広島世界平和ミッションは「広島国際文化財団」による2004年から2005年の1年半に渡る被爆60周年プロジェクト。
「核保有国や潜在保有国、紛争地域などへ被爆者や若者らとともに記者を同行派遣し、被爆の実相や、惨禍の中から広島市民、県民がはぐくんできた『平和と和解』のメッセージを直接人びとに伝える」(広島国際文化財団理事長 山本信子氏)趣旨で実施された。
中東、アフリカ、北東アジア、北米など計六陣、十三カ国に使節団を派遣。第二陣が、支那、韓国だった。
第二陣の顔ぶれ。
激論 核の認識 大きな隔たり
短いながらも、重要な情報を伝えている。
一行は、まず東京の在日本中国大使館に、現地で原爆展を開けないかを打診しているが拒否されている。中国人民平和軍縮協会の牛秘書長は、「日本人民は原爆に遭ったことで自分たちを被害者とみている。日本が引き起こした戦争と結び付け、正しく認識するべき」と述べ、支那政府と同じ立場に立った。
民間人を大量に死に至らしめる目的で行われた無差別爆撃の被害者に向かって「戦争の加害者」を持ち出すのは「平和軍縮」団体としては論点がずれている。彼が使っているのは国家のロジックである。
また、彼らが直面した牛秘書長の姿勢(「一行は、いきなりの長広舌に戸惑いを隠せなかった。」「熱弁は一時間近く続いた。」)は、外務省から漏れ伝わる、国対国の交渉における支那の外交担当者の態度を彷彿させる。
彼らは「日本人には加害者としての意識がない」、二言めには、「歴史を正しく認識しろ」と一方的にまくしたてる。
話し合いの中身からも、政治臭が漂ってくる。
「議論はすれ違った。とりわけ、原爆投下に始まる核兵器の問題をめぐる考えは大きく隔たった」のに、「・・・政治学を専攻したという牛秘書長は『珍しく率直な議論になった』と(言った)」のだ。
団体の実体については明確な記述がある。
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・・・訪中の交渉も難航する中、軍縮協会が受け入れた。設立は一九八五年。原水協系の原水禁世界大会に参加し、広島市とも相互交流を続ける。これまで「民間平和団体」と報道されてきた。
メンバーは協会が入るビルに車が入る際、敷地正面に「中共中央対外連絡部」の看板があるのを目に留めた。軍縮協会は中国を一党支配する共産党中央と密接な関係にある国際部門といえる。
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人民平和軍縮協会を訪ねていったら「中共中央対外連絡部」の看板があった、「民間平和団体」だと思っていたら、共産党の機関でした、と言っているのである。
この報道は、もちろん広島市にも伝わっている。知らなかったなどとは言わせない。2004年には、中国人民平和軍縮協会が共産党の機関であることはわかっていたはずである。自国の核兵器を正当化し、日本人に「戦争をしかけた」罪の意識を持たせ、籠絡するために、広島市との交流を利用していることを十分認識できたはずである。
それ以降も彼らを招き入れてきた広島市は、税金を使って、いったい何を話し合ってきたのだろうか?広島市は、中国人民平和軍縮協会との話し合いの内容を「広島世界平和ミッション」ほどに明らかにはしていない。市が公表している記録はどれも「交流しました」「意見交換しました」とあるだけである。これは報告ではない。
市が公にしていることといえば、行政評価(自己評価)の中で、中国人民平和軍縮協会との交流事業が、達成度の低い行政事業として評価を受けていること、年々、振り分けられる予算が減っていることだけである。しかし、減額されているとはいえ、財政難に苦しみ、必要な経費まで削り続ける広島市において未だに予算が付くということは、依然としてある程度の価値のある事業として認められていることを意味している。
23年(広島県が提供している市の資料)
http://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/life/48288_55257_misc.pdf 12ページ
24年(広島県が提供している市の資料)
http://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/life/162132_264994_misc.pdf 13ページ
広島市は、これまでの中国人民平和軍縮協会との交流の詳細を明らかにし、予算を切るべきである。
最後にスイス政府が国民一人一人に配っている『民間防衛』を紹介しよう。27ページ。
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さらに、われわれは、一国の占領というものには、いろいろの形態があることを考えねばならない。強大国は、核破壊兵器を保有しており、弱小国に対しては、これを用いずに戦わずして手に入れようと、圧力をかけてくることも可能である。核戦争によって砂漠のように荒廃した国を手に入れるよりも、物資が充分供給されている国に手をつけるほうが、得策ではないだろうか。
そこで戦争は心理戦の形態をとるようになり、誘惑から脅迫に至る、あらゆる種類の圧力を並び立てて、最終的には、国民の抵抗意識を崩してしまおうとする。現代においては、宣伝の技術や手段はきわめて発達しているので、あらゆる形での他国に対する浸透が可能である。
・・・ある国のごときは、防衛の態度を何ら示さないうちに敗北し、占領されてしまった。なぜかと言えば、それは、その国民の魂が、利害関係のある「友人」と称する者の演説にここちよく酔わされて、少しずつ眠り込んでしまったためである。
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