開拓者の銅像が見つめる先は

忙しなく流れるこの街の風景

 

繰り返すセピア色の中

木造建築は自然に還り

若者が綺麗に縁取られる

 

私はあなたを探した

生意気に指なんて差しながら

敬意の表現方法など知らずに

見つけた時のあなたの笑顔と

静寂に吹いた風の音を今でも覚えている

 

戦禍で燃えてしまったんだ

 みんな みんな

 

遺構で流す涙は

見事にセピア色に染まる

膝の上にいた赤ん坊は

鉄筋コンクリートの狭間で立ち竦む

見知らぬ人があなたの名を呼ぶと

困り果てた声が響いた

 

命の奪い合いをするつもりはないけど

昨年 亡くなった祖母の家は倒れた

父が抱えていたセピア色の写真は

人肌の様に生ぬるく

「死」が温かなものだと思っていた

 

十数年後のセピアの旅人を想い

私は「死」に対して初めて泣いた

あなたと似た使命を持った銅像が

地面を掘り返している

 

今思えば 世界中に

会いたい人がいっぱい居たんだと

母国語で独り呟く

 

 

 

 

 

 

濡れた傘がタコの吸盤の様に張り付いて来る満員電車

箱舟は休日の記憶に霞をかけて流れる

窓に映る人達だけで今日を過ごせと云うのなら

皆でいっそのこと、無人島にでも行ってみたいなと思わせてくれる

そんな現実逃避か願望かを精査している内に

誰かの吐いた溜息が連鎖する空気に呑まれてしまう

他人の足を踏まないように細心の注意を払いながら

歯車を少しずつ嚙み合わせていくのであった

 

目的地に辿り着いた電車は名前を変えて立ち去る

その点、人間は恵まれているなと実感しつつ

喧騒の中に静かに消えて行く

私は急に「いただきます」という大きな声を聴いた

都会が馬鹿でかい怪獣の様な口を開けている

来月流行する音楽を奏でながら、私は食べられてしまった

 

転げ落ちた世界は意外にも明るく、温度は少し低め

至る所に太陽の絵画が飾られている

絵画を外すと、奪い取られた、「寂しさ」と云う名の奴だ

落書きをしてみると、頭を叩かれた、「怒り」と云う名の奴だ

一緒に絵を描いてみると、誉められた、「喜び」と云う名の奴だ

回転寿司のレールに並べられた、希望と絶望を食しながら

流れるはずの涙が蒸発していくのを観察した

 

昨日行った水族館のタコにはしゃぐ子供の感情を

あぐねるタコの足が都会の形相だ

私のひ弱な内臓で潜った深海に住むタコは

この世界の光を未だに知らない

(知らないから美しいのかもしれない)

 

 

 

 

 

 

秋に向かう

広い畑の隅で

群れをなさない

一輪の向日葵は

青空を眺める

 

自転車の音

風を切って走る

飛行機の音

遠い街を描く

年老いたバス停から

期待に染まる声が聴こえる

 

大きな蜜蜂が

花びらをかすめる時

確かな記憶の夏が

深呼吸をした

 

 それは

 不安定な未来を

 案ずるかのように

 

 それは

 遠い国の悲鳴を

 遮るかのように

 

夕映えに伸びる

私の影は

幼さから大分かけ離れた

背丈が少し高くなった

向日葵の後ろ姿は

我が子を見守る

親の背中に似ていて

夏の情緒を知る

 

 

 

 

 

 

桐箪笥に含まれた僅かな水分が

閉め切った部屋の中の空気に滞留している

くすんだ光が窓の隙見から滑り込み

賑やかな夏の余韻に浸る

霜の取れたコップに気の抜けたコーラ

ただ甘くなっただけのその匂いが

遠い海を漂う思い出の残り香になる

重たいカーテンを勢い良く開けると

我が物顔で弾む埃の舞いが

寂寥感のある黄昏の景色に応えた時

涼しくなった風を吸い込めば

細胞が拒絶する様に小さく震える

ここで見合わせた時計の針の位置に

秋を覚えた瞬間があった

それは今が初めてではなく

古い写真を抱き上げてからばら撒く様に

記憶の中をもう一人の自分が歩いている

疲労困憊の旅行バッグを引き寄せて

徐に中を覗いてみると

くたびれた洗濯物が眠っていた

十分な休息を得た洗濯機に放り込むと

空っぽの冷蔵庫が卑しい電気音を奏でる

明日渡すお土産を整理しながら

日常に戻った夕食を口に運ぶと

現実に還らぬと願う夏の終わりに出会う

銀杏並木が色付き始める夏の終わりに出会う

 

 

 

 

 

たくさん笑い合った

遠くなる一日が

まどろむ瞼の裏で

明日を演じている

 

白鷺が飛び立った川べり

鳴き声がこだまする

手が離れる男女の想いが

水面に小さく翳る

 

吹き抜ける風に

街路樹は静かに葉を落とす

散りゆく一片の上品さを

思い出にしたためたなら

 

山の頂上に被る雲に

やがて降り出す雨を乞うだろう

いつになく茜色の夕陽に

照らされたのは心の何処か

 

名前の付いた感情の一粒が

紫雲に吸い込まれる

澄んだ涙を見る

 

落陽の光景に

人生の影踏みをする

夜の闇はいつだって

深く穏やかな波だ

 

 

 

 

 

 

水郷に辺りに咲く紫陽花を見つめて

繋いだ手の優しさの隙間に吹く風に

ひとひらの自由が行く宛を探し出した

もうすぐ豪華客船が動き始める港

 

苦虫を嚙み潰した様な葡萄酒と

発行しすぎたチーズをつまみ

船長の私生活とはほど遠い航海へ

心はイルカの如く飛び跳ねてみせた

 

忘れ時の宴に聖母像は決まって踊り出す

温かいパンの上を溶け出すバターの気持ち

柔らかく波の揺れを泳ぐその瞬間は

出逢いの日の恋の輝きそのものだった

 

外へ出て、本物の暗闇に轟く大海の潮

夢中になった夜の接吻の記憶と

点滅した愛の寂寥の想いより

儚い世界の存在を初めて知る

 

適度な船酔いで目覚めた朝の光は眩しく

珈琲の香りに頭痛の音頭は終わりを告げる

ここで喜怒哀楽だけじゃ足りない事を学び

錨は空を突き刺し、舵は海を制している

 

月日を経ても漂流は続き

孤独は人の心を弄ぶものと嘆く

海鳥の群れも、魚の群れも

空や海という名の付く自由を持っている

 

悲しみの瘡蓋を剝がしながら

言葉は純情とすれ違い始める

穏やかな漣と水平線の向こうに

革命が起こる未来をそっと夢見ている

 

見た事もない圧巻の夕陽に

照れ隠し出来ていない水面の褐色の輝き

言葉を失くした思い出に塗る釉薬

静寂は永遠の為には必須な空間

 

辿り着いた街は故郷に少し似た

人懐っこい笑顔らしい声色の響き

乗組員の出先の酔いに戸惑いながら

口に合う物を求め彷徨い歩く

 

私はここで、旅の疲れが、

扉の重さが、言葉の尾鰭が、

涙の意味が、君の後ろ姿が、

瞼の裏に棲みついている事を知る

 

翌朝の太陽は宝石並みに煌めき

焦燥に駆られるが如く帰路に就く

崖の上に立つ幾多の恋の屍を見た

投げ捨てられ散る薔薇の花束を見た

 

望遠鏡を使わずに現れそうな地平線

美しい経験などしなくても

聖者に解答を求めなくても

運命はまるで聞く耳を持っちゃいない

 

剛体の心で船は悪天候にもめげず

近道に気を取られる事もなく

二人の愛の理想を演じていると

狂おしいくらい涙を流して見上げた星空

 

星の名を云えない不器用さが

骨の髄に神妙に響き渡り

厚顔無恥な日々の倦怠にまで

寄り添う事を誓うのである

 

水郷の辺りで鳴くカラスを横目に

繋いだ手の優しさの隙間を縫う覚悟で

長い航海の果てを知り尽くす船を見送った

その時の、憎々しいほど豪快な船長の笑顔よ!

 

 

 

 

 

「よく噛んで、ゆっくり食べなさい」

母から教わった食事の教えを胸に僕は

「いただきます」と「ごちそうさま」の

文字数を数え終わる前に父の食器が重なる

 

「大人は飲み込むのが早いからかな」

空腹の音につられて出題された問いの答えを書く

異文化交流の授業でフランスの食事について学ぶ

前菜、メイン、チーズ、デザート

一品ずつ食べる形式は給食とはまるで別世界だ

次の料理が運ばれるまで友達との不思議な間に

他愛もない会話がおのずと生まれる

 

「よそ見せず、前を向いて食べなさい」

祖父母の家で言われた事を思い出した

父にはその教えが根付いているんだと

食卓に並んだ夕食をサラダ、白飯、ハンバーグと

順番を決めて食べ進めていたら

最後のハンバーグを姉に取られた時、起きた喧嘩に

家族の間に様々な強弱のある会話は、確かに生まれた

響いた言葉は「料理は冷めないうちに食べなさい」

 

「大人は何にそんなに急いでいるんだろう」

あの日の夜、出した答えを振り返る間もなく

大きくなった食器の重なる音

秒針に追われる父と俺を見て微笑む母の顔に

朝飯とフランス料理の違いを知る、良さを想う

 

 

 

 

 

 

いつになく白黒に描かれた街

覗き込んだ水たまりに映し出された

連日の曇り空に道行く人の表情も暗い

混沌の中 訪れる夜の闇を

季節外れの墓地から来た幽霊の旅人が笑う

乾かない水たまりは足音を奏で

今宵降るであろう雪に怯える

 

長生きをせがむ水たまり

雨として地上に来た事を喜びながら

空ではかつて氷だった事を回顧する

一面に雪が積もれば

水たまりとしての役割を終え冬に溶け込む

ロウソクの火が消えるように

木々が葉を落とすように

人々の濡れた靴が乾くように

生きる事に平等に呼吸をしていると云うのに

 

私が伝えられなかった言葉の数々が

心の奥底に融けずに塊を成している

久しぶりに晴れた冬空の朝

子供たちが凍った水たまりの上で飛び跳ねる

その音が忘れかけていた心の琴線を刺激して

小さな氷の欠片を手で触れてみた

静かに皮膚の隙間に溶け込んでゆく

水の呼吸の音を聴く

 

 

 

 

 

 

立ち止まった悲しげな絵の前

心の形が強張りを見せる中

閉じた瞳の縁を伝う涙

静寂に鼓動の波が揺れる

 

踏切りの向こう側

電車が通り抜ける間に

少女が大人になった様な

淡い青が群青色に変わる

 

涙の理由を考えた事はあるかと

問われている気がする

時間軸を合わせ鏡で覗くと

永遠まで手が届きそうだ

 

それでも貴女の涙は私には拭えない

程よくくすんだ肌色の手は

反射する美術館の床と

四隅で働く監視カメラが映し出す

 

 前頭葉が勝手にあの絵を逆さにしたんだ

 よく見ると瞳がまるで口みたいに

 涙を吸っているではないか

 

部屋の中央 大きな彫刻が

目眩のせいで傾き出していた

その瞬間 私の描いたモナリザの似顔絵が

本物より少しだけ笑っている気がした

 

 

 

 

 

 

昨晩より幾らか空に近づいた花から

風の生まれる場所を聞かれたので

この真っ直ぐな道筋の果てを指差したら

陽気なリズムで踊り始めた

近くで閉まる扉の音と共に

若者が勢い良く日常の風に乗る

路肩を自転車が通り過ぎる

車道を自動車が駆け抜ける

その隙間で生まれた風が

歩道を行く人の頬をかすめた時

巡る季節の感傷に浸る

 

走り出してみると

まるで自分の身体から風が生まれる様だ

早送りで流れる景色に比例する鼓動は

風車を見ているみたいで美しい

すれ違う人の浮かない表情からも

ベビーカーに乗る赤ん坊の泣き声からも

風を感じる瞬間だと知る

 

規則正しい信号機の前で

深呼吸をして息を整えると

真新しい感情の息吹が風を纏う

腕時計の針が煽られた様に動けば

駅のホームに来る電車が

待ち人全員に風を送る

この温度こそが人間の体温なんだ

 

こうして風になった私たちの魂や言霊は

各々の役割を果たすべき場所に配置され

臆病風に吹かれながら彷徨う

黄昏が訪れる頃には

また風が生まれる場所に向かう

 

気がつくと

回廊の中にいた