Pompeii (ポンペイ)
今、ボストンのMuseum of science (科学博物館)でポンペイ展が開かれています。
恐竜のお出迎え
何年か前にイタリアのポンペイを訪れたことがって、Tの吊り広告が懐かしくて思わず見にってきました。規模は思っていたよりも小さくて、じっくりじっくり見ても1時間で見終わってしまう程度でしたが、しっかりと「ポンペイ」を楽しみました。
ボンペイ滅亡の話は日本でも良く知られているので、書くまでもないのですが、一応ご紹介しましょう。
ポンペイはイタリアのほぼ中央部に位置し、良港に恵まれ、ローマへの荷物を近くのアッピア街道に運ぶための重要な拠点として栄えました。またぶどうの産地でもあり、ワインを運ぶための壺が多数出土されていることから、ワイン醸造も主要産業の一つだったことが伺えます。

町の北西約 10 km にあるヴェスヴィオ火山が、79年8月24日午後1時ごろに大噴火し、一昼夜に渡って火山灰が降り続けました。
場内のビデオ像
その翌25日、午前6時に噴火末期の大火砕流が発生し、午前8時にはポンペイ市は5 メートルの深さの火砕流に完全に埋まってしまったのです。 そして18世紀に発掘が開始されるまで、歴史から消え去った町でした。
ヴェスヴィオ火山の噴火による有毒ガスや降り注ぐ火山灰は、逃げまどうポンペイの人々の命を次々と奪っていきました。そして一瞬にして町全体を飲み込んだ火砕流が、当時の人々の生活をそのままの状態で保存することになりました。
高温の火砕流堆積物には、乾燥剤として用いられる”シリカゲル”様成分が含まれ、この乾燥剤が町全体を隙間なく埋め尽くして、1700年もの間フレスコ画や美術品、生活用品、亡くなった人々をも、しっかりと保存したのです。
焼いたままのパンや、テーブルに並べられたままの当時の食べ物と食器、オリーブ油や穀物の貯蔵に使われていた壺、コイン、装飾品、クリーニング屋のようなさまざまな専門の職業、貿易会社の存在、ラテン語の壁の落書き、”猛犬に注意”の断り書きなど、1世紀の古代ローマ人たちの生き生きとした生活の様子をそのまま伝えています。
整備された上下水道の水道の弁は、水の量を調節する仕組みが現在とほとんど変わらず、きれいな飲み水を町中に送っていた様子が窺えます。
こうして18世紀から発掘が開始されたポンペイは、古代ローマ当時のままの建造物や街区を残している唯一の町となり、1997年に世界遺産に登録されました。
また、高温の火山灰と礫の層が埋もれた人や動物をあっという間に分解し、火山灰層の中にその残像となる「空洞」だけを残しました。この空洞に石膏を流し込んで、人や犬、ブタなどの亡くなった当時のままの姿を復元したものが、有名な人体(動物体)石膏像です。
2人の婦人です。
1200体もあるというこうした像の中には、恐怖の表情がはっきり分かるものや、足を鎖で繋がれたまま逃げようとした奴隷の姿、有毒ガスで苦悶したまま絶命した犬の姿などがあり、ポンペイの人々の死にゆくその瞬間を復元していて、圧倒的な自然災害を真近にし鳥肌が立つような思いがしました。
もし機会があったら、ぜひ科学博物館を訪れてみて下さい。
112911
mariko
恐竜のお出迎え何年か前にイタリアのポンペイを訪れたことがって、Tの吊り広告が懐かしくて思わず見にってきました。規模は思っていたよりも小さくて、じっくりじっくり見ても1時間で見終わってしまう程度でしたが、しっかりと「ポンペイ」を楽しみました。
ボンペイ滅亡の話は日本でも良く知られているので、書くまでもないのですが、一応ご紹介しましょう。
ポンペイはイタリアのほぼ中央部に位置し、良港に恵まれ、ローマへの荷物を近くのアッピア街道に運ぶための重要な拠点として栄えました。またぶどうの産地でもあり、ワインを運ぶための壺が多数出土されていることから、ワイン醸造も主要産業の一つだったことが伺えます。

町の北西約 10 km にあるヴェスヴィオ火山が、79年8月24日午後1時ごろに大噴火し、一昼夜に渡って火山灰が降り続けました。
場内のビデオ像その翌25日、午前6時に噴火末期の大火砕流が発生し、午前8時にはポンペイ市は5 メートルの深さの火砕流に完全に埋まってしまったのです。 そして18世紀に発掘が開始されるまで、歴史から消え去った町でした。
ヴェスヴィオ火山の噴火による有毒ガスや降り注ぐ火山灰は、逃げまどうポンペイの人々の命を次々と奪っていきました。そして一瞬にして町全体を飲み込んだ火砕流が、当時の人々の生活をそのままの状態で保存することになりました。
高温の火砕流堆積物には、乾燥剤として用いられる”シリカゲル”様成分が含まれ、この乾燥剤が町全体を隙間なく埋め尽くして、1700年もの間フレスコ画や美術品、生活用品、亡くなった人々をも、しっかりと保存したのです。
焼いたままのパンや、テーブルに並べられたままの当時の食べ物と食器、オリーブ油や穀物の貯蔵に使われていた壺、コイン、装飾品、クリーニング屋のようなさまざまな専門の職業、貿易会社の存在、ラテン語の壁の落書き、”猛犬に注意”の断り書きなど、1世紀の古代ローマ人たちの生き生きとした生活の様子をそのまま伝えています。
整備された上下水道の水道の弁は、水の量を調節する仕組みが現在とほとんど変わらず、きれいな飲み水を町中に送っていた様子が窺えます。
こうして18世紀から発掘が開始されたポンペイは、古代ローマ当時のままの建造物や街区を残している唯一の町となり、1997年に世界遺産に登録されました。
また、高温の火山灰と礫の層が埋もれた人や動物をあっという間に分解し、火山灰層の中にその残像となる「空洞」だけを残しました。この空洞に石膏を流し込んで、人や犬、ブタなどの亡くなった当時のままの姿を復元したものが、有名な人体(動物体)石膏像です。
2人の婦人です。1200体もあるというこうした像の中には、恐怖の表情がはっきり分かるものや、足を鎖で繋がれたまま逃げようとした奴隷の姿、有毒ガスで苦悶したまま絶命した犬の姿などがあり、ポンペイの人々の死にゆくその瞬間を復元していて、圧倒的な自然災害を真近にし鳥肌が立つような思いがしました。
もし機会があったら、ぜひ科学博物館を訪れてみて下さい。
112911
mariko