the New evolution
東部のIWFからWCW入りしたテラ・ライジング。ウェイヴのブロンドで黒金のローブ。オースティンの時より更にあからさまに、リック・フレアー・ワナビー丸だし。今思うと当時のWCWで、これをよくやれた。すぐにブルーブラッズのギミックに変えられたのはポールのため。ポールもリーガルから英流を仕入れることが出来た。ただ、レヴェックの、あれをやらなければ立ち行かないという意気は、とてもよく理解出来る。
貴族風という、浮世離れしたギミックがハマる、稀有なパーソナリティ。サイズがあって、細かい技術に頼らない面から、ギミックレスラーに陥るのではないかという危険を孕みつつ、それを見事にドライヴし、チャンピオンシップマテリアルに生まれ変わって見せた、その自己プロデュース能力、脱帽する。要らぬ心配だったのだろう。我々と同じ、リック・フレアーの子供だ。
リック・フレアーのブロードウェイに心振るわせた少年。タフガイどもの、総合芸術。レスリングを観るという行為は、リック・フレアーとともに歩むというライフ。リック・フレアーならどのように考え、リック・フレアーならどのように振舞うか。徳性の涵養は、リック・フレアーになろうとするその道程。
リック・フレアーに憧れられる、というクオリフィケーション。リック・フレアーはそのファンにすら、資格を問うた。サンアントニオのヒッケンボトム少年。グリニッジのレヴェック少年。リック・フレアーに憧れられる子供の共通項。自分が欲しいものを持っているという尊敬の意識は、自分がクオリファイされているという自覚によって、崇拝に変わる。
チェンバロを響かせてのエントランス、両腕を広げてのボウ、独自のヘアスタイルやコスチューム、ゴッドウィンとの豚小屋戦、チャイナ、ディジェネレーション。若い時代は若い時代で、十分に楽しませてくれた。そして、99年。
フレアーがアンセンサードでハルクを倒し、世界タイトルを奪還。nWoも4Hも終わった後、白い馬に乗る人物のように、千年王国?に孵化したのは、ショートトランクスに変わり、見事にシェイプされたアブで、ターンバックル上で咆哮する、新しいネイチュアボーイだった。本当に、82年の時の、ライトブルーのトランクスの、リック・フレアーを見ている錯覚に陥った。あの瞬間、WWFに、ハンターにコレをやられたことで、直感した人も多かったのではないだろうか。WCWの敗北と、WCWの役目の終わりを。
フレアーのワーシッパー。しかしただフレアーをなぞらず、時期も見て、フレアーぽさすらひた隠し、フレアーのすべき事を見届けてから、見事な脱皮に踏み切った。フレアーのすることを遮らない敬意。トリプルHのライトタイムライトプレイスもまた、払敬に値する。それはフレアーに教わったヴァーチェスかもしれない。
WCWの終わり。Tシャツを脱げなかったフレアー。WWEに入り、黄金のベルトと、そしてトリプルHともに、フレアーは復活する。エヴォリューション。黄金のベルトを巻いて、髭がなく、タイをするHHH。スコット・スタイナーにパンツ一枚に剥かれる。ゴールドバーグをスクリューする。傍らにフレアー。
フレアーとのブラッディなフュード。2005年の時点で、56歳のフレアーが、ICベルトを巻いて、当代きってのトップとメーンを勤めるなど、ニューレヴォリューションでスティングに負けた時には考えてもみなかったことだ。トリプルHと同じフレアーのファンは、トリプルHに感謝し、トリプルHのファンになり、今やトリプルHをリスペクトしてもいる。トリプルHのようなレスラーが、よくぞ現れてくれたものだと。フレアーをここまで継承できるレスラーが現れるなど、思ってもいなかったと。それはロジャースファンもかつて口にした言葉だろうか。レスリングは、ネイチュアボーイによって紡がれる、ネイチュアボーイのアートなのだということを、今更ながら噛締める。
ネイチュアボーイには黄金がよく似合う。フレアーにあのベルトが欠かせなかったように。エヴォリューション時代のトリプルHへの望憬。少年も息吹いて来る。そしてフレアーのファンは叫ぶ。エッジに預けてあるベルトを、我々の元に取り返そう、と。
- Wrestlemania 23 (2pc) (Full Dol)
- ¥2,426
- Amazon.co.jp
- WWE サマースラム2007
- ¥3,751
- Amazon.co.jp
the way, We've chosen
ダブルJを両メジャーが欲しがったのは、かなり早い段階。88年、ジェフが21歳の時には、JCP/WCWがオファーを掛けている。良血、ディグニティ。ジェフにネイチュアボーイの資質は、確かに感じられた。
他のレスラーと同じような、簡単な一本釣りには掛らない事情。メンフィスのCWAは、代々、独特のカリスマを称える。エルヴィスを輩出した誇り。“ファビュラスワン”ジャッキー・ファーゴ。ジェリーの母は伝説の女傑。ジェリーは、ナッシュヴィルのハンサムなプリンス。そしてキング。
ジェリー・ジャレットは、キング・ジェリー・ローラーのカリスマを頼り、NWAミッドアメリカ・ニック・グラスから独立。オーストラリアからCWAタイトルを誘致し、AWAと提携。メンフィスに独自の王国を作っていた。WWFの全米侵攻で、AWA本丸やダラスWCCWまでもが力を無くしていく中、それを全く意に介さず、キングのカリスマで、ミッドサウスコロシアムを満員にし続けた。いつしか、AWAタイトルとアメリカン・ワールドクラス・タイトル、カンサス/インディアナポリスのWWAタイトルを自分達のものにし、アメリカの第3勢力を築き上げていた。
メンフィスはなかなか落せない。カリスマは死なない。そしてキングの後継として、次のカリスマを請け負うだろうプロモーターの息子も、落す方法はない。USWFはダラスとESPNからは撤退しても、ミッドサウスコロシアムに戻れば、相変わらず王国を堅持していた。フレアーファンは次の世界王者としてのジェフのことを、半ば諦めかけていた。しかし。
WCWは、ジェリー・ジャレットをコミッティに招くことを画策。ジェフを親子ごと取り込む作戦に出た。一方WWFはUSWFを会社ごと丸め込む。ジェフ・ジャレット争奪戦は、かくの如く熾烈だった。ダブルJが、勇躍WWFに登場。HBKと事実上の、次代のフレアー争い。あのIC戦を観れただけでも、ジェフ獲得の意義は大きかった。
WWFではショウンに敗れた格好のジェフ。しかしWCWでWCWのフレアーファンが欲していたのは、正直当時は、ジェフの方だった。何よりフィギュアフォーを使い、ストラットを踏む。フレアーに最も近い若者は、ジェフだとの見方。フレアーを崇拝していると言い、4ホースメンに入団を希望。ジェフのフレアー性を強調し、フレアーファンの顎の下を擽る戦術。
ジェフはホースメンとしてもフレアーの後継としても足場を固めらなかったと断ざれたが、フレアーファンとしては、ハリウッドよりもビッグパパよりも、ゴーバーよりもナッシュよりも、ブッカーよりも誰よりも、ジェフ本位制を敷くべきだと、強く主張して譲った憶えはない。それは今、TNAという形で証明されてもいるはずだ。エリック・ビショフのまぬけ面、め。
ヴィンス・ルッソは、ジェフに全てを賭けた。それについては圧倒的に正しかった。しかしnWoで図体がでかくなり、脳みそまで身動きが取れなくなっていたWCW本体は、冷静な判断力を失っていた。大事なことは、月曜戦争に勝つことではない。WCWはリック・フレアーのための王国であり、それ以外のことなど何もなかったのに。
ジェフとフレアーは、97年のバッシュで、USタイトルを賭けて戦っている。20分の好勝負だった。そして何より、フレアーが最後に?世界を獲った時の相手が、チョーズンワンだった。
ジェフは、文句のつけようのない理想的レスラー。でも何かが少しだけ、フレアーには届かなかった。プリティネス? カリスマ? フラムボーヤンス? 分かれば苦労はしない?
フレアーはあまりにも大巨人過ぎたが、ともすれば我々には、ターリー・ブランチャードで十分だった側面も、なきにしもあらず。その意味で言えば、ジェフはターリーを後継してくれたとは思っている。
今やすっかり、ビジネスマンの顔を見せているジェフ。いがみ合う局面にも出くわそう。しかしホースメンフッドのもとでは、我々は皆、今も何も変わらない。
- Wwe: Wrestlemania 22 (3pc) (Coll)
- ¥2,530
- Amazon.co.jp
- Tna Wrestling: Against All Odds 2005 (2pc)
- ¥1,441
- Amazon.co.jp
STUNNING STEVE said so
テキサスのUSWA/ESPNから突然やって来て、いきなりボビー・イートンから世界TVタイトルを奪取した時のオースティンは、黒赤のローブで、長い金髪。フレアーファンの鼻は反応する。この若者は我々と同じ、フレアーワナビーだぞ。そしてそのリングマナーを見て二度ビックリ。このハンサムな若鷲のセンスは、フレアー級だ!
スタニング・スティーヴ・オースティンは、一目で、ルガーの次を確信させた。いや、ルガーを飛び越えて、オースティンの次代に想いは一気に馳せられる力を持っていたと言ってもいい。オースティンの登場で、ルガー政策にも微妙な影が落ちた。ルガーの時代は、あっても短期。ルガーはフレアーに勝つかもしれない。ルガーとオースティンもフュードをするかもしれない。しかし来たるべきオースティンポリシーの目玉は、フレアー対オースティンだと。そしてそれはフレアーの、最後の大戦になるとまで。
WCWが全て順調に流れたとするなら、フレアーはルガーに負け、ルガー政権があるも、それが2年弱。ルガーはオースティンとのフュードの後、フレアーにタイトルを奪回され、フレアーは最後の力を振り絞り、最後のライヴァルとして、オースティンとの戦争に突入して行く。そんなシナリオを、ファンは勝手に書いてもいた。オースティンはフレアーの最後の相手として、相応しくも見えた。
どんどん整備されていくオースティンの身の周り。恐竜ぽさを卒し、ショートトランクス。首で一回転するような、しなやかな受け身。タグタイトルにハリウッドブロンズ。フレアー&アーンとのタグ戦。WW3での、偶然を装ったフレアーとのタグは、オースティンのホースメン化に、伺いを立てた策だったとも言われている。
93年のクリスマス。フレアーがヴェイダーからWCWベルトを奪ったスターケードだが、この日オースティンも、ダスティン・ローズから、USタイトルを、ようやく初冠している。オースティンにUSタイトルを与えたのは、ダスティ・ローズからチーフブッカーの座を奪っていたリック・フレアーだったと言われている。
オースティンはUS王者として、スティムボート相手に名フュードを見せる。たしかスポーツレビューレスリング誌だったと思うが、こんな記事が載った。オースティンは、21stセンチュリー・ネイチュアボーイ、だと。
にもかかわらずオースティンは、ハルクが来てから突然失速していく。ハルクのフレンドのデュガンに連続秒殺。終いにはビショフにクビにされて、WCWを追われる。致命的に膝を悪化させたということだった。しかしそれでも、耳を疑う自殺行為に映った。次代のエース候補を・・・。全く信じられなかった。何という馬鹿なことをするのかと。あの時もたげたビショフへの不信感は、結局その後のオースティンが決定的なものにしてくれたが・・。
スタニング・スティーヴは苦しみの中から立ち上がり、御存知ストーンコールドのギミックで、一時代を作った。我々がフレアーの後継候補に指名したセンスだ。スタニング・スティーヴでなかったのは残念だが、どのような形であれ、あの才能が開花しないわけはないのだ。
フレアーとオースティンは、実は少なくともビッグショーで、世界戦をやっていない。取って置きのカードだったが、ビショフのせいで、実現せずに終わった。或いはそれでよかったのかもと、今は思っている。スティーヴはストーンコールドとして成功するディスティニだったとも。それしか道はなかったのかもとも。スタニング・スティーヴの欠けていた点は、スタンガンというフィニッシュのイリーガル性。そうは言っても、フレアーがここまで現役を続けられたことが、今は全てを肯定してくれる。
ともすれば、10年前位にWCWで、フレアーの最後のライヴァルを務めたかもしれないオースティン。RAWで、最後の記念のように闘い、去ったのはオースティンの方だった。ストーンコールドはタフェストSOB。“ネイチュアボーイ”ではなかったけれど、“スタニング”スティーヴもまた、HBKやゲームと同じように、フレアー絶対時代を少年として過した、フレアーの子供だ。Gathering WM24。スティーヴだって、いてもたってもいられないだろう。
- Wwf: Wrestlemania X-Seven
- ¥15,800
- Amazon.co.jp
- WWE レガシー・オブ・ストーンコールド(3枚組)
- ¥6,838
- Amazon.co.jp
- WWE ストーンコールド トゥルース
- ¥4,441
Diamond's forever
93年にWCWに帰って来たフレアーは、まずハリウッドブロンズとタグ戦。そしてウィンダムを撃ち破り、黄金のベルトを奪還。秋には遂に、リック・ルードとの初対決が実現する。
ルードとの2連戦。フィフィやブラスナックルなども絡んだが、フレアー久々のグッドマッチ。特に2戦目のハロウィンは、もしかしたらフレアー最後の、世界戦における名勝負、かもしれない。多種な見解はあるだろうが。
ルードはスーパースターの、直流の増幅系。何と言うのか、かなりの手練だった。最初から。ミネソタでカート・ヘニングやアーン・アンダーソンと同期で、彼らと同じように、こなれていた。スーパースターのようなビルダー系の割りに、レスリングの力量にも目を見張らせた。
筋肉のディフィニションというを売りがあったから、カートやアーンよりも早く売れた。84年にはテネシーで早くも、ミッドアメリカチャンプになり、マッチョマンとは一端の抗争。85年にはフロリダで南部タイトルと、ジェシー・バーとの伝説のUSタグティームチャンプ。JJファンクを請け負う前、赤いローブを羽織った紅顔のフロリダチャンプは、次期世界候補でもあった。
そして86年には、ダラスでアメリカンチャンプ。あのダラスで、初代ワールドクラス王者となり、あの時期のダラスの命運を託されたのは、エリック兄弟でもブロディでもなく、28歳のルードだった。ルードは、背後から肩に落す全力のエルボースタッブで、ブロディ相手にもベルトを渡さなかった。
87年にはJCPでワールドタグタイトル。#1ポールを付けた、レイジンブルとのNewR&R。LOD相手にも全く負けなかったはずだ。88年にはWWFに入り、89年にはアルティメットからICタイトルを強奪った。アルティメットとは90年にWWFタイトルフュードも敢行。WWF王者アルティメット唯一のライヴァルとして、あのアルティメットまで引っ張って見せた。91年にWCWに入った時は、いきなりスティングから、USタイトルを獲っている。
92年には、夏のG1-NWAトーニーで準優勝。そして93年には、遂にフレアーから、黄金のベルトを奪っている。ルードは実績で物を言うタイプのレスラーとして、今我々に語られている。世界各地でこれほどタイトル的キャリアを持つレスラーは、そうそういない。ルードはタイトルと真正面から向かい合ってこれを突破した、正統派の大実力者。最後にフレアーと好勝負して、フレアーを撃破し、リターンマッチまで退けた達者な史実が、それを雄弁に物語る。正統派らしいローブもよく似合った。
フレアーはルード戦の後、シドの穴埋めで、チーフブッカーに返り咲いた後でヴェイダーに挑戦、スターケードでWCWタイトルを獲る。が、せっかくのルードとのフュードの方を、もう少し観たかった気はした。それは心残る。
フレアー最後の、世界戦における好勝負で、忘れてならないのがDDP。フレアーが15回目のタイトルを失ってすぐ後、シャーロッテのナイトロでフレアーは、DDPに挑戦している。オールドファッションの攻防をした後、DDPが快勝しているが、何年か振りに観た、古のフレアーらしさだったことを憶えている。通算数ヶ月のDDPの世界王者史の中では、唯一のグッドマッチだったことも。
DDPも運動神経のいい、センスのあるレスラーだったが、何故かプロになるのが遅かった。ポールEのアシスタントやフリーバーズのローディー、AAAのコーディネーターなどを経て、ヴィニー・ヴェガスやダイアモンドスタッドのマネージャーをしていたが、ダイアモンドカッターを開発して、一気に開花した。フレアーをトリプルスレットで破り世界王者になるなど、94年のスーパーブロウルの前座でテリー・テイラーにゴロ巻かれていた時には、微塵も思いもしなかった。
スタナー、ツイストオブフェイト、RKO・・・。ダイアモンドカッターの文化がここまで広がるとも、思わなかった。ひとつの新技の開発の事件性を、今ここで噛み締めたりもする。ダイアモンドは永遠だが、などと・・。
- Wwe: History of Wrestlemania
- ¥601
- Amazon.co.jp
Macho StingS the Hart
スティングとは、88年のクラッシュ前に、ハウスショーで何気なく戦い始めたのではないか。それをステップにクラッシュで、45分のドローをいきなりやりこなせたのだから、評価も上がって当然だった。UWFタグタイトルしか実績のない若者が、突然スターダムに昇る風景。新しい顔を求めていたWCWと、新しいスティーマーを欲していたフレアー。
スティング躍進の鍵は、フィニッシュが定まったこと。スティングという名と、サソリのイメージは、スコーピオンデスロックにハマった。この技をプロデュースしたのは誰かというハナシ。
当時、アメリカ人で唯一この技の使い手だったのは、オレゴンのスター、バディ・ローズ。この、ロビンソン流のバックブレイカーも操れた器用なローズが、日本でこれを仕入れ、スピンクラブホールドの名で使っていた。が、ローズとスティングに師弟関係はない。スティングと日本にも接点はない。
スティングにこの技を与えたのは、日本でチョーシューとも闘っていた、フレアーではないかという。ムタやテンルーやフジナミなど、日本ものを扱うのが好きなフレアー。自身のライヴァル候補に、取って置きの日本ものをカップリングした? そう思えばメイクセンスがする。
これはシナにSTFを使わせるよう仕向けたのは誰だろう、とも、同様のハナシ。F5でも、スピコリドライヴァーでも、エアプレンスピンでもないFUにコレを組合わせ、シナへのブーイングの意味は半減した。スティングに蠍とシナにチョーノの技を与えた人は、プロデューサー・オブ・ザ・ディケイドに値する。
スティングの技、スコーピオンレッグロックは、ブレット・ハートに、シャープシューターの名で波及する。パイルドライヴァーのカルガリアン、ブレットも、突然この技を自分の看板にすることで、タグ王者を卒し、ICへと昇っていった。ハートはこの技でフレアーから、WWFタイトルを奪う。ハートは少なくともビッグショーで、フレアーに負けたことはない。そのハートも、フレアーの“弟子”である?HBKに、この技でスクリューをかまされる。いろいろ、ある。
かつては青のショートトランクスだった、ノースアメリカン王者。ピンク衣装のヒットマン。ハーリー・レイスがあの格好をしてきたら、多分場内大爆笑だろうとは、誰の弁だったろうか。
派手な衣装を着させられたのは、ケンタッキーのマッチョマンも。これもフレアーからWWFタイトルを奪った相手。マッチョマンはもともと派手で、うるさいローブをぐるぐるしていたが。しかしマッチョマンは、チャンプには、もともとのスタイルで辿り着いている。レスリングをする格好も派手にいじられたのは、ICもWWFタイトルも降りた、マッチョキング以降。
ケンタッキー時代から、フレアーとの対決は夢のカードと言われ、必ず面白い一戦になると、長く言われていた。WMⅢでは、フレアーのライヴァルだったリッキ-・スティムボートを題材に名勝負を拵え、その意味でもフレアーと競った。フレアーとはWM8で、10年越しの夢を実現。期待に違わぬ内容の、教科書の如き模範試合をやっている。フレアー対ホーガンのエクストラヴァガンザを望む声は当然あったろうが、あの対決はマニアで、一度は残しておきたい、文化遺産的決戦。あの時期も逸っせなかった。ただ、マッチョは星のショーツだった方が、より絵にはなったような気がする。
マッチョとフレアーは実に5回、世界タイトルチェンジを演じている。高いアヴェレイジの大人な内容。到達者同士の信頼感。しかし吸血狼と言われた時代にカロライナに居たなら、もっとエゲツナイモノが観れただろう。
- Wrestlemania: Complete Anthology (21pc)
- ¥54,000
- Amazon.co.jp