システム開発に関係した人たちの行動を見てみると、人間学の一端が見えるような気がしました。
システム開発を発注した会社の情報システム部員は、会社の業務が他人と争ったりする必要のない性格のせいか、何か事件が起きても対応は殆ど不可能にも思えました。基本的には性善説を信じる傾向があり、他人を悪く思うようなことがないので、逆にそこをシステム開発を受託した事業部のプロジェクトマネージャーに突かれたと感じています。普通は突かれると反論が出るような場面でもそのままやられてしまうことが連続したのだと思います。
普通の会社では修羅場になると、突然急に豹変した元気な人が出てきて戦う事があると思うのですが、そういう事が無かったので常にやられっぱなしということで終わったのではないかと思います。
それでも情報システム部員としては新しいシステム開発が出来たということは部の成果として認めてほしいという事はあったと思います。しかしながら、その仕事が本当に当初考えていたもの通りかどうか証明してくださいと問われると出来ないというのが実態だと思います。情報システム部門に所属しているのが情報システムに精通していることではないのを自覚した上での対応を考えるという事が必要と感じました。
 
システム開発を受託した事業部の暴走ぶりはブログで書いた通りですが、ここに人間模様が埋まっているように思えます。
プロジェクトマネージャーは何でプロジェクトマネージメントが出来るのか不思議なくらいに人望の無い人間に見えたのですが、この事業部ではそういう仕事をさせていました。人望なんか無くても仕事さえ出来ればいいのではないかと思えるのですが、その仕事が出来ないので問題が出るのでした。その仕事が出来ないのを顧客のせいにするのもこのプロジェクトマネージャーの人間性を表していると思いました。
このプロジェクトマネージャーの言を真に受けた役員も間が抜けていたのは、自らの能力がないのを人柄をよさそうにふるまう事で隠していたのでした。
システム開発を受託した事業部のプロジェクトマネージャーはシステム受注後も自ら担当する顧客業務を勉強するでもなく、システム開発進捗に心配するような気配も見せずに、私の担当しているサーバーのメモリ構成が云々というような新入社員がやるようことに熱心に口をはさんでくるのが不思議でした。プロジェクトマネージャー自身がシステム開発で何をしなければならないのかを全く理解していないという事も露見したのですが、社内ではそういう異常行動に対しても誰も不思議に思わないのが不可解でした。背景には全て外注任せにしているという無責任体制があるので、何かあっても外注に文句を言えば事足りると考えていたのではないかと推測しています。
上司の事業部長や裏方の役員は、顧客のシステム開発の事よりも事業部の業績だけが心配なので、少しでも損をしそうな事態になると直ぐに顧客を脅してでも金を取ろうという行動に走るのでした。そういう行動をしても大手の顧客ではゼロ回答で追い返されるだけなので、この事例の様に中小の弱い立場の顧客はまさに狙った獲物に見えたのではないかと想像されます。
システム開発を受託した事業部からは担当のシステムエンジニアがぞろぞろと出てきたのですが、一様に言えるのは口先が滑らかな事でした。システム開発の発注者である情報システム部員の足元が見えると、無知に付け込んでああいえばこういうと言う様にしか聞こえないことが多々ありました。ある意味では顧客を小ばかにしている様にも見えた時もあったということです。
 
顧客の窓口である営業部長もシステム開発がきな臭くなってくると危険を察知してさっさと逃げの態勢で自分は関わっていませんと表明したほどでした。顧客との問題の折衝役が不在になって、システム開発を受注した会社に顧客の味方はいなくなり、費用は全て顧客持ちが妥当であるという事が社内でも常識になったものと思われます。営業が顧客との調整役を果たすことで企業間の取引は双方に不満があっても成立するところを、顧客だけが損をする事態を責任逃れしたい営業部長が図らずも仕組んでしまったとも言えると思います。
 
そうこうしているうちに3年間が経過して本番が始まりました。テープカットという行事までして大々的に新しいシステムで業務が開始されたのですが、一体誰が何をもって新しいシステムが完成したとは説明はされませんでした。
システム開発を受託した事業部では何をもってシステム開発が完了したのか理解しているのかどうか不明です。顧客から検収書という紙一枚を貰ったので終わりましたというのは小学生レベルの発想です。当初の構想に対して何が実現できているのか、その出来栄えの評価といった一連の成果がきちんと説明されたときに完成と言うべき仕事なので、それが説明できていないうちは未完成というべき代物と思います。言葉を換えれば、口先だけで作られたシステムであったとも言えるかもしれないと思います。