ピップに向いている職業 | 読んだらすぐに忘れる

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とりとめもない感想を備忘記録的に書いています。


 

ホリー・ジャクソンのデビュー作。2020年のブリティッシュ・ブックアワードのチルドレンズ・ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞したほか、カーネギー賞の候補作となったと紹介があるので、ヤングアダルト向けかと思っていたが、とんでもない。結構ヘビーな内容で二転三転する大人向けのよくできたミステリだった。


高校生のピップは卒業単位取得できる自由研究で、5年前に自分の住む町リトル・キルトンで起きた17歳の少女アンディの失踪事件を題材に選ぶ。事件は交際相手の少年サルが彼女を殺害後どこかに遺棄し、自殺したとされていた。サルと親しかったピップは、彼が犯人だとは信じられず、無実を証明するために、自由研究を口実に警察に情報開示の申請を送り、SNSで情報を集め、新聞記者、被害者家族、加害者家族、関係者たちにインタビューをはじめる。たくさんのインタビューを通して、被害者アンディという少女の意外な一面や、知り合いにまつわる予想外の事実を見つけてしまう。それでもひるまず、事件の謎を追うピップ。しかし、彼女の調査を快く思わない人物が、自由研究を止めるべく動き出す。


女の子の失踪と家族の悲劇という点ではロス・マクドナルド、ヒラリー・ウォー、コリン・デクスターの小説を彷彿とさせる設定。しかし主人公がオジサン探偵や刑事ではなく、女子高生というのがいい。しかも、ただの女子高生ではない。ピップはコーデリア・グレイのガッツとひたむきさ、モース主任警部(リトル・キルトンはテムズバレー警察管内のようです)の仮説をこねくりまわす想像力や茶目っ気など、イギリスミステリを代表する探偵の遺伝子を継いでいる。行動力たるや私立探偵顔負けで、麻薬売人を脅したり、なりすましで情報を得たり、不法侵入したりする。好きにならずにはいられない。
また、筋運びにおいても容疑者リストの目くらましや、終盤での犯人宅で見つける意外な発見など上手いなと思った。


ジャーナリスト志望のピップは自由研究を通して、モンスターというべき人間でも普通に善の心があり、運悪く悪の心が大きく育ってしまっただけだと知る。そして、悪の心が引き起こした悲劇が事件関係者にもたらした影響の不公平さに怒り心頭になる。何も言えず泣き寝入りした女の子らは見向きもされなかった。一番善良な青年だったサルは、インド系だからと偏見でちゃんとした捜査や報道がされなかった。ピップの反骨精神はそういった不公平を正すため、時に「正義」を曲げて、加害者に寄り添う面もあり、ちょっと危なっかしい。



この真っ直ぐさと危なっかしさが、作品が進むにつれてどう変化していくのか、また、ピップの恋愛、家族や友人たちとの関係かもシリーズの読みどころ。