読んだらすぐに忘れる

読んだらすぐに忘れる

とりとめもない感想を備忘記録的に書いています。

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ハリー・ホーレ・シリーズは何冊か読んでいるが、ようやくしっくりと楽しめる作品を読めたかなと。

アルコール中毒の破滅型、女性にもてるが関係は長く続かない。かなり優秀な刑事だが、一匹狼故にまわりとぎくしゃくしてしまう。

よくある主人公のキャラクターを詰め込んでみましたとみせつけられている気がして好きになれなかった。

作者曰く『ザ・バット』とタイを舞台にしたニ作目は、ホーレは主人公というより異文化での事件を見つめるカメラのような存在で描いていたとの事。また『ザ・バット』は下書き段階で知り合いの編集者に送ったらそのまま出版されてしまったそう(それはそれで凄いが……)。

なるほど、主人公に魅力があまりなかったのも納得。

 

一方、『コマドリの賭け』『ネメシス』『悪魔の星』のいわゆる<オスロ三部作>では、ハリーを取り巻く人間関係が充実してきて「カメラ」だったハリー・ホーレを一人の「人間」として肉付けしていく。

『コマドリ』は読めていないが、『ネメシス』から読むと『ザ・バット』とは違った素面のハリーが断然いい感じだが、『悪魔の星』ではまたアル中に逆戻りし、しかも警察官を辞めさせられる寸前までいってしまう。その原因となるのが同僚だった女性刑事の死で、それに深く関与する悪徳警官トム・ヴォーレルとの対決が『悪魔の星』で決着する。

事件を解決できない悔恨と空しさから酒に溺れ、愛する恋人、仕事、彼を気にする数すくない理解者と疎遠隔絶されていくが、どん底の底でも優秀な刑事であることには変わりなく、奇妙な猟奇殺人の捜査をすることになる。

 

休暇シーズンに起きた女性射殺事件。深い酩酊状態でもはや職務復帰すら危ういホーレも人手不足のため、やむなく狩りだされる。単なる痴情のもつれと思われる事件、しかし遺体に残された星形にカットされた赤いダイヤモンドと切断された指は儀式めいた不穏な印象を残す。殺人事件の担当から外れ、退職前の数週間を今度は失踪者の捜索にあてるホーレ。しかし、この失踪した女性の切断された指と星形の赤いダイヤモンドの指輪が警察に届けられるや事件は連続殺人事件へと切り替えられる。

『ザ・バット』でシリアルキラーを追い詰めた実績を買われ捜査に合流するホーレは宿敵トム・ヴォーレルと協力することになる。

「悪魔の星」と言われる逆さの五芒星を現場に残し、五本指を順番に切り落とし、いつかおきに殺人を行い、五芒星の頂点にあたる土地で犯行を行うその規則性をいち早く見ぬくホーレは、次の犯行現場を予測。捜査班は犯人を追い詰めようとする。一方で、トム・ヴォーレルは自分を追い詰めようとし、今は刑事を辞めさせられようとしているライバル、ホーレに自分の裏ビジネスの仲間になるよう圧力をかける。

やがて容疑者がつかまり、ヴォーレルへの回答期限と退職の期限が近づくなか、ホーレは容疑者とともに逃亡するという意外な行動にでる。

 

実は、この本を読む前にジョー・ネスボの講演会に行ってきた。

多彩な顔を持つネスボが一番しっくりきた職業は小説家という「語り部」だったと答えていたのが、印象的だった。『悪魔の星』では、彼の語り部ぶりは冒頭から始まっている。卵の味のする漆喰の来歴は、トム・ヴォーレルの来歴に重なり、低きに流れる水の様とホーレがバー<水面下>で自堕落な生活をおくる様に重なる。一見意味のなさそうな描写や背景が実は事件の内容と符号するような書かれ方をしており、こういう書き方を得意としたP・D・ジェイムズを思い出し、自分の中で突然、ネスボが好みの作家に変化した次第。

 

 

以下、ネタばらし。

 

 

そして、この「重なり」をもっと大きくしたのが、事件の真相。実は前作『ネメシス』のプロットと『悪魔の星』のプロットはよく似ている。骨格は同じだが、肉付けを変えたらどう見えるか試してみたのではないかと思う。「プロの強盗犯」と「シリアルキラー」の連続する犯行の影にかくれた野郎の嫉妬を暴くために自身も追われの身になりながら一発逆転のために奮闘する。

犯人が結構ユニークな奴で、痴情の星の芸術家のお下劣もここまでくると笑えてくる。変態がシリアルキラーのまねごとをするとこうなってしまう訳です。

 

 

さて7作目の『スノーマン』が映画化されるとのことで、おそらく興味をもって買う人も出てくるだろうが、

シリーズとしては確実に順番に読んだ方がいい。

6作目での同僚のハルヴォルセンと頼れる上司メッレルの死という重大なエピソードが、ネタばらし要素満載で語られるし、恋人ラケルとよりが戻りそうだったのに、なにがどうしたのか、もう修復不可能みたいだし、おまけに『ザ・バット』の犯人をばらしている。

『スノーマン』では今度こそ純粋なシリアルキラーを相手にホーレチームが奮闘する。

映画化の際は、犯人探しが主眼になるのだろうが、シリーズ常連のラケルとオレグが重要な要素となるので、

紆余曲折を経て別れてはいるが、完全に別れられない二人の背景をどう描いてくれるのか、楽しみではあります。

これも実は痴情の星が産み落とした怪物の話だったりする。


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新作は、『シャッター・アイランド』の女性版みたいな感じか。

でも、今までのルヘインと違うと書いてあるのでどんな風になることやら。

イケイケなルヘインが読みたいんですけどね……

 

イケイケは映画『夜に生きる』を観て堪能します。


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ダイエットの方法はひとそれぞれで、何冊も本がでている。

しかし結局どの本も書いてあることは同じで、インプットを少なくして、アウトプットを増やす以外にない。時間の概念を入れて長期と短期みたいな事までやると、在庫管理と同じような感覚になる。

 

自分に都合のいいものを選んで、あとは実践あるのみ。私はこれを読んで始めました。

 

 

 

自分の場合は、インプットの面ではあまり気にしていない。

朝、昼、晩とそれなりに食べる。おやつも食べる。

強いて気にしている事と言えば、たんぱく質だけは多めにとるようにしているくらいか。

プロテインも飲んだりしている。

 

アウトプットの面では、ジムで筋トレと有酸素運動をするようにした。

半年みっちり通ったというより、仕事が忙しくない時に行っただけで、結構、体重減るものです。

運動を継続する事の重要性に改めて気づいた次第。

 

あとは体組成計でこまめに記録をとって確認することか。

筋肉が落ちて痩せるのと脂肪が落ちてやせるのとでは全然違うので筋肉が落ちていないか毎回確認しました。

記録をとることは意外と大切で、ダイエットするうえでモチベーション維持に効果がある。

最近では、脂肪燃焼が効率的にできる心拍数で運動できるように活動量計も取り入れてジョギングとかしている。

 

もうあと3kgくらいは脂肪を減らし、1kgくらい筋肉増やせば、来年には腹筋割れているかな。


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今年の4月頃。

レ・ファニュ『墓地に建つ館』、バルザック全集23巻、ボラーニョ『2666』等を買って、

持って帰っている途中で肩がめちゃくちゃ痛くなった。

三十路も数年過ぎるといろいろガタがくるんですかね。

そろそろ身体のことに気をつけ始めないといけないと思い、

本を置いて近場のジムに通い始めてダイエットをはじめた次第。

 

今年、本を読む数が例年に比べて少なくなっているのはそのためで、

この半年ちょっとで70.7kgあった体重は今、63.8kgにまで落ちている。

ここまで来たら、シックスパック目指したいな・・・。

 

ミステリブログも継続するが、たまにダイエットの事も書いていきます。

 


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逆らえない運命だと分かっていても、それに抗い激しく燃えて、でも最後には散る。

私のノワールのイメージはそんな感じだが、今年は、そんなノワールの逸品が二冊読めた。

 

 

 

パルプノワール時代のカルト的人気を誇る作家。『炎に消えた名画』なんかを読んでみると凄くインテリな内容でびっくらこかされるが、本書も負けず劣らずびっらりこかされる。

 

世間に背を向け、ダイナーのコックとして安い賃金で働くハリーは、ある夜、酔っ払った女を介抱する。女の名前はヘレン。過去から逃げるように酒に走る二人は、自然と互いに惹かれあい愛を交わすようになる。愛する人を得て再び昔の真っ当な生活に戻ろうとするハリーは、かつて画業に携わっていた経験を活かし、ヘレンのモデルに絵を描くことで今の怠惰な生活に区切りをつけようとする。

周りの人もそんな二人に親切に接するのだが、しかし、ヘレンはアルコール中毒から抜けきれない。事態は一向に良くならず、生活は苦しく、幸せだった二人の生活は早くも暗雲が立ち込める。

やがて、二人は心中を決意。ハリーはヘレンの首を絞めガス自殺を図るが、命を取り留め警察に捕まる。

 

どこまでも悪い方向へどんどん転がっていくどん底小説だ。ハリーには、幸せになれる要素や転機があるが、それを選ぶことができない。実に残酷なはなしだ。自分で起こした行動に死刑を望むも、運命の悪戯でそれさえかなわない。責任に縛られるのが、嫌で全てを一度捨てた男が、逆に自由というものに不快を感じる皮肉な展開になる。

なにもかもがリセットされ、愛する人も失い、死ぬこともかなわなかった男は雨のなか一人、孤独に旅立つのだが、強烈な「最後の一撃」が待ち構えている。

 

男女の破滅型恋愛話であり、絵画の話、画家が主人公である点、そして、この仕掛け。まるで連城三紀彦読んでいるみたいな感覚に陥った。

 

このラスト二行はかなり有名で、翻訳される前からミステリマガジンで紹介されていた。(一つは若島正さんのエッセイ。もう一つはノワール全集を作ろうみたいな企画のなかで)面白そうだから是非とも読みたいなと思っていたので今回の翻訳はかなり嬉しかった。(扶桑社さん有難う!)

もちろんネタはわってはいないが、なんとなく紹介内容から「ああ、ひょっとしてハリーは○○なのかな」と途中で気がついた。気がついてみるとウィルフォードはかなり伏線を作中にいろいろ敷いている。労働者たちのあざけりの台詞やマンションの住人の失礼な発言なんかはかなり直接的だ。巨大なピアノの夢もハリーとヘレンのことを見事にイメージ化している。ウィルフォードは、他のパルプノワール作家とはやはりちょっと違ったセンスの持ち主だったようだ。

 

 

もう一つは、最近よく訳される北欧系作家の代表格ジョー・ネスボの逸品。レオナルド・ディカプリオ映画化ってホントかいな。

 

 

これは作品のなりたちから面白い。

もともとは、売れないパルプノワール作家トム・ヨハンセンが70年代に『その雪と血を』と“Midnight Sun”という二つを書いたという体で発表し、そのヨハンセンが主人公となって誘拐事件に巻き込まれるスリラー“The Kidnapping”をネスボ名義で書くという仕掛けだったらしい。(結局、ややこしいのですべて、ネスボ名義になった)

 

裏の世界で悪いことするには不器用でポン引きをするにも女性に優しすぎて向かないオーラブ・ヨハンセンが唯一、得意とすることは「始末」すること。

麻薬売人のボスの命令で次々と単純な殺しをしてきたオーラブが今回、依頼されたのは売人の妻を殺すこと。しかし、女に優しいオーラブはこのターゲットに恋をしてしまうことに。

夫の留守を利用して若妻が、男を連れ込み激しくファックする所を観察したオーラブは、まずは浮気を相手の男を殺すことを決め、実行する。しかし、それはボスの血のつながった息子だったから、さあ大変。

本来のターゲットと手を取り合って逃げ出し、ついにはボスを抹殺するために敵対組織に計画の売り込みをはかる。はたして、恋する二人の運命は? と言ってももう分かりきった事だけど、事態はぐるぐる回って地獄に落ちていく。

 

ジム・トンプソンの主人公たちが、自分の都合のよい物語を語るように、オーラブも自分の都合のよい物語で終盤〆にかかる。しかし、オーラブには自覚がある。悲しい程に自分を自覚しているから、読んでいるこちらも辛くなる。しかし、ネスボはトンプソンと違って最後に三人称で「物語」をきっちり閉じてくれる。決してオーラブの独りよがりな妄想ではなかった事がすこし救いになる。

 

 

それにしても「ディスクレシア」なんてあまり聞かない病気を扱ったミステリを一年で二回も読むなんて……。

そのもう一つはスティーヴン・ハンター『我が名は切り裂きジャック』なのだが、これはこれで服部まゆみ『一八八八切り裂きジャック』と並べて感想を書きたいのでまた次回。


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最近のお気に入りはジュリアン・バーンズ。

ジュリアン・バーンズ=ダン・キャヴァナーは、読者を悶絶させる作家だ。

『顔役を撃て』では描かれる拷問に震え、『終わりの感覚』で主人公の悔恨に身もだえする。

上手い作家だなと思う。シリアス・ノヴェリストでありながらミステリ大好きっ子で下世話なスリラーを書いちゃうあたりは、好きにならずにいられない。

 

『終わりの感覚』は、初めて読んだジュリアン・バーンズの本だ。

ブッカー賞受賞といううたい文句より「このミス」でベスト10内に入っていたので、気になっていた。

読んでみると悶絶するような内容だった。

 

アントニー・ウェブスターは、学生時代を経験し、平凡な結婚と離婚を経て、禿げあがり、今では穏やかな引退生活を送る。人生の終わりが近づき、彼は自分の人生を振りかえるような手紙を受け取る。

発端は学生時代の友人たち、中でも少々影があり、群を抜いて優秀だったエイドリアンとの思い出が鮮やかによみがえる。

しかし、彼とは辛い別れをすることになる。

アントニーはブリストル大学時代、同じ大学に通っていた女性ベロニカと付き合う。しかし、彼女の家での不愉快な思い、自分に身体を許してくれない焦れったさと馬鹿にされている感覚が積み重なり、別れることになる。

しかしベロニカは、アントニーと別れたあと、あろうことかケンブリッジ大学で優秀な学業を修める将来有望なエイドリアンとつきあいはじめる。

アントニーは当てつけのようなベロニカの行動に不快になり、疎遠になりつつあるエイドリアンとの友情にも終わりを予感しつつ、彼らに皮肉の手紙を送る。

自分の人生から二人を締め出し、半年のあいだアメリカへ放浪の旅にでたアントニーは新鮮な気分で帰ってきたのだが、待ち受けていたのはエイドリアンの自殺の知らせだった。

 

友人の自殺から四〇年以上の月日が流れ、ある日見知らぬ弁護士から手紙が届く。

それはかつての恋人だったベロニカの母親の死に、彼女の遺言で500ポンドとエイドリアンの日記がおくられたのだ。

 

一度しか会ったことない人物からなぜ? 小額の遺産が送られたのか? 

しかも、娘の恋人だった人物の日記をなぜ母親がもっているのか? エイドリアンが残した謎の数式の正体は? なぜかつての恋人ベロニカは振った相手アントニーを憎むのか?

謎を解くべく行動を始めたアントニーは、自分の言動が、取り返しの効かない状態に追いやってしまったことを知ることになる。

 

 

カズオ・イシグロと連城三紀彦を足して二で割ったような話。これは凄いわ。えげつないわ。

 

子どもの頃からエピソードがすべて結末への伏線となる。この作り込みは、バーンズに「本格ミステリ」の精神があることを示している。

物語の根本テーマであるエイドリアンが少年時代に語る歴史解釈の問題も、エイドリアンの自殺の原因を突き止める「探偵役」アントニー・ウェブスターのありようと直結するあたりも緊密で抜かりない。

「累積があり、責任がある。その向こうは混沌、大いなる混沌だ。」

綸言汗の如し。こんなに身につまされるというか、自分の言動も気をつけな……あかんな。


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過ぎ去りし世界 (ハヤカワ・ミステリ1906)/早川書房

¥1,728
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三部作の最後もジョー・コグリンが主人公になったのは意外だった。
三人の息子を三部作の主人公に配すると思っていたけどね……。


生き残るために知恵と度胸で、イケイケに進んだ前作『夜に生きる』の心地よさをひっくりかえすような祭りのあとの静けさとも言うべき内容。


狂人の銃弾で妻を失い大物ギャングから身を引き、引退生活に入ったジョー・コグリン。表向きは一人息子を育てる実業家だが、裏ではディオン・バルトロ・ファミリーの顧問としてギャング同士の争いが起これば、調停役をこなすこともでき、その存在感は失われていない。如才なくたち回りフロリダ州タンパの表と裏に利益をもたらし、誰からも慕われる感じのよい紳士。
しかし、そんなジョーを暗殺する情報がもたらされる。一体、誰が何のために? 折しもバルトロ・ファミリーは、警察の手入れが入り莫大な損失をこうむり、手下の一人が昔からのビジネスパートナーであった黒人ギャングにちょっかいをかけ始め、組織の結束に緩みが生じ、タンパの町にも第二次大戦とは違う「戦争」の不穏な空気が漂い始める。ジョーは一人息子との平穏な生活を守るため、行動にでる。



私はルヘインの作品が大好きです。ミステリであろうが、なかろうがルヘインの小説なら喜んで読みます。しかし、この『過ぎ去りし世界』はちょっと読むのが辛かった。ジョー・コグリンの後日譚だが、これは個人的には読みたくなかったのが正直なところ。



しかし、ジョー・コグリンを感じの良い悪党に終わらせないところが、ルヘインの狙い目だから仕方がない。あれほど愛したグラシエラの記憶も薄れ、堅気の女と不倫関係になり、自分と同じ子持ちの男寡の殺し屋を容赦なく殺し、汚い方法で真の敵を葬り去る。
人も変われば、世も変わる。諸行無常、因果応報な訳です。
結局、昼の権力者に反旗を翻し、夜の世界で自分のルールで生きることを決意しても、その夜の世界の権力者の掌の上で転がされているのだからたまらない。
戦前の<委員会>のマルセロの不気味な恐ろしさは、ジェイムズ・エルロイの<アンダーワールドUSA>のマルセロといい勝負。


三部作の最後がこういう形になったのは、少し残念だ。
しかし、静寂と哀切にあふれたルヘイン節、思わずドキッとするようなこころに突き刺さるエピソードはしみる。


『夜に生きる』で一緒に行動してきたジョーの孤独に対する恐怖と諦めの描写は、寒々としているが、どこかこころ穏やかで、幻想的な筆致で不思議な感覚になる。
こころに刺さるような描写は、例えば「第15章 自分で治せ」。ジョーが自分の見る幻覚についてレノックス医師の問診を受ける場面だが、これがレノックス医師を主人公にした短編としても読める絶品のエピソードで戦慄する。こういうのを挟むから『夜に生きる』も『過ぎ去りし世界』も単なる「ギャング小説」とは言いにくい。(あえてジャンルを名づけるなら「ルヘイン小説」ということになるのかなぁ)


もし、続編があるとすればトマスが主人公なのかな?
個人的には父親のトマスがボストンで成り上がる姿も読みたいけどね。

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まだまだ残っている。今回は2冊。
ネタはばらしています。

【新装版】宵待草夜情 (ハルキ文庫)/角川春樹事務所

¥756
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解説入れると300ページオーバーですが、本編は298ページなのでカウントしました。
連城の作品によくある破滅する悪女と女々しい男たちの展覧会というべき作品群でおそらく、
そういうコンセプトで組まれた短編集だと思う。
オールタイムベストの1位に選ばれた短編も収録された充実の一冊でした。以下、感想。


「能師の妻 第一話 篠」
国文学者の「私」は銀座の開発工事で発見された切断された人骨が、もしかたら明治で途絶えた能の一派の若き頭首のものではないかと推理する。能の歴史ではマイナーな藤沢流は、犯罪史においてはメジャーな凄惨で美しい猟奇事件であった。鬼女のような継母によって殺害後、バラバラされた息子の事件は、継母の自白と逃亡によって幕を下ろす。この異常な事件を当時の資料を通じて、一つの仮説を組み立て始める。
一方、物語はその鬼の継母からも語られる。妾から正妻になった女は、女であるが故に能師になれなかった。藤沢流を後世に残す使命と正妻と瓜二つの義理の息子に複雑な気分で虐待にも似た厳しい稽古をつける。しかし、それが全て自分の意思ではなく、息子の意図であることに気がついた時、破滅へのカウントダウンが始まる。

連城のSM猟奇ミステリといえば「親愛なるエス君へ」であるが、これも負けず劣らず奇妙でインモラルである。やはり「S」よりも「M」の方が、性質悪い! それが子どもだとさらに悪い!!
憎い女の息子に辛く当たるうちに「S」に目覚め、全て息子が求めた事であったと知った継母は、逆に親子の愛にも似た感情を抱くようになっちゃう。
そして、最後に明かされるバラバラ殺人の理由に戦慄することになる。一緒に灰になる壮絶な最期は、ちょっとビビります。


「野辺の露 第二話 杉乃」
かつて兄嫁を寝取って、子どもまで孕ませてしまった弟は、兄から絶縁を食らい、学業や将来の医者の道を諦め、二十年、陰日向で生活を送ることになる。ただ、兄嫁と自分の子どものことを思いすごす日々だったが、ある日、立派な青年になった子どもが、カフェの女給と恋に落ち、父親と争いとなり酔った勢いで刺し殺す痛ましい事件が起きる。
子どもの為に兄嫁に手紙を書く弟、その心中は悲痛なものがあった。

やられた! この短編集の中ではこれが一番かな。
一言でいえば、最近復刊された『青き犠牲』をさらに煮詰めるとこうなる。つまり「濃い、苦い、怖い」。

「恋ひわびて野辺の露とは消えぬともたれか草葉を哀(あはれ)とはみん」

この恋歌の引用が実はとんでもないダブルミーニングになっている。
普通は自分の儚い恋の苦しみの事かと思いと受け取らるのだが、見方を変えて「たれか草場をあわれとみん」にスポットをあてると、お前の儚い恋の悩みなんぞ誰も見もきもしないぜ、と嘲笑う声が聞こえてしまうのである。ゾクっとした。怖いわ。


「宵待草夜情 第三話 鈴子」
かつて画家をめざし、東京に出てきた男は才能のなさに絶望し、友人の傑作を壊し逃げた。そして、逃げた先で、労咳を病んでしまう。余命少ない男は、何もかも捨て勤め先の金を横領し、東京へ舞い戻り、最後の時をカフェの女給と過ごす事に。女給は、若いにも関わらず労咳で夫を亡くしていた事もあり、男に親近感を感じる。そして男が東京を離れる事を決意した日、女給は同僚の女を刺し殺したような現場に居合わせ、衣服に着いた血を労咳の血がついたように偽装し、その場を助ける。
果たして、彼女は犯人だったのか? 女給は何を伝えたかったのか? 朝に萎れる待宵草をみることで、男は女の言えなかった秘密を知る。

ああ、こうきますか。
今では考えられないが相当な差別があったようです。だからこそ、隠したがるし、それが謎解きの肝になったりする。本格の驍将と呼ばれた鮎川哲也もよくこの手使っていましたね。
「宵待草」というのは竹久夢二の詩歌で、歌のモチーフになったのは「待宵草(月見草)」。この花、夜に黄色で咲き、朝に赤くなって萎れる儚い一日花のようです。作品にピッタリの花だ。


「花虐の賦 第四話 鴇子」
過去の事件をふと調べてみると意外な真実を掘り起こしてしまう連城お得意のパターンである。
物語は大正の演劇界の歴史の中で忘れ去られた一組の男女の「心中」事件。
当時、人気絶頂だった小劇団の主宰者が、橋から身を投げ自殺する。舞台の成功、ますます名声高まる中、仕事も相思相愛の恋人も置いての自殺にいぶかしむ周囲だったが、やはり事件性はない。恋人である女優は、主宰者の死に悲痛な面持ちだが、舞台を千秋楽まで演じ、そして糸が切れたように同じ橋で後追い自殺をする。
事の次第を近くで見ていた俳優は、異様な二人の関係に気づき、二人の異様な言動から世間には知られない事件の別の顔を知る事になる。

オールタイムベスト一位に選ばれた作品。
これまた連城らしさが炸裂した逆転の構図になっている。感覚としては「戻り川心中」と「夜よ鼠たちのために」の趣向をかけ合わせたような趣向で読者を騙す。個人的には「戻り川心中」や「夜よ鼠たちのために」の方が好きである。
こどもよりも男を選ぶ酷薄ママっぷりも連城作品にでる女性の特徴。自殺するより子どもと一緒にいてあげなよ、と思ってしまう。


「未完の盛装 第五話 葉子」
戦後の混乱期、生きていく為に売春をするうちにすっかり夜の世界に染まった女は闇屋の愛人と結託し、戦地から帰ってきた死人のような邪魔な夫を亡き者にしようとする。愛人からもらった毒薬瓶を使い、女は目的を果たすのだが、特高くずれの刑事につけ狙われる。
十五年の時が過ぎ、ある弁護士が元闇屋の男から「時効になった殺人」の脅迫から守って欲しいと依頼される。きな臭いものを感じる弁護士は、依頼に対応するうちに過去の事件に端を発する現代の殺人事件の弁護を受けることになる。

時効が成立しているかしてないかの二転三転のスリルに加え、本当の脅迫者の正体と意図が明らかになる意外なラストまで一気に読んだ。(脅迫文の読みちがえの件はイマイチ良く分かっていない……)
一見すると可哀そうだが、周りの男を食い潰すとんでもない依存女で、逞しい愛人が後年、萎んでいく有様は背筋が寒くなる。男に依存しないと生きていけない女とは、突き詰めると独占欲の強い女なわけで、「離婚しない女」で男を絡め取ろうとする悪女に通じる。こういう見た目と中身の意外性の演出が連城らしい。




『離婚しない女』
中編1つと短編2つ。ちょっとかわった短編集。

「離婚しない女」
中編ミステリ。根室に住む遺産目当てに年上の男と結婚した魔性の女、釧路に住む無関心な夫と小さな息子のいる平凡な女。この対照的な女二人を結ぶひとりの男。不倫騒動の果てに、一つの殺人が起こり、危ない恋が終わり、永遠の従属が始まる。

ミステリの肝を解説ではあっさりと明かしているが、それを知っていても面白い。
鴎を燃やして殺す場面があるが、読んでいて浅川マキの歌「かもめ」を思い出した。これは恋した女が手に入らないと分かると「赤い薔薇の贈りもの」をしてしまう破滅型の男を歌っている。
男は、手に入らないと思ったら殺しちゃう。しかし、女は手に入らないなら手に入るまで策謀を巡らすのだ。
男は、殺されたり束縛されたりで踏んだり蹴ったりの負けを味わい、残り二人の女は勝つのである。一人は欲しかった男を手に入れ、一人は危険な幸せよりも手堅い幸せを手に入れる。


「写し絵の女」
日本画の大家の娘は、所有する父親の幻の大作の模写を展覧会に展示することを許可する。
しかし、その絵を見せる事は、自分の出生をさらけ出すような気分でいた。
弟子による模写は、師匠の生命宿る太い線ではなく薄い線で描かれた明らかに格の違うもので、その薄い線と自分の輪郭が重なるように思える娘。本当の父親かもしれない弟子は、師匠の大作を焼き、自分の作品だけを残して自殺していた。母親も意味深な言葉を残し他界し、父親も自分の事を嫌っていたのではないかと思えるようなしぐさが気になっていた娘は、展覧会を通して弟子の男性の事を知りたいと考えていた。が、思惑ははずれ「本当の父」のことを知るようになる。

どちらに転んでも、あまり誉められたことしていない父親をもった娘の話だが、自分が模写ではなく真作であったと知ることができただけでもいい話。


「植民地の女」
今でいえば、岩井志麻子さん的な内容。
商社マンが赴任先の東南アジアから帰国後、仲の良かった妻から拒絶されるようになる。原因は、商社マンの不倫を告発する手紙だが、商社マンには身に覚えがない。告発者はついに電話だけでなく、会社にまで乗り込んでくる。そこで、彼はようやく自分がかつて抱いた現地人の娼婦のことを思い出す。告発者は娼婦の夫ではないか? 片言の日本語で執拗に懺悔を迫る男。不倫ではないといえ、妻はその裏切りを許してくれず、別居状態に陥る。失意のまま、再び赴任先に戻る商社マンは、ふと見た週刊誌の記事から自分が思い違いをしていた事に気がつく。

「離婚しない女」同様に「罪」を相手に転嫁する強かな女性が出てくる。岩井志麻子さんの場合だと、さらにえげつない内容になる訳だが、これはこれで十分えげつない。おなじ「穴」のなんとかというか、こういうのはキツイ。

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ウィンター家の少女 (創元推理文庫)/東京創元社

¥1,490
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マロリーシリーズでは「家族」の話が多い。『ウィンター家の少女』もそうだ。
シリーズの主人公であるマロリーと養父マーコヴィッツと彼の友人だち、チャールズ・バトラーとその父母。刑事三代のライカー家と家族のエピソードが沢山盛り込まれている。
家族の話は、オコンネル作品では一つの大きなテーマだ。血縁のあるなしに関係なく「子」は「親」の要素を受け継いでいく。


ニューヨークの歴史ある屋敷ウィンター邸で、一人の押し込み強盗が正当防衛の末、殺される。
加害者は70歳の老女ネッダ・ウィンター。彼女は自分の犯行を認めている。パトロール警官も本来の管轄刑事たちも早々に帰ろうとするなか、重罪犯罪課のマロリーとライカーだけは、不可解な点に気づき自分たちの事件にするため強引に捜査を開始する。
事件の裏にはあるのは、半世紀前に起きたニューヨーク犯罪史上最悪の事件「ウィンター家の惨劇」と謎の殺し屋“棒男”。9人もの家族と使用人が、一夜にしてアイスピックで殺された大量殺人。その時、生き残った親族は4人。しかし、そのうち一人12歳の赤毛の少女「レッド・ウィンター」だけ、事件発生後すぐに行方不明になってしまう。
この行方不明になった少女が五十八年の時を経て、生まれ育った屋敷で70歳の老女となって、またもや殺人の現場に居合わせたのである。現在の彼女の手に握られた凶器のアイスピックは、過去にも握られていたのか? 彼女はどこで何をしていたのか? 
やがて、現代と過去の二つの殺人事件を探るうちに、マロリーはウィンター家の莫大な信託財産という自分好み(それはルイ・マーコヴィッツ好みでもあった)の動機にたどり着く。


壮大な設定だ。現在から過去へ、過去から現在へと話が移り、事件の本質へと迫る。
事件の要素や人物たちが「継承」という形で呼応していく。以下、ネタを明かします。


事件の原因となる信託財産から金を取り出すスキームを作ったのが弁護士なら、現代の事件の原因にもなるのも弁護士だ。遺産をめぐる邪悪な企みに長い間、加担してきた弁護士一族が過去と現在の影の犯人になる。そして実行犯の“棒男”も三代(最後の人物をカウントすれば四代)に渡る殺し屋稼業。弟子が師匠を殺すことでその技術が継承されていく。「ウィンター家の惨劇」以降、この技術がどうして途絶えることになったのかが、ミステリの肝となる。レッド・ウィンターと“棒男”の関係でサプライズが生じるようになっている。
その“棒男”に迫ろうとするのが、ライカー一族である。祖父から三代に渡りアイスピック殺人を収集した結果“棒男”にあと一歩のところまで迫るが、祖父の死とともに捜査は凍結。三代目ライカーが現代の事件に遭遇することで再び動き出す。


事件の中心にいるレッド・ウィンターことネッダ・ウィンターの存在も際立っている。
こういう女性像を描かせるとオコンネルの右に出る者はいないのではないか? 『死のオブジェ』のサブラ、『陪審員に死を』のジョアンナ、そして本書のネッダ。「正気」と「狂気」のはざまで健気に踏ん張ってきたネッダの姿は、読んでいて胸が締め付けられる。
家族のもとに帰ってきたかったのに帰って来れなかった少女が、いざ帰ってくると唯一の肉親に白い目で見られるのである。彼らはネッダこそが殺戮の犯人だと思い込んでいるのである。家族を奪われた少女が、その一生を愛する人を守るためだけに費やしてきたのに顧みられない。唯一の生き残った「家族」に出会えたと思ったら、彼らからも見捨てられる。
ネッダの孤独に触れたチャールズは、持ち前の共感の力で深い絶望に陥ると同時に、古傷をえぐるようなマロリーのやり方に反発。ネッダを守るべく、珍しくマロリーと対立することになる。


ネッダ・ウィンターが最後に残すラジオの怪もオコンネルらしい演出で、「あー、オコンネル読んだな」という気分にさせる。次もよろしくお願い申しあげます。

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愚者たちの棺 (創元推理文庫)/東京創元社

¥994
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港町フラックスボローの名士であった海運業者のつましい葬儀から七か月後。今度は参列者のひとりで隣人だった、新聞社社主が感電死する。真冬に送電鉄塔の下で発見された。
自殺または単なる事故死にみえたが、被害者の死の前おかしな行動、付近の住人からの不穏な証言、マシュマロを口一杯頬ばったまま死んだ状況と不可解な点がいくつもあり、担当のパーブライト警部は殺人と判断し、捜査を開始する。怪しげな事業にてを染めていたとおぼしき社主、そして、それに関与していた町の名士たちが、狙われるようになる。


古典物には、ときめきを感じなくなっているので、期待せずに読んだ。
軽るいし、謎解きや伏線も巧みなので、思っていたより楽しくよめて、嬉しかった。


解説の森英俊さんのエドマンド・クリスピンとR・D・ウィングフィールドをつなぐミッシング・リンクというのは、絶妙な表現。
しかし、同時代に活躍したジョイス・ポーター(デビューはワトスンの方が早い)をお上品にしたのがコリン・ワトスン、というのが個人的な印象だ。
それ故にアクの強いポーターと比べると存在感が薄くなり、シリーズ長編の邦訳紹介も21世紀になったのではないだろうか? 
私は上品な人間なので、コリン・ワトスン好きになれそうです。


以下、ネタばらしになります。


町の名士も欲の皮がつっぱった、いやらしい女衒。
その客もまた名士ぞろいというお下品な汚話だが、直截な表現を避けたお上品な
ブラックユーモアに仕立てているところがいい。署長の奥さんの暴露は心地よい一撃だった。


シリーズをあと数冊訳すようなので、楽しみです。

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