かんご氏と創価学会の一致点「創価学会国教化で天皇改宗後、開かずの門を開ける事」 | ちゃぬの裏韓国日記

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(統一教会=世界平和統一家庭連合)

■かんご氏と創価学会の一致点「創価学会の国教化をはかり、天皇家を神道から日蓮の法華経に改宗させ、創価学会の悲願である大石寺の開かずの門を開けること」

統一教会の千葉県柏教会の教会長は統一信者でもないかんご氏に支持・応援のメールを送っていたそうですが、かんご氏が統一教会に接近した目的と意図を知ってのことなのでしょうか。

かんご氏は自身のブログで文教祖をメシアだといいながら、統一教会の核心教義「血統転換」には関心が無いようですが、日本統一教会の組織のあり方や歴史観に不満をもつ信者の中には、かんご氏の思想を賛同、あるいは信奉している統一信者がいます。

その中の一人がどうも柏教会の教会長(M・M氏)のようですし、それにかんご思想の賛同を会員資格にしている会員制掲示板の説明文では柏教会はかんご氏の支持を表明しています。
(参照:支持表明のメールがあるのです!

かんご思想の最終目的は「天皇改宗」ですが、それと同時に「開かずの門」の開門もあります。
ではこの「開かずの門」とは何で、天皇家を何教に改宗させようとしているのか、かんご氏のブログ記事とかんご氏の掲示板から考察してみたいと思います。

かんご氏の開かずの門についての記述はこうです。
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私が神様から啓示されたのは、次の4つの主要部分です。
 ①日本人は、北イスラエルの子孫である。 
 ②それゆえに日本史は610年反復である。
 ③聖徳太子は民族メシアである  しかしその使命は未だ果たされず
 ④ゆえに、[あかずの門]を開けよ
聞け、神の声を
天皇を改宗せよ
それが日本に生まれた全ての天の側の宗教人の目的なのである

(かんご氏の掲示板「ルーツをさがす旅のBBS」より)
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ここで言っている「開かずの門を開けること」「天皇改宗」「日本おける天の側の宗教」の三点を念頭におきながら読み進めてください。
そしてかんご氏が天皇改宗させようとしているターゲットは「現皇太子の徳仁親王殿下」であることも念頭においてください。

そうすれば何か見えてくるでしょう。

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では日本における天の側の宗教の使命とは何か?
 それは「天皇改宗」です。

 ですから「私はこの氏族メシア摂理を勝利して天皇改宗します」と天に宣言しなさい。そして小さくてもいいから天皇改宗の条件を立てる。
 すると霊人の“協助”現象が起こってきます。
 古代イスラエルの預言者の霊界、聖徳太子と仏教の聖人霊界、日蓮と日蓮宗の霊界、龍馬と幕末の義人とキリスト教霊界、賀川豊彦と昭和キリスト教徒の霊界。教派神道12派の霊界・・・これらの霊界は皆一つの線でつながっている。そのキイワードが「天皇改宗」です。
 だから天皇改宗を意識しながら氏族メシア摂理をする。
 すると彼らと波長が合う。今日までの歴史の中で、彼らの立ててきた条件があなたを助ける。かれらが天に積んできた宝をあなたは引き継ぐ事ができる。大母様が言われるように善霊たちも地上人の基準が低いので波長を合わせる事ができないでいる・・・。
 「天皇改宗する」と天に宣言せよ。
そして知識も重要です。
 例えば創価学会の人に会ったら・・・たぶんUCの人達は「なんだ、御利益主義だし、現実主義だし、霊性低い・・・」とか思ってしまうのでは?そうではないのです。創価学会は摂理の一部を担当している天的宗教なのです。読んで、それが理解できるようになったら彼らにも教えてあげてください。
 あなた達の使命は「『不開門』(あかずのもん)を開ける事」だと。

 私の言っている事を受け入れれば、氏族メシアを勝利できるでしょう。

(かんご氏の掲示板「ルーツをさがす旅のBBS」より)
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一瞬「氏族メシア」について書かれているように見えますが、ここで言いたいのは天の側の宗教の使命は「天皇改宗」であり、天的宗教は創価学会で、その創価学会の使命は「『不開門』(あかずのもん)を開ける事」であるということです。

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創価学会に神様が与えた使命は「不開門」(あかずのもん)を開ける事です。
  
しかしこれだけでは理解できないでしょう。
しかしそれを理解するには日本における神様の摂理を段階的に理解する必要があります。
私のホーム・ページがスタートしました。

(北上哲氏の掲示板「FC2BBS」のかんご氏の2011年1月17日コメントより)
http://kitagamitetsu.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=3328978
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かんご氏は自身のHP「民族のルーツをさがす旅」で大石寺の開かずの門のリンクを貼っています。
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かんご氏が日本における天の側の宗教とする創価学会はこの開かずの門をどのように述べているのか見てみたいと思います。

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日蓮大聖人の再来である池田大作が、日蓮大聖人の教義を実現し、正しい宗教にもとずく政治を行う、即ち「王仏冥合」の時代が実現する。
「そのとき、天皇も大石寺に参拝させる。ただし、大石寺に伝承されている開かずの門(勅使門)は、天皇ではなくて、時の最高権力者、つまり私、池田大作が開き、末法の衆生を代表して御本尊様に広宣流布の報告を申し上げるのだ」
「私は、日本の国主であり、大統領であり、精神面の王者であり、思想文化一切の指導者、最高の権力者である」
「天皇なんか(俺に比べて)問題になるかよ。“小さな子島の主”にすぎない」
池田代作はこのようにぶち上げ、その“天下盗り”の完成時期を、
「昭和五十四年から六十一年にかけての間である」
と予言した。

(「月刊ペン」事件 埋もれていた真実 山崎正友 著)
http://cultbokumetsukonzetsu.web.fc2.com/04s03.html
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創価学会員の目標=大石寺の開かずの門の開門

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池田大作 日本経済乗っ取りの野望(4)
-創価学会の財政のすべて-
会員からしぼりとった金の力で、日本の全面支配へと乗り出す池田大作
第1章
創価学会の「独自・永久路線」推進と、日蓮正宗との摩擦

昭和四十八年から同五十五年まで
絶頂期(昭和四十三年代)「広宣流布したとき首相になり国主になる」 と 公言した池田大作

昭和四十八年は、本来ならば、池田大作と創価学会にとっての輝かしい栄光の年の幕開けになるはずだった。  池田大作が、会長就任直前に打ち出した、“七つの鐘”構想によれば、昭和四十八年から昭和五十四年までを、“第七の鐘”が鳴り終る時期とし、それは正に“広宣流布・王仏冥合”の総仕上げの時期と想定されていた。  昭和四十七年十月に、日蓮大聖人御遺命の“事の戒壇”たるべき正本堂を完成させ、その後の七年間で、“折伏”により、日本国民の過半数を創価学会員とし、選挙で公明党が国会の過半数を占め、政権を奪取する。  その時、池田大作が総理大臣となり、国会の議決で正本堂を“国立戒壇”と定め、最高権力者として大石寺の開かずの門を開き、大御本尊に“広宣流布の報告”をする……。  これが、池田大作が学会員に示しつづけて来た、広宣流布のスケジュールであった。  池田大作が得意の絶頂にあった昭和四十年代の初め頃、ジャーナリストのインタビューに対して、  「(我々は)やろうと思えば、どんなこともできます」 と豪語し、“広宣流布達成”の暁には、自分が、日本において宗教・文化のみならず、政治においても至高の権力になる、と宣言した。  「私は、日本の国主であり、大統領であり、精神界の王者であり、思想文化一切の指導者・最高権力者である」(高瀬広居著「人間革命をめざす池田大作その思想と生き方」より)  「天皇なんか問題になるかよ!!」  今日、世界でただ一人残ったカリスマ的独裁者・北朝鮮の金正日も顔負けの、“絶対権力者宣言”である。  「広宣流布達成の暁には、池田先生が総理大臣になる。“国主”として天皇より上になる。  我々“学会人”は(会員は、自分達をこのように自称して、非会員と区別していた)世の中で、あらゆる所で上になる。  その時は、我々を貧乏人とさげすみ、見下していた連中を見返してやるのだ。  我々は、邪宗の連中を女中や下男として召しつかい、子供の通学の送り迎えもやらせるような身分になる……」  このような妄想を語り合いながら、創価学会員達は、池田大作の示す未来像に酔い、  「正本堂ができるまで!!」 「開かずの門が開くまで!!」 を合言葉に、歯をくいしばって過酷な選挙活動や折伏ノルマに立ち向かっていったのだった。 日常顔を合わせる近隣や会社の人達に、学会員だからと馬鹿にされたり嫌われたりしても卑屈な追従をしながら、腹の中で 「今に見ていろ!! お前達を見下してアゴで使ってやるからな」 と、思いつづけていたのである。  実際、池田大作は、もはや総理大臣気どりで、“閣僚名簿”をつくったりしていたのである。 だが、現実は、そうは問屋がおろさなかった。

http://www.c-player.com/ad47764/thread/1100107250556
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かんご氏は「開かずの門を開けること」は神から啓示を受けたといいます。
しかし、この「開かずの門の開門」は創価学会員たちのたっての希望であり、最終目標でもあるのです。
かんご氏が学会員であるとは断定できませんが、創価学会の目標とする天皇改宗と開かずの門の開門と一致することは確かです。

かんご氏は法華経系宗教の中でも久保木会長が統一教会入教前に所属していた立正佼成会は日本における中心宗教ではなく創価学会が中心宗教であるとも述べていることから見ても、創価学会を信奉していると考えられます。

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質問:その役目を果たす宗派または、仏教の教えのどの部分が役目を果たすようになるのでしょうか?

かんご:第二次大戦前中の事です。日本のキリスト教信徒達は神社を参拝しアマテラスの大麻(お札)を拝んでいました。これに抵抗した人々もいたのですがごく少数であり、ほとんどが神々を拝み、あまつさえわざわざ朝鮮におもむき「神社を参拝するように」説得さえしました。韓国キリスト教の主要教派はこれを受け入れたのでした。しかし篤実な信仰者達は抵抗し殉教者の数は約8000人とも言う。
 このように日本キリスト教はその信仰貞操を守ることができず、信仰の条件を立てる事ができなかったので、戦前も1%弱――戦後も1%弱 と教勢が伸びなかったのです。
 これに対して創価学会の牧口常三郎はアマテラスの大麻が配られた時にこれを「邪教」と断じ、拝むどころか焼き捨ててしまった。
 軍部が日本を支配し、全国民が「天皇バンザイ」と叫ぶ中での出来事でした。牧口は投獄され獄中死しますが、その信仰行動を条件として戦後創価学会が爆発的に広まりました。
 つまり「神の義」とされたのです。
 すなわち、日本の戦後仏教の中心は創価学会です。
 そして大きな意味があるのは「法華経」です。聖徳太子の時代から今日に至るまで1400年の仏教史の中心になる経典は常に「法華経」でした
。法華経は二乗作仏(小乗修行者の成仏)、女人成仏、などを解き明かしている唯一経典であり、救いを自力と他力の両方として捉えている点でも、正しい見解を示しているのです。


質問:久保木元会長に代表されるように佼成会からの初期信者が多い教会ですが、本来は学会からの道があったと思われますか?

かんご:学会から信者を引き抜くのではなく、学会は学会のまま提携していく道がありました。
立正佼成会は微妙ですが、中心とは言えないでしょう。
(北上哲氏の掲示板「FC2BBS」のかんご氏のコメントより)
http://kitagamitetsu.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=3328978
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法華経自体を信奉しているわけではなく創価学会の日蓮正宗を信奉しているということだと思われます。

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日本の歴史を語ろうとするならば、『法華経』を抜きには語れない。
聖徳太子がその価値を説き、
伝教大師・最澄が広め、
日蓮に完成を見た
日蓮はその人生の中で幾度も殺されそうになり、島流しの目に遭ったが、その死期には数百名の弟子しかいなかったと言う。
しかし、本物である。
存在が正しい。
生き方が正しい。
だから、衰退しない。
ちょうどイエス・キリストが弟子にさえ裏切られ、孤独に十字架につかれながらも、キリスト教は発展したのと同じである。

(「かんごのブログ」より)
http://blogs.yahoo.co.jp/kurodakango/3639752.html
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聖徳太子の時代に法華経が日本に入ってきたそうです。

かんご氏のブログには主に四人(聖徳太子、日蓮、賀川豊彦、坂本龍馬)の歴史的人物が出てきます。
聖徳太子と日蓮と創価学会の共通項は「法華経」です。

創価学会の「天皇改宗」「開かずの門の開門」を思想を広め達成させようとするかんご氏一部の統一信者が支持していることに対しては、すでに現役信者から統一教会の松涛本部まで報告は言っているでしょうが、いまだにかんご氏を支持している信者がいるとしたら、その信者も創価学会賛同者なのかと疑いたくもなります。




■創価学会は日本における国立戒壇(国教化)と天皇帰依(天皇改宗)を目指していた

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<国立戒壇とは>
仏教系新宗教の在家団体である立正安国会(後の国柱会)の創立者田中智學が、1902年の『本化妙宗式目』において最初に提唱した概念である。
大日本帝国時代の法華宗各派においてこの構想は、天皇帰依の実現こそ広宣流布実現の近道という当時の一般的な状勢判断と結びついて、広汎な支持を受けた。
創価学会は、戸田城聖会長時期(1951-53ごろ)は、「王仏冥合」「国立戒壇」を目指し、その実現を主張していたが、後に取り下げた。

(ウィキペディア「国立戒壇」より)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E6%88%92%E5%A3%87
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しかし池田大作会長の発言や、開かずの門の開門、公明党による政教一致をみると、まだまだ創価学会は「国教化」をあきらめていないように見えます。



■法華経について

おもしろいサイトがありました。

【諸宗教の超簡単図解の試み】⑪法華経信仰
2011-12-02 00:06:50
http://blog.goo.ne.jp/tslabo/e/7049d00b54f915bd6f3e5a53e70a2a9d
 法華経というのは実に奇妙な経典で、また法華経を典拠とする法華信仰も、実に奇妙な展開を遂げています。法華信仰も、浄土信仰と同様、本来の仏教とはまったく異なる新宗教だったと言えるように思います。
 法華経の成立年代ははっきりわかっていませんが、紀元前後とされています。大乗仏典としてはけっこう古いわけですが、もちろん釈迦直説ではありません(信仰者は釈迦直説を信じていますが)。漢訳は2世紀が最初で、その他チベット語、西夏語などもあるようで、かなり広く受容された模様です。どのような集団において生み出されたのかもわかっていません。当時の部派仏教とはまったく思想が異なるので、それに対立した在家集団ではないかとも言われています。また、もともと今あるような形だったのではなく、いくつもの文書が複合していることも確かなようです。
 法華経は聖徳太子の頃から日本に入ってきていて、その後、仏教の最重要経典の一つと見なされるようになりました。そして、最澄は、師事した中国天台宗の智顗(ちぎ)が、法華経を「第一」と判定したこともあって、比叡山で日本天台宗を開いた際も、法華経を最重要としました(ただし比叡山は総合大学というかデパートといった感じで、他の宗学も研究・実践されました)。平安後期から鎌倉前期にかけては、僧侶・貴族の間で「法華八講」「法華直談」といった法華経の講読・講義が盛んでした。
 その後、日蓮が出て、法華経専修の宗派を創りますが、日蓮は禅・念仏・真言・律すべてを激しく攻撃したため、日蓮宗は逆に激しく弾圧されたことは周知の通りです。
 そして近代になって、日蓮の系譜が、日蓮正宗、国柱会、創価学会、法華行者の系譜が、霊友会、立正佼成会といった大きな新宗教運動を生み出し、日本の社会・政治にまで影響をもたらすことになります。
 いずれにしろ、法華経が日本仏教に大きな影響を及ぼしていることは確かです。

 この法華経というもの、内容はかなり“カオス”です。現代アニメのような奇想天外な物語(突然「塔」が地中から出現し空中に浮かび上がるとか、無数の菩薩が大地から湧き出るとか)があり、互いに矛盾する思想があり、「観音経」というおそらくもともとは独立していた経典ありで、「法華経ってどんなことが書いてあるの?」という問いに、一発で答えられる人はいないでしょう。(私は正直、法華経はどうもよくわかりません。ピンと来ないのです。日本史における法華経の展開についても同様です。)

 ここでは、その最も特異と思われる点を見てみましょう。
 ①「久遠仏」という「絶対者」を説いている(釈迦も諸仏もその顕現)。
 ②一切衆生は久遠仏の「子」であり、必ず成仏することになっている。
 ③法華経は「諸経の王」であり、これを読んで学んで広めれば必ず成仏する。
 ④法華経を皆が信奉すればこの世は「仏国土」となり、世界の終わりをも超えて存続する。
 ⑤死後世界はあまり問題にならない。
 ⑥法華経信奉者は世間から迫害されるが、それに堪えて法華経を広めなければならない。


 ①は、いわば一神教への傾斜と言えるでしょう。法華経の中には様々な仏や菩薩が出てきて、ダイナミックな物語が展開しますが、それらすべてを超越した「永遠の仏」への信仰が強調されます。
 ②われわれは皆、その絶対者=久遠仏の子供だと言います。どこかで聞いた表現ですが、仏教にはこうした思想はなかったと思います(仏になる素質=仏性を持っているという思想はありましたが)。
 ③法華経は繰り返し、「法華経はすごい、法華経こそ最高の経典だ、これを読めば必ず成仏する」と“自己宣伝”します。実に奇妙な構造です(正直、辟易しますw)。「法華経はすごい」と言われて読んでみると、「法華経はすごい」と書かれている。どうしてすごいのかというと、「すごい法華経に法華経はすごいと書かれているから」……あれ?
 ④が最も重要なことです。法華経には浄土という記述も出てきてはいますが、法華経の中心思想は、「誰もが法華経に帰依し、それによって現世が仏国土となる」ということだと思います。
 これは「集団救済」と呼ばれるものです。個々人が救われることは問題ではない、社会全体が信仰し、全員が救済される必要がある。ユダヤ教はユダヤ民族に対しては集団救済をめざしました。キリスト教・イスラームは、全人類が帰依して全世界救済がなされることをめざしました。法華経もまた、全人類の救済を説いたわけです。
 そして、この「集団救済」によって、“この世”に仏国土、つまり理想郷が生まれることをめざしました。死後の問題ではないのです。この世が「仏の国」になることが問題なのです。
 ですから、当然、政治に接近します。日蓮の「立正安国論」から近代の国柱会、創価学会に至るまで、法華経信仰の理想は「法華経による統治」だったわけです(創価学会は今は取り下げましたが、もともとは「国家戒壇」、つまり法華経[日蓮正宗]国教化をめざしていました)。
 ⑤については、「仏国土」をこの世に建設するという主張のゆえでしょう、ほとんど死後問題は問題になっていません。

 ⑥の「世界に広めよ」という命令と、「それは迫害の苦難であろう」という予言は、これまた奇妙なものです。宣伝し、それによって迫害の苦難を味わうことが信仰の証となるわけです。法華経を生み出した信仰集団が、もともとかなり非正統の位置におり、他のセクトと対立関係にあったことを窺わせます。
 こんな思想は仏陀にはありません。「耳ある者は聞け」が仏陀の姿勢でした(これについては「【仏教って何だろう⑩】仏教の隆盛はなぜ?」参照)。初歩の「三論」を説いて理解を示した人にだけ、教えを説いたのです。
 「迫害されても広めよ」――これは一種の闘争志向であって、日蓮の生き方を見ても、創価学会の「折伏」(本来は違う意味のようですが)を見ても、それを実践しているのかなと思います。「法華経が最高である。法華経を万民に知らしめねばならない。布教は敵対に遭うがそれをはね返すことが信仰だ」――これは権力への志向を掻き立てます。

 これだけ見ても、法華経信仰は、正統仏教とはまったく異なる、いわば新宗教だったとみることができます。ここには「空」も「八正道」も「戒」も「定」もありません。力点が「信」に移っているわけです。それは浄土教信仰も同じです。(いい悪いを言っているのではありません、念のため。)

 さらに日蓮になると、一層の過激化がなされます。それは、法華経自体を「聖なるもの」と見なすことです。もはや「久遠仏」も姿を薄くしていき、法華経が絶対になります。そしてその中核としての「名号」(南無妙法蓮華経)を称えることが最重要とされ、ついには「名号」こそが至高存在なのだということになります。日蓮の書いた「南無妙法蓮華経」の字は「本尊曼荼羅」として崇拝の対象とされました。
 ちなみに、近代に生まれた日蓮正宗(創価学会のもともとの本山)では、さらに過激になり、日蓮そのものが久遠仏=絶対者となっていきます。

 結局、法華経の中核部分を図にすると、こんなふうになるでしょうか。

$ちゃぬの裏韓国日記

 ちょっとキリスト教と似ていないでしょうか。前出の①~⑥をキリスト教用語に入れ替えて読み直してみると……
 それはともかく、こういう正統仏教から見るとかなり異端的な信仰が、日本仏教の大きな基礎となったということは、いろいろと考えさせるところがあります。





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悪霊現象って言われちゃいましたか・・・
かんごさんへ、現在は執筆活動はされていないということでしょうか。
こういう方多いのでしょうか?
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