怒りは対人関係の中で生じることがほとんどで、否定的な感情であるために他者に示すことがためらわれることも多いのではないでしょうか。ここでは「怒りの原因となる人物」に対して、怒りを表すことを限定して考えていきたいと思います。
(1)怒りが引き起こす反応
◆怒りに伴う2種類の反応
怒りに伴う反応を大きく2種類に分けています。一つは怒りに伴う「表出的反応」(生理的兆候を含む)です。具体的には顔が赤らむ、イライラする、声が震えたりかすれたりするなどです。これらの反応は社会化の圧力を受けにくいものと考えられています。
もう一つは「道具的反応」と呼ばれ、表出的反応に比べて意図的にコントロールされる度合いが高いものです。具体的には4つに大別できます。
①直接的攻撃行動(言語的攻撃、利益停止、身体的攻撃)
②間接的攻撃行動(告げ口、相手の大事なものへの攻撃)
③攻撃転化行動(人に八つ当たり、物に八つ当たり)
④非攻撃行動(相手との冷静な話し合い、怒りと反対の表現、心を鎮める、第三者と相談)これらのうち怒りを喚起させた人に対して直接示される行動は、①直接的攻撃行動に含まれる反応と、④非攻撃行動の相手との冷静な話し合いと怒りと反対の表現です。
(2)怒りの表出行動の選択
◆怒りの表出行動を左右するもの
実際の状況でそれぞれの人がどんな怒りの表出行動をとるかは、社会文化レベルから個人レベルまで様々な直接的・間接的要因の影響を受けます。例えば、「その人が所属する文化」「世代差」「状況要因(怒りの原因、第三者の存在)」「相手との関係」「性別」「個人の生物学的・心理的特性」「発達差(社会化の程度」「個人の経験、信念」「対人目標・動機」「怒りの強度」「環境要因(気温)などが考えられます。
◆文化による違い
感情表出における社会的な習慣は文化によって異なり、子どもは社会化の過程で感情表出の制御方法を身に着けていきます。日本における文化的表示規則の一つには、他者に対する不快感情の表出は抑制すべきであるというものが存在しています。日本社会においては集団内の和が強調されるためだと考えられています。また、自己主張・実現よりも自己抑制が重視され、子どもの発達もその方向に導かれているかもしれません。この文化による違いは他の社会的要因にも影響します。
◆怒る人と怒られる人の関係
感情表出を行うか否かに影響する社会的環境の一つとしては、受け手(怒られる人)の存在が挙げられます。感情の中でも怒りは対人場面において表出されにくく、その程度や表出の仕方は受け手との関係によって大きく変化するものと思われます。
この二者の関係について第一に「地位の違い」が考えられます。アメリカに比べて日本では、目上の人に対してよりも、目下の人に対してのほうが怒りを表出することが許されている傾向が強いと指摘されています。また、目下の人が目上の人に対して怒りを表出することは制限されている傾向があります。それは目上の人に対する怒りの表出を抑制することは、地位の違いを守るという文化的規範によるものと考えられています。
第二に「相手との親しさ」も怒りの出し方に影響します。例えば、家族に対しては怒りがあらわに示されるのに対し、好きな知人に対しては表出が抑制される傾向にあります。家族に対して怒りが率直に表出されやすいのは、関係が崩壊することはないという確信に基づくのかもしれません。
◆男性と女性の違い
一般に女性は男性に比べて感情を表出する傾向が高いといわれています。しかし、怒りの場合は必ずしもこの傾向がみられません。日本人のデータでは男性に比べて女性のほうが怒りの表出を抑制する傾向が高いといわれています。それは怒りのようにその表出によって、自分の有能さを示すことにつながる感情に関しては、男性も表出する傾向が高いと考えられています。日本社会は男性性の強い社会であり、その意識が反映されているのかもしれません。
(3)日本人の怒りの出し方(日本人大学生へのアンケート調査より)
◆怒りの表出行動の分類
日本人は欧米人に比べて怒りの表出を抑制しがちですが、私たちが怒りを表に出すことが全くないわけではありません。個人対個人の怒りの表出に限定して、どのような表し方をするのか、大学生にいくつかの怒り喚起状況を提示して、各状況でどんな行動をとるか回答を得たその結果から、7種類の怒りの表出行動が日本人の代表的な怒り表出行動として抽出されました。
①感情的攻撃ー怒りをぶつける、詰問する、強く責める、感情的に反応(言語的攻撃)
②嫌味ー文句を言う、嫌味や皮肉を言う、苦労を伝える(言語的攻撃)
③表情・口調ー冷たい口調、怒りの表情、冷たい態度、乱暴な態度(言語的攻撃)
④無視ー無視する、相手にしない(利益停止)
⑤遠回しー軽く言う、冗談のように言う、さりげなく言う、さりげなく理由を聞く
⑥理性的説得ー説得・説教、注意、理由をよく聞く、謝罪の要求、意思の主張(非攻撃的行動)
⑦いつもどおりー平静にふるまう、調子を合わせる、怒りは示さない、聞き流す(非攻撃的行動)
怒りの表出は必ずしも攻撃的な反応であるばかりではなく、「遠回し」の表現のように婉曲的・曖昧性は日本社会や日本的な対人行動の特徴であることが指摘されています。したがって、これは日本の文化に独自のものといえるかもしれません。
しかし、怒りを喚起させた人への行動に限定せず広くとらえれば、「自分の頭の中で出来事に対する考え方やとらえ方を変える」「相手の行動の予測がつく場合は先手を打って対応する」「仕返しをする」「第三者に訴える」などといった対処の仕方も考えられます。
◆よく用いられる怒りの表出行動とは
上記の7種類の怒りの表出行動が「行動相手と地位関係」でどのくらいの頻度で実行されるのかの分析があります。その結果、一般的には「遠回し」「表情・口調」「いつもどおり」が最も頻繁に用いられました。全体的に抑制的で婉曲的な怒り表出行動の利用が多いといえます。目上の人に対して怒りの表出を抑制する傾向が高いこと、男性間でよりも女性間でのほうが怒りの表出を抑制されやすいことがわかりました。
◆怒り表出行動の適切さ
対人コンピテンス(有能さ)研究に倣い、各行動に対する適切性と効果の分析があります。ここでの適切性は社会的・対人的な規範やルールに従い、その状況にふさわしい行動であるかを意味します。その結果、地位関係にかかわらず、「理性的説得」が最も適切だと評価されました。
感情的にならないのであれば、怒りの原因となった相手の言動の非を明確に主張することが適切だと認められていることがわかりました。「理性的説得」に続いて評価が高かったのは「遠回し」でした。「いつもどおり」のように怒りを相手に全く示さないよりは、さりげなくであっても相手に怒りを示したほうが適切であると考えられていました。
◆実行した怒りの表出行動と理想とのずれ
理想的な行動及び受け手として望む行動としては、「理性的説得」の選択が最も多かったのですが、実際に実行した怒りの表出行動となると、怒りを表に示さずに抑える「いつもどおり」が多かったです。
但し、「いつもどおり」に続いて「感情的攻撃」も多くみられました。家族や親しい相手に対しては怒りの表出の制御ができなくなるのか、その必要がないということを意味するのか、相手との関係が親しいほど感情的攻撃の高さに影響していると考えられています。
(4)怒りを適切に表に出すことの必要性
◆対人関係への影響
これまで見てきたように、怒りを表に出すことは一般に意外にも抑制されがちです。これは主に対人関係への配慮によるものです。では、怒りを表に出してはいけないのでしょうか。否定的な結果しかもたらさないのでしょうか。怒りの表出の意義については集団維持に関わるものありますが、ここでは個人対個人のやりとりについて考えていきましょう。
対人関係の影響について考えてみると、怒りを表に出さないことがむしろ否定的な結果を招くこともあります。また、否定的な内容の言語抑制(その人とぶつかるくらいなら言いたいことを言わない)を受けているという推測が、受け手の対人関係における不満を高める可能性があります。
例えば、強い怒りを感じていることを受け手に推測された状況で、全く怒りを示さないことは、怒りの表出側の配慮とは裏腹に受け手に不快感や不信感を抱かせ、かえって対人関係に否定的影響を与えることが類推できます。
◆怒りを表出することの肯定的な側面
例えば、怒りに導かれる行動の目標として、「相手のための行動規制」「自分のための行動規制」「関係強化」「うっぷん晴らし」「単なる仕返し」が挙げられます。これらのうち相手や自分のための行動規制は怒りの表出が公正を保つための統制機能を持つ可能性を示すものです。これは自分の権限範囲が侵害されていることを警告する機能ともいえるでしょう。怒りが必ずしも人間関係を崩壊に向かわせるばかりではなく、相互理解を促し、人間関係を深めることもあると考えられているのです。これらは社会的に建設的な怒りと言われています。
◆怒りへの対処法の一つとして
怒りの原因となっている事柄を再評価するなど個人内での制御が考えられます。しかし、同じような出来事を繰り返されたり、怒りの原因を忘れようとするあまり逆に忘れられないこともあります。すると、怒りも繰り返し起こり、持続し、この持続した怒りがその後の判断や評価に影響を与え、新たな怒りを引き起こすという悪循環になることがあります。
したがって、このような事態に陥る前に適切な怒りの表出を行い、相手とのコミュニケーションを通して、怒りの原因に対する根本的な問題解決を図るべきではないでしょうか。この際、適切な怒りの表出と攻撃的な怒りの表出の区別をする必要があります。怒りは攻撃行動として扱われることが多いのですが、攻撃行動ではなく、個人的にも対人的にも建設的な結果を生み出す可能性のある適切な怒りの表出行動に目を向けていくことが重要です。
もちろん、怒りを表出する一方で怒り自体をマネジメントすることも生起した怒りへの対処法であります。現代社会でより適応的な生活をするために、自分の怒りについてよく分析していきましょう!
【参考文献】
湯川進太郎(2008)「怒りの心理学-怒りとうまくつきあうための理論と方法-」有斐閣
戸田 久美(2015)「アンガーマネジメント 怒らない伝え方」㈱かんき出版