テイチク移籍後初のオリジナル・アルバム『Happiness』のタイトルチューンである。ファンにとっては待望の、7年ぶりのオリジナル・アルバムで、制作側の力の入りようが伝わってくる。12曲全てが別々の作家の作品で、この「Happiness」は、「すみれ September Love」の大ヒットで知られる一風堂のギタリスト、土屋昌巳さんが作詞・作曲・編曲全てを受け持っている。

 

 

 このアルバムタイトルの『Happiness』のコンセプトは、12通りの幸せのカタチとは言うものの、全体にはどちらかと言うと「幸せ」はドラマティックな絵に描いたようなものではなく、さりげない日常の中の自分の傍にあるもの、もしくは失ってから気づくもの、といったイメージの曲が多いと感じる。先行シングルの「手紙」然り、「ひととき」「春の岸辺で逢いましょう」などもそのイメージが強い。そしてもちろんこの「Happiness」も。

 

 曲調は、まるで雲の上のお花畑にでもいるかのように、ふわふわして捉えどころがない。1曲前の「幸せになろう」が、タイトル通り歌詞もサウンドも方向性を持ち、輪郭のハッキリした「幸せ」を示しているのと、全くもって好対照だ。アルバムタイトルに絡むこの2曲は、おそらく敢えて2曲続けて並べたのではなかろうか。そのくらい違いのクッキリした対比である。

 

 歌い出しの「♪ 水色の空に 微笑だけ写し〜」からして、あまり声を使わない歌い方だが、「カンバセーション」や最近触れた「I miss you so long」などともまた少し違う声の出し方のように感じる。抽象的な言い方になって恐縮だが、声とその周りの空間の境界が曖昧なのだ。

 

 それは、ブリッジの「♪ たとえば夢の中で 話しかけたこと〜」でも、サビの「♪ とても愛しているから〜」でも基本的に変わらない。ブリッジでは転調(Eメジャー→Aメジャー)することにより、またサビではファルセットがメインの歌唱法になることで、若干色彩が変わる程度である。そのファルセットも、この数年前の「許さない」「あとかたもなく」で見せた新境地のクリアなファルセットとは一線を画している。あくまで夢見るような、ちゃんと握りしめておかないと指の間からすり抜けてしまいそうな、そんな儚げな声だとも言えるのだ。バックの演奏もまた幻想的だ。

 

 

 このアルバムの頃、宏美さんと拓哉さんとはすでに事実婚状態だったが、その一方で二人の息子さんとは現在のように自由に会うことができない時期でもあった。その意味では、このアルバムタイトルの『Happiness』は、もしかすると宏美さんにとってやや重たい命題だったかのも知れない。

 

 何気ない日常の「幸せ」、当たり前に大切な人がそばにいる「幸せ」ーー。当たり前のようでいて、実は脆く儚いもの…それが本当の「幸せ」ではーー。そんな「当たり前の日常」を何より求めていらしたのではないか。

 

 この曲は、もちろん2004年のツアー『30TH ANNIVERSARY LIVE SPECIAL Happiness』のDVD、ブルーレイにも収録されている。久しぶりに見直してみたが、印象は変わらなかった。オリジナルでは作者の土屋さんのギターソロを、当時の宏美さんのサポートメンバーだったバビちゃんこと馬場一嘉さんが弾いている。

 

(2004.10.16 アルバム『Happiness』収録)

 

 「小指の思い出」(伊東ゆかり)、「なみだ恋」(八代亜紀)などのヒット曲で知られる、作曲家の鈴木淳さんが旅立たれた。特に私は、ちあきなおみさんの初期の楽曲群に思い入れが強い。宏美さんへの楽曲提供はなかったようだが、われわれ世代にとっては忘れ得ぬ人である。併せて漫画家の古谷三敏さんの訃報も流れた。私たち3姉弟にとって、こちらも大切な人であった。お二人とも、どうぞゆっくりお休みください。

 

古谷三敏さんの『ダメおやじ』