読んだらすぐに忘れる

読んだらすぐに忘れる

とりとめもない感想を備忘記録的に書いています。

二作目はデビュー作から一年後の1962年に出される。
この作品も歓迎されたようで、
アメリカ出版時にアンソニー・バウチャーが
「しっかりした構成、ミスディレクションの冴え、
驚嘆に値する堅固なプロットを持った、
トラディショナルな本格ミステリの分野で
もっとも期待できる新進作家のひとり」と
賛辞をおくっている。

(あらすじ)
二ヶ月前、シルブリッジの町の名士だった
ヘンダーソン医師に不幸な事故がふりかかる。
夜、一階の診療所でガスストーブを点火しようと
した際、誤って転倒。
頭を殴打し気絶している中、ガス中毒で死亡する。
当時、二階にいた妻のエリザベスが発見する。
しかし、これが実は計画殺人ではないかと噂が
広まる。折しもヘンダーソン家ではエリザベスが
何者かに命を狙われ、夫の死後、不穏な手紙を
受け取っていた。
診療所の共同経営者のアラン・ターナー医師は
個人的に事件を洗い直そうと試みると、
町の名士の醜聞や、知り合いの意外な一面を
掘り起こしてしまう。やがて第二の殺人事件が
おき、ターナーがエリザベスに横恋慕して
夫を殺したのではないかと悪い噂が広がる。
家政婦は辞め、婚約者と疎遠になり、
患者もどんどん離れ、ターナーは大ピンチになる。


隠された人間関係や心理の綾を言動から読み解き、
小さなコミュニティ内でおきる殺人事件の犯人を
探し出す伝統的な英国フーダニットスタイルは
古臭いけど王道でいつの時代も書き手が絶えない。
ディヴァインはさらに自分好みのテーマを追加する。
不幸な結婚生活と裏切り、
人には言えないセックススキャンダル、
(同性愛と書いているがこれは小児性愛に近く不快)
困難を乗り越えて結ばれる男女など、
ディヴァインのスタイルは
早い段階で確立したようだ。
本書では謎解きの前提を取り違える点や
犯行動機が途中で消えてしまう点などで
ミスディレクションが冴えている。

ただ、ミスディレクションが巧妙な割に
あまり犯人の意外性を感じなかったのが
正直なところ。意外性を演出するために
ディヴァインは大胆に「ある事」を
物語の最初の段階からしているのだが、
これがかえって意外性を削いでいる。


解説でマンローという名前の刑事が晩年の
『跡形もなく沈む』にも登場すると書かれている。
二つの作品に繋がりはないが、
なぜマンローという刑事をまた登場させたのか。
気になって海外のサイトを眺めていたら、
ディヴァインの奥さんが
「ベッツィ・フィンドレー・マンロー」という名前
だとわかった。
またディヴァインはラジオ劇用に
デイヴィッド・マンローというペンネームを
用いていたそうだ。
マンローという名前はディヴァインにとって
特別なものだったのかもしれない。

大学の事務職員だったディヴァインは

コリンズ社主催の探偵小説コンクールに応募し

受賞は逃すも審査員の一人だった。

アガサ・クリスティーの目に止まり、

41歳でデビューする。


(あらすじ)
夜10時46分、自宅にいた事務弁護士の
サイモンは弁護士事務所所長の兄オリバーから
オフィスにくるよう呼び出しの電話を受ける。
霧の夜に不満を抱きながらサイモンが、
オフィスに行ってみるとそこには兄の射殺死体が。
警察はオリバーが売春宿から流出した
密会写真をもとに数人を恐喝していた
証拠を見つける。
犯人は強請られていた人間なのか? 
やがて、強請られていたと思われる容疑者として
警察はサイモンの知人の女性を逮捕する。
兄が汚い強請屋だったとは信じられないサイモンは
兄の汚名を雪ぎ、知人を救うべく
独自に事件を調べ始める。


セックスにまつわるドロドロなドラマが展開され、
物語も二転三転して面白い。
特にディヴァインは何かを失った主人公が
事件を通して再び取り戻す話が多く、
まるでディック・フランシスのような読後感もいい。
というか1962年デビューのフランシスに対して
ディヴァインが先駆けている。
ミステリとしても意外性があり、
現場に残された「ある物証」から
犯人の嘘がばれる仕組みなど手がかりも上手い。
クリスティが「最後まで読んで楽しめた、
極めて面白い犯罪小説」と称賛したのもうなずける。


死体発見までにオフィスに訪れた客の動向を
推理する流れやアリバイトリックなど
ディヴァインがクリスティ初期の名作
『アクロイド殺し』を意識しているのが分かる。
『アクロイド殺し』は叙述トリックの方が
有名だがもう一つ1920年代当時、最先端の
アリバイトリックが使われていた。
『兄の殺人者』でも同じトリックが使われている。
『兄の殺人者』が書かれたのは1961年で、
40年近くも経ってこのアリバイトリックを軸に
ミステリを書くのは流石に時代錯誤というか、
センスが古臭さいように思える。
しかし、ディヴァインが審査員のクリスティの目に
とまることを想定して、あえて書いたとしたら、
かなり確信犯なことをしているな、と感心する。
まあ、悪く言えばあざとい。
しかし、あざとくて何が悪いの?
ディヴァインは策士だったのかもしれない。


以降、質の高い謎解きミステリを13作品残す。



圧倒的資金不足、二度目の事務所の立ち退きと42歳、本厄真っ只中のサムスンのもとに女性の依頼人がやってくる。



彼女は、連絡の取れなくなった女友だちプリシラ・ピンを探して欲しいという。
早速サムスンが住所を訪ねるとプリシラは、既に夫を捨てて、町の資産家のドラ息子と駆け落ちしたという。調査の結果を報告すると依頼人は驚いた様子をみせる。サムスンは追加調査を期待するが、依頼人はあっさり調査を切り上げてしまう。二人の行方は気にはなるが、金にならないのでは続ける意味はない。
新しい大家を見つけ、仕事運にも恵まれ、駆け落ちの事なんて忘れるサムスン。しかし、半年たったある日、ドラ息子が森で白骨死体となって発見されことを新聞で知る。駆け落ちした時期には、すでにドラ息子は殺害され埋められたということは、駆け落ちした不貞妻も死んでいるに違いないと警察は判断し、寝取られた亭主に容疑をかける。しかし、サムスンにはどうもしっくり来なかった。亭主の弁護士に働きかけ、事件に関わるようになりプリシラの行方を追い始める。


相変わらず上手い。二つのプロットがある思惑により交差することで入り組んだ印象を与え、複雑な事件と思わせる。事件の前提から勘違いしていたことに気づくサムスンは、目が節穴すぎてパウダー警部補に馬鹿にされてしまう。この手の勘違いはロス・マクドナルドでも有名な作品があるが、ようは男には「バイアス」がかかっているということです。


今回はおなじみのミラー警部補が、仕事に疲れ休暇にでてしまう。代わりに『夜勤刑事』で、腹パン食らわしてきたリーロイ・パウダー警部補が協力してくれる。サムスンとパウダーの出会いは最悪だったが仕事に対する姿勢が似ているので、互いに認めあっている。終盤、事件の真相に近づき興奮状態のサムスンに対して、パウダーは「気をつけろ」と忠告する優しさをみせる。


毎度危険な目にあうサムスンだが、本作も例外ではない。パウダーの忠告虚しく予想以上に血みどろの展開になる。銃で狙われる事二回、鋏で突き刺されそうになること一回。行く先では死人が二人もでる始末だ。セックスに纏わるいざこざは、拗らせるとメチャクチャ修羅場になる典型。まともな職業についていれば、こんな醜悪な事件に巻き込まれないで済んだのにと弱気になるサムスンだが、すぐさま立ち直るところは流石。


 

MWA長編賞は逃したが、CWAスティールダガー、アンソニー賞、バリー賞もノミネートされているので、何かの賞は獲るだろう。

個人的には『頬に哀しみを刻め』を超えたとは思えないが、ローレンス・ブロック『墓場への切符』、デニス・レへイン『闇よ、我が手をとりたまえ』といった名作に勝るとも劣らない出来。
 

南部ヴァージニア州の小さな半島にあるチャロン郡。
先住民を虐殺して奪った土地は流血に事欠かない。比較的平穏になった現代においてもそれは変わらない。
人種対立や旧弊な因習が残るチャロン郡の高等学校で、ライフルを持った黒人青年が教師を銃撃する重大事件が発生。
FBI捜査官から故郷の郡保安官に転身した黒人のタイタス・クラウンは、知り合いの息子でもあった容疑者の黒人青年ラトレルに投降するよう呼びかけるも、彼は意味不明な言葉を叫び、銃をもったまま突撃。やむなく部下によって射殺される。
皆から尊敬されていた白人教師が、薬物中毒の前科持ちの黒人に殺害され、その黒人を白人保安官補が有無を言わさず射殺。
白と黒に分かれた田舎町を大炎上させるには十分すぎる事件だった。法の下に適切に処理しているだけなのに、そう思われないのが南部の田舎町。白人からは黒んぼ保安官、黒人からは白人に媚び売る保安官と思われるタイタスは板挟みになる。しかし、銃撃事件は当初の予想を遥かに超えたグロテスクな展開になる。
「先生の携帯を見て」今際のラトレルの言葉に従ったタイタスは、被害者の携帯電話からとんでもない代物を見つけてしまう。
銃乱射事件から連続殺人事件に変わり、タイタス率いるチャロス郡保安官事務所はコミュニティに長年潜んでいた人の皮を被った獣の追跡を開始する。
しかし、野に放たれたままの犯人は、事件が公になった事を機にたがが外れたかのように凄惨な犯行を繰り返し、タイタスを挑発。猖獗極まる街では人々の恐怖と怒りが次第に募り、一触即発の空気が流れる。


今回コスビーか選んだ題材は凄惨なシリアルキラー物と血と土と聖書に縛られたグロテスクな南部ゴシックの融合。
いつものようにシンプルな言葉で読者の感情を刺激し、エモーショナルなエピソードの数々にグイグイと物語にひきこまれる、凄みと哀切に満ちたスリラーだ。
シリアルキラー物の犯人は絶対悪としてヒーローが倒さなければならない存在だが、悪がいかにして生まれたかについて書かれないことが多い。本書では最初から悪魔のような存在ではなく、南部の風土によって魂が捻じ曲げられ、怪物となってしまったことをにおわせる。
シリアルキラーの物語なので『羊たちの沈黙』の名が何回かでてきたが、実は『キャンディマン』への言及が一番しっくりする。


未訳のmy darkest prayerは保安官代理とはいえ民間人だったので、コスビーが警察官を主人公にしたのは初めてかもしれない。彼の描く悩めるアウトロー達も魅力的だったが、悩めるヒーローもいい。色々抱え込みすぎてギリギリな状態で痛々しい。しかし、ヒーローを追い込む極悪ぶりがブロックやレへインに比べると少し手ぬるいと感じる。私はもっと非道い話を考えていたから。


次回作は火葬場を経営する三人兄弟が家族の深い暗い秘密を抱えながら、凶悪な犯罪者に借金を負うことになる小説とのこと。こちらも待ち遠しい。


 

 

 

2021年の作品でジャンルでいえばクライム・ノベルになる。



ビリー・サマーズ、四十四歳。

過酷な少年時代を養護施設で育ったビリーは、海兵隊員としてイラクに行く。ファルージャで狙撃手として鳴らし、帰国後は悪人しか殺さないことを信条とする凄腕の殺し屋として活動する。

普段はポケットに漫画を入れ、学のない「お馬鹿なオイラ」の仮面をつけるが、本当の知的な面を示すものは鞄の底にしまっている。

そんな韜晦癖のある凄腕の殺し屋ビリーがとある街にやってくる。

ターゲットはビリーと同じ殺し屋。しかし、ビリーが悪党に絞って殺しているのに対してターゲットは金さえもらえば無差別に殺しまくっている人非人。現在、殺人事件で逮捕されているが、司法取引で仕事のことを話されると困る匿名の依頼者が元締めに暗殺を依頼。仕事がビリーに発注される。

収監予定の刑務所近くのビルから一撃必殺するミッションは、裁判の予定も不明確でいつターゲットがやってくるか分からない。暗殺のために長期間、街に逗留することになる。

周囲に怪しまれないように元締めが用意したストーリーは、ビリーが最高機密の創作プロジェクトのために娯楽の少ない街にやってきた小説家になるというものだった。

用意周到なカバーストーリー、お膳立てされた逃走計画、いつもと異なる好待遇、高報酬に胡散臭いものを感じながらも、引退を決意しているビリーにとって「最後の仕事」として申し分ない。

仕事を引き受けたビリーは街に溶け込むためにご近所付き合いがはじめ、偽装のためだった執筆業にも力を入れ始め、さらに信用ならない元締めに悟られぬように別の身分も用意。コミュニティーの一員として楽しい毎日が続くも、暗殺実行日は確実に近づいてくる。

そして、暗殺に成功したビリーの運命は思わぬ方向へと動き出す。




間違いなく今年の翻訳ミステリのベスト候補。

これでもかと詰めこまれたジャンル読者の好きなクライムフィクションの筋(殺し屋の最後の仕事、危険な男と傷ついた女のロードノベル、裏切り者や黒幕への報復、逃れられないノワールの掟、等々)、

ビリー・サマーズという魅力的なアンチヒーローを描く痛快で哀しいエピソードや巧みな日常やイラク戦争の描写、

ファンの心をくすぐる小ネタ(『シャイニング』の景観荘、『セル』とのリンク等)、

読者の心揺さぶるメタフィクショナルな「トリック」・・・

これらを次々と撃ち込まれて、平然としてはいられない。ホントに参りました。平伏です。




自分のことを「小説」にすることで、封印していた血塗られた過去の記憶を吐き出し、心の平穏を得るビリー。誰にも読まれるはずのなかった小説は、今度は一人の女性に未来を切り拓く力を与える。この作者と読者のバトンの受け渡しが最高だ。

そしてビリーの物語は、アリスによって語り継がれ、「伝説」となって生き続けるのだ。かつて西部開拓時代に名を馳せたあのアウトローのように。

ペド野郎を粉砕する話もだけど、非情で暗い、しかし詩的で美しい下巻の展開は、アンドリュー・ヴァクスみたいだなと感じた。奇しくも2021年、本書が出て間もなくヴァクスが亡くなっていたことを知る



シリーズ二作目は悪辣な陰謀を暴く、敏腕探偵サムスンの活躍が描かれる。


前作の怪我が癒え、徐々に体力を取り戻してきた38歳のアルバート・サムスンの元に仕事が舞い込む。警備中に人を殺し、捕まった夫ラルフ。夫の殺人が故意ではなく過失によるだと証明してほしい、妻ロゼッタとその母親の依頼にサムスンは事件の背景を洗い始める。ベトナム帰還兵のラルフは現地でも人を殺した経験がもとで精神疾患になっていた。そんな彼にアメリカ社会は冷たい。社会復帰の場所もなく、ようやくありついた高級アパートの警備員の仕事で彼はまたしても人を殺してしまうことになる。しかし、妻は夫が故意に人を撃ったとは思えないと訴える。調査を進めるうちにサムソンは、殺された人物が私立探偵であり、強請で生計を立てていた事を突き止める。そして、警察が見落としていた奇妙な事実を見つけ、ラルフ事件には「演出者」がいることを確信する。


処女作『A型の女』に比べるとサムスンの語りが、こなれてきたというか、くだけた感じになってき楽しい。自虐ネタが多いように感じられるが、卑屈な感じに見えないのは、鋼のような反骨精神が見え隠れするからだろう。立場や権威を利用して弱者を食い物にした悪党たちに怒りを覚えるサムスンは、それを証明する手立てがないことに苛立ち、ついには自ら囮になって悪党たちの陰謀を暴こうとする。とてもじゃないが平凡な人間ではできません。


生活苦にあえぐ精神耗弱の人間を雇い、人殺しをさせる手口は、共犯にならない上に、謀殺にもなりにくい。サムスンが命がけで取った録音テープも結局、ラルフを助ける物証にはならないのが歯がゆい。そして、最後にはもう一つの醜悪な事実を掘り出すことになる。社会が弱者を搾取するのは怒りを覚えるが、家族がそれをすると悲しみを覚える。物語は勧善懲悪にはなるが、ハッピーエンドとはならずビターな終わり方をする。



サムスンシリーズの中でも人気のある雄編。今まで話にだけでてきた娘マリアンヌ(以降、サムと呼ぶ)が初登場する。



この頃からリューインはキャラクターたちにさらに深みを与え始める。例えばガールフレンドの名前は今まで明かされていなかったが、本書の前にリーロイ・パウダー警部補が主役の『夜勤刑事』で初めてアデル・バフィントンという名前だと明らかになる。そして、そのアデルにスポットをあてた『そして赤ん坊が落ちる』が出て、人間喜劇のような広がりを見せ始める。


半年も入院したまま、面会謝絶で安否もわからない弟の様子を調べて欲しい。依頼人の姉ドロシー・トーマスは憔悴しきっていた。インディアナポリスの老舗大企業ロフタス製薬会社でセールスマンとして働く弟ジョン・ビッギーが、会社の研究所で爆発事故にあい、以来7ヶ月も企業内クリニックの管理下にあるという。弟の妻は家に閉じこもりっきりで動こうとしないと愚痴る。

関係者や周辺に聞き込みを始めたサムスンは、調査をすればするほど不審に思えることが次々でてくる。なぜセールス部門の者が研究所内の事故にあったのか? なぜ給料の半分以上が会社ではなく、取締役から支給されていたのか? なぜ、同僚たちは必要以上に口を噤むのか?

何かを隠蔽しようとするロフタス社側に不正の臭いをかぎつけるサムスンは、依頼人を乗り換えながら、不正を暴こうする。やがて思いもよらぬ大掛かりな組織犯罪と現在進行系の殺人事件を掘り当てる。


本書は、他のシリーズ作と異なりボリュームが増えている。理由は、サムが登場するからだ。高校の夏休みを利用し、生物学上の父親に会いに来たサムとサムスンの掛け合いが楽しい。サムにとって裕福な今の父親よりサムスンの方が自慢の父親だという。そんな話をきかされて、普段、金無し、仕事なしのだらだらした生活を送るサムスンが娘の前で、いい格好するのが微笑ましい。

探偵見習いとして、サムスンをサポートし、夏休みの終わりにはサムスンのために事務所のネオンサインを用意する件は、泣けてくる。「沈黙のセールスマン」というタイトルにこんなエピソードまで掛けてくるところは流石。

ちなみにこのネオンサインはその後のシリーズで重要なアイテムになる。


本筋のミステリもユニークで、虚栄心と愛国心につけこみ、一般人を犯罪者の手先にする巧妙な手口も面白い。やりがいのない仕事ばかり与えられると碌でも無いことに手を染めてしまう。これは現代の企業でも大なり小なり当てはまることだろう。

現在進行系の殺人事件について、そのアイデアは連城三紀彦「夜よ鼠たちのために」を彷彿とさせる逆転の発想で、あっとなるが、それもまたひっくり返してしまう。転がしすぎな気もするが、巧妙な展開に脱帽する。



サムは『眼を開く』や『父親たちに関する疑問』でも登場するようになり父親と過ごす時間も長くなる。



事務所も移転、車も買い替えた心機一転したサムスンが家庭の複雑な事情に巻き込まれるシリーズ第三作。


競馬で一日時間を潰していたサムスンのもとに変な依頼人がやってくる。脚本家だという男ウィルスンは、シカゴからインディアナポリスにきた演劇プロデューサーに自分の脚本から手を引くように脅して欲しいとサムスンに依頼。早速、実行してみると相手は屈強な私立探偵で依頼人が脚本家だということも嘘だと知らされる。依頼人になぜ嘘をついたのか、本当にして欲しい事がなんなのかを問いただすサムスンは、ある数奇な人生を歩む女性を守るため、あちこち奔走することになる。


ウィルスンが匿うメラニー・ベアは不幸な女性だった。放埒な父親のせいで恋人ウィルスンとの仲を諦め、せっかくできた子供も重い病気で死んでしまう。やがてシカゴに移住し結婚するのだが、その相手が偏執的なモラハラDV男で、生活に耐えかねて逃げだす。しかし、DV夫は金に物を言わせ執拗に追ってくるという。離婚もできず夫の影に怯えながら、昔の恋人のもとに息をひそめて暮らしているメラニーの悲痛な訴えに心を動かされ、サムスンは協力を約束。DV夫と彼の雇った探偵と渡り合うのだが、メラニーにはDV夫との間にできた二人目の子供がおり、その子を殺した疑惑がかけられていたことを知る。またしても依頼人に隠し事をされて、流石に心優しいサムスンも怒り心頭になっていく。


まわりの男が勝手にメラニーを悪女にしていく感じで、皮肉な展開と相まってユニークだ。地味な内容だが"ファム・ファタール"ものの変形といえる。
二人目の子供の存在の謎を粘り強い調査でサムスンは事実を明らかにし、メラニーの複雑な心情を初めて理解するのだが、彼女を求める男たちには理解できない。
最後に、メラニーの父親がキンゼイレポートで語ったある重要な事柄が明らかになる展開は参ってしまった。最初から取り越し苦労だったと分かっても一度心が離れたら、もとに戻ることは難しい。男二人を狂わし、子供も二人亡くしたメラニーは「悪女」の宿命を背負って孤独に旅立つ。そんなメラニーたちのギクシャクが、サムスンとガールフレンドとの仲にも影響する。サムスンもなかなか温かい巣を手に入れることが出来ない。


 

Z世代の名探偵ピッパ・フィッツ゠アモービの成長と苦悩を描く『自由研究には向かない殺人』の続編。前作に引き続き大人が楽しめるYAミステリの名作だ。




殺人事件を解決した事で一躍、時の人となったピップはボーイフレンドのラヴィとの交際も順調。充実した学生生活を送る。しかし、悲劇の現場に立ち会った辛い思いを引きずっていたため、探偵の真似事は二度と手を出さないと心に決める。
そんな中、友人のコナーから失踪した兄の行方を探してくれと依頼される。大学を中退しアルバイトしながら実家に住んでる兄ジェイミーは2週間ほど前から様子がおかしかったと言う。
ピップは最初は断るも、成人男性の失踪を重大に考えない警察の対応に苛立ち、自分が調査すると決意。コナーの希望で、ポッドキャストで失踪事件調査の進捗を配信し始める。
リスナーから寄せられる情報、関係者へのインタビュー、SNSなどを丹念に調べることで、ジェイミーの不可解な行動や彼がSNSで知りあった謎の女性の存在などが少しずつ明らかになっていく。
果たしてジェイミーは生きているのか? それとも……。



続編ということもあり、前作のネタばらしも多く順番に読むのが吉。リトル・キルトンのシャーロックの名声を得てしまった彼女は、本書でえらく苦労することになる。
善意で始めた調査がヤラセだと当て擦られたり、嘘の情報に踊らされたり、被害女性のためにした怒りの告発が無惨に踏みにじられたりする。
理不尽な扱いや正義がなされないことにイライラが募り、クールなピップも思わず暴力や破壊的な行動に出てしまう訳だが、これが天に唾吐く行為になろうとは思ってもみない。



ピップたちの調査はやがて意外な方向に進む。
単なる失踪人探しが「操り」テーマのミステリに変わり、思いもよらぬ悲劇を生むことになる件は、度肝抜かれる。
悪意のある人物にまんまと利用されてしまった名探偵ピップは、自分が何もしなければ悲劇は起きなかったとひどく落ち込む。そして、その人物から自分の正義とピップの正義は同じだと告げられ、具の音もでない程、打ちのめされるのだ。



彼女は、この辛い経験を乗り越えられるのか? 次の最終作が気になるところだ。伏線が前作にあったりしたので、本書で未回収の物が次作で回収されるかもしれない。


 

ホリー・ジャクソンのデビュー作。2020年のブリティッシュ・ブックアワードのチルドレンズ・ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞したほか、カーネギー賞の候補作となったと紹介があるので、ヤングアダルト向けかと思っていたが、とんでもない。結構ヘビーな内容で二転三転する大人向けのよくできたミステリだった。


高校生のピップは卒業単位取得できる自由研究で、5年前に自分の住む町リトル・キルトンで起きた17歳の少女アンディの失踪事件を題材に選ぶ。事件は交際相手の少年サルが彼女を殺害後どこかに遺棄し、自殺したとされていた。サルと親しかったピップは、彼が犯人だとは信じられず、無実を証明するために、自由研究を口実に警察に情報開示の申請を送り、SNSで情報を集め、新聞記者、被害者家族、加害者家族、関係者たちにインタビューをはじめる。たくさんのインタビューを通して、被害者アンディという少女の意外な一面や、知り合いにまつわる予想外の事実を見つけてしまう。それでもひるまず、事件の謎を追うピップ。しかし、彼女の調査を快く思わない人物が、自由研究を止めるべく動き出す。


女の子の失踪と家族の悲劇という点ではロス・マクドナルド、ヒラリー・ウォー、コリン・デクスターの小説を彷彿とさせる設定。しかし主人公がオジサン探偵や刑事ではなく、女子高生というのがいい。しかも、ただの女子高生ではない。ピップはコーデリア・グレイのガッツとひたむきさ、モース主任警部(リトル・キルトンはテムズバレー警察管内のようです)の仮説をこねくりまわす想像力や茶目っ気など、イギリスミステリを代表する探偵の遺伝子を継いでいる。行動力たるや私立探偵顔負けで、麻薬売人を脅したり、なりすましで情報を得たり、不法侵入したりする。好きにならずにはいられない。
また、筋運びにおいても容疑者リストの目くらましや、終盤での犯人宅で見つける意外な発見など上手いなと思った。


ジャーナリスト志望のピップは自由研究を通して、モンスターというべき人間でも普通に善の心があり、運悪く悪の心が大きく育ってしまっただけだと知る。そして、悪の心が引き起こした悲劇が事件関係者にもたらした影響の不公平さに怒り心頭になる。何も言えず泣き寝入りした女の子らは見向きもされなかった。一番善良な青年だったサルは、インド系だからと偏見でちゃんとした捜査や報道がされなかった。ピップの反骨精神はそういった不公平を正すため、時に「正義」を曲げて、加害者に寄り添う面もあり、ちょっと危なっかしい。



この真っ直ぐさと危なっかしさが、作品が進むにつれてどう変化していくのか、また、ピップの恋愛、家族や友人たちとの関係かもシリーズの読みどころ。