WCW & its titles (4) | HWD+e

WCW & its titles (4)

<前回から続く>


 93年のスターケードのことを憶えているだろうか。フレアーがヴェイダーを倒し、ハードのタイトルを初冠したのだが、このスターケード、当初、チーフブッカー・ダスティ・ローズが予定していたメーンのカードは、ヴェイダーvs.シドの、WCWタイトル戦だったという。


 ところがその前の英ツアーで、シドが手首を叩き折られる例の事件。いずれにしろあの一件で、フレアーは再び、“フレアー・フォー・ザ・ゴールド”するに至った。そして翌6月の統一。しかしどんな道程を辿ろうが、6月の統一はフレアーがやることになったことは想像に難くない。統一統合をフレアーがやらずして、NWAを押さえることなど、出来ようはずも無かったのだから。


 ハード、ダスティ、ヴェイダー、シド・・悪いが彼らには、世界タイトルはどうこう出来ない。世界タイトルに関する大事を取り仕切るのは、フレアーでなくては、WCWのファンの誰もが、納得しなかっただろう。忘れてならないのは、WCWは、フレアーがいたから組成されたカンパニだということだ。


 2000年の1月、久々にナイトロに帰って来たフレアーは、お馴染みの演説でこう打った。オレがWCWでありオレがレスリングだと。レスリングは、オレに帰属するスポーツだと。それは、何処かの誰かが言うような大風呂敷でも何でもなく、WCWを観て来たファンには、当たり前に響く言葉だった。


 WWFでハルクの時代があった。それはともすれば、本物の世界王者を隅に追いやるほどの世界的ブームでもあった。自然、リアルワールドチャンプのレスリングを支持するファンは、WCWに集まり、フレアーに肩入れをした。WCWは、そんなフレアーファンが、フレアーを欲したがゆえに出来たカンパニなのだ。フレアーとハルクが、互いに完全に対立するレスリング概念を展開していたからこそ、WWFとは別の場所に、WCWは出来た、とも言える。


 WCWというのは、本物のチャンプ、フレアーを、本当のキングとしてトリートできるよう、フレアーの支持者が皆で誂えた、国家なのである。本物の世界王座が本物らしくあるためには、あのホーガンの時代、フレアーに頼るしかなかった。あの時代、フレアーがいなかったら、世界タイトルはどうなっていただろう。カート・ヘニングですら、AWAを守れなかったのだ。ハルクアップするチャンプを見続けて、今のHBKやゲームやジャレットはあっただろうか。レスリングというスポーツが帰属する人に、ゴールドがあることの意味。あの時代、フレアーは正に救世主だった。当前の如く、白い馬に乗る人に見えた。


 必然、WCWはフレアーのファンで埋まる。フレアーにはよーく分かっていた。そんなWCWのファンが、ヴェイダーやスティングなどで納得する訳がないと。シモンズやシドやスタイナーやブッカーやゴールドバーグでは満足しないと。何故なら彼らは、フレアーとは似ても似つかないからだ。そのようなチャンプをいくら輩出したところで、WCWのWCWたる意味は無い。WCWのファンを納得させられる世界王者など、フレアー以外にいるわけがない。


 91年のバッシュ。“ナイツ・オブ・ホースメン”の皆は、PPVのライヴをハイジャックして、進行を出来なくした。フレアーの国家からキングを追い出しておいて、臣民が黙っているとでも、本当に思ったのだろうか?後にも先にも、レスリング・ファンがあれほど怒ったことはなかった。レスリング・ファン、いや、WCWのナイツ・オブ・ホースメンが、世界タイトルとリック・フレアーに危機が迫った時にとったあのリアクションに、WCWとは何かということの、精髄を見た思いがした。


 WCWはTBS下のカンパニであり、そこの実務を牛耳る雇われ重役のVPは、それなりのデュティを果そうとする。その過程で、WCWの何たるかも知らない普通の雇われ重役氏の、普通のビジネスマンアティチュードにより、いびつな局面もあった。が、結局は、フレアーに始まり、フレアーで終わったように、WCWで、フレアー以外の事象など、所詮小事に過ぎなかったことが分かる。 <続く>


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