「バックパッカーがH・Ⅰ・Sの役員になった奇跡」小さな会社の未来の創り方 -71ページ目

「バックパッカーがH・Ⅰ・Sの役員になった奇跡」小さな会社の未来の創り方

出来ない事はやらないことだとHIS創業者「澤田秀雄」氏から学んだ。ベンチャー魂と自ら経験した多くの失敗が成長の奇跡を創る。伝える事よりも伝わること!直ぐに実践したくなる、熱き魂に触れてください。

「同じ釜の飯」


 27年前、僕はレストランオーナに成る夢の為に福岡のあるイタリアンレストランにて修業をしていた。キッチン、ホールと接客から料理の準備と忙しく動き回っていた。しかし、僅か1年足らずで結婚を理由にして(女の子じゃあるまいしね。・・・何を考えていたんだろうね?)挫折してしまうのだが、僕と違って料理の道を究めた友がいる。  

 僕が辞めた後、彼も他のフレンチの店に移り、修業を重ねる。その後、僕が旅行会社で働くようになった時、彼はフランス行きの片道の航空券を買いに来た。現地で修業をするという。数年、現地にて腕を磨き、帰国後、東京のホテルにてセコンドを務め。福岡に戻り、老舗フレンチの名店でセコンドからシェフとなり、店を繁盛させる。その後、独立、自身の店をオープンさせる。現在は地元デパートにもコーナーを持ち、焼肉店も経営、自身のフレンチ"レストラン フジワラ”は名実共に福岡の顔となった。 


レストラン フジワラのオーナーシェフ藤原氏と僕、当時は19歳の慎吾君と23歳の僕がいた。


 僕達はお互いに忙しく一年に数回しか合わないのだが、いつあっても昔の頃と同じ感覚で会うことが出来る。27年間の時の流れはお互いの状況を一変させた。修業中の若者二人は共に経営者となった。彼は料理の道、僕は何だろうね?色々遣っているので上手く説明できないが、まぁ、お互いに好きな道で食えているのだ。

もちろん体型も髪の毛の量も大きく変わったが、あの時代に持っていた希望や夢を未だに持ち続けているのだ。それだけはお互いに変わらない。まだまだチャレンジ精神は失ってはいない。・・・だから、いつあっても昔の気持ちで、尚且つ新鮮な気持ちで会うことが出来るのだと思う。

 今回は息子(次男)の世話を引き受けて貰う事になった。前のブログでも書いたが、息子は料理の世界を目指している。その第一歩がニューヨークにあるレストラン大学への入学資格を得る事である。TOEFL550点、調理経験6ヶ月以上が必要だ。これから2年間、昼は語学の専門学校、夜は料理の修業を行う。僕の様に途中で挫折する事無く、自分の道を究めて欲しいと願う。僕が果たせなかった道への挑戦を息子が挑むことになる。厳しく指導をお願いしている。遠慮しないのが僕らの友情の証である。それは同じ釜の飯を食った仲間なのだ。

 レストラン フジワラで久しぶりにディナーを食した。繊細で力強さを感じる料理である。素材の良さを生かしている。















レストラン フジワラ:福岡市中央区渡辺通5丁目1-22 ヤヤマビル4F ℡:092-711-7600










「悲しい事!」


 世の中には悲しい事(嘆かわしい事)がいっぱい溢れていますね。人は先の事をイメージする力があるのに自らリスクを背負う事になっても一時の感情で物事を進めてしまうのですね。


 僕はかなり短気の方だと思います。走行中の僕の車の前にいきなり割り込んで来る車に対しては「ばかやろう!!何考えているんだ!!止まれ!!降りて来い!と叫んでしまうのだ。・・・心の中でね、  ・・頭にくるよね。怒り心頭だよね。正当な割り込む理由があるのなら理解は出来るが・・・いきなり、自己の都合で、。許せないよね。

 でも、叫ぶのは心の中だけにしている。もし、本当に叫んで、相手の車を止めた段階で争い(喧嘩)になってしまうだろう。僕よりもっと短気の人だったとしたら、いきなり”ぶすっ”とナイフで刺されるかもしれない。・・・救急車で運ばれる僕、お墓の前で親族や友人達が手を合わせている・・・そんな姿が見えてくる。

 本当に短気は損気だよね。だから、。僕は今は、心の中でも叫ばない。「可愛そうな人なんだ、。先のイメージが涌かないのだろう。気をつけて運転するんだよ」と思うようにしている。・・・腹を立ててもしょうがないのだ!!


 先のイメージを把握していなかった。非常に申し訳ないことをしてしまったと思っている。昨日のブログ「誰でも出来るストレス発散法」のブログのデザインの修正をしていたのだ。修正を終え、全員に公開ボタンをクリックしても全く反応しないのだ。何度やっても、更に繰り返しても変わらない・・・何故だ?・・・だから、最終的に前のブログを削除して、新しく書き直してアップしたら、折角戴いていた数多くのコメントが全て消えていたのです。コメント欄に残っているものだと思っていたのに・・・悲しい!本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。皆様から戴いたコメントを消してしまう結果になった事が悲しい!! 体裁を気にしてしまうばかりに大事なものを失った気持ちです。 コメント戴いた皆様、本当にごめんなさい。懲りずにこれからもコメント、メッセージを頂けたら幸いです。

 

rkbテレビ 今日感テレビ「Oの焦点」2008.2.29


「誰でも出来るストレス発散法」


今朝の新聞記事に面白い事が載ってました。

東大の研究チームがラットを使った実験で「嫌な記憶は酒を飲んで忘れようとしても、逆に強く残る事になるかも知れない」と発表したのです。

憂さ晴らしは酒を飲んで忘れるぞ!!と実行した事は、逆効果だったのかも知れませんね。

と言う事は、してはいけない事は、後から後悔する様なことですね。

1. 深酒=嫌な記憶の更に上塗り、プラス二日酔いです。

2. 食べまくる=胃も身体も特にメタボの方は良くないですね。

3. ショッピング=後の生活が苦しくなりますね。

そこで「誰でも出来るストレス発散法」を考えてみました。

1. 旅のプランを考える=旅は計画の段階が楽しいものです。あそこに行って美味しいもの食べようとか。何を見ようとか夢が膨らみますね。

2. 好きな事に没頭=漫才、落語、コメディー映画、兎に角、笑う状況の中に身を置く事やスポーツに熱中することです。

3. 宝くじを買う=買った瞬間に殆んどの方は使い道を考えるのですね。そうです。当たる前に、家に車に海外旅行と楽しい事が盛沢山とイメージが広がっていきます。

4. 空想力=楽しい事だけ考えるのです。自分の頭の中ですから自由に考える事が出来ます。

5. 開き直る=ぐじぐじ考えてもしょうがない!。明けない夜はないのです。必ず今日とは違う明日が有るのです。


太陽の陽を浴びてサボテン君も気持良さそうです。それを眺める僕も癒されますね。

 考えて見ると何かに頼る必要も無く、お金をかけずに出来る事はありますね。普段から考え方を難しく考えずにシンプルに考える事も大事です。気持ちしだいで幾らでも明るくなれるものです。「大丈夫だ!」という言葉で自分を励ましてみましょう。

「自由になれた!」


 不自由な中にこそ自由が存在すると思う。全てが自由な中に”自由”が存在するものだろうか? 

 小学生時代(2年生くらいかなぁ?)に始めて自転車を父に買ってもらった。最初は補助輪をつけてもらい2輪の自転車に慣れていく、次に補助輪を外し、父や母に支えて貰いながらペダルを漕ぐ、手を離されると2~3m程先で倒れてしまう。そんな事を繰り返す内に手を離されたことも知らずに、自転車を一人で乗り回す事が出来るようになっていた。鳥の雛が、巣立ちをするみたいに、最初は羽根をバタバタさせるだけ、そのうちに少し飛び上がっては落ちる事を繰り返し、最後は大空を自由に飛ぶ事が出来る状態に似ていると思う。雛も僕も一人で出来るように成った時に、”自由”を感じたのだ。


イタリアで見かけた、自転車。旅をしている僕には必要はなかった。自由な僕だったから。


 それから、僕にとって自転車は不自由からの逃避行の手段となった。勉強から親の叱責から、子供達同士のつまらない捩れた人間関係から・・・ひょいと自転車に飛び乗り、ペダルを漕ぎ出すと風を感じることが出来る。強く踏み出せば強く風を感じることが出来る。すこしでも居心地の悪い場所から遠ざかる事で、”自由”を感じることが出来た。

 今は自転車に乗らなくても”自由”な僕がいる。でも、それはまだ、僕には仕事の部分でも、プライベートな部分でも居心地の悪い状態(問題やプレッシャー)があるからこそだと思う。不自由な状態があるからこそ”自由”を求めるのだ。だから、今、起こる様々な問題やプレッシャーを感じることに感謝しなければいけないよね。

 

「桜散る、それもまた、チャンスなのだ!」


 ”禍を転じて福となす”という諺がある。身にふりかかった災難(悪いと思った事)でも旨く活用して(良い事に変える)ことだって出来るのだ。・・・残念ながら我が息子君(次男)は希望する大学に落ちてしまった。浪人する気はないという。・・・彼は最初から本当に行く気がなかったのではないか?とさえ思う。普通の努力をしていれば通ったはずである。「入る」という”絶対的な気持ちが足りなかった事と同時に、その為の努力も足りなかったのだ。・・・彼と3日間に亘って話をした。「君の人生だから好きにしなさい」「君が選択すれば良いよ」・・・彼は将来的に飲食のビジネスをしたいと言う。その為の勉強とネットワークを作りたいと言う。・・・分かった。君が決めるという条件で幾つかのアドバイスをする。

1、すぐその業界で働く。⇒将来的に独立

2、調理の専門学校に行く。⇒業界で修業⇒将来的に独立

3、世界を放浪して自分探しの旅に出る。⇒?⇒?

4、浪人してもう一度、大学受験をする。⇒?⇒?

5、ニューヨークにあるCIAレストラン大学に行く。⇒業界で修業⇒将来的に独立


 付け加えてアドバイス、「若いときの遠回りになんて気にする事はないよ。僕(父)も25歳までプータロー(今で言うフリーター)だったのだから。」

 彼は3日程考えた結果、ニューヨークにあるレストラン大学に入る事にすると言ってきた。自分でネットで検索して情報を得たのだろう。・・・「分かった、良いよ。」

その代わり僕の方から条件を出すことにした。先ず、語学の専門学校に通って受験資格のTOEFLの点数を取る事。夜はレストランで修業を最低一年間する事。100万円を最低貯める事。そして決して途中で諦めない(卒業するまで)という誓約書を僕に出すこと。・・・まぁ、未来の遣りたい事は若いうちはコロコロ変わるものだ。僕だってそうだった。だから彼に全てを強要するつもりもないが、一度決めたのなら卒業までは真剣に学んで欲しいと思う。後は本人の希望で好きな事をすれば良いと思う。彼の人生なのだ。親が決める事ではないと思う。ただ、今、彼に出来ない事をしてあげれば良いと思う。入学金、授業料、寮費の2年間分は出してあげるよ。その他は自分でどうにかしなさい。それ以上行きたければ出世払いで貸してあげるよ。4年まではね。・・・甘いのか?厳しいのか?まぁ、僕の基準だ。学生の内は親の気持ちだよ。・・・CIAレストラン大学は全ての調理技術、サービス、マネージメントを学ぶ事が出来る正規の大学であると言う。ここを出たから何かの確信や保障があるわけではないが、世界から来ている学生達と交流できる事。また、常に実践、実践の教育と経営の事も学べる事。この大学出身のシェフのいる店で修業出来るチャンスがあること事から考えると、面白いかなぁと思う。僕自身もイタリアに遊学した事が、今の自分形成に大いに役に立っている事は事実だ。

 しかし、全て親の援助だけで行くのは”覚悟”の信頼性がない。だから上記の様な条件を出した。どうしても行きたければクリアーできるはずだ。目標が明確であればそのプロセスはそれほど苦痛と感じないはずだ。、。と父(僕)は思ったのだ。

 包丁一本・・・さらしに巻いて・・・まぁ、好きな様に好きな事をやりなさい!息子よ!


「やっぱり買ってしまった・・・」

 今回のニューヨーク旅行、お腹いっぱいになるほど、仕事もエンターティメントも美術館巡りも、もちろん食事も楽しんで来ました。旅ブログには載せなかったのだすが、やっぱりというか当然でしょうと思われるかもしれませんが、買った来たのです。そうです、その通りです。お見通しですよね。・・・です。・・・今回は良い物に出会えば買おうかなぁ位の気持ちだったのですよ。ご存じの様にアメリカの鞄メーカーのブランドと言えば、COACH,GHURKA,TUMI,ZERO HALLIBURTONとありますが、今、お気に入りはTUMIです。僕も革製のビジネスバッグを一つと電源プラグセットを持っています。・・・ウッド・ベリーコモンのアウトレットに行った時に、TUMIのショップがあったのですね。特別に買う気はなかったのですが、覘いてみるとセール(10%~50%)をやってました。店内を見て回ると、モスグリーンのメッセンジャーバッグが僕を呼んでいるのです。「うぅん、必要ないよ。いっぱい持ってるしね。」・・・「そんな事、言わずに僕を買ってよ。!役に立つよ!!」・・・
               色はモスグリーンの落ち着いたものです。

うぅーん、手に取ってみる。いいなぁ。、中を開いてみる。おぉっ!!良いぞ!。、決まりました。とっても都合よく(僕の理想に近い形で中が仕切られているのです。)・・・
              中も間仕切りがいっぱいです。

たぶん、型落ち品だとは思いますが、市価価格→アウトレット価格→その半額で買えました。凄く安かったです。・・・びっくりです。それと放出品で1,000円もしなかったんじゃないかなぁ? ノートPCのホルダーも購入しました。
              修理無料の保証登録書もついてますよ。

 非常に良い買い物で満足です。また、これで僕の鞄(コレクション?)が増える事になりました。・・・旅に出ると必ず鞄を買う事は続いていますね。でも、これは結果なのです。どうして、僕は鞄に引き寄せられるのでしょうか? うぅん、逆ですか?

     いっぱい入ります。持ち歩きに斜めショルダーに掛けれるので凄く楽ですよ。

「明日も頑張ろう!!」


 ニューヨークから戻ってきて、すっかり仕事モードです。全開ですよ。

21日は福岡のJALリゾートシーホークホテルにて「日本折目加工クリーナーズ協議会」(クリーニング業者様の会です。)様主催の定例総会にて講演をさせていただきました。熱く(気持ち)厚く(内容)話しましたよ。皆様熱心に真剣に聞いて頂けました。「有難う御座います。」



 翌、22日はレギュラーのテレビ番組(rkbテレビ「今日感テレビ」) の出演です。自分のコーナー「Oの焦点」では結論から話す事を気をつけて行いました。・・・纏まり易いです。時間に焦らなくて良いですね。・・・

 翌、23日は3月からのイベントのゲストの方との打ち合わせを行いました。3月から豊かなライフスタイルをテーマにイベント(Vivi福岡マンスリートーク)を毎月行います。第一回目は3月20日(春分の日)に「王理恵さんの美味しい暮らし」です。また、詳しくはお知らせいたします。無料ですので是非、皆様、遊びにお越し下さい。


 今日、24日はラジオ(rkbラジオ「こだわりハーフタイム」) です。先週は朝4時に起きてニューヨークから電話でレポートしましたよ。今日はお相手が若ーい山口玲香ちゃん ということでテンション上げて飛ばしました。

    かなりテンション高めの僕と玲香ちゃんです。  


 明日(25日)は久々にオフィスにてデスクワークです。・・・考えると"旅”をしていても”仕事”をしていても、ただ”ボッー”としていても同じように時間は経過します。そのプロセスの密度と一つの事を遣り終えたときの充足感と、もちろん結果(成果と共に精神的、肉体的バランスが取れているかという事が非常に重要ですね。どんなに良い結果であっても身体を壊してしまったら意味がありません。また、独りよがりの満足感でもだめです。全てのバランスが取れている事。・・・難しいですね。上手くいかなかった時の反省、僕の場合は自己嫌悪が、もっと頑張ろうという向上心を生みます。たまに、凄く落ち込む事もありますが、子供の頃からの空想力で回復出来ます。・・・未来は自分で創るもの、運(チャンス)の裏には努力が必要な事。 この言葉を思い出して、明日も頑張ろう!!

ニューヨークストーリー~機内映画で涙した。、⑪」(~2/19)・・・おまけ


 AA167便は安定した高度を保ちながら、一路JAPANを目指します。殆ど気流の乱れもなく、揺れる事もない快適なフライトです。今。アラスカ上空でしょうか、窓から望むと真っ白な雪原が見えます。その眩いまでの白さが高度10000m近くのこの機内まで飛び込んで来ます。僕の目に映るこの景色もまた、地上の雪原に届いているのでしょうね。・・・

            どこまでも広がる雪原です。

 1年間で見る映画は50本近くでしょうか? その殆どを国際線の機内で見ています。懐かしい映画の名作もあれば、まだ、日本で未公開の映画もあります。鑑賞は機内で過ごす楽しみでもあります。

 今回は「MARTIAN CHILD/火星の子供」に感動しました。涙、涙です。まだ、日本では未公開だと思います。”ストーリーは妻を失ったSF作家(ジョン・キューサック)が妻の希望でもあった養子をもらう事になったのです。その子供はデニスという6歳の子供です。いつも施設では箱の中に入っています。自分を火星人だと思っていて、太陽の陽に浴びる事を危険だと思っているのです。そんなデニスを見るうちにジョンは自分の子供時代を思い出します。自分もそうだったと、人と交わる事が出来ず、いじめられっこだったと、。そんな自分も今はSF作家として人並み以上の成功を収めている。この子も特別な才能があるに違いないないと思ってしまうのです。姉の反対を押し切って養子にします。二人だけの生活は社会を受け入れないデニスに掻き乱されてしまいます。それでもお互いに少しずつ理解するようになり信頼関係も結ばれてくるのですが・・・ある時、ジョンが仕事で出かける事になり、デニスを姉に預ける事になります。その時にデニスは家を出てしまうのです。どこに行ったか見当も付きません。警察に捜索依頼もします。それでも見つかりません。しかし、ジョンはピーンと来たのです。この間、行ったプラネタリウムではないかと、。駆けつけてみるとそのドームの屋外(一番上の方)にいるではないですか。それをジョンが助けに行きます。手を離すと堕ちてしまいます。何とか声をかけ引き寄せようとするジョン、なかなかその言葉を訊いてくれません。もう、誰も信じられなくなっているのです。それでも呼びかけるジョン、。ようやくデニスが立ち止まってジョンに話します。「大人はどうしていなくなるの? どうして僕の両親は僕を捨てたの?」。、「僕の前からいなくならない?」・・・「いつもいるよ」・・・二人は抱き合います。



 両親から捨てられたデニスは心を閉ざし、箱の中に入り全てを拒絶していたのです。自分を火星人だと思う事で自分自身を保っていたのです。今、デニスはジョンの愛によって地球人になったのです。ジョンの息子になったのです。

 始めてジョンが箱に入ったデニスを見たときに語っています。「空想力は自分を支える事になるのだ。」・・・彼(ジョン)も子供時代、そうだったのです。嫌な事があると空想することで違う(楽しい)世界に入り込んでいたのです。・・・僕もそうでした。

最後の抱き合うシーンでは一人、シートにもたれて泣いてしまいました。・・・もう直ぐ成田です。窓のブラインドを開けると眩しい太陽の光が僕の涙を照らします。

 あらためて、。良い旅でした。11回連続で見て頂いた皆様、ご訪問有難う御座いました。しばらくは旅ブログはお休みです。別のテーマをお届けします。既に帰国して完全、仕事モードです。それでは良い週末をお過ごし下さい。

ニューヨークストーリー~最終章⑩」(2/17~2/19)・・・思い出


 視察を終え、途中、韓国レストランで温麺とビビンパの昼食を取り、ホテルへ戻ります。・・・足の痛みが酷くなっています。体調も良くありません。夜の仕事の会食まで部屋で休む事にします。

 シャワーを浴び、シップ薬を足に塗って、目覚ましを17時にかけてベッドに入ってうつらうつら・・・電話で起されました。時計を見ると約束の18時を回っています。やばい!!直ぐに着替えて頭ボサボサのまま、ホテルのロビーに下りました。もう既にT川さんとT社長はソファーで僕を待っていました。・・・3時間以上、完全に熟睡していましたね。しかし?どうして?目覚ましが鳴らなかったのかなぁ?」


よく歩きました。タクシーも地下鉄も乗りましたが、このマンハッタンを日本の足で歩きました。

 ニューヨーク最後のディナーはブラジル料理です。ブラジルストリートにある良い雰囲気の店で美味しかったのですが、体調がいまいちで折角の料理を堪能する事は出来ず、更に、帰りは結構な雨が降っていてタクシーも拾えず、10分程、足を引きずってホテルに戻りました。・・・昨日、歩き過ぎたからかなぁ?

 夜はT川さんの紹介で指圧の先生をホテルの部屋に呼んでもらって、足を治療して貰いました。

 翌日(18日)は7時半にホテルを後にしました。ニューヨークのタクシーは空港(JFK)からマンハッタン地区は往復とも片道$45-です。アメリカン航空専用のターミナル8で車を降り、搭乗手続き、出国と全て専用カウンターや通路で待つこともなく、ラウンジにてしばしの休息です。



 いやぁ、今回の旅は食べましたね。ファーストフード・フレンチ・イタリアン・中華・ステーキ(アメリカン)・コリアン・ブラジル料理と日替わりで世界を旅してる感じでした。

エンターティメントでは、ジャズライブ・オペラ・ミュージカル、芸術ではグッゲンハイム、ホッイトニー美術館、ショッピングはウッドべりーアウトレット、それに仕事での視察やアポイントメント(インタビュー)をこなし、ラジオ生レポートもしました。





 全日程6日間、現地では4泊です。本当に充実した旅でした。・・・もう、お腹いっぱいです。

 そろそろ搭乗アナウンスが始まっています。ゲートに急ぎます。ニューヨークは本当に刺激的で官能的でいつ来ても飽きる事のない街ですね。

                                       See You again!


 



ニューヨークストーリーコスモポリタン⑨」 (2/17)・・・思い出

 前日は食べ過ぎました。胃がパンパンです。更に、今朝(am4時)、早く起きて自分の番組(rkbラジオ「こだわりハーフタイム 」)にNYCレポートを電話で話しました。何しろ生放送の番組です。日本の時間に合わせると、時差の関係で朝4時になったのです。前日は昔の仲間と食事を取り、BARで一杯飲んだものですから、ホテルに戻り、シャワーを浴び、寝付いたのが2時前です。で、4時に起きて電話で生出演、そのままベッドで”うつらうつら”しましたが、目が覚めても”ボッー”としてます。それに4時に起きた時に足の裏(右足)に違和感を感じたのです。攣ったのです。治るかなぁ?とそのままにしてたら、そのまま・・ひどくなってます。更に左足の指もおかしいのです。何か動きがぎこちないというか。、・・・シャワーを浴びました。足を揉みました。うぅーん、痛みが酷くなる。、・・・

 9時にT社長と朝食を食べに近くのファーストフードに出かけます。日曜朝のタイムズスクエァーは気持ち良いですね。足の痛みを除けば・・・
 ホテルに戻るとますます痛くなってます。踝から下が固まったように痛くなってます。
 今日は10時に仕事先の方がニューヨークの街を案内してくれるので、ホテルに迎えに来ます。

それまでT社長の勧めで、部屋のバスタブで足温浴をさせていただきました。


午前中はT社長のリクエストでサブプライムの影響を受けてそうな地域の視察です。案内していただくT川さんとT社長と3人でタイムズスクエァーから地下鉄で7号線の終点の駅(街)まで行く為に乗りこみます。




駅でカードを購入します。一人は$2-です。一区間でも終点まで行っても同じです。ニューヨークの地下鉄は確かに古いものですが、落書きは本当に一切ないですね。



それと面白いのは駅によって乗り降りする人の肌の色と話す言葉が違う事です。また、それも重なる事もありますね、スペイン語、中国語、韓国語、???語が飛交います。・・・本当に面白い!! それと依然と比べて車内が落ち着いています。それに穏やかです。ジュリアーニ前ニューヨーク市長の功績は大きなものですね。犯罪を抑制する為に、小さな事から始めました。先ずは落書きを消すこと、教育、雇用の充実です。働く場所がある事で最低限の貧困が解消されます。教育によって未来へのチャンスが広がります。よって犯罪率が減少することによって世界中から観光客が押し寄せて、彼らがお金を落とします。プラスの連鎖が生まれるのですね。






 7号線の終点駅は中国人と韓国人の街でした。漢字やハングルの看板が街中に溢
れています。歩いていても犯罪の匂いを感じません。さらに、そこから3駅ほど、地下鉄に乗って戻ります。今度の駅はスペイン語が溢れています。お洒落な三階建ての住宅が並んでいます。ここはラテンの人々の街です。時折、家のドアにFor Saleの看板を見かけますが、それほど深刻さを感じません。・・・


ニューヨークは特別な街なのかも知れませんね。アメリカの政治、経済の中心であると同時に世界の情報が集まる街、そして世界から来た人々に平等にチャンスがある街。本当の意味でのコスモポリタンシティーなのですね