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WCW & its titles (7)

 結局3年で消えたWCWベルト。WCWタイトルなどそもそも出現に無理があり、無くても良いタイトルであり、結局すぐに消え、無かったことにされているも同等のタイトル。WCWタイトルを最高位とするロン・シモンズには悪いが仕方がない。分裂世界タイトルですらなかったと思っている。


 ジェームズ・ハードとともに、レスリング史上では大事に不触のWCWタイトル。WCWタイトルなど無かったと、極論しても言いかとも思う。が、世界タイトルの代わりとしての、ハードの思い付きのWCWタイトルは無かったとしても、WCWが正式に発行していい自国通貨はあっていいはずだった。


 あらためて、WCWとは何だったか。そもそもWCWとは、ジョージア・チャンピオンシップ・レスリングが、TBSで全米に番組を配信し始めた時の番組名。そして、TBSがレスリング・カンパニを作った時に、採用された社名。そんな、系列にCNNを擁す、世界的ケーブルTV会社が作ったレスリング・カンパニが持つ、自前の独自タイトルの名称を選ぶならそれは、世界TVタイトルこそ、その名に最も似つかわしいのではないのか。我々は世界TVタイトルこそ、名実ともに、正式なWCWタイトルそのものだったと思っている。


 多くの人は、世界TVタイトルを何だと思っていただろう。世界の名を持ち、TVと付けど、ハウスショーでもタイトル戦などが行われる。そもそもTVタイトルとは何だろう。よく理解しないまま、あれを流通させては来なかっただろうか。


 TVタイトルの起源は、NYのロジャース?L.A.のワグナーかレオン?いずれにしてもTV映えするレスラーに、番組が、視聴率を稼ぐために、出演の機会を増やそうと作った、番組のベルト。勿論プロモーションの監督下にはあったろうが、NWAなどの関与はなかったように思う。そのうちにこのタイトルはマーケティング理論に組み込まれ、プロモーションがベルトを新設する際などに、都合よく利用されていたの感がある。70年代以降、レスリングを放送していた地方のUHF局がTVタイトルを持つのは、当たり前だった。


 80年、CNN元年、レスリングを取り巻くハード面での状況の変化。ジョージア・チャンピオンシップ・レスリングを流していたアトランタの小さなU局、WTOGチャンネル17は、世界的なケーブルTV会社CNNを成功させた。続いて系列のエンターティメント・チャンネルのWTBSが、ネイションワイドに衣替えする。ジョージア・チャンピオンシップ・レスリングは、ジョージアには収まりきれないTV番組を持つことになった。番組名はワールド・チャンピオンシップ・レスリングになり、ジョージアTVタイトルはナショナルTVタイトルに変り、更にワールドTVタイトルに名前が変わった。


 ジョージア・チャンピオンシップ・レスリングが巡らせた世界制覇の野望に、JPCの後ろ盾があったろうことは明かだが、通名ワールド・チャンピオンシップ・レスリングとなったジョージアが、ワールドタイトルを扱わないのも変だ。ワールドTVタイトルはそのあたりの問題を一度に解決出来る、新手の世界タイトル名だった。これこそはWCW発足時、正当にWCWが欲求した、WCWらしい、WCW産の純世界タイトルではないか。ジョージア・タイトル改めナショナル・タイトルより格上の、世界と名の付くタイトル。世界的TVカンパニが運営するWCWのタイトルならそれは、世界TVタイトルと名乗って当然だし、それがWCWタイトルだとして、何もおかしくはないはずである。


 プレシャス・ポール率いるLODのジェイク・ザ・スネイクは、DDTという創造物を世に送り出した、80年代の神の一人だ。世界TVタイトはジェイクのブランニュー・フェイヴァリットDDTとともに、センセイションを呼んだ。オレィのGCW/WCW/CWGは、クロケットに買われ、ナショナル・タイトルはUSタイトルに併されるが、世界TVタイトルは独自の発展をする。クロケットはミッドアトランティックとカナダに、NWA・TVタイトルというミッドアトランティックTVタイトルの進化形も持っていて、JCPの世界TVタイトルは、NWA・TVタイトルがリニューアルしたことになっているが、実質的にはジョージア版世界TVタイトルの幹に併されたと考えていいと思う。NWAから不干渉で、歴史からも自由な、それでいて知名度と全く新しい概観を持っているこのベルトは、見る見る内に、米マットの、それも上位に、居場所を作っていった。 <続く>


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WCW & its titles (6)

 フレアーと世界ヘヴィー級タイトルを無視して、ルガーとウィンダムの間でタイトル戦をやったVPジェイムズ・ハード・・。彼のように、レスリングのタイトルなど、勝手に作れると思っている者がいる。それは時として悲劇にも、レスリング・カンパニの中枢部に。悲しいことにレスラーの中にも、そして、ファンの中にも。だからこそレスリングのタイトルというものは、然るべき人物が然るべき方法で、しっかり管理しなくてはならないのだ。


 世界王者フレアーのために国家をあつらえたホースメンと、91年のバッシュで、ターナー親分のTVをジャックまでしたそのナイツ。そこにレスリングの歴史を誰がどう守って来たのかの、実際を垣間見れる。


 ナザレの血脈を守っていたというテンプル騎士団。ザ・フォア・ホースメンは、あのベルトとほぼ同時に世に現れ、ベルトをフレアーにとどめおくために闘った。Ⅳホースメンとは、ヨハネの黙示録に出てくる、終末の四騎士のことだが、世界王座を守る結社の存在を匂わせてもいた騎士団をも暗喩した。古来から、秘密結社名に用いられて来た騎士団という“ギミック”。4本指を立てるポーズは、ライオンの握手のようであり、ポケットの三本指のようでもあった。


 WCWは、世界王者フレアーとホースメンとそのナイツ達の、世界タイトル主義国家。そしてホースメンとともに現れたあのベルトは、ホースメンの出現よりも以前からあったホースメン様結社の、世界タイトルに対する考え方を具現化したものだった。敢えて言うならあのベルトは、ホースメン・ヘヴィー級タイトルのベルトだ。いろいろな呼ばれ方をしたあのベルトの、ずっと変わらない、彼らの呼び名がそれであろう。


 Ⅳホースメンがなぜ出現したかと言えば、それはやはり、ハルクの台頭と戦うためだった。世界王者フレアーより、ポピュラリティを持つに至ったサンダーリップス。WWFチャンプとなり、現実のマットワールドでも、世界王者振り始める。サンダーリップスは即ち、ポピュラリティがイメージする、架空のプロレスリング王者。現実のホーガンは当時、ボックウィンクルに決して勝てなかった。それはとりもなおさずレスリングファンが、ハルクの技術を、世界王者のそれではないと判断していたことによる。いつも乏しかった、ホーガン対ビッグ・ジョン・スタッドの内容。ホーガン対キングコング・バンディは、マニアのメーンとして、レスリング界を代表されるにはとてもキビしい一戦だった。


 Ⅳホースメンは、映画から続くポピュリズムの影響下から、レスリングのワールドチャンプの良好な環境を維持するために組織された。黙示録の四騎士の名を借りて、サンダーリップスを知恵ある者が解く数字に見立てて。我々が提出しているレスリングのチャンプは、そちらでは決してないぞ、絶対に見紛うな、と。


 Ⅳホースメンは突然現れ、初めて、そして唯一、フラターニティと形容されたレスリング・グループ。俺達がレスリングス・エリート・オーガニゼイションだと名乗った。世界王座とその王者フレアーを守る、後のWCWのVPオレィ・アンダースンと、後のタイタンのVPJJディロン。初めてUSAネットを取りつけたターリー・ブランチャードと、若きエンフォーサー。この5人は、例えばボビー・ヒーナンなどが、商業的理由で組織したファミリーとは違う。以前より在りしインヴィジブルエンパイアから浮き出て来た、レスリングの歴史的な文化を、最も高次で保持する、レスリング界の最もコアと目される5人による、精神的な結束が透けて見えた、騎士団的結社だった。それをリアルに感じさせたからこそ、これはギミックとしてもクールだった。だから受けた。我々もそのつもりで、四本指に参加した。


 ホースメンが出現しなければ、WCWはあったかどうか。ハードのパニックを、止められたかどうか。そしてNWOもDXも、勿論エヴォリューションも、出現していなかった。我々自体、レスリングにここまでのめり込めたかどうか。サンダーリップスは一般のファンを業界に取り込み、レスリングをインダストリと言われるまでにした一助をしてはくれた。しかしレスリングのゴールドを守ってきたのはホースメンだ。それは間違いなく言える。


 ホースメンは、99年の3月、ケンタッキーのアンセンサードの金網の中で、フレアーがハルクを倒し、黄金のベルトを奪回し、NWOを潰した後、遂に消えた。あれ以来Ⅳホースメンは、リビルドされていない。しかし、“フレアーカントリ”でショーがあれば、今でも必ず、4本指を立ててフレアーを応援するナイツ達が見つかるように、Ⅳホースメンの息吹は、今も生きている。“ホースメン”は85年以前からあり、今も在るのだ。フレアーと世界タイトルに何かあるならば、今後も何時でも立ち上がるだろう、91年のバッシュの時のように。 <続く>


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WCW & its titles (5)

<前回から続く>


 WCWでは、フレアーが実質的にチャンプを降りた後、ハルクのエラがあったわけだが、この頃、WWFではハートとHBKがタイトル戦線を賑わせ、WCWとWWFの、意義の逆転があった。ここでWCWの存在意義も無くなったかと思われた。


 レッド&イエローのハルクスター時、WCWが最もWCWらしからぬ時代。実際ハルカマニアは、WCWではヒートしなかったと言っていいと思う。そう、WCWのフレアーのファンが、ハルク対ヴェイダーなどで、納得する訳がないのである。WCWでのハルクは、フレアーのエネミー#1としての立場以外では、大したプロダクティビリティを出せなかったように思う。史上最低と言われた、94年のスターケード。チャレンジャーのブッチャー・レスリーには、挑戦者たる資格もなかった。そして、或いは故からか、NWOに雪崩れ込んで行く。


 現実的に、主に、nWoと対峙したのは、闘わないスティング、だったが、nWoの宗教色は、フォア・ホースメンに敵対するギミック設定だったことは、言うまでもない。バビロンを表現したい軍団だったのは間違いない。黄金のベルトに黒のペイントスプレーを吹きかけて、乱れた秩序を新しいと売り物にし、スゥイーートな、トラディッションバイトなものに、4ライフした。でもそれが、ハルク・ホーガンの、WCWにおける、ずっと変わらぬ見られ方だった。


 NWOは一時的にヒートしたが、3年を待たずして息絶えた。最後は赤く塗られたベルトを、50歳のフレアーが、金網の中で、ハリウッドを殴り倒すことで奪還し、決着は見られた。ナイツ・オブ・ホースメンのヨハネ達が、最初からユメ見て書いたシナリオ通りの、アポカリブスの結末だった。NWOというバビロン現象の一環として行われたスターケードでの、勿体つけたスティング戦も世紀末マーチへの序章でしかなく、ましてや犬耳つくって跳ねてたKドッグも、付け鼻ではしゃいでいたも、大勢に何の関係があろうはずもない、正におまけでしかなかった。


 WCWのナイツ・オブ・ホースメン達がホーガンを呼んでやりたかったこと。それはただひとつ。バビロンの大王たるホーガンを、白い馬の人が沈めて、27冊目の聖典を閉じること。そうでなければ、終末の4騎士のストーリーは、完結もしないだろう。またそれが、フレアーとホーガンの世界王座をめぐる15年戦争に対する、ホースメン国家WCWなりの、解答でもあった。


 WCWを終わらせたのは、ルッソだという人もいるが、それは表面的な見方に過ぎない。WCWが終わったのは、フレアーがチャンプを務められなくなり、WWFにフレアー・チルドレンが出現し、ホースメンのストーリーが終了し、27冊目の聖典が閉じられたからである。フレアーがチャンプの時代だったら、間違っても、ルッソなぞの出る幕自体がなかった。


 ホースメンの国家WCW。レスリング史のある時期、世界王座はその生存をフレアーとホースメンに頼り、WCWは世界王者フレアーと世界タイトルを10数年に渡って守った。ジャレットは頑張ったが、世界王者が世界王者として振舞える環境があるのなら、そこがWCWInc.である必要は、必ずしもないのである。レスリング史のある時期、WCWはその必要を確かに渇望され、WCWはその意義をしっかりと果たした。そしてそれは役割を終えたがゆえ、終わったのである。


 バビロン終えし後、見渡せば、千年王国がそこにあり、なのである。NWOもまた、リック・フレアー・ストーリーの中の一編に過ぎなかったと言える。



 WCW建国と世界タイトル保守に大きな力を与えたホースメンであるが、だからと言おうかこのⅣホースメンというのも、あの黄金のベルトと、出現時期を一にしている。ホースメン解散からそろそろ9年。未だにカロライナなどでは、4本指を挙げるファンが途切れない。次はこの、フレアーとWCWに切っても切れない、ザ・フォー・ホースメンを見ていく。 <続く>



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WCW & its titles (4)

<前回から続く>


 93年のスターケードのことを憶えているだろうか。フレアーがヴェイダーを倒し、ハードのタイトルを初冠したのだが、このスターケード、当初、チーフブッカー・ダスティ・ローズが予定していたメーンのカードは、ヴェイダーvs.シドの、WCWタイトル戦だったという。


 ところがその前の英ツアーで、シドが手首を叩き折られる例の事件。いずれにしろあの一件で、フレアーは再び、“フレアー・フォー・ザ・ゴールド”するに至った。そして翌6月の統一。しかしどんな道程を辿ろうが、6月の統一はフレアーがやることになったことは想像に難くない。統一統合をフレアーがやらずして、NWAを押さえることなど、出来ようはずも無かったのだから。


 ハード、ダスティ、ヴェイダー、シド・・悪いが彼らには、世界タイトルはどうこう出来ない。世界タイトルに関する大事を取り仕切るのは、フレアーでなくては、WCWのファンの誰もが、納得しなかっただろう。忘れてならないのは、WCWは、フレアーがいたから組成されたカンパニだということだ。


 2000年の1月、久々にナイトロに帰って来たフレアーは、お馴染みの演説でこう打った。オレがWCWでありオレがレスリングだと。レスリングは、オレに帰属するスポーツだと。それは、何処かの誰かが言うような大風呂敷でも何でもなく、WCWを観て来たファンには、当たり前に響く言葉だった。


 WWFでハルクの時代があった。それはともすれば、本物の世界王者を隅に追いやるほどの世界的ブームでもあった。自然、リアルワールドチャンプのレスリングを支持するファンは、WCWに集まり、フレアーに肩入れをした。WCWは、そんなフレアーファンが、フレアーを欲したがゆえに出来たカンパニなのだ。フレアーとハルクが、互いに完全に対立するレスリング概念を展開していたからこそ、WWFとは別の場所に、WCWは出来た、とも言える。


 WCWというのは、本物のチャンプ、フレアーを、本当のキングとしてトリートできるよう、フレアーの支持者が皆で誂えた、国家なのである。本物の世界王座が本物らしくあるためには、あのホーガンの時代、フレアーに頼るしかなかった。あの時代、フレアーがいなかったら、世界タイトルはどうなっていただろう。カート・ヘニングですら、AWAを守れなかったのだ。ハルクアップするチャンプを見続けて、今のHBKやゲームやジャレットはあっただろうか。レスリングというスポーツが帰属する人に、ゴールドがあることの意味。あの時代、フレアーは正に救世主だった。当前の如く、白い馬に乗る人に見えた。


 必然、WCWはフレアーのファンで埋まる。フレアーにはよーく分かっていた。そんなWCWのファンが、ヴェイダーやスティングなどで納得する訳がないと。シモンズやシドやスタイナーやブッカーやゴールドバーグでは満足しないと。何故なら彼らは、フレアーとは似ても似つかないからだ。そのようなチャンプをいくら輩出したところで、WCWのWCWたる意味は無い。WCWのファンを納得させられる世界王者など、フレアー以外にいるわけがない。


 91年のバッシュ。“ナイツ・オブ・ホースメン”の皆は、PPVのライヴをハイジャックして、進行を出来なくした。フレアーの国家からキングを追い出しておいて、臣民が黙っているとでも、本当に思ったのだろうか?後にも先にも、レスリング・ファンがあれほど怒ったことはなかった。レスリング・ファン、いや、WCWのナイツ・オブ・ホースメンが、世界タイトルとリック・フレアーに危機が迫った時にとったあのリアクションに、WCWとは何かということの、精髄を見た思いがした。


 WCWはTBS下のカンパニであり、そこの実務を牛耳る雇われ重役のVPは、それなりのデュティを果そうとする。その過程で、WCWの何たるかも知らない普通の雇われ重役氏の、普通のビジネスマンアティチュードにより、いびつな局面もあった。が、結局は、フレアーに始まり、フレアーで終わったように、WCWで、フレアー以外の事象など、所詮小事に過ぎなかったことが分かる。 <続く>


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WCW & its titles (3)

<前回から続く>


 91年7月のWCWベルト誕生から、94年6月のWCWベルト消滅までの流れを、ザッとおさらいしてみよう。


 91年7月、フレアーはVPジェイムズ・ハードと衝突、ベルトを持ったまま、WCWを後にした。PPVグレートアメリカンバッシュを2週間後に控えた時期だった。ハードはこの時、フレアーをファイアしたという言葉をハッキリ使ったし、WCWタイトルをフレアーから剥奪した旨、2週間後、新王者をルガーとウィンダムの間で決めることも、同時に発表した。


 世界王者を首にするという、マットワールドで考えられないことをしたビジネスマン、ジェイムズ・ハード。しかも後から乗らせてもらっただけのWCWタイトルを、王者から剥奪すると言う。元々無かったタイトルを、剥奪も何もないではないか。しかもハードは観客に切れられ、We Want Flairの大合唱の中、WCWは再びフレアーと契約するべく動いていますと、言わざるを得なくなるという失態振り。


 フレアーはWWFにあのベルトを引っ提げ登場。リアルワールドチャンプと称される。WCWはあのベルトを取り返すべく、フレアーと交渉を持ち、NWAにも協力を仰いだ。フレアーは、新VPを相手に要求したと言われ、NWAの介在を条件に、裁判での手続きを経て、ベルトをアトランタ方面に返す。


 WCWは無視していたリッカードNWAと、NWA再建について話し合わざるを得なくなり、大々的にテコ入れすることを約束。NJとSMWのコーネットも参加し、一時はリッカード一人にまでなっていたNWAは、一躍、全米ネットのTBSで復活を遂げる。首になったハードの後任ビル・ワッツは、取り返したベルトをハッキリ、NWAワールドタイトルと呼んだ。


 NWAタイトルとWCWタイトルの、WCWにおける並立共存時代。NWAとのハナシを着けた重鎮ワッツに代わり、ホースマン・オリィ・アンダーソンが、シニアレフからVPに昇格すると、フレアーがWCWに帰って来る環境が整う。93年2月、NWAタイトルがあってハードのいないWCWに、フレアーが帰って来る。


 フレアーは93年7月に、再びNWAタイトルと呼ばれていた黄金を奪回。そして8月、WCWはNWAの年次総会で、NJとともに、NWAからの脱退を正式決定。再びNWAタイトルと呼ばれていたフレアーのベルトは、WCW内で単に、ゴールドベルトなどと呼ばれるようになる。


 NWAは、リッカードを先頭に、再び静視の構え。リッカードはそもそもフレアーに頼まれてNWAをレプレゼントしてきたに過ぎず、フレアーのやることに異議を唱えようはずもない。NWAは94年8月に、新たなNWA王者を決めるが、93年8月からの1年間、WCWのゴールドベルト及びWCWIベルトそして、統一WCWワールドタイトルを、世界王者と認めていた事実もある。これにもまた大きな意味を見なければならない。


 94年7月に、黄金のベルトはハルクに移動。フレアーは実質的に、ここでチャンプを降りる。NWAが世界王者を独自に決め始めたのは、フレアーがチャンプを降りてからだということを忘れたくはない。NWAは世界タイトル論争で、王者フレアーに対して直接異論を唱えたことは、ただの一度もない。


 WCWベルトは黄金のベルトに統合され、わずか3年弱でその姿を消し、黄金のベルトは改めてWCW世界タイトルと呼ばれ、その後しばらく、この名で安定する。無くても良かったハードのタイトルの始末の尻拭いだが、これもフレアーでなければどこへ転んで、どんな取り返しのつかない事態になっていたか、分かったものではないのだ。 <続く>


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