ミュンヘン・ カフカ通り徒然日記 -11ページ目

Pähler Schlucht  ペール渓谷で暑さしのぎ

この日曜日は気温28℃まで上がった。
不安定な今夏だが、まだまだまんざら諦めたもんじゃない。
気持ちよい青空に誘われて、郊外のペール渓谷(Pähler Schlucht)を歩いてみた。


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アウトバーンでシュタルンベルクまで。
そこから南に走る国道2号線は俗にオリンピア街道と呼ばれる。
1936年のガルミッシュ・パルテンキルヒェン冬季五輪を機に完成されたためである。
高台の木立を抜けたところですとんと目の前に広がる、丘陵地とアルプスの山並みがとにかく素晴らしい。
お薦めドライブルートの一つです!

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我が家からここまで走行時間約50分。
住民2500人程の何てことない典型的バイエルンののどかーな村だけど
去年のサッカーW杯で大活躍したトーマスミュラー選手(ばあちゃん元気かーっ)の故郷として
当時報道陣の襲撃?にあったという。
しかし村はそんな騒ぎに浮き足立った気配もなくホッとする。

以前にも書いたことがあるかもしれませんが
ミュンヘンあたりからアルプスの間の地方をAlpenvorlandといい
氷河期の置き土産であるモレーン(堆石)が作り上げた起伏の大きい地形。
そんな丘の麓に位置するのがペールである。

教会近くに車をとめ、村を流れる小川の上流目指して歩いていくと間もなく森の中に入る。
緑濃く木漏れ日が気持ちよいが、随分以前に来たときに較べて散策道が大分荒れているような?
そこここ地崩れがあった様で、木が倒れていたり道が閉ざされたり。
その度に川を渡って反対側に移動しますが、何せ浅いので短足犬でも小さい子供でも怖くない。
渓谷の突き当たりには高さ15mほどの滝があり、この日も子連れグループが滝つぼで水浴びしてた。
暑い夏の日にぴったりのハイキングルート。

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渓谷から見上げると、緑に囲まれたお城の尖塔が目に入る。
まるでメルヒェンに出てきそうな雰囲気だが典型的ネオゴシック建築物。

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氷河が運んできた砂利や小石に苔がむす。

Wildromantisch(野趣に富んだ)
という言葉が似合うペール渓谷でありました。

車に戻る頃にはお昼を過ぎていたので、村のビアガーデンで軽く腹ごしらえ。
表通りはハイカーだけでなくトラクターも数多く往来していた。
明日はまた雨が降るというから、日曜日も返上で刈り入れ仕事かしら。





抹茶シフォンと小倉あん

日本人にとって緑色の食べ物といえば・・・
抹茶・ワサビ・メロンゼリー(これは着色料のせいw)ってところでしょうか。
ドイツではというと、せいぜいピスタチオナッツが思い浮かぶくらい。
あ、それからスーパーに行くと、まるでメロン味そっくりの緑色のゼリーが売ってますが
あれはWaldmeister味です(ちっぴりニッキ味のハーブ。クルマバソウって言うのか)。

$ミュンヘン・ カフカ通り徒然日記 学名: Galium odoratum

が・・先日衝動買いした菓子本に、なんと抹茶タルトなるレシピが載ってて驚き。
以前、親戚一同が揃った午後のコーヒータイムに抹茶ケーキを提供したら
魚の匂いがすると不評で、もの凄く気分を害したことがあり
それ以来、ドイツ人には抹茶味のお菓子は絶対出さないと心に決めている。
食べられる人間もいるんだなと思った次第にひひ

さて
今朝、台所の戸棚を整理中に賞味期限切れのお抹茶が出てきたので
思い立って抹茶シフォンを焼いてみました。
どうせ食べるのは私と息子だけ。
ついでに少し残ってた小豆で小倉あんを作っちゃおう。
甘いお豆もドイツでは苦手という人が多いですね。
これまた食べるのは私と息子だけ(この子は甘けりゃ何でもいいんでしょ)。

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ついでですが
寿司ブームが手伝って、ワサビ味は抹茶以上に普及しているよう。
新製品は一応試してみたい私でしたが、色もともかくあまりにも人工的な味で
これ食べた後1週間は舌が麻痺状態になりました。
もう二度と買わない。

これとか↓

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これとか・・・↓
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立秋が過ぎて

今年の夏はあってないようなドイツです。
気候が不安定で、一日のうちに雨あり風あり陽光あり。
まるでイギリスみたいだ・・なんて話しております。
長雨になるより、その方がずっとマシというもの。

立秋という表現はないけれど
来週月曜日はMaria Himmelfahrt(マリア昇天祭)の祝日。
もしかしてこれがドイツで言う夏の終わりの始まり?かな、なんて今思いついた。
とにかく涼しく特に朝夕は寒いくらいで、去年みたいに湖に泳ぎに行く気分にもなりません。

そんな今日
庭のラベンダーを刈り込んだ。
まだミツバチがブンブン飛んでたので一部だけ残しておく。
収穫した穂から花を外す作業をしたら部屋中にいい匂いが広まった!
これでサシェを作ろう。

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La Clemenza di Tito@エクスの映像めっけ!

ご無沙汰しております~
サラ様ファンクラブに至っては、さらに長いことサボっておりました。
がっ!今日久しぶりにYoutubeで映像をチェックしたら・・・
7月の南仏エクス・アン・プロヴァンス音楽祭の
La Clemenza di Tito(ティトの慈悲)の模様がアップされているではないですかっ!!
しかも、全編通してです!

マクヴィカー演出のティトはかつてENOで(英語で)上演されたんでしたね。
今回はもちろんオリジナル。
他の歌手の方たちは誰だか分かりませんが
サラ様の男の色気漂うセストが見られる貴重な貴重な映像に感涙でございます!
これはもう保存版だなー。



測量実習

先週息子たちのクラスは泊りがけで測量実習に行っていた。
この実習はシュタイナー学校10年生のカリキュラムに必ず組み込まれており
各グループがそれぞれ担当の区域を経緯儀(セオドライト)を使って測量し
数値を出して地図を作成する作業。
そのために6日間チェコとの国境沿いであるバイエルの森(Bayerischer Wald)の
人里離れた山小屋に自給自足で泊り込み。
まあ、言ってれば学年末打ち上げクラス旅行を兼ねていたのかもしれないが。。。・

荷造り段階からして、なんかね~勘違いしてない?と思われること多々。
大量の着替えや、お年頃の若者には欠かせないデオドラント(臭い?)などは良いとして
MP3に接続するためのスピーカー。そしてこれまた大量のお・や・つ。
朝食用にジャムを提供するはずが、巨大なヌテラを用意するヤツ。
20キロはあるか?という旅行バッグとショルダーバッグを担いで登校していった。
ここで母が学校まで車で送っていこうか?と言おうものなら思う壺だったろうが(ヒヒヒ)。
いつまで経っても懲りないというか・・・旅の荷物は少なめにするものだ、と学ぶのはいつのことやら。

帰ってきてからの感想:
シャワーが男女各1個ずつしかなかった!!
(ちょっと前まではクラス旅行でシャワーしてたか怪しかった子がこの発言。進歩したものだ)

飯が不味かった!!
(見事に野菜を絶った献立が続いたそうだが・・・)

毎日夜中の2時過ぎまで起きてたせいで慢性寝不足。
(どうやら酒気を帯びていたらしい。16歳になったからって、これがドイツの青少年の現実?)

巨大ヌテラは他にも持ってきた人間が多すぎて(爆)、使わずにまた持って帰ってきた・・・ご苦労様です。

・・・で?肝心の地図はどうしたんだい?
嗚呼楽しきは青春。



景気づけに夏のリースなど・・・

7月に入って以来のこの寒さ。
今日はついに毛糸の靴下を引き出しからひっぱりだしました。

ふと見ると、イースターのリースが相当くたびれてドアにかかったまんま(^▽^;)
そういえばクリスマスのテーブル用の方もケラーに眠ってるの、気づいてた?などと夫に言われ
仕方なく(?)思いっきりドライ化した花と葉を外す作業をする。
きれいになったリース芯を手に・・そうだ、初夏らしいのを一つ作ろうと思い立った。

庭をひとまわり物色してみたが、小バラとカスミソウくらいしか目に付かない。
これじゃなあ~結婚式のブーケみたいかもしれないけど。
(案の定、義母にそう言われた。ははは)

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お天気が全然夏らしくないけど
夏のドアリースの出来上がりっ。


7月だというのにこの天気

今日から7月ですね。
日本は連日の猛暑と聞いております。
滞在中も「節電」が合言葉だった感がありましたが
お天道様も少しは協力してくれればいいのに。。。

こちらはというと
木曜日未明の豪雨を境目に、週始めの猛暑から肌寒いドンヨリ曇りにガタ落ち。
気温差は20℃くらいあったのではないかしら。
寒暖の差があまりにも大きい夏だ。
暑いので麦茶を作って冷蔵庫に入れておいたんだけど
昨日など温かい白玉ぜんざいをお茶請けにする始末。

そんな空模様とは関係なくたわわに実る
庭のラズベリーを毎日のように摘むのが日課でありました。
ジャムの次はラズベリーだけの贅沢版ベリーソースRoteGrützeの番です。
一日目は温かいソースをバニラアイスにかけて
二日目は冷たく冷やしたのに生クリームをかけて。
週末はラズベリーのケーキだな。

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里帰り中美味しいものばかり食べて
また体重が元に戻ってしまった(はず=怖くて体重計に乗れない)ので
ダイエットを再開する予定なんだけどー。罪だ。

Japan Impressionen

里帰りから戻って1週間以上経ってしまった。
スケジュール的にも気持ち的にも中身の濃い日々で
何をどう書いたらいいか、なかなか手をつけられないまま。

震災後3ヶ月の日本、表面上はいつもと変わらぬ朗らかさ。
でも一人一人の胸の内は、痛んだ家屋や道路や瓦礫のある風景と似ているかもしれません。
「なるようにしかならない」「仕方ない」といった言葉には
決して悲観的な諦めではなく、不思議にも前向きな響きが漂う。
このニュアンスは例えばドイツ人には理解しがたい日本人気質じゃないかな。

こうして一般市民が試練に耐え頑張っている姿を見ると尚更
原発事故に限って言えば、東電のずさんな原発運営と
それを後押ししてきた政治に憤りを感じます。

~実家・茨城の印象~

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あの遠くで光るのが東海原発       その隣には昔何度も初詣に行った村松大神宮の・・

ミュンヘン・ カフカ通り徒然日記 石鳥居は水平材が抜け落ちていた

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塀が傾いたり              瓦が崩れ落ちて青いビニールシートで応急処置する家屋

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日立港近くの灯台公園では銅像が破損   海岸線は地震津波で地崩れ

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さらに北上して高萩市に近い小貝が浜は子供時代の思い出の場所。
浜のまん前に住む男性と言葉を交わす。
この辺はあわびやウニが豊富な海である。
津波直前海水が何十メートルも引き、大量のウニが現れた時には一瞬息を呑んだが
結局あそこで取りに走らなかったのは正解だったと。

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小貝が浜のすぐ次の入り江にあるのが、日本一人気の国民宿舎「鵜の岬」だ。
ここも震災後しばらく閉館していたけれど、今では通常通り営業中。
レストランで新鮮な海の幸を頂きました。
セシウム?放射性ヨウ素?気にしてたら頭がおかしくなっちゃうよ、という人々に混じる。
岬から北を望むと、長い砂浜の遥か向こうには
この美しい自然を破壊した福島原発がある。

帰ってきました

2週間の里帰りから
昨日の夜戻ってきました。
家族親戚友達、多くの人たちとの時間を持つことができて楽しかった~。
大震災の傷跡と原発事故への危惧を感じながらも日常はサラサラと流れていくんだって印象。
次に会う日までお互い元気でいようね。

夫連れだが観光は無しの日本訪問。
それでも充実した毎日でした。
そんなこんなを記事にアップしていこうと思います。

行ってきます

皆さま、おはようございます。
ワタクシ、今日から21日まで夫連れで里帰りです。
今朝は爽やかな初夏の空。
日本はどんなでしょう?

観光無しの2週間ですが、戻ってきたらニッポンの印象を記事にアップできるかな。

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庭のラベンダーもこれからが盛り。。。