かわいい娘と探偵する男 | 読んだらすぐに忘れる

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とりとめもない感想を備忘記録的に書いています。



サムスンシリーズの中でも人気のある雄編。今まで話にだけでてきた娘マリアンヌ(以降、サムと呼ぶ)が初登場する。



この頃からリューインはキャラクターたちにさらに深みを与え始める。例えばガールフレンドの名前は今まで明かされていなかったが、本書の前にリーロイ・パウダー警部補が主役の『夜勤刑事』で初めてアデル・バフィントンという名前だと明らかになる。そして、そのアデルにスポットをあてた『そして赤ん坊が落ちる』が出て、人間喜劇のような広がりを見せ始める。


半年も入院したまま、面会謝絶で安否もわからない弟の様子を調べて欲しい。依頼人の姉ドロシー・トーマスは憔悴しきっていた。インディアナポリスの老舗大企業ロフタス製薬会社でセールスマンとして働く弟ジョン・ビッギーが、会社の研究所で爆発事故にあい、以来7ヶ月も企業内クリニックの管理下にあるという。弟の妻は家に閉じこもりっきりで動こうとしないと愚痴る。

関係者や周辺に聞き込みを始めたサムスンは、調査をすればするほど不審に思えることが次々でてくる。なぜセールス部門の者が研究所内の事故にあったのか? なぜ給料の半分以上が会社ではなく、取締役から支給されていたのか? なぜ、同僚たちは必要以上に口を噤むのか?

何かを隠蔽しようとするロフタス社側に不正の臭いをかぎつけるサムスンは、依頼人を乗り換えながら、不正を暴こうする。やがて思いもよらぬ大掛かりな組織犯罪と現在進行系の殺人事件を掘り当てる。


本書は、他のシリーズ作と異なりボリュームが増えている。理由は、サムが登場するからだ。高校の夏休みを利用し、生物学上の父親に会いに来たサムとサムスンの掛け合いが楽しい。サムにとって裕福な今の父親よりサムスンの方が自慢の父親だという。そんな話をきかされて、普段、金無し、仕事なしのだらだらした生活を送るサムスンが娘の前で、いい格好するのが微笑ましい。

探偵見習いとして、サムスンをサポートし、夏休みの終わりにはサムスンのために事務所のネオンサインを用意する件は、泣けてくる。「沈黙のセールスマン」というタイトルにこんなエピソードまで掛けてくるところは流石。

ちなみにこのネオンサインはその後のシリーズで重要なアイテムになる。


本筋のミステリもユニークで、虚栄心と愛国心につけこみ、一般人を犯罪者の手先にする巧妙な手口も面白い。やりがいのない仕事ばかり与えられると碌でも無いことに手を染めてしまう。これは現代の企業でも大なり小なり当てはまることだろう。

現在進行系の殺人事件について、そのアイデアは連城三紀彦「夜よ鼠たちのために」を彷彿とさせる逆転の発想で、あっとなるが、それもまたひっくり返してしまう。転がしすぎな気もするが、巧妙な展開に脱帽する。



サムは『眼を開く』や『父親たちに関する疑問』でも登場するようになり父親と過ごす時間も長くなる。