WCW & its titles (3) | HWD+e

WCW & its titles (3)

<前回から続く>


 91年7月のWCWベルト誕生から、94年6月のWCWベルト消滅までの流れを、ザッとおさらいしてみよう。


 91年7月、フレアーはVPジェイムズ・ハードと衝突、ベルトを持ったまま、WCWを後にした。PPVグレートアメリカンバッシュを2週間後に控えた時期だった。ハードはこの時、フレアーをファイアしたという言葉をハッキリ使ったし、WCWタイトルをフレアーから剥奪した旨、2週間後、新王者をルガーとウィンダムの間で決めることも、同時に発表した。


 世界王者を首にするという、マットワールドで考えられないことをしたビジネスマン、ジェイムズ・ハード。しかも後から乗らせてもらっただけのWCWタイトルを、王者から剥奪すると言う。元々無かったタイトルを、剥奪も何もないではないか。しかもハードは観客に切れられ、We Want Flairの大合唱の中、WCWは再びフレアーと契約するべく動いていますと、言わざるを得なくなるという失態振り。


 フレアーはWWFにあのベルトを引っ提げ登場。リアルワールドチャンプと称される。WCWはあのベルトを取り返すべく、フレアーと交渉を持ち、NWAにも協力を仰いだ。フレアーは、新VPを相手に要求したと言われ、NWAの介在を条件に、裁判での手続きを経て、ベルトをアトランタ方面に返す。


 WCWは無視していたリッカードNWAと、NWA再建について話し合わざるを得なくなり、大々的にテコ入れすることを約束。NJとSMWのコーネットも参加し、一時はリッカード一人にまでなっていたNWAは、一躍、全米ネットのTBSで復活を遂げる。首になったハードの後任ビル・ワッツは、取り返したベルトをハッキリ、NWAワールドタイトルと呼んだ。


 NWAタイトルとWCWタイトルの、WCWにおける並立共存時代。NWAとのハナシを着けた重鎮ワッツに代わり、ホースマン・オリィ・アンダーソンが、シニアレフからVPに昇格すると、フレアーがWCWに帰って来る環境が整う。93年2月、NWAタイトルがあってハードのいないWCWに、フレアーが帰って来る。


 フレアーは93年7月に、再びNWAタイトルと呼ばれていた黄金を奪回。そして8月、WCWはNWAの年次総会で、NJとともに、NWAからの脱退を正式決定。再びNWAタイトルと呼ばれていたフレアーのベルトは、WCW内で単に、ゴールドベルトなどと呼ばれるようになる。


 NWAは、リッカードを先頭に、再び静視の構え。リッカードはそもそもフレアーに頼まれてNWAをレプレゼントしてきたに過ぎず、フレアーのやることに異議を唱えようはずもない。NWAは94年8月に、新たなNWA王者を決めるが、93年8月からの1年間、WCWのゴールドベルト及びWCWIベルトそして、統一WCWワールドタイトルを、世界王者と認めていた事実もある。これにもまた大きな意味を見なければならない。


 94年7月に、黄金のベルトはハルクに移動。フレアーは実質的に、ここでチャンプを降りる。NWAが世界王者を独自に決め始めたのは、フレアーがチャンプを降りてからだということを忘れたくはない。NWAは世界タイトル論争で、王者フレアーに対して直接異論を唱えたことは、ただの一度もない。


 WCWベルトは黄金のベルトに統合され、わずか3年弱でその姿を消し、黄金のベルトは改めてWCW世界タイトルと呼ばれ、その後しばらく、この名で安定する。無くても良かったハードのタイトルの始末の尻拭いだが、これもフレアーでなければどこへ転んで、どんな取り返しのつかない事態になっていたか、分かったものではないのだ。 <続く>


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