昔書いた童話を掘り当てました

自分的には割と好き

紙芝居にして読み聞かせに使ったこともあります


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 たかしくんのおとうさんはロボットを作る会社で働いています。

 交通整理をするロボットも、お料理ロボットも、ロボット消防隊も、おとうさんの会社の人達が作ったものです。

 おとうさんは街でロボットを見たり、テレビにロボットが出たりすると、指を差して「たかし、ごらん。あれもおとうさんが作ったロボットだぞ。」と自慢します。
 たかしくんはそんなおとうさんを少しうるさいなと思うこともありましたが、それよりずっと、おとうさんは偉いなと思っていました。たかしくんはおとうさんが大好きだったのです。

 おとうさんはうちでもロボットを作っていましたが、たかしくんはずっとそのことを知りませんでした。おとうさんは毎日遅くまでお仕事に行っていて、たかしくんは寝てしまった後に帰ってくるからです。
 おとうさんはロボットのことを内緒にしておきたかったから、おかあさんにも口止めをしていました。たかしくんに気付かれないように毎日少しづつ部品を買い足して、ガレージの隅の工作台で夜中まで組み立てをしていたのです。

 たかしくんがロボットの事を知ったのは、たかしくんの八歳の誕生日の時でした。ロボットはたかしくんのお誕生日のプレゼントだったのです。
 ロボットは全身ブリキ色で、ちょっと太めの子供のマネキン人形のような格好でした。
「たかしが喜んでくれて嬉しいよ。」
 おとうさんは真っ赤な目を細くして、満足そうに笑いました。今日に間に合わせるために、おとうさんは徹夜をしたのです。
 自分でロボットを作ってしまうなんて、たかしくんには魔法のようです。たかしくんはおとうさんってすごいなと、いつもよりずっと尊敬してしまいました。

 おとうさんが背中のスイッチをいじると、ロボットはぱっちり目を開けて、立ち上がりました。ロボットはおとうさんと、おかあさんと、たかしくんを交互に眺めました。
「名前をつけてあげなくちゃいけないな。」おとうさんが言いました。
「僕が付けてもいい。」
「もちろんだよ。」
 たかしくんはどきどきしました。たかしくんの名前はおばあちゃんが付けてくれたものですが、たかしくんは誰かに名前を付けたことなんて産まれて初めてだったのです。

「ちびすけがいいよ。だって僕より小さいんだもん。」
「ちびすけ、たかしをよろしく頼んだぞ。」
 ちびすけはおとうさんに背中を押されてたかしくんの前に立ちました。ちびはなんだかどぎまぎしているように見えました。
「僕はたかし。よろしくね。」
 たかしくんはそういって右手を出しました。
『ぼくはちびすけ。よろしくね。』
 ちびすけもそういって右手を出し、たかしくんとちびすけは握手をしました。


 たかしくんとちびすけはすぐに仲良しになりました。ちびすけはたかしくんより少しだけ小さくて、かけっこも、木登りもたかしくんよりすこしだけへたで、たかしくんに弟ができたみたいでした。

 ある日たかしくんとちびすけは二人で近所の公園に行きました。ちびすけはたかしくんの行くところにはどこでもついていきます。
 公園には小学校の友達がたくさん遊びに来ていました。みんなはちびすけを見つけると集まってきました。ほんとうはたかしくんもちびすけを自慢したかったのです。

「この子はたかしくんのロボットなの。」
「そうだよ。おとうさんが作ってくれたんだぞ。」
「へぇ。たかしくんのおとうさんってすごいんだね。」
「パパもロボットつくれるかな。」
「頼んでみたらいいじゃないか。」
「この子の名前はなんて言うの。」
『ちびすけです。』
「わぁ、かわいい声。」
「こんなロボット見たことないね。」
「当たり前さ。おとうさんが作った、世界に一つしかないロボットなんだから。」

 その時、公園にけんたくんがやってきました。けんたくんは運動が得意で、学校の人気者です。
 けんたくんもロボットを持っています。けんたくんのロボットは、工場で働いているおとうさんのお下がりで、とても大きい、強そうなロボットです。

「なんだい、その小さいロボットは。てんで弱そうじゃないか。」
 けんたくんはちびすけを指差して笑いました。
「ロボットは大きくて強くなくっちゃ。僕のロボットはとうちゃんよりも大きいんだぞ。」
 けんたくんのロボットは両手でたかしくんとちびすけを軽々とつまんで、ひょいと肩に乗せました。かわいそうにちびすけはもともと小さいのにすっかり縮こまってしまいました。

「ロボットはかっこよくなけりゃだめだよ。」
 そういったのは学級委員のまなぶくんでした。まなぶくんのロボットは最新型の二段変形をするやつです。
「僕のロボットはメタル=コーティングだし、変形するとマッハ1で空を飛ぶんだよ。」
 まなぶくんのロボットはあっと言う間に飛行機に変形して、ごうんといって空に舞い上がりました。まなぶくんのロボットは太陽の光を跳ね返してきらきら輝きました。その姿があんまり奇麗でかっこよかったものだから、友達もたかしくんもちびすけも、ため息をついて見上げてしまいました。

「よーし、どっちが凄いロボットか競争しようぜ。」
「野蛮なけんかはだめだよ。傷が付くからね。」
 けんたくんとまなぶくんはそういってお互いのロボットを呼び寄せました。ちびすけを見に来た友達もみんな、二人のロボットの方に行ってしまい、たかしくんとちびすけはふたりぼっちで取り残されてしまいました。

『ごめんね、たかしくん。僕って小さいし、かっこよくもないし。』
 ちびすけが消え入りそうな小さな声で言いました。
「そんなことないよ。ちびすけは世界で一人しかいないロボットなんだから、自信をもっていいよ。」
 そして、たかしくんはロボット談議をする友達の中に飛び込んで行きました。

「ロボット比べをするならちびすけも入れておくれよ。」
「壊れたって知らないよ。」けんたくんが言いました。
「ブリキ色のロボットなんて問題外さ。」まなぶくんも言いました。


 その時、空の上の雲の間からういんういんという音とともに金色の光が伸びてきました。最初は飛行機かなにかだろうと誰も気にしていなかったのですが、光がまっすぐ公園の方に向かって来たので、びっくりして逃げ出しました。逃げ遅れたのはロボット比べに熱中していたたかしくん、けんたくん、まなぶくんの三人だけでした。

 気がついた時にはもう、三人は不思議な光に包まれて身動きがとれなくなっていました。
『たかしくん!』
 ちびすけはたかしくんを助けに光の中へ飛び込もうとしましたが、金色の光は壁のようで、思い切りぶつかったちびすけは頭をへこませてしまいました。不思議な金色の光は狙った以外のものを弾き返すように出来ていたのです。
「たすけて、ちびすけ!」たかしくんは大声で叫びましたが、声は光の外までは届きませんでした。でも、ちびすけにははっきりわかりました。
 たかしくんとけんたくん、まなぶくんはエレベーターに乗ったみたいに光の中を吸い上げられて、見えなくなってしまいました。金色の光の先には空飛ぶ円盤がありました。

「宇宙人だ。宇宙人の人さらいだ。」
 友達は口々にそういって逃げていきました。公園にはちびすけと二人のロボットだけが残されました。
『大変だ、助けに行かなくっちゃ。』
 ちびすけは空を見上げておろおろするばかりでした。
『そうだ、助けに行くんだ。』
『ご主人様を守るのはロボットの勤めだ。』
 まなぶくんのロボットはまたまたあっと言う間に飛行機に変形して、空高く舞い上がりました。
『一番早くご主人様を助けたのが一番いいロボットだ。』
 まなぶくんのロボットは言うが早いか、飛んでいってしまいました。
 けんたくんのロボットも背中のロケットに点火して、飛び上がりました。
『待ってよ、僕を置いて行かないでよ。』
 ちびすけはあらんかぎりの大声で叫びました。
『なんだ、おまえは空も飛べないのか。』
『うん。だから連れていってよ。』
『しょうがない奴だな。』
 けんたくんのロボットは、ちびすけをひょいとつまんで背中に乗せました。
『おっこちたって知らないぞ。』
『さぁ、みんなを助けに行こう!』


 たかしくんたちは気がつくと変な部屋の中にいました。壁も床もつるつるの丸い部屋です。部屋の一方には鉄格子がはまっていて、出口は見当たりません。三人はすぐに、どうやら閉じ込められたらしいと気がつきました。
 弱虫のまなぶくんはもうべそをかいています。けんたくんは怒っています。たかしくんはすこし心細かったけれど、ちびすけが助けに来てくれると信じていましたから泣きませんでした。

「ようこそ、地球の子供達。」
 甲高い、気取った声がしました。現れたのは緑の顔色の小さな人でした。三人の中で一番小さいまなぶくんよりもっと小さいくせに、大人の顔をしていて、髭まで生えている変な人でした。
「おまえは誰だ!」
 けんたくんが大声で怒鳴りました。
「私は地球を侵略に来た宇宙人だ。」
 宇宙人といわれて、たかしくんはなるほどと思いました。本当に宇宙人そのものだったからです。
「おまえみたいなよわっちい奴が地球を侵略するなんて出来るもんか!」
 けんたくんは誰にでも喧嘩を売るという悪い癖があります。でも、宇宙人はけたけたと気味の悪くなる笑い声を上げただけでした。
「弱くても侵略は出来るのだ。私は頭がいいからな。」
 そういって、宇宙人はまたけたけたと笑いました。
「私は地球を侵略する前に、成層圏からじっくり地球人の生態を観察したのだ。私は体が小さいから大人と喧嘩をするとまけてしまう。だからおまえ達子供をさらったのだよ。」
「そんなの卑怯じゃないか。」
 たかしくんも勇気を振り絞って言いました。宇宙人は今までの中で一番元気に笑いました。宇宙人は卑怯と言われて喜んでいるみたいでした。

「笑ってられるのも今のうちさ。僕のロボットが助けに来て、おまえなんかこてんぱんにやられちゃうんだからな。」
 けんたくんはそういいました。
「僕のロボットだってくるんだからな。」
 まなぶくんも鼻水を拭いて、しゃくり上げながら言いました。
「ちびすけだって来るんだからな。」
 たかしくんも負けずに言ってやりました。
「それでは用心しておこうかな。」
 宇宙人は気持ちの悪い笑い声を上げながらどこかへ行ってしまいました。

 まなぶくんはまためそめそ泣き始めました。けんたくんは顔中真っ赤にして我慢していましたが、とうとうこらえきれずにわんわん泣き始めました。たかしくんは鼻が熱くなったけれども我慢しました。ちびすけが助けに来てくれると信じていたからです。

 キャリオットは死の瞬間を待った。しかし、鉾槍は下ろされなかった。
 ルイの背後にはタワーが立っていた。ルイは気付いていた。しかし、なんの警戒もしていなかった。タワーは何の苦もなく隠し持ったダガーでルイのむき出しになったけい動脈を断ち切る事が出来た。
 血しぶきが上がり、ルイはくたくたと倒れた。

 あっけに取られるムーンの目の前で、世にも恐ろしい光景が展開された。タワーは力尽きたルイの体を膝に抱え、耳の下にダガーを差し込んで、手際良くぱっくりと穴を開けた。それからタワーはおもむろに四つんばいになり、ルイの耳に開いた穴に顔を埋めた。ガフガフと息を荒げるその姿は死肉をむさぼるハイエナの様で、過度に理知的なタワーのイメージに全くにあわない、野蛮な姿であった。
 ムーンは吐き気を抑えて目を背けた。すすり上げる音が聞こえる。考えたくないことだがタワーはその傷口から、血、若しくは脳髄を吸い出しているのだ。
 キャリオットがうめきながら起き上がった。
「なにをしている。」
 キャリオットは傷口を押さえている。相当痛むようだが、やせ我慢して出来ない程ではないようだ。タワーはキャリオットの言葉を無視して傷口をすすり続けた。
 キャリオットがよろよろと近付き、頭を小突くと、タワーはのろのろと頭を上げた。口の周りをべっとりと血で汚して、それでタワーはいつも道理の無表情であった。それだけに彼は妖しく美しかった。
「私の趣味です。お気になさらずに。」
 ネガティブの人生の意義とは、より強く完璧になることである。それは人間が欲望や愛や種族繁栄の為に生きるのと同じ次元、潜在意識に入力された逆らうことのできない深い意志である。彼らは強くなることを求める、それは修練や努力を意味しない。彼らは人間や他の亜人間の優れた能力を直接盗み取ることが出来るのである。ネガティブの、特異ににして奇怪なその能力のことを知るものは数少ない。なぜならネガティブは能力略奪を行なうためにありとあらゆる策を用い、秘密裏に事を運ぶからである。能力を盗まれる者だけがその姿を見ることになるのだが、彼らはその経験を他人に話すことは出来ない。能力を盗まれたものは死んでしまうから、もとい、ネガティブは被害者を殺すことによってその能力を盗むからなのである。ネガティブが人間の能力を正確に看破する能力は、能力奪取のための副次的な力でしかない、言わばネガティブの”味覚”といったものなのである。
 タワーは長年ルイの持つ鉾槍の技に狙いを付けていた。ルイの鉾槍の技は、才能、経験とあいまって芸術的な域にまで達している。人間にとっては賞賛か恐怖の対象であっても、ネガティブには最高の獲物でしかなかった。
 ルイは技もさることながら、知機謀略にも長じている。ネガティブの中でも才気目覚ましいタワーをもってしても簡単に篭絡できる相手ではなかった。タワーは腹心としてルイの懐に入り、機会を待った。獲物であるルイの元で忠臣として振る舞うことは何の苦痛もなかった。ネガティブと人間ではメンタリティーが全く異なるのだ。
 タワーはキャリオットに目を付けた。力量ではルイに遥かに劣る。しかし、この男の実力を無視した闘争心と、あきれ果てる運の良さには見るものがある。カードの加護というのだろうか。人間の伝承などに興味はないが、この男には何かネガティブの食欲を刺激する能力が眠っている。
 命を握られ、絶体絶命に陥ったのは言わば余録、タワーはその時から本格的にルイの能力を喰うという本当の目的を遂行することを決意したのである。
 キャリオットをルイにぶつけるのは良い。しかし、今のままではキャリオットは一方的に片付けられるだけだろう。能力看破の第一人者タワーはそこまで正確に予言できる。まずは彼の愛剣コンクリエーターを強化する。加えてタワーの作戦でキャリオットに有利、ルイに意表をつく舞台を設定してやることで両者の力関係は接近するだろう。そこまでお膳立てしてもキャリオットの力は一歩及ばない筈だ。それでいい。ルイのとどめはタワー自身が刺さなくては、すべての計画が水の泡になってしまうのだから。両者がぶつかる、僅かな力の差でルイが勝利する、その隙を見てタワーがルイの息の根を止める。それがタワーの計画であった。

 タワーは手の甲で口の血を拭って立ち上がった。タワーは死後硬直の起こりかけたルイの手から鉾槍をねじり取ると、二三回軽々と振り回し、突いてみた。その型は華麗で、隙の無い見事であった。まるでルイが乗り移ったような。
 タワーは誰にも言わないだろうし、ネガティブのこの光景を見るものもほとんどいないであろう。彼らの異様な特殊能力の中でも最も恐ろしく不気味な能力、ネガティブは人間の才能を吸収する事が出来るのである。彼らが生きる目的はより高い能力の人間と出会って、それを自分のものにすること。タワーは今キャリオットの力を借りることで、長年狙っていたルイの戦闘センスを奪うことに成功したのである。次のターゲットは、キャリオットか、ムーンか。タワーは密かに計画を練っていた。
「貴様、やはり裏切ったな。」
「なんのことですか。」
「とぼけるな。覚悟は出来ているな。」
「ここからどうやって脱出するおつもりですか、征服王様。」
 タワーが懐から図面を取り出す。先程ルイから騙し盗ったものだ。彼は躊躇無く図面を二つに裂いた。更に二つに、それをまた二つに。図面は小片になって床に散った。
「構造は私の頭の中に入っていますから、御心配なく。」
「取り引きか。喰えない奴だ。」
 タワーは両掌を広げて肩をすくめた。
「取り引きをする気はありません。貴方は私の君主なのですから。ただ・・・」そしてタワーはムーンに近寄った。ムーンは腰を引いた。ムーンは心底この男が恐かった。タワーは口の周りを血で染めたまま、優しく微笑んだ。「私の弁解は聞いて欲しいですが。」
「嘘の合い言葉を教えたな。」
「ちゃんとお教えしました。ねぇ、ムーンさん。」
「最初から言えば良かっただろう。」
「万が一の用心です。タイミングを間違えられては大変でしたから。」
「信用できないというのか。」
「演技をするのは貴方には似合いませんから、気を利かせたつもりだったんですが。」
「なにもあんな合い言葉を選ばなくても良かっただろう。」
「貴方が間違えても言わない言葉を選んだのです。」
「恥をかかせたな。」
「図面を手に入れるためです。退路を確保するのは私の仕事です。征服者様は戦うことだけ考えていて下さい。雑事は私がなんとかしましょう。これからも、ずっと。」
 キャリオットは不機嫌につばを吐いた。キャリオットには言葉でタワーと渡り合うセンスは無かった。
 タワーは玉座の足元の床に鉾槍を差し込んで、床板をはぎ取った。そこには石作りの階段があった。
「では、参りましょう。」タワーは隠し通路に片足を踏み入れた。「征服の旅に。」

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あれ、終わったw

短いな、ほんと体力ないね私

最後までお付き合いいただきました方々には感謝します


「貴様、裏切ったからにはとうなるか、わかっているな。」
 キャリオットはタワーの一言で我に返っていた。と同時に、タワーへの煮えくり返った怒りも蘇った。
「私の大切なカードはどうした。あれは君が持っていても何の役にも立たないと言っただろう。いい加減に強情を言わないで返してくれたまえ。」
 ルイは優しく囁くよう、しかし威圧感を込めてキャリオットに言って聞かせた。

「ああ、まったく役立たずな代物だったぜ。あれのお陰で死に損なった。」
「どういう意味だ。」
「あのカード、俺を助けると豪語して、何をするかと思ったら、いきなり地面を割って俺を地下水脈に叩きこみやがった。」
 いままで取り澄ましていたルイの表情が変わった。疑念、不快の相である。ムーンはルイの顔色がみるみる青ざめていくのが判った。取り繕った偽善者の笑顔が消え、憤りと焦りが入り交じった生の心が浮かび上がっているのだ。何が彼をそうさせたのかムーンには判らなかった。

「カードの声を聞いたのか。」
 ルイは玉座から腰を浮かせた。今にも食いつきそうな勢いでキャリオットをにらみつけていた。ルイは部外者のムーンでさえ鳥肌が立つ位の敵意がむき出しにされている。しかし、とうのキャリオットはなにも感じていないらしい。なにしろ話しはじめると止まらない男なのだ。
「何の役に立つんだかわけもわからんカード一枚で死に掛けたんじゃ割りが合わないぜ、腹が立ったから用を足したついでに捨ててやった。」ルイはもう爆発寸前だった、そしてキャリオットがとどめを刺した。「欲しけりゃ肥え壷さらってこい。」

 ルイの中で何かが壊れた。そのカードは伝説のカードだ。手にしたものは世界を支配するといわれる、神の力の宿った至宝なのだ。
 見渡す限りの土地を支配し、何万を数える兵を統轄し、剣技知力をもっても並ぶものが無いこの私をして、手に触れることもできない宝が、教養の無い、半人前の腕しか持ち合わせないごろつきに語り掛けただと。
「見え透いた嘘をつくな!本当のことを言え!」
 ルイは激怒して、玉座の肘掛けを叩いた。ムーンは驚いて首をすくめた。キャリオットは逆に、仮面の剥がれたルイを更に挑発した。
「カードの一枚や二枚で目くじら立てるなんざ肝の細いやつだな、あんたも。」
「黙れ!」ついにルイは立ち上がった。戦意を持っていきり立つルイは軍神のような貫禄がある。
「あれを何だと思っている!神のカードだぞ!貴様ごとき下賎な輩に声が聞こえるはずがないのだ!」
「貴様ひょっとして、カードの声を聞いたことがないのか。」
 キャリオットがあえて琴線に触れた。挑発させたら彼の右に出る者はいない。謁見の間での二人の関係は逆転していた。

 キャリオットは鼻で笑った。そしてルイを見つめ、ゆっくり、はっきりと言った。
「貴様、器じゃないんだよ。」
 ルイは玉座を飛び出した。大またでキャリオットの前に立ちふさがり、胸ぐらを掴んでぐいと引き上げ、握り締めたこぶしをキャリオットのあごにたたき込んだ。両手を縛られて受け身も取れないキャリオットは壁にたたきつけられ、床に転がった。ルイは無言でその後を追い、キャリオットに息をつく暇も与えず、二発目、三発目のこぶしを腹に、続け様に撃ち込み、肘で横っ面を打った。キャリオットはまた床に転がった。

「立ち上がれるうちに、許して下さいと言いなさい。」
 タワーが他人事のように呟いた。
 ルイは転がったキャリオットに更に追い打ちをかけんと近づいた。キャリオットは床に転がった姿勢から壁を蹴ってルイに突っ込んだ。大またで不用意に近づくルイは足元をすくわれて転倒した。ルイにダメージはなく、かえって怒りの炎に油を注いだだけだった。ルイはなりふり構わず靴のかかとでキャリオットの背中を踏みつけた。

「許して下さい。」

 呟いたのはムーンだった。僅かな希望に賭けたムーンの読みが的中した。ムーンの腕を締めつけていた綱が、彼女の言葉を聞いて力をなくし、床に落ちた。
 ムーンは悟られないようにこっそりルイを覗き見た。ルイはキャリオットを責め立てる事に気を取られてムーンが自由を取り戻したことには全く気がついていない。ムーンは眠りに入った。
 キャリオットを攻め立てる為に足を振り上げたルイが体のバランスを崩した。ルイが体験した事の無い異様な感覚であった。手足が鉛のように重くなる。悟るより早くルイは転倒した。体が床に張りついて動かない。鉛のように重い首を無理やりねじ曲げて周りを見渡すと、捕虜の娘の縛られていた筈の両手が自由になっている。夢を使ったな。ルイはやっと気がついた。
 もともと転がっていたキャリオットのダメージは少なかった。しかし、同じ超重力に襲われて身動き出来ないことに変わりない。

「”許して下さい”よ。コマンドワードは”許して下さい”なのよ。」ムーンはか細い声帯を振り絞って叫んだ。
「嫌味な奴だ。」キャリオットは苦しんだ。彼にとっては動脈から血を吹き出すより辛い言葉だった。
「許して・・・下さい。」
 キャリオットが苦々しく合い言葉を唱えると、緊縛が解けた。自由になった両手が超重力で床に張りつく。「もういい、止めろ!」キャリオットは高飛車に命じた。ムーンは少し躊躇した。このまま超重力に縛りつけておけば恐ろしいことは起こらない。解けばルイとキャリオット、どちらかが死ぬことになる。しかし、ムーンは夢を戻した。これからはキャリオットの管轄だ。
「許さない。」

 始まりと同じように、一瞬にして超重力が消えた。キャリオットとルイはほとんど同時に跳ね起きた。
「コンクリエーター!」キャリオットが両手を高々と差しあげて叫ぶ。
「白銀の槍、白銀の鎧!」ルイもまた命じる。
 奥の扉をつきやぶって銀色の塊が飛込んで来た。それはルイの手前でばらばらになって生き物のように体を包んだ。時を同じく窓のよろい戸をぶち抜き、シルクのカーテンを引き裂いてキャリオットの愛刀コンクリエーターが飛んできた。コンクリエーターがキャリオットの手の中に納まった時、ルイは鎧を追って飛んできた鉾槍を構えていた。

「タワーに細工させたか。だが、互角だな。」
「腕の勝負だ。」
 キャリオットは有無を言わさずルイの懐に飛込んだ。ルイは一歩下り、石突きで切っ先を払った。キャリオットは返す刀でルイのわき腹へ剣を降り下ろす、しかし、太刀は脇ぎりぎりで寸留めされた。
 コンクリエーターは研ぎ澄まされた剃刀のような刃を持つ剣である。それは生身の肉を裂き、骨まで断つほどの切れ味を持っているが、その分脆さがある。下手に鎧の金具に刃を合わせたら一撃で使いものにならなくなってしまうだろう。キャリオットは愛刀の長所だけでなく欠点も熟知していた。
 コンクリエーターで全身を覆う白銀の鎧に身を包んだルイにダメージを与えるためには鎧の継ぎ目を正確に抜かなければならないのだ。

 しかし、ルイがじっとしているわけではない。武器で致命的なハンデがある事を瞬時に見抜いたルイは鎧の優位を誇って小刻みに動きながら隙を伺った。ルイの鉾槍は握りから刃先までの長さがあるため身の丈程の距離を置かなければ決定的な攻撃が出来ない。お互いの引くタイミングが合ったとき、丸裸に等しいキャリオットは致命的なダメージを受けることになる。
 キャリオットが剣の峰を返し、ルイの小手を殴りつけた。腕のパーツがうわんと唸りを上げ、しびれが体に伝わる。キャリオットは怯んだ隙を見逃さず、再度ヘルメットに一撃を与えた。ルイが頭を抱えてあとずさる。キャリオットは正眼に構えてとどめの場所を探す。首か、腕か、腹か。
 ルイが壁に手をつく。ねじれた腹部の継ぎ目にすき間が出来る。あそこだ。キャリオットが剣を降りかぶる。

 それはルイの狡猾な罠だった。ダメージを受けてよろけた風に見せて間合いを取ったルイの鉾槍が一閃した。キャリオットの肩の肉が削げ、青いマントが真っ二つになって宙に舞った。
 キャリオットの刃は腹部のすき間に僅かに食い込んだだけで、ルイの体まで届いていなかった。キャリオットは腹に足を掛けて蹴り飛ばし、切っ先を引き抜いた。距離を取って正眼に構え、牽制しながら刃の状態を確認すると、コンクリエーターの真ん中辺り、一番切れる部分の刃が欠けてしまっていた。
 二人の間に距離が出来た。ルイに有利である。キャリオットが再び有効な攻撃をしかけるためにはまた鉾槍の刃をくぐり抜けて懐に飛込まなければならない。

 ルイの息が荒い。歳の差もさることながら、鎧の重量が体力を削る。長期戦になればルイは不利になる。長年の実戦経験がルイに忠告する。次の一撃でしとめろと。
 一方のキャリオットは、経験より主義主張で戦闘スタイルを決める。長々戦うのは性に合わない。一気にかたを付けてやると決めていた。

 ルイが鉾槍を頭上に掲げ、突いてきた。キャリオットは身軽にそれを避けた。鉾槍には突く刃となぎ払う刃の2種類がついている。ルイは流れるように連続して二つの刃を使い分けてきた。二撃目もキャリオットは難なくかわした。続けて懐に飛込む。刃は返されていない。
 欠けてしまってかえって諦めがついた。この場でコンクリエーターが再起不能になっても構わない。キャリオットはルイの肩口から袈裟掛けに斬り下ろした。肩のパーツが二つに割れて、肩からけい動脈がむき出しになるが、この一撃ではダメージは与えられていなかった。
 これで次に狙うところが決まった。ルイの命にも王手がかかったのだ。

 コンクリエーターが小さく振られた。もう満身の力を込める必要はない、細い一本の線さえ断ち切ればこの勝負にもけりがつく。キャリオットの腕が伸びる。コンクリエーターの刃は鋭い。けい動脈を断ち切るためには剣の切っ先が触れればいいのだ。

 ルイもまた勝利を確信していた。キャリオットと言う男、身の軽さ、攻撃の正確さでは確かに素質がある。しかし、若い。ぎりぎりの勝負を左右するのは力でも技でもない、勝負強さだということが判っていない。狙う場所が限定されればすなわち攻撃に出る動きを見切るのもたやすいということに気がつかないのがキャリオットの敗因なのだ。

 とにかく狙った場所に剣を当てようとする焦りが不自然な動きを呼ぶ。ほらみたことか、無理をして伸び上がったものだから背中が隙だらけだ。ルイが身を翻す。キャリオットの剣が空を斬り、がら空きの背中がルイの目の前に奉じられた。
 鉾槍の握りを背中に当てると、キャリオットの体が後ろに押されてよろめく、立ち直ろうとするが遅い。剣のすき間を縫って鉾槍が突っ込まれた。確かな手ごたえ、鉾槍の突く刃がろっ骨に触れる。キャリオットが苦痛の唸りを上げた。

「これまでだ。」

 ルイは鉾槍の先端をかき回す。キャリオットは既に悶絶している。とどめを刺す為に鉾槍を一度引き抜いた。
 キャリオットは足元に転がっている。深手を負ったキャリオットにはもうルイを幻惑するような激しい動きは出来ない。ルイは心臓の位置を確認し、両手で鉾槍を構えた。


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うん、たぶんここら辺はもったいない

描写増やして倍くらいの文章量にしてもいい…はず

良く考えたら私は今一生で一番遊んでいるかもしれない


朝晩、電車に乗ってる間はPSP、今はマスターオブモンスターズをやってます。その前は第四次スーパーロボット大戦

家に帰ってこぞうが寝たらFF11

週末はこぞうと二人でびっちりバトスピ三昧

FFもバトスピもゲームがどうこうというよりそれぞれのコミュニティに居場所ができちゃったので住んでいる感じ


子供のころはまだ好景気で、勉強すればしただけいいことがあると信じられた世代

輝く未来のために勉強したり練習したりすることが楽しかったのですが、齢50を迎えようとする今更なにを鍛える?というのが正直な感覚


こういう時間をビジネスに割けなきゃ成功はしないんだろうなぁと思いながら、今日も爆遊

 キャリオットは、どんな状況でも人の後ろにつくのは嫌だとだだをこねた。くれぐれも捕虜として不自然な程居丈高にならないようにと忠告されて、キャリオットが先頭にたった。後ろ手に腕を縛り、腰で固定している。その後ろを同じく縛り上げられたムーンが続き、その後ろにタワーが立った。
 城の守りはタワーが忠告したとおり厳重であった。崖を降りて街道に入るとすぐに見回りの兵士が2人現れた。

 タワーは姓名を告げてルイの元に連れていくように命令したが、兵士は二人ともタワーの顔を知らなかった。彼らはタワーの話をいぶかしがって、その場で待つように命令すると、警備隊長を呼びに走った。
 キャリオットは残った警備にぶつぶつと文句を言っている。面倒な手順なんぞすっとばしてしまえ、その程度の裁量もなくておまえら何が楽しいと、文句を言った。あれだけ念を押されたというのに、横柄な態度は直らない。もっとも、キャリオットに芝居のセンスは無いようだし、口数が多い方が負け犬っぽくていいかもしれない、とムーンは考えた。

 隊長は四半時でやってきた。夕暮れ時を過ぎて闇のとばりが降りてくる頃、隊長はたいまつでタワーの顔を照らし、本人と判ると態度がひょう変した。タワーは非礼をなじるでもなく、自分が帰到したこと、捕虜2名を連れていることを即刻ルイに伝えるようにと命じた。隊長はかしこまって警備の二人を走らせた。

 そこから先はルイの支配下であった。城の周りは平坦で見晴らしがいいが、夢使いの村のようにはじめからの荒地ではない。城を建てたときに外敵の接近を察知しやすいようにと、地面を焼いたのだ。人工的に作られた地平線に幾つも蠢く影はすべて衛兵だ。
 三人が城の門までたどり着いたときには辺りはすっかり暗くなっていた。
 一行を待って跳ね橋が下ろされた。近くで見るとその巨大さは格別であった。ムーンは立場を忘れて一時見ほれてしまった。

 甲高い音と腹に響くがらがらというおとが幾重にも重なって爆音になる。天まで届くような大橋がものすごいスピードで手前に向かって堕ちてくると、ムーンは思わず目を閉じて首を竦めた。続いて橋げたが地面を叩く大音響、砂ぼこりが舞い、髪がなびいた。
目を開けるとそこには堀二つをまたいだ橋がかかっていた。それは可動物とは思えない安定感で、地面の続きのようにがっしりして揺るぎなかった。
 御丁寧に門の向こうには武装した兵隊が列を作って出迎えていた。タワーは本当に重要人物なのだと実感できた。

 城の中には外以上の密度で兵士が蠢いていた。兵隊の人種はまちまちである。豚鬼が統一された鎧を着ている。野人や一角鬼らしい大きな兵士もいる。半分くらいは純血の人間らしいが、ちらと見た限りでは豚鬼の混血、野人の混血、何だかわからないが人間のようでいて印象の違う奴などバラエティに富んでいる。
 タワーは出迎えの兵士の口先から出た祝いの言葉を聞き流し、ルイに面会をするように伝えろと命令した。態度が大きいというよりは、人を人と思っていない扱いに、ムーンは少しむっとした。キャリオットは耐えているようだが、心情察して余りある。この様子では、ルイの所でも仲間から恐れ、煙たがられているようだ。
 間もなく伝令が飛んできて、ルイはすぐに目通りするので控えの間で待つようにと申し述べた。急な話でもタワーならば都合を付けようということだ。それ一つ取ってもタワーの権勢が推測できる。なぜこの地位を蹴ってキャリオットに下ったか、ムーンはますますタワーの真意が読めなくなってしまった。

 内部は典型的な戦城であった。高く囲まれた城壁は一枚作りで、覗き窓の所まで掛かった梯子でいっぱいである。戦のときには梯子に一人づつ弓手が登り、一斉に五月雨のような矢を降らせるのだが、こうやって裏からみると、舞台装置を裏側から見るようで貧相でな感じだ。
 中庭は思ったより広く、小さな花壇もあり、噴水もあり馬留めもある。小さな式典なら出来てしまいそうなところだった。全体の広さは夢使いの村の五、六倍か。ムーンはそう見積り直した。
 本当の城は敷地の中に立っていた。3階立てくらいだろう、尖塔の上には掲揚台があり、普段はルイの家紋が翻っているのだろうが、今は降ろされている。替わりに屋根に掛かった宵の明星がひときわ美しい。

 キャリオットが先頭に立ってずんずん突き進むので、これ以上細かい観察は出来ない。タワーは迷ったら道案内をしようと思って先程から前に出ようとしているが、キャリオットは概ねの見当がつくらしい。このタイプの城に入ったのは初めてではなさそうだった。結局、キャリオットは一歩も迷わぬ前に謁見の間にたどり着いてしまった。

 全体に実用重視で飾りの少ない構成の城内に比べて、謁見の間は贅沢な造りになっていた。絹のカーテンが贅沢に配され、玉座の両脇は大輪の花で飾られている。
 彫刻の施された大理石の壁には肖像画が掛けられている。柔和な顔立ちに修正されているが、銀の鎧に身を包んだルイの肖像である。キャリオットはわざとらしく視線をそらせてそれを見ようとしなかった。
 殺伐とした城の一室であることを忘れてしまいそうな光景、以前のムーンならばうっとり見とれてしまったかもしれない。金銀財宝には心がないから、それ自身がいまここにある罪を懺悔することはない。しかし、ここにこうしてあるまでに、これら美しい宝物は多くの罪を見ているはずだ。ルイの元にどういう経緯で集まったかは判らないが、それはルイの治める民衆達の日々僅かな労働の積み重ねを集めた苦しみの代価なのだ。それを眺めて心休まるものはやはり無知なのだ。無知でなければ狂っているのだ。素直な感動を失ってしまって嬉しいのか悲しいのか、ムーンにはまだ判断できない。

「下品だ。戦士の風上にもおけん。」キャリオットはよほど趣味が合わないと見えて、露骨に不機嫌な顔を見せる。それはそうだろう。同じ覇道を目指す者でも、キャリオットの覇道は樽酒と飼葉桶いっぱいのかゆなのだから。
 部屋の正面に構えられた重い両開きの扉が開く。薄い衣の女官を従えた男、危険な空気をはらんだ逞しい壮年が堂々と現れる。肖像画とは雰囲気が決定的に違うが、この男がルイなのだろうと、ムーンは察した。

 男は戦闘服を模したデザインのスーツをまとっていた。本人は気迫の漂う偉丈夫である。なにも無理をして柔和な肖像を描かせるような真似をしなくとも、実物に見劣りがするわけではない。きっと優しい人物を演じることに悦びを感じているのだろう。現に今も慈悲深い笑みを浮かべてこちらを眺めているが、その印象はやはり支配するものであった。
「キャリオット君だったな。ようこそ我が城へ。」
 低い落ち着きのある声だった。ルイはゆったりと玉座に腰を下ろした。
 キャリオットの肩が細かく震え、我慢仕切れずに不敵な笑いがこぼれ出た。
「取り澄ました顔をしていると後悔するぞ。借りを返しに来たんだからな。」
 キャリオットはゆっくり立ち上がった。ルイと比べるといかにも若さが鼻につくが、それでも気迫だけでは負けていなかった。キャリオットは満面に勝ちを確信した挑発的な笑みを浮かべ、胸を張ってルイをにらみつけた。

「薔薇の蕾。」

 キャリオットが小声で呟く。そして、今まで我慢に我慢を重ねて溜まりきった、ありったけの力を込めて両手を引っ張った。
 しかし、肩の筋がぐきりと鳴っただけで、綱は少しも緩まず、ほどける気配は全くなかった。
「薔薇の蕾、薔薇の蕾!」
 キャリオットは大声で繰り返し叫びながら力任せにもがいたが、縛り上げられた腕に綱が食い込むばかりであった。慌ててムーンも呪文を唱えて腕をよじった。

「忠告しておくが、この綱には無夢の力も封じてあります。夢を見ることもできないから無駄な事はしないように。」
 タワーは薬の効能書きを読む気軽さで付け加えた。
「悪い奴だな。またやったのか。」
 ルイが笑いをこらえて引きつった。
「タワーが良くやるジョークだ、悪く思わないでくれたまえ。」
 キャリオットは身動きを止めた。自分自身あまりの愚かさに呆れたのだ。ムーンは自分の甘さを悔やんだ。なんて馬鹿馬鹿しい結末なんだろうか。
 ルイはもはや嘲笑をこらえ切れていなかった。本当ならば転げ回って笑いたい心境なのだろうが、そこはさすがに自重している。しかし、その余裕が実に腹立たしい。あまりにあっけなく裏切ったタワーもさることながら、ルイのさげすんだ哀れみのあらわな態度は、穏和なムーンでさえむっとしてしまういやらしさだった。
 タワーがしずしずとルイの足元に及ぶ。
「恐れ入りますが、御報告する前に、私に褒美を授けていただきたいのですが。」
「なんだと。」
「報告をお聞きになれば、ルイ様にとって面白いお話しではありませんので。御機嫌のよろしいうちに。」
「まったく喰えん奴だな、貴様は。まあいい、望みは何だ。」
「城の見取り図、全ての隠し通路が記載されているものを頂きたいのですが。」
 ルイは怪訝な顔をした。しかし、タワーが意味不明の要求をするのはいまに始まったことではない。ルイはすっかりタワーとの付き合いに馴れてしまっていた。
「わかった。後で届けさせよう。」
「今ここで頂きたいのです。」
 押し問答をしても始まらない。言ったことを実行しなければ、タワーは肝心な情報を決して話さないだろう。ルイは女官に指示をし、すぐに一枚の紙を持って帰ってきた。タワーは手渡された図面に軽く目をとおすと、細長くたたんで上着の裏にしまい込んだ。

「人払いをお願いします。」
 タワーはかしづいている。キャリオットに対する態度と変わりが無い。平身低頭しているようでいて、からかっているようにも見えなくもない、ネガティブならではの独特のスタイルである。
「必要なのか。」
「ルイ様の御為かと。」
 ルイが柔らかく手を上げると女官が音もなく下がる。タワーが部屋の両端を見回すと、衛兵達が動揺してルイに目をやった。ルイが目で促し、衛兵達も部屋を去った。そして謁見室にはルイ、タワー、キャリオット、ムーンの四人が残った。
「さて。」ルイが玉座に深く腰かけ直す。「私に報告することとはなにかな。」
「夢使いの村は降伏の意志なしと判断して崩壊させました。そして、カードの行方なのですが」タワーはキャリオットにちらりと視線を投げた。「この男に直接お聞き下さい。」
 そういってから、タワーはキャリオットに歩み寄った。立場は逆転し、死刑を宣告される前に最後の忠告をする執行官のような態度である。未だ立ち直れず硬直しているキャリオットの肩に手を乗せ、大声でもなく小声でもなく、タワーにしては慈悲のこもった言葉を掛けた。
「いざとなったら”許して下さい”と言えばいい。わかったな。」

 草むらが一転斬り立った崖になっている。城まではまだ何時間も歩く距離だったが、タワーの話では既に勢力圏内に入っている。タワーとムーンは腹ばいに草をかき分けて、崖の先に顔を出したが、キャリオットは二人の努力をあざ笑うように大またで草むらをかき分けた。三人の目前に見晴らしのいい平野が現れた。
 遠くない場所に城が見える。三人の目的地、ルイの城に違いない。
「ルイの拠城は平地の中心にあります。これ以上見つからずに接近は出来ません。」
 身を乗り出すキャリオットとムーンに、ネガティブのタワーが説明した。
 ルイの拠城は地の果てとは思えない壮大な要塞であった。産まれて始めて村の外を見るムーンには、何もかも好奇心をくすぐるものばかりであったが、城の外観はムーンの想像力を超越していた。
 二重に巡らされた外堀の内側は夢使いの村の三倍はゆうにありそうだった。壁は規則正しく並べられた石積みで、構成する石の一つ一つが人間大くらいなのが、遠目からでもわかる。大木で組み上げた跳ね橋が、今は上がっている。推測すると城壁が30フィート、門の高さも15、6フィートはあるだろう。一角鬼でも胸を張って通れそうな立派なかまえだ。ムーンはこの立派な建物が人の力で建てられたとは信じられなかった。夢を使いこなすムーンでさえそう思うのである。

 ムーンにとってこれは奇跡の産物だった。人間の地道な労働力が産み出した神の奇跡がそびえ立っている。まだ夢使いの村があった頃、地の果てまで旅をしたと自慢する村の老人達の自慢話にあった都の宮殿はこれよりもっと立派なのだろうか、そうならばまだ今のムーンには想像も出来ない。
 同時に呆れ返ったのはキャリオットの無謀さ加減である。ここに至るまで彼には何の策もなかった。ルイと一対一で戦う。今度こそ負けない。道中ずっとキャリオットはそう吠えるだけだったのだ。
 キャリオットはこんな大仰な城に剣一本でどうやって入り込むつもりだったのだろう。確かに彼の愛刀コンクリエーターは素人目にも見事な剣である。剃刀のような刃、優雅に反り返った刀身、無論その切れ味も寒気がするほど鋭い。しかし、コンクリエーターで堀も城砦もなで切り、と言う訳にはいかない。
 ぞっとしないが、ここはネガティブの夢使い、タワーに期待するしか道はなかった。
 タワーはいまだ真意の見えない灰色の協力者である。ルイの家臣で、夢使いの村を滅亡させるシナリオの総監督、他ならぬムーン自身を口から出任せの嘘八百で騙し通して利用するだけ利用しておいて、最後の最後でいとも簡単にキャリオットに寝返った奸物である。九分通り成功した計略を投げ、裸一貫のキャリオットに下って彼になんの利益があるのか、どんな計画の青図が彼の頭に出来上がっているのか、全く不明だった。

 ムーンはまだ彼の行ないを許した訳ではない。キャリオットとて”征服王様”と祭り上げられて有頂天になっているだけではあるまい。
 白と黒だけの哲学の持ち主であるキャリオットは灰色のこの男に信用も罰も与えられずに苦しんでいた。もしタワーが更に裏切りをおこなったなら、キャリオットは躊躇なくタワーを斬るだろう。それはタワーも承知で、完璧な計略でキャリオットを陥れようともくろんでいるに違いない。勝負の駆け引きに致命的な脆さを抱えたキャリオットにとって心強い参謀でもあり、酷く危険な腹中の虫。タワーはそういう存在であった。
 キャリオットはネガティブと言う種族についての噂を聞いたことがあった。全身がセピア色、彼らはよくそれを呪いの掛けられた姿と自称するが、もともとそういう種族である、”。知性的だが精神構造は全く異なり、嘘や裏切りを得意とする。人間で言うならばパラノイアのようだと伝わっている。しかし、キャリオットも実物と会うのは初めてだった。

「コンクリエーターはここに置いていってもらいます。」
 タワーは断りもなくキャリオットの手首を掴んで後ろ手に回した。キャリオットは慌ててその手を振りほどいたが、タワーは悪びれもせず再び手首を持った。
「動かないで下さい。」
「何をする。」
「貴方様とムーン様を縛り上げて、場内に連行します。」
 キャリオットは半開きになった口が閉じられなかった。タワーは参考になるような表情を一切見せない。それが本気なのか、冗談なのか、裏切りなのかさえ瞬時に判断するのは難しかった。
「冗談でしょ?」ムーンが恐る恐る尋ねる。一番平和な解釈である。
「私の造反はまだ知られておりません。ルイの御座所まで安全に近づくには有効な手段です。」
「作戦なら作戦と言え。」
「それは、失礼しました。」
 タワーは慇懃に謝罪したが、リュックから綱を引出す手は休めなかった。先端に宝石が埋め込まれたもので、一目で特殊な綱と知れる。タワーは手を休めずに慇懃に謝罪した。心がこもったものでないのは誰の目にも明らかだった。
「夢のかかった綱で、決められた言葉を言わない限りほどけません。」
「そんな、本気でやらなくちゃだめなの?」
 ムーンは引きつった笑顔を浮かべ、両手を後ろに隠す。
「ルイは用心深い男です。中途半端な細工は命取りになります。」
 タワーはキャリオットの手を持って一重に綱を回した。キャリオットはまだ懐疑的で、気持ち悪そうに縛られる手をもぞもぞ動かしていたが、タワーは強引だった。
「ほどく言葉は。」
 キャリオットが尋ねると、タワーはああ、と、今更気がついたような顔をした。

「薔薇の蕾。」


そして、付け加える。「合い言葉を言うとただの綱になってしまいます。予備がありませんから、直前まで口にしないように。」
「騙されていても、後の祭りと言うことだな。」
「そういうことになります。」
 キャリオットはにやりと笑った。彼はこの状況を楽しんでいるように見えた。人との戦い、自分との戦い、彼はこういうシチュエーションが根っから好きなのだ。
 敵か味方か、全く確信の持てない男に両手を縛られて、ムーンは生きた心地がしない。しかし、ムーンは強い決心でここまでついてきたのだ、途中下車は出来ない。ままよ、なるようになれと念じた。きっとキャリオットもそう考えているに違いない。

 ムーンは一人でふさぎ込んでいた。元ムーニエ老の研究室だった所で、四方の壁はすっかり炭になっていたが、それでも部屋の形だけは残っていた。ムーンは一日中煤けた壁に向かって過ごした。夜が更けて、キャリオットもタワーも寝入ったことを確かめてから、ムーンは外に出る。井戸端へ行って髪をさらし、少しだけ水を飲んだ。
 井戸端で桶を降ろしていると、遠巻きにムーンを見つめる瞳があった。星明かりを受けてきらきら光る小さな二つの眼。アットはいち早く炎に飲まれた村から脱出して生き延びていた。
 何の役にも立たない生き物、わがままで大食いで飼い主の気持ちがちっとも判らない鈍な子だと、ムーン自身が思ったこともある。でも、アットが生きていると知ったとき、ムーンはどんなにか救いを感じたことだろう。やはりアットは最高の宝物だった。

 しかし、あの事件以来、アットはムーンに近寄ろうとしなくなった。いつも遠巻きからムーンを見ているだけで、近寄ろうとすると一目散に逃げてしまう。無理もないことかも知れない。取り憑かれていたとは言えムーンは修羅の形相で村を破壊し尽くしたのだ。アットも身の危険を感じるほどの恐怖を受けたのだ。ついこの前まではだらしない姿で愛情を振りまいていた子が、一転して野良の警戒心をむき出しにして唸る時、切なさを感じないわけにはいかなかった。しかし薄情者と罵るのは止めよう。アットは生きているというだけで充分に嬉しいのだから。

 ムーンは最近、昼間の間は用足しにも外へ出なかった。日の光を浴びる勇気がなかった。誰かに顔を見られたら、恥ずかしくて気が狂ってしまうかも知れない。自分は醜く、汚らしい、そんな妄想が頭からこびりついて離れなかった。しかし、そう考えているときが一番楽だった。少しでも気を弛めると、煉火に焼かれた人達の死に際の形相が暴れ回った。
 あの人も、この人も、ムーンがいままで愛し慈しんできた人達がみんな自分の目の前で焼けただれて息を引き取っていた。みんなムーンがやったことなのだ。本当の親と変わらない愛情を持った人々を、一人一人炎の海に沈めていったのは他ならない自分自身なのだ。そしてその時、ムーンは悦びを感じていた。否定できない、その時ムーンは心の底からその人達を憎んでいたのだ。憎悪という化け物がとり憑いていたというのはキャリオットから聞いた、全てタワーの仕組んだ罠だったと、タワー本人が懺悔した。でも、そんなのはなんの慰めにもならない。間違いなくその時、自らの意志で殺戮を行なったのは自分自身なのだから。

 自分の中にこんなに醜い感情が入り込む隙があったとは考えもしなかった。人間の性は悪だ、常識のたがが外れればどんな事でも造作なくやれるものなのだ。そして、そのたがは脆い。命のため、欲望のため、そして快楽のために、理性と感情は簡単に人間を捨てる。そうだ。あのとき、憎悪に憑かれて至高の快楽に酔いしれていたとき、自分は人間ではなかった。人間という枠を堕ちた存在に成り下がっていた。人間は、人間の形をしているから人間なのではない、人間の心を作り続け、守り続けていられる限り人間は人間でいられるのだ。人間は必死に人間であろうと努力していられる間だけ人間でいられる脆い存在なのだ。
 平和な村の中でなに不自由なく、せいぜい嫁き遅れた位のことをもんもんと悩んでいた自分のなんと愚かだったことか。自分がなんと怠惰で、傲慢だったことか。きっと自分はそうやって自分を見つめる努力を怠った報いをうけたのだ。愛する人を自らの手で殺す、こんな恐ろしい罰が他にあるだろうか。
 あのとき、荒れ狂う自分を止められなかったのだろうか。せめて、自分を殺すことが出来なかったのだろうか。死ぬのは怖い。凄く怖い。でも、人を殺すのと比べたらどっちが怖いだろう。今ならば絶対殺す方が怖い。もう一度同じことが自分の中に起ったら、人を殺す前に自分を殺すと誓える。でも、なぜあのときそれが出来なかったのだろう。やっぱり自分が死ぬ方が怖かったからなんだろうか、それともいまこう考えていること自体が自分を慰める言い訳だからなんだろうか、人間という動物は他人の命より自分の命の方が大切なように作られた生き物なんだろうか。自分の命より大事なものはないんだろうか。自分の命は絶対に他のものと天秤にかからないものなんだろうか。それならば、生きていくために生きていく人間は何のために生きているのだろうか。

 考えれば考えるほど、ムーンは深みにはまっていった。なにも喉を通らない、水さえ飲みたくない、このまま霞になって消えてしまえたらどんなにか幸せだろうとムーンは思った。これだけ考えても、ムーンは死を選ぶことが出来なかった。死をもって償いたいと考えている自分がなんて偽物に感じられるのだろう。それは言葉だけ美しく響く偽物の声なのだ。やっぱり自分は死にたくないのだ、やっぱり自分は醜くっていやらしい女なのだ。ムーンの思考は堂々巡りを続けて、また今日も日が暮れていった。



 ネガティブのタワーは儀式を行なっていた。宝石に夢を封じる夢封じの技法である。こ 品物に夢を封じることによって、品物は夢を見ることが出来るようになる。夢を見る品物はより良きものになろうとする意志を託されてその力を外界に及ぼす。人はそれを魔法または練金術と呼び、夢を封じた品物は、その物体の持つポテンシャル以上の恵みを所有者に与える。長年の研究の結果、高貴な宝石だけがその中に夢を蓄えていられることを発見した。あらゆる品物は宝石を媒介にして夢を見ることが出来るのである。
 儀式は即ち自分の夢を宝石に分け与える行為に他ならず、それには少なからぬ危険が伴う。あえてタワーがコンクリエーターに夢を与えようとするのはなぜなのか。それ以前に彼がキャリオットに荷担するのは何故なのか、彼自身は決して真意を明かさないだろう。



「まだやってるのか。」日に一回、ムーンの所にキャリオットが現れる。野草と焼け跡から拾った食料の燃え残りを持って来た。
 泥の付いた山盛りの草、炭になった鶏肉の、辛うじて生のところをむしり取ったもの。料理ではない、餌だ。ムーンは手を付けなかった。キャリオットは無理強いしようとはしなかった。ムーンの目の前でもりもり餌を平らげ、ムーンに食べる意志がないと見ると、ムーンの分も同じペースで喰ってしまう。後悔と懺悔だけではない、焼け跡で拾った肉など、どうしてそれが人の肉じゃないと断言できるのだろうか、キャリオットの神経はやはり理解できない。しかし、ムーンは文句は言わなかった。デリカシーがなに、あたしの仕業と比べたら彼の無作法なんて罪のうちには入らない。非難なんて出来る道理がない。
「食い物を粗末にするとばちが当たるぜ。」キャリオットは今日も元気で健たんだった。この男に悩みはないのだろうか。
「ぐじぐじ落ち込んだからって喜ぶ奴がいるか。おまえが迷惑掛けた連中はみんなあっちの世界へいっちまったんだぜ。あいつらに詫びたきゃ、他に手はあるだろう。」
「酷いことを言うのね。」
「慰めは嫌いだ。」キャリオットはムーンの後ろに立っている。表情は読めない。
「俺はおまえの何十倍も人を斬ってる。でも、うじうじ悩んだことはない。斬っといて斬った張本人が悩んでるんじゃ、斬られた方はたまったもんじゃないだろうからな。奴らは俺に斬られるべくして斬られた、奴らが死ぬにはちやんと意味があるんだって思っている。」
 キャリオットは時々能弁になる。
「俺は斬った奴に言い訳はしない。もしもあの世があって、そこで俺の罪が裁かれるなら、堂々と裁かれてやる。許しを乞おうとか、免罪されようとか思っちゃいない。おまえも自分のやった罪は背負え。それは当然のことだ。背負って生きろ。背負いきれなきゃ死ね。」
 ムーンは膝を抱えて頭を埋めた、流れる涙を止めたかった。キャリオットは空になった皿を持って立ち上がった。何事もなかったように歩いて、ドアだったところに掛けられたぼろ布のカーテンをまくった。
「でもな、おまえ。」キャリオットは背を向けている。
「おまえ、今死んだら”悲しみ”に化けるぜ。」
 ムーンは呼吸が出来ないほど動揺した。キャリオットの言うとおりだ。今の自分は凝り固まったエゴそのものなのかも知れない。死ぬことなんて何度も考えた、でも、死んで、この胸の思いだけが生きて育って、悲しみだけの塊になるなんて考えたくもない。おまけにあの憎悪のように虫のような空気のようなわけの判らない塊になって人を襲うようになったりしたら。

 なにもわからない。自分はいったいどうしたらいいのか。一番楽で確実で、ただ勇気がないだけだと思っていた”死”の道さえ閉ざされて、どうしていいのかわからなかった。ユピトがいればなにか教えてくれるだろうか。ムーニエならば、リームならば、誰でもいい、私の行く先を決めて欲しい。

 キャリオットはもう行ってしまった。彼ならば教えてくれるだろうか。きっと教えてはくれないだろう。あの男は多分自分の生き方しか知らないに違いない。私の生き方なんか興味もないに違いない。でも、それは凄いことだと思う。キャリオットは迷わないのだろうか、自分の道が見えなくなったり、違和感を感じたり、迷ったりしないのだろうか。愚か者といってしまえばそれだけかも知れない。でも、彼は愚か者の王様だ。ムーンは今、キャリオットの無神経な図太さに憧れを感じていた。


 コンクリエーターが地面に突き立っている。細身の長剣。剣というより剃刀に近い刃の光沢。片刃で、緩やかに反り返ったシルエット。刀身の根元に一つ、手元に二つ、合計三つ、コンクリエーターに宝石が埋め込まれている。細工をしたのはタワーである。タワーの得意とする夢占いの技法は貴重な宝石を媒介に夢を封じ込める事が出来るのだ。
 打ち出した剣はただの道具でしかないが、夢の宝石を埋め込むことにより剣はそれ自身が夢を見るようになる。
 夢使いの村のあった辺りは轟々と風が巻いて、赤い細かい土ぼこりが舞っている。ずっと離れた場所、村の廃墟を挟んだ反対側に立つキャリオット。彼の脇にはネガティブの夢使いタワーがかしづいて控えている。
 キャリオットは空の右手を天にかざした。掌を大きく開き、その先をまっすぐ見上げる。ブルーのマントが強風にはためき、長い髪が巻き上がる。

「コンクリエーター、我が手に!」

 キャリオットが天に向かって号令を発する。しばしの沈黙、鋭く空を斬って近づいてくる音、赤く濁った空気を裂いて名刀コンクリエーターが飛んでくる。キャリオットが掌を握るその中へ一直線に、全くスピードを落とさずにコンクリエーターが納まった。そのままキャリオットはコンクリエーターを振り下ろした。なにもない空間が血を流して真っ二つになるのではないかと錯覚するような鋭い太刀筋だった。

「いかがでしょうか。」タワーはかしづいた姿勢のまま視線を上げない。
「面白いおもちゃだ。」キャリオットは剣帯にコンクリエーターを納めた。
「それでは、ルイの城へ案内いたします。」
「場所は分かっている。必要ない。」
「私に策があります。」
「策を弄するのは嫌いだ。失せろ。」
「ルイと言う男。一対一の対決など決して飲まない男です。それなりの手を使わなければなりません。」
「くどい。」キャリオットは腹の底から響く声を出した。酔っぱらって吐き出すだみ声とは全く異なった、低く、鋭く、周囲の空気を硬直させるような怒気が含まれていた。

普通の人間なら言葉をつづけるのは相当の勇気がいるにちがいない。しかし、ネガティブのタワーは普通の神経を持ってはいなかった。
「策を弄するのは私、征服王様が一対一で戦われることには一切手出しは致しません。」
「勝手にしろ。」
 キャリオットは身支度を済ませていた。食料を詰め込んだリュックを一つ肩に担ぎ、北の山を目指して歩き出した。
「ついてこれなければ置いていく。」
 タワーは返答せず、黙ってキャリオットの後ろについた。

「ちょっと待って。」
 声を掛けたのは夢使いの村最後の生き残り、女夢使いのムーンであった。ムーンも重そうなリュックを背負っていた。ずりおちる肩紐を両手で握り締め、肩を回して必死に乗せている。
「あなたこの男を信用しているの。貴方の敵が誰なんだか知らないけど、こいつの方がよっぽど危ないわ。」
 ムーンはタワーの甘言に乗せられて酷い目を見た。愛する人を自らの手で殺し、産まれ育った土地を不毛に帰し、死んでしまった方が楽だと思えるほどの絶望と自己嫌悪に責められ、今やっと立ち直ろうとしていた。
 本当ならばタワーだけはこの手で葬らなければ納まらないほど憎い。しかし、形だけで真意が測れないとはいえ恭順の意を示している者に無情にこぶしが振り降ろせないのは、ムーンも同じであった。それに、人を憎む心の醜さはもううんざりだ。出来ることならば一生人を憎みたくはない。憎む心だけは持ちたくなかった。
「裏切れば斬る。」
 キャリオットは簡単に言ってのけた。
「御随意に。」タワーも心得たものである。何とも思っていないという顔だ。もっとも、ネガティブの表情などあてにならないのだが。


「私も行く。」
 ムーンは険しい目をしていた。それは、悲しみに暮れていたときの死んだ目ではなかった。まだあどけなさの残る栗毛の少女は決意と供に大人になろうとしている。
「あたしの力は身に染みて分かってるわね。あんたが裏切ったら殺す。キャリオット、あんたもよ。人の道を踏み外すような事をしたら殺すからね。」
 キャリオットはふっと鼻で笑った。タワーは相変わらず正体不明である。
「あたしは五十人殺したわ。だからその倍は人を守らなくちゃいけない。私の力で。それが私の結論。いいでしょ。」
「勝手にしろ。」
「御随意に。」
 キャリオットがきびすを返し、タワーがそれにしたがった。ムーンは二人より細かい歩幅で後ろにひっついた。廃墟のがれきの間から黒い影がもこりと顔を出した。飛び猫のアットはきょときょとしている。後ろ姿のムーンが遠ざかっていくのが見える。
 アットは尻尾を膨らませて、慌てて羽ばたいた。そして、ムーンの肩をめがけて飛び込み、がっちり爪を立てて掴まった。ムーンは涙が滲むほど痛かったが、嬉しかった。久しぶりにあごの下を撫でた。毛皮が泥まみれで、すっかりがびがびになってしまっていた。アットはごろごろ喉をならして臭い口でムーンの頬をべろべろ舐め回した。
 三人はそれぞれの思惑を胸に、新たなる旅に出た。

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ここまでで2/3

解決編にこうご期待

 そんな言葉がどうして出たのか、ムーン自身にもさっぱりわからなかった。人里、森の中、燃えるものが近くにあるときは絶対に使ってはいけないと再三注意されていた”空気を炎に”の魔法を使って、炎に巻かれた人達が次々に燃え上がって死んでいって、それでひとときは気分が良くなるのに、すぐにまたそれ以上の憎い心が込み上げてくる。もういい加減憎しみに疲れているのに、心は容赦なく憎しみを産み出してくる。もういっぱいだ、少しでも緊張を弛めたら体中の穴という穴から憎しみのどろどろしたやつが吹き出してしまいそうだった。心の中の別の部分が、盲腸のように疼いてたまらなかった。多分それはムーンの良心だ。今は憎しみで満たされて全身麻酔をされているようなものだけれど、きっとこの悪夢から覚めたら、死んだ方がましな程の痛みに襲われるに違いない。理性はそう考えていても体がちっとも言うことを聞いてくれなかった。

 涙が溢れて、頬を伝った。不随意の気管だけが正直に動いているのだ。もう死んでしまいたい。あたしを止めるには、殺すしかないのじゃないだろうか。今ならば、あらゆる神経が麻痺してしまっている今ならばきっと痛くなく死ねるに違いない。そうしてくれたらあたしはその人をどんなにか頼りに思うかしら。感情が死んでいるからムーンはそんなことを淡々と考えていた。

 キャリオットの顔が浮かんだ。あの人なら私を殺してくれるかしら。私をこの地獄から救い出してくれるかしら。豚鬼を斬った時の残忍な笑顔、ムーンに非礼をしたときの下品な欲望むき出しの顔、それらがなにかとても素晴らしいことのように思えていた。

「そんな。」誰も、それ以上の言葉が続かなかった。全員が放心してしまった。
「馬鹿野郎共!」叫んだのはキャリオットであった。
「ぼーっとしてないで次の手を考えろ!女の一人や二人、裏切られたからってどうだってんだ。反抗期の小娘一人のために、村を潰してはいそうですかとひき下がるほどもうろくしたのか貴様らは!」
 キャリオットは一人一人の肩をゆすり、叱咤して回った。そういっているキャリオット本人も狼狽していることを隠せなかった。

「すまぬ。私の作戦の間違いだった。」ユピトが肩を落とす。「せめて半分の人数で消去を練っていれば、もう一度消せたかもしれんのに。」
「もうだめなのか?打ち止めなのか?」キャリオットが食い下がる。
「消去は難しいのでな。多分、二度練れるものはおるまい。」
「他は?他の方法は?」
「夢の空間を消す方法はそうないんだ。時間が過ぎるか、夢を呼び出した本人が望むか、夢を呼び出した本人を殺すか、方法はそのくらいだ。」

「斬るしかないなら、斬るぞ。」キャリオットは剣帯に納まったコンクリエーターのつかに手を置いた。その手の上に皺の深い掌が重なり、制した。ムーニエ老であった。力ない腕に掴まれて、それでもキャリオットは動けなかった。
「無理をするな。あんたに女は斬れんだろう。」
「馬鹿にするんじゃない。」キャリオットは視線をそらした。
「わしらは馬鹿な老人なんじゃよ。娘と村とどっちが大事かと言われたら、娘を取るのさ。そうじゃろう、皆の衆。」
 ムーニエは淡々とかたった。キャリオットはゆっくり全員の顔を見比べた。一人、一人、そして全員がムーニエにうなづいた。
「これはなにかの間違いだ。ムーンにもなにか言い分があるだろう。村はまた作ればいい。生き残ったものだけでも避難しよう。」
 ムーニエはキャリオットの手を力強く握った。キャリオットは何も言おうとはしなかった。
「早まっちゃいかんぞ。」
 一同に声を掛けたのはユピト老だった。

「私はまだ消去が練れる。相手がムーンとわかれば、私一人でも炎くらい消せる。」村人達の空気がぱっと明るくなった。そういえばそうだ。ユピト老ならムーニエ老に負けない位の消去が仕える筈。さっきはユピト老の消去がなかった。さすが先見の命で温存していらっしゃったのか。
「私が炎を消すからキャリオット君はその間にムーンを取り押さえてくれ。もう一度やられたら本当に万事休すだからな。」
「任せとけ。」やっと出番が回ってきて、キャリオットは上機嫌だった。
「皆の衆もキャリオット氏に続くんだ。炎の前で待ちなさい。」
「わかりました。」

 ユピト老が一歩下がって夢に入った。それと入れ違いにキャリオットは炎の壁の正面に立ち、両脇を村人が固めた。
「用意いいぞ。」キャリオットが声を出す。ムーニエ老を残して全員が炎の前に一列に並んだ。
「今お仕置きしてやるからな、小娘め尻めくって待ってろよ。」
 キャリオットは楽しそうに舌舐めずりした。

「それではさようなら。」
 構えた背後から耳慣れない声がした。キャリオットが振り返る。さっきまでユピト老が居た筈の場所、そこにユピトの姿はない。替わりにそこに立つのは不気味な黒ずくめの男。いや、黒ではない、炎の光で赤黒く浮かぶ姿は、セピア色の肌をした美青年であった。
 何がおこったのかとっさの判断をする時間はなかった。青い男の捧げた掌には、ムーンが投げたのと全く同じ、”空気を炎に”の夢の種が乗っている。それは一所に集まった村人の目の前で爆発して燃え広がった。

「なかなか楽しい。だが、趣味ではないな。」ネガティブの青年、タワーは燃え盛る炎を前に一人呟いた。タワーは一流の夢使いである。彼が得意とするのは夢占いだが、ムーンのお陰で夢掬いをすっかり自分のものにしていた。一度は使おうと思っていたのだが、思ったより早くその機会が訪れたのだ。
 面白い魔法だが、策を弄して極力己の身をさらさない夢占いの方が自分にはあっている。タワーはそう考えていた。

 もとより、ムーンという夢使い一人で村が全滅させられるとは考えていなかった。どうせ生き残る者が何人か居るならばと、村の長老格ユピトに変身していたのは正解だった。当然本物は火事騒動がおこる前に婦人共々寝首を掻き切っている。もっと後、避難場所ででもまとめて殺そうかと思っていたのだが、存外に残り全員が集まってくれたものだから手間が省けた。
 あのムーニエという老人がえらく非合理的な提案を持ち出してきたときには驚いたが、お陰でスムーズに事が運んだ、今は感謝しなくてはなるまい。老いたりとはいえほぼ全員が夢使いという構成、火事場だから変身も見破られずに済んだが時間を置いたらいつ見破られるとも限らない。今回も自分の判断は正確だったとタワーは自己採点した。
 ムーンはもうほっておいても問題はあるまい。あのまま憎悪に取り付かれていれば2、3日で狂い死ぬ。ルイが御執心のカードは焼け跡から拾えばいい。何といってもあのカードは決して傷つかないのだから。
 一旦城に戻ろう。ネガティブは人間よりタフなのだが、さすがに疲れていた。タワーは火勢いまだ衰えぬ夢使いの村に背を向けようとした。

 その首筋に冷たいものが触れた。まさか、タワーは冷静に判断した。タワーの肩に乗っているのは細身の長剣。剣というより剃刀に近い光沢、その切っ先は何故か水が滴っている。コンクリエーターという名を持っている名刀に違いない、それらの事実を総合して導き出せる、自分の背後に立つ人物は一人。
「なぜだと思っているんだろうな。丁寧に教えてやろうか。」
 張りのあるバリトン、村の居候のキャリオットに間違いない。タワーは自分の推測の確かさに心の中でほくそ笑んだ。
「貴様の炎を食らうよりいくらかましだと思って後ろの炎に飛込んだらそこがたまたま井戸だった。水の中に転げ堕ちたら横穴があるからはいずって出てきたら貴様が間抜けに背中を向けて悦に入っていたってわけだ。」
 キャリオットと言う男、話出すと止まらぬ悪癖があるようだ。
「そんな上手い話があるもんかと思っているだろう。俺だってそう思うさ。だがな、俺は生まれつき運がいいんだ、残念だったな。貴様が夢使いだってのは判ってるが、こうなっちまったら手も足もでないだろう、夢に入ったら帰ってくる前に胴体と首がさよならを済ましてるぜ。」

 キャリオットの自慢話など耳に入っていない、タワーの頭脳は生き残るため、そしてプラスアルファを求めて急速に活動していた。
「一つだけ聞きたい。」
 タワーはこの期に及んで理論の欠落した部分を補うべく、キャリオットに尋ねた。緊張感とか興奮とかいう感情はタワーにはない。
「カードはどうした。ルイ様の元から奪い取ったカードだ。」
「腹の立つことを思い出させやがって。」
 キャリオットも、常識的な人間と比べるとよほど肝が太い。もっとも今彼は優位な立場、いつでもタワーのけい動脈をかき切れる余裕であろう。最後のおしゃべりを楽しんでいる。
「あのカード、俺を助けると豪語して、何をするかと思ったら、いきなり地面を割って俺を地下水脈に叩きこみやがった。」

「カードの声を聞いたのか。」タワーは知的に驚いた。面白い。
「何の役に立つんだかわけもわからんカード一枚で死に掛けたんじゃ割りが合わないぜ、腹が立ったから用を足したついでに捨ててやった。欲しけりゃ肥え壷さらってこい。」

 タワーの中ですべてがつながった。キャリオットと言う男、口の割に貧弱なその腕前でなぜ何度も死線をくぐり抜けてきたのか、明確で理論的な答えが出た。
 キャリオットの言うカードは伝説のカードだ。手にしたものは世界を支配するといわれる、神の力の宿った至宝なのだ。カードを手にしたものは危険から守られると言われている。他のカードマスターの手でしかその命を奪うことが出来ないと言われている。キャリオットは、そのカードに選ばれたのだ。
 キャリオットが口からでたらめを言っているとは思えない。カードが伝説のカードだと知っているのはルイの他数人の腹心だけだ。それでさえ、カードの言葉を聞くことはおろか触れることさえ出来なかったのだ。この貧相な想像力しか持ち合わせぬ戦争屋が、カードが口を利くなどという発想を思いつく筈が無い。確かにキャリオットの目の前でカードは語り、彼を生き延びる方向に導いたのだ。
 見渡す限りの土地を支配し、何万を数える兵を統轄し、剣技知力をもっても並ぶものが無いあの領主ルイをして、手に触れることもできない宝が、この教養の無い、半人前の腕しか持ち合わせないごろつきに語り掛けたのだ。ルイはさぞや悔しがり、激怒するであろう。全く神とは気まぐれなものだ。
 とにかくも、タワーの腹は決まった。タワーは躊躇せず結論を実行に移した。

「申し訳ありませんでした。」
 タワーはやにわ地面に膝を落とし、はいつくばってキャリオットの足元にへばりついた。
「貴方様のお力の前に私の浅知恵など何の役にも立たないと今はっきり悟りました、数々の非礼をお許しくださって、どうか私を貴方の家臣の末席にお加え下さい。」
 キャリオットがピクリと動いた。
「未来の征服王様、どうか寛大な御処置を。」
 正面から向かえばどんな無謀な勝負にも引かない狂犬、しかし下手に出ればこれほど扱いやすい男はいない。頭を下げ、腹を見せ、許しを乞う者に容赦なく剣を振るえるような出来た人間ではない。既にタワーは精密機械のような思考回路でキャリオットに対する行動公式を弾き出していた。平静を取り繕っている所を見るとかなり迷っている。ここでもう一押しだ。

「私が死んでしまったら、ムーン様を正気に返すことが出来るものはおりません。」
 夢使いの村は滅亡した。生き残ったのは村で一番若い夢使い、ムーンだけだった。ムーンは憎悪にとり憑かれていたとはいえ、実際村に火を放ち半分以上の者を直接葬った犯人である。彼女は憎悪に支配されたまま廃墟の村を徘徊しているところを取り押さえられ、彼女を憎悪のいる場所に差し向けた、崩壊シナリオの仕掛け人、ネガティブのタワーの行なった降魔の儀式で正気を取り戻した。


 恐ろしいことに憎悪にとり憑かれた間、被害者には全ての記憶が残っている。ムーンは廃墟の一角に閉じこもって、それ以来顔を見せなかった。焼け跡ではムーンとタワー、それに村の客分だった戦士キャリオットの三人が呉越同舟の共同生活をしていた。
「貴様はムーンを正気に戻した。貸し借りはなくなったのだから何処へでも行けばいい。」キャリオットは未だタワーを信じてはいなかった。当然のことだろう。村を破壊へ導いた主犯である。あまりに素早い変わり身は不自然過ぎる。その場で命乞いに口から出任せをいったのならまだ分かる。だからキャリオットは、降魔の儀式がつつがなく完了し、ムーンの体から全ての憎悪が抜けて元通りのあか抜けない村娘ムーンが目覚めるまでの間、タワーの肩から愛刀コンクリエーターを下ろさなかった。タワーが仕組んだことなのだから本人が責任をとるのはむしろ当然といえる、ムーンが元に戻った時点で、利用価値のなくなったタワーは改めて裁かれても理に反しない、そこで首をはねても悪く言うものはいないはずなのだが、それでも律儀にキャリオットはタワーを免罪した。

 首筋から剣を下ろし、剣帯に治め、放免した。しかし、タワーはキャリオットの元を動かなかった。”征服王様”という、普段に言われれば小気味いい呼称でタワーにかしづかれると、さすがのキャリオットも寒気を感じた。しかし、キャリオットに一度免罪した者を切り捨てることは出来なかった。
 だから、タワーに愛刀コンクリエーターを貸せと言われた時、キャリオットは激しく悩んだ。タワーは従順に振る舞えば振る舞うほど疑わしさを増した。敵である証拠はないが、味方になる明快な理由もない。老人を相手に王様を気取るのは何とも思わないが、残忍な村つぶしのシナリオを綿密に組み上げる知恵を力と冷酷さを兼ね備えた男が口にする”貴方を征服王になられるお方と見込んでついていきます。”にはあまりにも疑惑が多すぎる。いつまた寝返っても不思議のない男なのだ。

「今のままではルイに勝てません。」従順にしているかと思うと、タワーは気に触ることを平気で口にする。
「私にコンクリエーターを二日お貸ください。我が魔力を剣に込め、数段の名刀に生まれ変わらせて見せましょう。」
 拒絶するのは簡単である。しかし、キャリオットのプライドはそれを簡単には許さなかった。腹に一物持っていようが、かしづいている限りはそれを許すのが本当の支配者だろう。疑わしいだけで罰するような狭量では人の上に立つことなど出来はしない。罰するのははっきり離反した時、そのときは死をもってあがなってもらう。これがキャリオットの支配哲学であった。
「これは俺の命だ。小細工をしたら殺すぞ。」
「そのときは、喜んで。」

 タワーはコンクリエーターを持って、急場作りの掘ったて小屋にひきこもった。一日中奇妙なまじないの声やら香の煙が絶えないところを見ると、とりあえず儀式とやらはやっているらしいが、本当のところはどうだか疑わしいものだ。キャリオットは、タワーが逃げ出さないように、仲間と連絡をとらないように監視しながら焼け跡の捜索を続けた。炭になった遺骸を掘り出して運び、順番に墓石を作っていく作業を、一人で黙々と続けていたのである。

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さて、本格的に文章が短くなってきた

あらららら


 石はなかなか見つからなかった。ムーンは腰をかがめてそこかしこを探し回った。月明かりは木々の影を地面に色濃く落とし、探し物の邪魔をする。それでもムーンは一生懸命探し続けた。辛いとは思わなかった。むしろ、見つけたときの喜び、見つけた石を彼に見せた時の、彼の喜ぶ顔を想像すると、自然と顔がほころんでいた。
 それでも腰が痛くなって、ムーンは上体をおこした。そしてふと、目の前に探し求めたものを見つけた。大きさは人の頭くらい、全体に丸みを帯びた台形で、斜めに白い縞の入った真っ赤な石である。夢使いの村のあたりに分布しているくすんで穴だらけの石ころとは歴然と違うきれいな石である。
 色つやはともかく、この大きさは想像していたのと大分違った。ムーンは石というのだから当然指輪にはめるような小さいものを想像していたのだが、それはまるで墓石のような代物であった。この大きさでは抱えて持っていくにしても苦労である。彼はこれをどうしろというのだろう。ムーンはしばし考えた。しかし、名案はない。彼がそういうのだから、部屋まで担いで持っていこう。ムーンは手を軽くはたき、石の底辺に両手を差し込んだ。石は最近この場所に置かれたばかりのようで、根っこはまた土と馴染んでおらず、すき間に指が簡単に入った。見掛けほど重たくはなさそうだ。ムーンは頭で反動をつけて石を持ち上げた。


・・・憎い・・・


 それは言葉ではなかった。ムーンの肌を通して憎しみの波動が伝わってきた。ムーンは硬直した。それは持ち上げた石の下から這い上がってきた。
 憎悪、それは豚鬼の長バルダバログの屍から生まれた怪物であった。バルダバログが死に際に残した深い憎悪の念を核に、あらゆるうらみつらみが凝り固まって出来上がった純粋な憎悪思念の具象化した姿。憎悪は憎悪を呼び、更にその憎悪が更なる憎悪を産み出して、産みの親バルダバログの持っていたポテンシャルさえ遥かに越える憎しみの塊、それはもう言い訳も対象も持たない暴走した悪意そのものとなった。憎悪と言う名の怪物に生まれ変わったのだ。
 触手の一つ一つはむかでのような多くの足を持った昆虫のようで、それが何匹も一斉にムーンの指先に飛び移り、心臓めがけて一直線に駆け上がってくる感触、その一つ一つは絹糸のように細くはかなく、しかしすべての触手が命を持っていた。ムーンは石を持った手を放し、手を振った。極細の命の糸は何の抵抗も音もなくちぎれたが、ちぎれた糸は全く勢いを失わずにムーンの肩口をなおも這い上がってきた。
 勢いがついた憎悪はムーンが満身の力で持ち上げた石を軽々と吹き飛ばし、噴水のように地面から吹き出した。水柱のように地上に現れて、後から後から湧いてでるそれは、もうか細い糸の集まりではなく、一個の生命を持った生き物になっていた。綿の塊のようでもあり、水蒸気のような気体にも見える、何処が顔で何処が手足なのかさえ判別不能なのに、それが憤怒の形相で迫っていることだけが妙に生々しく実感できた。

 ムーンはなおも這い上がろう、一重でも二重でも多く絡みつこうと身をよじる無数の触手を必死で振り払った。両手の甲でこそぎおとそうと腕を上げると、上げた腕の脇の下のすき間をついて下着の中へ潜り込もうとする。それを押さえようと脇を閉めると首筋から一気に口の中、耳の穴を攻めようとした。
 ムーンはバランスを失って地面に転がった。それでもまだ手を休めることが出来なかった。ムーンは地面をごろごろと転がりながら体のあちこちを擦りつけて一気にこそぎ落とそうともがいた。しかし、その試みは失敗だった。地面を掘って近づいてきた一房の憎悪がムーンの首に巻き付いた。ほどこうとした腕が、足が、順番に巻き取られ、ムーンは地面に固定されてしまった。息が出来ない。目の前が真っ赤に染まる、何処かで額を切った、その血が目に入ったのだ。痛みを感じる暇がない、とにかく空気が欲しい。ムーンは力任せに首を振った。少しでも緩めば一呼吸が出来る。そうすれば反撃のアイデアの出るかも知れない。とにかく空気、今は一握りの空気が欲しい。

 首を締めつける力が緩んだ。勝機が見えたように思えた。ムーンは大きく息を吸い込んだ。それは憎悪の姑息な罠だった。
 ムーンが口を開けた瞬間、憎悪の本体は自分の体を先細りで手首程の太さの房に変形させて口の中へ突っ込んできたのだ。重さも抵抗もない、物質でさえない憎悪の体はムーンの呼吸に乗って喉の奥まで一気に侵入した。一度入り込んだ憎悪は入ったときの様に簡単に出ては行かない。喉の奥でがっちり根を張っている。そして着実にずるずるとムーンの中に入り込んで行った。あまりに無情な光景に目を見張り、ただ口を大きく開けて耐えるしかないムーンの前で、憎悪は自分の体をどんどんムーンの中に滑り込ませていった。

 ムーンの数倍はあろう憎悪の体が手品のようにムーンの中に吸収されていった。息苦しくない、喉に引っ掛かった不快感もない、味も香りもない、体のどこかが膨らんでいくことも、苦しくなることもない。ただ憎悪が入り込めば入り込むほど、胸の奥底から憎らしい漠然とした感情が込み上げて来た。いままで感じていた、憎悪の発する外的な憎しみではない、今込み上げてくるその感情はムーン自身が作り出しているものに他ならない。

・・・憎い・・・

 憎悪の体がすっかりムーンに飲み込まれた時、憎悪とムーンの憎しみの感情は一つになっていた。何が何なのかわからない。とにかく森羅万象ありとあらゆるものが恨めしく腹立たしく不快極まりなく思えてならなかった。ムーンは経験したことのない完全なまでの憎しみに溺れていた。それは、ある種の快感であった。

 とにかくじっとしていられない。このまま一人で憎んでいたら、憎しみで張り裂けてしまいそうだった。どこかへ、憎しみをぶつけられるところへ行かなくては自分がだめになってしまいそうだ。ムーンは振り返り、村の正門に足を向けた。


 ムーンはよろめきながら村の中を歩いていた。怪我をした額がぴりぴり痛むがそれ以外の体調はむしろいい。気力体力とも今までに感じたことのない充実感があった。それもその筈、今のムーンは一人で二人分のパワー、憎悪と二人三脚でいるのである。
 腹の一番深いところからふつふつと湧き上がってくる憎悪の念がムーンを突き上げていた。いっそ吐き出してしまえるならどんなにか楽になるだろうが、そんなことで解消するようなものではないのだ。
 夢使いの村は朝が早い分夜も早い。ほとんどの住人が老人なのだから仕方がない。この時間ならあらかたの人は床に入っていた。

 不幸だったのは村のパン職人リームだった。彼は今年55の誕生日を迎える老人だが村の中では比較的若い部類に入る。夢使いとしては力量は冴えなかったらしいが、料理の腕と人の良さで皆に慕われていた。寝入り前に小用に立った彼は、パジャマ姿で道を歩いていて、ムーンとばったり出くわしてしまった。
「やぁ、ムーン。散歩かい。いい月だな。」
 リームはいつもの様に気安く声を掛けた。月明かりを背にしたムーンの憤怒の形相までは気がつかなかった。
 やぁ、ムーンですって。ふざけるんじゃないわよ。散歩かですって、そんなことあたしの勝手でしょ。月がどうしたって、あたしには関係ないわよ。リームの一語一句がごく自然に腹立たしく思え、なんの抵抗もなくリームを痛い目に合わせてぐぅのねも出なくさせてやりたいと思えた。
 大体この男は前から気に喰わなかったのよ、あたしが七つのとき泥まみれの手で仕事場に入り込んでパンをいじくりまわしたからって、椅子に座らせて説教をしたわよね。それでその後焼き立てのパンをくれたわよね。あたしはあのとき、もうお仕事の邪魔をするのは止めようって決めたのよね。何が憎らしいのかわからないまま、とにかくリームとの思い出の全てが憎らしくてしょうがなく思えてきた。
 そしてついにムーンはリームの大きな腹に裸のこぶしをぶち込んだ。虚をつかれたリームの腹は柔らかく、内蔵の半分位のところまで突き抜けたような感じでこぶしがめり込んだ。リームは酸っぱいものを口からはいてくの字に折れ曲がった。吐瀉物がムーンの肩口にかかり、ムーンは更に逆上した。腰のあたりまで堕ちたリームの頭を膝で思いっきり蹴り上げ、倒れたところを足の裏で2、3度踏みつけた。リームは何か言っていたようだったが聞き取れなかった。聞いたら更に怒りが増していただろう。

 それでも何故かムーンの思考ははっきりしていた。何で自分はこんなことをしているんだろうと冷静に見つめている理性の部分は確かに目覚めていた。理性はもしかしたらとんでもないことをしているんじゃないかなと解析していたのだが、大変だとかなんとかしなくちゃとかいう感情の部分が全部憎悪に乗っ取られていて、当座なにもすることが出来なかった。
 リームが動かなくなった。死んだのかも知れない、気を失ったのかも知れない、どっちなのかは解らなかった。憎悪が少し楽になった。ムーンはこれで方法を覚えた。とにかく気に喰わない者を片っ端から殴っていけば気持ちが良くなるのだ。
 しかし、村の住人みんなを順番に殴っていったんでは埓が開かない。リーム一人殴っただけでこぶしは痛いし服は汚れるし。そこでうかつにもムーンの理性が口を滑らせてしまった。あたしは夢使いなんだ。感情は理性の提案に狂喜して喜んだ。そうだ、あたしは夢使い、やろうと思えばこんな村、丸ごと亡くしちゃうなんて簡単なのよ。



 一流の戦士は決して深く眠らない。一朝事あるときはいの一番に跳び起きてその場に当たる、それが戦士だ。キャリオットは毛布を借りて空の馬小屋に寝ていた。寝て起きて節々が痛まない程度の柔らかさがあれは充分、室内で身も心もだらけ切ってぬくぬくと惰眠をむさぼるのは非実戦的で性に合わないのだ。

 火事だと叫ぶ声と、きなくさい臭い、どちらが目覚ましになったのかわからない。とにかくキャリオットはバネのように跳ね上がり、剣帯にコンクリエーターを差し込んで表に駆け出した。
 轟々と唸りを上げて巨大な火柱がそびえ立っていた。そのとき既に半分かた焼け崩れた家が二、三件、炎は見る間に次々と隣家に燃え移っていた。
「なにをボーっとつったっとるかぁ!」キャリオットは最寄りの井戸に駆け込み、手近な桶をひっつかんで水を汲み上げた。最初の一杯を頭からかぶり、火の粉の飛び散る中に突っ込んだ。
「こらじじい共、ばばぁ共!命がおしけりゃありったけ声を出せ!」
 顔が焼ける。気休めにかぶった水が一瞬に乾いてしまう。髪の毛の先端が焦げて堪えられない臭気を放った。キャリオットは腕で目だけをかばって燃え盛る炎の中をずんずん突き進んだ。黒焦げになった人型を避けてよろける。手をついたベランダの手すりが火の粉をまき散らして崩れ堕ちる。炎の中心近くには生き残ったものは居ないようだ。
 シャツの裾に小さな火が移った。かぶった水の効果がもうなくなっている。燃えた部分を引きちぎる。キャリオットは舌打ちをしてきびすを返した。

 キャリオットが炎をくぐり抜けて戻ると、村の広場には十二、三人が避難していた。ユピト老、ムーニエ老の姿が見える。乾燥した気候、気付きにくい深夜、悪条件が重なった。それにしても火の手は一瞬にして広がったとしか思えない。炎の側に居を構えた者に生存者が一人も居ないのは府に堕ちない。しかし、キャリオットは今考え事にふける程練れていない。再度水をかぶり直す。性に合わないが、もう少し火の手の弱いところならまだ生存者が居るかも知れない。キャリオットは雄叫びを上げて火の海に突っ込もうとした。

 そのとき目の前で爆音が響いた。切り返すのが一瞬遅れたら、キャリオットは炎の柱をまともに脳天で受け止めていたかも知れない。目の前で家が一件崩壊した。燃えるものがなくなった筈の場所が前にもまして火勢を増し、炎が渦を巻いて挑発している。
 キャリオットはくやし紛れに桶いっぱいの水を汲みに駆け戻った。行って帰る間にも炎は分かるほど領土を広げて、生きているものの領域を犯していた。キャリオットは一気に限界まで接近し、炎の壁に水をぶつけた。桶にいっぱいの水は炎の中心にたどり着く前に消え去った。気休めにしかならないじゅうという音さえ爆音のような炎の叫びにかき消されて届かない。
「くそったれ。」キャリオットはきびすを返した、無駄は承知でも今はこれしか思いつかなかった。
「無駄だ。」キャリオットを制する声、この非常時に妙に落ち着き払った平坦な声。悟り切った老人の声だ。キャリオットの中で一本線が切れた。
「無駄とは何事だ。足手まといは余計な口を叩くな。」
「無駄だから無駄だといっている。これは魔法の炎だ、水では消えん。」
そういったのはユピト老であった。キャリオットは問答無用でユピトの胸ぐらを掴んだ。
「偉そうなごたくを並べて、だから諦めろじゃ済まないぜ。きっちり責任は取れよ。」「空気を炎に、変質でも最も危険な技を村の中で使った者が居る。」ユピト老はあくまで冷静だった。
「そんな馬鹿な。自殺行為じゃないか。」
「村の者がそんなことをする筈ない。」
「いったい誰が。」
避難した者達から口々に意見が挙がる。なるほど、この場で有像無像になってしまっては夢使いもただの人間、その点冷静さを失わないユピトは1ランク上なのかも知れない。
「やるしかあるまい。皆の衆、消去の夢じゃ。やれるな。」ユピトは決然と言った。ざわめいた者達がその一言で静まる。
「一斉に?」
「術者の力が未知数では相当の夢を集めなければならん。」
「消去の夢。」キャリオットだけが仲間はずれでついていけなかった。
「夢の領域を強制的に消す。掛けた相手か掛けた方法が解っていればいいんだが、わからないんでは分が悪い。5分5分というところだな。」

 ふん、と不機嫌に鼻で息を抜いてキャリオットはその場に座り込んだ。出番がないのはキャリオットにとって最も不快な状況だった。
 村人達はそれぞれのスタイルで眠りに入った。その間にも火の手はどんどん勢いを増す。睡眠状態の無防備な老人達にも火の粉は容赦なく降りかかる。キャリオットは座っていられなくなって、火に近いものから順番に引きずって火線から遠ざけた。
「世話のやけるじじいどもめ。」

 最初の老人が夢から戻ってきた。手に輪郭のぼやけた真っ黒い塊を持っている。それを掛け声もろとも炎にぶつけると、塊の軌跡の形がすっぽりえぐり取られたように消えた。
「やったか。」キャリオットは初めて見る夢使いの不可思議な力に目を奪われた。がんばれ、いいぞ、その調子だ。キャリオットのこぶしに力が入った。
 しかし、最初の消去は大きな炎の塊に飲み込まれて消えてしまった。次々に眠りから覚めた者が消去の玉を投げつけると、その都度炎の塊と消去の塊の力比べがおこる。最後に夢から帰ったムーニエは彼の枯れたからだの三倍はあろう巨大な消去を頭上に構えていた。ムーニエは軽々とそれを放り投げた。消去は炎に近づくにつれて更に膨らみ、炎を包んで飲み込んでしまった。
「やった!」皆が歓声を上げた。その中でもとりわけ大きな声をあげたのはキャリオットであった。ムーニエが不自由な足を引きずって二三歩ふらふらと歩き、膝を落とした。キャリオットは素早くムーニエの肩を掴んで抱き上げる。
「よくやった、褒めてやる。」
「少し疲れただけだ、お世辞をいうことはない。」ムーニエは皺だらけの顔を歪めて笑った。
「そうか、まぁ、当然の働きだな。」キャリオットも応えて笑った。
 しかし、歓喜の声は尻つぼみに消えてしまった。全員の目がかき消えた炎のその奥に縛りつけられた。


 そこに居たのは、村人全員が周知の人物。村で一番愛されている娘、誰もが我が子同然に思っている娘、ムーンであった。
「おまえらみんな死んじゃえ!」普段は大声など出さない娘である。華奢な声質の、そんな罵声がちっとも似合わないその口から吐き出すように全員にぶつけられた呪いの言葉が、等しく全員胸をえぐった。波乱の人生を生き、夢を操る夢使い達にも信じられない光景だった。
 ムーンは再び”空気を炎に”の領域を、昨日まで慈しんで絶えなかった村人達に向かって投げつけた。それは一瞬の出来事であった。再び村人との間に炎の壁が立ちふさがった。

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このあたりの表現は賛否の分かれるところでしょうね

どれだけ感情をグロテスクに書けるか、がこの作品のテーマでした


 キャリオットが風呂場で演説を打ち上げているその頃、ムーンは息を殺して村の中を徘徊していた。キャリオットのわがままのお陰で、村の者はほとんど浴場の方に集まっていたので、ムーンには都合が良かった。

 ムーンは村の中心に位置するユピト老の家へ向かった。ユピト老は村の長老各で村に伝わる夢使いの技法を管理している。夢はただ掬い取るだけで操ることは出来ない。どんな場所で、どのくらいの量を掬えば、現実世界にどんな影響が現れるか。それは先達が幾度も実験を繰り返し、失敗を重ねて現代に伝わった経験則なのである。同じ効果をもたらすにしても、いいやり方、悪いやり方、安全なやり方、危険なやり方がある。夢使いの村には、開祖以来研究してきた儀式の体系書物がある。それは今もユピト老の監修で加筆、修正が加えられている。
 なにもこそこそとする必要はない。夢使いでないものにとっては何の価値もない、意味不明の書物だし、村の者も、ちょっと夢の扱いを忘れるとのぞきに来る。ムーンも修行時代は何冊も抱えて部屋にこもり、枕にした記憶もあるし、よだれの跡もついている。それでもやはりあたりを伺って、こそこそとしているのは、よそものに頼まれた後ろめたさである。ムーンは根っから嘘がつけない性分なのだ。
 夢枕に立った男、タワーと名乗る彼は、彼が夢で言った通り村の裏門の茂みに隠れていた。酷い傷を負っていた。その奇怪な外見のために村々で忌み嫌われ迫害されてここまで流れついたそうだ。ムーンは夜陰に紛れて彼を村に連れ帰り、部屋にかくまった。夢使いの村には貴方を白い目で見るような人はいないと何度も説得したのだが、彼は聞き入れず、村の誰にも自分の事を言わないでくれとくどいほど念を押された。
「でも、君だけは別だ。信じているよ」その言葉に嘘は微塵も感じられなかった。そして何故かその言葉はムーンの心にえらく心地よかった。
 ムーンはスープを作り、毛布を調達した。疲れているようだから少しでも眠るようにと言ったのだが、タワーは床に座り込んだまま動かなかった。
「女性のベッドで寝る訳にはいきません。」
 タワーは即席で作ったミルクのスープを黙々と飲んだ。スプーンを手前から外に向かってすくい、音を立てずに口に入れる。ユピト婦人が教えてくれた都の作法を、タワーはごく自然に行なっていた。そういうことが身についている人なのだ。彼はまだ自分の身の上をなにも話してはくれなかったが、きっと都の身分のある方なのだろうとムーンはふんでいた。
 タワーは口数が少なかった。瞳はいつも深く、何かを悩んでいるようだった。部屋の空気が重くならないように、ムーンは出来るだけたあいのない話をした。村の誰と誰が仲がいいとか、誰はどんなものが好きだとか。迫害され続け、今もなお深い悩みを抱え、小娘の世間話なんかに関わっている暇なんてない筈なのに、タワーはムーンの話すことをちゃんと聞いていてくれた。
「それじゃ、この村の人はみんな夢使いなのかい。」
「みんなってわけじゃ。でも半分以上の人はまだ普通の夢は使えるかな。」
「30・・・50人くらいになるのかな。」
「そのくらい。でも、みんなおじいちゃんばっかりだしね。」
 タワーは夢の話になると、身を乗り出してきた。はじめ、ムーンはタワーも夢使いなのだと思っていた。あのとき、夢枕に立ったのはタワーの力なんだと思っていた。しかし、タワーはそれをきっぱり否定した。なぜ夢の中に現れることが出来たのか。

「それはきっと、神の御心なのだとおもうな。私と君を巡り合わせる為に。」
 その言葉を聞くまで、ムーンは自分とタワーを結び付けることに気がつかなかった。そういう考え方もある。キャリオットを拾って、ムーンは心に大きな痛手を負った、そして普段では絶対にしないだろうふて寝を丸二日も敢行してしまった。あの時間、いつもの様に目を覚まして村の掃除をしていたら、彼はムーンの夢枕に立つこともなく村の外で力尽きて死んでいたかも知れない。これは運命なのかも知れない。

 一度失敗して痛い目にあっている。ムーンは慎重に考えた。理性で反駁しても感情は無関係に傾いていた。呪いをかけられた異国の貴族、傷つき、ムーンに救いを求めている。礼儀正しく、紳士的で、教養もある。そんな条件を吹き飛ばしても余りある憂いがかった瞳を持っている。ムーンの幼い白馬の騎士願望を完璧に満たす逸材などそういる訳ではない。

 昼過ぎ、重かったタワーの口が開いた。
「この村には、夢の儀式に関する書物はないのか。」
「あるわ。でも、夢使いにしかわからないものよ。」
「私にかけられた呪いを解く方法の、手掛かりくらいは掴めるかも知れない。手に入るならば手にいれて欲しい。」
 夢の儀式の解読するのは、年季の入った夢使いでも1本何時間もかかる難解なもので、しかも夢の物理法則を知らなければ一語一句の意味さえ理解出来ない代物だと、ムーンは何度も念を押した。しかし、タワーはそれでも納得しなかった。
 強固に突っぱねる程貴重なものではなし、門外不出の決まりがある訳ではなし、遂にムーンは根負けした。一つ見せれば諦めもつくだろう。そしてムーンはユピト宅の前までやってきた。


 ムーンはしばしためらって、表の戸を叩くのを止めた。何に使うと詰問された時に返答に困る。ユピト老にだけこっそり話しておけばいいとも考えた。姿が少し位違っていたからといって差別するような狭量な人ではない。ユピト老だけでなくてもそんな村人はいないだろう。しかし、その後の噂地獄の方が気が重かった。
 それにあのキャリオット。あの男だけは何をするかわからない。キャリオットに先導されれば村人だって何をするか。
 別にそんなに悪いことをするわけじゃなし、ただちょっと気まずいだけだ、黙っていればわからない、ムーンは自分を説得して裏手に回った。書物のある部屋は知っている。窓の鍵はムーンが物心ついた頃から壊れっ放し。小さい頃は近道に良く使ったものだ。目線がやや高くなって、体も少し大きくなっていたが、難なく窓をくぐることが出来た。

 心臓は早鐘の様に鳴っている。顔が上気し、耳鳴りがするくらい興奮している。選んでいる余裕はない。手を伸ばして届いた巻物を一本掴んで、窓を乗り越えた。隠れ隠れ、こそこそとやってきた道行など何の意味もない。ムーンは大股に村を駆け抜けて自分の部屋に飛込んだ。
「ありがとう。さぁ、見せてくれ。」
 タワーが手を伸ばした。その視線が冷たく、命令口調に聞こえた気がしたが、それはムーンの思い過ごしだったのだろうか。

 押し殺した笑い声が洩れる。爬虫類が笑ったらかくやと思われる気味の悪い声だ。ネガティブのワターは滅多に感情を表わすことがないが、一度笑いがこぼれるとそれを止めるのに苦労する。
 ムーンは仕事で外出している。村人に疑われないように、タワーが命令したのだ。命令といっても本人は命令されたとは思っていないだろう。タワーは彼の命令を”人間の若い女性用の言語”に翻訳して伝えたに過ぎないのだが、その効果はてきめんであった。ネガティブは知的レベルが高く、たくさんの言語を操る。彼らにとっては、同じ人間語でも、敵対者用、支配者用とまったく違う言語体系なのである。
 タワーはネガティブという風変わりな人種である。肌の色の違いを除けば人間族となんら変わるところのないネガティブであるが、その精神構造はこの世界のどんな種族とも似ても似つかない。基本的な感情、泣き笑い怒ることから彼らは尋常ではない。そもそも感情を伝えあうことなど不可能と断言できるほど隔たった生き物なのである。正確に調査したものがいる訳ではないので、彼らの感情を喚起させるファクターが何なのかはいまもって謎である。この世界にはネガティブの個体数が少ないことも、謎を深める一因である。彼らは歴史的にごく近世、夢の裂け目から移住してきた人種だと考えられている。望まずこの世界に迷い込み、未だ馴染むことが出来ない異邦人、そういう意味ではタワーのでっち上げた過去もまんざら嘘ばかりとは言えない。

 タワーの使命はキャリオットの抹殺とカードの奪回、そして夢使いの村を支配下に置くか、滅ぼすかである。彼の盟主、領主ルイは随分と贅沢な命令を出したものだ。しかし、それら全てを確実にこなせるだけの力量を持っているからこそ、タワーはナンバー2の座を保持していられるのである。
 タワーは命題を果たすために幾つかの仕掛けをした。まず死んだ豚鬼の長、バルダバログの死体を村の近くに捨てさせた。これは村を壊滅させる為の布石である。ルイに使命を授かった時、即答こそしなかったが、タワーは迷わず夢使いの村を滅ぼす腹積もりでいた。一人いれば軍団をも相手に出来る夢使いが集団で生活している村である。正攻法ではどれだけの軍勢がいても陥落させることなど出来ない。滅ぼすことさえままならない者がルイ軍団に従属する訳がない。もっとも、タワーがその気になれば、方法も何通りかは考えついただろうが、ルイの命令を額面通りに受け取れば、苦労して従属させるよりずっとリスクが少なく、効率がいい。
 それからタワーは夢使いの村を偵察し、最も安全な接近方法を模索した。村から迷い出た飛び猫を捕まえられたのは幸運だった。タワーは飛び猫、アットの記憶から村の概要を学習することが出来た。そして村で唯一妙齢の女性、ムーンの名前を知った。
 彼女の姿はバルダバログを使った”夢の鏡”で見知っている。タワーは一度見た顔は忘れない。それに名前の持つ神秘的な力を加えれば彼女に対して魔法を掛ける成功率は格段に上がる。タワーが得意とする夢占いの技は、姿、名前、それに相手の所持品や髪がありさえすれば空間的な距離に全く関係なく影響を与える事が出来る。

 若い娘というのは、タワーにとって都合がいい。ネガティブという種族はとかく評判が悪い。本質を知っていればネガティブなどにこれっぽっちの信頼もしない。ルイのような自信家でもなければ側に置いたりしないものだ。あちこちで迫害を受けて、という論もまんざら嘘ではないということになる。幸いなことに、ネガティブの存在は世間に広く知られている訳ではない。老人や冒険者はその悪名を知られている可能性もあるが、若い、しかも女性ならばその点は安全性が高い。それにネガティブの男性は、容姿だけならば若い女性に間違いなく好感を持たれることを知っている。その理由は解らないのに、事実を利用する術だけは心得ているというところも、ネガティブの嫌われるところである。
 用心深いタワーは、直接アタックせずに、まず夢を使った。夢占いの技法を使えば他人の夢に出現する事も出来る。ほんの僅かな、頼りない会話が出来るだけなのだが、使い方次第で効果は高い。タワーはまず、ムーンがネガティブという種族を知らない事を確認した。それには確かな手ごたえがあった。魚が釣り針にかかった感触である。タワーはマニュアル通りに行動した。女を訓練するためには弱く装うのが効果的だ。姿を変える夢の技法を軽く使って怪我をしているように見せて、女の迎えを待つ。女がその気ならば現れる、現れなければ別の手を使うまでだ。
 後は何の苦労もなかった。女はずるずるとこちらの命じるままに要求を叶えてくれる。食事を出せ、人に言うな、魔法書を持ってこい、女は献身的に命令に従ってくれる。まったく人間族というのは便利な生き物だ。

 人知れず村に陣取ったタワーは、ひがな一日魔法書に取り付いた。これは、ルイの命令範囲ではない。しかし、彼はそうするなとも言っていない。仕掛けが出来上がるまで数日、タワーには自由時間がある。その間何をしようと彼の勝手だろう。滅ぼすと決めてかかっていても、ここにある知識の蓄積は魅力的である。夢使いが集まり住んでいる所などまず他にはないだろう。生まれたときからこの環境に浸っているムーンには実感がないだけで、この村に蓄積された情報は、夢使いにとってどんな宝物より高価で貴重なものばかりなのだ。
 魔法書に没頭するタワーの姿を見たら、ルイは彼を側近に置いたことを後悔したであろう。タワーは今、ルイの勅命など全く忘れていた。実際、その姿に疑念を抱いていたのはムーンであった。彼女はまだ純粋にタワーが夢使いではないという嘘を信じ切っていた。夢使いではないタワーが真剣に魔法書をひもといているのは理に適わない。しかし、決定的な否定に至らなかったのは、時々掛けられる優しい言葉と、真摯な横顔に惹かれていたからに他ならない。もう彼女の中にキャリオットとの不幸な遭遇の記憶は消えていた。彼女は新しい恋の虜になっていたのである。

「御飯。今日はこれだけしか揃えられなかったの。毎日二人分の食べ物を貰っていたんじゃ怪しまれるでしょ。」
「ありがとう。私はいいんだ。こうやって生き延びられるだけで幸せだよ。」
「明日はお肉も持ってくるわ。最近よく働くの。おなかが減ってしょうがないってみんなにはいってるのよ。」
「無理はしない方がいい。これ。これは君の分だろう。」
「いいの、わたしはあんまり食べない方だから。」
「君の分までは頂けないよ。」
「ありがとう。」
「お礼をいっちゃいけない。礼を言うのは私の方なんだから。」
 優しい声を掛けられた時、ムーンは女に生まれた幸せを感じる。体中が振るえ上がる感じだ。彼のためならば何をしてもいいとさえ思う。何をされても応じるだろうと思う。彼は紳士だから、あの毒虫キャリオットの様に即物的に迫ることなど絶対にない。でも、心の奥に、そうして欲しいという気持ちが芽生え始めているのを止めることが出来ない。キャリオットに言われたのと同じ台詞を彼の口から聞けたらどんなに幸せを感じるだろう。まったく、タワーならずとも女心はわからない。


 両手に構えるのは愛刀征服王(コンクリエーター)。剣というより剃刀に近い研ぎ澄まされた切っ先は僅かな月の光を幾重にも反射してハレーションを見せる。キャリオットは呼吸を整える。涼しい月夜の晩である。身動き一つしてないのにもみあげの間から太い汗の筋が流れる。上腕筋が痙攣する。射殺すような視線で空をにらみつける。キャリオットはそこに仮想の敵の姿を作っているのだ。
 領主ルイ。奴と向かい合った時、キャリオットは確かに恐怖を感じた。奴の構えを見たとき、どう攻めればいいのか見当も付かなかった。恥だ、今もまだそのときの様子を思い出すだけで、熱い苦いものが下腹から込み上げてくる。奥歯がかみ合わなくなるような不快感が襲う。密かに考える。俺はあのとき既に戦わずして負けたのではないだろうか。そんなことはない、ある筈がない、キャリオットは自分を叱咤する。俺はまだ生きている、俺にはまだ勝つ機会が残っている。次に会った時が本当の勝負だ。今度こそ奴の息の根を止めてやる。
 ルイのような奴は一番嫌いなタイプだ。剣の道を極めながら、それを私利私欲の道具に使って覇道に転んだ男。そのなまった剣技に恐れおののく自分は酷く矮小な存在に見えてしまう。負ける筈はない。剣だけを極める俺が、二足のわらじを履いた中年に負ける道理がない。恥だ。恥だ。
 あのときは十人の戦士に囲まれていたが、それは怖くなかった。十人に同時に襲われて、避け損なった雑兵の剣に傷ついても悔しくはない。卑怯者と罵ってせいせいするだけだ。尻をまくって逃げたって、それは向こうが悪いんだ。俺と戦いたければさしで勝負しろってんだ。

「キェェェェェェェイ!!!」

 幻のルイに一瞬の隙を見つけて、キャリオットは懐へ飛込んだ。剣の勝負は一撃で決める、キャリオットは確実な一撃の為にあらゆる防具を捨て、受け身の構えを捨てる。一太刀で敵の急所を切り裂く事が出来なければ、敵の返す一撃は心臓でも脳天でも好きなところへ撃ち込むことが出来るのだ。
キャリオットは獲物に襲いかかる猫科の動物のようなしなやかさ、一瞬風に乗ったような錯覚を起させる軽やかな動きで前進し、コンクリエーターが横一文字、首の高さの空を斬る。
 キャリオットの額からどっと冷や汗が流れる。架空のルイが持つ架空の鉾槍は既にキャリオットの柔らかい下腹部を貫いて背中に抜けていた。


「最近、ムーンの様子が妙だな。」
 ユピト老は長年可愛がっている赤い金魚にいとみみずを与えている。ムーニエはその風情を眺めつつ茸茶をすすっている。何事もない静かな昼下がり、話題を切り出したのはムーニエ老であった。
「急に勉強熱心になったようだ。毎日魔法書を調べに来る。」
「毎日。」茸茶は飲んで旨いものではないのだが、ムーニエの好物である。分厚い陶器のコップをゆっくり回して、縁に付いた出しがらを落としながら、ゆっくりゆっくり飲んでいく。
「それはいいんだがな。私らに挨拶もしていかないのでな。」
「そうか。」ムーニエは落ち着いている。「そういうことなのか。」
「ムーンは、決めたようだな。」ユピトは餌をやる手を休めた。金魚の餌やりはなかなか集中力がいる。うかつに食べられないほどやり過ぎると、すぐに水が汚れてしまう。
「行ってしまうつもりなのか。キャリオット君と。」
「そのためでもなければ、今更勉強熱心になるかな。あの子が。」
「真面目でも、自分からやる子ではないからな。」
「キャリオット君なら、大丈夫だろう。なんだかんだいっても根は優しい男だからな。最後までムーンを守ってくれる。」
「寂しくなるな。」ムーニエは先程から、なくなってしまった茸茶のコップを何度も何度も口に運んでいる。
「寂しがるのは老人の仕事だ。」
「それはそうだな。」
二人の間に沈黙の時が流れる。老人は時間を浪費するのに躊躇がない。
「おまえはいいな、金魚がいて。」
「おまえも飼えばいい。」
「ああ、そうだな。」
「ムーンは、帰ってくるかな。私らが生きている間に。」
「ムーンはこの村を忘れることはないだろう。でも、キャリオット君は帰ってこないだろう。彼には隠居は似合わないさ。」
「ああ、そうだな。」


「ムーン。君に頼みがある。」ネガティヴのタワーがいつも通り唐突に、背中を向けて手仕事をしているムーンに尋ねた。
「なに。」ムーンはうきうきしていた。最近ではタワーに声を掛けられるだけで気恥ずかしいほど浮かれてしまう。
「村の外、私が居たあたりなんだが、赤い石が置いてある。それを持ってきてくれ。」 村に潜入してから一週間。仕掛けは充分使えるまで育ったはずだ。村にある資料は読み尽くした。なに不自由なく世話をしてくれる女もうるさくなってきた。タワーは計画を次の段階に移す事に決めた。
「それは何なの。」
「君に送るものだ。」タワーは表情を全く変えないで話をすることが出来る。その不気味さが、今のムーンにはわからない。ムーンは何も疑わずに村の外、罠の待つその場所へ小走りに向かっていった。タワーはその後ろ姿を見送ると、夢の力を使い、自らの姿を不可視なものに変質させた。それは他人に見せかけるのと同様、周りのものに、自分が見えないという暗示を与え、錯覚させる技である。それからタワーが何処へ行ったのかは誰にも見えない。わかっていることは一つ、タワーの陰謀が成就すれば、村はもうすぐ崩壊するということである。


・・・憎い・・・

 漠然とした意識の塊が膨らんでいた。死を意識する間もなく切り殺された豚鬼の長、バルダバログの屍の中で、今はまだ小さい憎悪の感情が脈動していた。その体は滅びても、憎しみの感情は供に朽ち果てない。それは小さな細胞が増殖して行くように僅かづつ、確実に成長していた。
 既に腐敗が始まった肉体の中で精神だけが息づいているなど理不尽だと思うかも知れない。それは科学万能の伝説がもてはやされる世界での話。この世界では、より強い意志が肉体を凌駕することなど日常茶飯事で起る。バルダバログの粗野で劣等な意識は、それ故に単純明快で力強く生き延びた。それはまだ小さな小さな意識でしかない。しかし、それは肉体との関わりが希薄になればなるほど逆に純粋に抽出されていくエネルギーの塊である。

・・・憎い・・・

それは、何が憎いのか、どう憎いのかなど関係ない、純粋な憎しみの結晶である。現実の恨みを忘れてしまうほどの強力な憎しみのどす黒い波動なのである。

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本格的に文章が荒っぽくなってきました

でも、これ以上こってり書くとそれはそれでテンポっつーものが…悩みどころです