自分で考えること その4です。
振り返ります。
自分で考えること
は、ひとり一人の脳が違えば、
同じ情報をインプットしても、再生される情報は変化する。
という内容でした。
自分で考えること その2
は、自分が本当に知るためには、積極的な体験のつみ重ねによる大量の情報が不可欠だという内容でした。
自分で考えること その3は、
知識と体験をわけてとらえる方法。
今日は、
自分で考えること その4
人と情報をシェアすること。についてお話します。
人と情報をシェアするとどうなるでしょうか。
同じ体験をした。
それをシェアする。
私はこうだった。
あの人はこうだった。
その誤差からわかることが、私であり、あなたであり。
その体験の質であり。
例えば、
りんご。から思い浮かぶものを表現してもらったとき、
Aさんは、「丸くて赤くてすっぱくて、良い香りのする食べ物」
Bさんは、「戦時中に山に逃げ込んで食べた、青くて小さくてすっぱいりんご」
Cさんは、「白雪姫の毒りんご」
Dさんは、「しゃりっと噛むと、奥歯がうく」
Eさんは、「クリスマスツリーのかざり」
Fさんは、「大好き」
ひとり一人、違う表現をします。
どれも正しい、それぞれにとってのりんごです。
誰かとりんご情報をシェアしたとき、
そこには、りんごは赤い。以上の何かがあります。
人生経験。
体験。
思い出。
思い込み。
感情。
思考のくせ。
そういったものが複雑に結びつき、りんご、というシンプルなものから、脳
のさまざまな部分が刺激されます。
そして、それをシェアすることで、
私はこうで、あの人はこう。
その誤差から、私とあなたの違いがわかり。私がわかり、あの人がわかる。少し
だけわかる。そして、共通点からその体験の質が見えてくる。少しだけ。
それを繰り返すことで、
「りんごは赤い」
それにとどまらない、
複雑で味わい深い、
体験が深まっていきます。
あなたが体験したことは、あなたにしか説明できないことです。
それを、自分の体験として、人に伝えることで、あなたの脳と、シェアした人の脳の活動が広がります。
誰かが体験したことは、その人にしか語れないことです。
それを、その人の体験として、耳を傾けることで、あなたの脳と、シェアした人の
脳の活動が広がります。
シェアするとき、
自分の体験と、誰かの体験を分ける必用があります。
シェアするとき、自分の体験について、自分で考える。必用があります。
そのとき、脳が体験中に得た情報を、いろいろ工夫して結びつけます。
シェアすると、自分が自分であることを知ることになり、
個性の確認ができます。
ニュースや新聞を鵜呑みにしてしまうと、
画一的になり、
みんなが同じ意見でなければならないように感じてしまいます。
りんごは赤い。赤いったら赤い。それ以上でも以下でもない。
まるで、情報の奴隷のような…。
どうか、どんどんシェアして、自分の個性を明らかにしてください。
でもこれ、脳の作り上、男性らしい男性には、すごく大変な作業なんです。
赤いったら赤い。情報をコンパクトにすることによって、家族や愛する人を、日々の大量の危険から守り、養ってきた生物的歴史があります。男性は、個性を犠牲にして、家族や部下を守ってきたのです。
現代、個性が許される、安全な世の中になってきています。男性のおかげです。ありがとうございます。
今日は母の日だけど、お父さんも大切にしたいと思います。
徳田美和
自分で考えること
は、ひとり一人の脳が違えば、
同じ情報をインプットしても、再生される情報は変化する。
という内容でした。
自分で考えること その2
は、自分が本当に知るためには、積極的な体験のつみ重ねによる大量の情報が不可欠だという内容でした。
今日は、
自分で考えること その3
知識と体験をわけてとらえる方法。
明日の自分で考えること その4では、
人と情報をシェアすること。についてお話します。
誰かが、何かを話している。
その内容を自分の中にインプットするときに。
どんな風にインプットしているか考えてみましょう。
A子さんが「りんごは赤いんだよ」と言いました。
このとき、2つのインプット方法が考えられます。
〔インプット方法1〕
りんごは赤い。
〔インプット方法2〕
A子さんは、りんごは赤いんだよ。と言った。
日本人がしてしまいがちなのは、〔インプット方法1〕です。
これは、精神性を高めるための素晴らしいインプット方法ではあるのですが、(そこに触れると長くなるので別の機会にゆずります)りんごが赤いかどうかも
知らないうちに、赤いと言う情報をインプットしてしまうことになります。
事実は、
『A子さんは、「りんごは赤いんだよ」と言った』です。
これで、ひとつの体験がインプットされました。
『りんごは赤い』は、誰かの体験(これを知識と呼ぶことがあります)
『A子さんは、「りんごは赤いんだよ」と言った』あるいは、
『A子さんは、「りんごは赤いんだよ」と言ったのを聞いた』は、自分の体験。
自分の体験から発展させてみましょう。
・A子さんは「りんごは赤い」と感じたようだ。他の人はどうだろう?
・そのときのA子さんは「りんごは赤い」と言っていた。一年後は何ていうかな?
・自分はりんごを見て、どう見えるだろう。
いろいろ発展できそうです。
では、
『りんごは赤い』から発展してみましょう。
…。
どうしてだか、発展無理です。
『りんごは赤い』赤いものは赤い。赤い以外はありえない。赤いったら赤いのよ~。よく知らないけど。
誰かの体験である『りんごは赤い』が、新聞などマスメディアだったりすると、
それを盲目的に信じて、人に伝えてしまう方が多いように感じます。
新聞や書籍、ニュースの情報。
どのようにインプットしているでしょう。
私たちが口にしている情報は、本物でしょうか?
つづきます。
徳田美和
今のテーマ、自分で考えること。に関連して、
「体験」する機会をもっと息子さんに。とおっしゃるさちりんさんのコメントからお話しています。
昨日の続きです。
知識と体験。
・知識は、人々(自分以外の何者か)が模範的な解答と判断したものが中心
・体験は、自己実現にむけたトライ&エラーの繰り返し
体験が不足すると
・人々が模範的な解答と判断した姿(知識)と、
・自己実現の最高最良の姿(トライ&エラーの積み重ねの結果)
これらのバランスがとれなくなります。
・人々が模範的な解答と判断した姿(知識)。
多数決が、正しいとは限らないのに、多数決で○が出た答えに、つい安心してしまいます。
体験が足りないうちは、多数決(一見多数決に見えるものも含む自分基準ではないもの)の知識を理想としがちです。
知識を理想とする限り、
現実(生身の自己)と理想の間を、いつまでも、いったりきたりしなくてはなりません。結果、頭の中で、永遠むげんの問いを繰り返すことになってしまいます。人生とは?自分とは?成功とは?理想の男性とは?などなど。
(その知識が、普遍的宇宙的な正解であったとしても、です)
そうするうちに、自分に対して、模範解答の範囲内に収まるように制限をかけてしまったり、模範回答に向けて、強引に自分を動かしたり、体験不足の段階から、理想に執着したり、それができない自分を責めたり、他人や環境を責めたり、フリーズしてしまったり、病気になったりして、そのように行き詰ってしまうケースがとても多いです。
…。
自分の側面を語ってる気もしました。
…。
話をもどして。
多分本当は、この世に生まれてきたら、もっといっぱい失敗していいのだと思います。失敗しながら成功しながら、喜び、トライする勇気を学び、自分の資質を学び、周りの人々に自分という人間を知らせていくのだと思います。
もちろん、失敗前提では困りますけど、失敗前提でもやらないよりマシ。エネルギーが動くから。
…。
…今。
…この上、まだ失敗する気ですか?という、自分への問いが立ってしまいました。
…。
⇒自分に回答。『成功イメージでワクワクしながらトライします』
話をもどして。
ここでひとつ問題が。
「自分が何をしたらいいのかわからない。」
そうおっしゃる方が多いです。
そうおっしゃる方に、私が伝えることは、
「自分が何をしたいのか、知りたいんですね。」です。
それに向かってトライすればいい。
しかし、中には、
「何もしたくない。」
そうおっしゃる方も…。
そのときは、少々強引ですが、
「何もしないで、何をしたいのですか?」です。
たいてい、
「ゆっくり横になりたい。」
「死にたい。」
「休みたい。」
この中のどれかです。
疲弊しています。
死はおそらく、深い休息なのでしょうね。
活動と同じくらい大切なのは、休息ですもんね。
活動に見合った、充分な休息ができるようなシステムになっていないこともあって、本当に疲弊している方が多いです。
疲弊には、活動の質も関係しています。
ワクワクできているか。
交換条件とひきかえの活動ではなく。
無条件のワクワク。
本当の意味での決定を、自分がしたか。ともいえるかもしれません。
そのように、活動と休息の質があがり、バランスが取れてくると、
新たな展開が起こります。
それは。
直感、ひらめきです。
これについては、別の機会に触れたいと思います。
さて、コメントをいただいた、さちりんさんのお子さんは、体験豊かになりそう
ですね、将来が楽しみです。
さちりんさん、途中経過も教えていただけたら、とても嬉しいです。
コメント本当にありがとうございました。
最近どんどん長くなる本文を、
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
徳田美和
「体験」する機会をもっと息子さんに。とおっしゃるさちりんさんのコメントからお話しています。
昨日の続きです。
知識と体験。
・知識は、人々(自分以外の何者か)が模範的な解答と判断したものが中心
・体験は、自己実現にむけたトライ&エラーの繰り返し
体験が不足すると
・人々が模範的な解答と判断した姿(知識)と、
・自己実現の最高最良の姿(トライ&エラーの積み重ねの結果)
これらのバランスがとれなくなります。
・人々が模範的な解答と判断した姿(知識)。
多数決が、正しいとは限らないのに、多数決で○が出た答えに、つい安心してしまいます。
体験が足りないうちは、多数決(一見多数決に見えるものも含む自分基準ではないもの)の知識を理想としがちです。
知識を理想とする限り、
現実(生身の自己)と理想の間を、いつまでも、いったりきたりしなくてはなりません。結果、頭の中で、永遠むげんの問いを繰り返すことになってしまいます。人生とは?自分とは?成功とは?理想の男性とは?などなど。
(その知識が、普遍的宇宙的な正解であったとしても、です)
そうするうちに、自分に対して、模範解答の範囲内に収まるように制限をかけてしまったり、模範回答に向けて、強引に自分を動かしたり、体験不足の段階から、理想に執着したり、それができない自分を責めたり、他人や環境を責めたり、フリーズしてしまったり、病気になったりして、そのように行き詰ってしまうケースがとても多いです。
…。
自分の側面を語ってる気もしました。
…。
話をもどして。
多分本当は、この世に生まれてきたら、もっといっぱい失敗していいのだと思います。失敗しながら成功しながら、喜び、トライする勇気を学び、自分の資質を学び、周りの人々に自分という人間を知らせていくのだと思います。
もちろん、失敗前提では困りますけど、失敗前提でもやらないよりマシ。エネルギーが動くから。
…。
…今。
…この上、まだ失敗する気ですか?という、自分への問いが立ってしまいました。
…。
⇒自分に回答。『成功イメージでワクワクしながらトライします』
話をもどして。
ここでひとつ問題が。
「自分が何をしたらいいのかわからない。」
そうおっしゃる方が多いです。
そうおっしゃる方に、私が伝えることは、
「自分が何をしたいのか、知りたいんですね。」です。
それに向かってトライすればいい。
しかし、中には、
「何もしたくない。」
そうおっしゃる方も…。
そのときは、少々強引ですが、
「何もしないで、何をしたいのですか?」です。
たいてい、
「ゆっくり横になりたい。」
「死にたい。」
「休みたい。」
この中のどれかです。
疲弊しています。
死はおそらく、深い休息なのでしょうね。
活動と同じくらい大切なのは、休息ですもんね。
活動に見合った、充分な休息ができるようなシステムになっていないこともあって、本当に疲弊している方が多いです。
疲弊には、活動の質も関係しています。
ワクワクできているか。
交換条件とひきかえの活動ではなく。
無条件のワクワク。
本当の意味での決定を、自分がしたか。ともいえるかもしれません。
そのように、活動と休息の質があがり、バランスが取れてくると、
新たな展開が起こります。
それは。
直感、ひらめきです。
これについては、別の機会に触れたいと思います。
さて、コメントをいただいた、さちりんさんのお子さんは、体験豊かになりそう
ですね、将来が楽しみです。
さちりんさん、途中経過も教えていただけたら、とても嬉しいです。
コメント本当にありがとうございました。
最近どんどん長くなる本文を、
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
徳田美和
今、自分で考えることをテーマにしています。
今日は、その関連でいただいたコメントから話を広げます。
さちりんさんより 2010-05-06 12:11:03
タイトル ■りんご
百聞は一見にしかずと言いますが、
確かにどんなにりんごを言葉で表現してあっても、あの味や見た目を知らなければ虚しいですね。
「体験」する機会をもっと息子に、と思いました。
徳田美和です。
さちりんさんからいただいたコメントをシェアさせていただきます。
さちりんさん、コメントありがとうございました。
なぜ、体験がないことが虚しいのかについて、考えたいと思います。
知識と体験。
・知識は、人々(自分以外の何者か)が模範的な解答と判断したものが中心
・体験は、自己実現にむけたトライ&エラーの繰り返し
知識を、自分の体験と混同している方がとても多いのですが、
知識と体験は、改めて主張するまでもなく、別物です。
体験、のあとに、自己実現にむけた、という部分を入れたのには、意味があります。
自分が、積極的に、やりたい。やってみよう。と感じたことを行う。それが、トライです。
誰かに勧められたことであっても、自分自身がトライすることを決定した瞬間、自己実現にむけたトライになります。
そうでない場合は、「やらされてる」状態ですから、失敗しても成功しても喜びには繋がらず、まぁ、どっちでもいいや。です。
このように、期待感(ワクワク感)のない体験は、あまり質の良い体験とはいえません。体験と全脳がキラキラとした輝きで結びついていないからです。
選択肢を持たないのは奴隷っぽいです。
余談ですが、奴隷を育成するためには、なるべく、本人の望まないことを、望まない形で望んでいるかのように見せかけて(交換条件などを出して)、やらせ続ければ良いですね。
怒鳴りながら、ほめながら。ちょいちょいとしているうちに、奴隷が作りだされます。
洗脳の手段でもあります。
サラリーマンの方には耳が痛い部分があるかもしれません。
このちょいちょいによって、歴史上、多くの人々が自由と魂を奪われてきました。
歴史は、よくもここまで。と思うほど、人を殺したりだましたり…。
そうはいっても、奴隷はネガティブな面ばかりではないので、それにも触れたいのですが、長くなってしまうので、別の機会にゆずります。
話を戻して。
知識と体験。
つづきます。
徳田美和
今日は、その関連でいただいたコメントから話を広げます。
さちりんさんより 2010-05-06 12:11:03
タイトル ■りんご
百聞は一見にしかずと言いますが、
確かにどんなにりんごを言葉で表現してあっても、あの味や見た目を知らなければ虚しいですね。
「体験」する機会をもっと息子に、と思いました。
徳田美和です。
さちりんさんからいただいたコメントをシェアさせていただきます。
さちりんさん、コメントありがとうございました。
なぜ、体験がないことが虚しいのかについて、考えたいと思います。
知識と体験。
・知識は、人々(自分以外の何者か)が模範的な解答と判断したものが中心
・体験は、自己実現にむけたトライ&エラーの繰り返し
知識を、自分の体験と混同している方がとても多いのですが、
知識と体験は、改めて主張するまでもなく、別物です。
体験、のあとに、自己実現にむけた、という部分を入れたのには、意味があります。
自分が、積極的に、やりたい。やってみよう。と感じたことを行う。それが、トライです。
誰かに勧められたことであっても、自分自身がトライすることを決定した瞬間、自己実現にむけたトライになります。
そうでない場合は、「やらされてる」状態ですから、失敗しても成功しても喜びには繋がらず、まぁ、どっちでもいいや。です。
このように、期待感(ワクワク感)のない体験は、あまり質の良い体験とはいえません。体験と全脳がキラキラとした輝きで結びついていないからです。
選択肢を持たないのは奴隷っぽいです。
余談ですが、奴隷を育成するためには、なるべく、本人の望まないことを、望まない形で望んでいるかのように見せかけて(交換条件などを出して)、やらせ続ければ良いですね。
怒鳴りながら、ほめながら。ちょいちょいとしているうちに、奴隷が作りだされます。
洗脳の手段でもあります。
サラリーマンの方には耳が痛い部分があるかもしれません。
このちょいちょいによって、歴史上、多くの人々が自由と魂を奪われてきました。
歴史は、よくもここまで。と思うほど、人を殺したりだましたり…。
そうはいっても、奴隷はネガティブな面ばかりではないので、それにも触れたいのですが、長くなってしまうので、別の機会にゆずります。
話を戻して。
知識と体験。
つづきます。
徳田美和
小6 男子 I.R アンケート
「自分になぜスタミナがないんだろう」とか「何でこんなに疲れるのだろう」などのぎ問がとけてうれしく思います。
脳の話とかは少しむずかしかったけど いろいろな例えがわかりやすく、何となく理解することができました。
長い時間やっていたのに、30分くらいにしかかんじないほど楽しかったです。
いろいろなことをつぎからつぎにいわれて少しとまどったこともあったけど、今、教えてもらったことを今後にもいかしていきたいと思います。
-------------
昨日のセッションから一部をご紹介します。
アンケートのご協力ありがとうございました。
少しずつ、掲載させていただきます。
ちょっと脱線して、映画の話にからめて、テクニックのご紹介を。
映画『アバター』コンビに等で発売されていますね。
ご覧になりましたか?
木や植物と対話をする。先祖と対話をする場面がありますが、
私にとって、アバターは、キネシオロジーの映画でもありました。
キネシオロジーは、生体を流れる電気エネルギーを感知する技術です。
キネシオロジーは、
ブレインチューニングとボイストレーニングで、
どのような方向に向かうかを決める際、
私がよく使う技術のひとつです。
例えば、キネシオロジーを使うのは、
クライアントの潜在意識に問いかける必要があるときです。
例えば、何か問題が起こると、言葉が出なくなり、フリーズしてしまう。
そのようなことを繰り返してきた人がいたとします。
ブレインチューニングでは、その方の潜在意識に問いかけます。
そのような状態を引き起こしている、根本の原因は何なのか、どのように紐解いたらよいのか。
それらを、キネシオロジーを使って行います。
キネシオロジーの中で、もっとも微細なエネルギーを感知する技術である、
筋反射インデプス(超微細筋反射)は、
動物はもちろん、植物や胎児、時には死者と対話をすることができます。
全てのエネルギーあるものと、対話することができます。
例えば、クライアントが身に着けているアクセサリーと話をします。
東京にいながら、北海道の土地と話すこともあります。
信じられませんか?
でも、これは技術です。
訓練が必要ですが、誰にでもできます。
対話するときに、重要な要素は、
『内側の静けさ』です。
静かであるほど、微細なエネルギーの流れにアクセスすることができます。
実はこれ、歌を歌い始めるときに使う静けさと同じです。
パーフェクトボイストレーニングでは、
『ボリュームゼロ』と呼んでいます。
自分の中の、常に繰り広げられる騒がしい『言い合い』を
ボリュームつまみをぐーっと下げるように絞って、
オフにします。
そして、静かに、イントロを引き受ける。
アバターは、私が普段行っているキネシオロジー的なエネルギーを感じさせてくれる映画でした。
また、映画『アバター』には、他にもたくさんのメッセージがありました。
それはまた、別の機会にゆずります。
徳田美和
映画『アバター』コンビに等で発売されていますね。
ご覧になりましたか?
木や植物と対話をする。先祖と対話をする場面がありますが、
私にとって、アバターは、キネシオロジーの映画でもありました。
キネシオロジーは、生体を流れる電気エネルギーを感知する技術です。
キネシオロジーは、
ブレインチューニングとボイストレーニングで、
どのような方向に向かうかを決める際、
私がよく使う技術のひとつです。
例えば、キネシオロジーを使うのは、
クライアントの潜在意識に問いかける必要があるときです。
例えば、何か問題が起こると、言葉が出なくなり、フリーズしてしまう。
そのようなことを繰り返してきた人がいたとします。
ブレインチューニングでは、その方の潜在意識に問いかけます。
そのような状態を引き起こしている、根本の原因は何なのか、どのように紐解いたらよいのか。
それらを、キネシオロジーを使って行います。
キネシオロジーの中で、もっとも微細なエネルギーを感知する技術である、
筋反射インデプス(超微細筋反射)は、
動物はもちろん、植物や胎児、時には死者と対話をすることができます。
全てのエネルギーあるものと、対話することができます。
例えば、クライアントが身に着けているアクセサリーと話をします。
東京にいながら、北海道の土地と話すこともあります。
信じられませんか?
でも、これは技術です。
訓練が必要ですが、誰にでもできます。
対話するときに、重要な要素は、
『内側の静けさ』です。
静かであるほど、微細なエネルギーの流れにアクセスすることができます。
実はこれ、歌を歌い始めるときに使う静けさと同じです。
パーフェクトボイストレーニングでは、
『ボリュームゼロ』と呼んでいます。
自分の中の、常に繰り広げられる騒がしい『言い合い』を
ボリュームつまみをぐーっと下げるように絞って、
オフにします。
そして、静かに、イントロを引き受ける。
アバターは、私が普段行っているキネシオロジー的なエネルギーを感じさせてくれる映画でした。
また、映画『アバター』には、他にもたくさんのメッセージがありました。
それはまた、別の機会にゆずります。
徳田美和
前回は、ひとり一人の脳が違えば、
同じ情報をインプットしても、再生される情報は変化する。
という内容でした。
だとしたら、
例えば、新聞の記事。
事実だけを述べた場合であっても、
ありのままの事実を伝えるためには、事実の背景、さまざまな側面、関連性から
表現しなくてはならず、表現が複雑になります。
複雑になると、伝わりにくくなります。
伝わるようにするためには、
視点を固定して、
無駄を排して、極力シンプルに、簡潔に表現することになります。
シンプルになると、記号化が進みます。
微妙なニュアンスはそぎ落とされ、シンボルだけが残されます。
例えば。
生まれてから一度もりんごをみたことが無い人が、
りんごを完全に理解し、誰かに伝えようとすると、どうなるでしょうか。
「りんご とは」で、検索してみました。
はてなキーワード
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%EA%A5%F3%A5%B4
果物の一種。林檎。原種は酸味が非常に強い。
日本のリンゴはとりわけ美味で、品種としてはフジや津軽、王林、ジョナゴールドなどがある。
語源由来時点
http://gogen-allguide.com/ri/ringo.html
リンゴとは、バラ科の落葉高木。アジア西部からヨーロッパ西南部が原産。果実
はほぼ球形で、甘酸っぱく芳香がある。
Weblio辞書
http://www.weblio.jp/content/%E3%82%8A%E3%82%93%E3%81%94
↑このサイトは、とても詳しかったです。お時間のある方は是非ご覧くださいま
せ。
全ての記事を読んだとして、
まだ、
味がわからない。
匂いがわからない。
感触、重さ、食感、表面の感じ、リンゴがそこにある雰囲気、
未知の部分が多いです。
未知の部分を埋めていくためには、
さまざまなリンゴを食べ、実際に見て、触って、時には育て…
体験の積み重ねが必要となります。
このように、
その人の中の、『りんご』という知識は、
その人が、どのような知識と体験を積み重ねたかによって作られることになりま
す。
では、その知識と体験は、万人全て同一でしょうか。
さらに、そのリンゴに関する知識と体験を、誰かに伝えようとしたときに、
言葉を選び、表現を練り、リンゴを試食させたりして、その人なりの工夫を加え
て伝えるでしょうが、そうやって伝えた情報は、積み重ねてきた知識と体験によっ
て作られたリンゴの情報と、まったく同一のものになり得るのでしょうか。
リンゴから離れます。
あなたが現在信じている、様々な情報を考えてみてください。
常識。善悪。道徳。美醜。年齢相応のふるまいやら、平均体重とかなにかいろいろ。
あなたが信じている、全ての情報は、さまざまな体験を積み重ねて、“あなた自身の知識と体験によって深く知る”という状態に達しているでしょうか。
達しているものもあり、いないものもあり。だと思います。
達していないものは、あなたの考えではないと言えます。
誰か、あるいは何かに、書いてあったか、言っていたか。
では、“あなた自身の知識と体験によって、深く知った”情報。
それは、万人全てにとって、同一でしょうか。
もしあなたが、それを誰かに伝えようと、知恵を絞り、言葉にしたときに、
それが、“あなた自身の知識と体験によって深く知ったそれ”と同一のものとなりえるのでしょうか。
ややこしい。
つまり、ひとつの事実を、どのように理解するか、説明するかは、ひとり一人、すごーくちがうのです。
親子であってもすごーくちがう。
まして、夫婦ならなおさら。
では、どうやったら、お互いの知識と経験をわかり合うことが可能になるのでしょうか。
自分で考える。という行動が鍵になります。
つづきます。
徳田美和
同じ情報をインプットしても、再生される情報は変化する。
という内容でした。
だとしたら、
例えば、新聞の記事。
事実だけを述べた場合であっても、
ありのままの事実を伝えるためには、事実の背景、さまざまな側面、関連性から
表現しなくてはならず、表現が複雑になります。
複雑になると、伝わりにくくなります。
伝わるようにするためには、
視点を固定して、
無駄を排して、極力シンプルに、簡潔に表現することになります。
シンプルになると、記号化が進みます。
微妙なニュアンスはそぎ落とされ、シンボルだけが残されます。
例えば。
生まれてから一度もりんごをみたことが無い人が、
りんごを完全に理解し、誰かに伝えようとすると、どうなるでしょうか。
「りんご とは」で、検索してみました。
はてなキーワード
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%EA%A5%F3%A5%B4
果物の一種。林檎。原種は酸味が非常に強い。
日本のリンゴはとりわけ美味で、品種としてはフジや津軽、王林、ジョナゴールドなどがある。
語源由来時点
http://gogen-allguide.com/ri/ringo.html
リンゴとは、バラ科の落葉高木。アジア西部からヨーロッパ西南部が原産。果実
はほぼ球形で、甘酸っぱく芳香がある。
Weblio辞書
http://www.weblio.jp/content/%E3%82%8A%E3%82%93%E3%81%94
↑このサイトは、とても詳しかったです。お時間のある方は是非ご覧くださいま
せ。
全ての記事を読んだとして、
まだ、
味がわからない。
匂いがわからない。
感触、重さ、食感、表面の感じ、リンゴがそこにある雰囲気、
未知の部分が多いです。
未知の部分を埋めていくためには、
さまざまなリンゴを食べ、実際に見て、触って、時には育て…
体験の積み重ねが必要となります。
このように、
その人の中の、『りんご』という知識は、
その人が、どのような知識と体験を積み重ねたかによって作られることになりま
す。
では、その知識と体験は、万人全て同一でしょうか。
さらに、そのリンゴに関する知識と体験を、誰かに伝えようとしたときに、
言葉を選び、表現を練り、リンゴを試食させたりして、その人なりの工夫を加え
て伝えるでしょうが、そうやって伝えた情報は、積み重ねてきた知識と体験によっ
て作られたリンゴの情報と、まったく同一のものになり得るのでしょうか。
リンゴから離れます。
あなたが現在信じている、様々な情報を考えてみてください。
常識。善悪。道徳。美醜。年齢相応のふるまいやら、平均体重とかなにかいろいろ。
あなたが信じている、全ての情報は、さまざまな体験を積み重ねて、“あなた自身の知識と体験によって深く知る”という状態に達しているでしょうか。
達しているものもあり、いないものもあり。だと思います。
達していないものは、あなたの考えではないと言えます。
誰か、あるいは何かに、書いてあったか、言っていたか。
では、“あなた自身の知識と体験によって、深く知った”情報。
それは、万人全てにとって、同一でしょうか。
もしあなたが、それを誰かに伝えようと、知恵を絞り、言葉にしたときに、
それが、“あなた自身の知識と体験によって深く知ったそれ”と同一のものとなりえるのでしょうか。
ややこしい。
つまり、ひとつの事実を、どのように理解するか、説明するかは、ひとり一人、すごーくちがうのです。
親子であってもすごーくちがう。
まして、夫婦ならなおさら。
では、どうやったら、お互いの知識と経験をわかり合うことが可能になるのでしょうか。
自分で考える。という行動が鍵になります。
つづきます。
徳田美和
今日は、自分で考える。がテーマです。
自分で考えること。
誰もがやっているように見えますが、実は、多くの方が、あいまいに、他人のものさしを基準
にして物事を考え、行動しています。
計算機科学者のミンスキーは、
「人々と逆のことをやればだいたい正しい、世間のほとんどは間違っている」と
まで言っています。
私のなかで印象的なのは、小学2年生の時の、担任の言葉です。
「新聞を書いているのは人間だ。だから、新聞は間違える。新聞を信用するな。
テレビも信用するな。」
倉本聡さんの『ニングル』の中では、
アイヌの精霊が、
「知っていることが、立派なこととは限らない」
「情報がうるさすぎて、何もきこえなくなる。やめてくれ。教えないでくれ」
というようなことを言っていました。
情報は、文字や言葉、
つまり、記号であらわされます。
微妙なニュアンス、空気感、その時の宇宙の星の配置など、多くの情報が削られ
て、記号化されます。
このブログもそう。
その記号化された情報を、
別の人が、脳にインプットし、脳内で再現します。
発信した人と、受け取った人。
まったく同じ脳を使っていれば、
同じものが再現されるでしょうが、
男脳、女脳の違いが知られているように、
残念ながら脳は、ひとりひとり、
驚くほど違います。
ある人は、聴覚が優れ、
ある人は、ナーバスで落ち込みやすく、
ある人は、目が離れていて、
ある人は、子供の頃に戦争を見た。
ある人は、70歳、もう一人は、11歳だった。
その一人一人が、同じ記号から、同じ情報を再現できるのでしょうか。
私は、無理だと思うのです。
つづきます。
徳田美和
前回からの続きです。
小脳を使って歌う、計算する。その1
小脳を使って歌う、計算する。その2
小脳を使って歌い、計算するためには、
日ごろ活発に働いている大脳をゆっくりさせる必要がありました。
では、大脳をゆっくりさせるために、どうするか。
・ストレッチ
・ヨガ
・瞑想
・ろうそくを見る
・小さくハミングする
・水の音を聞く
・アロマテラピー
・目を冷やす
・ブレインジム
・腹式呼吸
・その他
これには、いろいろな方法があるのですが、
文章で伝わりやすくて、すぐにできる、どこででもできる、
簡単で、パワフルなテクニックを
5ステップでご紹介します。
それでは、
今の脳の働き具合を確認してから、スタートします。
ちなみに、今これを書いている私は、活発度、55パーセントくらい。
ステップ1
ゆっくり、ため息をつきながら
ステップ2
ゆっくり、手の爪(全部)に意識を向ける
ステップ3
再びゆっくり、ため息をつきながら
ステップ4
ゆっくり、足の爪(全部)に意識を向ける
それを、自分のペースで、
ゆっくり続ける。
それだけ。
ステップ5
適当なところでやめてください。
どうです?
あなたの大脳が、
ゆっくりになっていませんか?
ちなみに私は、30パーセントくらいにダウンしました。
キーを打つスピードがゆっくりになりました。
この状態から、
歌いましょう。
計算しましょう。
ついでに、文字(漢字)も練習しましょう。
語学もいいですね。
生活の中では、
起きてすぐが、この状態に近いですから、
計算問題にしても、発声トレーニングをやるにしても、
小脳に入れるのには、一日一度の大チャンスです。
声も頭もぼーっとして、
上手にはできないけどね。
上手にやることを目的にするのではなく、
小脳に体験してもらうことを目的にして、
気楽にトライしてください。
徳田美和
小脳が計算したり、歌ったりできる様になるために、
どうしたらよいでしょう。
簡単で大事なことは、
繰り返すこと。
そして、
大脳に邪魔をさせないことが大切です。
つまり、
考えない。
頭をとめたいところですが、
それは、解脱(げだつ)級に難しいので、ゆっくりにします。
脳の活動をゆっくりにします。
そして、
ただただひたすら簡単な動きを繰り返す。
大脳をゆっくりさせながら…。
いったいどうやったら?
大脳をゆっくりさせること、
これが難しいのが現代人です。
情報と可能性(選択肢)が大量にあり、
それら大量の情報を、常に比較検討しているのが大脳です。
私のレッスンや、チューニングを受けてくださる、多くの人が、
情報過多の中で、脳が回転しすぎてオーバーヒートしています。
大脳が緊張状態で、
肩がコるのと同じように、脳がコっています。
それでは、
大脳のコリをほぐして、ゆっくりさせるためにどうするか。
それを次回。
徳田美和
どうしたらよいでしょう。
簡単で大事なことは、
繰り返すこと。
そして、
大脳に邪魔をさせないことが大切です。
つまり、
考えない。
頭をとめたいところですが、
それは、解脱(げだつ)級に難しいので、ゆっくりにします。
脳の活動をゆっくりにします。
そして、
ただただひたすら簡単な動きを繰り返す。
大脳をゆっくりさせながら…。
いったいどうやったら?
大脳をゆっくりさせること、
これが難しいのが現代人です。
情報と可能性(選択肢)が大量にあり、
それら大量の情報を、常に比較検討しているのが大脳です。
私のレッスンや、チューニングを受けてくださる、多くの人が、
情報過多の中で、脳が回転しすぎてオーバーヒートしています。
大脳が緊張状態で、
肩がコるのと同じように、脳がコっています。
それでは、
大脳のコリをほぐして、ゆっくりさせるためにどうするか。
それを次回。
徳田美和