だけを考えるものになっていた。握り締めた戦斧とそれを掴む腕以外の感覚が消し飛んで、全身を駆け巡る不快感が戦斧に集まった。

 豚鬼の戦斧と男の長剣がほとんど同時に振り上げられたが、振り下ろすのは男の方が一瞬早かった。バルダバログは力んだことにより平素ありえない大きな隙を露呈させていたので、男が剣を急所に差し込むのはたやすかった。長剣はバルダバログの肩口から胸元までバターナイフのように入り込んでいた。
 バルダバロクは痛みを感じなかった。肩口に冷たい風が当たった感覚があっただけだった。ワンテンポ遅れて傷口から血が吹き出した。豚鬼は血まで汚くて臭かった。
 吹き出した血潮は男の全身にこびりつき、ムーンの頭上にも降りかかった。男は足を豚鬼の腹に押し当て、長剣を引き抜いた。豚鬼は既に今の一撃で昏到していたが、グラリと傾いた体が地につく前に再度長剣が振り下ろされた。豚鬼の片腕が宙を舞い、切っ先は頭に食い込んで止まった。剣を伝わって血まみれの脳硝がどろりと流れでた。

「冥土の土産に教えてやろう。」男は既に憤怒の形相のまま事切れた豚鬼に向かって勝手に話しかけた。
「俺は征服王キャリオット。地上で一番強い男だ。」

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はい、やっとバトルになりました

夢使いの不思議な演出はゲームのシステムをまんま説明したものですから、このままでは使えません

まぁそこらへんはなんとでもなるか…


王道ファンタジー表現力で勝負…とか厨二ぽいことを言っているようでは器が知れますね、あああ