「バックパッカーがH・Ⅰ・Sの役員になった奇跡」小さな会社の未来の創り方 -80ページ目

「バックパッカーがH・Ⅰ・Sの役員になった奇跡」小さな会社の未来の創り方

出来ない事はやらないことだとHIS創業者「澤田秀雄」氏から学んだ。ベンチャー魂と自ら経験した多くの失敗が成長の奇跡を創る。伝える事よりも伝わること!直ぐに実践したくなる、熱き魂に触れてください。

ヨコミチ~横道


 内弁慶の子供だった。上手くいかないことはいつも母親にぶつけていた。学校では大人しく、家では我ままで自己主張の強い憎たらしい「ガキ」だった。それが僕だ。

自分の感情をコントロール出来ないのだ。学校で嫌な事があると、その場で処理できず、家に持ち帰る。不満・鬱積・遣る瀬無さのはけ口が母親だった。 愚痴から始まり自己の感情を抑えることが出来ず怒鳴りだす。罵りだす。物を投げる。破壊する。最後には手を出す。ということもしばしばだった。 自分の子供なら容赦なく殴り飛ばすだろう。 勝手に出来ないと思いこみ、やるという行為をしない。だから結果的にいつも出来ない、それを勝手に自分で「俺は何をやっても駄目なんだ!!」と思い込んでいた。何もやらずにね。・・・ 出来ない理由の殆どが行動していない事なのだ。その事に気付いていない人が多くいる。僕もその一人だった。

 小学校の6年の2学期に父の転勤に伴い、転校することになった。出来れば仲の良い友人のいるところで卒業したかった。その思いは今でもある。 転校した学校は僕にとって最悪の場所だったのだ。陰湿な苛め、直接的ではない姿が見えない苛め。靴を隠されたり、仲間外れにされたりだ。その心の鬱積は全て母親にぶつけられた

前よりも強くDV状態が続いたと思う。 母親は辛抱強く受け留め続けてくれた。

僕の理不尽な行為に対してだ。それが出来たのは子を思う母性の心しかないと思う。 母親の「愛」がなければ復讐心に燃え、殺傷事件を起こしていたかもしれない。・・・その後の人生は大きく変わっていただろう。 ヨコミチに逸れることなく今いるのは母親のお陰だ。「ごめんなさい・・・ありがとう」

 中学2年の時から「旅」をするようになった。 ユースホステルや民宿に泊まり、バ
や列車を乗り継ぎ歩き廻った。19歳になり、初めての海外一人旅、ヨーロッパを列車やバスで歩き廻った。それから30年、渡航先は90カ国を超えた。今はレンタカーを借り、車で旅をするスタイルになった。 一つだけ中2の頃から今でも変わらないスタイルがある。それは必ず「市場」に行くことと横路に入り込む事。 表通りでは味わえないドキドキ感が堪らない。サスペンスにはならないけどスリルがあるし、サプライズも時々起こる。 また、生活のリアルな場面に遭遇することも面白いね!激しい夫婦喧嘩だったりとか。夕餉の最中だったりとか。・・・ある意味、人のプラバシーを覗き込んでいるんだよね。 でも、不思議と嫌な思いをした事はないね。 横道に入り込み、更に奥にそして細くなるほどワクワク感が高まってくる。僕の旅の醍醐味だね。 

 

 高いポジションの方がた(財界人、政治家、官僚、教育者)の中にも、いまだに自分の感情が抑えられずに周りに当たり散らしたりしてる人が案外多いね。 彼らはきっと子供時代は我慢の連続だったのかなぁ?



 僕はお陰様でヨコミチに逸れずに旅で横路に入り込んでいる。 

人生は自分で正していかなければいけないけど、気付かないところで多くの人に助けてもらっているんだね。 その「感謝」を忘れないことだね。 

・・・自分によーく言い聞かせます。 

「売りはこれだ!!」

 僕の会社の売りは「僕」です。 最初、会社を立ち上げた時の商品は僕でした。
僕の売りは「話がシンプルで分り易い」ということです。小規模零細アルバイトスタッフから一部上場企業の役員までのリアルな経験があることです。+90カ国以上の海外渡航経験です。 その経験を踏まえてすぐ出来ることお金をかけずに出来ることの実践的指導を行っています。
 業務内容は「講演」「コンサルタント」「研修講師」「メディアへの出演」「コラム連載」等です。 その為、会社の名前もビッグ・フィールド・マネージメント(株)になったわけです。ビッグ=大きい、フィールド=野はら。大野をマネージメントする会社だったわけです。
 それまではベンチャー企業に在職し、小から大へとナンバーワンを目指す会社にいました。売上、利益、マーケットの拡大に努め、その為に店舗展開、人員採用と日々、未来の世界一に向かい奮闘して来ました。 今の僕があるのは前職の経験があるからです。机上の学習ではなく実践でリアルに体験して来たことです。何も出来なかった自分が少しずつフィールドが広がるにつれてステージも上昇したのは、独立採算の中、任せてやらせて頂いたお陰です。

 その体験は僕の著書「これならできるよね」   に記しています。是非、読んで見てください。
 
 僕の新しいスタートはナンバーワンからオンリーワンを目指したのです。社の方針として規模の拡大はしない、仕入れはなし、小資本で固定費もかけない。だから潰れる事はありません。
+クオリティを日々高めて行くを目標にしました。 今、現在は前職時代からの部下だった只松 崇 が有力な商品となってきました。 会社を興す時に彼に向いてる事は何だろう。と考えてコーチングの資格を取得させたのです。彼の頑張りもあり、日本に百数十人しかいない「認定プロフェッショナル」の資格を有する様になり、僕以上に忙しく日々、各企業に研修に出向いています。 彼の強みは僕と一緒に小さな組織を大きくしてきたことです。その中で採用、人事面で実践的に携わり数多くの問題に立ち向かった経験があることです。 それと人の良さです。ある意味良すぎるかも知れません。相手の立場に立ってじっくり話を聴く事が出来る能力は簡単な様でなかなか出来るものではありません。 それとセクレタリーのK嬢です。 国語能力が高く、我々のレジュメ、原稿等の文章チェックを信頼できるものに変えてくれます。*因みにブログは僕自身で書いてます。時々、国語的におかしいのはその為です。 あとは本当に優しい気遣いが出来る女性です。 電話の受け答えの印象も良いとクライアントからは言われています。 それから未来のホープM君です。 まだまだ修業中ですが。素直で吸収力が抜群です。色々な経験をこれから積むことで大きく成長が出来ると信じています。
 会社の宣伝みたいになりましたが、皆さんは自分の会社の売りをわかっていますか? 「人」「商品」含めての強さを必要としているところに発信することと、その強さを更に高めていく事が大事です。 前職時代も戦略的には今、一番強いものを更に高めてナンバーワンを取ることに力をいれました。あれもこれもというような事は遣らなかったんですね。 一つずつ頂点をとって次に向かう事を大事にしたのです。
 今、ビッグ・フィールド・マネージメントは大野をマネージメントすることから自分たちでフィールドを広げ大きく羽ばたこうとしています。 ビッグは未来を表します。オンリーワンとして自分たちしか出来ないものでクオリティーを高めていきたいと思います。 
 「コア・コンピタンス」が商品、サービスを他社との優位的差別性を高めるものになるのです。 まずはその強みを明確にする事です。
今、僕の会社の売りは「僕」ではありません。「僕」から「それぞれの持つ社員の能力」に変貌しているのです。 僕の会社の売りは常に「向上心をもって行動するスタッフ」です。
・・・「売りはこれだ!!」=早くその答えを見つけてください。


「原理・原則」

 

昨日(19日)は大阪で銀行さん主催の講演でした。講演時間は1時間15分です。僕の講演の体内時間は90分間が標準に設定されているみたいで,ちょっと話足りなかったのですが、懇親会の最後に簡単なスピーチを振っていただいたので、何とかトータルで完結できました。 

懇親会のテーブルでは僕のお隣が某大手住宅メーカの顧問の方でした。 この方はその会社で副社長まで勤められた方でなかなか普通は気安くお話できる立場ではないのですが、今日はお隣という事もあって色々とお話させて頂きました。その中で、どこの企業も原理原則は同じだなぁとあらためて実感です。「明るく・元気・スピード・集中・継続・諦めない・言い訳しない~」 言葉の違いはあっても内容に差異はありません。 

会社が成長するのは、社員一人一人の成長の結集です。誰か一人だけの力ではないのです。ここを勘違いして俺が創業者だから俺のものだと、公私混同したりするとおかしくなります。偉い社長になるのではなく立派なトップになって欲しいと誰もが思っています。会社を大きく=立派に成長させていく為には組織力が必要です。会社を駄目にするのは社長一人で簡単になります。良くするのは総合力、悪くなるのは単独です。 

創業と経営は大きく違います。ある意味創業は簡単です。誰でも直ぐに出来ます。現在では1円出資して株式会社を設立出来ます。 会社を作る事は簡単です。 運転資金があれば続く限り社長業は続けられます。 難しいのは売上を上げ、利益を上げ、継続して向上していく事です。ボーダーメンバー(役員)から社員に至るまで毎年、歳をとります。という事は,一人一人の環境が変るのです。結婚、子供が生まれ、家族が増える。その為には養っていく為の給与が増えていかなければなりません。 小さな会社も大きな会社も環境変化に伴う、プラス変化が必要なのです。売上拡大の為に製造業であれば設備投資も必要です。サービス業であっても拠点拡大の為の支店展開が必用になってきます。また、お客様のニーズの変化もあります。 変化を怖れる、変らぬ事を良しする風土を続ける事は企業にとっては死滅を意味する事になるのです。だから、企業の存続は利益を出し続ける事が必用なのです。資金繰りだけで耐えて行くことは出来ません。いつかTHE END.を迎えます。 借入金で給与を払う体質からの脱却を急ぐべきです。

借入金は未来の為の投資であるべきです。事業拡大や生産性向上の為の前向きな投資であるべきです。 配当も出来ない、社員の給与も上らない会社の社長が会社の金で高級車を乗り回し、料亭で飲みまくり、ゴルフでコースを歩き回る事は、しっかり儲かってやるべきです。 一番我慢しなければいけないのもトップの責任です。

権限も一番なら責任も一番です。責任だけ社員、権限だけ自分では誰も納得出来ません。


主催者の銀行の役員のAさんから頂きました本熱湯経営”

大組織病」に勝つ 樋口武男氏の著作です。 私のお隣に座った方の会社の会長さんがお書きになった本です。

帰りの新幹線の中で読ませていただきました。 僕自身が前職で学んだ事と基本的には一緒です。 その中に「S・A・N・A・G・I」というフレーズがあります。これはS=スピーディーに、A=明るく、N=逃げず、A=あきらめずに、G=ごまかさず、I=言い訳せずです。企業の変革の時期に「”さなぎ”からのスタート」してこの言葉を当てはめたものと書かれています。古い組織から新しい組織への脱皮の時である。・・・まさに変化を怖れるのではなく積極的に変ろう!! と社員に呼びかけたのです。・・・

もう一つ印象的な言葉として「魚は頭から腐る」説明しなくても分かりますよね。

昨今の不祥事の殆んどは頭(トップ)から腐っているみたいですね。 企業の不祥事は間違った利益追求に走り、また、問題発覚後も自己保身の為に偽り続ける事により、再起を図る事が手遅れになっているのです。 偉くなる事は贅沢に振舞う事ではない。常に正直に己の基本を忘れぬ事である。

ただ、大きくなって独活の大木になるのでなく、いつまでも尊敬される謙虚な人であって欲しい。僕を含めて世の中の社長さんへ、 上を見て生きろ、下をみて暮らせ」

志は常に高く持て、生活は慎ましやかにを忘れるな! 開高 健先生の言葉を僕は心に刻みます。

 

「愛すべき”まちぐゎー”・・・沖縄 栄町市場」


*沖縄の人々(ウチナーンチュ)は親愛の情を込めて市場やお店のことを”まちぐゎー”と呼びます


 沖縄料理の名店をネットで調べて貰い、訪れた店「うりずん」はユイレール の「安里駅」から一分程の場所にあった。 時計をみると、予約の19時まで30分程ある。

僕は周辺を散歩する事にした。 小さなアーケードが見えたので入ってみた。

そこは映画「ALWAIS三丁目の夕日」の時代設定である昭和初期の面影を残す、沖縄の人々が愛して止まない”まちぐゎー”だった。名を「栄町市場」という。 久々に小さなデジタルコンパクトカメラが活躍する事になった。 面白い! 不思議だ! こんなものが! へぇー! まだ、あったんだ!! 良いネーミングだ! 


さぁ!栄町市場ライブラリーです。 沢山の郷愁を感じて下さい。


 アーケードの天井近くに大きくこれでもか!と言う具合に看板がありました。

そのトイレの看板の下には「栄町 公衆便所」 旧い言葉ですね。

カトレアとい名前の店だとはわかります。生ビールが売りなんですかね。

店の名前「星空」といい、豆乳ラーメンに生ビール、に泡盛です。何でしょう。このミスマッチ具合が良いですね。

何となく60年代、安保闘争時代を感じます。

手作り餃子の店です。中も外もテリトリーが曖昧なのが良いですね。

市場の中です。殆ど人が歩いていません。 誰もいない中で感じる存在感。不思議ですね?


いくつかの抜け道というか横道というか、こんな道のショートカットは楽しいですね。

色使いが気になります。全体はモノトーンのイメージですが突然現れる原色カラーが存在感をかもし出しますね。

平仮名名のパチンコ屋です。思わずスロットがスマートボールに見えました。

この場所のこの佇まいの”まちぐゎー”が消えない事を心より祈っています。

ふわふわと静かな優しさが漂う場所でした。

 


「沖縄は"わわわ"の"ワワワ"


日本列島が西高東低の気圧の影響を受け寒さに震えている頃、僕は沖縄滞在継
続中で美味い物を食う為にレンタカーを借り、南高北低と部の那覇市から速を飛ばし部の名護市へと沖縄ソバの名店目指して車を走らせた。 

 名護から海岸線の地にある「ちゅら海水族館」 に行く。途中の本部に行列が出来る沖縄そばの名店「山原そば」 がある、午前11時の開店前にお客が並ぶという。  到着した午前11時半過ぎには外にまで行列が出来ていた。 順番が来て中に入ると古い民家の居間の佇まいである。


 各テーブルを囲んで食している客の前には小ぶりのどんぶりが並ぶ、皆、一様に満足げな表情を浮かべ箸を進めている。 「うぅん、案外量が少ないなぁ。 2杯くらい食べれそうだなぁ。」・・・あまりにどんぶりが小ぶりに見えた為だ。 ソーキそばを注文する。運ばれてきたどんぶりにはそばというよりは細麺うどんが入っている。その上に豚の肉の塊が6個位はあるだろうか? 「うぅん、思ったよりは量はありそうだなぁ。」    先ず最初にスープだ。どんぶりを両手で持ち口に運ぶ、「うん!旨い!」あっさり目のスープだね。カツオ出汁と豚の二種混合かなぁ? 基本は醤油かなぁ? 「いけるよ!これっ!!」、薬味のコーレーグース は欠かせないね。これで味がすきっとしまるね。 次にそばを食む。小麦粉を練って作られたそばだなぁ・・・どちらかというと、やっぱりうどんだなぁ! 最後に肉を頬張る、口の中で食むと”はらりはらり”と崩れていく。じっくり煮込まれているのだろう。見事な柔らかさだ。 また、骨の周りに、へばり付く肉が旨い!・・・スープを啜り、そばを食む、肉を頬張り、そばを食む、繰り返しそばを箸で口に運ぶが減らない。思ったよりも量が多く、また、腹持ちが良いのだ。 本当に減らない。普通で750円、小で550円である。 後の夕食の事を考えると小を選ぶべきだったかなぁ、と、ちょっと後悔です。

 
「ちゅら海水族館」でジンベイザメや色とりどりの魚をたらふく見て、帰りに店の前を通ると既に閉店していた。午後2時半である。看板には「本日は売り切れました。」~あっぱれな商売である。

 そば屋の駐車場も水族館の駐車場も那覇と名護を結ぶ高速道路も多くのわわわ」が溢れていた。 もしかしたら日本で一番レンタカーが多く貸し出されているところではないだろうか。道路交通量に対してね。前をみても「ナンバー」、横をみても「ナンバー」、後ろから来る車も「ナンバー」、ゆっくり走ってる車
が辛うじて「わ」じゃなかったね。恐るべきレンタカー普及率だね。


 夜はネットで探した、これまた行列が出来る居酒屋に出かけました。ここの場所の佇まいはいいね。ユイレール「安里駅」 から一分、栄町市場にある。まるで映画の「ALWAYS三丁目の夕日」 の昭和初期にタイムスリップした感じを受けた。公衆便所、パーマ屋、スマートボール、肉屋、魚屋、駄菓子屋、店の佇まいとそこに居る人々に郷愁を感じずにはいられない。静かな優しさがふわふわと漂っていた。

 
沖縄料理「うりずん」 はその入り口近くにある。30数年経った建物は店の主人と同化し一歩も引かない頑固さと一歩も足さない歴史に裏づけされた誇りがある。 地元民と観光客が混在する店内は不思議と始めての店に訪れる緊張感はなく、和やかな居心地の良さを感じた。 また、出てくる沖縄料理のメニュー全てに満足のいく「味」と「価格」である。 バリュー満点でした。 地元の客がサンシン手にして弾くと唄いだす。周りの客も歌いだす。まさしくローカルエンターティメントの真髄を味わう事が出来た。

 


最後はネーネーズ のライブを堪能する為に、国際通りにあるライブハウス「島唄」 に行く。 ミュージックチャージ一人2000円なり、食事は予め済ませておいた方が良いと思うよ。 あくまでもドリンクとライブ優先だね。 約一時間のライブはポップスから民謡まで最後はカチャーシーで皆、のりのりで”ワワワ”の一日でした。

それともう一つの”わっ!”は沖縄料理屋「うりずん」でカウンターの横にたまたま座っていた男性はどこかで見た事があるなぁ?と思っていたら、「大野さんでしょう?」と声をかけられた。 前職の旅行会社時代に僕が面接して採用したスタッフでした。たまたま研修で沖縄に来ていて、一人で飲みに来ていたのですね。 偶然の久しぶりの再会に驚きました。 

最後におまけに「沖縄は"わわわ"の"ワワワ"」+”わっ!”

「マンタを見た~ど!!」


 15日から沖縄に来てます。こちらはとても良い天気で昼間は25度以上あります。

さすが「晴れ男です。」 16日は憧れの慶良間諸島で初のダイビングを行いました。

8月11日の日にCカードを取得しておよそ3ヶ月経ちました。 兎に角スキルアップの為にも経験を積み重ねるんだと頑張ってきました。 ベースは福岡の「恋の浦のウラ」でシーガル・インのKイントラの下、ビーチダイビングで基本を学び、ボートは鹿児島県坊津で研鑽し、やっとの思いで沖縄です。慶良間です!! 僕が潜る日は晴れです。雨の予想でも晴れるのです。 今回も気持ちの良い夏日で最高気温は27度、水温は25度でウエットで気持ちよく潜れました。

 沖縄本島からスピード船で約1時間ちょっとで慶良間の一本目のポイント「カメ吉」です。 ここは海亀が見れるポイントなんです。 エントリーはちょっと手こずりましたね。BC(浮力調整器具)の空気を上手く排気できなかったんですね。身体の姿勢が悪すぎました。ちゃんと立ち姿勢で行わないといけませんね。まだまだです。もっと量稽古が必用ですね。 残念ながら海亀には逢うことが出来ませんでしたが、リュウキュウキシカサゴに出会えました。 遊泳しながらゆっくりと本当にゆっくりと泳いでいました。

2本目は「レディドラゴン」というポイントです。エントリーは上手くいきましたよ。やはりスムーズな潜降が出来るとストレスがなく楽しめました。 もちろん中性浮力を取っての水中遊泳はカサゴになった気持ちでふわ~り、ふわ~りと最高にリラックス出来ました。ここではまるで海草の一部のようなニシキフウライウオに出会えました。見事な擬態に感服です。



そして最後の3本目はなんと初のドリフトダイブです。 簡単に言うと波に流されてい
ってエグジットの時に船に拾ってもらうのです。「うっ!怖いしょぼん」 BCの空気を全部抜いてそのまま海中にエントリーです。一人だけ流されないように潜降しながら必死でイントラに付いて行きます。 ここは魚影はめちゃ濃いです。名も知れぬ熱帯魚が群れをなして数多く泳いでいます。「すっごーい!!」 それに流されるのも「気持ちいい!!」 大きな根の所にサメ(ホワイトチップ)がいました。初のサメとの邂逅です。・・・ついに憧れのマンタに出会いました。慶良間初ダイブの最後の3本目、嬉しい!! マンタの腹にぴったりとくっ付いたコバンザメも可愛い!! しかし、この泳ぎはなんと優雅で風格があるのだろう。



 ・・・本当に感動の一日でした。ますます嵌りそうです。 これで36本目達成です。 さぁ、年内50本を目指して楽しむぞ!!





「何か違うよなぁ!」

戦時下や災害時に於いて配給制が布かれ物資不足で商店に物がない場合は別として、商品やサービスに対しての買うという選択権はお客様が持っている場合が殆んどである。 

 20数年前、西、東に世界が別れていた冷戦時代に旧共産国の国々を旅して廻った時の事である。 ブルガリヤの首都、ソフィアのデパートでバラの香水のお土産(*ブルガリヤはバラの生産地として有名であった。)を買おうと手にしてレジに並んで順番を待っていた。僕の番になりお金を払おうとすると、今日はもう駄目だと言う。なぜか? 時間だと言うのだ。 そう、閉店時間だと言う。時計を見ると17時45分だった。確か入り口の看板には18時が閉店だと書いてあったはずだ。・・・まだ、15分有るではないかと言うと、それは店の閉店であって私達は15分前には帰る用意をしなければならないというではないか。 言い争いは10数分続いたと思う。

結局買う事は出来なかった。・・・時計を見るとちょうど18時を示していた。何の為の10数分間だったのだろうか?・・・この間に売れば良いのに・・・

彼女達は売上増減によって何か変化があるわけではないのだ。だからロイヤリティ(愛社精神)は一切ない。また、インセンティブ(報酬)も一切ないのだ。

時間から時間、職場に於いて商品とお金の受け渡しをするだけの人たちなのだ。

・・・最後に口論をしたレジの女性から笑顔で「欲しかったら明日、お出で!」と言われた。・・・救いの言葉だったのか? 救われた言葉だったのか? 未だに謎である。・・・「何か違うよな!」

 10数年前の話である。家を建てる為に、各社のモデルハウスを見て回っていた時の事である。 休みの為、ラフな出で立ちのジーンズとTシャツ姿で歩いて廻った。ちょっと気になるモデルハウスがあり係員に色々と尋ねてみたくなった。一人の係員を呼びとめ話を訊こうとすると、何だか上の空で真剣みが全く感じられないのだ。 こちらとしては具体的に話を切り出しているのに面倒そうでさえある。 物件は気に入ったのだが、係員の態度に納得がいかず、その場を立ち去る事にした。 僕のファッションがラフなジーンズ姿で、きっとこの客は冷かしだろうと見られたのである。 スーツで行くべきものなんだろうか?・・・「何か違うよな!」 

安いパッケージツアーで東南アジアを旅行すると、必ず日程の中にショッピングが入っている。自分の好きな物を安い価格で買えるのならば問題はないのだが、ほとんどこのショッピングのお店は名産、名物の店である。お茶だったり、宝石、貴金属だったり、わけの分からぬ造形物だったり、特に必要なものは何もないのだ。・・・観光バスは大きな店に横付けすると、ガイドは一人もバスの中にお客様を残さず、店の中に導いていく。 店は歓待である。お茶、お菓子、カラスミ、食べれるものは殆んど試食が出来る。食べたくなくとも最高の愛想笑いで勧めてくれる。 良く見ると知らぬ間にガイドは姿を消し、入り口の扉は閉められているではないか。 「買わないと出さないわよ!」と勝手なる暗黙の合意がなされているのだ。・・・ 皆は渋々と出来るだけ安い物を買い、その場を繕う。暫くすると姿を消していたガイドが現れて、さぁ、急ぎましょうと皆を急かす。 儀式は終わったのだ。・・・「何か違うよな!」

今は随分とこの様なショッピングは減ってきたと思う。 僕も旅行会社に従事していたわけだから、この現実は知っていた。でも、この事によって安い旅行価格が成立していたのである。 鍵を掛けて閉じ込めていたわけではないし、別に買わなくとも良かったけど、「買え~買え~買え~」と言うような演出はあったね。・・・


お客様から選択される事の上位に立つために「サービス」が存在するのではないかと思う。 でも、選択されたくないようなところがまだ、いっぱいあるようだね。


本日(11/15日付、日経記事より)

一本5000円の牛乳、凄いね。飲んでみたいと正直思う。

でも、・・・「何か違うよな!」 



13日の火曜日は岡山県、(財)岡山県産業振興財団、(財)岡山総合展示場主催のベンチャープラザ岡山 2007で記念講演を行って来ました。 対象者はベンチャー企業の経営者&地元の学生さんが来られていました。

ちょうど、博多から新幹線で岡山に向かう車中で日経新聞をめくると、HISの澤田会長へのインタビューとして11月14日より損保業界に進出という記事がありました。

その記事を読むうちに澤田さんのビジネスへの挑戦する強いエネルギーを思い出しました。 未来に向かう澤田さんは凄いエネルギーを放出します。 二十数年前に始めて澤田さんにお会いして会社の将来像を語る姿に強い力を感じ、そのエネルギーが全身から放出されオーラとなって溢れ出ていたのです。 そのオーラに引かれたのが入社するきっかけとなりました。 澤田さんは未来を語るときはいつでも、目をキラキラと輝かせ体全体で語ります。その話を聞くと周りのものは思わず引き込まれます。損保業界への進出はその流れなんですね。ご成功を心よりお祈りいたします。

・・・コンベックス岡山の会場の壇上に上がりマイクを手にして話し始めたとたん澤田さんの創業者魂が脳裏に浮かび上がりました。 志を強く持て! 決して諦めるな! 強い願望(こうなりたい!、こうしたいという思い)が大きな未来へのエネルギーになるのだ! 日々向上心=今よりも良くなりたいという思い。それを持ち続ける原動力が情熱である。

ベンチャー企業のスタートは厳しいものである。給与、休みというものをあまり考えずにやってきた。 今よりもよくなること未来のビジョン(夢)に向かって突き進んできた。 社員のモチベーションは待遇ではなく未来の夢を皆で達成させることだった。

何も無いからこそ望むものが無限にあった。何も無いからこそ一つ一つ増えていく物に対して感謝することが出来た。何も知らないからこそ学習して覚えて身につけていくことが無限にあった。何も知らないからこそ一つ一つ知ることによって知識が増えること、出来るものが増えることが嬉しかった。 僕たちは出来ないものがたくさんあったからこそやることにより多くのことが出来るようになった。

いきなりベストは出来ないものだ。ベストを目指してグッドグッドの積み重ねで出来るようになるものなんだ。 身をもって体験してきた。 だからこそ言える。だからこそ語れる。 誰にでもチャンスはあるのだ。目の前のチャンスに出会ったときにすぐさまキャッチできる様にコツコツとやる続けるのだ。これこそがまさに創業魂なのだ。

この思いがスタートをきり、最初の夢の達成を促す大きな原動力となる。・・・

 その次のセカンドステージは戦術を駆使することが必要となり、その次に戦略を立て、戦術を駆使しなければならない。ここ迄は、ある意味勢いと人間力で達成できる。次がサードステージで本格的な経営手法が求められることになる。 

先ずベンチャー企業はファーストステージをやり遂げることだ! 逃げるな!!

うまくいかない事の片方に上手くいく方法が隠されているのだ!! 前に進め!!


「ご冥福をお祈りいたします。」 稲尾 和久様


元、西鉄ライオンズの監督で豪腕投手としてならした稲尾和久氏が悪性腫瘍のため11月12日未明に亡くなられました。 

西鉄ライオンズの現役時代のことです。昭和58年の巨人との日本シリーズに措いて3敗後の4連勝の奇跡の大逆転劇を成しえた大殊勲投手であり功労者であります。

その時以来、人々は「神様、仏様、稲尾様」と呼ぶようになりました。

残念ながら僕は鉄腕投手としての現役時代の活躍は年齢差もあり同時代には見ることは無かったのですが、監督としてのお姿はテレビでも、当時のホームグランドであった平和台球場でもその姿を拝見していました。 その偉大な方である稲尾氏とは同じ番組(RKB毎日放送の今日感テレビ) のコメンテーターとして、昨年のホークス選手感謝祭の特番での時に福岡ドームでご一緒させて頂きました。 驕らず、威張らず、自然体で接して頂き、本当に感激したのを昨日の様に覚えています。

まさか同じ画面に登場出来るとは思ってもいませんでした。

それと偶然でありますが、僕が行くオフィスの近くにある理容室は稲尾氏も古くから通う常連の店で、何度かお会いする事もありました。その時も気さくに挨拶を交わして頂きました。 それともうひとつ、以前住んでた家から歩いて5分のところにご自宅があり、ご近所さんだったわけです。

何だか勝手に僕が縁を結び付けてしまいましたが、僕たち、いや、福岡市民、九州の人々、いや、日本国民にとっても尊敬できる素晴らしい方が旅立たれました。

本当に心よりご冥福をお祈り申し上げます。 数々の感動を与えていただき有難うございました。 これからは少しはゆっくりとリラックスしてお過ごしください。



「ゲストはフルーティスト!」



今週の番組ゲスト(RKBラジオ「こだわりハーフタイム」) は佐賀出身のフルーティストの福井恵利子 さんに来ていただきました。 クラシックのフルート奏者といえばロングドレスを身に纏い、うつむき加減に頷く程度のコミュニケーションが最大の方なのかなぁと勝手に想像していましたら、モデル並みの長身のスレンダーなスタイルにミニスカートに革ジャンとポップス界の新生現るぅ~という感じでスタジオに登場です。これには驚きました。 また、話のテンポも良く元気で明るい方で、本当にクラシック界? ・・・まさに異端児・・・これは良い意味で既成概念を超えてますね。

 コーナーの冒頭に生で演奏して頂きましたが、流石は本物! 桐朋学園大学卒業後、ベルギーに渡り2004年ブリュッセル王立音楽院フルート科を最高得点を得て卒業し、同時に国家演奏家資格を獲得するキャリアです。 本当に今後が期待できる音楽界の期待の星ですね。 ピアノ、ヴァイオリン、声楽家とクラシック界もビジュアル的にも音楽のクオリティも高い方が輩出されてきていますが、新たに良い意味で身近に感じる事が出来るハイレベルの新人アラワルゥでした。今後の活躍を期待しています。 因みに彼女は今年、甲子園を沸かせた佐賀北高校の出身です。


さて、明日からは岡山のベンチャープラザ岡山2007で講演、その後、東京へ移動、更に沖縄、仕事を終えて沖縄での初ダイビングが待ってます。