自分で考えること
は、ひとり一人の脳が違えば、
同じ情報をインプットしても、再生される情報は変化する。
という内容でした。
自分で考えること その2
は、自分が本当に知るためには、積極的な体験のつみ重ねによる大量の情報が不可欠だという内容でした。
今日は、
自分で考えること その3
知識と体験をわけてとらえる方法。
明日の自分で考えること その4では、
人と情報をシェアすること。についてお話します。
誰かが、何かを話している。
その内容を自分の中にインプットするときに。
どんな風にインプットしているか考えてみましょう。
A子さんが「りんごは赤いんだよ」と言いました。
このとき、2つのインプット方法が考えられます。
〔インプット方法1〕
りんごは赤い。
〔インプット方法2〕
A子さんは、りんごは赤いんだよ。と言った。
日本人がしてしまいがちなのは、〔インプット方法1〕です。
これは、精神性を高めるための素晴らしいインプット方法ではあるのですが、(そこに触れると長くなるので別の機会にゆずります)りんごが赤いかどうかも
知らないうちに、赤いと言う情報をインプットしてしまうことになります。
事実は、
『A子さんは、「りんごは赤いんだよ」と言った』です。
これで、ひとつの体験がインプットされました。
『りんごは赤い』は、誰かの体験(これを知識と呼ぶことがあります)
『A子さんは、「りんごは赤いんだよ」と言った』あるいは、
『A子さんは、「りんごは赤いんだよ」と言ったのを聞いた』は、自分の体験。
自分の体験から発展させてみましょう。
・A子さんは「りんごは赤い」と感じたようだ。他の人はどうだろう?
・そのときのA子さんは「りんごは赤い」と言っていた。一年後は何ていうかな?
・自分はりんごを見て、どう見えるだろう。
いろいろ発展できそうです。
では、
『りんごは赤い』から発展してみましょう。
…。
どうしてだか、発展無理です。
『りんごは赤い』赤いものは赤い。赤い以外はありえない。赤いったら赤いのよ~。よく知らないけど。
誰かの体験である『りんごは赤い』が、新聞などマスメディアだったりすると、
それを盲目的に信じて、人に伝えてしまう方が多いように感じます。
新聞や書籍、ニュースの情報。
どのようにインプットしているでしょう。
私たちが口にしている情報は、本物でしょうか?
つづきます。
徳田美和