この記事に感動し共感できる人は、100万人のうち一人程度かもしれない、と私は思っております。
しかし、その100万人中の一人の為に私は毎日このようにブログを書いているのです。
私がブログを始めたのは今から13年前の平成11年5月16日であり、また東日本大震災の年でもありました。
これからブログを通して「バガヴァッドギーターについて」を210回にわたって綴っていきたいと思っています。
2013-01-23 07:28:36テーマ:バガヴァット・ギーターについて
先日、「本質的には魂の成長ではなく開眼である」と題して二回にわたり、魂の事について書きました。
そこでは、魂の本質は、創造主神クリシュナと同質(ママイヴァーンシャハ)であり、当然質的においても、永遠性(サット)、全知全能(チット)、愛の至高至福(アーナンダ)を全てもった、超越的質性(サッチダーナンダ・ヴィグラハ)であると説きました。
そして、その純粋なる魂を開眼させる為には、魂を覆っている無知と激情という汚れを取り除き、徳性(サットヴァ)の質性に成して、精神知識を身に付けなければならない、とも説きました。
そして私達のふだん生活に於いては、魂とは、意識であり、信念であり、精神知識そのものである、と言えます。
では日常における魂の観察を、その強さと偉大さの二点で考えてみたいと思います。
人間の行動の価値としは、その行動の強さと真価の二つの観点から、判断しなければなりません。
先ず魂の強さの段階として、無意識で行動している段階、意識して行動する段階、意志を持って行動する段階、信念を持って行動する段階、決意を持って行動する段階、そして最後は決死の覚悟を持って行動する段階と、その行動の強さを6段階に分けられます。
無意識で行動している段階に於いては、その行動は肉体欲望のエネルギーや、無知と激情のトリグナの推進力や、その人の過去のカルマの影響などによって、魂の無意識的行動となります。
また逆に、決死の覚悟を持っての行動は、善であろうが悪であろうが人間の行動における最高の決意であり、これこそが魂として一番強い意識行動となるのです。
ではその次に、行動の真価に於いては、清浄なる行動、善なる行動、悪なる行動、邪なる行動の四つに分けられます。
1-清浄なる行動(宗教経典に則した、人間として正し道を歩んでいる行動)
2-善なる行動(人々の苦しみを和らげ、楽を与える慈悲の行動)
3-悪なる行動(人々に悲しみや苦しみを与える非道な行動)
4-邪なる行動(嘘や騙しで人々の心や魂の領域まで悪影響を及ぼす行動)
精神的 心的 魂的
・
第二象限(邪なる行動) ・ 第一象限(清浄なる行動)
・
束縛 解放
悲しみ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・歓び
奪う ・ 与える
・
第三象限(悪なる行動) ・ 第四象限(善なる行動)
・
肉体的 物質的
当然人間としては、その行動は清浄なるもの善なるものでなければならず、でなければ、強烈に行動を起こしても、その内容が邪悪なものであっては、人間としてあってはならぬ、邪悪の魂となるのです。
そして更に、最高で偉大なる魂の存在とは、人々の魂を人間欲望や物質次元のエネルギーから解放させ、魂の故郷である創造至上神クリシュナの基に帰還する、クリシュナ意識へ導く精神指導者の魂なのです。
<15年間読み込んできた、バガヴァッド・ギーター 新品との厚みの比較>
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白井勝文(バール・クリシュナ・フミオ)

