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WCW & its titles (2)

・・<前回から続く>で、WCWとは何だったか。WCWとは、ワールドチャンピオンシップレスリング、つまり、ワールドチャンピオンシップを扱うレスリングリーグであることの、言わば一般名詞。そこで争われるタイトルは、正統な世界ヘヴィー級タイトルに決まっている。が、正統な世界ヘヴィー級タイトルは1つだけで、それは従来NWAが管理して来て、生き残りのリッカードが変わらぬ態度を貫くならば、商法的意味で言うところのJCPを買っただけの存在であるだけのWCWが、世界ヘヴィー級タイトルを運営するに際し、常にリッカードとの合議を要するのは避けられないこともまた、理由した。


 リッカードNWAは弁護士を介し、こうも言って来たという。先のニューレヴォリューションの一戦を、我々は世界タイトル戦とは認めない、と。リッカードNWAは、翌91年1月11日のブレンダンバーンでフレアーがスティングを倒すまで、世界王者はフレアーのままだと、ずっと言い続けた。


 ジェイムズ・ハードがWCWタイトルを作ろうと決意したのは、こうした度重なるリッカードの難癖?に対処する術を、持ち合わせていなかったことによる。NWAとは別便での、世界ヘヴィー級タイトルへの搭乗、相乗り。歴史的に正統な世界王者であり、NWA王者でもあるフレアーに、こちらもがWCWタイトルも持ってもらえばいいのだという、ビジネスマン的判断。91年からWCWは、あの黄金のベルトを、WCWワールドタイトルと呼び始める。だから91年1月のブレンダンバーン時点でフレアーは、レスリングの歴史が認定する世界王者であり、NWAが認定する世界王者であり、WCWが認定する世界王者である、三冠の世界王者であったことになる。


 しかしここで考えたい。WCWとは、ワールドチャンピオンシップを扱うレスリングリーグだから、ワールドチャンピオンシップレスリングなのだと。WCW世界王者とはすなわち、ワールドチャンピオンシップレスリング・ワールドレスリングチャンピオンとなり、WCW世界戦とはすなわち、ワールドチャンピオンシップレスリング・ワールドレスリングチャンピオンシップとなるのである。何とも悪い座りに、どうしようもない矛盾が見え隠れする。WCWに、WCWタイトルなど作ることは、根本的に無理なことなのだと。


 ワールドチャンピオンシップを扱うレスリングリーグがWCWならば、そこで争われるタイトルは、ワールドチャンピオンシップに決まっている。WCWタイトルというハードカレンシを争うレスリングリーグなら、それはWCWチャンピオンシップレスリングでなくてはならない。つまりそれと同じ無理を、WCWは通用させていたということなのだ。


 それもそのはず、WCWタイトルは、ジェイムズ・ハードが困り果て、無理無理作ったタイトル。設置の予定はそもそも最初はなく、もっと言えば無くともよかったタイトル。ジェイムズ・ハードが再び困り果て、WCWタイトルベルトを登場させたときのことを、よもや忘れてはなるまい。


 91年7月、フレアーは、黄金のベルトを持ったまま、WWFにジャンプした。VPジェイムズ・ハードは、フレアーと世界ヘヴィー級タイトルを無視して、ルガーとウィンダムの間で、WCWタイトル戦をやった。その時、WCW世界タイトルの名目で出て来たのは、昔ダスティが、フロリダで起こしたPWFベルトに、WCWタイトルの旨のプレートを貼り付けただけのチープなシロモノ。WCWタイトルもベルトも、そもそもジェイムズ・ハードの思い付きで興り、実体など無かったことの、如実な証明。


 WCWハードはその後、当時のWWFタイトルそっくりのWCWタイトルを新装し、シモンズやヴェイダーなどの独自のチャンプを持つ。が、それは後々、フレアーによって、黄金のベルトに統合されたことは衆知。当時のWWFベルトそっくりのWCWベルトは、わずか3年弱でその姿を消す。 <続きは次回>


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WCW & its titles (1)

 大晦日のトリプルH戦、本当に負けるのではないかと心配していたネイチュアボーイだが、まずは延命に一安心。しかしネイチュアボーイのリタイアストーリーは始まっているという。我々は、我々の偉大なキングのキャリアの一ピリオドに、黄金のベルトを欲したい気持ちがある。


 勿論今のフレアーに、まともなキングピンが務まらないことは百も承知ではある。しかしそれでも、フレアーの大事に、あのベルトは切り離せない。あのベルトはフレアーによって世に現れ、一時はフレアーに帰属するとまで言われたベルトなのである。


 複雑に凝らされたデザインと技巧。大きな黄金のプレート。品格と豪華さを兼ね備えた、この業界を立派に代表してくれるキングピンの象徴。ほかのスポーツに目を向けてみても、史上類を見ない美しさを誇るこのベルトは、純粋な美術品としての価値も高い。


 あのベルトは、86年の2月に、おそらく、JCPが、NWAからのキックアウトすら念頭において作った、NWAのロゴのない、歴史的に正統な世界ヘヴィー級タイトルであることのみを強調したベルトだ。デザインと制作費には、フレアーの私財が投入されたとも言われている。22年間変わらぬベルトというのは、レスリング史上でもおそらく初で、それだけでこのベルトの完成度がうかがい知れる。


 ボックウィンクルのベルトのように大きく美しく、しかも純金。フレアーが実現せしめた究極のベルト。レスリングファンの夢の具現。この理想的スタンダードもまた、フレアーによってもたらされたものだ。


 このベルトについては、「ワールドヘヴィーウェィトタイトル」の頁で書いているので、概要はそちらに譲るとして、今回は、このベルトも一時期確かに名乗った、「WCW世界タイトル」について考えてみたいと思っている。同時にWCWについても。WCWは、ひとつの重要局面を迎えたフレアーにとって、あのベルトと同じように、切っても切れない関係にある。



 WCWタイトルが出来た時のことを、憶えているだろうか。バッシュ90ニューレヴォリューション。フレアーがスティングに小包まれ、あのベルトがペイントレスラーの腰に巻かれることになった、衝撃的瞬間。しかしすかさず、ニュージーランドのスティーヴ・リッカードから注文が付いた。「NWAは、引き続きフレアーを、世界チャンプと認めています」。一説では、フレアーらが、リッカードにやらせたのではないかとも言われている。ビジネスマンとやらのジェイムズ・ハードは、ここで初めて、レスリングの世界タイトルの何たるかを知らされる。それは、独占出来ない性質にあるものなのだと。


 まだ、旧アライアンスの生き残りが頑張っている時で、名前だけは、かつての大NWAが生きている頃の話。NWAが、世界ヘヴィー級タイトルを共同運営する権利が、まだわずかに残っていた、微妙な時代。


 我々はともすれば、それをNWA世界タイトルとかWCW世界タイトルなどと呼び、タイトルを団体先行で見る傾向がありがちだ。しかし正しくは、団体組織が、正統なタイトルの史脈の上に乗っていると考えるのがコモンセンス。特にそれが歴史的に正統な世界ヘヴィー級タイトルともなれば、団体が勝手に作るとかというのはありえない。


 フェデレイションを作り、そこがフェデレイションタイトルを運営するというのは理屈だ。中央銀行が、ハードカレンシを扱うのと同じ。しかし錬金は出来ない。ダイアモンドなどを精製出来るのも大自然だけ。だから貴いと書く。


 で、WCWとは何だったか。WCWとは、ワールドチャンピオンシップレスリング、つまり・・ <続きは次回に>


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Playboy made

 グレート・ムタが1・4で、後藤と一戦。その前にハッスルででも、究極のスペシャルギミックアトラクション。未だ色んな場面で頼られている“カブキの息子”だが、ということはボノちゃんは、カブキの孫なんだろうか。ダラスからアトランタを経て生き続ける不朽の名ギミック。カブキがいたからムタがいたというのは分かるが、これは・・・次代、大丈夫なんでしょうね。


 ムタは言うまでもなく、米国産のプロダクトだ。89年、フロリダやプエルトリコで暴れていたホワイトニンジャは、WCW発足と同時にアトランタに召集される。呼んだのは、WCWの新チーフブッカー、リック・フレアー。フレアーはカブキのマネージャーだったゲーリー・ハートとともに、白忍者をムタとしてリボーンさせる。ムタを誕生させたのは、アメリカ人のフレアーとゲーリー・ハートだったということは、くれぐれも忘れたくはない。


 この年、89年、ダスティ・ローズに代わって、初めてチーフブッカーに座ったフレアーは、世界ベルトとチーフブッカーの座を独占。WCWで半独裁を始め、そのチーフブッカーとしての最初の仕事として取り組んだのが、ムタとフライング・ブライアンのブックだったと言われている。そして、盟友O・アンダーソンが帰って来て、半年程でそのポストを降りたフレアーにとって、ムタは最大のヒット作だったとも。フレアーのファンにとっては、ムタは、ブッカー・フレアーの、最高傑作という側面がある。あれはフレアーが造ったものだと。


 勿論武藤敬司という、稀有な運動神経の持ち主ありき、なのではあるが、しかしあれは、アメリカ人が創ったからこそ、微妙な、いい意味での、奇妙な果実っ振りが奏でられたのだと、そう思っている。そしてだからこそ、我々には手に負えないのだとも。


 日本でのムタは、武藤敬司との両立という矛盾のもと、魔界とか何とかの装飾を講じられているが、オリジナルのムタは、ただの忍者である。アメリカ人が考える、ただの忍者。我々日本人こそ忘れがちであるが、忍者とは何も、神秘的な存在でも何でもなく、つい300年前には、確実に居た、我々と同じただの人間である。アメリカ人が考える忍者の方が実はシンプルで、彼らは忍者を忍びの者、つまりスパイマスターとしてきちんと理解し、極東の戦国時代の、鍛え上げられた特殊工作員だと、正しく認識している。だから、米国産のオリジナルムタは、至極シンプルだ。だから御愛嬌としての奇妙な果実も効く。


 NJの、特に大きなショーでのムタ政策で、賛成したものはひとつもない。日に日に派手になる、忍びの者の衣装。ラメとスパンコールで目立つ忍びが居るか? ある時は忍者ショーを組み込まれ、ある時は箱に入れられマジックの題材にされ、ある時は肩に作り物の蛇を乗せられた。マーケティング部にいいように玩ばれる、存在しないはずの、秘密工作を任務とするエージェント。或いはそれが魔界の妖怪だったとしても。ギミックが寄る幹も、ゲーリー・ハートの意思もどこ吹く風。ケロの前口上など何とかの骨頂。武藤の運動神経だけで成り立っているような日本のムタは、リング上のファイト以外は、何時もキビしかった。


 日本のムタは、言わば忍者ではなく、妖怪か物の怪の類。そう見れば受け入れられるのだろうし、今やゴテゴテしていなければ成立もしないのだろう。米国産オリジナルムタが忍者だったことすら、知られていないのかもしれない。


 実はオリジナルムタのストーリーも、WCWでは未完。ストーリー途中で、ムタは日本で武藤として生きることを選ぶ。だからムタは日本では、生きているのに死んでいる、黄泉からの妖怪にされてしまい、その暴走的生命活動の挙句に、今やボノまでくっつけられたりしている。


 本来的な忍者は、実は多種多様。特殊工作をする実行犯は下忍で、上忍はすっかり、忍法身替りの術で、中枢の権力者に成り代っていたりもしたと、言われてもいる。下忍の一部は、街角で幕府の執政を揶揄する漫才師を、世を忍ぶ仮の姿にしていたとも。そう言えば最近、日本マット界には“忍者”が異様に多く、今更ムタが忍者である必要は、ないのかもしれないが。


 しかし、フレアーがプロデュースした、作・ゲーリー・ハートの、そもそもがアメリカ産のダイナミズムが、カブキから続く、アンダーテイカー・クラスの傑作ギミック、本来的なムタの命。ハッスルでもAJでも武藤本人でもいいが、奔放ばかりやる前に、一回ぐらいは、オヤジの産みの親である著作権者?ゲーリー・ハートの意見を聞いてみるのも一考、ではないのだろうか。

Merry X-mas, Mike Davis

 クリスマスミュージックが街を駆けるこの季節、クリスチャンであるかどうかはさておくとしても、リック・フレアー主義者である以上、ナイツ・オブ・ホースメンであるということは避けられず、か。


 聖典27冊目。認めていない派もあると聞く。4HもNWOもアーマゲドンも、ここを開いてやって来た。


 神が7日間で造ったからこの日なのか、ではなぜオクタゴンは10角形ではなく、フェブラリは28日しかないのだろう。ナザレがメシアだという証拠は・・・バスチャン・ブーガーの二の舞は御免か?


 25日は言わずもがなの、クライストミサの日であるが、我々にとってはそれとは別に、マイク・デイヴィスが天に召された日でもある。6年前のこの日、元サザンタグチャンプ、マイク・デイヴィスは死んだ。


 ジョージアの若武者。ハイスクールアスリートとしての実績。マイク・デイヴィスは南部の軽量級戦線で頭角を現す。日本でカブキの相手にも指名され、オオニタのNWAIタイトルにも挑戦した。フロリダではケヴィン・サリヴァンのダンジョンで、ダスティ・ローズのニセモノギミック、ザ・ドリームで、ジ・アメリカンドリームとフュードまでした。


 ダスティ・ローズと一端のフュードまでした男を、いくら世界王者相手とはいえ、ジョバーに起用するのはいかがなものだったのだろうか。プロレスリングUSAの不思議なプロモカード、フレアー対デイヴィスのノンタイトルマッチは、意外にも、観客を沸かす好勝負になった。アマレスムーヴでフレアーと互角以上に渡りあったデイヴィスは、鋭いフライングドロップキックで王者を吹っ飛ばし、力強いパンチで王者をキリキリ舞いさせた。そして、最後はあっけなく、負けた。


 不思議な一戦だった。同じ日に、後にロックンロールRPM'sというタグティームを作るトミー・レーンもフレアーにあてがわれたが、こちらは首尾よく、スカッシュマッチを完遂させている。デイヴィスの序盤の食い下がり方と、あっけない負け方のコントラストが、異様に映る一戦だった。


 多分あの一戦は、色んな意味で失敗だった。王者フレアーは、ああいう類の一戦に使用する以上のエナジーを強いられ、デイヴィスはおそらく注意され、ファンは好勝負を見損ねた。当時の感覚で言えば、あそこでフレアーにデイヴィスをぶつけるのは傾首だったし、デイヴィスが実力通り戦えば、フレアーとも立派に戦えるのは当然だし、あっけなく負けたのは抜手が露骨だった。食い下がったことが次につながらなかったことも不自然だった。デイヴィスをジョバーロールに起用したマッチメーカーも、ジョバーロールを請け負ったのにもかかわらず、それを出来なかったデイヴィスにも問題はあるが、結局割りを喰ったのはデイヴィスだった。デイヴィスは、これを最後に、アメリカレスリングのメーンシーンから、見事に外れていった。


 カンサス、テネシー、プエルトリコ・・。数年後、紅顔の若武者デイヴィスは、ロン・スター張りに凄みを効かせた、額傷のヴェテランになっていた。そして、マニアック・マイクに雪崩れ込んでいく。


 ESPN、全米ネット。WCWにもWWFにもジョインしなかったゆえ、多くの人達にとっては、マイク・デイヴィスといえば、マニアック・マイクのことを指すのかもしれない。マーズ、マーズ、である。蛍光色のスチューピッドハット。しばらく下を向いて直視を避けた記憶もある。


 ドミニカでフレアーを破り、チャンプになったと主張しているヴェネーノというレスラーを御存知か?トライステーツでフレアーに挑戦したポークチョップ・キャッシュという黒人レスラーを?ハワイでフレアーに挑戦したシバ・アフィは?斬味鋭いフライングドロップキックで、フレアーをロープにまで吹っ飛ばしたデイヴィスには、フレアーとフュードする資格すらあった。


 最後の晴れ舞台は、おそらく、GWF・TVタイトル。マニアック・マイクとしてではあったが、流石のアマレスムーヴで、GWFあたりでは他を寄せ付けなかった。


 フレアー相手に食い下がったのにもかかわらず、マニアック・マイクとして終わったデイヴィスのレスラー人生をどう思おう。ただ言えることは、彼が放った一発のドロップキックが、彼の死後、彼の命日近くに、極東の一人のファンに彼を想い起こさせ、こうしてログを書かせている実際があるということ。


 これからもきっと、クリスマスが近づく度に、ブラウンブロンドのその髪と同じ色のタイツで繰り出す、あの日のドロップキックを思い出すのだろう。メリークリスマスだろうか、ミスター・デイヴィス。

幻の名作

 15ANIV.のRAWで、懐かしい面々。中にビッグダディーVのような巨体で、肌に近い色のコスチュームを身に着けた、髭とボールドヘッドの、ユージーンのような趣の、ファニーな御仁が目に留まったろう。バスチャン・ブーガーだ。


 バスチャン・ブーガーは、カナダの苦労人、マイク・ショー。ショーが、紆余曲折を経て、最後に行き着いて、RAWという舞台で皆の記憶に残した彼の最終的な姿。マイク・ショーが多くの人々に憶えられているのはバスチャン・ブーガーとしてだ。それがRAWの力というものでもある。しかし・・。


 マイク・ショーは、カルガリーでインド人マッカン・シンとして、ダイナマイト・キッドとフュードをすることでやっと頭角を表わし、89年、WCWの発足と同時に、フライング・ブライアンなどとともに、カルガリーからアトランタに入ってくる。WCWで与えられた、精神異常の収監者ノーマン・ザ・ルナティックというキャラクターは、ティディ・ロングに任された最初の作品だった。


 ノーマンは、ショーの容姿や個性はもとより、そのギミックの演じ方がかなり上手かったこともあり、WCWが扱ったこの手の商品としては、珍しくヒットした部類に入る。そしてしばらくして、その演技力に目を付けられたショーは、タイタンに欲される。


 WWFで与えられたのは、ノーマンの面白さを更にデフォルメし、マクマンマジックで進化の味付けをした、常軌逸脱の修道僧、マッド・モンク。文体だけで危なさが漂う。しかしだからこそ、このキャラクターには期待が膨らんだ。


 力の入れようも凄かった。何しろテイカーとの大規模な宗教戦争が予定されていたのだ。演出は、そのルックスの整備から、テイカーに対するものと同等の扱い。特殊な舞台装置が組まれ、特別のセグメントが割かれた。気味の悪い元々の容姿とも相まって、その迫力は、大傑作誕生を予感させしめた。


 しかしモンクのプロジェクトは間もなく、突然中止される。マッド・モンクの大々的なプロモーションが始まったところ、そのあまりの迫真振りに、その種の団体などから抗議が殺到し、中止を余儀なくされたと言われている。


 「マッド・モンク」のプロジェクトは、我々が今でも最も悔いを残す、未完未観の、未公開作品の超大作。ギミックと演技が優秀過ぎたがゆえ、その影響力を恐怖され、道半ばに潰された・・。ブーガーは、名作マッド・モンクの代わりとして現れた、モンクの迫力の無い、気の抜けた亜流だった。実際のところ間の抜けたキャラで、もちろんタイトル戦線にも上がれず、ファニーな端役として終っていっている。テイカーとのフュードなど、成立しもしなかった。


 相手は大統領選をも左右する、不特定多数を含む一大勢力。FBIやタイムワーナーとは戦えても、これには抗しきれないと判断したのか。でも、それでも、彼らとはいえ、マイク・ショーが生涯でたった一度だけ掴み掛けたビッグチャンスを、潰す権利があっただろうか。或いは折れて諦める権利も。ギミックレスリング史上屈指になるだろう、この名作候補に対し。本物の宗教戦争をやって来て、今も止められず、だからこそそこに来た彼は、我々も含めたこの世界全体の、実際へのアイロニではないか。


 マイク・ショーはボールドヘッドで太っており、今もファニーだった。でも本来ならそこに、かつてテイカーと大戦争をした、史上屈指の名キャラの姿を、我々は畏怖の念を持って見つめていていいはずだった。今もこうして見させられることになるバスチャン・ブーガー。そのギャップを、今でも我々は、忸怩たる思いで埋められないでいる。