龍神に関わって不幸になった話 | 瑞霊に倣いて

瑞霊に倣いて

  
  『霊界物語』が一組あれば、これを 種 にしてミロクの世は実現できる。 
                            (出口王仁三郎)  

・「竜神」  田口ランディ

 

 “「この池は昔、竜神沼と呼ばれていたんですよ」

 朽葉色に濁った水の中に、腐った倒木や、捨てられた自転車のサドルが見えた。そこは池というよりも、濁り水のたまったごみ捨て場のようだった。

 「昔、この近くに村がありましてね、この池はその村の人たちの信仰の対象だったんでしょうが、村が廃村になってから池も汚れてしまいました」

 案内をしてくれたのは地元の新聞社の記者で、私は彼の案内で鳥取の山奥にある温泉に取材にやってきた。そこの温泉には微量の放射性物質が含まれていて、人間の弱った細胞を活性化させる力があるんだそうだ。

 「こんなに汚れては、さすがに竜神も引っ越してしまったでしょうね」

 そう言って笑ったのは、同行していた担当編集者のマユ子さんで、彼女は大きな出版社に勤務する、いわゆるキャリアウーマンである。

 その池は、確かに汚れていたけれど、なにか妙な気配がした。立っていると腕に鳥肌が立って、ちょっと怖かった。なにか急かされているような、落ち着かない気持になった。

 池の周りを歩き回っていたら、朽ち葉に埋まるように佇む小さな祠を見つけた。

 「みて、竜神様を祀ってあった祠だね」

 枯れ葉をはらって、苔むした石の祠に手を合せた。

 ぽちゃん。

 水音がした。驚いて振り返るが、もちろん何もいない。かすかに水紋が浮いている。

 ショルダーバッグに入れてあったミネラルウォーターを取り出して、私はざばざばと中の水を池に落とした。

 「なにをしてるんですか?」

 「なんとなく、竜神が水を欲していたような気がしたので」

 私の言葉に二人は顔を見合わせて笑った。

 「またまた~、そうやってからかうんだから」

 別にからかっているわけではなく、本当にそんな気がしたのだ。それだけだ。

 ゆるい風が吹いて、辺りの木々の枝を揺すった。木々は呼応するように葉を鳴らした。

 その音に皆がいっせいに頭上を仰いだ。

 空に一筋の鱗雲。まるで、竜みたいな。

 「竜だ……」

 「まさか」

 またしても二人が顔を見合わせて呆けたように笑った。

 

 「やっぱりランディさんは、霊感みたいなのがあるんでしょうね」

 夕食の席で。昼間の竜神沼の話になった。

 「そんなことないよ」

 「だって、今日だって竜神の気配を感じたわけでしょ」

 「別に感じているわけでもない。ただ、なんとなくそう思っただけだよ」

 「そういうのが霊感でいうんじゃないんですか?」

 マユ子さんがやけに食い下がる。

 「そうかなあ。ワタシは自分が思ったことに正直なだけだよ。あんたたちだって、あの沼でなにか思ったでしょ?」

 「そうだなあ、すごく寂しい場所だなあと思いました」

 「ワタシは、まるで人を待っているような場所だなあと思ったわ」

 でしょう、と、私は頷いた。

 「そういうこと、みんな思うわけだよ。だけど、口にしない。私は思ったことを口にして、やりたいことをやってみるだけ。それを他人は勝手に霊感とか、何か感じてるとか言うだけなんだよ。だけど、ほんとは誰だって、何かを思うわけだよ。それを無視しているだけでね」

 二人は、わかったようなわからないような頷き方をした。

 それで、この話題はお終いになった。

 

 翌朝、目が覚めてみたら、隣の布団に寝ていたはずのマユ子さんがいない。

 へんだなあと思って、散歩がてら森の中を歩いていたら、竜神沼の方からマユ子さんが歩いてきた。

 「マユ子さん、沼に行っていたの?」

 私を見つけるとマユ子さんは少し照れたような顔をした。

 「何を思うか、自分を試してみたくなって行ってみたんです」

 へえ。

 「何か思った?」

 マユ子さんはすこし考えてから、こう言った。

 「変なんですけどね、よく来たね、って言われた気がしたんですよ。でも、竜神が私を待っていたわけないですものね。

 「わからないよ、お嫁さんを探していたのかも……」

 やだあ、とマユ子さんは大笑いした。それで、私たちはその場所を後にした。もう二度とここに来ることもないだろうと、それぞれが思った。

 

 マユ子さんが、出版社を辞めたのはそれから一カ月後のことだった。

 退職のハガキをもらったときはびっくりした。辞めるなんて一言も言っていなかったのに。そして、会社を辞めたマユ子さんは、自分で会社を起こした。

 その会社は何をやるのかよくわからない企画会社で、ヒーリングとか前世療法とか、そういうちょっと怪しげなツアーやイベントをでっちあげ、なんとマユ子さん自身がヒーラーとして講師をしたりしていた。

 「マユ子さん、どうしちゃったの?」

 出版社の後任編集者に尋ねたら、逆に質問された。

 「こっちが聞きたいですよ。ランディさんと旅行に行った後から、おかしくなっちゃったんですからね」

 「ええっ?そうなの?」

 「そうですよ。自分には霊感があるかもしれない。自分には竜神がついているような気がするって言い出して、それで会社を辞めてしまったんですから」

 竜神……。

 どきんとした。まさかね。

 あの朽葉色に濁った竜神沼が脳裏に浮かぶ。

 なんだか心臓がどきどきして、居ても立ってもいられなくなってしまった。

 私は秋山さんに電話した。こんな変なこと秋山さんにしか相談できない。

 「ねえ、秋山さん。私の友達が竜神沼というところに行ってから、会社を辞めて事業を始めちゃったんです。すごく様子が変みたいなんです」

 すると秋山さんは、またか……、言ったのだ。

 「最近は、竜神もリストラされてますからね」

 なんだそりゃ?

 「竜神がリストラされちゃうんですか?」

 「かつて神として崇められて人々のために働いていたのに、オマエなんかもういらないって、人間に見捨てられる竜神が増えているんですよ」

 「なるほど」

 そういえば、あの竜神沼も、村が廃村になって人から見捨てられていたなあ。

 「リストラされた竜神はどうなるんですか?」

 「人間と同じですよ。路頭に迷う。そして、次に自分を必要としている人をじっと待つわけですよ。なにしろ竜神は人間のために働くのが仕事ですから。働かない竜神なんて、ぜんぜんダメなわけですよ」

 「へえ……」

 「たぶん、あなたのお友達もリストラ竜に魅入られたんでしょうね。それでいきなり野望をもって事業を始めてしまった」

 「でも、それはラッキーなことですよね。竜神が味方につくなんて」

 すると秋山さんは、ちっちっち、と舌を鳴らした。

 「リストラされたとはいえ相手は竜神ですから、そんじょそこらの人間が手に負える相手ではありません。竜に振り回されてめちゃくちゃになってしまいますよ」

 「そうなんですか……?」

 「そのお友達、犯罪者にならないといいんですがねえ」

 まさかね。あのマユ子さんがそんなこと。

 ところが、秋山さんの予言は当たった。一年後、彼女は詐欺罪で新聞に載るような事件を起こす。いわゆる霊感商法で訴えられたのだ。

 

 そもそも、私が竜神沼なんかに連れて行ったのが悪かったのだ。

 おそるおそる刑務所に差し入れに行ったら、マユ子さんは涙をこぼして訴えた。

 「ワタシ、何をしてたんでしょう。なんだか夢を見ていたみたいなんです」

 竜はマユ子さんから去ったようだった。

 じゃあ、あの竜神はどこに行ったんだろう。また別の人間をみつけて、その人間にくっついて行ったのかな。

 人間の信仰が作りだした竜神が、リストラされて路頭に迷う。なんて悲しい時代だろう。

 もしかしたら、たくさんの神様たちが、リストラされて街をさまよっているのかもしれない。

 かつて人々のために働き、捨てられた自然の神様たち。

 どうか、いい就職先が見つかりますように。”

 

(田口ランディ「オカルト」(新潮文庫)より)

 

*この田口ランディさんのエッセイ集「オカルト」は2001年の出版で(文庫版は2004年)、Amazonで検索してみると既に絶版らしく、今読むとしたら中古本を手に入れるしかないようですが、なかなか面白い内容です。特に「マニトゥ」や「砂男」は興味深い話でした。文中の秋山さんというのは、過去に超能力者としてテレビにも出ていた秋山眞人さんのことですが、彼によると『ネギやニラ、ニンニクなどを食べると超能力が低下する』のだそうです。

 

*本屋さんの精神世界のコーナーを覗いてみると、いわゆるスピリチュアル本の中に龍神関係の本が多くあるのを目にしますが、素人が龍神と深く関わるのは非常に危険なことのように思います。長年正しい修行を積まれた先達に師事しておられる方なら別ですが、そうでないなら神社仏閣で礼拝し、祝詞を奏上するだけにしておくべきです。龍神と言っても様々ですし、霊力が強いので万一怒らせたら手がつけられなくなります。特にきちんと祀られておらず、どこの神様の眷属にもなっていない龍神であればなおさらです。私は昔の「おほもと」誌で、四国のある村が龍神の怒りに触れて村人たちが次々と発狂した、という話を読んだことがあります。

 

 

・「人間と龍神」 出口王仁三郎

 

 “『人間と龍神とどちらが偉いか』とよく聞かれる。しかし偉いとか偉くないとかいっては語弊があるが、人間の方が上である。ゆえに龍神はどうかして人間に進みたいと願っている。人間が奏上する祝詞の言霊の威力によって、だんだんと浄化されて人間に進まれる。したがって一回でも多く祝詞を聞きたいと願っている。そしてその聞かしてもらったお礼として、人間の要求のまにまに雨を降らしたり風を起こしたりする。また人間は龍神を使役する権利を与えられている。だから有難いものである。しかし今の人間は駄目である。みな四つ足になり切り言霊が濁っているから、龍神どころか大蛇をだって使役する力がない。猫だって犬だって今の人間の言うことは聞かない。彼等は同輩だと心得ているから。

 大和魂をみがいて早く四つ足と縁を切って本来の人に立ち帰ってほしい。神様は人間をば、雨も風も雷も皆わが言霊の自由になし得る魂に生みつけて下さっているのである。”

 

            (「瑞祥新聞」昭和二年九月十一日号)

 

 

 

 

 

 

 

 

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