「ヨコミチ~横道」
内弁慶の子供だった。上手くいかないことはいつも母親にぶつけていた。学校では大人しく、家では我ままで自己主張の強い憎たらしい「ガキ」だった。それが僕だ。
自分の感情をコントロール出来ないのだ。学校で嫌な事があると、その場で処理できず、家に持ち帰る。不満・鬱積・遣る瀬無さのはけ口が母親だった。 愚痴から始まり自己の感情を抑えることが出来ず怒鳴りだす。罵りだす。物を投げる。破壊する。最後には手を出す。ということもしばしばだった。 自分の子供なら容赦なく殴り飛ばすだろう。 勝手に出来ないと思いこみ、やるという行為をしない。だから結果的にいつも出来ない、それを勝手に自分で「俺は何をやっても駄目なんだ!!」と思い込んでいた。何もやらずにね。・・・ 出来ない理由の殆どが行動していない事なのだ。その事に気付いていない人が多くいる。僕もその一人だった。
小学校の6年の2学期に父の転勤に伴い、転校することになった。出来れば仲の良い友人のいるところで卒業したかった。その思いは今でもある。 転校した学校は僕にとって最悪の場所だったのだ。陰湿な苛め、直接的ではない姿が見えない苛め。靴を隠されたり、仲間外れにされたりだ。その心の鬱積は全て母親にぶつけられた
前よりも強くDV状態が続いたと思う。 母親は辛抱強く受け留め続けてくれた。
僕の理不尽な行為に対してだ。それが出来たのは子を思う母性の心しかないと思う。 母親の「愛」がなければ復讐心に燃え、殺傷事件を起こしていたかもしれない。・・・その後の人生は大きく変わっていただろう。 ヨコミチに逸れることなく今いるのは母親のお陰だ。「ごめんなさい・・・ありがとう」
中学2年の時から「旅」をするようになった。 ユースホステルや民宿に泊まり、バ
や列車を乗り継ぎ歩き廻った。19歳になり、初めての海外一人旅、ヨーロッパを列車やバスで歩き廻った。それから30年、渡航先は90カ国を超えた。今はレンタカーを借り、車で旅をするスタイルになった。 一つだけ中2の頃から今でも変わらないスタイルがある。それは必ず「市場」に行くことと「横路」に入り込む事。 表通りでは味わえないドキドキ感が堪らない。サスペンスにはならないけどスリルがあるし、サプライズも時々起こる。 また、生活のリアルな場面に遭遇することも面白いね!激しい夫婦喧嘩だったりとか。夕餉の最中だったりとか。・・・ある意味、人のプラバシーを覗き込んでいるんだよね。 でも、不思議と嫌な思いをした事はないね。 横道に入り込み、更に奥にそして細くなるほどワクワク感が高まってくる。僕の旅の醍醐味だね。
高いポジションの方がた(財界人、政治家、官僚、教育者)の中にも、いまだに自分の感情が抑えられずに周りに当たり散らしたりしてる人が案外多いね。 彼らはきっと子供時代は我慢の連続だったのかなぁ?
人生は自分で正していかなければいけないけど、気付かないところで多くの人に助けてもらっているんだね。 その「感謝」を忘れないことだね。
・・・自分によーく言い聞かせます。

























