キャリオットは、どんな状況でも人の後ろにつくのは嫌だとだだをこねた。くれぐれも捕虜として不自然な程居丈高にならないようにと忠告されて、キャリオットが先頭にたった。後ろ手に腕を縛り、腰で固定している。その後ろを同じく縛り上げられたムーンが続き、その後ろにタワーが立った。
城の守りはタワーが忠告したとおり厳重であった。崖を降りて街道に入るとすぐに見回りの兵士が2人現れた。
タワーは姓名を告げてルイの元に連れていくように命令したが、兵士は二人ともタワーの顔を知らなかった。彼らはタワーの話をいぶかしがって、その場で待つように命令すると、警備隊長を呼びに走った。
キャリオットは残った警備にぶつぶつと文句を言っている。面倒な手順なんぞすっとばしてしまえ、その程度の裁量もなくておまえら何が楽しいと、文句を言った。あれだけ念を押されたというのに、横柄な態度は直らない。もっとも、キャリオットに芝居のセンスは無いようだし、口数が多い方が負け犬っぽくていいかもしれない、とムーンは考えた。
隊長は四半時でやってきた。夕暮れ時を過ぎて闇のとばりが降りてくる頃、隊長はたいまつでタワーの顔を照らし、本人と判ると態度がひょう変した。タワーは非礼をなじるでもなく、自分が帰到したこと、捕虜2名を連れていることを即刻ルイに伝えるようにと命じた。隊長はかしこまって警備の二人を走らせた。
そこから先はルイの支配下であった。城の周りは平坦で見晴らしがいいが、夢使いの村のようにはじめからの荒地ではない。城を建てたときに外敵の接近を察知しやすいようにと、地面を焼いたのだ。人工的に作られた地平線に幾つも蠢く影はすべて衛兵だ。
三人が城の門までたどり着いたときには辺りはすっかり暗くなっていた。
一行を待って跳ね橋が下ろされた。近くで見るとその巨大さは格別であった。ムーンは立場を忘れて一時見ほれてしまった。
甲高い音と腹に響くがらがらというおとが幾重にも重なって爆音になる。天まで届くような大橋がものすごいスピードで手前に向かって堕ちてくると、ムーンは思わず目を閉じて首を竦めた。続いて橋げたが地面を叩く大音響、砂ぼこりが舞い、髪がなびいた。
目を開けるとそこには堀二つをまたいだ橋がかかっていた。それは可動物とは思えない安定感で、地面の続きのようにがっしりして揺るぎなかった。
御丁寧に門の向こうには武装した兵隊が列を作って出迎えていた。タワーは本当に重要人物なのだと実感できた。
城の中には外以上の密度で兵士が蠢いていた。兵隊の人種はまちまちである。豚鬼が統一された鎧を着ている。野人や一角鬼らしい大きな兵士もいる。半分くらいは純血の人間らしいが、ちらと見た限りでは豚鬼の混血、野人の混血、何だかわからないが人間のようでいて印象の違う奴などバラエティに富んでいる。
タワーは出迎えの兵士の口先から出た祝いの言葉を聞き流し、ルイに面会をするように伝えろと命令した。態度が大きいというよりは、人を人と思っていない扱いに、ムーンは少しむっとした。キャリオットは耐えているようだが、心情察して余りある。この様子では、ルイの所でも仲間から恐れ、煙たがられているようだ。
間もなく伝令が飛んできて、ルイはすぐに目通りするので控えの間で待つようにと申し述べた。急な話でもタワーならば都合を付けようということだ。それ一つ取ってもタワーの権勢が推測できる。なぜこの地位を蹴ってキャリオットに下ったか、ムーンはますますタワーの真意が読めなくなってしまった。
内部は典型的な戦城であった。高く囲まれた城壁は一枚作りで、覗き窓の所まで掛かった梯子でいっぱいである。戦のときには梯子に一人づつ弓手が登り、一斉に五月雨のような矢を降らせるのだが、こうやって裏からみると、舞台装置を裏側から見るようで貧相でな感じだ。
中庭は思ったより広く、小さな花壇もあり、噴水もあり馬留めもある。小さな式典なら出来てしまいそうなところだった。全体の広さは夢使いの村の五、六倍か。ムーンはそう見積り直した。
本当の城は敷地の中に立っていた。3階立てくらいだろう、尖塔の上には掲揚台があり、普段はルイの家紋が翻っているのだろうが、今は降ろされている。替わりに屋根に掛かった宵の明星がひときわ美しい。
キャリオットが先頭に立ってずんずん突き進むので、これ以上細かい観察は出来ない。タワーは迷ったら道案内をしようと思って先程から前に出ようとしているが、キャリオットは概ねの見当がつくらしい。このタイプの城に入ったのは初めてではなさそうだった。結局、キャリオットは一歩も迷わぬ前に謁見の間にたどり着いてしまった。
全体に実用重視で飾りの少ない構成の城内に比べて、謁見の間は贅沢な造りになっていた。絹のカーテンが贅沢に配され、玉座の両脇は大輪の花で飾られている。
彫刻の施された大理石の壁には肖像画が掛けられている。柔和な顔立ちに修正されているが、銀の鎧に身を包んだルイの肖像である。キャリオットはわざとらしく視線をそらせてそれを見ようとしなかった。
殺伐とした城の一室であることを忘れてしまいそうな光景、以前のムーンならばうっとり見とれてしまったかもしれない。金銀財宝には心がないから、それ自身がいまここにある罪を懺悔することはない。しかし、ここにこうしてあるまでに、これら美しい宝物は多くの罪を見ているはずだ。ルイの元にどういう経緯で集まったかは判らないが、それはルイの治める民衆達の日々僅かな労働の積み重ねを集めた苦しみの代価なのだ。それを眺めて心休まるものはやはり無知なのだ。無知でなければ狂っているのだ。素直な感動を失ってしまって嬉しいのか悲しいのか、ムーンにはまだ判断できない。
「下品だ。戦士の風上にもおけん。」キャリオットはよほど趣味が合わないと見えて、露骨に不機嫌な顔を見せる。それはそうだろう。同じ覇道を目指す者でも、キャリオットの覇道は樽酒と飼葉桶いっぱいのかゆなのだから。
部屋の正面に構えられた重い両開きの扉が開く。薄い衣の女官を従えた男、危険な空気をはらんだ逞しい壮年が堂々と現れる。肖像画とは雰囲気が決定的に違うが、この男がルイなのだろうと、ムーンは察した。
男は戦闘服を模したデザインのスーツをまとっていた。本人は気迫の漂う偉丈夫である。なにも無理をして柔和な肖像を描かせるような真似をしなくとも、実物に見劣りがするわけではない。きっと優しい人物を演じることに悦びを感じているのだろう。現に今も慈悲深い笑みを浮かべてこちらを眺めているが、その印象はやはり支配するものであった。
「キャリオット君だったな。ようこそ我が城へ。」
低い落ち着きのある声だった。ルイはゆったりと玉座に腰を下ろした。
キャリオットの肩が細かく震え、我慢仕切れずに不敵な笑いがこぼれ出た。
「取り澄ました顔をしていると後悔するぞ。借りを返しに来たんだからな。」
キャリオットはゆっくり立ち上がった。ルイと比べるといかにも若さが鼻につくが、それでも気迫だけでは負けていなかった。キャリオットは満面に勝ちを確信した挑発的な笑みを浮かべ、胸を張ってルイをにらみつけた。
「薔薇の蕾。」
キャリオットが小声で呟く。そして、今まで我慢に我慢を重ねて溜まりきった、ありったけの力を込めて両手を引っ張った。
しかし、肩の筋がぐきりと鳴っただけで、綱は少しも緩まず、ほどける気配は全くなかった。
「薔薇の蕾、薔薇の蕾!」
キャリオットは大声で繰り返し叫びながら力任せにもがいたが、縛り上げられた腕に綱が食い込むばかりであった。慌ててムーンも呪文を唱えて腕をよじった。
「忠告しておくが、この綱には無夢の力も封じてあります。夢を見ることもできないから無駄な事はしないように。」
タワーは薬の効能書きを読む気軽さで付け加えた。
「悪い奴だな。またやったのか。」
ルイが笑いをこらえて引きつった。
「タワーが良くやるジョークだ、悪く思わないでくれたまえ。」
キャリオットは身動きを止めた。自分自身あまりの愚かさに呆れたのだ。ムーンは自分の甘さを悔やんだ。なんて馬鹿馬鹿しい結末なんだろうか。
ルイはもはや嘲笑をこらえ切れていなかった。本当ならば転げ回って笑いたい心境なのだろうが、そこはさすがに自重している。しかし、その余裕が実に腹立たしい。あまりにあっけなく裏切ったタワーもさることながら、ルイのさげすんだ哀れみのあらわな態度は、穏和なムーンでさえむっとしてしまういやらしさだった。
タワーがしずしずとルイの足元に及ぶ。
「恐れ入りますが、御報告する前に、私に褒美を授けていただきたいのですが。」
「なんだと。」
「報告をお聞きになれば、ルイ様にとって面白いお話しではありませんので。御機嫌のよろしいうちに。」
「まったく喰えん奴だな、貴様は。まあいい、望みは何だ。」
「城の見取り図、全ての隠し通路が記載されているものを頂きたいのですが。」
ルイは怪訝な顔をした。しかし、タワーが意味不明の要求をするのはいまに始まったことではない。ルイはすっかりタワーとの付き合いに馴れてしまっていた。
「わかった。後で届けさせよう。」
「今ここで頂きたいのです。」
押し問答をしても始まらない。言ったことを実行しなければ、タワーは肝心な情報を決して話さないだろう。ルイは女官に指示をし、すぐに一枚の紙を持って帰ってきた。タワーは手渡された図面に軽く目をとおすと、細長くたたんで上着の裏にしまい込んだ。
「人払いをお願いします。」
タワーはかしづいている。キャリオットに対する態度と変わりが無い。平身低頭しているようでいて、からかっているようにも見えなくもない、ネガティブならではの独特のスタイルである。
「必要なのか。」
「ルイ様の御為かと。」
ルイが柔らかく手を上げると女官が音もなく下がる。タワーが部屋の両端を見回すと、衛兵達が動揺してルイに目をやった。ルイが目で促し、衛兵達も部屋を去った。そして謁見室にはルイ、タワー、キャリオット、ムーンの四人が残った。
「さて。」ルイが玉座に深く腰かけ直す。「私に報告することとはなにかな。」
「夢使いの村は降伏の意志なしと判断して崩壊させました。そして、カードの行方なのですが」タワーはキャリオットにちらりと視線を投げた。「この男に直接お聞き下さい。」
そういってから、タワーはキャリオットに歩み寄った。立場は逆転し、死刑を宣告される前に最後の忠告をする執行官のような態度である。未だ立ち直れず硬直しているキャリオットの肩に手を乗せ、大声でもなく小声でもなく、タワーにしては慈悲のこもった言葉を掛けた。
「いざとなったら”許して下さい”と言えばいい。わかったな。」