《前編》 より


 

【マルワリ商人】
 ユダヤ商人、なにわ商人と肩を並べて世界三大商人といわれるほどの商売上手で、時には少々強引な手を使うことで知られる。その中で頭角を現した者たちが、現在の財閥を築き上げたのだ。(p.80-81)
 「マルワリ」は、インド北西部のラジャスタン州マールワール地方出身の商人達のことらしい。だったら以前にも、『若きビジネスマンはインドを目指す』の中で【マルワール商人】として書き出していた。
 インドの3大財閥、タタ、ビルラ、リライアンスの中でも、インド南部の資源(砂糖や綿花)を動かして財をなしたビルラは、代表的なマルワリ商人であると書かれている。
 インド財閥で一番有名なのはタタだと思うけれど、タタはそもそもペルシャを発祥とする企業であり、インド人にとって、タタは海外のビジネスグループという意識が強いらしい。意外!

 

 

【海外日本企業のインド人採用事情】
 海外の日本企業においてインド人の雇用が増えている。・・・中略・・・。現地の労働者と日本人との間の中間管理職として、インド人を採用しているのだ。・・・中略・・・。賃金の安さもあるが、なによりインド人の勤勉さは世界のどこでも通用するという証明にもなっている。(p.91-92)
 与えた仕事をきっちりこなすという面で、インド人は日本人より世界の評判が高いと書かれている。
 インド人は、アジアの中では、日本に次いでノーベル賞受賞者が多い国であるし、数学系の能力が高いことは世界的に認識されていることだけれど、これらは勤勉さに連動することなのかもしれない。

 

 

【国内のIT系日本企業のインド人SE採用事情】
 実はいまインド人のSEを減らす傾向にあるという。英語は堪能だし勤務態度はまじめである。もちろんITリテラシーも非常に高く優秀である。ではなぜ減らすのだろう。(p.94)
 その理由は、平日残業も休日出勤も厭わずまじめすぎて日本人社員とのバランスがとれないからだ、と書かれているのだけれど、これは本質的な理由をダイレクトに表現していない。
 下記リンクの新生銀行の事例にあるように、発注側のコストパフォーマンスで考えた場合、日本人はインド人に、賃金面でも能力面でも、全く太刀打ちできないのが事実である。
   《参照》  『インドを知らんで明日の日本を語ったらあかんよ』 竹村健一・榊原英資 (PHP研究所)
            【日本とインド、システムコストの差】

 つまり、本質は、「受注側の日本の大手IT企業が日本人SEの雇用と自社の利益を守るために、インド人SEが日本市場に浸透する前にできるだけ早く日本IT市場から排除しておきたい」というのが本音なのである。日本企業も大手であればあるほど、企業利益を最大化すべくプロジェクト期間を長く設定して、勤勉な仕事をむしろ拒む傾向が強くある。つまり公務員的な体質になっている。そのようなプロジェクトに鋭利な能力を持つインド人SEが参加してしまうと、亀の歩みで計画されているカットオーバーまでの開発計画が乱れ、企業利益を損なうことになってしまう。だから、インド人SEを排除しようとしているのである。
 Web系ならともかく、従来からあるメインフレームの資産を活用したいITシステムにおいては、既得権益を持つ日本の大手IT企業によって雇用市場の囲い込みがなされているのである。

 

 

【ホンダの販売計画は、モンスーンの長さで】
 ヒーロー・ホンダも、生産台数を決めるときに、モンスーンの様子を判断材料にしている。1日長いだけで、オートバイの売れ行きが変わるというのだ。(p.130)
 バイクは、低所得地域、つまり農村部がメインのマーケット。農民が高価なバイクを買うには、農作物の出来がものをいう。そこで重要な指標となるのが、雨をもたらすモンスーン。

 

 

【観光客用の基本情報】
 むやみに相手の体に触れないといった風習は、ヒンドゥー教もイスラム教も同じだ。特に頭に手を乗せたり、いい子いい子をするようなしぐさは非常に嫌がる傾向がある。一方、尊敬している人に対しては足に触って、リスペクトの感情を表すのだが、これもヒンドゥー教もイスラム教も同様だ。インドの空港では、海外から帰ってきた父親の足を家族が触って喜んでいるような光景もよく見られるのである。(p.155)
 インドに行って、いい子いい子してしまって嫌がられる経験より、バクシー地獄に見舞われてすっかり閉口する経験の方が圧倒的に多いはず。
   《参照》   『第三の道』 糸川英夫 (CBS/ソニー出版) 《前編》
             【バクシー地獄】

 

 

【チョットクール】
 国際協力機構(JICA)による企業経営者支援プログラムというプロジェクトから、面白い商品が誕生した。太陽光で発電した電気を溜めて冷蔵用にした、1台6000円の「チョットクール」という低所得者向けのポータブル冷蔵庫だ。(p.162)
 インドのように国土が広大で電線が十分に行き渡らない国では、このような商品は急速に流通するようになるけれど、電線が完備している日本では、災害時にも有用であることが分っていても、電線を製造する大手企業の利権を維持するために、一般市場にこのような商品は出てこない。
 「チョットクール」以外にも、昼間の太陽光で、夜間を楽に賄える照明器具など日本企業は当たり前に開発済みである。しかし、日本市場にそれらが出回ることはない。日本国内では、既得権益を持つ天下り電力企業のために、国民全体が優れて有用なものを使えない状態が永遠に続くのである。

 

 

【インドの砂漠化】
 半島のデカン高原では、砂漠化が進んでいるという。インドの中ではグジャラート州やラジャスタン州などは完全な砂漠で、100㎞くらいの間、木がないのでは、という場所もある。(p.167)
 グジャラート州とラジャスタン州はインドの半島西側の根っこ部分にある地域。
 砂地でも育つラッキョウは、砂漠化防止の上で有用な作物らしい。インドでカレーにラッキョウが入っていたら、そこは乾燥地帯なのだということが分るはず。

 

 

【祇園祭の原型が残るオリッサ州】
 半島の東側の根っこの部分に、オリッサという州がある。鉄鉱石が採れて、鉄鋼業で有名な地域だ。この州の州都であるブバネーシュワルは歴史のある非常に美しい街で、日本からの観光客も数多く訪れる。ここはインドでは数少ない仏教が盛んな地域で、4月にラタ・ヤートラという祭礼が行われる。これは「山車の行進」と訳される祭りで、豪華な装飾が施された巨大な山車が大通りに出され、グンディチャー寺院までの約2.7㎞の道のりを練り歩く。まさに、京都の祇園祭のような祭りなのだ。実は、三蔵法師がこの地の祭りを唐に持ち帰り、それがやがて日本の京都へと伝わったのだともいわれている。
 実際、京都の祇園祭に使われる山鉾にも、日本に存在しないはずの、ピラミッドやラクダなどが描かれたものがある。日本の伝統芸能の中にもインドに通じるものが息づいているのだ。
 また、日本語の起源はインド南部のタミル語にあり、稲作や機織りなどの文化も、実はインドからもたらされたという説もある。日本が中国文明の影響を受ける前に、インド文明が伝来していたというのだ。歴史ロマンあふれる話だが、そう考えると、インドと日本は昔から身近な国であったのかもしれない。(p.171-172)
 七福神も3柱はインドからである。
    《参照》   日本文化講座 ① 【 七福神 】
              ■七福神は何処から来た?


 

<了>