宏美さんのデビュー30年を記念し、岡本真夜さんが書き下ろした通算59枚目のシングル。編曲はライブハウスツアーでお馴染み、当時宏美さんの30周年のステージのバンマスも務めた青柳誠さんである。真夜さん自身もミニアルバム『Wonderful Colors』(2006)でセルフカバーされているが、残念ながらYouTubeでは発見できなかった。

 

真夜さんと宏美さん

 

 内容は、いつも傍にいるのが当たり前だと思っている大切な人への感謝の気持ちを手紙に託す、という歌である。この「手紙」以降、宏美さんは何気ない日常の有り難さや自分の周囲の愛する人々への気持ちを表した楽曲をポツリポツリと発表している。

 

 内容通り、身近な人へ語りかけるような宏美さんの歌は、スケールの大きな歌い上げとはまた違った優しさに溢れ、聴くわれわれの心に直に響いた。間もなくリリースされた久々のオリジナル・アルバム『Happiness』には、この曲のアルバム・バージョンも収録された。クラリネットとストリングスは共通だがドラムス、パーカッション、ギターは使用されておらず、よりアコースティックな味わいのテイクとなっている。

 

 宏美さんは35周年のコンサート・パンフレットで、この曲について改めて触れている。要約してお伝えすると、「『聖母たちのララバイ』の大ヒット以降、軽快なものよりも壮大な歌詞やメロディーのものが増えた。コンサートでもスケールの大きな歌が多くなりがちで、聴衆も疲れてしまうのではないかと。良い意味の箸休めとなるような歌が見つからなかった。だが、30周年の『手紙』『ただ・愛のためにだけ』はこれまでにないテーマとメロディーで、作品の幅が広がった」となろうか。

 

 実際、宏美さんは「手紙」はいたくお気に召されていたご様子で、30周年の『Happiness』以降も、しばらく毎年のセットリストに名を連ねていた。私は生で聴く「手紙」が大好きだった。そして聴くたびに同じところで涙してしまうのである。

 

 それは、

 

♪ 公園に黄色い花が


 たくさん咲いていたよ
 

 教えてあげたいと思った
 

 どんな小さな事も

 

の部分である。本当に、何気ない日常のひとコマで、取るに足らないことでも大切な人に伝えたいーーー宏美さんが歌いながらやや視線を落とし、右手で黄色い花が一面に咲いているのを表す仕草をされるたびに、涙腺を刺激されてしまうのである。そこの歌詞が私の琴線に触れるし、宏美さんの年齢を重ねられた優しい歌声も堪らない。

 

 加えて、ここにもう一つ音楽的な仕掛けもある。その前のフレーズ「♪ 考えただけで泣けてくるーhmmm…」のところで転調し、A♭メジャーからAメジャーへと半音上がってテンションが上がることがまず一つ。そしてもう一つ、Aメロが回帰するところでベースが下降形の順次進行に変わることで流れがスムーズになり、ところにより緊張感の高いコードになるのだ。前半のコード進行を、キーが変わってしまうので比較しやすいデグリー表記で表そう。

 

出だし…Ⅰ- Ⅴ - Ⅳ - Ⅰ - Ⅵm - Ⅲm7 - Ⅱm7 -  Ⅴ7sus4 - 

 

転調後…Ⅰ- Ⅴ/Ⅶ - Ⅳ/Ⅵ - Ⅰ/Ⅴ - ⅣM7 - Ⅲm7 - Ⅱm7 -  Ⅴ7sus4 - 

 

このベースライン、特に「♪(たく)さん咲い(て)」の部分のⅣM7が、何故か泣けるのである。

 

「手紙」公式MV

 

 この歌は、チェコフィルとレコーディングした『PRAHA』でも選曲されたし、2010年にプラハのドヴォルザークホールで開催されたコンサートでも歌われた。今世紀の宏美さんにとってなくてはならない楽曲となったのだ。

 

 2018年から始まった『PRESENT for you * for me』ツアーでは、同じく岡本さんが提供した楽曲「10年目の Love Letter」と、姉妹作のように続けて披露されて、われわれファンを喜ばせた。だが、体力や時間の関係かツアー終盤では「リメンバー・ミー」とこの「手紙」の2曲がカットされてしまい、国際フォーラムのBlu-rayには収録されていないのが残念でならない。

 

(2004.9.23 シングル)