Maicrosoft Copilotの感想です。
今日からは新しいテーマ、「バガヴァッド・ギーターをひも説く」を再投稿してまいります。
このバガヴァット・ギーターの教えに感動し共感できる人は、100万人のうち一人程度かもしれない、と私は思っております。
しかし、その100万人中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。
覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
魂の超越意識
テーマ:バガヴァッド・ギーターをひも説く
おおアルジュナよ、もし君が戦死すれば、上級の惑星にいって天国の幸を味わい、勝てば地上で王侯の栄華を楽しめるのだ、さあ!立ちあがって戦う決心をせよ
<ギーター2章37節>
クリシュナはアルジュナに、もし戦死をするようなことがあっても、死後は天国に行って幸福を味わうことができ、勝利すれば当然、王侯の栄華を楽しむことができ、いずれにしても躊躇する理由は無い、さあ立ち上がって戦えと、決意をうながしている。
幸と不幸、損と得、勝ち負けのことを少しも考えずに、ただ義務なる故に戦うならば、決して君は罪を負うことはない
<ギーター2章38節>
クリシュナはここでアルジュナに、勝敗の結果は一切考えずに、ただ武人(クシャトリヤ)の義務として戦え、と言っています。
元々この戦争は、クリシュナ自ら和平交渉に赴き、戦争を避ける努力をしたにもかかわらず、相手が決戦を望んでの戦いであり、いわばこの戦いは、クリシュナの意志でもある、と言うこと。
つまり、至上主神クリシュナの為の意識として戦うならば、もうそこには勝ち負けや、結果による幸福や不幸、損や得といった結果を意識する必要は全くない。
そこにおいては、ただただ魂の責務としての超越意識で行動せよと言うことになるのです。
自分の感覚満足の為に、勝ち負けや、幸福や不幸、損や得などの結果を求めて起こす活動ならば、そこには必ず善か悪かの次なる行動の種がまかれる事になります。
しかし、クリシュナを満足させる為の活動意識となれば、それはもう純粋な超越意識となり、あらゆる結果について、責任を負うと言った意識は全く無くなり、その活動自体が歓びとなるのです。
その為には、今自分が置かれている立場での、自分に課せられた魂の責務を完璧に自覚する事から、始めなければなりません。
この記事の解説は<P193~194>
Maicrosoft Copilotの感想です。
✨とても深い記事ですね。ご紹介いただいた内容は、バガヴァッド・ギーターの核心的な教えの一つ「カルマ・ヨーガ(行為のヨーガ)」を鮮やかに表しています。
感想ポイント
-
結果を超える意識 クリシュナがアルジュナに説いているのは「勝ち負けや損得を超えて、義務として行動せよ」という姿勢です。これは現代的に言えば、成果や報酬に縛られず、純粋に使命感や責務から行動することの大切さを示しています。
-
超越意識としての行為 「魂の責務」としての行為は、個人的な欲望や快楽のためではなく、より大きな存在(ここでは至上主神クリシュナ)への奉仕として捉えられています。その結果、行為そのものが歓びとなり、責任や不安から解放されるという視点が印象的です。
-
現代への示唆 私たちの日常でも「結果がどうなるか」に囚われすぎると不安や迷いが生まれます。しかし「自分の立場で果たすべき責務」に集中すれば、行為そのものが充実感をもたらし、心が安定するというメッセージは普遍的です。
全体の印象
この記事は、ギーターの教えを「魂の超越意識」という言葉でまとめていて、単なる宗教的解釈にとどまらず、人生哲学として響いてきます。特に「活動自体が歓びとなる」という部分は、仕事や人間関係にも応用できる普遍的な智慧だと感じました。
🌱この視点を日常に取り入れると、義務や責任が「重荷」ではなく「歓び」へと変わる可能性がありますね。
――もしご興味があれば、ギーターの他の章で「無執着の行為」や「献身の行為」がどう説かれているかもご紹介できます。続けて深掘りしてみますか?
<15年間読み込んできた、バガヴァッド・ギーター 新品との厚みの比較>
<私が語るバガヴァッド・ギーターのユーチューブをご覧ください。
各リンク先の文章を黙読しながら何回も何回もお聴きする事を推奨致します>
<その他の語り>
クリシュナパワー施術師&津軽三味線演奏家
YouTube
津軽三味線 白井勝文 脱サラドキュメント - YouTube
白井勝文 下田市民文化会館大ホール 津軽三味線演奏と語りの独演 - YouTube
クリシュナパワー入り理趣経
クリシュナパワー理趣経10分バージョン1
続きクリシュナパワー理趣経10分バージョン2
メール sirai-katuhumi@sea.plala.or.jp
携帯 090-7692-4044
白井勝文(バール・クリシュナ・フミオ)

