派遣社員として勤務を始めてからは毎日朝9時から夕方5時という規則正しい生活になりました。社員として勤務していた時の勤務時間は、会社を退職する5年程前には朝7時から夕方5時30分と決めていたので随分と楽になったと感じました。社員の時は営業職という事もあり、常に割り当てられた会社の利益確保や難しい顧客への対応をどうするか等という事を年中考えていたので神経をすり減らすように思えましたが、派遣社員は本当に限定された仕事をこなすだけという意味でも楽になったと感じました。以前の職務がいかに大変であったかを再認識できたのを身にしみて感じることが出来たと思いました。
前項でも話した通り、規則正しい昼間の生活の反動で朝晩の通期途上の景色に色々なものを見るという事が楽しみにもなったのでした。勤務していた会社が築地に近いというせいか、通勤途上の路地には有名な料亭が何軒かありました。その朝晩の光景が面白かったというか、表裏が見えて社会観察ができたと思う事がありました。
 
料亭とか料理屋の表ばかりか裏手に面する道路を朝早く歩いていると、料亭とか料理屋から出さるごみが出しあるので使っている材料が知れるという事でした。特に魚を入れてある発砲スチロールは中身を出したまま壊しもせず出してあるので、注意してラベルを読んでみると産地とかが分かるので、仕入れのレベル感が分かりました。有名だからと言って決して上等なものを仕入れていないというのが分かって、料理は皿で食わすという事をして儲けているのだというのが分かりました。時々は油の缶もごみで出されていたので見てみると、業務用の油で銘柄品でもないで、こういう街の食堂でも使うような安い価格の油を使っているのが分かると、有名料亭という名前との落差が大きすぎて少々疑問を感じざるを得ないという感想を持ちました。
ある日の朝、料亭の勝手口から随分と老け込んだ人が出てきて、荷台に野菜を積んでいた自転車でのろのろ去っていくのを見かけたこともあります。野菜を納品に来たのかと想像が出来ましたが、その老人が如何にもみすぼらしいのが立派な料亭には似つかわしくなく思えて記憶に残っています。料亭も表は立派でも料理場では安い野菜を仕入れるのに腐心しているかと思いました。別の日には、ベンツに乗った業者がビニール袋に入ったものを持って勝手口に入ったので、これはこれで納品する物にはこのベンツの費用も含まれてさぞかし高いものなのだろうなと思ったこともあります。
夕方になると、料亭の入口には止め塩が置かれ、スーツ姿の男性が客待ちをして立っていました。この男を見ていると、この人の給料も料理の料金には入っているのだなと思って、これじゃあ益々料金は高くなって、客は料金が高いので満足感も高いという構図が出来ているのだろうと思いながら、入口に立っている男を見て通りすぎるのが日課でした。
私の夕方の帰宅時はまだ時間が早いので料亭に来る客は殆ど見ていませんでしたが、それでも時々は黒塗りの車が料亭の入口近くに停車していて、車を見ると一見して社用族が乗っていたなというのが分かるものでした。こういう料亭は値段が高い分、個人ではなくて自腹ではない社用族でもっているというのも再認識させられました。費用を自腹で出さないので、自然と出てくる料理にも関心がなく、有名な店だということだけに満足感を持っているので、料理の中身よりも体裁ばかりにごまかされているのだろうというのも容易に想像できると思いました。料亭の表と裏の両方を見ていると、その実態が見えると毎日社会見学でもしている気分にさせられるのでした。
随分と昔、私は顧客を会社が保有する接待専用の施設で顧客に同伴して料理を食べたことがありましたが、そういう昔の光景を思い出させるような場所だなとも思いました。遠い昔の成長期の日本の接待用の施設というのは、今どきの有名料亭なんぞというものよりは余程格が違っているように思えて、日本経済というべきか、それとも日本の国力というべきものの勢いがなくなっているという一断面をみているような気にもなったのでした。