ブログの説明を入力します。
実は明日の夜にタイに向かいます。今回も一人旅の自由旅行です。これでコロナ明けから数えて7回目の海外になります。私はもう年寄りなので旅支度がおっくうになってしまいました。そろそろもう海外旅行はいいかな、って感じです。やはり旅は若いときにしなくちゃね。若いときは子育てをしていました。せっかく若くして産んだ息子は超晩婚でした。なんだかなーって感じですかね。ところで、コロナ明けから向かった各国(韓国、ブルネイ、台湾、フィジー、ニュージーランド、ベトナム)の入国ですが日本人である私はビザなしで入国はできますが(ニュージーランドへ入国・渡航する際、事前の電子渡航認証 NZeTAの申請費用と国際観光税(IVL)がかかります)ビザなしでも、国際線ですから入国カードは記入しなければなりません(ベトナムは一切記入の必要はなし)。コロナ以前は航空機内で渡される入国カードに手書きで記入していたものが、コロナ以降は全てが電子申告になりました。つまり、PCやスマホの操作ができないと入国カードすら記入ができないことになります。PCやスマホがないひとはどうするんだろう? 全ての手続きを旅行会社に委ねるのかな。で、電子申告が完了すると登録したメールアドレスにQRコードが送られてきます。いまはみんなそうですね。コンサートもライブも映画でもあらゆるイベントなども。ところがこれで新たな犯罪が生まれるんですね。私も今朝、タイの入国申請詐欺にひっかかりそうになりました。タイ入国申請、と検索をかけると真っ先に表示されるサイトがあります。タイ・デジタル入国カード(TDAC)| オンライン申請タイ・デジタル入国カード(TDAC)を入国前にオンラインで申請しましょう。タイへ渡航するタイ国籍以外のすべての方は、渡航前にTDACのお手続きが必要です。tdac.etourist.comタイ入国、と検索して出てくるコイツは詐欺サイトです。私はなんの疑いもなく個人情報を記入していたところ、支払いを要求されました。そこで詐欺に気づきました。だって70ドルとか要求されたのよ、そんな支払いたくないじゃない。で、支払い画面にはなんの情報も記入しないでサイトから離れました。ふう。タイへの入国 | 【公式】タイ国政府観光庁【公式】タイへの入国。タイ国政府観光庁日本事務所が提供するタイ観光案内サイト。タイ国の基本情報や旅行の基礎知識の案内をはじめ、観光施設、宿泊施設、グルメ、イベント、買い物施設検索などもできます。www.thailandtravel.or.jpぜひ、みなさんはこのタイ国政府観光庁の公式サイトから進んでくださいね。で、本題ですが、正式のサイトで入国の申請をすると、QRコードが送られてきます。入国の際には入国審査官にパスポート(残存期間6ヶ月以上)を提出してQRコードを提示するそうです。QRコードで情報を集約するのは便利なようで面倒な気もします。だって、電源が落ちたら使えないじゃない。私は紙に出力したものも必ず持ち歩きます。空港はもう全てQRですね。搭乗券もそうだし。コインロッカーもそう。操作がわからなければロッカーひとつ使えません。で、支払いはPayPayですかね? なんちゃらPayですかね? 利用していませんが、あーやだやだ。嫌な時代を生きなきゃならない若い人たち、お疲れさま。私はQRやAIにお仕事の全てを占拠される前にこの世を去ります。よかったなあ、いい時代を生きれて。GrokにQRのイメージイラストを描いてもらいました。せっかくだから貼りますね。
ビーチを歩いて、マウンガウイカ / ノース・ヘッド・ヒストリック保護区(Maungauika / North Head Historic Reserve)へ向かいました。博物館がありました。トーピード・ベイ海軍博物館はニュージーランド海軍の公式博物館だそうです。ニュージーランド王立海軍の歴史や、世界大戦などの海洋紛争における活動を紹介しています。模型や写真、軍服、実物の軍事遺産などの展示に加え、カフェや子ども向けエリアも併設されています。テラスカフェもあり、迷いましたがカフェばかり入っていられないのでカフェの利用は見送りました。説明は英語なので展示物はただ眺めるだけ。この「手」のオブジェだけは刺さりました。救いを求めているのでしょうか。第二次世界大戦において、ニュージーランド(NZ)と日本は敵国同士として戦いました。1941年12月の真珠湾攻撃の直後、NZは日本に宣戦布告しました。日本軍が南太平洋に進出すると「本土襲撃」の脅威が現実味を帯び、オークランドなど国内の主要都市には日本軍に備えた大砲や防空壕が設置されたそうです。NZ軍はアメリカ軍やオーストラリア軍と共に連合国軍の一員として、主にソロモン諸島など南太平洋の諸島戦やシンガポール周辺の海戦で日本軍と激しい戦闘を行い、日本降伏後の1945年9月の戦艦ミズーリ号での調印式には、NZ代表のレナード・イシット空軍少将が出席して署名しました。戦後は「Jフォース」と呼ばれる部隊を日本に派遣し、復員や占領統治に携わりました。大戦全体(欧州戦線含む)でのNZ軍の戦死者は約11,900人に上ります。これは当時の人口比(約160万人)で見ると、イギリス連邦内で最も高い犠牲者割合(約0.73%)でした。南太平洋のギルバート諸島などで、NZ人の沿岸監視員(コーストウォッチャー)ら22名が日本軍に捕らえられ、処刑される事件が起きました。その他に1943年2月にNZ北部のフェザーストン捕虜収容所で、作業を拒否した日本人捕虜と護衛兵の間で衝突が発生。NZ兵の銃撃により日本人捕虜48名とNZ側警備兵1名が死亡する悲劇的な事件が起きています。(以上グーグル調べ)お互いに殺し合った国同士なんですね。日本とニュージーランドって。日本人としてはこの博物館はあまり居心地はよくはありません。博物館を出てノース・ヘッドに登ります。途中の住宅を見て悲しくなりますね。戦勝国でしかも人口密度も低い。経済大国と一時は言われた日本とのこの差はいったいなんなのでしょう。地下壕というのか要塞というのかな?地下施設が無料で開放されていました。地下施設の途中で地上に出るとパラグライダーを楽しんでいる方たちがいました。平和な世界はいいですね。戦争はダメです。金儲けのためにするのはもっとダメです。貯水槽に鳥の絵が描かれていました。実際にこの大砲は使われたのでしょうか。美しい半島というのか岬というのか地形的にどの分類に当たる土地なのかは分かりませんが、美しい場所だということは分かりました。そして戦いの歴史もあるんですね。人間ってね、男たちってね、悲しい生き物です。続きます。
デポン・ポートフェリーターミナルのカフェで朝食を食べた後、マウント・ビクトリアという小高い丘に登りました。以下の写真はマウント・ビクトリアからの眺めです。オークランド中心部の東側に位置する「ファーガソン・コンテナ・ターミナル(Fergusson Container Terminal)」の周辺。オークランドタワー(スカイタワー)とオークランド中心部。オークランド・ポートフェリー乗り場とデボンポート海軍基地(HMNZS PHILOMEL)。フェリーにけっこう揺られたと思っていたんだけど近かったんですね。これは陸路で行くよりもフェリーを使う人が多いのがうなずけます。デポン・ポートの住宅地ニュージーランドは日本と似ていると言われますが、人口密度は日本に比べればずっと少ない。住宅一つ見てもゆったりしていますね。1軒1軒が大きくて敷地も広くて羨ましい限りです。中心部と北岸を結ぶオークランド・ハーバー・ブリッジ(Auckland Harbour Bridge)デューダーズ・ポイントNgataringa Bayからマリーン・パレード保護区あたりひとつ上の写真を引きで撮ったもの。オークランド・ハーバー・ブリッジの北側の端が写っています。中央に浮かぶ島はブラウンズアイランド モトゥコレア(Browns Island / Motukorea)カヤックのツアーで訪れるみたい。息を呑むほど美しい島らしいですが、私にはカヤックを漕ぐ勇気はありません。普通に行ってみたかったかな。対岸は博物館のあるパーネル地区(だと思う)。砲台跡がありました。大砲がモニュメントとして残されていました。デポン・ポートの住宅街とランギトト島。デポン・ポートの住宅街とランギトト島。対岸のニューマーケット地区とホーブソン・ベイ手前の砂州のような細い陸地には道路となんと!鉄道が通っています。なんとまあ素敵な地形でしょう。こうした地形には興味をそそられます。私は結局、滞在最終日にこの手前の細い場所に行ってきました。もちろん線路の写真も撮りました。後で投稿しますね。真ん中より少し右寄り、ワン・ツリー・ヒルの山頂のオリ民族への敬意とオークランドの創設者ジョン・ローガン・キャンベル卿を記念して建てられた高さ約33メートルのオベリスク(記念塔)。マウント・イーデン(Mount Eden)伊豆にある大室山のような火口がぽっかり草で覆われた美しい山です。ここも行きました。後で投稿します。頂上をぐるりと一周して写真を撮ってから丘を下りました。フェリーターミナルで一休み。ビーチを歩いてもうひとつの丘、ノース・ヘッドに向かいます。お家が立派でため息が出ます。ノース・ヘッドの桟橋から見たブラウンズアイランド モトゥコレア。ノース・ヘッドの桟橋から見た、さっきまで登っていたマウント・ビクトリアやはり山というよりは丘ですね。可愛らしい丘です。続きます。
リンク先の方ではないのですが、子宮がん検診の「痛さ」についての投稿を引用して意見を述べたらブロックされてしまいました。なので、どなたのどの投稿を引用したのかわかりません。ですが、皆さんの投稿は、ほぼまったく同じなので、この投稿を貼らせていただいています。 子宮がん検診行ってきた。めっちゃ痛いしおっさんで嫌だったんだけど帰ってきたら結構な量の血出てて最悪。今まで血とか出たことなかったのに— あずまりお (@azumario64) September 25, 2026私はありとあらゆる「がん検診」というものを1度も受けたことがありません。もちろん、自治体の健康診断もたったの一度しか受けていません。その1度でバリウムを飲まされて懲りました。もう2度と受けないです。子宮についても他の臓器に関しても既往症や自覚症状があり不安な方が受けるのなら理解できます。理解できないのはなんの症状もなく健康であるのに受けることです。なぜみんな、そのときはそのとき、と腹を括れないのでしょうか。私の知人はマンモグラフィでほんの数ミリの怪しいやつが見つかって乳房を切除しました。もう60代の後半です。マンモグラフィの検査をしていなければなにごともなく日々を送っていたかもしれません。病理検査をした上での結論結果らしいけど、その数ミリがなんの悪さもしない、とは1ミリも思わないのでしょうね。このように意見を述べれば「あなたは健康だから気持ちがわからないのよ」と攻撃されてしまいますが、めっちゃくちゃ胃腸は弱いです。気管支も皮膚も弱いです。でも下痢や痰が絡んだ程度では医者には行きません。医者は歯医者くらいしかかかりません。病院は大嫌いです。順番待ちがめんどくさい。で、もう私は前期高齢者なのでいつ倒れてもいいと思っています。寝付くのは嫌ですから道端でばたっと倒れて気づいたら死んでいた、が理想ですが。言いたいのは、なんでみんなそんな「恐怖商売」に食いつくの?ってことです。子宮がん検診ねえ、男性医師の目の前でお股広げて痛い思いをするのになんで好き好んでいくの。ちなみに子宮頸がん検診で実際にがんが見つかる確率は、受診者全体の約0.02%(1万人あたり2人程度)ですってよ。そのために痛い思いをしてお股広げてくるんかい。
3日目はオークランド市内にある『デポン・ポート』に行きました。地図を大きく載せてみますね。地図上の左下より少し上のヒルトン・オークランドのあるあたりがオークランド・ポートフェリー乗り場です。宿泊先のホテルからは徒歩で15分ほど。滞在中はほぼ毎日歩いていました。デポン・ポートは対岸の突き出た部分。陸路でのバスも出ていますが地元の人もこのフェリーを利用するようです。改札口はタッチ決済機能付きのクレジットカードで通れます。乗客はやはり観光客が多いです。デボンポート海軍基地(HMNZS PHILOMEL)が見えます。残念なことに内部の見学はできません。それでもこの軍艦を見るだけでも圧倒されます。デポン・ポートフェリーターミナルの桟橋にはオシャレなカフェレストランがありました。テラス飯(めし)が大好きです。さっそくここでブレックファーストをいただきました。地図を拡大します。左下がフェリーターミナルです。デポン・ポートにはピクニックを楽しむのにちょうど良い高さの丘が二つあります。地図の左側の『タカルンガ / マウント・ビクトリア』と右側の『ノース・ヘッド』。この2つの丘は頂上から頂上までは約1.5キロメートル、徒歩で約20〜30分ほどしか離れていないのでさほど負担にはならないと判断し、両方の丘に登ることにしました。まずは マウント・ビクトリアに向かいます。街はヨーロッパ調の建物もあって雰囲気はなかなか良いです。以前、一人歩きしたオーストラリアの小さな街にそっくりです。オーストラリアの文化圏なんですね。民家が立派でため息がでます。マウント・ビクトリアからの眺めです。写真はランギトト島だったと思います。この島に行くのにはさんざん迷って結局は行きませんでした。というのも、この島は完全に無人島。訪れる皆さんはトレッキングに渡るみたいです。普段履くシューズや普段着で行ったなら海辺の木陰で休んでいるしか過ごしようがないみたい。売店もなく飲料や食べ物持参です。もしも帰りのフェリーに乗り遅れたら完全無人の島で一夜を明かさなければならいという想像ばかりが膨らんでしまいました。眺めはとても良かった。上の写真の桟橋が写っているあたりがもう一つの丘、ノース・ヘッドです。ノース・ヘッドの方が実は楽しかった。どちらかを選ぶのならノース・ヘッドがおすすめです。続きます。
ニュージーランドの旅の2日目、昼食からの続きです。マリーナを散歩しました。その時です。なんと! オークランドタワーが見えるじゃないですか。そして、やっと私はそのときにわかったんです。タワーから真っ直ぐに海の方向に下りて海岸通りを歩けばホテルに着く! なのに私はタワーから海を横に見るように丘を下ってしまったために、隣の丘を登らなくてはならなくなった。そしてまた下りなければならなくなったんですね。馬鹿みたいです。これはクリスマスの巨大な飾り。これも年末いっぱいは飾られていました。スーパーマーケットに入ってみました。なにもかも量が多いので手が出せません。交差点にこんなオブジェがありました。面白い形です。ホテルに一旦、戻りました。昔はプラットホームだったであろうホールを2階から写しました。結局、スーパーではこのような物しか買えませんでした。だってみんな大量なんだもの。スーパーで買ったものをホテルの部屋に置いて、再び外を歩きました。ソフトクリームが見当たらずアイスクリームを食べました。物価は日本とほぼ同じか少し高かったような記憶がありますが違ったかもしれません。昨年の年末のことで記憶が確かではないです。ティファニーの前の道は誰も歩いていませんでした。街はどうしちゃったの? というくらい不気味に静かでした。それもそのはずですね。だって年末だったんだもの。ニュージーランドでは年末年始を祝う習慣はないのだそう。それでも会社はニューイヤーの休暇にはなるみたい。私は、これはコロナ騒動のために不景気になったのか、と考えてしまいましたが、違いました。この年末年始の旅で一番残念だったのが、通勤電車や長距離列車が全て運休になっていたこと。すごいですよね、全ての鉄道がストップなのですから。私はこの旅を計画した当初は北島の南端のウェリントンまで長距離列車で移動するつもりでした。ところが列車の予約サイトで、どう予約をしようとしても「空席なし」と表示されちゃうんです。えー! そんな前からみんな予約が埋まっちゃうの? 旅行会社が買い占めてるの? と思ったらなんとまあ、メンテナンスのための全面運休。長距離列車だけじゃないんです。オークランドとハミルトンを結ぶ中距離の通勤列車まで全面運休なんです。ニュージーランド国内のどこかに移動したかったら車か飛行機かバスでね、ということ。もともとニュージーランド国内は車か飛行機が移動手段で鉄道は発達していないので仕方ないかもしれないけど、全部止めちゃうって、すごい国だと思いました。
恥ずかしくて泣けます。同じ女性としてとても情けない。高市さんは確か松田聖子ちゃんと同世代かな。ぶりっ子が女性標準だった頃の記憶が抜けていないのでしょう。それがこのひとの習い性になった。もしくは、オーバーアクションが世界標準だと勘違いしている。わざとじゃないです、自然にごく自然にそうするんです。動画19秒あたりから。もう、目も当てられない。世界に出るのは(もちろん日本もだけど)やめてほしい。 【悲報】高市早苗さん、早速トランプの前で女豹ペロンチョ顔を披露してしまう pic.twitter.com/iWMWgS9BTj— 軍畑先輩 (@ixabata) September 22, 2026
ニュージーランド12日間ひとり旅の2日目です。飛行機は夜行便だっただめオークランド国際空港には朝に着きました。ニュージーランドは自然保護のため持ち込みの手荷物検査がとても厳しいと聞いていたのでドキドキでしたが、案外簡単に通過できました。それでも念の為、常備薬は個別にしてそれぞれの薬への英語の説明書を持参しました。要するに、腹痛や頭痛どめ去痰剤であるというようなことをです。処方箋があればそれを持参するとよいみたい。それから飲食物の持ち込みも厳しいと聞いていたので機内で出された食べ物は一切持ち込まず、日本から持ち込んだのは琵琶の種のパウダーなんですが、サプリメントとしての効果を英語で書いた用紙とパウダーを見せると係員に笑われてしまいました。パウダーからは発芽しないものね。でも、違反物が発見されると問答無用で罰金が科されます。私が調べた時点では日本円で40万円だったかな?20万円だったかな?アバウトですみません。スニーカーの裏底に植物の種が挟まっていたのが見つかり、その場ですぐに罰金というケースもあるようです。ネットには入国に際しての恐ろしいことばかりが書かれていましたが、怖くなかったよ。で、手荷物は申告制なので常備薬も申告しなければ簡単に手荷物検査場は通過できたよ。驚かすのはやめてほしい。空港からは空港シャトルバスで市内に向かいます。タッチ決済のできるクレジットカードで簡単に乗車できます。オークランドタワーのある建物の地上階がシャトルバスの終点のバスターミナル。ここで降りて徒歩で宿泊先のホテルに向かいます。タワーではバンジージャンプをするひとの姿が見えました。落下速度はゆっくり。ジャンプじゃなくて吊り下げられている感じ。それでもよくやりますね。軽めのキャリーケースだったけど坂道の多いオークランドでの徒歩移動は大変でした。iPhoneの地図アプリでは標高差が出てこないのですり鉢のような地形の底に下りてまた登って、と地獄のようでしたが、これがまったくの間違いなルートでした。実はホテルは海岸側にあり、一度下りれば登らなくてもいいルートが存在しました。なんのことを言っているかわからないと思うけど、オークランドには丘がいくつもあるってことです。ホテルが見えて来て、これで歩かなくてもすむぞ、と泣きたくなりました。立派そうに見えるけど実はとてもリーズナブルなホテルです。予約した際にはまったく気づきませんでしたが、どうやらこのホテルは鉄道の古い駅舎を再利用した建物みたい。ホテルのフロントがどう見ても切符売り場(チケットカウンター)だものね。きっとこの場所はプラットフォームだったのでしょう。天井のアーチがそれを物語っています。そして、この建物はホテルだけではなくごく普通にアパートメントとしても貸し出されているようでした。キッチンの設備が各部屋にはないので一箇所に大きな厨房があって部屋ごとに割り振られた収納場所もありました。私の部屋はこんな感じ。荷物を部屋に置いて外に出てみました。クリスマスの飾りがまだ街にありました。年末いっぱいは飾っているらしいです。私が訪れた12月は季節でいえば夏なんですが、オークランドは宇都宮とほぼ同緯度にあたるためなのか肌寒いです。上の写真は信じられないでしょうけど真夏のオークランドです。マリーナにシーフードレストランがあったので座りました。オイスターがオススメのレストランでしたが一人では食べきれないためカラマリ(イカのフライ)にしました。日本人の私のために日本人の若いウエイターさんが来てくれました。
2025年12月26日 金曜日成田国際空港 第1ターミナル南ウイング20時発のニュージーランド航空でニュージーランドの北島オークランドへ行きました。11泊12日(うち機中泊1)のひとり旅です。ニュージーランドはたぶん34カ国目の海外渡航国になります。今回はロングの休みをなかなか取りづらい私にしては思い切りました。それだけ仕事量が減ってきている、という事実もあるのですが。本当は1ヶ月くらい行きたいものですがなかなか思い切れませんでした。ニュージーランド行きのチケットは半年ほど前に予約購入をしていたのですが、安くはなかったです(20万円を軽く超えました)。そのため、隣席ブロックにはお金を使えません。もちろんビジネスシートなどとてもじゃないけど手が出ません。10時間30分〜45分の長丁場に備えるために窓際の座席はあきらめて通路側の席を予約しました。だって、おトイレに立つ度に隣の人に「すみません」と言って通していただくのはストレスになりますからね。航空券と滞在費にお金がかかるので出国前の食事はマックで済ませました。私がTwitterで成田にいることを呟くと、たまたま同じターミナルにいたTwitterの仲良しさんが、同じ場所にいることを教えてくれました。「ご挨拶に伺います」と言う彼は息子たちよりもちょっとだけ年上の旅行好き。都内の飲み会では何度も顔を合わせている仲です。今回は年末年始の海外を婚約者さんと一緒に楽しむということで、婚約者さんのお顔を拝見できるのかと思ったら、彼がひとりでやって来ました。婚約者さん、お化粧をしていないから、って。残念ですが、その気持ちはわかります。搭乗して離陸してほどなくして夕食が運ばれてくるのだから、本当は搭乗前に食べなくてもいいんですよね。しかし、なにせ20時発ですからね、機内食の時間までは待てないです。だからこの機内食はお夜食と捉えるべきなのでしょうけど、いつも思うのですがどうにかならないのでしょうかね、この機内強制サービスは。例えば機内での食事は嫌だと言う乗客に向けて、空港でのお食事券を配るとか。でも、この機内食事サービスには「乗客を静かにさせる」という目的が含まれていますから今後も変わることはないでしょう。要は静かにしろや、飯でも食っとけ! なんですから。特にエコノミークラスの客は動物とか豚だとかとしか思われていません。機内食は「餌」ですね。20万円以上も払ってはいますけど。上の写真は日本時間の朝4時11分に配られた朝食。夜行便では毎度のことですが食べられませんがな。続きます。
リブログではなくリンクを貼らせていただきます。『胃を2/3切った。』にほんブログ外来通院患者が言われました先日健診(市内最大健診センター)で胃癌がたまたまみつかった。それで〇〇病院で胃を2/3切った。〇〇…ameblo.jpこの中で筆者の医師はそれが本当はがんでない可能性や自然に消失する可能性とかは1mmも考えてないようですと書かれています。そこなんですよねえ。なんで医者の言葉をすぐに信じてしまうのか私には分からないです。リンク先の医師は基本はワクチンにも反対です。反対ですが、それでも希望者の意思を尊重して打っちゃう。他にもアメブロを書かれている医師にいますね。害があるのを分かっていても希望者の意思を尊重する派と厚労省の指示に従う派。私も同じ立場に立ったらどうなんでしょうね。病院経営者としての考えもあることでしょうし、医は算術なので。何が正解なのかは分かりませんが、頑として打たない医師もいるのでね。ただ、希望者には打ちますがワクチンには反対です、だから反枠で すってお顔はしてほしくないな。なのでの、リブログではなくリンク記事になりました。
廃墟系YouTuberが我が家と同じ路線にある街を映していたので、お散歩がてら行ってみました。我が家からは都心から離れる方向、要するに下り電車に乗ります。途中の大きな街を通り過ぎて2駅先にその小さな街はありました。乗降客はそんなには多くありません。駅ビルはさほど大きくもなくカフェもファーストフード店も入っていませんでした。駅前には小さなアーケード街のようなものはありましたが、お店はそんなに多くありません。とにかくドトールとかスタバとかマックとかそういったチェーン店は1軒もなく、ベーカリーカフェもなくエスニック料理店ばかりが目立ちます。要するに私が一休みできそうな店は一軒も見当たりません。YouTube動画で観たスポットは駅から徒歩で15分ほど。実際に歩いてみたら15分はかからなかったかな。駅から程近い場所に大学のキャンパスがありました。学生たちの姿も多く見えこのキャンパスの前は華やいでいました。大学の前を通ってまっすぐにてくてく歩き目指すスポット=アーケード商店街に着きました。その名は『角栄商店街』です。あの故田中角栄元総理大臣とはなんの関係もありません。角栄不動産という不動産会社がこの商店街のある一帯をバブル期に開発したのだそう。角栄不動産が手掛けたのは戸建て住宅です。この商店街の背後に戸建ての住宅が建ち並んでいます。要するに鉄筋の集合住宅の団地によくみられる、団地住居の1階部分が商店街になっているあれです。戸建ての住宅団地なので建物の1階ではなく、住宅団地の中に大通りを通してその通りの両脇をアーケード商店街にしたということらしいです。それにしてもこのアーケード商店街は長いです。昭和の終わり頃のバブル期に造られた団地の1階にある商店街も、この角栄商店街も同じ運命をたどっているのかな。住民の高齢化です。団地開発が終わり入居者(ここの場合は購入者&居住者)を迎えたばかりの頃は商店街は華やかだったのでしょう。 高齢化の波だけではなくイオンなどの大規模ショッピングモールの台頭ももちろん影響しているだろうし、こう言っては身も蓋もないけれど日本全国こんな場所だらけです。すごーく長い商店街なんですが、とにかく開いている店はすくないし歩いている人もいません。もちろんカフェもありません。それでもこうして頑張っておられるお店もある。昭和な電気屋さん、懐かしいですね。駅の近くに戻りました。エスニックな店が目立ちます。角栄商店街にはエスニックな店はあまり見られませんでしたが(閉店=シャッターばかりだったからね)、東京や埼玉の大規模団地に行くと居住棟の1階にある商店街のテナントにはこうしたエスニックな店舗が多く見られます。日本人の高齢化と若年層が離れてしまった団地では、もはやこうした多国籍な商売しか成り立たないのかもしれないですね。要は日本人相手では商売にならないのです。日本人は日本人の御用達のスーパーに行きます。大規模なモールに行きます。この街の他に我が家から電車で10分程度の街にも廃モールがあります。それはそれは寂しいです。駅近々のミニアーケード街に戻りました。悲しくなるほど日本食の飲食店がありません。小さな小さな商店街なのに、このようなエスニックなコンビニが3軒もありました。日本のコンビニはここにはありませんでした。飲食店は多国籍、コンビニも多国籍です。大学生が利用するような店も駅前にはありませんでした。余所者の私が大きなお世話なんですが、日本人がもうちょっと頑張らないとこれは外国人に占拠されちゃうなあ、と思いましたよマジで。で、一応この街は川越市内なんですね。なんか悲しい。
他所様のブログに入ったコメントを読んでひとこと言いたくなったんだけど、他所様のブログなのでそれもできず、こんなときTwitter(X)でならちょっかい出せるのに、ブログはなかなか不便ですね。私が引っかかったコメントを無断借用します。本当にすみません。先日、私の友人のご主人は93才ですが、胃癌で胃を全摘する手術を受けて成功。96才のおばあちゃんが大腿部骨折で手術して歩けるようになりました。昔なら寝たきりになるところです。そのおばあちゃんは100才半で亡くなりました。このように医学の進歩が寿命を伸ばしています。食べ物、生活環境も良くなっているせいもあります。このコメント主さんは医学の進歩を手放しで喜んでいるふうですが(実際にはそうでないかもしれません)私はこれすごく疑問。93歳で胃の全摘するくらいなら死なせてほしいと思うし、っていうか高齢者の癌の治療っている? 手術っている? 様子見じゃダメだったのかな。胃の全摘は辛いよ。私の父がそれで食べられなくなり痩せ細り亡くなりました。ほんの小指の先ほどの癌のために胃を全摘して。高齢だもの進行は遅い。放っておいてよかったんじゃないの? と今でも思います。96才のおばあちゃんが大腿部骨折で手術で歩けるようになったのは素晴らしいです。これは私もそう思う。医学やリハビリが進んでよかった。何を言いたいかというと、高齢者の癌治療と骨折治療を同時に語るのは乱暴かな、って。
ちょっと気になる記事をみつけたの。フィジー、HIV感染拡大で国家非常事態宣言 成人60人に1人が感染南太平洋の小国フィジーがエイズウイルス(HIV)の感染拡大に伴い国家非常事態を宣言した。覚醒剤メタンフェタミンのまん延も感染拡大の一因となっている。www.cnn.co.jp(CNN)南太平洋の小国フィジーがエイズウイルス(HIV)の感染拡大に伴い国家非常事態を宣言した。覚醒剤メタンフェタミンのまん延も感染拡大の一因となっている。人口100万人に満たないフィジーでは現在、成人60人に1人がHIVに感染していると推定されている。完治はしないものの治療可能なこのウイルスの感染率は、世界的に低下しているが、フィジーはこの傾向に逆行している。上記本文より抜粋。記事には原因は、フィジーは近年、高収益市場へ麻薬を密輸する際の重要な中継地点となっており、静脈注射による薬物使用が急増やコンドームの使用率の低さや偏見を背景に性的接触による感染が続いている、としか書かれていないけれど、コロナワクチンの接種で免疫が低下したことは関係していないのかな?おまえらなんでもワクチンのせいにする、って言われてしまうけれどもね、私は関係していると思うのよ。ちなみにフィジーの成人(18歳以上)における新型コロナウイルスワクチン接種率は、少なくとも1回の接種を受けた人が約97.8%、2回目までの完全接種を完了した人が約92.2%だそうです。驚いちゃうね、日本よりも接種率が高いのね。日本人の1回目の接種率は、全人口の1回目が約80.3%、2回目が約79.4%です。論より証拠って気がします。以下、フィジーの旅の記録おまけ。8日目、帰国の様子です。深夜の夜行灯の下で配られた朝食。なんの罰ゲームなのでしょうね。彩雲が見えました。こんな間近に見えるだなんてね。銚子沖です。利根川の河口。広いですねえ。羽田ではなく成田に着いた外国人は、日本は案外田舎だと思うことでしょうね。さて、帰国してすぐに空港で荷物を宅配便で自宅に送りました。で、なんと! その中に自宅の鍵を入れたままでした。自宅最寄駅に着いてからそれを思い出して夫に連絡をしましたが仕事中で夕方までは帰れないとのこと、当たり前か。なので夕方まで仕方ないのでカラオケで過ごしました。疲れたよ。
フィジーの旅6日目(出発日も加えれば7日目)、フィジーで過ごす最後の朝です。朝食は最初の朝にいただいたフルーツの盛り合わせにしました。ちなみに初日にいただいたのは下の写真。だいぶボリュームも美しさも違いますね。マニュアルなどないのでしょう。調理人によってだいぶ違うようです。大雑把だなあ。食後はビーチを歩きました。いつも夕方を過ごすビーチバー(正確にはビーチクラブ)の隣のホテル前に行ってみました。そんなには大きくないけど近代的仕様です。悪くはないかもだけど、私は私の滞在したホテルの方が好き。南の島のホテルはやはり南の島仕様であってほしい。鉄筋のマンションやアパートメントは日本でゲップが出ています(とはいえ、今月末から出かけるプーケットでは鉄筋マンション型のホテルを選びました💦)。部屋に戻り写真を撮りました。最終日はどうしてもおセンチになってしまいます。この部屋ともお別れです。望遠レンズで海の向こうの島や半島を撮りました。沖に見えるのはフェリーで行ったサウスシーアイランドかもしくはフェリーの寄港先のマラ・マラ島だと思います。私が滞在していたビーチはワイロアロア・ビーチですから縮尺を当ててみるとビーチからは15キロほど。遠くまで出かけた気になっていましたが近かったんですね。島が海から浮かんでいるように見えます。こうした現象を「浮島現象」(下位蜃気楼)というのだそうです。こちらはデナラウ島(陸続き)の手前にある森林地帯。地図には地名は記載されていませんでした。上の写真の大きな島はどこなのかしら。地図で調べる前は有名なヤサワ諸島かと思っていましたが、私のいる位置からは見えない。おそらくママヌザ諸島かマーナー島かと思います。フィジーは、約330〜333個の島々と多くの小島・岩礁(約500個)から構成されているそうです。ビーチクラブとは反対方向にあるホテルのテラスレストランに入ってみました。気分は最高。マフィンはそれほどおいしくはないです。テラスレストランを出てからはビーチから離れて歩いてみました。上の写真は、お世話になったスーパーのフードコート。室内で冷房がガンガン効いているお店は人気がないんです。だってやはり気分が出ないものね。いつもガラガラでした。ホテル側の両替屋さん。チェックアウトの際にクレジットカードが通らず、円を両替して支払いました。キャッシュを持っていなかったらどうなっていたことやら。写真映えを狙って緑のカクテルを選びました。なんのカクテルだったかは忘れました。このビーチクラブともお別れです。お世話になりました。帰りの際の空港はいつも寂しい気分になりますね。フィジーの旅はこれでおしまい。往き帰り含めて6泊8日です。死ぬ前に1ヶ月程度の長旅をしたい。でももう実現しないかな。口先だけになりそうですね。口先だけだからこその「夢」なのでしょうね。
とても難しいです。私はこのふたりの子の動画は何度か観ています。可愛くて可愛くて仕方のない親御さんの様子が見てとれます。批判している人たちは所詮は同じ立場に立ったことがないからなんとでも言えるのかもしれませんね。私はXの投稿へはコメントをいれたり引用で意見を書いたりはさすがにできません。私がふと思うのは医学の発展していなかった大昔だったらどうだったんだろう?ということ。「遺棄」や「間引き」という恐ろしい言葉が頭をよぎります。健常児しか育てたことのない私は、医学の発展していなかった昔だったらよかったのに、と残酷なことをちらりと思いますが、もしも私が障害のある子を持ったら絶対にそんなことは思わないはず。そんなことを思う人がいたら殴り飛ばしてやりたいと思うはず。医学が発展 発達してくれたおかげでこの子は助かったんだ。そう思うと思うよ、たぶんだけど。何を言いたいかというと、同じ私でも立場が変わったら思うことは真逆だということ。いいんじゃないかな。動画は許してあげても。
5日目の続きです。5日目の夕方以降は いつものように宿泊ホテルの隣のビーチバーで夕陽を眺めました。毎度同じような写真が続きます。すっかり日が落ちた頃に、宿泊先のホテルに戻りました。ビーチバーのアンちゃんとは結構親しくなって、インスタの交換もしました。アンちゃんの隣にいる爺さんは宿泊客なんだけど、カクテルを1杯勝手に奢られてしまい「部屋はどこ?」とか聞かれて、なんだかナンパしようとしているみたいでちょっとキモかったのでGoogleの自動翻訳で日本の情勢やら世界情勢についてどう思う?と話を振ったところいなくなりました。ナンパはされません。もうそんな歳ではないです。若く見えるのかな。だとしてもやめてほしい。ビーチを散歩しようとしたら、アンちゃんに止められてしまいました。危険だって。変な奴がいるからって。アンちゃんには「ホテルの前を歩くだけだから心配しないで」と言って、ホテルの前だけを歩いて戻りました。この翌日にはフィージーを経ちます。このホテルにはもう2度と来ることはないでしょう。私は同じ国や同じ土地をリピートしないので、いつもそうした寂しい気持ちに襲われます。ふんだんにお金と時間がある人生だったらね、また訪れることもあるだろうけど、それは叶わないので旅先選びには「お気に入り」よりも「好奇心」が勝ちます。夜は更けてきましたがまだ眠るのには早いので部屋のバルコニーでアマプラの連ドラを観て過ごしました。夕飯はスパーから買い置きのカップラーメンでした。
5日目の朝食は宿泊ホテルとは別の場所で食べようと思い立ち、近くを歩いてみました。ビーチから少し奥まった場所にコテージ型のホテルがあってブレックファーストのメニューが掲げられていたので入ってみました。誰もいません。宿泊客の気配はあるにはあります。おそらく、コテージにはキッチンがあるのではないでしょうか。欧米の長期旅行客は自炊で滞在費を節約していたりするので、レストランでは食べないのかもしれません。もしくは私が寝坊だったのかもね。エッグトーストとフルーツの朝食を頼みました。こんなすごいのが出てきてしまい、正直とても重くて半分残してしまいました。とても美味しかったこと、私には量が多かったことを詫びて支払いを済ませました。ホテルの従業員さんのお子さんらしいです。赤ん坊を抱いている御婦人はお祖母さまなのかそれともベビーシッターなのかは分かりませんが、フィジーのホテルの多くは英国人を含むオーストラリア人、ニュージーランド人、欧米系移民がオーナーであることが多いので子連れ婆連れ出勤を認めているのでしょう。のんびりしたものです。ちなみに、フィジーの土地の約80〜90%は先住民族であるフィジー系住民の共同体が所有しており、外国人が土地を完全に「買い取る」ことはできないそうです。そのため、ホテルが建っている土地は原住民から長期リース(借用)している形が一般的らしいです。長期滞在者用のこじんまりとしたロッジがあちこちにありました。通りを歩いていくと塀にぶつかりました。塀の向こう側はなんと、空港というか滑走路です。だから飛行機が間近に見えていたんですね。欧米系住民の家がありました。大きくて立派な家です。上の写真も欧米系住民の家です。ため息が出る大きさです。上の写真のこの家も欧米系住民の家です。集合住宅ではありません。これで一軒家です。上の写真の右側の家が欧米系住民の家で、左側の家が元祖島民の家です。なんだかなー、とは思いました。近い未来の日本人がこうならなきゃいいですよね。散歩を終え、ホテルに戻りマンゴージュースを飲みました。少しだけホテルの庭にてiPadでAmazonプライムビデオの日本の連ドラを観て過ごしました。iPadに映る私の姿を撮りました。南の島では平気でこのような格好で過ごします。いいんです、日本人なんか周囲にいませんから。連ドラを見るのに飽きて、ビーチを散策しました。この日はアクティビティー屋さんがテントを出して商売していました。草を喰んでいた馬さんたちがお仕事をしていました。お昼時間になったので、朝とは別のホテルに行ってみました。なんか格が落ちているようなけっこう古めのホテルでした。プールには水が入っていますが何日も何年もお掃除していない感じ。ダメかなあここ、とは思ったけど宿泊客もそれなりにいることだし思い切ってランチをオーダーしました。カレーのランチです。微妙だったような記憶があります。プールがただの水たまりになっていたり、お婆が子守をしていたり、犬がそこら中に落ちていたり、まあ、のどかなものです。日本人は高級エリアにいるのでしょうか。日本人を見かけない庶民的なエリアのビーチでのんびり過ごす1日は悪くないです。続きます。
島へ行く-その1の続きです。ブッフェの昼食をひととおり食べ終え『サウスシーアイランド』内を歩いてみました。歩いてみる、と言っても波打ち際をぐるりと歩いて1週するのに10分程度しかかかりませんが。この日は風が強くて波が高かったため泳いでいる人の姿はあまり見られませんでした。島には売店と、なんと、プールもあります。なんでかプールの写真は撮り忘れたようです。誰かが泳いでいたんだろうなあ。ビールとクッキーを買いました。暇だったからです。上の写真の左端にタンクのようなものが写っています。私はそれを撮りたかったのでしょう。石油の備蓄か工場のようにも見えました。私の滞在するワイロアロア・ビーチからはこのタンクのある施設群は真正面に見えました。夜の明かりも見えました。帰りの時間が来て、再びボートで沖に止まっているフェリーまで運ばれます。こんな感じの人たちの中に東洋人はわたしがひとり。水面下に珊瑚が見えます。素潜りでみたらどんなにか綺麗なことでしょう。ナイスバディな女性がいました。とても気さくな女性で帰路の間中、私は彼女に話しかけられていました。まいっちゃったなもう。でも、楽しかった。帆船のツアーもあるんですね。みなさん楽しそうでした。ポートに着いてからは、送迎バスでホテルまで帰りました。バスの中で韓国人女性に声をかけられ、またまた英語での会話が続きます。私は達者ではないのでこれがとても疲れます。どうやらご主人とふたり旅のその女性は私を食事に誘いたいらしいのですが、丁寧に断ってバスを降りてからは後ろを振り返らすにダッシュで逃げました。疲れることはしたくないものね。この日もホテル隣のビーチバーで沈みゆく夕陽を見ながらの夕食。なんと贅沢なことでしょう。夜は比較的静かに更けていきます。
フィジー滞在4日目です。朝食はパンケーキにしました。失敗です。これのみで朝ごはんだなんて。4日目は離島に行くことにしました。3軒先のホテルにツアーデスクがあってそこで取りまとめているみたいなんですが、宿泊しているホテルのフロントで申し込めます。フィジーにはたくさんの離島があって、丸ごとホテルリゾートになっている島もありますが、私はもうリタイア直前の年寄りですからそんな離島リゾートに泊まる余裕はありません。この日はツアー料金のお安い近くの島に日帰りで行くことに決めて、まずは、デナラウ・マリーナフェリー乗り場で会計をすませます。フェリー乗り場へは3軒先のホテル前からツアー客専用のピックアップバスに乗ってやって来ます。大型バスだったので驚きましたが、フェリー乗り場の大勢の人を見て、もっと驚きました。すんごい人数が離島に出かけるんです。会計を済ませて出港時間まで待合所外のテラスでくつろぎます。いよいよ乗船開始です。港にはたくさんの船が止まっていました。汽水域が見えます。護岸工事などされていない自然のまんま。南の島に来たんだなあ、と改めて思いました。高級リゾートエリアも見えました。ごく普通のアパートのような建物で、高級感はそんなにはしませんでした。現役でバリバリ稼いでいた頃に私が宿泊した南の島のリゾートの宿泊棟は一戸建てで椰子の葉拭きの屋根のあるコテージだったりして、南の島のムード満点だったのですが今はそうした戸建てコテージは時代遅れなのでしょう。私が乗船した高速船はどうやらふたつの島の客を乗せていたようです。たぶんですが、この島『マラマラ島』は本島から約30分で行けるフィジー初の「ビーチクラブ」として2017年に誕生したおしゃれなビーチリゾートだと思います。違うかもしれません(⌒-⌒; )ここで、十数人の乗客を下ろし、私が予約した島へ向かいます。さて、私が申し込んだサウスシーアイランドが近くに見えてきました。デナラウ・マリーナより高速艇にて約30分で到着するサウスシーアイランド。一周10分の小さな無人島です。島には桟橋がないため、フェリーからボートに乗り換えます。島に上陸してからは真っ先にチェアーを確保します。この日帰りツアーはランチ付き。なかなか美味しかった。続きます。