Macho StingS the Hart
スティングとは、88年のクラッシュ前に、ハウスショーで何気なく戦い始めたのではないか。それをステップにクラッシュで、45分のドローをいきなりやりこなせたのだから、評価も上がって当然だった。UWFタグタイトルしか実績のない若者が、突然スターダムに昇る風景。新しい顔を求めていたWCWと、新しいスティーマーを欲していたフレアー。
スティング躍進の鍵は、フィニッシュが定まったこと。スティングという名と、サソリのイメージは、スコーピオンデスロックにハマった。この技をプロデュースしたのは誰かというハナシ。
当時、アメリカ人で唯一この技の使い手だったのは、オレゴンのスター、バディ・ローズ。この、ロビンソン流のバックブレイカーも操れた器用なローズが、日本でこれを仕入れ、スピンクラブホールドの名で使っていた。が、ローズとスティングに師弟関係はない。スティングと日本にも接点はない。
スティングにこの技を与えたのは、日本でチョーシューとも闘っていた、フレアーではないかという。ムタやテンルーやフジナミなど、日本ものを扱うのが好きなフレアー。自身のライヴァル候補に、取って置きの日本ものをカップリングした? そう思えばメイクセンスがする。
これはシナにSTFを使わせるよう仕向けたのは誰だろう、とも、同様のハナシ。F5でも、スピコリドライヴァーでも、エアプレンスピンでもないFUにコレを組合わせ、シナへのブーイングの意味は半減した。スティングに蠍とシナにチョーノの技を与えた人は、プロデューサー・オブ・ザ・ディケイドに値する。
スティングの技、スコーピオンレッグロックは、ブレット・ハートに、シャープシューターの名で波及する。パイルドライヴァーのカルガリアン、ブレットも、突然この技を自分の看板にすることで、タグ王者を卒し、ICへと昇っていった。ハートはこの技でフレアーから、WWFタイトルを奪う。ハートは少なくともビッグショーで、フレアーに負けたことはない。そのハートも、フレアーの“弟子”である?HBKに、この技でスクリューをかまされる。いろいろ、ある。
かつては青のショートトランクスだった、ノースアメリカン王者。ピンク衣装のヒットマン。ハーリー・レイスがあの格好をしてきたら、多分場内大爆笑だろうとは、誰の弁だったろうか。
派手な衣装を着させられたのは、ケンタッキーのマッチョマンも。これもフレアーからWWFタイトルを奪った相手。マッチョマンはもともと派手で、うるさいローブをぐるぐるしていたが。しかしマッチョマンは、チャンプには、もともとのスタイルで辿り着いている。レスリングをする格好も派手にいじられたのは、ICもWWFタイトルも降りた、マッチョキング以降。
ケンタッキー時代から、フレアーとの対決は夢のカードと言われ、必ず面白い一戦になると、長く言われていた。WMⅢでは、フレアーのライヴァルだったリッキ-・スティムボートを題材に名勝負を拵え、その意味でもフレアーと競った。フレアーとはWM8で、10年越しの夢を実現。期待に違わぬ内容の、教科書の如き模範試合をやっている。フレアー対ホーガンのエクストラヴァガンザを望む声は当然あったろうが、あの対決はマニアで、一度は残しておきたい、文化遺産的決戦。あの時期も逸っせなかった。ただ、マッチョは星のショーツだった方が、より絵にはなったような気がする。
マッチョとフレアーは実に5回、世界タイトルチェンジを演じている。高いアヴェレイジの大人な内容。到達者同士の信頼感。しかし吸血狼と言われた時代にカロライナに居たなら、もっとエゲツナイモノが観れただろう。
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