あなたが去った部屋に

短針のない時計が廻っている

二十四時間あるはずの一日が

刻まれないままで

 

壁一面が夕日の色に染まるとき

綺麗な思い出が駆けめぐる

秒針のように音を立てながら

長針は淡々と一つずつ進む

六十数えれば孤独な夜だ

 

朝日が昇ればカレンダーがめくれる

悲しんでいる顔もまた歳を重ねる

コーヒーカップは机に挨拶した

 

時計の短針だけ買い替えようと思う

いっそのこと色も形も奇抜なデザインで

カタログを見て想像力を掻き立てている顔が

過去に捕らわれているみたいで嫌いになった

 

新しい時計を眺めていると

その神々しさに魅かれてしまう

傷一つないという輝きと響きで

真新しい日々を歩んでゆけそうだ

 

でも心は拒んでいて

秒針と長針は無言で戦っている

 

私たちがこの感情で廻り続けていても

笑顔が遠くなるだけなんだ

 

修理する覚悟を決めて時計を外したとき

積もった埃で出たくしゃみの数は

あなたを忘れるまでの日数

色褪せた壁紙は

あなたと過ごした思い出の色

時計の裏で保たれた白い部分は

互いに許し合った未来の余白

 

 

 

 

朝に光に似合う話題を探して、夕暮れを歩い

ていると、風はどんな時にも逆らわずに吹い

ている事がわかる。さみしいって言ったら負

けのゲームがあったら、すきって言ったら負

けのゲームを誰かが開発する。私が負けても

文明は続く。敗北者が勝ち得られなかった永

遠の借り物競争。明日から勝つ事にこだわっ

て生きたら、風に抗う日々が続く。仮に勝っ

たとして、私は負けた人の顔や名前を忘れて

いくんだろうか。節目が来る度に会わなくな

った人達みたいに。だとしたら、風は抗った

人だけを覚えている事になるのか。私の心は

ブラックリストか、指名手配犯か、はたまた

風にストーカーされているのか。暗闇に向か

って話しかけた時、いつのまにか過去と対峙

していた。自分の名前に飽きたなんて、両親

(良心?)がかわいそうかもしれないね。こ

こで、一筋の光が射したら、それは希望の光

か。風向きがわかれば、どこにいたって楽し

い日々、優雅な人生。惨めって、自分さえ感

じなければ、美しい涙に変わる。

 

風さんよ、私の名前を覚えていますか。

私は君の名前を未だに知らないから、忘れた

事は一度もないというのに。

 

 

 

 

 

 

アイスクリームが溶けるほどの優しさは誰も

が持っているから、嫉妬にケチャップを塗り

たくってみたら、喋る言葉が全て赤く染まっ

て、誤解の可視化に成功した。初対面の人が

放つ矢が私の心臓に刺さって、連れ去られた

ら困るからと必死に保った意識は惨めじゃな

い。選択肢は沢山あるのに禁止事項が溢れて

いるから、ゴミを慎重に捨てなさいっていう

理由で、ゴミ袋が有料化されたんだ。地下鉄

の窓の一枠に映る面子だけで無人島に行きま

しょうって企画で、仲良く暮らせたら運命な

んて余裕で信じあえるね。何年も会っていな

い友達に電話するより、隣の席に座る人に話

しかける方が容易く感じるのは、寂しさの水

が身体のあちこちに溜まって痛み出している

からで、病院で診察して病名を頂いたら、安

心しちゃうんだろうな。歴史に名を刻むくら

いの代物だったら、それはもう魔法の言葉。

でもその言葉で傷つく人もいるんだから、優

しいだけじゃだめなんだ。

 

だから、自分の言葉に責任を持つために

嫉妬だけにケチャップを塗る。

 

 

 

 

 

真っすぐに続く道

絹路(シルクロード)ではない

陽炎で歪んで見えるのは

私自身の情熱だろうか

祀られたいくつもの魂が

怪訝そうな顔をしながらこちらを見ている

別に逃げた訳ではない、と

地球の自転に従っただけだ、と

寂寥たる荒野の前で己を庇う

空っぽの花瓶が割れたとき

終末の幻影を見たよ

鏡の前の私は、というと

頭蓋骨、鎖骨、背骨、手足の骨

若者とさぞ変わらないではないか

心の形までは

レントゲンを撮ってもわからない

筋肉のつかない箇所だから

今更鍛えようもない

破れた夢の痛みに魘される

私の身体を流れる点滴が

無邪気に走った後の水のように染み入る

あぁ、なんて懐かしい邂逅だ

青空がこんなに綺麗に見えたのは

風の回廊を走った若い頃以来だ

時を戻せないのは百も承知だから

せめて真っすぐなこの道を曲げてやろう

若者としての情熱はまだあるのか

 

私は動く天井を眺めながら

手術の怖さと戦っている矢先

麻酔銃に撃たれ深い眠りについた

 

 

 

 

 

残り10㎞のマラソンで5,6番手追走

先を見れば絶望、諦めれば失望

これくらいの孤独が一番辛いと

並走するランナーが言えば

ライバルなのに世界に君しかいないと

錯覚させる程の冷酷な優しさ

このまま二人で切磋琢磨すれば

4番手のランナーに近づけるはずと

提案すれば駆け引き

君が同級生なら楽しいひとときだったかもしれない

 

振り返ればスタートした時は名前しか知らない

プログラムの中の一行でしかなかったと追想

この状況は日常で起きたら

運命とか洒落た言葉がよく似合う

勝負の世界では綺麗事にすぎないが

 

ペースが上がってきて

右心房が忙しく酸素を送り続けている

長い直線で前のランナーの陽炎を見た

4番手のランナーに向かって走り出すその姿は

まさに友達そのものではないか

入賞して喜べばコーチからの熱いお叱りの言葉と

次の試合までの鍛錬が待ち構える

それが本当の孤独だと知る、残り8㎞地点

 

 

 

 

 

優しい色を探して歩く

空の色 花の色 服の色 交差点の色

いろんな色があふれているのに

手をつなぎながら笑っている

信号機だって急に三色全て点く事はない

色褪せた看板の薄く剝がれた色は

街を維持する事の難しさを体現する

同じ色の車だけ走る道路があったら

それはある種のモノクロの世界

画家なら単色を幾つもの種類に分類する

日差しが眩しくてかけるサングラスは

目にとっては一番の優しい色だ

 

自分の色を探して歩くと

嫌いな色が見つかるようになる

原色同士は主張がぶつかり合う

淡い色が生まれた理由は

争いを無くそうとしたのかもしれない

流行色に染まるのは美しいのか

光に反射する色は美しいのか

桜並木の桃色 菜の花畑の黄色

そば畑の白色 海の群青色

秋の紅葉 冬の銀世界

個性は要素で自然に馴染めば

自分の色を創り出す事が出来る

風景は原色の組み合わせだ

 

楽しい心でふと立ち止まったら

広がる茜色の空

何気ない日常の色は無機質だけど

常夜灯の優しさに似ている

静かに縁取られた自分の色に

明日の模様を描き出せば

夜の暗闇なんて怖くない

 

 

 

 

 

外枠だけ綺麗に色づいた塗り絵

題名は「傷つけたくない」

尊敬する作者の絵を自分の色に染めたくない

という思いから生まれた作品

塗り絵の概念を覆す発想は展示会で特別賞に輝いた

私ははその審査に複雑な思いを抱いた

そもそも色を塗るに値しない絵だったのか

あるいは学校のテストを白紙で提出するように

何かの合図だったのではないかと

私は彼に無性に会いたくなったが

口下手だから絵で心を伝える事を選んだように

作者の素を知るとイメージが壊れるという懸念に捕らわれる

そこで彼に過去の作品の塗り絵を贈ってみたものの

ひとつき、ふたつき、みつき経っても返事は来ず

そして私は新しい作品を描く事にした

それはまるでモノクロの世界で

自分でも色をつけ難いと思ってしまうほどだったが

塗り絵の題材には願ってもない作品で

次回の展示会が楽しみで仕方なかった

 

当日、拝見した塗り絵は

様々な個性で色づいた作品が展示された

結果、彼の作品が最優秀賞に輝いた

題名は「色を塗らせてくれてありがとう」

繊細なタッチと思い切りの良い配色はプロ顔負けで感動した

私は塗り絵の下絵を描くうちに

自分の色を探していたのかもしれない

 

 

 

 

 

人は酸素を吸う度に白い糸で結ばれている

ネットワーク、コミニュケーション、

曖昧かつ普遍性

美しく、無力な時の流れによって生命は誕生した

沈む夕日が感情の真実をひた隠したままだから

幼心の理想論が運命の赤い糸を創り出した世界

 

美術館で涙を流す老婆の瞳に孤独感はないから

過去を美化する事は心の特技であるのは明瞭だ

ポケットからゾンビが出るコートを着ていたら

問題を解決する前に抹消する事を選ぶだろう

 

私があなたを愛する時、

あなたを愛した誰かの糸が赤く染まるだろう

でもあなたは両方の糸を切る事は出来ないと

昇る朝日が教えてくれた時、

私は愛と憎しみの血流の中を泳いで

白い糸を赤く染め上げる

二人を美化する絵画になる

 

鶏もも肉の大容量パックになった十羽の鳥の

事を思うと食欲が出なくなるのは菜食主義者

への道か、スーパー、同調バイアス、純が産

まれた時からその光景だから疑う余地もない。

私は焼き肉が好きだし、野菜も食べる、お刺

身が魚たちの大解剖だとわかっても、ニュー

スのコラムにはならない血が流れるだけ、残

酷じゃない。

 

家とスマホがなければ仕事も見つからない、

生きるお金もないなんて、人間の寿命って本

当は短いのかな。痛みに気づかず口笛吹いて

歩いていたら、占い師、バーナム効果、十年

以内に結婚して子宝に恵まれる長い人生が訪

れるという助言。私には好きな人はいないし、

出会いも少ないけど、人間は野垂れ死ぬ事は

ほぼしないから、大体はそういう運命になる

んじゃないかな、思惑通り。

 

花は散ったら死ぬのかな

木は枯れたら死ぬのかな

雪は溶けたら死ぬのかな

愛は冷めたら死ぬのかな

 

寿命を考える優しい世界は、交差点で話せば

宗教だね。この手の詐欺が流行すれば、私は

騙される自信があるよ、お金はないけど。そ

こでもし命を奪われたら、さっきまで議論し

た寿命はあくまで理想論でしかないね。純の

寿命なんて自分でもわからない、時代の迷子。

 

だからって、夢や希望がないとか、幸せにな

れないとか、そういう結論ではなくて、自分

へのご褒美にステーキを食べる、私の寿命の

お話。

 

 

 

 

 

忘却と曖昧は線香の匂い

記憶の整理と共に思い出を供養する

寝不足で感じる他人の優しさは悪女の深情けだ

孤独を欲する事は悲しみの一部ではない

 

若者の忘却と老人の曖昧は戦争の始まり

晴れたまま降る雨に傘は間に合わない

子供達が疲弊する前に大人達が防空壕に逃げる

世の中に蔓延る自己愛が創った避難経路

 

悲しみのニュースに群がる人々は

線香を焚く時にはもう別の話題に一喜一憂する

優しさの飛び降りには振り向かない

街が再開発される度に線香の匂いを嗅ぐ