「何か違うよなぁ!」
戦時下や災害時に於いて配給制が布かれ物資不足で商店に物がない場合は別として、商品やサービスに対しての買うという選択権はお客様が持っている場合が殆んどである。
20数年前、西、東に世界が別れていた冷戦時代に旧共産国の国々を旅して廻った時の事である。 ブルガリヤの首都、ソフィアのデパートでバラの香水のお土産(*ブルガリヤはバラの生産地として有名であった。)を買おうと手にしてレジに並んで順番を待っていた。僕の番になりお金を払おうとすると、今日はもう駄目だと言う。なぜか? 時間だと言うのだ。 そう、閉店時間だと言う。時計を見ると17時45分だった。確か入り口の看板には18時が閉店だと書いてあったはずだ。・・・まだ、15分有るではないかと言うと、それは店の閉店であって私達は15分前には帰る用意をしなければならないというではないか。 言い争いは10数分続いたと思う。
結局買う事は出来なかった。・・・時計を見るとちょうど18時を示していた。何の為の10数分間だったのだろうか?・・・この間に売れば良いのに・・・
彼女達は売上増減によって何か変化があるわけではないのだ。だからロイヤリティ(愛社精神)は一切ない。また、インセンティブ(報酬)も一切ないのだ。
時間から時間、職場に於いて商品とお金の受け渡しをするだけの人たちなのだ。
・・・最後に口論をしたレジの女性から笑顔で「欲しかったら明日、お出で!」と言われた。・・・救いの言葉だったのか? 救われた言葉だったのか? 未だに謎である。・・・「何か違うよな!」
10数年前の話である。家を建てる為に、各社のモデルハウスを見て回っていた時の事である。 休みの為、ラフな出で立ちのジーンズとTシャツ姿で歩いて廻った。ちょっと気になるモデルハウスがあり係員に色々と尋ねてみたくなった。一人の係員を呼びとめ話を訊こうとすると、何だか上の空で真剣みが全く感じられないのだ。 こちらとしては具体的に話を切り出しているのに面倒そうでさえある。 物件は気に入ったのだが、係員の態度に納得がいかず、その場を立ち去る事にした。 僕のファッションがラフなジーンズ姿で、きっとこの客は冷かしだろうと見られたのである。 スーツで行くべきものなんだろうか?・・・「何か違うよな!」
安いパッケージツアーで東南アジアを旅行すると、必ず日程の中にショッピングが入っている。自分の好きな物を安い価格で買えるのならば問題はないのだが、ほとんどこのショッピングのお店は名産、名物の店である。お茶だったり、宝石、貴金属だったり、わけの分からぬ造形物だったり、特に必要なものは何もないのだ。・・・観光バスは大きな店に横付けすると、ガイドは一人もバスの中にお客様を残さず、店の中に導いていく。 店は歓待である。お茶、お菓子、カラスミ、食べれるものは殆んど試食が出来る。食べたくなくとも最高の愛想笑いで勧めてくれる。 良く見ると知らぬ間にガイドは姿を消し、入り口の扉は閉められているではないか。 「買わないと出さないわよ!」と勝手なる暗黙の合意がなされているのだ。・・・ 皆は渋々と出来るだけ安い物を買い、その場を繕う。暫くすると姿を消していたガイドが現れて、さぁ、急ぎましょうと皆を急かす。 儀式は終わったのだ。・・・「何か違うよな!」
今は随分とこの様なショッピングは減ってきたと思う。 僕も旅行会社に従事していたわけだから、この現実は知っていた。でも、この事によって安い旅行価格が成立していたのである。 鍵を掛けて閉じ込めていたわけではないし、別に買わなくとも良かったけど、「買え~買え~買え~」と言うような演出はあったね。・・・
お客様から選択される事の上位に立つために「サービス」が存在するのではないかと思う。 でも、選択されたくないようなところがまだ、いっぱいあるようだね。
本日(11/15日付、日経記事より)
一本5000円の牛乳、凄いね。飲んでみたいと正直思う。
でも、・・・「何か違うよな!」
