核兵器が使用された場合の結果に対する意識が、日本人とそれ以外では決定的に違う。
日本人なら、広島と長崎に原爆が落ちたことは誰もが知っている。程度の差はあれ、子供の頃から、原爆投下後の映像を見る機会があっただろう。日本人が当事者だからというのではなく、単純に、映像を含め、情報に接する機会に歴然とした差がある。外国人の多くは「核兵器は威力の大きい爆弾」ぐらいの認識でいる。核兵器を保持している国家の首長からして核兵器とは何かを知らない。ほとんどの外国人は核兵器を「全く知らない」。アメリカ人に至っては未だに「あれで良かった」と思っている。
この認識の大きな隔たりが、広島と長崎を、かけがえのない存在足らしめている、と言って差し支えないだろう。
原爆の正確な情報を大量に出すことには「持つな」と言う以上の訴求力がある。「持つな」と言われても「それほど威力のあるものならば、持つのが当然」と考える独裁者もいれば、「紛争相手国が持っているのに自国だけ持たないという選択はできない」と考える国もある。持つことを止めることはできない。「持つな」と言われて困る国もあるのだ。持たなくてすめば持ちたくないのが核兵器だ。
世界から核をなくすことができなくても、核兵器が使われたらどれほどの被害があるか、いかに悲惨な結果をもたらすかを拡散することができれば、これを理解した首長が、また民衆の声が核使用の抑止となって閾値を上げるのである。
この機会に、NHKが意義のある仕事をしてきたことも付け加えておきたい。NHKは、最近、散々な言われようだが、ぼくは原爆についてNHKから多くを学んだ。
左翼が作ろうが、誰が作ろうが、この目的にかなう情報発信を行ってきた人たちに対し、原爆の日を前に、賛辞を贈りたい。
2年前の2011年10月1日に、1953年制作 映画『ひろしま』デジタルリマスター版を、公開初日に観に行った。私のアーカイブから。
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今日、八丁座で『ひろしま』が初日。プロデューサーの舞台挨拶がある。
原作は『原爆の子~広島の少年少女のうったえ』。再現映画と呼ぶべきもので、原爆直後の市内の惨状を忠実に再現することに努力が払われている。実際に広島をロケ地とし、広島市民8万8千人のエキストラを動員。原爆投下後わずか8年でこれだけの質の映画を作れてしまうことに非常な驚きを覚える。
日本教職員組合(日教組)が映画化を決定し、広島県教職員組合が制作。当時、描写がリアルであることを理由に上映館が制限されている。家に帰ってさらに調べてみたところ、実は原作を同じくして同時期に制作された映画がもう一本ある。『原爆の子』がそれで、wikiによると
「当初、日教組と新藤(兼人)の協力で映画制作が追求されたが、結局両者は決裂し別々に映画を制作した。」
原作は1951年出版。新藤兼人監督による『原爆の子』は1952年、『ひろしま』は関川秀雄を監督に迎えて1953年制作と、制作競争の状態にあったことが窺える。
映画の思想的背景を知る上で制作者の舞台挨拶は多くの情報を与えてくれる。
プロデューサーの小林一平さんによると、この度の上映は、あらためてデジタルリマスタリング版を作り、世界に向かって公開したいので、実際見てもらってその良さを知ってもらった上で協力をお願いしたいという趣旨のようだ。すでに英語字幕は出来上がっているとのこと。本日の広島を皮切りに全国で上映、東京では来年8月6日に史上初上映を迎えるということだ。
お父さん、小林太平がこの『ひろしま』の補監督として制作にかかわったことからこの仕事を引き継いでいる。
映画 「ひろしま」 と父・小林 大平
上記『原爆の子』についてのいきさつなどには触れられなかった。
上映中、報道関係者が劇場内でカメラの三脚を立てて取材、上映後も地元の放送局が映画を観終わった人たちを捕まえてあちこちでインタヴューしていた。ぼくも、小林さんを捕まえて15分ほど独占インタヴューを敢行した。気持ちよくフランクに答えてくれた。
以下、インタヴュー内容
小林一平さん「非常に良い映画でしょう?」
xybjp949「ええ、すばらしい映画でした。」
小「映像をきれいにして多くの人に見てもらいたい。」
xy「反核の映画だと思いますが、広島も含め最近日本では、戦争を繰り返さないために核兵器を保有するべきだという従来の反核思想とは異なる考えが出てきています。彼ら保守と呼ばれる人たちに対して何かメッセージがありますか?」
小「何もない。自民党の人たちのこと??」(こちらの言っていることがよく分からない様子)
xy「たとえば、田母神さんのような。原爆を落とされた日本こそ核兵器を保有する資格があるという考え方。たとえそれを使うことがなくても、抑止力として持っていなければ攻められる、外交上、言い分を受け容れなければならなくなるという。」
小「抑止力の話?いったいどこの国が攻めて来るというの?どこも攻めて来ない。」
xy「中国は危ないと思いますが?」
小「このプロジェクトは福島の原発事故の前から始まっているが、兵器としてはもちろん、原発も含め平和利用であっても、人類にとって核というものは扱いきれないものなのだ。だから核兵器も原発も反対だ。そういうことを世界中の人に訴えたい。広島、長崎という名前は知られているが、実際そこで原爆が落ちてどういう惨状があったかは知られていないでしょ?だからそれを見てもらって、考えてもらい、難しいことかもしれないが核兵器がなくなれば良いと思っている。1953年の国際理論物理学会で原爆開発者2名がこの映画を観ている。彼らはそのとき初めて原爆の悲惨さを知った。原爆の開発者でさえ、それがもたらした結果のことは目にしていないほどだった(そのくらい原爆は国際的には知られていない)。」
xy「実際、今直ちに原発を止めてしまったら、これだけ大きな電力をどうやって安定供給するのですか?」
小「いや、東京では間に合ったよ(笑)」(「この夏、足りたではないか」の意)
xy「反原発の話は、ごく最近、事故から持ち上がった話でそれ以前には聞かない話でした。原発が危険であればそういう話はもっと前からあっても不思議ではなかったと思いますが?」
小「日本はそういう議論をして来なかった。原発を始める時も、みんな、なあなあでちゃんと議論をしていない。アメリカでは日本が原子力発電を始めたことで日本が核兵器を容認したと受け取っている。それに福島では事故が起きるずっと前から、他の土地よりも奇形児が数パーセント多く生まれている、研究者とも付き合いがあっていろいろ聞いている。原発は危険なんだ。」
xy「そうなんですか?」
小「そうだ。それにこの映画では、原爆の悲惨さだけでなく人々の愛情も同時に描かれている。そうでなければ酷い描写が多くて、オカルト映画みたいでしょ。人は、そういう難しい(政治的な)ことよりも、もっと人として基本的なことに立ち戻って、この映画を観て欲しい。」
もっと突っ込みたかったが、ここで時間切れ。
映画を応援している人たちには、米谷ふみ子(芥川賞作家・反核活動家)、坪井直(日本原水爆被害者団体協議会代表委員/理事長)、他に広島平和文化センター理事長、立命館大学国際平和ミュージアム名誉館長、広島市長、長崎市長などいわゆる左翼が名を連ね、反核映画であることは疑いないが、確かにこの世界で最初の核兵器の惨状は国際的には知られているとは言い難く、そのこと自体が広く世界に知られること、そのために彼らが努力を傾けていることに対しては、思想の違いを越えて高く評価したい。
日本が武装することは必要。しかし、同時に核兵器がもたらす結果を十分認識しないまま日本を侵略しようとする外国政府とその国民に対し、その悲惨さをしっかり見せてやり、啓蒙し考えさせる、この情報発信は日本にしかできない。
この映画については wikipedia にも情報があるので参照してみてください。
ひろしま (映画)
原爆の子~広島の少年少女のうったえ
原爆の子 (映画)
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