昨日のニュースから
ここ何日か、ボストン郊外にあるコミュータ高校の英語の先生の私生活がニュースで話題になっています。
話は、この英語の先生が、YouTubeに自分と友人の映像を公開したことに端を発します。
彼はゲイで、且つ、流れた映像がポルノ風と言うことで、議論の的になっている訳です。
最初は特に関心があった訳ではないのですが、この高校に子供が通うという親御さんのインタビューを聞いていたら、3人のうち2人までもが、「彼は本当に良い先生よ! 子供達も信頼しているし人気のある先生。 私生活は彼の個人的な問題!!」という意見で、仕事と私生活は関係ないというのです。
確かに、まったくその通りなのですが・・・・・
さらに、TVのアンケートの結果、約70%もの人々が「彼は仕事を辞めるべきではない」という回答でした。
日本だったらこの時点で、”免職”、あるいは”依願退職”とかいうことになるんだろうなぁ?と半ば自動的に考えていた私は、へえ~そうなの?!と、いろいろと自分のモラルを考えるよい機会になりました。
私個人の古い感覚からいうと、”先生”は人を導くんだから、”常識があってバランスの取れた人格”であってほしいと思うのです。
ゲイだろうがストレートだろうが、それはまったく個人の問題なので、私は問題視しないのですが、公共のメディアに自分のポルノ映像を公開するという感覚は、やっぱり普通の感覚ではない気がするのです。。。。。
日本は、政治家や教師、警察官などの公共サービスにかかわる人々のモラルにもっとも厳しい国だそうです。
私はそういう国でしっかり育てられてきたので、問題の先生を簡単にjudgeして、自動的に排除してしまう感覚が自然に起こったのでしょう
「人の個人生活は尊重する」という精神は、西洋諸国で長く教え継がれてきたことなんだろうなぁと思います。個人主義と言われる由縁でもあるのでしょう。
どちらが良いとはとてもとても言えませんが、人を安易に批判・排除する感覚は、住みにくい狭いモラルの社会を作ってしまうんだろうなぁと、つくづく思ったものでした。
120211
mariko
話は、この英語の先生が、YouTubeに自分と友人の映像を公開したことに端を発します。
彼はゲイで、且つ、流れた映像がポルノ風と言うことで、議論の的になっている訳です。
最初は特に関心があった訳ではないのですが、この高校に子供が通うという親御さんのインタビューを聞いていたら、3人のうち2人までもが、「彼は本当に良い先生よ! 子供達も信頼しているし人気のある先生。 私生活は彼の個人的な問題!!」という意見で、仕事と私生活は関係ないというのです。
確かに、まったくその通りなのですが・・・・・
さらに、TVのアンケートの結果、約70%もの人々が「彼は仕事を辞めるべきではない」という回答でした。
日本だったらこの時点で、”免職”、あるいは”依願退職”とかいうことになるんだろうなぁ?と半ば自動的に考えていた私は、へえ~そうなの?!と、いろいろと自分のモラルを考えるよい機会になりました。
私個人の古い感覚からいうと、”先生”は人を導くんだから、”常識があってバランスの取れた人格”であってほしいと思うのです。
ゲイだろうがストレートだろうが、それはまったく個人の問題なので、私は問題視しないのですが、公共のメディアに自分のポルノ映像を公開するという感覚は、やっぱり普通の感覚ではない気がするのです。。。。。
日本は、政治家や教師、警察官などの公共サービスにかかわる人々のモラルにもっとも厳しい国だそうです。
私はそういう国でしっかり育てられてきたので、問題の先生を簡単にjudgeして、自動的に排除してしまう感覚が自然に起こったのでしょう
「人の個人生活は尊重する」という精神は、西洋諸国で長く教え継がれてきたことなんだろうなぁと思います。個人主義と言われる由縁でもあるのでしょう。
どちらが良いとはとてもとても言えませんが、人を安易に批判・排除する感覚は、住みにくい狭いモラルの社会を作ってしまうんだろうなぁと、つくづく思ったものでした。
120211
mariko
Pompeii (ポンペイ)
今、ボストンのMuseum of science (科学博物館)でポンペイ展が開かれています。
恐竜のお出迎え
何年か前にイタリアのポンペイを訪れたことがって、Tの吊り広告が懐かしくて思わず見にってきました。規模は思っていたよりも小さくて、じっくりじっくり見ても1時間で見終わってしまう程度でしたが、しっかりと「ポンペイ」を楽しみました。
ボンペイ滅亡の話は日本でも良く知られているので、書くまでもないのですが、一応ご紹介しましょう。
ポンペイはイタリアのほぼ中央部に位置し、良港に恵まれ、ローマへの荷物を近くのアッピア街道に運ぶための重要な拠点として栄えました。またぶどうの産地でもあり、ワインを運ぶための壺が多数出土されていることから、ワイン醸造も主要産業の一つだったことが伺えます。

町の北西約 10 km にあるヴェスヴィオ火山が、79年8月24日午後1時ごろに大噴火し、一昼夜に渡って火山灰が降り続けました。
場内のビデオ像
その翌25日、午前6時に噴火末期の大火砕流が発生し、午前8時にはポンペイ市は5 メートルの深さの火砕流に完全に埋まってしまったのです。 そして18世紀に発掘が開始されるまで、歴史から消え去った町でした。
ヴェスヴィオ火山の噴火による有毒ガスや降り注ぐ火山灰は、逃げまどうポンペイの人々の命を次々と奪っていきました。そして一瞬にして町全体を飲み込んだ火砕流が、当時の人々の生活をそのままの状態で保存することになりました。
高温の火砕流堆積物には、乾燥剤として用いられる”シリカゲル”様成分が含まれ、この乾燥剤が町全体を隙間なく埋め尽くして、1700年もの間フレスコ画や美術品、生活用品、亡くなった人々をも、しっかりと保存したのです。
焼いたままのパンや、テーブルに並べられたままの当時の食べ物と食器、オリーブ油や穀物の貯蔵に使われていた壺、コイン、装飾品、クリーニング屋のようなさまざまな専門の職業、貿易会社の存在、ラテン語の壁の落書き、”猛犬に注意”の断り書きなど、1世紀の古代ローマ人たちの生き生きとした生活の様子をそのまま伝えています。
整備された上下水道の水道の弁は、水の量を調節する仕組みが現在とほとんど変わらず、きれいな飲み水を町中に送っていた様子が窺えます。
こうして18世紀から発掘が開始されたポンペイは、古代ローマ当時のままの建造物や街区を残している唯一の町となり、1997年に世界遺産に登録されました。
また、高温の火山灰と礫の層が埋もれた人や動物をあっという間に分解し、火山灰層の中にその残像となる「空洞」だけを残しました。この空洞に石膏を流し込んで、人や犬、ブタなどの亡くなった当時のままの姿を復元したものが、有名な人体(動物体)石膏像です。
2人の婦人です。
1200体もあるというこうした像の中には、恐怖の表情がはっきり分かるものや、足を鎖で繋がれたまま逃げようとした奴隷の姿、有毒ガスで苦悶したまま絶命した犬の姿などがあり、ポンペイの人々の死にゆくその瞬間を復元していて、圧倒的な自然災害を真近にし鳥肌が立つような思いがしました。
もし機会があったら、ぜひ科学博物館を訪れてみて下さい。
112911
mariko
恐竜のお出迎え何年か前にイタリアのポンペイを訪れたことがって、Tの吊り広告が懐かしくて思わず見にってきました。規模は思っていたよりも小さくて、じっくりじっくり見ても1時間で見終わってしまう程度でしたが、しっかりと「ポンペイ」を楽しみました。
ボンペイ滅亡の話は日本でも良く知られているので、書くまでもないのですが、一応ご紹介しましょう。
ポンペイはイタリアのほぼ中央部に位置し、良港に恵まれ、ローマへの荷物を近くのアッピア街道に運ぶための重要な拠点として栄えました。またぶどうの産地でもあり、ワインを運ぶための壺が多数出土されていることから、ワイン醸造も主要産業の一つだったことが伺えます。

町の北西約 10 km にあるヴェスヴィオ火山が、79年8月24日午後1時ごろに大噴火し、一昼夜に渡って火山灰が降り続けました。
場内のビデオ像その翌25日、午前6時に噴火末期の大火砕流が発生し、午前8時にはポンペイ市は5 メートルの深さの火砕流に完全に埋まってしまったのです。 そして18世紀に発掘が開始されるまで、歴史から消え去った町でした。
ヴェスヴィオ火山の噴火による有毒ガスや降り注ぐ火山灰は、逃げまどうポンペイの人々の命を次々と奪っていきました。そして一瞬にして町全体を飲み込んだ火砕流が、当時の人々の生活をそのままの状態で保存することになりました。
高温の火砕流堆積物には、乾燥剤として用いられる”シリカゲル”様成分が含まれ、この乾燥剤が町全体を隙間なく埋め尽くして、1700年もの間フレスコ画や美術品、生活用品、亡くなった人々をも、しっかりと保存したのです。
焼いたままのパンや、テーブルに並べられたままの当時の食べ物と食器、オリーブ油や穀物の貯蔵に使われていた壺、コイン、装飾品、クリーニング屋のようなさまざまな専門の職業、貿易会社の存在、ラテン語の壁の落書き、”猛犬に注意”の断り書きなど、1世紀の古代ローマ人たちの生き生きとした生活の様子をそのまま伝えています。
整備された上下水道の水道の弁は、水の量を調節する仕組みが現在とほとんど変わらず、きれいな飲み水を町中に送っていた様子が窺えます。
こうして18世紀から発掘が開始されたポンペイは、古代ローマ当時のままの建造物や街区を残している唯一の町となり、1997年に世界遺産に登録されました。
また、高温の火山灰と礫の層が埋もれた人や動物をあっという間に分解し、火山灰層の中にその残像となる「空洞」だけを残しました。この空洞に石膏を流し込んで、人や犬、ブタなどの亡くなった当時のままの姿を復元したものが、有名な人体(動物体)石膏像です。
2人の婦人です。1200体もあるというこうした像の中には、恐怖の表情がはっきり分かるものや、足を鎖で繋がれたまま逃げようとした奴隷の姿、有毒ガスで苦悶したまま絶命した犬の姿などがあり、ポンペイの人々の死にゆくその瞬間を復元していて、圧倒的な自然災害を真近にし鳥肌が立つような思いがしました。
もし機会があったら、ぜひ科学博物館を訪れてみて下さい。
112911
mariko
Thanksgiving Day & Black Friday
昨日の11月23日木曜日はThanksgiving Day (サンクスギビング・デイ)でした。
アメリカでは、毎年11月の第4木曜日がサンクスギビング・デイとされ、National Holiday (ナショナル・ホリデー)に決められています。
晴天に映える燃えるような紅葉です。
1621年にイギリスからマサチューセッツ州のプリマスに移住した清教徒たち(ピルグリム・ファーザーズ)は、慣れない土地で、厳しい冬を越すのに十分に作物を作ることが出来ず、たくさんの死者を出しました。残ったわずかな人々は、近隣に住んでいたアメリカインディアン・ワンパノアグ族の助けでようやく生き延びることが出来、翌年の1622年の秋にはたくさんの収穫を得ることが出来たそうです。
そこでピルグリムファーザーズは、神の恵みとワンパノアグ族に感謝し、共に最初の収穫を祝ってご馳走をいただいたのが、「サンクスギビング・デイ」の始まりであるとされます。
皮が破けちゃったので、レモンで目隠し。
と言うのが通説ですが、私はこのような説も聞きました。
1620年代にピルグリム・ファーザーズがアメリカ大陸に移住してきた時点で、ニューイングランド一帯に住んでいたアメリカ・インディアンは、コロンブスによってヨーロッパ大陸からもたらされたインフルエンザ菌や梅毒その他の病原菌により約90%近くが死滅してしまっていた。
その結果、ピルグリム達は無人状態となってしまったインディアン達の住居や日用品を使うことで、ニューイングランド地方の厳しい冬をようやく乗り越える事ができた。なので、ピルグリムとアメリカ・インディアンとの間に協力的、友好的な関係があったという事実は確認されていない。。。。というものです。
これだと、「なぁんだ~~・・・・」と言うことになるので、以後の植民地の統治者・ウィンスロップが、今では通説になっているストーリーを広めたんだそうです。 うーーーん、現実はなんかちょっと夢も希望もない。。。
ま、とにかく、気を取り直して、
サンクスギビングは今ではアメリカの大切な家族行事のひとつになっていて、たくさんの親族や友人が集まる特別な祝日です。 日本のお正月のようなものですね。
ニューヨーク州はサンクスギビング・デイのみを祭日としていますが、多くの州は、翌日の金曜日も祝日扱いにし、土日を含めて4連休の大型感謝祭休日(Day After Thanksgiving)としています。
そのため、早い人だと火曜日から、遅くてもサンクスギビング前日の水曜日から、ほとんどのアメリカ人が故郷へ里帰りをします。私のラボも今週は人がまばらで、水曜日の午後にはもうほとんど”からっぽ状態”でした。
この期間の空港、高速道路、鉄道、一般道までも大混雑・大渋滞が起こり、1年中でもっとも混乱する時期です。
面白いことに、サンクスギビングの朝には、ホワイトハウスで、大統領が2羽の七面鳥を屠殺される運命から恩赦する”Turkey Pardon”という行事が行われます。恩赦されたターキーは、食べられることもなく、ディズニーランドで優雅に一生を過ごすそうですよ。
そして、サンクスギビングの翌日には、Black Friday (ブラック・フライデイ)と呼ばれるで特別大バーゲンセールが行われます。
まだ人影まばらな早朝6時のCopley Mall。
ちなみにモールの開店は午前8時ー9時でした・・・
この日は朝方の3時とか4時から開店する店もあり、70-80%割引も珍しくないので、ショッピング・モールや商店街には早朝から大勢の人が繰り出します。
この日からクリスマスまでの間に小売店の収支が黒字になることから、サンクスギビング翌日の金曜日を「ブラック・フライデー」と言うのだそうです。
そして最近では、休暇明けの月曜日に、職場の高速回線を利用してウェブ通販でクリスマス・プレゼントを購入する人が多いことから、サンクスギビング明けの月曜日を「Cyber Monday (サイバー・マンデー)」と呼ぶんだそうです。
いろいろと興味深いですねぇ。
112511
mariko
アメリカでは、毎年11月の第4木曜日がサンクスギビング・デイとされ、National Holiday (ナショナル・ホリデー)に決められています。
晴天に映える燃えるような紅葉です。1621年にイギリスからマサチューセッツ州のプリマスに移住した清教徒たち(ピルグリム・ファーザーズ)は、慣れない土地で、厳しい冬を越すのに十分に作物を作ることが出来ず、たくさんの死者を出しました。残ったわずかな人々は、近隣に住んでいたアメリカインディアン・ワンパノアグ族の助けでようやく生き延びることが出来、翌年の1622年の秋にはたくさんの収穫を得ることが出来たそうです。
そこでピルグリムファーザーズは、神の恵みとワンパノアグ族に感謝し、共に最初の収穫を祝ってご馳走をいただいたのが、「サンクスギビング・デイ」の始まりであるとされます。
皮が破けちゃったので、レモンで目隠し。と言うのが通説ですが、私はこのような説も聞きました。
1620年代にピルグリム・ファーザーズがアメリカ大陸に移住してきた時点で、ニューイングランド一帯に住んでいたアメリカ・インディアンは、コロンブスによってヨーロッパ大陸からもたらされたインフルエンザ菌や梅毒その他の病原菌により約90%近くが死滅してしまっていた。
その結果、ピルグリム達は無人状態となってしまったインディアン達の住居や日用品を使うことで、ニューイングランド地方の厳しい冬をようやく乗り越える事ができた。なので、ピルグリムとアメリカ・インディアンとの間に協力的、友好的な関係があったという事実は確認されていない。。。。というものです。
これだと、「なぁんだ~~・・・・」と言うことになるので、以後の植民地の統治者・ウィンスロップが、今では通説になっているストーリーを広めたんだそうです。 うーーーん、現実はなんかちょっと夢も希望もない。。。
ま、とにかく、気を取り直して、
サンクスギビングは今ではアメリカの大切な家族行事のひとつになっていて、たくさんの親族や友人が集まる特別な祝日です。 日本のお正月のようなものですね。
ニューヨーク州はサンクスギビング・デイのみを祭日としていますが、多くの州は、翌日の金曜日も祝日扱いにし、土日を含めて4連休の大型感謝祭休日(Day After Thanksgiving)としています。
そのため、早い人だと火曜日から、遅くてもサンクスギビング前日の水曜日から、ほとんどのアメリカ人が故郷へ里帰りをします。私のラボも今週は人がまばらで、水曜日の午後にはもうほとんど”からっぽ状態”でした。
この期間の空港、高速道路、鉄道、一般道までも大混雑・大渋滞が起こり、1年中でもっとも混乱する時期です。
面白いことに、サンクスギビングの朝には、ホワイトハウスで、大統領が2羽の七面鳥を屠殺される運命から恩赦する”Turkey Pardon”という行事が行われます。恩赦されたターキーは、食べられることもなく、ディズニーランドで優雅に一生を過ごすそうですよ。
そして、サンクスギビングの翌日には、Black Friday (ブラック・フライデイ)と呼ばれるで特別大バーゲンセールが行われます。
まだ人影まばらな早朝6時のCopley Mall。ちなみにモールの開店は午前8時ー9時でした・・・
この日は朝方の3時とか4時から開店する店もあり、70-80%割引も珍しくないので、ショッピング・モールや商店街には早朝から大勢の人が繰り出します。
この日からクリスマスまでの間に小売店の収支が黒字になることから、サンクスギビング翌日の金曜日を「ブラック・フライデー」と言うのだそうです。
そして最近では、休暇明けの月曜日に、職場の高速回線を利用してウェブ通販でクリスマス・プレゼントを購入する人が多いことから、サンクスギビング明けの月曜日を「Cyber Monday (サイバー・マンデー)」と呼ぶんだそうです。
いろいろと興味深いですねぇ。
112511
mariko
ははは、iPhone4 Get!!
ず―っつと使ってきたiPhone3Gの契約が今年の11月に切れたので、さっそく最新のiPhone4に切り替えることにしました。
Steve Jobsが亡くなったころは1カ月待ちだったので、2-3週間待ちと言われてちょっとホッ。
そしたらなんと、一昨日メールが入って、「入荷したので、取りに来て」とのことです。
わぉ、1週間だ、チョ~~~早い!
そして昨日の夕方、待望のiPhone4を受け取ってきました。
日本の携帯機種交換の時を思い出して、データは基本的に全部、古い方から新しいものに移してくれるものと思っていたら、なんと電話帳(コンタクト)を移しただけでした。アメリカはこんなサービスなんですね。
家に帰って、メールサーバーの設定から、なんからなにまで、すっかり全部自分でやり直し。。。あ~~ぁ
でも、今日は暖かくて「Indian Summer (インディアン・サマー)」と言われる小春日和なので、イルミネーションで輝く木立のCommonwealth (コモンウェルス)通り、そしてNewbury (ニューベリー)通りを通ったら、こんなに綺麗な夕暮れの景色が見られました。

そして、Boston Public Library (ボストン公共図書館)の前では結婚式が行われていました。
ちょうど終ったところです・・・・

もう直ぐThanksgiving Day (サンクスギビング・デイ)が来て、11月も終わり。
クリスマスもいよいよ近づいて、本格的な厳しいボストンの冬が到来します。
今日はちょっと得した気分で、ウィンドーショッピングをして、家に帰りました。
111911
mariko
Steve Jobsが亡くなったころは1カ月待ちだったので、2-3週間待ちと言われてちょっとホッ。
そしたらなんと、一昨日メールが入って、「入荷したので、取りに来て」とのことです。
わぉ、1週間だ、チョ~~~早い!
そして昨日の夕方、待望のiPhone4を受け取ってきました。
日本の携帯機種交換の時を思い出して、データは基本的に全部、古い方から新しいものに移してくれるものと思っていたら、なんと電話帳(コンタクト)を移しただけでした。アメリカはこんなサービスなんですね。
家に帰って、メールサーバーの設定から、なんからなにまで、すっかり全部自分でやり直し。。。あ~~ぁ
でも、今日は暖かくて「Indian Summer (インディアン・サマー)」と言われる小春日和なので、イルミネーションで輝く木立のCommonwealth (コモンウェルス)通り、そしてNewbury (ニューベリー)通りを通ったら、こんなに綺麗な夕暮れの景色が見られました。

そして、Boston Public Library (ボストン公共図書館)の前では結婚式が行われていました。
ちょうど終ったところです・・・・

もう直ぐThanksgiving Day (サンクスギビング・デイ)が来て、11月も終わり。
クリスマスもいよいよ近づいて、本格的な厳しいボストンの冬が到来します。
今日はちょっと得した気分で、ウィンドーショッピングをして、家に帰りました。
111911
mariko
Harvard Dexter Gate
ハーバード・ヤードは今、Occupy Harvardのためロック・アウトされひっそりとしています。
セキュリティーはなかなか厳しくて、毎朝ハーバードIDを示しながらゲートを通ります。

上の写真はJohnston Gate (ジョンストン・ゲート)と言って、ハーバード大学の正門です。
新入生は、入学式の日に必ずこの門をくぐってヤードの式典会場に入ります。
今回、ヤードのロック・アウトが始まった時に、「小さな門も通れないのかしら?」と、友達とあちこちの門を探検して歩きました。 ま、結論は、”どの門もしっかり閉鎖!”だったのですが、今まで知らなかったハーバード大の隠れた面白いことが分ってきました。
このDexter Gate (デクスター・ゲート)もその1つです。

ヤード内のワイデナー図書館の後ろ側に、Wigglesworth (ウィグルス・ワース)という学生寮があります。この建物はマサチューセッツ通りに面し、ヤードを囲むフェンスのすぐ内側に、フェンスに沿って細長く建てられています。この寮の1階の一部に小さなトンネルがあって、そこからヤードの外に抜けられます。そこにある門がこのデクスター・ゲートです。
現役のハーバード大生でも知っている人は少ないそうですが、この門にはとても素敵な言葉が刻まれているんです!
先ず、ハーバード・ヤードに入る外側のゲートの上には、[ENTER: To grow in wisdom (一員となり、英知とともに成長せよ!)]。

そして、ヤードから外に出る側には、[DEPART: To serve better the country and the kind (旅立ち、よりよい国家と人類のために働け!)]

「社会と教会の指導者を育成する」という、ハーバード・カレッジ設立時の理念を表す言葉です。
ちなみに、ハーバード・カレッジは神学者を育成する目的で、1636年に設立されました。
こんな小さな門に、学生に向けて「英知とともに成長せよ!」なんて気品のある言葉がさりげなく飾られているって、いかにもハーバードらしいです。
1116/11
mariko
セキュリティーはなかなか厳しくて、毎朝ハーバードIDを示しながらゲートを通ります。

上の写真はJohnston Gate (ジョンストン・ゲート)と言って、ハーバード大学の正門です。
新入生は、入学式の日に必ずこの門をくぐってヤードの式典会場に入ります。
今回、ヤードのロック・アウトが始まった時に、「小さな門も通れないのかしら?」と、友達とあちこちの門を探検して歩きました。 ま、結論は、”どの門もしっかり閉鎖!”だったのですが、今まで知らなかったハーバード大の隠れた面白いことが分ってきました。
このDexter Gate (デクスター・ゲート)もその1つです。

ヤード内のワイデナー図書館の後ろ側に、Wigglesworth (ウィグルス・ワース)という学生寮があります。この建物はマサチューセッツ通りに面し、ヤードを囲むフェンスのすぐ内側に、フェンスに沿って細長く建てられています。この寮の1階の一部に小さなトンネルがあって、そこからヤードの外に抜けられます。そこにある門がこのデクスター・ゲートです。
現役のハーバード大生でも知っている人は少ないそうですが、この門にはとても素敵な言葉が刻まれているんです!
先ず、ハーバード・ヤードに入る外側のゲートの上には、[ENTER: To grow in wisdom (一員となり、英知とともに成長せよ!)]。

そして、ヤードから外に出る側には、[DEPART: To serve better the country and the kind (旅立ち、よりよい国家と人類のために働け!)]

「社会と教会の指導者を育成する」という、ハーバード・カレッジ設立時の理念を表す言葉です。
ちなみに、ハーバード・カレッジは神学者を育成する目的で、1636年に設立されました。
こんな小さな門に、学生に向けて「英知とともに成長せよ!」なんて気品のある言葉がさりげなく飾られているって、いかにもハーバードらしいです。
1116/11
mariko
Occupy強制排除
9月17日にニューヨークのウォール・ストリートを占拠した「Occupy Wall street」は、アメリカの各地に飛び火し、ボストンにも、またハーバード・ヤードにも抗議の象徴のテントが張られました。
がら~んとしたヤードと無人テントの群れ
しかし、始まりから約2カ月が経過し、強い主張もなく、漠然と公共の場に(無許可で)テントを張って居座る行動には、いろいろと批判も起きてきています。
ニューヨークでOccupy Wall streetが居座っている広場にはトイレもなく、もちろんお風呂とかない訳で、且つ、溜まるゴミや残飯をだれが片付けるのか?市が税金を使って片付けるのか?などなど、衛生的にも経済的にも大きな問題になっています。
さらに、主義主張があって居座っている人々だけではなく、ストリート生活者が都合よく紛れ込んでいたりする話も聞くので、周囲の治安が悪くなるなど、周りに住む住民の生活にも影響しはじめているようです。
そんな中、日本から高校生2年生の修学旅行と、同じく高校生のハーバード・MIT見学ツアーが相次いでハーバードにやって来ました。
ヤードはその5日前に「Occupy Harvard」に占拠され、一般人の立ち入りはまったく出来ません。
観光の目玉のジョン・ハーバード像や、ワイズリー図書館などは、鉄のフェンス越しに写真を撮る以外になく、知らずに来た観光客はみんな不満たらたらです。
日本の修学旅行の高校生達は、しょうがないので、フェンスで囲まれたヤードの外周りを1周して、クープで買い物をして早々に引き揚げて行きました。
見学ツアーの子たちは、見学場所をヤードから北キャンパスに変更し、なんとかハーバード大の雰囲気を感じ取って帰って行きました。
遠い日本からせっかくボストン、ハーバードまで来てくれたのに、とっても残念です。
ハーバード・ヤードの占拠は今も続いていますが、今朝のニュースで、ニューヨーク市の市長が、Occupy Wall streetの強制撤去に踏み切ったと報道していました。逮捕者が70人ぐらい出たらしいです。市長は「抗議活動のために広場を使用することは許可するが、テントや寝袋の持ち込みは許可しない」と声明を出しています。
コロラド州デンバー、ユタ州ソルトレーク・シティー、オレゴン州ポートランド、カリフォルニア州カークランドでも、行政が強制撤去に動き出したそうです。
Occupyを始めた人々の主張はよく分りますが、少なくともハーバード・ヤードの「Occupy Harvard]の人達の主張には私は賛成できません。
占拠ではなく、きちんと大学側と対話をすればいい訳で、そのために、ハーバードを見に来たたくさんの人達の楽しみを犠牲にする必要はまったくないと思うのです。
この抗議運動は東京にも飛び火して、「Occupy Tokyo」が起きたと聞きました。
日本のOccupy運動はどうなったでしょうか?
110811
mariko
がら~んとしたヤードと無人テントの群れしかし、始まりから約2カ月が経過し、強い主張もなく、漠然と公共の場に(無許可で)テントを張って居座る行動には、いろいろと批判も起きてきています。
ニューヨークでOccupy Wall streetが居座っている広場にはトイレもなく、もちろんお風呂とかない訳で、且つ、溜まるゴミや残飯をだれが片付けるのか?市が税金を使って片付けるのか?などなど、衛生的にも経済的にも大きな問題になっています。
さらに、主義主張があって居座っている人々だけではなく、ストリート生活者が都合よく紛れ込んでいたりする話も聞くので、周囲の治安が悪くなるなど、周りに住む住民の生活にも影響しはじめているようです。
そんな中、日本から高校生2年生の修学旅行と、同じく高校生のハーバード・MIT見学ツアーが相次いでハーバードにやって来ました。
ヤードはその5日前に「Occupy Harvard」に占拠され、一般人の立ち入りはまったく出来ません。
観光の目玉のジョン・ハーバード像や、ワイズリー図書館などは、鉄のフェンス越しに写真を撮る以外になく、知らずに来た観光客はみんな不満たらたらです。
日本の修学旅行の高校生達は、しょうがないので、フェンスで囲まれたヤードの外周りを1周して、クープで買い物をして早々に引き揚げて行きました。
見学ツアーの子たちは、見学場所をヤードから北キャンパスに変更し、なんとかハーバード大の雰囲気を感じ取って帰って行きました。
遠い日本からせっかくボストン、ハーバードまで来てくれたのに、とっても残念です。
ハーバード・ヤードの占拠は今も続いていますが、今朝のニュースで、ニューヨーク市の市長が、Occupy Wall streetの強制撤去に踏み切ったと報道していました。逮捕者が70人ぐらい出たらしいです。市長は「抗議活動のために広場を使用することは許可するが、テントや寝袋の持ち込みは許可しない」と声明を出しています。
コロラド州デンバー、ユタ州ソルトレーク・シティー、オレゴン州ポートランド、カリフォルニア州カークランドでも、行政が強制撤去に動き出したそうです。
Occupyを始めた人々の主張はよく分りますが、少なくともハーバード・ヤードの「Occupy Harvard]の人達の主張には私は賛成できません。
占拠ではなく、きちんと大学側と対話をすればいい訳で、そのために、ハーバードを見に来たたくさんの人達の楽しみを犠牲にする必要はまったくないと思うのです。
この抗議運動は東京にも飛び火して、「Occupy Tokyo」が起きたと聞きました。
日本のOccupy運動はどうなったでしょうか?
110811
mariko
Occupy Harvard_1111
今週の水曜日(11月9日)の夜に、複数のハーバード大学生がハーバード・ヤードのJohn Harvard像の前の芝生にテントを張り、Occupy Harvardが始まりました。

何日か前のニュースで、South Station前のOccupy Bostonの占拠者達が、Cambridgeにも占拠を拡大しようと行進としている映像が流れていました。 なので、そのうちハーバードにも飛び火かな?と思っていた矢先のこの出来事でした。
携帯テキストで連絡を取り合っているのか、午後10時を過ぎるころにはハーバード大の学生だけではなくOccupy Bostonの占拠者や、その他大勢の意味の分からない人達がヤードに入り込もうとして、正門のJohnston Gate (ジョンストン・ゲイト)でセキュリティ-ともみ合いになりました。
ちなみにヤードは、午後8時を過ぎると2~3か所の小さな通用門を除いてすべてlockされます。
ハーバード大のofficerは午後10時半に、「学生の安全を守る立場から、今夜はヤードに通じる全ての門を閉鎖する」とのstatementを発表しました。ヤードにはfreshmanの寮が2棟あって、新入生は1年間その寮で暮らす義務があります。なので、不運にもヤードの外にいた新入生は、この夜Lock outされてしまいました。この時点でテントは23張でした。
翌日の木曜日(11月10日)の朝は、占拠はあるものの授業も業務も普通に行われたので、学生や研究者、大学スタッフなど「ハーバードIDを持っている人」が各ゲートに殺到して、大混雑でした。
そのうえ、ハーバード大・キャンパスはボストン観光の超目玉なので、IDなど持たない一般の観光客も、ヤードに入れるのか?と集まっていました。
そして午後から大雨。。。。
気温が一気に下がって、夜になると戸外は5℃を下回る状態になりました。
テントの学生たちはどうしてるんだろう?と他人事ながら心配していたら、友達が「2~3のテントを除いて、ほとんどは空っぽだよ」と教えてくれました。テントは”Occupyの象徴”なんですって! 調子抜け・・・・さすが、要領のいいハーバード大生です。

ところで、肝心の「Occupy Harvard」の学生の主張ですが、今一、良く分かりません。。。。インタビュアーの質問に答えていた学生の主張も今一要領を得ないのです。つまり、ハーバード大の学費が高すぎる!みたいな・・・・・
あるコメンテイタ―が、「それが嫌なら、学費の安い他の大学に行けばいい」とポツリ。 私も全くその通りと思いました。
だって、学生たちは卒業すれば”ハーバード大卒”という超有名ブランドの看板を持てるんです。
そのbenefitを得たいなら、それなりのriskを支払うのもしょうがないことでしょう!?
なので、私の応援する気持ちも気温とともに一気に冷えて行きました。
111111
mariko

何日か前のニュースで、South Station前のOccupy Bostonの占拠者達が、Cambridgeにも占拠を拡大しようと行進としている映像が流れていました。 なので、そのうちハーバードにも飛び火かな?と思っていた矢先のこの出来事でした。
携帯テキストで連絡を取り合っているのか、午後10時を過ぎるころにはハーバード大の学生だけではなくOccupy Bostonの占拠者や、その他大勢の意味の分からない人達がヤードに入り込もうとして、正門のJohnston Gate (ジョンストン・ゲイト)でセキュリティ-ともみ合いになりました。
ちなみにヤードは、午後8時を過ぎると2~3か所の小さな通用門を除いてすべてlockされます。
ハーバード大のofficerは午後10時半に、「学生の安全を守る立場から、今夜はヤードに通じる全ての門を閉鎖する」とのstatementを発表しました。ヤードにはfreshmanの寮が2棟あって、新入生は1年間その寮で暮らす義務があります。なので、不運にもヤードの外にいた新入生は、この夜Lock outされてしまいました。この時点でテントは23張でした。
翌日の木曜日(11月10日)の朝は、占拠はあるものの授業も業務も普通に行われたので、学生や研究者、大学スタッフなど「ハーバードIDを持っている人」が各ゲートに殺到して、大混雑でした。
そのうえ、ハーバード大・キャンパスはボストン観光の超目玉なので、IDなど持たない一般の観光客も、ヤードに入れるのか?と集まっていました。
そして午後から大雨。。。。
気温が一気に下がって、夜になると戸外は5℃を下回る状態になりました。
テントの学生たちはどうしてるんだろう?と他人事ながら心配していたら、友達が「2~3のテントを除いて、ほとんどは空っぽだよ」と教えてくれました。テントは”Occupyの象徴”なんですって! 調子抜け・・・・さすが、要領のいいハーバード大生です。

ところで、肝心の「Occupy Harvard」の学生の主張ですが、今一、良く分かりません。。。。インタビュアーの質問に答えていた学生の主張も今一要領を得ないのです。つまり、ハーバード大の学費が高すぎる!みたいな・・・・・
あるコメンテイタ―が、「それが嫌なら、学費の安い他の大学に行けばいい」とポツリ。 私も全くその通りと思いました。
だって、学生たちは卒業すれば”ハーバード大卒”という超有名ブランドの看板を持てるんです。
そのbenefitを得たいなら、それなりのriskを支払うのもしょうがないことでしょう!?
なので、私の応援する気持ちも気温とともに一気に冷えて行きました。
111111
mariko
社会勉強
私は毎日、Tを使って自宅からハーバード大ケンブリッジ・キャンパスに通っています。
Park street (パーク・ストリート)駅でグリーン・ラインからレッド・ラインに乗り換え、Harvard Square (ハーバード・スクエア)駅で降ります。
で、毎日Tを使っていると、本当に頻繁に、あらら?と言うような事に出あいます。
先週の週末にラボに出かけたときは、黒人の3人組みがラジカセを片手にCharles MGH (チャールズ・MGH)駅から乗り込んできました。
と、突然、派手な音楽をかけ、通路でムーン・ウォークをしたり、バク転したり、逆立ちして頭で回転したり・・・・
1人が帽子を逆さにして、人々の間を回ってお金を所望していました。
意外なことに、みんな2ドルとか5ドルとか払うんですねぇ!
私は財布に20ドル札1枚しかなくて、お釣りをちょうだいとは言えないしなぁ~とかグズグズ考えていたら、次のKendall Square (ケンドール・スクエア)駅で彼らは降りて行きました。
友達に話したら、電車の中が彼らの仕事場なんですって。
ラボからの帰り道は、週末だし、ちょっと気分を換えてハーバード・スクエアからバスにしてみました。

この#1バスは、もっとも混雑する市内幹線道路の1つ、マサチューセッツ通りを通ります。
ハーバード・スクエアからMITを通り、チャールズ川を渡ってボストンまで一直線に来るので、とても便利です。

途中に通るCentral Square (セントラル・スクエア)辺りは、あんまり治安が良くなくて、(すみませんが)結構おかしな人達が住んでいます。
先週乗り込んできたおじさんは、薬でラリってるのか酔っ払っているのか、「自分は50歳のホームレスで、ハーバードやセントラルに住んでいる。お金がないんだ。」とか、なにやら運転手さんに絡んでいます。みんなシ~~ン。
バスはしだいに混んできて、迷彩色の上下服を着た1人の人が乗り込んできたときには、ほぼ満員状態でした。
その迷彩色の青年はおじさんのたわ言にムカついたのか、大声で「黙ってシェルターに引っ込んでろ、そしてTaxを払え!」ってどなったんです!
そしたら、黙っておじさんのたわ言を聞いていた運転手さんが、「私のバスで面倒を起こすのはお断りだ、老人を敬え、降りてくれ!」 青年はGood!って言って降りて行きました。
まあ、アメリカの社会はほんとうに興味深いです。。。。
110811
mariko
Park street (パーク・ストリート)駅でグリーン・ラインからレッド・ラインに乗り換え、Harvard Square (ハーバード・スクエア)駅で降ります。
で、毎日Tを使っていると、本当に頻繁に、あらら?と言うような事に出あいます。
先週の週末にラボに出かけたときは、黒人の3人組みがラジカセを片手にCharles MGH (チャールズ・MGH)駅から乗り込んできました。
と、突然、派手な音楽をかけ、通路でムーン・ウォークをしたり、バク転したり、逆立ちして頭で回転したり・・・・
1人が帽子を逆さにして、人々の間を回ってお金を所望していました。
意外なことに、みんな2ドルとか5ドルとか払うんですねぇ!
私は財布に20ドル札1枚しかなくて、お釣りをちょうだいとは言えないしなぁ~とかグズグズ考えていたら、次のKendall Square (ケンドール・スクエア)駅で彼らは降りて行きました。
友達に話したら、電車の中が彼らの仕事場なんですって。
ラボからの帰り道は、週末だし、ちょっと気分を換えてハーバード・スクエアからバスにしてみました。

この#1バスは、もっとも混雑する市内幹線道路の1つ、マサチューセッツ通りを通ります。
ハーバード・スクエアからMITを通り、チャールズ川を渡ってボストンまで一直線に来るので、とても便利です。

途中に通るCentral Square (セントラル・スクエア)辺りは、あんまり治安が良くなくて、(すみませんが)結構おかしな人達が住んでいます。
先週乗り込んできたおじさんは、薬でラリってるのか酔っ払っているのか、「自分は50歳のホームレスで、ハーバードやセントラルに住んでいる。お金がないんだ。」とか、なにやら運転手さんに絡んでいます。みんなシ~~ン。
バスはしだいに混んできて、迷彩色の上下服を着た1人の人が乗り込んできたときには、ほぼ満員状態でした。
その迷彩色の青年はおじさんのたわ言にムカついたのか、大声で「黙ってシェルターに引っ込んでろ、そしてTaxを払え!」ってどなったんです!
そしたら、黙っておじさんのたわ言を聞いていた運転手さんが、「私のバスで面倒を起こすのはお断りだ、老人を敬え、降りてくれ!」 青年はGood!って言って降りて行きました。
まあ、アメリカの社会はほんとうに興味深いです。。。。
110811
mariko
Day light saving time終了!
昨日の土曜日(11月5日)は素晴らしいお天気でした!!
雲1つない快晴で、先週雪が降ったなんて信じられないようなピーカン!でした。
これは近所のサイエンス・チャーチと後ろにプルデンシャル・タワー
友人と2人でCharles river沿いのesplanade (エスプラナード;遊歩道)をぶらぶら歩いてきました。ここは1910年に完成したそうですが、本当にボストニアンの憩いの場になっています。
昨日は高校生のボランティアー・グループが総出で、お掃除のお手伝いをしていました。感心感心!
チャールズ川に沿って、Museum of Science(サイエンス・ミュージアム)からBU bridge (ボストン大学橋)まで続く、全長6マイルの遊歩道です。

途中には、Hatch Shell (ハッチ・シェル)と呼ばれる半円形のドーム型コンサート会場があって、よくコンサートも行われます。独立記念日の時の花火大会やコンサートは特に有名ですね。
あちこちに誰か有名な人の銅像やら首像が置かれています。この首像は、アーサー・フェドラーさんと言って、ボストン・シンフォニーの常任指揮者を長年務めた日本でも有名な方です。(首はちょっと、個人的に好きになれないなぁ・・・)

なぜか、こんなUS Armyの大砲も(友達は”本物”だって!)。

そして、休日には朝から自転車やジョギングする人々がひっきりなしに通る、結構混雑したPath (パス)でもあります。
すぐ脇にはStorrow drive (ストロー・ドライヴ;ボストン市内の幹線・高速道路)が通っていて、車がすごいスピードで通り過ぎて行きます。ドライヴ途中にあるゲートの高さに制限があって、バスやトラックなど車高の高い車の通行は禁止されているそうです。
新学期には、それを知らないで入り込んだ新入生の引っ越しトラックが、トラックの上部数インチをゲートで引き剥がされて事故になることがあると友人が話してくれました(えっー信じられない・・・)。
こんな取りとめない話をしながらブラブラ歩いて1時間ちょっと、パスを外れて、Charles Street(チャールズ通り)にあるカフェでお茶にしました。
晴れて暖かで空気が澄んでいて、なんだか本当に「冬の前の神様の贈り物」のような1日でした。
そして翌日の日曜日には、3月から始じまっていたDay light saving time(時計を1時間早める夏時間)が終わりました。ちょっと得した気分です!
家中の時計を戻していたら、携帯やiPadの時刻はきっちり戻っているんですねぇ。
電子時計って、どこのだれが合わせてくれるんだろう・・・・不思議。
1106
mariko
雲1つない快晴で、先週雪が降ったなんて信じられないようなピーカン!でした。
これは近所のサイエンス・チャーチと後ろにプルデンシャル・タワー友人と2人でCharles river沿いのesplanade (エスプラナード;遊歩道)をぶらぶら歩いてきました。ここは1910年に完成したそうですが、本当にボストニアンの憩いの場になっています。
昨日は高校生のボランティアー・グループが総出で、お掃除のお手伝いをしていました。感心感心!
チャールズ川に沿って、Museum of Science(サイエンス・ミュージアム)からBU bridge (ボストン大学橋)まで続く、全長6マイルの遊歩道です。

途中には、Hatch Shell (ハッチ・シェル)と呼ばれる半円形のドーム型コンサート会場があって、よくコンサートも行われます。独立記念日の時の花火大会やコンサートは特に有名ですね。
あちこちに誰か有名な人の銅像やら首像が置かれています。この首像は、アーサー・フェドラーさんと言って、ボストン・シンフォニーの常任指揮者を長年務めた日本でも有名な方です。(首はちょっと、個人的に好きになれないなぁ・・・)

なぜか、こんなUS Armyの大砲も(友達は”本物”だって!)。

そして、休日には朝から自転車やジョギングする人々がひっきりなしに通る、結構混雑したPath (パス)でもあります。
すぐ脇にはStorrow drive (ストロー・ドライヴ;ボストン市内の幹線・高速道路)が通っていて、車がすごいスピードで通り過ぎて行きます。ドライヴ途中にあるゲートの高さに制限があって、バスやトラックなど車高の高い車の通行は禁止されているそうです。
新学期には、それを知らないで入り込んだ新入生の引っ越しトラックが、トラックの上部数インチをゲートで引き剥がされて事故になることがあると友人が話してくれました(えっー信じられない・・・)。
こんな取りとめない話をしながらブラブラ歩いて1時間ちょっと、パスを外れて、Charles Street(チャールズ通り)にあるカフェでお茶にしました。
晴れて暖かで空気が澄んでいて、なんだか本当に「冬の前の神様の贈り物」のような1日でした。
そして翌日の日曜日には、3月から始じまっていたDay light saving time(時計を1時間早める夏時間)が終わりました。ちょっと得した気分です!
家中の時計を戻していたら、携帯やiPadの時刻はきっちり戻っているんですねぇ。
電子時計って、どこのだれが合わせてくれるんだろう・・・・不思議。
1106
mariko
停電事情などなど
先週の土~日曜日(10月29~30日)にかけて、アメリカ・ニューイングランド地方をブリザードが襲いました。季節外れの大雪です。

ボストンは1インチ程度積もっただけで済んだのですが、水分をたっぷり含んだ重~い雪だったので、ニューヨークーボストン間のアムトラックがストップしたり、ニューヨーク発の飛行機が飛び立てなかったり、あちこちで事故が多発しました。
そして、ボストンの北部から西部にかけた郊外では、雪の重みによる倒木で電線が切断され大停電が起きました。
この地方は、夏にボストンを襲った大型ハリケーン・アイリーンによっても停電被害にあったところで、再度の大停電です。
その上、ブリザードが去って既に4日間が過ぎたのですが、まだ依然としてパワーが戻らないところが多く、オバマ大統領はマサチューセッツ州に非常事態宣言を発しました。
今でも~200,000人以上の人々が寒さに凍えていて、最優先で電力を復旧させるようにとのことです。
州のシェルターへ避難している人達もいますが、数に限りがあります。
FOXニュースのインタビューに、あるお年寄りは、「家にあるありったけの毛布をかけたけど、寒くて、寒くて眠れない。今、暖かいコーヒーを探しに出てきたところだ」と言っていました。
また、何かの機械から外したエンジンをかけて暖を取っていた一家が、一酸化炭素中毒で亡くなったりしています。
最先端の技術に囲まれていると思っていたアメリカですが、以外に落とし穴があるんだなぁ~~と思うことしきりです。
日本の311大地震のあと、”大きなひびが入った道路が、たった1日で舗装され通行可能になった!”と言って、ネット上で「あり得ないこと」として話題になっていましたが、考えてみると、5日とか1週間とかに渡る停電は日本ではないかもしれませんね。。。。
て言うか、「停電」そのものがそんなに頻繁に起こらない気がします。
もちろん計画停電は別ですが。
”停電があります”っていうときでも、たった10数分だったり、時には数秒だったり。さすが、日本!
公共のサービスの質は世界一だと、改めて思いました。
暗くて寒い夜を過ごしてらっしゃる方々に、一日も早くパワーが復活しますように!!!
110211
mariko

ボストンは1インチ程度積もっただけで済んだのですが、水分をたっぷり含んだ重~い雪だったので、ニューヨークーボストン間のアムトラックがストップしたり、ニューヨーク発の飛行機が飛び立てなかったり、あちこちで事故が多発しました。
そして、ボストンの北部から西部にかけた郊外では、雪の重みによる倒木で電線が切断され大停電が起きました。
この地方は、夏にボストンを襲った大型ハリケーン・アイリーンによっても停電被害にあったところで、再度の大停電です。
その上、ブリザードが去って既に4日間が過ぎたのですが、まだ依然としてパワーが戻らないところが多く、オバマ大統領はマサチューセッツ州に非常事態宣言を発しました。
今でも~200,000人以上の人々が寒さに凍えていて、最優先で電力を復旧させるようにとのことです。
州のシェルターへ避難している人達もいますが、数に限りがあります。
FOXニュースのインタビューに、あるお年寄りは、「家にあるありったけの毛布をかけたけど、寒くて、寒くて眠れない。今、暖かいコーヒーを探しに出てきたところだ」と言っていました。
また、何かの機械から外したエンジンをかけて暖を取っていた一家が、一酸化炭素中毒で亡くなったりしています。
最先端の技術に囲まれていると思っていたアメリカですが、以外に落とし穴があるんだなぁ~~と思うことしきりです。
日本の311大地震のあと、”大きなひびが入った道路が、たった1日で舗装され通行可能になった!”と言って、ネット上で「あり得ないこと」として話題になっていましたが、考えてみると、5日とか1週間とかに渡る停電は日本ではないかもしれませんね。。。。
て言うか、「停電」そのものがそんなに頻繁に起こらない気がします。
もちろん計画停電は別ですが。
”停電があります”っていうときでも、たった10数分だったり、時には数秒だったり。さすが、日本!
公共のサービスの質は世界一だと、改めて思いました。
暗くて寒い夜を過ごしてらっしゃる方々に、一日も早くパワーが復活しますように!!!
110211
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