私が派遣社員として新しい勤務先に1年半もの間通勤をしていた最初の頃は比較的短い距離の道を選んでいました。これは普通誰もが思いつく時間をかけない経路というものでした。
駅から中学校までを直進して、それからコの字型に道を曲がっていく経路で、地下鉄の駅から上がると中学生の通学途上を見ることになるのでした。都会の中学なので、私と同じく地下鉄で通学している子供たちもいて、一緒に階段をあがっていくこともありました。地方の生徒の様に一列に並んでなどいう集団を意識した歩き方をしているのは見かけたこともなく、皆がばらばらになって金魚の糞よろしくぷつぷつと切れているのが移動していくように見えるのが特徴的だと見えました。かばんはビニール製のスポーツバッグみたいなもので、手にもって歩いている中学生たちが多い中、わざわざリュックサック風に背負って歩いているのは少し変だなと思いながら見ていました。都会の中学校だけに入り口には先生が見張っていて不審者を入れない様にしているのが分かるので、こういうところが都会の学校だなと感じました。ここは都会の中でも都会の場所だというのを認識させるには十分すぎると感じました。
中学校の斜め向かいには小さな蕎麦屋があって、この蕎麦屋の入口には毎朝決まって店で使うらしい手ぬぐいとかタオルが物干しハンガーにかけて干してありました。この店はビル街の真ん中あたりの場所ということもあって一日中日当たりが無いという場所だったので、こういう洗濯物は外の風で乾燥させているのかと思ったのですが、都会だけに塵埃が多い道路際で干すのは如何なものかと毎日疑問を感じさせる場所でした。
更に少し歩くと、中学校の先にはビルを持っている蕎麦屋があってその前を通ると朝から仕込みをしているのが外から見えました。この蕎麦屋は近隣に手ごろな食堂がないこともあって昼時は何時も混み合っていて、私も何度か利用したことがあったので気になっていました。注文して出てきたものは決して上等ではないと思いましたが、朝方からの仕込み作業をしているのを見ていると、改めて繁盛をしているのが判ろうというものかなと自分自身を納得させていたのでした。
その蕎麦屋の先を左に曲がるとドアだけがある看板の無い店があって時々綺麗な花が入り口に飾ってあるので何の店かなと暫く疑問を持っていましたが、ある日の夕方帰宅時にそのドアだけがある店の前を通ると丁度人が出てきたので中を見ると酒が並んでいたのでバーだというのが分かり、一つ謎が解けたように思いました。こういう店は看板も無いような店なので、本当に口コミでしか来ない人たちの店なのだろうとも思いました。都会の本当の片隅の本当に小さな店で何時無くなってしまうのかと思ってみていましたが、私が派遣社員として通勤していた1年半の間には無くならなかったので不思議に感じました。
通勤で朝早く歩いているとビルの一角にある何の変哲もない入口には、夕方帰宅時には暖簾が出るので、ここが料理屋なのだというのが分かりました。そういう割合に小さな小料理屋風情の店が通勤途上の道のあちこちに点在しているのも築地に近い場所柄かと思えて、帰宅時にそういう店に明かりが入っているのを見ていると都内の中の喧騒を少しは忘れさせてくれるように思えるのかなと感じるのでした。
話は変わって、ビルを持っている蕎麦屋の斜め向かいのビルには通りから見られるガラスのショーケースがあって時代物の撮影機が何台か置いてありました。映像関係の仕事をしているらしい会社が入っているので、その会社の宣伝用かとも思ったのですが、私はその撮影機のレンズがフランス製の有名な会社のものだったので非常に興味深く思ってしげしげと見ていました。クラシックカメラを趣味としないと理解できないような世界かも知れないと思わせるもので、私もこのフランス製のレンズを持っているので余計に親近感が湧いてきて、レンズを見ているとさぞかしきれいな映画が撮影でできたのだろうと想像を掻き立てるようなものでした。カメラのレンズに興味もない人たちには、古い撮影機は骨董品という風にしか見えないのだろうなと思いながら毎日この撮影機のあるビルの前で足を止めて見るのが日課にもなっていました。