日常生活の中でふとしたきっかけで誰かに怒りを感じた場合、その後その怒りはどうなっているのでしょうか。怒りを感じた出来事を忘れられず、ずっと怒りを感じ続けるのでしょうか。それともすぐに怒りはなくなってしまうのでしょうか。

 では、怒りはどのように和らいでいるのか、そして怒りが和らいでいく際に起こる変化について考えていきましょう。

 

(1)怒りが和らぐプロセス

◆怒りを感じた後の行動と時間の関係

 一般的に怒りを表現する方法として、やはり「攻撃行動」が思い出されます。しかし、怒りを感じても必ず攻撃するとは限りません。攻撃行動は怒りを感じた時に行われるたくさんの行動の一つにすぎないのです。

 では、怒りを感じた時にどのような行動をすれば怒りは和らぐのでしょうか。怒りを感じた後の行動として、「繰り返し考える(反すう)」「気晴らしをする」「何もしない」の3つの行動について比べてみたところ、「気晴らし」や「何もしない」ことが怒りを和らげることに効果的であることがわかっています。

 しかし、気晴らしも常に成功するとは限りません。また、これらの行動が怒りを和らげる効果を示すのは、ある一定期間だけだと考えられます。つまり、怒りを感じてから時間経過が重要となります。怒りを感じた直後と怒りを感じてだいぶ時間がたった後では、行われる行動もそしてその影響もまったく違うようです。

◆怒りの鎮静化のプロセス

 怒りを感じてから和らぐプロセスを時間経過に合わせて大きく3つのプロセスの段階、「感情」「認知」「行動」がどのように変化していくのかをまとめてみました。

・第1段階ー怒りの経験直後の時期(衝動的な怒り)

 強い怒りを感じていて、怒りをますます高めるような考え方(肥大化)をしています。怒りを感じた相手だけでなく、全く関係ない人や物に対しても自分の気持ちや考えをぶつけている段階です。また、怒りを感じるとともに、落ち込んだり、悲しみを強く感じていたりします。

・第2段階ー怒りを表したり時間が経過したことで、怒りや悲しみが和らぎつつある段階

 冷静に怒りを感じた経験を考えることが増えてきます。行動としても怒りを感じた相手への攻撃や物への八つ当たりがなくなり、主に第三者に自分の経験を相談したり、話したりするようになります。

・第3段階ーさらに時間が経過し、感じていた怒りがかなり鎮まっている段階

 自分の経験を客観的に考えることだけでなく、すでに経験自体を過去のこと、解決したことと考えることが増えてきます。しかし、怒りが完全になくなったわけではなく、誰かに怒りを感じた経験の話をすることが多いようです。第三者に話をすることは比較的初期の段階で行われやすいです。誰かに話すことにより、何とか自分の怒りを処理しようとしていると思われます。

 ここまで怒りの鎮静化のプロセスを時間経過で見てきましたが、それぞれ決まった期間があるわけではありません。日常生活で経験される怒りはそのままにしておけば段々とおさまります。いつまでも続く場合は、記憶を頭の中で再生/相手を攻める思考を繰り返して怒りを維持していきます。怒りを感じてからの時間の経過よりも、そのときの状況や感じている怒りの強さによって、各段階が決まっていくと考えられます。

 

(2)攻撃しないで怒りを和らげる

◆感情と認知の影響

 怒りを感じた際に問題となりやすいのは、感じた怒りをそのまま攻撃的にふるまってしまうことです。怒りの経験直後(第1段階)では強い怒りを感じているほど攻撃行動を行いやすいことがわかりました。第2段階では怒りという「感情」ではなく、怒りを高めるような肥大化の「認知」を行うことが攻撃行動を促していました。

 また、第2段階では怒りを感じた経験を冷静に受け止めるほど(客体化)、攻撃行動を抑制できることが明らかとなりました。つまり、第2段階では怒りを高めるような考え方のままでいると攻撃行動を行いやすく、怒りを感じた経験を冷静に受け止めることができていれば、攻撃行動を行いにくいといえます。

◆攻撃行動をしないために

 次に攻撃行動を促す要因と抑える要因をもとに、どうすれば怒りを感じても攻撃行動を抑制できるかについて考えてみましょう。

 第1段階では怒りが攻撃行動を促している一方、「人間関係を配慮すること」などが攻撃行動を抑制していました。自分への怒りへの注目が攻撃行動の制御のポイントとなりそうです。自分が感じている怒りを意識することで攻撃的になるのですから、怒りの経験直後では「感情から注意をそらすこと」が重要です。深呼吸するなど、別のことへの集中が攻撃行動をせずに、怒りを和らげることにつながると考えられます。

 第2段階では怒りを高めるような考え方によって攻撃行動が促進されます。しかし、冷静に怒りの経験をみつめることで攻撃行動を抑制できることもわかっています。第2段階では認知的な側面が攻撃行動に強い影響を及ぼてしています。怒りの経験を客観的にとらえ直し、認知的評価をすることがポイントになりそうです。怒りが和らぎつつある第2段階では怒りから意識をそらすのではなく、冷静に自分の怒りや怒りを感じた出来事と向き合うことが、攻撃行動の制御につながると考えられています。 

 第3段階では人への攻撃行動はほとんど行われていませんが、表面的には見えにくい感情や認知が強い影響を受けていることもあります。自分の中にまだ怒りの感情がくすぶっている場合、どのようにその怒りと向き合ったらよいのか、課題が残されます。

 

(3)アンガーマネジメントの「行動のコントロール」によるアプローチ

 怒ると決めたら、その出来事が「自分の力で変えられるか」と「長期的に自分にも周りにも重要であるか」の二つの判断軸で適切な行動を選択します。「変えられない」でも「重要」という出来事では自然災害や事故、車の渋滞などがあります。私たちは天災に対してはそのまま受け入れ、現実的にできる選択肢を探して対処しようと考えやすいです。

 しかし、自分にとって将来にわたって「重要」であるにも関わらず、「自分の力で変えられない」現実の一撃を受けた時、私たちはそれを受け入れることがなかなかできず苦悩します。

 

(4)怒りの苦悩に対処する「コンパッション・マインド」によるアプローチ

◆コンパッションとは何か

 「自分自身や他人の苦しみに心を痛めること、その苦しみを和らげたいという動機づけを持つこと」です。コンパッション・マインドは人生の痛みや苦痛感を次のように新しい見方でとらえます。

 誰でも痛みや恐怖、怒り、喪失感などを感じることがありますが、そうした感情を弱さの表れではなく、人として誰もが普通に経験するものだと認めます。辛く困難なことを回避、否認、拒絶して認めないこと、扱おうとしないことがかえって苦しみと問題を生むものと考えます。コンパッション・マインドでは、人間には3つの感情統制システムがあると考えています。

◆赤の円は脅威のシステム

 脅威を感じた時に自分の身を守ろうとする反応で、自分の身の安全を確保することへの意識が集中します。怒り、恐怖、不安、嫌悪、悲しみ、あるいは心を閉ざすといった感情に繋がっています。自分では望まない感情を体験します。

身体は緊張状態となり、長引くと胃腸の不調、頭痛、不眠などを引き起こします。選択肢がほとんど考えられなくなり、視野も狭くなり、「囚われた」とか「抜け出せないループにはまり込んでしまった」と思うようになります。守勢に回り、孤立感を持ってしまうため、人に助けを求めにくくなります。

◆青の円は動因/興奮のシステム

 いろいろな目標や資源を追い求めるエネルギーを与えてくれます。また、欲求、何かを成し遂げたいという動機づけなどの感情と結びついています。

◆緑の円は安全のシステム

 安心する、満足する、大切にされている、他者や動物との絆があると感じる部分に関係しています。他人に優しくしたり、何かを育みたいという動機とも関わっており、好かれている、大事にされている、安心だ、などと感じた時に活性化します。

 ネガティブな感情を感じますが、その感情にのまれてしまうことはありません。脅威の感情からある程度の距離を取れるようになり、脅威の感情に対応できているという自信が生まれます。選択肢が広がり、注意の範囲が広がり、厄介な状況への対処法を色々思いつくことができ、そこからベストな道を選ぶことが可能になります。人とのつながりを感じられ、人に助けやサポートを求められるようになります。 

 コンパッション・マインドにおいていちばん肝となるのは、この3つのシステムのバランスの調整です。たいていの場合は「赤のシステムから抜け出し、緑のシステムに移行する」ことを目指します。責めるマインド」から思いやりのマインドへ、困難に直面して取り乱し苛立つ自分から、コンパッションを持って困難に心を寄せる自分へと変化していきます。まずは「コンパッションの自己」を育てることによって、怒りや不安を落ち着かせ、扱い難い感情と向き合い上手く対処しましょう。

【参考文献】

湯川進太郎(2008)「怒りの心理学-怒りとうまくつきあうための理論と方法-」有斐閣

ラッセル・コルツ(2021)「コンパッション・フォーカス・セラピーに基づいたアンガーマネジメント」星和書店

ラス・ハリス(2021)「自分自身にやさしくすれば悩みの出口が見えてくる」筑摩書房